内包する暗闇の明度

花様りょう 作

しょうもない間の落書き。意味はあるような無いような


諒となおは、海辺の大きな屋敷で、二人で暮らしていた。彼らは家族であり、恋人であり、親子であり、親愛なる友人同士であった。その関係は穏やかで、満ち足りていて、愛に溢れていたのである。

彼らは、常に静かな日常を望んだ。


 
「諒さんは、暗い絵ばかり描くよね。それがどうしたってわけでもないけど」

その人が眺める不思議な油絵を、僕は〝その人〟と一緒になってみていた。
ピンクとグレーとホワイトの明るい色のはずなのに、どうしたって、くらい、恐ろしい気配が消えないのだった。いつもそうなのだ。僕はそれが嫌いなわけではなかったけれど、ほんの少しの戸惑いを覚えるのだ。

「ふふ、おや、気になるかい? 君も描けたなら、きっとわかるよ。私と君は似ているからね。どうだい?」
微笑み。たのしげだ。
「ううん、僕はいいよ。諒さんの絵を見てるのが好きなんだ。」

そういえば、諒は僕に隠すように、でも気がついて欲しそうに。その横顔に淋しげな表情を浮かべた。
そのことに僕はとても戸惑った。
諒がこんな顔をするなんて、知らなかったのだ。慌てて、言った。
「どうしたの諒さん。僕が絵を描かないことが、悲しいの?」

そうすると、諒は迷うように、囁くように。秘めごとを、ポロリと手落したかのように、どこかふわふわとしながら言った。

「…いや、なんでもないんだ。そう思う。なんでもないって、そう…。けれど………。
………私はきみといられて幸せなんだ。そのはずなんだけれどどうしても闇は消えない。なぜだろう?」

ああ
僕は泣きそうだった。分からなかったのだ、ちっとも。
ぼくも諒といれて幸福を感じたし、諒に幸福を与えている事に間違いはないと確信していた。もしそれでも諒が何かの不安と戦っているならば、諒を一人にしていたくない。はげしい恐怖を感じた。叫ぶように僕は言った。

「諒さん、諒さんが一人でそれについて悩んでいたのが悲しいんだ…僕にできることは思いつかないよ。でもなんでも言ってよ。ねえ」

不安と後悔で胸が押しつぶされそうだった。

諒はそんな僕を見て、静かに笑った。そして僕の手を引くと、部屋から出た。
そしてまるでその事から僕を引き剥がすように、しっかりと扉を閉め、僕を抱きしめた。その体温に、なんだか泣きたい気持ちだった。



「君ってつくづく優しいやつだよね。君が何もしなくても私は幸せなんだよ。
それにな、これからも長いふたりの人生の中で、一つくらい悩み事があったほうが健康的だと思うぜ、私は。

…ああ、泣くなよ、なおくん。さあ、パンでも焼いて、暖かいミルクを飲もう。蜂蜜を好きなだけ入れていい。砂糖もね」



  *  *  *



その紳士的な買い手が言った。

【君がかわいそうだよ、私は。まあ君の描く絵は地上でいちばんの価値があると思っているけれど、それがどうしてなのか分からないんだよね。こんなものの答えを探すほうが馬鹿げているし無礼かなとも思ったんだけれどね。
それで考えたんだ。君は人生や他人に心底絶望していて、普段はそれを君のその演技力で覆い隠しているのかも知れないってね。でもそれにしては、彼、少年に対する態度が柔らかすぎるよね。どうなんだい? 全てに絶望してなきゃこんな絵は描けないに違いないと思うけれどね。半ば確信しているんだよ。そうとすれば君はとてもかわいそうだってね。
どうしてこんな絵が描ける? 君はわかっているんだろう? 君は〝こういうの〟を抱え込んだまま曖昧に過ごせるような人間じゃないでしょう?】



諒はつまらないというように言った。

「うーん。分かりやすくは言えないけど、一応答えは持ってる。
しかし、君に言われたくないなあ…なおくんは私のほとんどを理解してくれた。なおくんだけは別なんだ。

…ん? 答えは、そうだな。たとえば、太陽は影を見たことがないということだ。
分からない? 頭悪いなあ。じゃあ、希望にはリアリティが無いって事だ。
…僕らが不幸だって? 失礼で不躾なやつだなあ」


諒は踵を返した。帰るのだ。夢も希望も無いけれど、絶望とやさしさの詰まった、あの家に。

内包する暗闇の明度

内包する暗闇の明度

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-07-10

CC BY-NC-ND
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