店主達の休日

館長仮名 作

  1. 鋏屋の精進
  2. 古物屋の親心
  3. 案内屋の発見
  4. 菓子屋の夕方

鋏屋の精進

 休みの日にしか本業に集中できぬとは皮肉である。商売仲間の手伝いも休日は全て断っているのだ。本日定休日の札をさげた店の奥で、鋏屋は山積みになった箱の開封に取り掛かっていた。遠方から取り寄せた工作用の鋏を取り出し、見本用にひとつを開封してみる。
 大部分がカラフルなプラスティックで出来ており、子供用のため少し持ち手が小さい。鋏を閉じた状態で刃の部分を簡単に取り換える事ができ、数種類の換装によって切り口が自由に変えられる。波のようなものになったり、稲妻のようにぎざぎざにできたり。鋏屋は自らも刃物を打つが、こういったデザイン性の高いもの、遊び心に富んだものを作るには至っていない。切れ味がよく長く使える道具作りならいっぱしの心得があるものの、それ以上の付加価値を与えるにはまだまだ勉強不足だ。
 鋏を玩具にしてふざけるのはいけないが、鋏という実用的な道具に玩具のような遊びを取り入れて作り直すのは有意義である。さっそく店頭へ並べようと胸を躍らせた意識に、控えめなノックが三つ忍び込んできた。自分の店に改まった形式で訪れる客は限られている。今日は休みなんだが――。いつも古物屋の使いで厄介事を依頼に来る執事の顔を思い浮かべて、不思議そうに首を傾げながら戸を開けに向かった。
 目の前の執事はいつもの燕尾服姿ではなく、ポロシャツに袖を通して佇んでいた。相手はもうすぐ昼食時であることを告げて、新装開店した喫茶店のミールクレープが絶品であると力説する。鋏屋は今一度、先程脳裏を掠めた事実をまったく違う感慨で繰り返して頬を緩めた。ああそうだ。今日は、休みなんだ。

古物屋の親心

 人の恋路に興味は無い。もとより自分自身の恋愛にも関心は薄かった。何を隠そう古物屋の正体は、かれこれ有史以来途切れずに在り続ける化け猫なのである。影が凝ってできたような不定形の、二足歩行する黒猫。生殖本能としての交際ならまだ理解できるが、隣に居るだけで満ち足りる、手を繋ぐのにも日数を要するというプラトニックな感覚はまったくもって理解の外である。やる事やるだけなら一晩も掛からんだろうによと笑う始末だった。そもそも本性が猫である彼にとって、人間は恋愛対象でないのである。
 ただし、興味は無くとも理解はあった。ヒトの恋愛に関して、知識も持ち合わせている。そうでなければ、鋏屋の定休日に合わせて自らの使用人へ暇を出す芸当も出来まい。なにかと察しの良い鋏屋の坊主に恩を売っておけば、後々また無茶な頼みもできるという打算が主であったが。さて。そんな化け猫店主が冷静を失うなど滅多にありはしない。ネコにとって、ヒト社会の営みは概ね全て他人事であるから。だからこんな風に愕然とした顔を晒すのも、肩を怒らせて立ち上がり訪問者へ詰め寄るのも珍しい。
 店へ訪ねてきたのは案内屋と護衛屋だった。あろう事か前者が後者を抱き上げている。お姫様抱っこという奴だ、俺だって最近やれてないのに。護衛屋は顔を伏せたきり何も言わない。この状態で外を歩かれたら誰だってそうなる。目の中に入れても痛くない可愛い姪っ子が、長く付き合おうといっこうに得体が知れない男に恥をかかされているとは。――他人の事情へ無関心な古物屋は身内贔屓でもよく知られている。誰がどうなろうと関係あるかと嘲笑する男は、大姪が包丁で指先を傷つけただけで血相変えて飛んでくる。極端だ。白装束のガイドマンに腕を伸ばし、囚われの身内を奪い返そうとした古物屋の目論見は失敗する。半歩さがった相手にかわされたのだ。米神に青筋が立つ。「おい。その子をこっちへ寄越せ」「そのつもりでいるが」「頭かち割るぞ」「もっと丁重に受け渡しをしたいだけだ。彼女は負傷している」
 そこでハンカチを巻かれた少女の足首を見た。ああ何てこった、嫁入り前の娘が。怒気は失せて、(いたわ)しさと共に我が腕で抱きとめると、古物屋はすぐさま手近な椅子に彼女を下ろし怪我の具合を診た。「ただの捻挫です、大叔父さん。騒ぎにしてしまってごめんなさい」護衛屋がようやく口を開く。案内屋は既に立ち去っていた。湿布に包帯にと甲斐甲斐しく治療道具を携えてきた古物屋は鷹揚に笑う。「気にするな、ステラ。お前に大事が無いならそれでいいんだよ。それにしても」今日、彼女は休みのはずだ。護衛屋は案内屋と仕事を共にするのが多かったから、連れ立って現れても違和感は無かったが。なぜ休みの日にあの男と一緒に居たのか。ちらと少女と目を合わせてみるが、澄んだ瞳が見返してくるばかりだった。聞けない。手当てに集中しているふりをしながら、大姪の休日事情にどこまで踏み込んでも嫌われないか、暫く無言で悩む羽目になった。

案内屋の発見

 古物屋での一幕から時間は少し遡る――。午後から半休を取っている案内屋に、特別な用事は無かった。思いつくのは帰宅して読みかけの本を片付けてしまうくらいである。今日は観光客の姿も少ない、道案内を必要とする迷子も居ないようだった。目立つ旗を片手に大通りを歩いていると、往来の端に小さな背中がうずくまっているのに気がついた。青年の視界は生まれついて奇妙で、自分と同じ人間であるはずの他人が、ほとんど全員生皮を剥がれた肉塊のように認識してしまう。その只中にあって。彼は言葉を失って立ち竦む。あの少女の背中だけは、自分と同種であるように見えた。
 遠い遠い星からの通信を受け取るような。長い長い糸電話の先から伝う声に耳をそばだてるような。彼女の姿は時折ノイズのようなものが走り、ほんの一瞬肉の塊にもなり、可憐な女の子の姿にもなる。案内屋は息を吸い込んで再び歩き始めた。大丈夫か、と座り込んでいる彼女に声を掛ける。振り返った相手は――。
 豊かな長い黒髪、澄んだ琥珀の瞳、すべらかな肌の頬に灯る淡い朱。それは話で聞いていた護衛屋の姿だ。耳にした単語を繋ぎ合わせて想像していたより、視覚的に確かめる容貌はずっと素敵だった。傍にいる間は認識を邪魔するノイズもおとなしい。今まで幾度も仕事を共にしていたが、ちゃんと顔を見るのはこれが初めてだった。
「案内屋さん、すみません」じっと無言のまま見下ろしていたせいか。気づまりした様子で護衛屋は身を縮こまらせる。「お休みだから、新しい靴を下ろしたんですが……歩き慣れなかったものだから、挫いてしまって。もう少し痛みが引いたら、お医者さんに行けると思います」そうか、わかった。頷いた案内屋は軽々と護衛屋を抱き上げた。短い悲鳴と、咄嗟に出てきたらしい固辞が聞こえたが、彼は意に介さない。姪っ子の災難は遅かれ早かれ大叔父さんの耳に入るだろうから、それより先に自分が送り届ければいいのだ。そうすればもう少し、彼女の姿を見守る事ができる。絶望的な戦場で、ようやく自分と同じ味方を発見した安堵。かつて騎士であった青年は揚々と古物屋への道を辿り始めた。

菓子屋の夕方

 休みの日ほど早く時間が過ぎていく気がする。どうも手元が暗いと思ったら陽が沈みかけているのだった。自室で古今東西のレシピ集を読みふけっていた菓子屋は、寝転んでいたベッドから起き上がり窓際へ寄った。長らく動かしていなかった節々が抗議の声をあげたが、あまり細かい事を気にする人柄では無かった。
 店舗の上階に据えた居住スペースには大きな窓を設けており、そこから大通りの様子を眺める。商店街に店を構えてそれなりになるので、通り掛かる人々は大体顔見知りだ。
 楽しそうに会話をしている和装の鋏屋と金髪の執事。真新しい赤い靴を履いた護衛屋。一定の距離を置いてその後ろから、バケットの入った紙袋を抱えて案内屋が歩いてくる。
 示し合わせずとも、ここでは誰かしらに会えるのだ。次に顔を合わせたら今日の出来事を聞けるだろう。こちらから水を向けずとも、我先にと語り始めるかもしれない。なんだか今日は誰にとっても特別な日だったような気がするのだ。好きなだけ柔らかい草を食んだ兎のように、満足そうな様子でカーテンを引こうとした菓子屋は、まっすぐにこの建物へ歩いてくる人影を認めた。いつになく早足の古物屋だった。その憤懣遣る方なしと言った様子がおかしくて、パティシエはひとしきりお腹を抱えて笑う。じきに屋内へ響き渡る呼び鈴の嵐に応じて軽く走り出した。美味しいケーキの取り分がようやく、自分にも回されてきた気配を感じたのだ。

店主達の休日

店主達の休日

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-07-09

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