目付きの悪いジャッカルと、純白の仔猫は眠らない。
ACT.01 スリリングでも、仔猫は充実していた。
20XX年。
そろそろ初夏の陽光が強くなってきたカリフォルニア州・ロサンゼルス。
漆黒の世界が心地良いと感じるようになってしまった二匹。
気高さを忘れない頭脳明晰な純白の仔猫と目付きの悪いジャッカルは、生まれ変わってもLA流を貫く。
サイドストリートを猛スピードで走り抜けて行くグリーンのシボレー・コルベット。
そのコルベットを爆音を上げながら猛追するのは俺の愛車、スーパーチャージャー搭載の黒いV8フォード・ファルコンXB。
ステアリングを操る女性───高校時代からの付き合いである雪ノ下雪乃は、事態が大きくなった事に明らかに不満を抱いている様子だった。
雪「こんな事になるなんて……!」
八「そりゃなぁ……」
『アンタの身柄を拘束しにきました』って言われて大人しく従うような奴はギャングなんてやってねぇわな。
雪「比企谷くん! 必ず仕留めてちょうだい!」
八「あー、もう! 分かったって言ってんだろ!?」
元部長様、今は自称・マネージャー兼助手兼経理部長の雪ノ下にせっ突かれ、助手席の俺はサングラスを外す。
手にした愛銃・6インチのコルトパイソンを握り直すと、ウィンドウを全開にしてから上半身を乗り出した。
俺と雪ノ下が追っているのはストリート・ギャング。
日本で言えばチンピラ、カラー・ギャングレベルの奴にどうして懸賞金がかかっているかって?
決まってるだろ。南米の麻薬密売組織とツルんでガッポリ儲けてる奴だからさ。
それにしても賞金稼ぎか……
高校までの、身の保身を何よりも第一に考えていた俺ならおよそ考えられる仕事じゃない。
え? 専業主夫?
んなもん大学3年ですっぱり諦めたって。
雪ノ下もステアリングを握る手に思わず力が入っているのが分かる。
時速130km/hで疾走しているV8インターセプターから振り落とされアスファルトに叩き付けられたら、間違いなく即死するだろう。
(こんなんならショットガンでも持ってくるんだったな…)
顔面が歪むような風圧に耐えながら俺はパイソンを構えるが、シボレーからの銃撃に思わず身を縮めた。
雪「ちょっと…!
ボディに穴が空いたらどうするのよ!?」
八「いや、俺のインターセプターだからこれ!!」
俺の事なんて何も心配してないのか、それとも最初から信頼してくれてるからこその言葉なのか。
一歩間違えれば即あの世行きの状況だが、一瞬だけ苦笑いそうになった。
メル・ギブソンの出世作であるバイオレンス・カーアクション映画『マッド・マックス』で後半の影の主役と言われた、ブラックのフォード・ファルコンXBにエアロ・パーツを取りつけ、V8エンジンとスーパーチャージャーを搭載した
『V8インターセプター』
ネットオークションに出品されていた時に迷いなく購入したものだが。
同棲……ではなく同居する事になった雪ノ下には
「燃費が悪すぎるわ」
「荷物もそんなに積めない、仕事に相応しくないわ。貴方、何のつもりでこの車を購入したのかしら?」
等と散々文句を言われた記憶がある。
効率厨の雪ノ下には男のロマンというものが分からないのだろう。
うん、きっとそうだ。
確かにこの仕事は効率第一だ。
でもこういうところでストレスを発散しないとやっていけないってのもあるんだぞ。
八「雪ノ下。そのまま真っすぐ頼むぞ」
雪「ええ……日没までには捕まえましょう」
俺は再び身を乗り出して357マグナム弾を装填したコルトパイソンを構えると、リアタイヤに向けて2発撃ち込んだ
リアタイヤを撃ち抜かれたコルベットは一瞬にして左のリアタイヤからエアーが抜け、ホイールから火花を散らしながら左右に蛇行し始めた。
八「よし命中!」
雪「みたいね」
俺がシートに戻ると雪ノ下も心得たもので、徐々にインターセプターの速度を落としてコルベットとの少し距離を空けた。
案の定、あのスピードで走っていたコルベットはコントロールを失い横転。
脇道に大きく逸れ、砂ホコリを散らしながら滑走した後に、ボディ底を上に向け裏返った状態で停止した。
きっとヤツの車内は相当に気の毒な事になっているだろう。
当然ながらその間に俺達のインターセプターは野郎のコルベットを追い越してしまったので、雪ノ下はステアリングを切り返しUターンで戻る。
凶悪犯は普通「生死は問わない」ものだが、やはり賞金首が生きているのと死んでるのでは懸賞金の額がかなり変わるのだ。
さらに言えば、今回俺が請け負った奴については死んでしまっては値がグッと落ちてしまう。
当然である。
警察は麻薬の密売について色々ゲロッてもらわなくてはいけないのだから。
雪ノ下は車を停車させた。
「コルトが産んだ小型オートマチック拳銃の最高峰」コルトディフェンダーを手にした雪ノ下に目で合図を送り、パイソンを構えて素早くインターセプターの外に飛び出す。
あのスピードからあれだけ転がったんだ。
よほどの化け物でない限り全身打撲と骨折、下手したら打ちどころが悪くて死亡まである。
しかし、だ。
奴が「戦闘不続行な状態になった」という保証はどこにもないのだから。
八「じゃあ雪ノ下。援護してくれ」
雪「えぇ。凶悪犯の存命を願うなんてこれが初めてかしらね」
雪ノ下の言葉にまた乾いた笑いが出そうになり、裏返っているコルベットに改めて近づいてみた。
生死は問わず、だが生け捕りなら7万ドル。それに+して特別報酬だ。
死亡していた場合は3万まで下がってしまう。
インターセプターの燃費を始め無駄使いにはうるさいものの、自称・経理部長は一緒に住んでからもパンさんグッズにマネーを投入するのは惜しまない。
んな訳だ、しっかり稼がないとな。
俺はコルベットに目を凝らし、人が出て来ないかどうか見極めていた。
あの速度で横転してひっくり返ったのだ。かなり高い確率で気絶しているとは思う。
さらに俺も雪ノ下も防弾チョッキを下に着こんでいる。
それでも油断は禁物だ。
コルベットの運転席のドアがガチャリと開き、ドレッドヘアの黒人の男がまるで芋虫のように這い出て来た。
一応手に銃を持ってはいるが、地面這いずったままヨロヨロと顔を上げるのが精いっぱいのようだ。
間違いない、奴だ。
八「さっきぶりですね、ミスター・サンチェス」
「………こ、このジャップ共が……人相は憶えたからなぁ……覚悟しとけよ……」
八「そいつはどうも。刑務所から念力でも使う訳?」
雪「比企谷くん、おしゃべりはいいわ。今警察を呼んだわよ」
30分後。到着したパトカーのサイレンが鳴り響いていた。
雪「それじゃあ比企谷くん、帰りの運転はお願いね」
八「………はぁ?」
雪「この車、パワステじゃないから腕が疲れるのよ」
八「……いくつになっても体力ないんだなお前」
雪「いいから、早くマンションに戻りましょう」
ちゃっかりと助手席に座っているゆきのんさんである。
八「………へいへい」
高校時代、絵に描いたような美少女ぶりに驚いたものだった。
そして頭脳明晰、何をやらせても完璧。
それは歳をとっても変わらなかった。
「物事を教わっても3日あればコーチやインストラクト―を上回れる」と豪語していたように、射撃もあっという間に俺と同じレベルになった。
……しかし。
一見完璧超人に見えるが、どこか抜けている。
それが元奉仕部部長にして現在は自称経理部長・雪ノ下雪乃という女なのだ。
雪「どうしたのかしら? 何か気分が悪そうなのだけれど」
その小首をかしげながら訪ねるの可愛いからやめろ。
俺は心でそう思っても言葉には出さなかった。
1反論すれば4も5も返してくるのが雪ノ下である。
そう。
黙って姿を消した時も、どうやって調べたのか俺のマンションに突然現れ、
「今日から一緒に住む」
「貴方の仕事を手伝う」
と言い出し、結局俺が折れてしまったあの時のように。
八「何でも無ぇよ。
……お前がこの仕事をやるって言いだした時の事を思い出してただけだ」
雪「……そうなのね……」
一人だった時の俺ならここで、溜め息混じりにラッキー・ストライクに火をつけていただろう。
しかし今はラッキー・ストライクどこか煙草そのものを雪ノ下に禁止されているのだ。
とりあえず俺はインターセプターのアクセルを踏みしめた。
日も完全に没して、俺と雪ノ下は8時間ぶりに自宅兼事務所のマンションに戻れた。
戻って着替えるな否や雪ノ下はすぐに遅めの夕飯の支度にとりかかった。
一仕事をした後の雪ノ下の作る飯は格段に美味い。
八「明日はロニーの店に行って弾を買わないとな」
ローストビーフをフランスパンに乗っけながら、俺は明日の予定をぼんやり立てていた。
雪「ねぇ……以前から聞きたかったのけど、いいかしら?」
八「ん?」
雪「貴方の拳銃……コルトパイソン。
あの銃を使っているのは、何か特別な意味があるのかしら?」
八「ああ………」
コルトパイソン。
銃器メーカーとしては世界的に有名なコルト社から発売された、357マグナム弾を撃てるリボルバー拳銃。
細部まで丁寧に仕上げたその美しいフォルムから『拳銃のロールス・ロイス』の異名をとる。
映画にもなった『シティハンター』の主人公・冴羽獠の愛用銃といえば、ピンと来る人も多いだろう。
もちろんシティハンターを意識してないと言えばウソになる。が……
八「意味というか、理由を教えてやろうか」
雪「ええ」
八「ターゲットにより確実にダメージを与えるには、マグナムのような強力な弾を撃てる銃の方がいいんだ」
雪「……………」
これは本当である。
警察から多額の賞金をかけられるような奴など基本凶悪犯である。実際半分以上はマフィア・ギャング関連だし。
当然ながら他人の命なんてなんとも思っちゃいないので容赦なく反撃に出る奴。
あるいは今日のサンチェスのように一目散に逃げ出す奴。
保釈の最中に保釈金を踏み倒してそのまま逃げる、保釈金踏倒し逃亡者なんかもうそうだな。
んな訳で死んでも賞金が出るパターンなら、一撃で致命傷を与えられる銃の方がいいのだ。
いや、弾丸なんてマグナム弾じゃなくても当たる場所によっては致命傷だけどさ。
目が覚めた。
隣では俺と同じく素っ裸のままシーツに包まっている雪ノ下が、わずかに寝息を立てていた。
シャワー浴びてから2人でベッドに直行だったもんな…。
え? 何してたんだお前らって?
いや……一番お盛んな年齢の男女が一つ屋根の下に住んでるんだぜ?
言わせんなよ恥ずかしい。
洗面所で顔を洗って髭を剃って戻ったが……
昨日の疲れからか、助手兼経理部長はまだ目覚める様子はない。
警察に寄って賞金がいつ振り込まれるかの確認。
そしてロニーの所で弾を買っておかないとな。
(それじゃあ行ってくる、雪ノ下)
インターセプターの鍵をポケットに突っ込み、俺はエレベーターの前に急いだ。
今日は雪ノ下と一緒にとあるカフェにお邪魔している。
「ハチマン、ユキノ。良い仕事があるんだがどうだい?
バッシュの旦那が腕の立つのを2人探してるんだ。
内容はVIPの護衛。報酬は5万ドルずつ。悪い話じゃないだろ?」
俺ら賞金稼ぎの仕事は保釈金を踏み倒して逃げ去る、ペイルジャンパーの追跡が大半だ。
しかし警察が懸賞金を掛けている、特にマフィア関連や凶悪犯の身柄捕捉もある。
件数は少ないが、当然ながら後者の方が実入りはいい。
さらに俺と雪ノ下の場合はこのカフェのオーナーでもある、目の前にいる恰幅のいい中年女性───
通称"ビッグ・ママ"から仕事を斡旋してもらう事もあるのだ。
それにしても、護衛で一人5万……。
ビッグ・ママを疑う訳じゃないが、なんだかうさん臭い。
高校時代から磨き抜かれ、そしてこんな仕事をするようになって増々冴える八幡センサーは何かおかしなオーラを捉えていた。
警察上層部にも顔の利くミスタ―・バッシュの依頼とはいえ、どうしよう……。
雪「えぇ、喜んで引き受けます」
ちょっとゆきのんさんや。
雪「色々物入りだし稼げる内に稼がないと。ミスタ―・バッシュ経由の仕事なら断る理由も無いわ。
有難うございます、ビッグ・ママ。まずはミスタ―・バッシュのオフィスに行けば良いのでしょうか?」
「礼を言うのはこちらの方さユキノ。アタシの顔が潰れずに済んだよ。アンタ達が行く事を伝えておくよ。バッシュの旦那もアンタ達なら心強い筈さ」
ビッグ・ママはカウンターから封筒を取りだし、俺達に渡した。
中には100ドル札の束が入っていた。
「支度金だよ。バッシュの旦那から渡すように言われていてね。2万ドルだけど、5万ドルづつは成功したら別に払うそうだから心配しないでおくれ」
計2万ドルの支度金を渡すという事は、色々と問題ありな仕事なのか…?
それでも稼がなければ飯も食えない。
八「まぁこの業界で仕事の依頼があるだけマシか。行ってみるわ」
数時間後、俺はこの依頼を引き受けた事を激しく後悔する羽目になる。
(ごめんよ、ごめんよハチマン、ユキノ……どうかアタシを許しておくれ……)
ミスタ―・バッシュのオフィスについた。
駐車場にインターセプターを止め、チャイムを押すが反応がない。
雪「………グッドアフタヌーン、ミスター・バッシュ。
ユキノです。ハチマンもいます。仕事の概要を聞きに来たのですが」
やはり返事がない。
「ユキノの大ファン」を公言して憚らない彼が、雪ノ下の呼ぶ声にも反応を示さないのは何かあるのだろうか。
ん?
ドアロックが外れてる…?
八「………ミスター・バッシュ。入りますよ」
不気味なほど静寂したオフィスの廊下。
普段のミスター・バッシュのオフィスは、暇な時は廊下にまでFMラジオの音が流れている。
またドアが開いている……おかしい、何か様子が変だ。
八「失礼します、ミスター・バッシュ」
俺と雪ノ下はゆっくり入り込むが……ミスター・バッシュの姿がない。
雪「……比企谷くん。あれ……」
オフィスチェアが血に塗れている。瞬時に悪い予感がした。
デスクに近づいて確認したのは……
カーペットの上に出来た血の海に、文字通り突っ伏してるミスター・バッシュの姿だった。
八「駄目だ、死んでる」
この出血の量からして数発は撃ち込まれているだろう。
酷い事をしやがる。でも一体誰が…?
いや、詮索は後だ。まずは外に出て警察を呼ぶべき。
その時だった。カチリ、と何かが鳴った事に気づいた。
!?!?
八「雪ノ下! 逃げるぞっ!?」
雪「え? え?」
俺は事態を呑み込めてない雪ノ下の手を無意識に掴み、廊下に出た。が───
一歩遅かった。
ミスタ―・バッシュの体を動かした事により起爆装置が入った爆弾は、無情にも轟音を立てて大爆発。
廊下を出た事により直接の被害は免れたものの、それも焼石に水。
凄まじい痛みが腹部を襲った。
爆風で叩きつけられた俺の上半身にはいくつもの破片が刺さっている。
雪ノ下は……?
ちくしょう、神様ってのはこういう時は案外残酷だ。彼女の脇腹にもガラスの破片が刺さっていた。
防弾チョッキというのは弾丸は止められても、こういうものには笑っちゃうくらい弱い。
俺達は助からない。
救急車が来る頃にはあの世とやらに飛び立っているであろう事を、薄れゆく意識の中で悟った。
誰だろう、犯人。
ハハ、該当人物が多すぎて分からん。
何せ恨みかってナンボ、な仕事だもんなぁ……
八「………………だ………から、だから言っただろ……日本に帰れって………
こんな仕事……まともな死に方…出来ねぇんだから………」
雪「………じょう、だん…じゃないわ……」
八「……しゃべるな…お前は助かるかもしれないだろ…」
雪「日本に帰って、母に人生を管理されて……好きでもない人と結婚させられて……
だったらこうして………好きな人と一緒に………死ねる方が……」
涙の粒を零しながら、でもかすかに、雪ノ下は微笑んでいた。
雪「…ずっといい……わ…………」
八「………ゆきの……した………」
コイツの幸せを願うなら、俺はあの時心を鬼にして日本に追い返すべきだった。
俺も結局、雪ノ下に依存しまくってたって訳か。
意識が、徐々に薄れていった───
「!?」
意識が徐々にハッキリしてきた。
夢…………か。
そうだよな。それにしても俺と雪ノ下が死ぬなんて縁起でもない。
「……いちゃん、お兄ちゃん!」
……ひょっとしてこの声は小町か?
八「ん……お前いつこっちにきたんだ小町?」
小「はぁ? こっち?
お兄ちゃんが起きないからここに来たじゃん!? 学校遅れるよ?」
八「は? お前こそ何言ってんだよ……」
ここで俺はある異変に気付いた。
小町の顔がまるで子供の頃のように幼い。
さらに服装も俺に凄まじい違和感を感じさせた。
八「お前、何だって中学時代のセーラー服なんか着てるんだよ……?」
小「中学生が中学の制服着るのなんて当たり前でしょ!
ほら、いつまでも寝ぼけてないで早く起きる!」
そう言って小町は部屋から出ていった。
ちょっと待て。
そういえばいつも隣で(裸で)寝ている筈の雪ノ下がいない。
いや、それにこの部屋……?
俺はベッドから飛び起き、日付を確認する。
(過去に戻ってやがる…!?)
To Be Continued...
目付きの悪いジャッカルと、純白の仔猫は眠らない。