とらえ、とらわれ
海の見える図書館。
いきものの図鑑や、百科事典が並ぶ棚の奥、窓際の席に、いつも、先輩はいて、本を読みながら、ぼくがやってくるのを、待っている。
どれいけいやく。
そんな、不穏なけいやくを、ぼくと先輩が、ひそかに結んでいることを、知っているのは、きっと、神さまだけ。ホットケーキを焼きながら、ときどき思うことは、先輩と、ぼくの、そのけいやくがいつか、破棄となった場合に、たとえば、もう、先輩が、ぼくなしでは生きていけないにんげんと、なっていればいいということ。そして、はんたいに、ぼくが、先輩なしでは生きていけないにんげんになってしまっては、困る、ということ。おぼえた、指の腹の弾力。鎖骨の、みぞの深さ。くるぶしの触り心地と、さいきんわかってきた、尾てい骨の位置。
(きもちわるい)
先輩の、先輩というにんげんを包み込む、肉、支える骨、精神、命。
先輩のことを、知れば知るほど、暴けば暴くほど、どれいのように、先輩にひれ伏しているのは、ぼくで、その事実を、みとめたくはない。唯一、安堵する点は、先輩が、それを弱みとして、逆手に取らないひとであること。性格的に、というより、嗜好的に、先輩が、ぼくを、跪かせることは、ないということ。
だって、先輩は、好きなのだもの。
ひざこぞうを、赤く、赤くさせるのが。
「おそいよ」
と言って、先輩が笑う。
海の見える図書館。
三階の、本の森を抜けて、あらわれる、窓。三席しかない、読書スペースの、右の席。先輩の、定位置。晴れた日は、海が、太陽の光を浴びて、ひたすらに輝いて見える、ところ。まるで、宝石箱を開けたみたいだ、と呟いた、ぼくに、かわいいね、と微笑んだ、先輩と過ごす、季節はいつも、どこか冬のようでいて、夏の熱を孕んでいる。
透明な枷。
ぼくらを繋ぐもの。
もし、それがはずれたとき、果たして、ぼくらは。
とらえ、とらわれ