真夜中のメロディーライン

 ラッキーちゃん、というなまえの、ねこを飼っていたひとが住んでいた、ログハウスが、ある日とつぜん、燃えたんだって。
 わたしは、それを聞いたとき、なぜだろう、やっぱり、かなしかったよ。
 ラッキーちゃんというねこのことも、そのひとのことも、まるで、なにひとつとして、知らないのだけれどね。
 そういえば、あそこ、あの、四丁目の、廃病院に、幽霊が出るってうわさが、まことしやかに流れているけれど、実際に見たことがあるひとって、なんにんくらい、いるのだろう。わたしは、ざんねんながら、霊感、というものがあると自覚したことはなく、たまたま、そういった類に出逢ってないから、なのかもしれないけれど、でも、そうだね、見えない自信は、あるなあ。見えたら、嬉しいものなのかな。三か月前に別れた恋人は、幽霊とか、心霊現象とか、超常現象とか、未確認生命体とか、そういうのが、好きなひとだったから、ときどき、そういうテレビ番組や、映画を、観たけれど、わたしは、とくに、怖いとか、おもしろいとか、そういった感情は、一切、浮かび上がらないで、冷静に、観ていて、恋人は、そんなわたしを、でも、許してくれていた。その前につきあっていた、二年前に別れた恋人は、自分の趣味を、嗜好を、共有することを、強要してくるひとだったので、そのひとと比べれば、三か月前の恋人は、やさしかった。
 化粧品のなかでこだわっているのは、口紅。
 さいきんは、ピンクオレンジにハマっていて、あたらしい恋人は、そろそろできそうな、予感。パンダがやっているクレープ屋さんの近くにある、お花屋さんに、よく通っているひと。お花屋さんのとなりの、コーヒースタンドでいつも、コーヒーを買うひと。お花は、ご自宅用で、コーヒーは、きまってホット、選ぶコーヒー豆のなまえを、働いている友だちが教えてくれたのだけれど、忘れてしまった。わたしのお店の、ホットサンドも、食べに来てくれないかなと思う。さっぱりと、みじかい髪と、快晴の空のように爽やかな笑顔。体育会系かと思ったら、意外にも、文化系。陶芸家と聞いて、ああ、あのひとの手にこねくりまわされる粘土が、心の底から羨ましいと言ったら、友だちに、エロいね、と笑われた。
(エロくたって、いいじゃない)
 そう強く思いながら、ふかふかのパンケーキを焼こうと試みる、午前二時。わたしたちの町は、眠っているひとびとの、起きているあいだに感じた、ありとあらゆるストレス、怒り、かなしみが、爆発している。みんな、泣いている。みんなの泣き声が、合奏になる。音楽になる。メロディになって、町の、子守唄となる。

真夜中のメロディーライン

真夜中のメロディーライン

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-07-11

CC BY-NC-ND
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