ビューティフルソング

16 作

 双子の姉が死んだ。晴れた冬の朝だった。
その日は大学へ持参しているお弁当を、姉が作る番だった。けれど、その日姉は寝坊したので、結局お弁当は私が作って持参することになっていた。一限の講義に遅れないようアパートを出て、そのまま車に轢かれて死んでしまったのだから驚きだ。アパートの前の道路は車の通りが少なく安全だと、不動産屋があんなににこやかに話していたではないか。しかし、姉は死んでしまったのだ。昼からの講義を履修していた私が、毎日お互いのお弁当に入れると約束していた、そんなに上手でもない卵焼きを作っている間に。
 それから時間は、ジェットコースターに乗ったときみたく過ぎていった。私はあまりの速さに置いてけぼりを食らったまま、ただ機械的に寝て起きて食べることを繰り返した。実家での葬儀の準備、親戚一同の慰めの言葉、棺に入った姉の死に顔。私の身に起こったここ数日のあらゆることを、私は記憶に留めることができなかった。我が身も同然の片割れの死は、そのぐらいあっけなく、しかし大きすぎる事実だったのだ。
 葬儀や遺品の整理などで、私はしばらく両親と共に、実家とアパートを行き来した。それらもまた、あまり記憶にない。ただ、一つ席の空いた車内や食卓の空虚を見つめ、家族は静かに慰め合っていたと思う。それらが済むと、私は再びアパートへと戻った。
 静まり返った室内で、私はとうとう自分が孤独であることを悟った。一人分の靴が脱ぎ捨てられた玄関。コップに立てられた一本だけの歯ブラシ。一つだけの寝具。少し空きのできた本棚、クローゼット、タンス。じゃんけんに負けて姉の好きなピンク色になったカーテン。
 私は呆然と部屋に突っ立ったまま、泣き出した。黄緑色のカーペットに、涙がぼたぼた落ちていく。このカーペットは、私がようやくじゃんけんに勝って選んだものだ。
 もう姉はこの世にいないのだ。私には、この悲しみを分かち合える家族がいるし、友人もいるけれど、それでも圧倒的に孤独であった。肉を、血を、何もかも分け合ってきた姉がもういない。お母さんのお腹の中にいた頃から今まで、息をするように繰り返された、姉と何かを分け合う行為を、もう二度とすることができない。そんなの、絶対に嫌だ。
 何時間も泣きながら、私はもう二度と食べられない姉の卵焼きの味を、繰り返し思い出した。

 それからしばらくは、普通に大学に登校した。私の所属する学科では、すでに姉のことが知れ渡っていたため、私は人に会うたびに哀悼の言葉をかけられた。そのたびいつでも姉がいたはずの右隣が、風でも通るようにすうすうと寒くなった。友人たちは、特別姉の話をすることをしなかった。私に変に優しくすることも、距離を置くこともせず、しごく普通に接してくれた。誕生日に彼氏が自作の歌を弾き語りしたのがキモくて別れたとか、実家から送られてきた餅の食べ過ぎで3キロ太ったとか、買った下着のサイズを間違えたとか、食堂で何日にクレープ販売とか、はたから見ればくだらない、そんな話に皆で笑ったり文句を言ったりした。私は本当にいい友人をもったのだと、その時心から感じた。

 しかし、それも長くは続かなかった。一人アパートの扉を開けて、もうおかえりが聞こえないこと。姉がバイトで遅くなる火曜と金曜に、おかえりと言えないこと。一人でする買い物、食事。それらが私の孤独を、より明確なものにしていった。だからと言って、何日も友人の家を泊まり歩いても、それはそれで姉が待っている幻想に捕らわれて落ち着けなかった。
 しまいには、一人ぼっちの食事や身支度が億劫になり、大学へ行くのに何時間もかかるようになった。私の心が乱れていくのに呼応するように、今や一人暮らしとなった部屋もどんどん荒れていく。数日後、私はとうとう、その荒れ果てた部屋に引きこもるようになった。

 起きていてもなんの気力も湧かないので、眠っている時間が増えた。また、目を覚ましていても、布団から出る元気がない。数時間有してようやく布団から這い出たところで、また何時間も床に寝そべってしまい、動けない。友人からの気遣いの連絡を返すのも苦だった。メールを何件も無視して、かろうじて残った生理的な欲求、尿意や空腹を晴らすためのろのろと立ち上がる。何日も出していないゴミ袋は部屋中に散らばり、最早インテリアと化していた。
 こんなところ、姉に見られたら怒られるだろうな。ふと考えると、笑えた。姉を思う気力は、まだ私に残っているのだ。姉は私と同じくずぼらな性格だったものの、部屋の整理整頓はきちんとする方だった。ごみは毎週忘れずに出していたし、洗い物も溜めない。双子といえど、姉は姉として育てられたのだ。私の方がわがままだったし、のんびり屋だったし、ことあるごとに姉を頼っていた。

『お腹すいたでしょ。今日はケチャップのパスタ作るからね』
『靴下片方しかないんだけど、知らない?』
『じゃんけんして負けた方がコンビニでアイス買ってくる、決まり』

お姉ちゃん、その料理にはナポリタンっていう名前があるし、第一ナポリタンはスパゲッティだし、靴下は知らないし、じゃんけん勝負は私が圧倒的に弱いから不公平じゃん。

お姉ちゃん、私ひとりじゃなんにもできないよ。

 こうして無気力に過ごす日々は、姉の葬儀があった頃と似ていた。何をし、何を考えて一日を過ごしたのか、まったく記憶に残らない。ただ、毎日自分が生きていることが不思議でならなかった。
 私はしだいに、死について考えることが多くなった。リビングに置かれた白いテーブルの、いつも姉が座っていた席に座り込んで、一日中虚空を見つめ続けた。時間の感覚は麻痺し、部屋が真っ暗だと気付くのは、日が暮れて数時間経ってからが常であった。

死ねば姉と再会できるのだろうか。
死ねば孤独感はなくなるのだろうか。
何故、二人で生まれ、二人で死ねなかったのか。
何故、私だけがこの世に取り残されてしまったのか。

 包丁などの刃物を、何時間も見つめたこともあった。ビニール紐を首に巻いてみたり、布団に顔面を押し付けて息を堪えたりもした。時たま外から聞こえる救急車のサイレンや、車のクラクションに、どうしようもない渇望が沸いた。どうか私を連れて行ってくれ。タイヤの下でぐちゃぐちゃの肉塊にしてくれ。もう、孤独に涙を流す余裕も、私にはない。

 すっかり日が暮れて数時間が経った。いつものように、ゾンビみたくのっそりと立ち上がり、電気を点ける。外は雪なのか、それとも晴れているのかわからないが、とても静かな夜だった。ほのかにオレンジがかった電気に照らされた室内には、脱ぎ捨てた服やゴミが散乱している。それでもなお、この部屋は広すぎる。
 私の足は、浴室に向かっていた。どうしても湯船に浸かりたいけれど節約したいからと、ほんのわずかな湯を張った浴槽に姉と二人で入った。とても狭くて、けれどそれがアホみたいに笑えて、はしゃぎすぎて隣室から苦情がきた、そんな浴室。
 浴室の電気を点けると、リビングよりも柔らかな暖色が目に染みた。相変わらずそこは狭く、いくら換気扇を回しても湿っぽい。床や壁にぽつぽつと落とされた水滴は、今や冷たい水となり、冷気すら放っていた。私は躊躇うことなく、素足で水場を踏みしめた。
 姉との思い出の浴槽には、その思い出とは対照的に、たっぷりと豊かに水が張られている。いつだったか、湯銭に浸かろうと考え湯を張ったが、案の定水道を出しっぱなしにして溢れさせてしまったのを覚えている。それを処理することさえ面倒で、放っておいた末に今や冷水となってしまった。その浴槽を覗き込むように跪く。灰色のスウェットパンツの膝部分に、濃い濡れ染みが広がった。
 水面には、暗く影を落とした姉の顔があった。記憶に留めることができなかったはずの死に顔よりも青白く、冷たいと感じる。水面に垂れる栗色のボブヘア、一重まぶたの黒目がちの目、少し低い鼻、薄い唇。姉は酷く悲しそうで、寂しそうで、苦しそうで、ああ、これ以上見ていられない。姉の顔が、私に近づく。
 冷水に耳まで浸ると、刺されるように痛んだ。浴槽のふちにかけた手も、すでに手首まで濡らされて感覚がない。痛みと寒さと、唇や鼻の孔から酸素が逃げていく感覚しか、もうわからない。しばらくそうすると、耳の奥からキーンと、弱々しい音が響いてきた。しまいに頭がぼんやりしてくる。喉の奥が、肺が、ぐっと苦しい。目の奥まで何かに圧迫されるように痛んで、段々と耳鳴りは遠ざかる。
お姉ちゃん、わずかに肺に残った空気を、言葉に変えて水中に押し出した。

 その瞬間、何かが私の首根っこを引っ張った。顔から首、胸から胴へと、重力に従い水がびちゃびちゃと落ちていく。
半分意識を失いながら、しかし反射的に呼吸を繰り返すと、視界の端にピンク色のワンピースの裾が見えた。

「私がいないと、駄目なんだから」
 私の首根っこを引いたままの姉が、勝ち誇ったように笑っていた。

ビューティフルソング

ビューティフルソング

二年ほど前の文章です。人が亡くなる描写があります。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-07-07

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