煌きは永遠に

日口国都

煌きは永遠に

私は明日の朝、死ぬ事にしました。
理由は在りません。有るかと尋ねられる限りは
今の私でも上手く語れませんでした。
人生を失敗した訳では無く、金に追われた訳でも、
女を踏んだ訳でも、人と落ちた訳でも無いのです。
ただ、今の夕陽を見た時、そう思ったのでした。

センチメンタルな私には夢がありました。
私はまだ少年で、幼い大人でした。
私は芸術家になるつもりでいました。
他人と比べられる事を嫌い、自分の偽りの才能を自負して生きて行くつもりだったのです。
しかし、不可能で有る事に心の内では、
薄々気が付いていましたが、
自尊心の高い私はそれを許せませんでした。
私は孤高でありたかったのです。
私は私であり、私だけだと感じているのは
私だけしかいないのです。
けれど、空を見てみると、
雲はどうだ。太陽はどうだ。色はどうだ。
一分でも一秒でも失われた時を疎わしく思うのは
どうしてだろう。
嫉妬したのです。何時でも美しく、
私達の心を奪う貴方に。
私は孤高でなく、只の入れ知恵の混じった
凡人である事から、いよいよ目を
背けられなくなりました。
その事実が目の前に有る事に恐怖したのです。
生きていく事が怖かったのです。
だから私は明日の朝、死ぬ事に決めたのです。

家路に着きながら、
単純な事を考えながら歩きました。
「死ぬからには、準備が必要だ。」
ボソッと声に出し、直ぐさま行動に移しました。
不思議と絶望はしませんでした。
死ぬ事すら楽観的になってしまったからです。
手探りに何をしようか、それすら急かされました。
辺りが暗くなってきた気がしました。
「まずは髪を切りに行こう。」
電車が走る駅の近くの、行きつけの床屋です。
10年以上も通っているのに、何にも変わらない姿で、私は何故だか、母に抱かれた日を思い出しました。
「こんばんは」

店に入るや否や、ペイパーに名前を書き、穴の空いたソファーに尻を置きました。
途端に、店主が名前を呼びました。
呼ばれた声に返事を返し、声の主の元へ駆け寄り
髪を切ってもらう準備を整えました。
自分の意向を伝え、いよいよ切ってもらうのです。
今まで髪を伸ばしていた私に店主は気さくに
「えらく久しぶりじゃないか、
見ない内に変わった気がするね」
下手な相槌を打ちながら
「そうですね」
と笑顔で答えました。
それからはお互い昔話や他愛ない世間話をしました。
一人暮らしはどうだとか、彼女はできたのか、とか。一方私は答えにならない答えを声に乗せました。
そして、多くの事は語りませんでした。
胸騒ぎがする。
寄せては返す波の様に心臓は動き始めました。
私は明日死ぬ事は話さない事にしました。

死ぬ事に恐怖はなかったからです。
だから私はその事を恰も祭りがあるかの如く
待ちに待っていました。
いや、自分自身が革命の中心である様に、革命前夜の夜を過ごしている様に、
期待と希望に満ち溢れていました。
そして、この感情を秘密にするのに、
楽しみすら覚えました。

店主はいつも通り、安堵した表情で
終わりを告げました。
私は礼を述べ席を立ち、会計を済ませました。
辺りは既に暗がりに呑まれていました。
「さようなら」
「気をつけてね、また来てね」
恐らく、また会う機会は無いだろう。何故だろうか、
いつもする会話がこんな素敵に聞こえたのは。
私は振り返る事なく、只一点を見つめ、
次に何をするか考えました。

「豪華な食事でもしようかな」
近くのスーパーに立ち寄る事にしました。
スーパーに入ると
聞き覚えのあるノイズ、
夏に恋した元乙女、
黒いドレスで身を飾る貴婦人、
光に満ちた芳しき陳列棚。
一つ一つが美しかったのです。
そのため私は、酷く、先程の恐怖を
思い出してしまいました。
涙を溜め、買うものを買い、手早く会計を済ませて、
このワンダアランドを後にしました。

家に着きました。
荷物をリビングに起き、エアコンを着ける。
テレビはつけないでいました。部屋からレコードを
取り持ち、埃被ったターンテーブルへ。
針を落とす、ノイズが生まれれば、
音がやってくるだろう。
聞き馴染みのある、好きなアーチストを掛けました。

音を流しながら、食事の準備をする。
大量の駄菓子、炭酸飲料、冷凍食品。
全て机の上にばら撒き、冷凍食品だけを取り出し、
米と一緒に電子レンジで加熱しました。
加熱した食糧をまた机に置き、
無我夢中で腹を膨らます。味すら覚えぬ程。

何もかも食い尽くした私は、
まるで街を破壊する怪獣の様に思えました。
ヒーローはやって来ないまま破壊してやった。

その放漫な気持ちで風呂にお湯を沸かします。43度、少し熱い位がいつも私の丁度良いでした。
数十分後、報せを告げるチャイムと同時に
風呂へ駆け込んだ。掛け湯をし、洗浄。
先に頭、次に体、そして顔。全ての儀式を終え、
湯船に浸かる。
今日かいた汗を全てこの中へ溶かしていく。
思いがけず言葉にならない声を出す。
何も思い出さない、この世界では
私は一人になりました。
水面を見飽きるまでは、ずっとこの世界に居続けた。ずっと居続ければ良かったのに。

扉を開け、体を拭く、切った髪を乾かす。
リビングに戻ると先程の音楽は止まっていました。
レコードを裏に変え、後は音楽と過ごしました。

音楽に聞き飽きたのは午前0時0分でした。
このまま床に就く筈だったのに、
私は眠れずにいました。身体は強張り、胸からは音を立て、今日は眠れない事を示唆していました。
私は重い扉を開け、ベランダへ出る事にしました。海
が近いので、風がオウンと鳴きました。

欄干に肘をつく。
私が住む部屋は3階建ての集合住宅だったので、
意外と外の景色は見ることが出来ました。
辺りはシンと静まり返っている。
公団の屋根、LEDの雫、気高いビル群、電車、
木々、ヒッソリと佇む自動販売機、
千鳥足の三賢者、夜行性の生き物、詠み人知らず詩、
全てがこの世の物ではない気がする程、
夜というものは私の目の中から姿を変えていました。堪らなく怖くなって、窓は開けておきました。
しかし部屋から溢れる冷たい冷気と黴雨の湿度を帯びた街は対照的で
私はどうしてもここに居たいと思いました。

見る当てを無くし、空を見上げる。
星はあまり見えない。いや、見えているのですが、
翳りゆく光で星ではない気がしていました。
正面には吹出物だらけのお月様が
顔を半分出していした。
嵐が来そうな雲が北西より迫り来ていました。
「星よ、お前は怖くないのか」
声をかけてみました。

すると、翳りゆく光は一層光を増して、今まで
数個の光は形は様々、色は多様へと変貌しました。
鮮やかな桔梗色。真鍮色に、鋼青色。
竜胆の花に瑠璃唐草、蒲公英、夾竹桃、硝子玉に天鵞絨、橄欖石、赤帽を被った水銀。
何もかもうつくしい光を放っていました。
「おやおや、こんな時間にまだ旅人さんが
居たのかい」
誰かの声がする。幼い子供の声では無い。
私では無い。
「誰だ」
私は問いました。
「誰かはわからない。
けれど僕は誰かの星さ」
真珠の様な星々のどれかは答えた。
思いがけず、私は酷く混乱しました。

星は続けて
「大丈夫さ、そこの君。
僕は君に語りかけているのさ。」
「君は今、何をしてるんだい?」
どうやら本当の様で、夢でも無く、
気は確かに持っていました。
しかし何故か私は、
この事実を不思議と素直に受け入れていました。
私は戸惑いながら
「君達を見に来たのさ。
まさかこんなに綺麗だとはね。」
星は嬉しそうな声で
「奇遇だね。僕も空を見に来たのさ。
他の星達は寝てしまっているけどね」

そうか、星達からすれば私達の地上は
彼等の空になるのか。
私は興味を持ち始め、質問をしました。
「そうか、君が見た空はどうだったかい?」
私は友達と話す時みたいに落ち着いた調子で彼に
語りかけました。
すると星は
「綺麗だった。卓抜な赤や嘘の青、深い緑や孤独な真鍮色」
「兎に角、いっぱい星があってさ、
森は広がり泉水が彷徨ってプツプツと」
星は語り始めた。
「湖畔には僕らが映るのさ。
そんで、僕らは僕らでなくて、僕であるはずの
僕は君達からみても僕でなかったんだ」

しばらく嫌な沈黙が続きました。
「君は幸せだな。毎日この外を見ているのかい?」
私は答えに詰まりながらも
「そうだね」
ジッと星の微光を受けながら言葉を返しました。
居た堪れない空気は私を素直にさせて、
この星も私と同じな気がしました。
息を呑む。打ち明けました。上擦る声。
「私は明日死ぬんだ」
星には表情は無いためどう思っているか
知れなかったが、自然と私は、
彼と共感したかに思えました。
星は暫く間を置いて
「君は怖くないのかい?」
私は何処か遠くを見つめながら
「そうだなぁ、旅に出るのさ、私は。
遠い遠い何処へ行くんだ」
星は私の話を静かに聞いていました。
私は続けて
「私は私であり続けたかったが、
私がそれをゆるさなかったんだ。
自分に才能が溢れていると錯覚するのに
耐えられなかったんだ。」
星は私がまだ話そうとしている間に、
口を挟みました。
「君は恐れているのかい」

別に私は怖くない。
覚悟は決めた事でした。
しかし私の口は嘘をつきました。
「怖いさ、物凄く怖いさ」
星は掠れた声で言いました。
「僕は明日、旅立つのさ。
君の言う死ぬ事と一緒かもしれない。
正式には違うかもしれないけれど。」
星は続けて
「別に怖くないさ。
周りだってみんな眠りに就いているんだし。
また此処へ戻って来るだろう。」

星は一幕置いて
「けれど不思議なんだ。
君が見た月は本当に昨日の月と同じかい?」
私はギョッとして答えられませんでした。
星の声は震えていた。
「僕たちはやがて忘れ去られるのさ。
また新しい星を見て、今日見た僕を君も忘れるのさ」
星は少し黙って後、穏やかな調子で
「僕も君も本当は孤独だったんだよ。
それと同時に夢を見過ぎてしまったんだ。」
私は何も言わぬまま空を見続けた。
「僕は名前のつく星になりたかったんだ。
ほら、あそこの赤く燃えてる蠍座とか、
怪しい灯のアンタレス、あの白鳥座とかベガ。
全てが僕の夢だったんだ。
けれどもね、けれども僕は
どうしてもなれない事に気づいていたんだ。」

私は静かな声で肯定とも否定ともとれる
声を出しました。
星は微笑して話を続けました。
「だから僕は輝き続けたんだ。
ずっとずっと。けれど僕が何をしても周りと一緒さ。ちょっと眩しい位にね。
そして僕は忘れ去られるのさ。」
僕は遠くを指差し、遠くの海の彼方へ指差し
「君はいつか必ず立派な一等星になるさ。
心配ないよ。」
身も蓋も無い台詞は益々
彼を追い込んでしまいました。

星はフウと溜息をついた後、声を出して笑い始めた。
「君は僕を忘れないかい。」
砂時計が止んだような張り詰めた空気が流れ始めた。
私は彼の砂時計をひっくり返すつもりで
「僕だってそうさ。勿論さ。君を名付けるさ。クラルテなんてどうだい?
君にはきっとお似合いさ。」
月はハッハッハと大笑いしながら云いました。
「うん、そうだね。ああ、良いね。
とっても似合ってるさ」
そしてお互い何も話さないまま
朝を迎えることにしました。

それから幾分時間が経っただろう。
暗がりは徐々に、光も持つ
藍色に変わろうとしていました。
黒い雲は広がり、やがて昼頃には
止む雨を孕んだ雲に空は呑まれ始めていました。
また話しかけてきたのは星の方だった。
「僕は君に忘れ去られない為に
空を見上げていたのかもしれない。」
私は、不意に、眼を閉じた。
またもう一度眼を醒ます。
冷めた頰に熱い涙が流れていました。
視界が惚けるので、何度も何度も眼を擦りました。
堪らなくなって嗚咽がしました。
星は優しい声で
「ああ、見てごらん。じきに雨が降るだろうな。
僕はもう何も恐れないさ。
君はきっと僕を朝まで忘れないだろう。
僕は君を忘れないさ。
君がどんな暗闇に居ても僕は照らしたい、そんな星に。
いつもどこまでも僕は君の星でありたいんだ。」

私は靴も履かず、急いで家を出ました。
街を駆け下り、喘ぎ喘ぎ走り続けました。
やがて足は海へ着き、私はとうとう
咽喉いっぱい泣き出しました。
「さようならあ」
私は叫びました。

然し、星からはもう返事は在りませんでした。
地平線が見えるので、
そこに眼をやると俄かに光の欠片達が薄く燃えて、
天の川の様な銀河に見えました。
燃え殻になるまでずっとずっと
キラキラと瞬いていました。

煌きは永遠に

煌きは永遠に

芸術家を目指していた男は、ある日夕陽を見て、次の日の朝、自殺をする事にした。 死に支度を終え、外に出て夜の街を眺める。 男は夜の深さに恐怖して、星に尋ねた。 すると一つの星が男に話しかけた。 星も男も何かの悩みを抱えていた。 美しく哀しい夜空の出来事。 日口国都の処女作。初の短編小説。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-07-25

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