もう、まもなく、ディナータイム

 ろうそくの火が、ゆらゆらと揺れています。
 風は、吹きこんでいないのだけれど、部屋の、窓は閉まっているし、けれど、テーブルの上の、燭台の、ろうそくの火は、ゆらゆらと、ゆらゆらと、揺れている。キッチンでは、まるちゃんが、パンを焼いていて、かたん、がちゃがちゃ、ぱたんぱたん、と、おそらく、まるちゃんが発しているであろう(むしろ、まるちゃんでなければ、こわい)物音に、もしや、まるちゃんが、パンを焼いている工程で、道具をあつかったり、生地をこねたりしている、一連の動作で、微弱の風が、おこっているのかもしれない、なんて思いながら、ぼくは、まるちゃんが持ってきたワインを、飲んでいます。
 白ワイン。
 お酒は、一か月前に、飲めるようになりました。
 まるちゃんは、
「きみは、そうとう、お酒に強そうだけれど、過信しないように。まだ、若いのだから」
と言って、ぼくといるときは、あまりお酒を、飲もうとはしない。でも、こうやって、ときどき、ワインや、ウイスキーや、ビールなんかを、持ってきて、ついでにごはんを、作ってくれる。まるちゃんは、なまえにたがわぬ、まるっこい手で、おいしいごはんを、たくさん作ってくれます。ぼくは、料理、というものが、どうにもこうにも、うまくできないので、まるちゃんがいなければ、まいにち、まいにち、コンビニのおべんとうや、スーパーのおそうざいの、自分の、好きなものばかりを、食べていたと思うので、まるちゃんがいてくれて、ほんとうによかったと思います。まるちゃんが作るものならば、きらいな野菜でも、ちゃんと、食べられる。
 ろうそくの火の、先端から、黒い、すすのようなものが、す、す、と立ち上り、揺れは、次第におさまって、静かに燃える様子を眺めながら、まるちゃんは、形から入るタイプだからと、いままでの、まるちゃんがぼくに見せた、こだわり、なんてものを思い起こして、いました。白ワインといっしょに持ってきた、ワイングラスは、まるちゃんがふだんから使っている、白ワイン専用にしているグラスであるし、テーブルクロスも、まるちゃんが好きな、まっしろ、純白。ろうそくも、燭台も、もちろんまるちゃんが、持ち寄ったもので、キッチン用品も、まるちゃんは自分の家から、持ってきたのだけれど、最低限の道具しかない、ぼくの家のキッチンでは、確かに、まるちゃんが作るような料理は、とうてい作れないので、いつも、用意周到なまるちゃんを、ぼくは単純に、すごいなぁと、感心するばかりです。
 ワイングラスのなかの、ワインが、そろそろおわりそう、というところで、まるちゃんが、キッチンから、顔を覗かせました。
「もうすぐできるから、食器を用意してくれるかな」
 はあい、と返事をして、ぼくは、まるちゃんがいるキッチンへ、向かいました。さきほどからする、いいにおいは、パンの焼けるにおいと、それから、煮込みハンバーグの、デミグラスソースの、においです。食器は、ぼくの家の、最低限のものと、まるちゃんが、これまた自宅から持ってきた、花柄や、幾何学模様が描かれた、おしゃれな平皿や、ぴかぴかに磨かれた、美しい、銀色のフォークや、ナイフです。
 ろうそくの火って、きれいだね。
 まるちゃんにいわれた食器をならべながら、そう言うと、まるちゃんは、やさしい声で、こたえました。
「あれは、キャンドルだよ。ろうそくとは、一見、おなじようだけれど、ちがうものなんだ」

 一食のおかずは、三品以上。
 野菜、肉、魚を、バランスよく食べること。
 食べることは、命を作ること。だから、ていねいに。たいせつにすること。
 誰かといっしょに食べるごはんほど、おいしいものはない。

 これまで、まるちゃんが教えてくれた、食事に対する、まるちゃんのこだわりを、思い浮かべながら、ぼくは、そうなんだ、と、自分でも驚くほどの淡泊な声で、言いました。ろうそくが、キャンドルでも、キャンドルが、ろうそくでも、そうでも、そうでなくっても、どうでもいいくらい、まるちゃんの作ったフルーツポンチが、宝石箱のように、きらきらと、かがやいていましたから。

もう、まもなく、ディナータイム

もう、まもなく、ディナータイム

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-07-15

CC BY-NC-ND
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