詩作という意思表現について

渡逢 遥

詩作という活動は本来

だれかのため

じぶんのため

そういった対象や

目的をすべて払拭した

じぶんのアタマから半自動的に構築される

紡がれる

防衛機制的ななにかなのかもしれない

わたしは考えて詩を書かない

そのときそのときに浮かんだ景色あるいは景色と言葉の無意識的反芻が

こころの筆を走らせる

ヴァレリーのように詩を書きたい

中也のように詩を書きたい

朔太郎のように詩を書きたい

ボードレールのように詩を書きたい

リルケのように詩を書きたい

宮沢賢治のように詩を書きたい

そんな願望はない

詩は遺言だと云う人も中にはいるだろう

詩は高尚だと何かと持ち上げたがる人もいるかもしれない

けれど

けれどね

わたしはそうはおもわない

わたしにとっての詩というものは

心臓の静かな雄叫びだとおもう

深更も静かに頬を伝うとおもう

きょうも あしたも あさっても

臓の表面に露が零れ落ちる

詩作という意思表現について

詩作という意思表現について

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
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