すくらんぶる交差点(14)

十四 必殺交渉人

「交差点に立て籠もっている七人に告ぐ。今から、あなたたちの身内の方が、あなたたちのことを非常に心配して、はるばる遠い所から来ている。近親者のためにも、今すぐ、そこから撤退しなさい」

「あんなこと言ってるよ」
「俺たち立て籠もってなんかいないよ。交差点のまん中でいるだけだ」
「近親者って何?」「父親や母親や、兄弟や子どものことだ」
「今さら、来ても遅いよ」「つきあい、ないもの」
「友だちも来ているのかなあ」「あんた、友だちいたの?」
「ここにいる、みんなかなあ」「まさか?」

明治 正江の場合

「母さん」
 聞き慣れたような声がする。正江は、機動隊の楯の向こう側を見る。そこには、装甲車が一台駐車しており、屋根の上には、占拠、いや選挙演説のように、マイクが一本立てられていた。マイクの後ろには、中年の男と女が寄り添うように立っている。
「母さん、俺だよ、俺。息子の孝だよ」
「母さん、わかる?娘の行子よ」
 七人全員がマイクの声がする方向を見る。
「あんな、中年のおっさんやおばさんから、母さん呼ばわれするなんて、誰だ」
「あたしたち、もっと若いわ」
「俺は、男だ。母さんじゃない」
「誰か、知ってる?」
「年の頃なら、ばあさん、あんたじゃないの」
「あたしは、息子や娘とは十年以上もつきあいないよ。あんな奴なんか知らないよ」
「そう、あんただと思ったよ」
「じゃあ、誰が、関係者?」

「母さん、俺だよ、孝だよ。忘れちまったのかい?」
「母さん、あたしよ。行子よ。そんな所にいないで、こっちに、いらっしゃいよ」
「母さん、そこの変な奴らに、騙されているんだろ?僕らが来たから、大丈夫だ」
「そうよ。母さん。テレビに映っている姿を見て、びっくりしたわ」
「子どもが、そう、母さんの孫の孝行が、大学受験なんだ。身内に犯罪者がいると、内申にも悪影響だから、早く、こっちに来てよ」
「そうよ、母さん。子どもの、母さんの孫の、初美が、もうすぐ、結婚なの。先日、結納も交わしたところなの。母さんにも、式に出て欲しいから、お願い。もう、そんなところに、立て籠もるのはやめて」

「あんたの、子ども、孝と行子なのかい」
「そうだったかな。忘れたよ」
「二人、合わせたら、孝行じゃないの」
「孫も孝行だって」
「そうだったかな。忘れたわ」
「とんだ、親孝行ね」

「母さん。お願いだから、こっちに来てよ。母さんにいつまでもそこにいられたら、こっちは、迷惑なんだ。俺や、子どもの人生を台無しにする気か。今日だって、仕事を休んでまで来てるんだよ」
「そうよ。母さん。これまで、あまり、連絡しなかったのは悪かったけれど、これからはちゃんとするから。こんな、いやがらせみたいなことをするのは、やめてよ」
「母さん」
「母さん」
「母さんが、いつまでも、そこにいるのなら、親子の縁を切らしてもらうよ」
「あたしもよ、母さん。あたしたちの人生を、母さんのせいで、めちゃくちゃにされたんじゃ、たまらないわ」

「あんなこと、言ってるよ」
「あんたの息子と娘。あんたを助けに来たんじゃないの?それとも、縁を切に来たの?」
「あたし、疲れたから、よくわかんないわ」
 明治 正江は、そう言うと、座りこんだ。装甲車の上に立つ孝と行子からは正江の姿が見えなくなった。

「母さん。もう知らないからね。これから連絡しないでくれよ」
「母さん。母さんがこんなに頑固だとは知らなかったわ。もういいわ」
 明治 正江の子ども二人は装甲車の上から消えた。

「あんたの、こどもたちいなくなったよ」「こどもなんていないよ」
「こどもに捨てられたってこと?」「どっちが捨てたのかねえ」
「姥捨て山?」「姥捨て交差点だ」
「俺たちも、捨てられるわけ」「捨てられる前に、捨ててしまえ」
「次は、誰の近親者だ」

平成 昭の場合

「昭」
 次に壇上に上がったのは、六十歳前の男だった。
「昭。いいから、家に戻ってきなさい。お母さんだって、お前のことを心配しているぞ」
「昭だって」「あんたのことだろ」
「ああ、俺の父親だ」「来てくれたんだ」「よけいなお世話だ」

「昭。お前から何の連絡もなかったから、無事でいると思っていたが、まさか、こんなことになっているとは。とにかく、そんな変な仲間から抜け出して、こっちに来なさい。お前の人生はこれからだ。そいつらに狂わされたら、取り返しがつかなくなるぞ」

「俺たち、変な奴だって」「さっきも言われたね」
「それじゃあ、誰が変な奴の原因なの」「みんなかなあ」
「それじゃあ、矛盾するね」「うん、犬と猫だよ」
「それ、意味が通じない」「仲が悪いってこと?」

「わしや母さんや、だけじゃない。近所の人も、みんな心配している。これ以上、わしたちに迷惑をかけるのだけはやめてくれ」

「あっ、とうとう、本音がでたぞ」
「昭君のためじゃないんだ。自分たちのためなんだ」
「そんなもんじゃないの」「俺も自分のために、ここにいる」

「そこから、出てこないのであれば、もういい。二度と家に帰って来るな。お前は、勘当だ」

「勘当だって。いいの、昭君」
「いいよ。これで、五回目の勘当だから」

「もういい」
 そう吐き捨てると、男は装甲車から降りていった。

山川 陸美の場合

「次は、誰かな」「何か、待ち遠しいね」
「あんたじゃない?」「わしには身内はいない」
「そうなの、それは寂しいね」「うっとおしくもない」

「睦美、あんた、何しているの」
 次に、壇上に上がったのは、まだ、四十代の女性。この年代の女性を、一般的には、おばあさんと呼ぶべきなのであろうが、面と向かって、おばさんとは呼びにくい世代である。現在、女性の平均年齢は八十歳を超えている。四十歳と言えば、ちょうど、真ん中辺りだ。とりあえず、ここでは、おばさんにしておこう。その、おばさんが、おばさんのしぐさで、おばさんしゃべりをしている。
「子どもをほったらかして、また、変な男と遊んでいるかと思っていたら、まさか、そんなとこにいたの。もう、いい加減にして、帰ってらっしゃい。あたしだって、いつまでも、孫の世話はできないんだから。あんたも親ならば、自分の子どもの世話ぐらいしなさいよ」

「睦美さん、呼ばれていますよ」「へえ、お母さんなんだ」
「若いのね」「単なる、おばさんよ」

「もう、いい加減にしてよ、睦美。あんたがその気なら、こっちにだって考えがあるんだから。もう、養子縁組して、孫は私の子どもにするよ。あんたに、元々、母親の資格はないんだから。いいわね」

「あんなこと、言ってるよ」「歳の離れた、お母さんだ」
「それって、子どもにとって、幸せなの」「難しい問題ね」
「子どもが望んでいれば、いいんじゃないの」
「睦美さんは、どうなの?」
「ああやって、いつもヒステリーを起こすだけ。あたしに似たのかしら?」「それって、逆じゃない」
「養子縁組の話だって、六回目よ」
「おっ、勘当の五回目を上回りましたか」
「記録は塗り替えられるためにある」「何の記録だ」

「いいわね」のおばさん言葉を最後に、おばさんは壇上から消えた。

瀬戸内 潮雄の場合
 
「瀬戸内君。君は一体、何をやっているんだ」
 今度、壇上に上がったのは、恰幅のいい男だった。年の頃なら、六十歳前。企業で言えば、定年前。全国を転々として、ようやく登りつめたか、立ち止ったか、頭打ちか、である支店長の役職についた。

「瀬戸内君だって」「会社の上司?」
「ああ、支店長だ」「えらいんだ」
「会社ではねえ」「やめれば、ただの人」

「もう、そんな所にいないで、さっさとこちらにきたまえ。本社からも連絡が入った。社会的信用のある我が社を傷つけるような行いをする者に対しては、断固たる処置をとりなさいとの指示が入っている。君は、まだ若い。未来がある。そんな変な奴らに騙されて、そこにいるんだろう。私には、君の性格がよくわかる。今回の件は、私からも、本社に対し、十分な説明をして、穏便に取り計らってもらうよう、お願いするつもりだ。だから、一刻も早く、こちらに来なさい」

「やっぱり、俺たちのうち、誰かが悪いんだ」
「あんたじゃないの?」「俺じゃないよ」
「世間から見れば、みんな悪いんだよ」
「交差点のまん中でいるから?」
「交差点の中心で、世界平和を祈っているのに?」「まさか」

「返答がないぞ。瀬戸内君。いつも、「おはようございます」や「お疲れさまでした」の挨拶をしているじゃないか。さあ、何とか言ったらどうなんだ。このままでは、指導力不足と言うことで、私の立場も危ういんだ。君は、自分だけでなく、他人である、私も陥れようとするのか。勤続三十五年。全国津々浦々の営業所や支店を巡り続け、結果的に、本社に戻れなかったこの私に、まだ、鞭を叩きつけようとする気か。もう、いい。もう、君は頸だ。解雇だ。懲戒免職だ。会社都合じゃないぞ。退職金や失業手当だってもらえないかも知れないぞ。それでも、いいんだな」

 男は、言いたい放題に騒ぐと壇上から降りた。

「瀬戸内さん、会社に戻った方がいいんじゃないの。そうしないと、俺みたいになるよ」
 甲がコロの頭を撫でながら語りかける。
「大丈夫だよ。支店長は瞬間湯沸かしだから。それより、俺は甲さんを尊敬しているよ」
「尊敬だなんて。照れるよ。単なる、名無しの権兵衛だよ」
「だって、こうして生きているんじゃないか」「生きているねえ?」
「死んでいるんじゃないよね」「まあ、生きているか」
「自分で生きるってことが素晴らしいんだ。俺、会社、やめても生きていくよ。生きることには退職しないよ」
「じゃあ、退職はいつ?」「自己都合はしないよ。天命を待つよ」

甲 乙丙の場合

「よう、おっさん、元気か」
 今度、壇上に上がったのは、身なり、風体とも定まっていない、おっさんか、おじいさんであった。七人の侍ならぬ、七人と一匹のの交差点ホームレスたちは、互いに顔を見合わせる。
「あんな変な奴の知り合いは誰?」
 当然、全員の目が甲に集中する。
「甲さん、あんたの知り合いかい?」
「いやあ、よく覚えていない。最近、物忘れが激しいんだ」

「あんた、うまいことやりあがったね。一躍、有名人じゃないか。この機会に、あんたに貸したお金を返してくれよ。出演料がたんまりはいったんだろ。けちけちするなよ。幸せはみんなで分かち合おうぜ」

「あんなこと言ってる」「本当だったらいいのに」
「マスコミに取材料もらうか?」
「マスコミには広告料が入るのにね。あたしたちには一円もはいってこない」
「こういうのを搾取というのかなあ」「無知の悲しみだ」
「警察に取り囲まれているんだぞ。そういう状況か」

「なあ、黙っていないで、何とか返事しろよ。俺とお前の付き合いじゃないか。水臭いなあ」
男は、引き続き、しゃべり続けるが、少し、ろれつが回っていない。体の中でアルコールを製造し、自家発酵しているようである。

「甲さん。ほんと、あの人、知らないの?よ」
「でも、覚えていないよ、なあ、コロ」「ワン」犬も返事する。

「こんなに言っても覚えていないのかい。まあ、いい。わしも、あんんたたちのことは知らないからな。えっ。ここは、大声選手権じゃないの?商品はもらえないの?それじゃあ、大声出して損した。腹が減っただけじゃないか。あーあ、損した。損した」
 そう言うと、男は壇上から降りた。マイク越しに「あの七人の身うちじゃないのか。誰だ、あんな訳のわからない奴を呼んできたのは」
「すいません。本人が、是非、壇上に上がりたいと言っていたので、身内かと思いました」。
「もういい。後は誰だ。もういないのか」

海子・空子の場合

「まさか、甲さんの知りあいが壇上に立つとはね」
「いや知り合いじゃないよ」
「後、関係者がいないのは誰?」「高校生の二人だ」
「お父さんやお母さんは?」
「知らないよ。ねえ、空子」「そうだよ。海子」
「もう説得者はいないみたいだ」
「それじゃあ、あたしたち二人が、壇上から、迎えに来ない親を説得するよ」
「それいいかも」

すくらんぶる交差点(14)

すくらんぶる交差点(14)

交差点に取り残された人々が、取り残されたことを逆手に取って、独立運動を行う物語。十四 必殺交渉人

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted