やさしいくまと、わたしと、森の夜

あおい はる

 やわらかい骨が、いつか、わたしを、貫いたとして。
 あれから、やさしいくまが、誘った、星を頼りに歩く、真夜中の森では、すべてのいきものがやすらかに、眠っていた。わたしが、だれかの足枷となり、生きていることを、少しばかり恥じていた頃である。惑星が、たとえば、宇宙には、無数に存在するのかもしれないけれど、それは、地球上のにんげんと、どちらが多いのだろうという想像は、気が遠くなりそうで、やさしいくまが淹れてくれるカフェオレの甘さに、逃げていた。クッキーの、真ん中の、いちごジャムが、宝石みたいで、装飾品にも見える、美しいそれに、わたしは、こころも、うばわれていて、おだやかな音色の、バック・グラウンド・ミュージックが、からだに染みてゆくのが、わかった。
 おわらない夢のなかで、だれかのいのちの声を、きいている。
 星が見える夜は、月の裏側で、うさぎが、天体観測をしながら、おまんじゅうを食べていることを、やさしいくまが、おしえてくれた。おまんじゅうも、きっと、美味しいのだろうけれど、やさしいくまの作る、ハッロングロットルよりも美味しいものが、この世にあるとは思えなかった。ジャムのクッキーを、ハッロングロットルと呼ぶことも、やさしいくまが、おしえてくれたので、やさしいくまは、おとうさんよりも、おかあさんよりも、大学の教授をしている、おじいちゃんよりも、あたまがよくて、物知りだと思っている。やさしいくまの家には、一生には、読み切れないほどの、膨大な量の本が、積み重なっているし、なにより、めがねをかけている、やさしいくまの姿は、なんでも知っているひと(くま?)に、見えた。
 自室のベッドよりも、やさしいくまの家のリビングの、ソファで、ブランケットにくるまっている方が、よく眠れる。
 わたしの髪を撫でる、やさしいくまの、まるで、ガラス細工に触れるような、やわらかい指使いから、愛おしさが伝わってくるから、やさしいくまのことが、わたしも好きである。からだを、こころを、明け渡してもいいと思うことは、多々、あり、しかし、くまは、やさしいくまであるから、どこまでも、やさしくて、やさしすぎるくらいに、やさしい。
「あなたとおなじものを、見ていたい。ずっと、死ぬまで」
 やさしいくまの、プロポーズのような告白に、わたしは、かんたんに、うん、とは頷かない。なんせ、わたしは、だれかの足枷になることが、あるので、やさしいくまの、足枷には、なりたくなかった。じゃま、になるのではなく、ひつよう、となりたいのだ。ぜったいに、重荷には、なりたくない。
 そう強く祈りながら、今夜も、わたしは、やさしいくまの、お気に入りの、グリーンのソファで、目を閉じる。

やさしいくまと、わたしと、森の夜

やさしいくまと、わたしと、森の夜

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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