煙突に座る小人くん。ルラァ。ルラァ。

煙突から音がした。トタントタンと。初めて聞くリズムで誰かが踊っているようでもあった。それで僕は家族が寝静まっている中、起き上がって家の外に出て、梯子をかけてのぼり、スペイン瓦の屋根に立ち上がった。音の主を探す。すると大きなハットを被った影が煙突の上に座り両足をぶらぶらと動かしていた。かかとがぶつかる。トタントタンとアルミの風船を叩いた音が鳴る。
僕はそっと近づいてから言った。
「うるさいよ」
黒い影は小人だった。黒い帽子と黒い服。でも大きな目玉を二つ持っていて、肌が白かった。小人は僕の事を驚いたようでビクリと身体を震わせた。でも声は上げなかった。それから小銭入れのジッパーを開けるようにして薄い唇を開いた。
「どうして気になる? 街灯の廻りで飛んでいる羽虫の呼吸や羽根音よりも小さいはずだ。君はそれほどに聴覚がいいのか? それとも気が散りやすい神経質な奴なのか? そんな風にはみえないんだけどな。うん。もう遅いんだから寝てきなさい。そう。健やかに。生まれて初めて眠りについた赤子のように」
「僕の家の煙突に勝手にあがって言うことがそれか? お前は泥棒か? チビな泥棒。それ以外の何物でもない。何故なら、それ以外にこんな場所に居る必要がないからな」
「泥棒とは失敬な。僕は今まで盗みはした事がない。これからもな。といっても君は信じないだろう」
「ああ信じない」
 僕はそう言ってこの生意気な小人を捕まえようとして手を広げた。でも小人は「これから七日間僕はこのフルートで曲を奏でるんだ。そうしたらね。一日目、空に亀裂が入り、二日目、動物は灰となり、三日目、海に斜線が入り、四日目、太陽は暗くなり、五日目、大気が溶解し、六日目、地から声が消えて、七日目、反転するんだ」と本を朗読するような舌で発音した。
「やっぱり、お前はうるさい奴だ。うるさい、うるさい、うるさい」
「でもこれは真実なんだ。多分、私が言うことは誰も信じないだろう。信じる頃には声が消えているんだ。でも全部私の所為にするだろう。みんな、みんな」
 トタントタンとかかとで煙突の縁を蹴った。トタントタン。
 その音を聞いていると酷い気分になった。とても酷い気分だ。でも決して終わったという実感よりも或る種の幸福さえも感じた。小人はフルートを袋から出し、音色を奏でた。僕は屋根から飛び降りた。深い底で何も見えなかった。意識は消えない。トタントタンと煙突を蹴る。小人は笑うことも怒ることも悲しい顔もしていないと思えた。急に、永遠の切断というハーブの香りがした。

煙突に座る小人くん。ルラァ。ルラァ。

煙突に座る小人くん。ルラァ。ルラァ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-07-16

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