フルートとヴァイオリン(第10章 南アメリカへ)

フランシス・ローレライ

 8月初旬の暑い日だった。
「ガラーン、カラーン……グヮラーン、カラーン! ガラーン、カラーン……グヮラーン、カラーン!」とシュテファン大聖堂の鐘が鳴る。
 その昔、トルコ軍の大砲を溶かして造った音色だ。その後、数々の戦勝を祝って鳴り響いているに違いない。今では正午あるいは夕方6時、決まった時間に鳴り響き、まるで中世にタイムスリップするようだ。
「ルルルルル!」と机の電話が鳴った。もう一度鳴る。隣の平原さんが
「何故早く取らないのか」と言いたげに僕を見た。ここはケルントナー通り沿いの「PIKACHU」のオフィス。パソコン入力を中断して電話を見ると、点滅するランプは案の定、内線だった。
「はい。お待たせしました」 
「国谷君、ちょっと面白い話があってね……」
 本間支店長の声だった。日本人男性が5人と少ないのですぐに分かる。
「は、何でしょうか?」
「君は南米に行ったことあるか、南米?」
「いいえ……」
「実は、出張の話が舞い込んでいてね」
「はい」とおっかなびっくり答える。
「2週間先だけど、お願いできるかな」と支店長がやや語調を強める。
「2週間先ですか……大丈夫です」
 実は近ヽマミがアウガルテン管弦楽団に就職するので抵抗感もあったが、現地雇いの弱みで調子を合わせたのだ。
「じゃあ、ちょっと部屋まで来てくれ」と言われたので本間さんの部屋に入り、彼の大きな机の前で話の続きを聴いた。
「ああ、御苦労様」
「いいえ」
「出張先はチリのサンティアゴだから、結構良いはずだよ」
「チリですか」
「うん。国谷君は、札幌の出身だったよな? この前パリに出張した際に出た話だけど、世界ワイン・オリーブ協会の来年の総会の開催都市として、札幌を推したいんだ。その誘致合戦がサンティアゴで行われる。対立候補は、ハンブルグとケープタウン」と支店長が熱っぽく語る。
「はい……何日間の会議ですか?」
「多分、一週間。帰りがけにニューヨークで、ここのワインの宣伝してくれないか? ほら、マンハッタンに超有名な日本料理屋さんがあるだろう?」
「ノブナガですか?」
「そうだ。白ワインを配送するから、帰りに立ち寄って、試飲会で宣伝してくれないか?」
「分かりました」
 そう言えば昔、マミが初めてアパートに来た大事な時に限って、支店長のパリ出張の件で物事中断したけど、パリじゃこんな話が出たのか……縁ありそうだ、と考える僕だった。
 その後、調べて分かったことには「世界ワイン・オリーブ協会」はもともとフランス、イタリア、スペインと言った地中海沿岸国の集まりだったが、ワインやオリーブが世界中で嗜好されるにつれてメンバー国が増え、とうとう日本もメンバーになった。本部は南仏のエクス・アン・プロヴァンス。今年のチリ総会で札幌が勝てば、来年、アジアで初の年次総会だ。僕は札幌出身だし、ここのワインに詳しいので白羽の矢が立てられたのかも知れない。
 そこで早速、マミに電話を入れてみた。
「出張が入ったよ。南米だ!」
「へえ……南半球行ったことないわ。どこ?」
「チリ」
「……いつから?」
「多分、8月24日頃」と、ためらいがちに答える。
「へえ……いつ戻るの?」
「9月に入りそうで。帰りにニューヨークに立ち寄るらしい」
「何だ、私の引っ越しは?」と彼女が訴える。
「そうか……手伝えなくなるね」
「しょうがないわよ。行ってらっしゃい、待ってるから」と激励してくれた。
 彼女はアウガルテン管弦楽団への入団を控え、引越しを迫られていた。ヴァイオリンの音が気になると言われ、やむなく郊外へ移転するのだ。アルプスの始まる「ウィーンの森」で、葡萄畑やメルヘン調の造り酒屋の沢山あるエリア。その昔、ベートーヴェンが住んでいたこともある。
 結局お手伝いできそうにないので、萩谷オサムに彼女の引っ越し手伝ってくれと電話入れたら快諾してくれた。そして
「札幌、勝ってこいよ!」と激励してくれた。彼とはその昔、札幌稲穂小学校で一緒だったのだ。
「でも気を付けろ、南半球じゃ調子狂うかも知れないから。季節逆転するし、磁力線も逆方向」と彼が付け加えた。
「えっ、逆方向?」
「確か北半球では地表に入り、南では地表から出てくるんだよ」

 それにしても南米は遠かった。マドリード経由で何と18時間以上のフライト。機内の最大の余興は食事と酒だった。白ワインを注文すると搭乗員が持ってきてくれたのはチリの辛口で、フランスの「マコン・ヴィラージュ」の様な味わいだった。食後にチリの観光案内本を斜め読みしていたら、73年の9月11日のクーデターでアジェンデ政権が倒れたとの記述があった。その日付が気になり、マミから聞いたオーディションの時のいきさつを思い出したが、日付の一致は偶然でしかないと思った。その後「ムーラン・ルージュ」を鑑賞し、寝てしまった。
 そして長い航程を経て、ついにアルゼンチンの首都ブエノス・アイレスに到着した。空港で45分も休憩すると、今度はアンデス山脈越えのフライトだった。山脈が近づくにつれ高度が上がり、ついに森林はおろか植生も失われ、ごつごつした肌合いの岩山が裸で迫ってきた。そこから更にぐんぐんと登りつめる。この辺はアコンカグア山も近く、標高7000メートルに迫るらしい。
 漸くてっぺんまで来ると、今度は山頂すれすれのコース。視界良好なので翼の下に見える凹凸だらけの灰色の岩肌に黒い機影が映る。機体が揺れるので時々、座席の左右のコンソールを強く握り締める。生きた心地がしない。
 アンデス山脈を越えると突然、足元が絶壁状態となった。機体が宙に浮いてしまい、まるでハンググライダーのようだった。下は奈落の底! 劇的な山越えを終えて暫くすると遠くに入り江らしきものが見えた。
「太平洋だ!」と思わず感嘆の声をあげた。
 その後、少し内陸方向に戻り、サンティアゴに着陸した。
 飛行機のタラップを降りていくと、万年雪をいただいたアンデス山脈が遠くに見えた。空気がとても清々しいが、寒くて肩をすぼめてしまう。昨日まで夏の終わりだったのに、南半球のこの土地は早春で、人々の表情も明るい。
 空港で「世界ワイン・オリーブ協会」のブースを見つけた。そして女性係員に「オラ!」を使ってみた。そこで指示されるまま書類に記入すると、彼女が頬笑んでワイン・ボトルとオリーブの小枝をあしらった黄色いTシャツを渡してくれた。世界各国から来た仲間が周りにいて、既にそのTシャツを着ている。
 そのままホテルに向かうシャトル・バスに乗りこむと、車窓から見える新緑が寝不足の目にしみた。小川には柳がしだれかかり、どことなく箱庭的で日本の風景に似ている。サンティアゴに着くと大都会で、時々目に入るスペインあるいはカトリック風の建物が、落ち着いた雰囲気に貢献している。
 到着したホテルにチェックインし、札幌の代表団が集う大会議室に下りていった。若い女性が電話に向かっている。
「Si, si, me parece este japones es serio, entonces……」(そうそう、その日本人、結構真面目で)
 ホテルの関係者が代表団の要望を受けて相談しているらしい。
「Mira, estoy ocupada……」(ねえ私、忙しいの)
「何だ、私用電話になってきている」と誰かが声をあげる。声の主はチョビ髭の中年男性。
 よく見ると、札幌拓陽高校の先輩、盛田さんだった。
「あ、盛田さん! お久しぶりです」と思わず声をかけてしまった。
「なんだ、国谷君か……お久しぶり!」と僕の肩をたたき、そこで握手。
「スペイン語分かるんですか?」
「多少ね、商売柄……あれはアルゼンチン人かも」
 盛田さんは「ピカ忠」の東京本社から来ていた。僕がウィーン支店で働くようになった背景には、彼の推薦があったらしい。
「それにしても久しぶりだね。それ君のパソコン?」と言って彼は、僕の肩に掛けた大きな黒いケースを指した。
「ウィーンから手荷物で……それにしても長いフライトで」と答えた。
「御苦労様。東京からも長かったよ……」
「随分立派なヒゲですね」と言いながら僕は表情を崩し、にっこりした。
「そう。おい、札幌のために頑張ろうな!」と先輩が答えた。
 そこで今回の出張が、盛田さんの手引きかも知れないと感じたのだ。
「支店長に挨拶した?」
「いいえ……」
「ほら、あそこのソファに。彼は旭川出身で、ワイン業界のボス……蜂須賀さん」と言いながら盛田さんが部屋の反対側を示した。
 彼はスリムで背の高い、チョイ悪風の紳士に見えた。少し気おくれしたが、インド人医師のくれた論文を思い出し、
「こんにちは、宜しくお願いします」と口の中で静かに念じてみた。すると支店長が視線を向けてくれた様な気がした。そこで本当に挨拶しに行った。
「支店長ですか?」
「うん」
「初めまして、国谷です。ウィーンから来ました」
「やあ、蜂須賀です。御苦労様、遠いところ」と良く響く深い声で彼が答えた。
「参加できて光栄です。宜しくお願いします」と言いながら名刺を渡した。
「このキャンペーン、頑張って欲しい。ついでにサンティアゴも見ていってくれ……意外と島国っぽい人たちでね」と言って僕の名刺をしげしげと見る。
「はい」
 そこで彼も内ポケットから名刺を取り出して一枚渡してくれた。
「よろしく」
 その晩、携行したパソコンをホテルの部屋で何とかネットに繋ぎ、マミにメールを入れた。
「サンティアゴに到着しました。春先なんだろうけど、結構寒い。引っ越しはうまく進んでいますか?」

 翌日の月曜日は総会初日だった。朝とても早く盛田先輩から電話があり、
「国谷君、良かったら朝食を一緒に食べないか?」と誘われたので、あわてて例の黄色いTシャツとジーパンに着替えた。
 ついでにパソコンに着信したメールを確認したけど、マミから返事はなかった。そう言えば引っ越し中で、うまく繋がらないのかも知れない。何しろ、ケーブルでネットにアクセスする時代だ。
 盛田さんの部屋を訪問すると、そこは意外に広く、事実上小さなスイート・ルームになっていた。
「おはようございます」
「お久しぶり、ご苦労様」
 彼も同じ黄色いTシャツ姿だった。二人ともずんぐりむっくり、拓陽高校時代の空手の名残りだろうか。
「その髭、なかなか貫禄ですね」
「いや、上海時代からでね……」
 二人でルーム・サービスの朝食をとりながら、話し込んだ。卵やらオレンジやらで、とても豪華だ。
「盛田さんは大学でも空手部ですか?」と尋ねながらオレンジ・ジュースを二人のグラスに注いだ。
「そう。君は確か、高校でやめたよね?」
「ええ、大事なところにケリが入っちゃって……その後はオケで」
「しょうがないよな、清水さんも手元、いや足元狂っちゃって……格闘技の後、オケね。でもその縁でウィーンだよな……」
「はい。その節はお世話になりまして……」とへりくだる。
「どう、本間さんの所?」
「落ち着いているし、悪くないですよ」
「……ところで結婚した?」と肝心なところをついてきた。
「いや、未だに独身で」
「じゃあ俺と同じだ。ワッハッハッ! 別にあのケリのせいで結婚できない訳でもないんだろう?」
「まさか、そんな……」と困惑した表情で答える。
「ウィーンは、どう最近?」
「面白いのは舞踏会かも知れませんね」
「ヴィエンナ・ワルツとか?」
「はい、なかなか華麗。でも昔、風紀上の問題があった理由が良く分かります。結構、密着型だし。でも自分は伴奏ばかり」
「密着するために踊るんだろう?」
「そう……微妙な所が、時々」
「へえ……タンゴみたいに? そう言えば藤沼さんどうしてる? 寂しがってやしない?」と彼がコーヒーを注ぎながら問うてくる。
「いやあ、ウィーンに逃げたものですから、何となく」
「確か今、ニューヨークにいるはずだよ」
「えっ、良く御存知で!」
「昔、一緒にDL行ったよな……挨拶状貰ったかも知れない」
「ああ、そうでしたか」と答えながら当惑していた。
 僕は東京の大学に進学すると、フルート奏者としてオケに入団したが、3年の時、横浜の大学から藤沼陽子が入団してきた。僕はフルートのセカンド、彼女は第2ヴァイオリンだった。その後展開があり、勇気を出してプロポーズしたら失敗したのだ。
「多分、日系の銀行だね」
「……へえ……」
「帰りに立ち寄るよね、ニューヨーク。連絡とってみたら?」
「ええ、そうでしょうけど……」と言いながら警戒しはじめた。
「彼女のメルアドは?」
「いいえ」
「彼女の勤め先から多分、割り出せるよ。創業銀行関係者なら、名前を入れ替えて……あとでな」
「そうですか」
 10時頃、蜂須賀支店長と一緒に、隣のホテルにいた世界ワイン・オリーブ協会のサンチェス会長を訪問した。そこで支店長が、熱っぽく誘致キャンペーンを展開した。
「日本ではワインは勿論のこと、オリーブも栽培しています。特に日本女性は地中海の料理やお酒が好きです。2002年の総会は、是非、札幌に主催させて下さい。アジアでやれば宣伝効果は、絶大。ワインやオリーブも間違いなく流行します」
 ところが会長の反応は、極めて事務的だった。
「そうですか、競争激しいですね……例えばケープタウンが勝てば、アフリカで初の開催だし。他の候補地の関係者を良く研究して下さい。これから結構、大変ですよ。幸運を祈ります……ではそろそろ、会議場に」と言いながら、忙しそうに我々を追い払ったのだ。

 その晩、札幌チームは蜂須賀支店長の贔屓する海鮮レストランに出かけた。生牡蠣、スモークサーモン、蟹や生ウニを肴にチリのワインを賞味したのだ。土地の肉料理が続いていたので、久しぶりに解放感に浸って喜んだ。話によればサーモンはここの重要な輸出産品で、日本の養殖技術が貢献したらしい。また国民的な英雄として、詩人で外交官のパブロ・ネルーダの話も出た。
 やおら支店長が立ちあがり、スピーチを始めた。
「皆さん、今夜はせいぜい英気を養って下さい。はるか遠いサンティアゴまで、誠に御苦労様です。ヨーロッパから初めてこの地を訪問したのは、世界一周を試みたマゼランで、1520年。南米大陸南端のマゼラン海峡は、アルゼンチンではなく、チリにあります。その後、スペイン人が1541年にサンティアゴを設立。国の独立宣言は1818年で、確かスペインがナポレオンに占領されたのが発端です。
 さて今回のレースは熾烈かも知れませんが、投票で札幌が勝つでしょう。みんな、対立候補が撤退するくらい強力なキャンペーンを張ろうな! ケープタウンも南半球だから、チリの翌年だと勝ち目ないでしょう。問題はハンブルグだが、つい最近ヨーロッパで開催したし……アジアで初めて、とアピールすれば勝利、間違いなし!
 グリーン・ベレーの座右の銘は『Who dares, wins!』、 敢えて挑む者が勝つのです。私の座右の銘は『Who thinks, wins!』、良く考える者が勝つ!
 それでは札幌のために……乾杯!」
「乾杯、乾杯!」とみんな地元の赤ワインの杯で唱和する。
 ところが支店長が退出すると、懐疑的な声が漏れ始めた。
「Who drinks, winsの間違いじゃないのか?」
「ワッハッハッ!」
「立場があるから……」
「確かに去年、ルクセンブルグが主催したけど、来年アフリカで開催しても初めてだ」
「札幌のメリットって、何だろう?」
「涼しいことでしょうなぁ……」
「ちょっと苦しいかも知れない。南アのワイン、知名度高いし」
「札幌じゃあ、オリーブ作らないし!」
 気がついてみると、夜中の12時近くになっていた。団員は皆、タクシーに分乗してホテルを目指す。盛田さんはタクシーの中で小さな紙切れを渡してくれた。
「yoko.fujinuma@sohgyo.com」と書いてある。
「今朝の宿題だよ。多分、これで連絡とれるはずだから……」と彼が低い声で言う。
「どうも、わざわざ」と酔った勢いで答えた。先輩は拓陽高校OBの中でも面倒見が良すぎるとの評判だった。
 ホテルの部屋に戻ると、ためらうことなくニューヨーク宛てにメールを作成した。
「藤沼陽子様 御無沙汰していますが、お元気ですか。国谷イサムです。NYに移ったとは知らなかったけど、順風満帆ですね。今、ウィーンから南米のチリに出張中です。ちょっとした誘致合戦があって、もう大変。帰りがけにNYに立ち寄るので久しぶりに会いませんか……」
 そして「送信」をクリックした。

 ついに金曜日が来た。朝一番、札幌関係者と共に国際会議場に入ると、壇上に投票箱が置いてあった。
 暫くすると議長が簡単に挨拶した。
「各国代表団の皆様、お早うございます。良く眠れましたか? 
 これから投票により、来年の総会の主催都市を決めます。ハンブルグが棄権したので札幌とケープタウンの一騎打ちです。国の数が多いのでアルファベット順に宜しくお願いします。机の上に投票用紙があるので御確認下さい。それでは無記名投票をお忘れなく」
 そこで各国代表が次々と壇上に上がり、票を投じる。日本の番が来ると蜂須賀支店長が壇上に上がり、丁寧に票を投じた。全ての国が投票し終わると、みな固唾を呑むうちに集計作業が行われた。そして30分後、結果が発表された。
「勝ったのは、ケープタウン!」
 何と、13票差だった。
「おかしい! 南半球続けて2回は、絶対おかしい……」と支店長は肩を落とし、愕然としていた。日本から出張してきた連中も唖然としている。ひな壇でケープタウンの関係者が、チャンドラ会長らと熱のこもった握手し、たくさんのカメラマンがフラッシュを焚いている。
 ケープタウンでは「世界ワイン・オリーブ協会の年次総会、初めてアフリカに」と朝刊に載るのだろう。
「13票か……札幌を応援してくれた皆さんに申し訳ない」と支店長がうつむきがちに言った。
「しょうがないよ。あそこのワイン、知名度高いし……」と誰かが言った。
「今年は本当に御苦労様。来年はケープタウンで会いましょう」と議長が最後にアナウンスして締めくくった。
 僕は周りの連中をよそに、早めに部屋に戻った。そしてジャケットとTシャツをかなぐり捨て、上半身裸でインターネットにアクセスしてみた。すると案の定、藤沼陽子から着信しているではないか!
「信じられない!」
「国谷君、お元気そうですね。メール頂くなんて、もうびっくり。ニューヨークに来るならお会いしたいわ。ホテルに着いたら電話下さい。藤沼陽子」
 よく見ると末尾に電話番号が書いてあり、舞い上がってしまった。

フルートとヴァイオリン(第10章 南アメリカへ)

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