わにちゃんのやさしいピクルス
わにちゃん、あいかわらず、はっきりしている。
恋人と別れたことを、わにちゃんに話すと、わにちゃんは、あんなのとは別れて正解、とばかりに、おめでとう、と拍手をしました。わたしは、わにちゃんのために買ってきた、スパークリングワインを開けながら、ありがとう、と答えました。別れたことを、祝ってもらうような、酷い恋人ではなかったし、いざ、別れよう、と告げるときは、やっぱり、さびしさも、あったのだけれど、でも、わにちゃんの、おめでとうは、なんだかしっくり来るなぁ、と思いました。
わにちゃんの家には、さいきん、週三日ほど通っています。
お酒を飲んで、ごはんを食べて、おしゃべりするだけですが、わにちゃんは、いつでも来ていいわよ、と言うので、わたしはお言葉に甘えて、でも、さすがにまいにちは、迷惑だと思うので、週三日と自分のなかで決めています。お酒の好きなわにちゃんのために、いつも、わにちゃんの家に行くときは、お酒を買ってゆくのですが、わにちゃんは、とにかく、アルコール飲料ならば、なんでも飲むひとなので、選択肢が狭まらず、実に選びやすいです。故、やや、わたし好みのお酒を、自然と選んではおりますが、わにちゃんは、なにも言いません。わにちゃんは、生ハムと、チーズを、クラッカーではさんだものを、ばくばくと食べながら、ごくごくと飲みます。ときには、ナスのミートソースグラタンと。ときには、えびのアヒージョと。きまぐれに、宅配ピザと。
「他人のこと、とやかく言えるような立場じゃないけど、でもね、あれは別れて当然よ。あんたがいつ目を覚ますかと思ってた」
わにちゃんが、ゆでたてのソーセージを、ばりばりとかじります。
グラスのなかのワインを、一気に飲み干して、心配かけてごめんね、と言ったら、べつに心配はしてないわと、そっけなく答えました。
「あんなのとの揉め事を、あんたがうちに持ってくるのが面倒だっただけよ。これで清々と美味しいお酒が飲めるわね」
ゆでたてのソーセージには、ケチャップも、マスタードもつけない、わにちゃんが、ワインをひとくち、ふたくちと飲んで、あら美味しいわね、と呟き、わたしは、ふふふ、と笑う。
小さく、笑う。
わにちゃんが気づいて、なに笑ってんのよ、と、少々不満げな顔をする。
(あんなのって、わにちゃんはいうけれど、あんなのでも、やさしいところも、あったんだよ。かっこいいところも)
(あたりまえだけれど、好きだから、恋人だった。まぎれもなく。まちがいなく)
なんでもない、と言って、わたしは、わにちゃんが作ったミニトマトのピクルスをひとつ、ぱくりと食べました。薄すぎず、濃すぎず、酸っぱすぎない、やさしい味が、わにちゃんらしいな、と思いました。
わにちゃんのやさしいピクルス