SK病院の日々 

岡崎 勝耶

  1. SK病院の日々 1.ちょっとでかい
  2. SK病院の日々 2.口が開く
  3. SK病院の日々 3.ナイショ
  4. SK病院の日々 4.ソフィスティケイティッド・ダンディ
  5. SK病院の日々 5.行け 青年よ
  6. SK病院の日々 6.あと五分
  7. SK病院の日々 7.ゴクッゴクッゴクッ
  8. SK病院の日々 8.アリス
  9. SK病院の日々 9.ふわり
  10. SK病院の日々 10.ここはどこ?
  11. SK病院の日々 11.開口一番
  12. SK病院の日々 12.おっと
  13. SK病院の日々 13.メディスン・マン
  14. SK病院の日々 14.ライバル
  15. SK病院の日々 15.レントゲン・アイ
  16. SK病院の日々 16.そうかそうか
  17. SK病院の日々 17.そのように作ってる
  18. SK病院の日々 18.LAN・乱・run
  19. SK病院の日々 19.アウト・オブ・バウンズ
  20. SK病院の日々 20.待機中
  21. SK病院の日々 21.あの頃
  22. SK病院の日々 22.棺桶が欲しい
  23. SK病院の日々 23.今日はいらない
  24. SK病院の日々 24.晴と褻
  25. SK病院の日々 25.優しくしてね
  26. SK病院の日々 26.カーミラ
  27. SK病院の日々 27.めざせ!歌って踊れる外科チーム
  28. SK病院の日々 28.ショック
  29. SK病院の日々 29.怪獣ではない
  30. SK病院の日々 30.逃げる
  31. SK病院の日々 31.トックリヤシ
  32. SK病院の日々 32.ミステリー・ゾーン
  33. SK病院の日々 33.困ったな
  34. SK病院の日々 34.気配が大事
  35. SK病院の日々 35.そうじゃない
  36. SK病院の日々 36.やられた
  37. SK病院の日々 37.そもそも
  38. SK病院の日々 38.コン・ゲーム
  39. SK病院の日々 39.ちょっと待ってください
  40. SK病院の日々 40.ワン・オン・ワン
  41. SK病院の日々 41.ほら、遠慮しないでね
  42. SK病院の日々 42.ご親切にどうも
  43. SK病院の日々 43.耳を澄ませば
  44. SK病院の日々 44.僕って、変?
  45. SK病院の日々 45.TS病院のオッチャン
  46. SK病院の日々 46.プライド
  47. SK病院の日々 47.自分で答えます
  48. SK病院の日々 48.未確認浮遊物体
  49. SK病院の日々 49.違う
  50. SK病院の日々 50.違う違う
  51. SK病院の日々 51.いきすぎ
  52. SK病院の日々 52.おや、まあ
  53. SK病院の日々 53.バミられた!
  54. SK病院の日々 54.狼の森の少女
  55. SK病院の日々 55.唐獅子牡丹
  56. SK病院の日々 56.上等じゃねえ
  57. SK病院の日々 57.いい味、出してんジャン
  58. SK病院の日々 58.人体の不思議
  59. SK病院の日々 59.ああ、困った
  60. SK病院の日々 60.二十連星
  61. SK病院の日々 61.煙が眼に沁みる
  62. SK病院の日々 62.あなたの優しさが、怖かった
  63. SK病院の日々 63.直立歩行の発見
  64. SK病院の日々 64.フォワード
  65. SK病院の日々 65.ファントム・リム
  66. SK病院の日々 66.血の気が
  67. SK病院の日々 67.江南の春
  68. SK病院の日々 68.ショット・バー
  69. SK病院の日々 69.晴れた日は、犬のお散歩
  70. SK病院の日々 70.ツットル
  71. SK病院の日々 71.油断
  72. SK病院の日々 72.まともな大人は何処にいる
  73. SK病院の日々 73.それぞれの刻
  74. SK病院の日々 74.実感の達人
  75. SK病院の日々 患者列伝一 ウナギの死体
  76. SK病院の日々 患者列伝二 ホーム・スゥイート・ホーム
  77. SK病院の日々 患者列伝三 どっちもどっち
  78. SK病院の日々 患者列伝四 血は水よりも
  79. SK病院の日々 患者列伝五 フグは食いたし
  80. SK病院の日々 医道外伝二 旋回舞踊の彼方
  81. SK病院の日々 医道外伝三 采女の
  82. SK病院の日々 医道外伝四 心に歌を
  83. SK病院の日々 医道外伝五 メヴレヴィーの末裔

SK病院の日々 1.ちょっとでかい

I先生が僕のCTのフィルム(ポジ?)を見ながら首
を傾げた。「ううん・・?」。
 幾らか診察にも飽き、なかば退屈しかけていた僕は、
先生がフィルムに集中している間、よそ見をしていた。
何か面白そうなもの、ないかなぁ・・、と見回しても
特別何がある訳じゃあない。一周でおしまい。となる
と残りは、ぼんやりとするしかない。その間もI先生
は、まだフィルムを睨んでいる。
 僕の体のスライスを熱心に見ながら、そのうちに先生
が何か、口の中で疑問を呟き始めた。
「これは・・?、ヘルニア・・か?」。
 完全に退屈してしまった僕は、馬鹿みたいに口を開け
ながら、ぼうっと聞き流していた。
「ううん、ヘルニア、だなぁ・・」。僕は自分のスライ
ス映像の、白く曲がった横行結腸の所を見上げた。
「うん」。先生が確信して頷く。急に椅子の向きを変え
ると先生は僕に訊いた。
「ここの、このへんのとこ。何か出っ張っている感じは
ありませんか?」
「はぁ、そう言われれば、なんか少し大きいんじゃない
か。って思ってはいるんですけど・・」。僕は答えなが
らシャツの裾を捲くり上げ、ちょっとでっかいストーマ
を見せた。
 正確な注意力を持つI先生は、僅かなことも見逃さな
い、良い先生です。

SK病院の日々 2.口が開く

 内科病棟には高齢の患者さんが多い。どういう訳か、
殆ど皆さん、口を開けて横になっていらっしゃる。その
まんま、歯科検診を実施したら相当に効率が良い。まぁ
でも、そうなるとサービス過剰で他の病院からクレーム
が来るかもしれない。大方はそんな理由で、いまだに実
現してないんだろう。
 初めからヘロヘロ状態で入院した僕も、一週間もする
頃にはヘロンヘロンになっていた。そりゃ点滴だけじゃ
栄養も足りないんだろう。それに先生の仰有るところの
シュワノーマ(僕が名付けるところのガンノスケはん)
が、大体の栄養も食っちゃうんだろうな。脚のラインは
アニメのルパン三世か、サリーちゃんのように実に簡単
な線になってる。ムンクの〈叫び〉の顔まねを、こっ
そりと洗面所の鏡に向かってやってみたいくらいだ。
 それで、そいつに気がついたのは何日目の朝か。目が
覚めると、どうも口の中が、妙に乾いている。
 幾らか微熱傾向が続いていたから、また熱発でもした
のかなあと思って、トロピカーナの洋梨のジュースを一
口飲んだ。冷たくもなかったけれど、やっぱりホッとす
る。テーブルにパックを戻し、ゆっくりと息を吐いて、
それから僕はまた、もう一度寝直そうとした。
「エッ?」
 ・・口が開く。
 何で・・?
 僕は気合いを入れて、口を閉じた。そのうちにまた、
ウトウトしかける。で、ふっと気がついた。
 やっぱり、開いている・・!
 そういうことか。
 ヘロンヘロンの僕は、口を開いて眠ることに決めた。

SK病院の日々 3.ナイショ

 僕には少し、特技がある。看護士のYさんが「シッ」
と言って人差し指を立てたのも、その特技のせいだ。
「いないんです」。
 看護婦さんが言う〈いない〉人とは、昨夜救急で運ば
れてきた患者さんだ。
「トイレに行きたいからスリッパを貸してくれ、って云
われたんですけど・・」。それきり帰ってこない。
「トイレは全部確認したの?」「はい」「じゃ、みんな
で手分けして、もう一回。それと他の階も確認して」。
 夜明けに患者が消えるなんて、ちょっと怪談じみて怖
いんじゃないかい。でもスリッパを履くんじゃ、足はあ
るのか。
「やっぱり、いません・・」。
 十人で探しても見つからない。殊勝な看護婦さんは、
非常階段の下まで確認しに行った。
「厭だなあって思ったけど、覚悟して覗いたんだ」。
 そうだろうとも。君はエライ。
 結局、真相はどうかというと、本人はタクシーで自宅
へ帰っていた。
「だってそんな時間、タクシーなんかいないじゃん」。
 それがたまたま、病院の裏にいたんだな。
「お金はどうしたの。財布なんか持ってなかったし」
 これも家の人が払った。
「前にもそういうこと、あったんだって」「えー、じゃ
家の人も、電話してくれれば良いのにー」。
 ごもっとも。自宅へ連絡した看護婦さんもエライ。
 後でYさんに「なんか、家に帰っちゃってたんですっ
てねえ」と振ると、「え?何で知ってるの?」
 で、「ナイショ」と指が立つ。

SK病院の日々 4.ソフィスティケイティッド・ダンディ

 看護士のYさんは、時々、オネエ言葉を使う。でもオ
カマじゃない。女性の多い職場でコミュニケーションを
洗練させれば、当然そうなる。それに石原慎太郎みたい
に、自分がオカマだと認めたくないタイプなら反対に無
用の男らしさを発揮する。そうなると女性の患者さんは
安心して看護を受けられない。だから今日もYさんは、
内股の素早い足取りで病棟を行く。
 ピンポーン。ナースコールが鳴った。何と、夜が明け
てもいないのに、もう、朝ご飯を催促する輩がいる。
「まだね、時間にならないから、待てて下さいね」。
 親切な看護婦さんは丁寧に対応している。そういえば
この患者、昨日も同じだった。ただ今日は、幾ら何でも
早すぎる。で、三十分もすると、また、ピンポーン。今
度は別の看護婦さんが同じように対応した。
「時間がね、決まってるの。それまで待っててね」。
ピンポーン。
「ちょっと待っててね、もうすぐですからね」。
ピンポーン。
「今、ご飯まわり始めたとこですから」。
ピンポーン。
「順番ですからね、もうすぐ行きますよ」。
ピンポーン。
「あのね、順番なの。必ず行きますから」。
ピンポーン。
 ついにYさんが切れた。
「もうッ、朝から何度も何度もッ、ピンポンピンポンッ
て。ウルサイよッ!少しぐらい、我慢しなさい!こども
じゃないんだからッ!」。
 おおっ。Yさん、男だねえ。よっ、カッコイイ!

SK病院の日々 5.行け 青年よ

 M井先生は何でも一生懸命にやる。でも、悩む。
「また、肩から入れる訳にいかないしなあ・・」。
 僕の細い血管で泣く人は多い。高栄養チューブを肩か
ら入れた時には、針を何本も曲げた。途中で交替したM
井先生が最後には決めてくれたけど、あれで一時間半。
だから今更こんな三十分ぐらい、どうって事は無い。
「ふぅー」。
 双方不幸なことに、点滴の針はまたまた逸れた。
「これ・・、足の方から取りましょうか・・」。
「え?や、先生。もう、ちっと頑張りましょうよ」。
 足はイヤよ、足は。僕の必死のお願いに、先生、こっ
くりと頷いて気合いを入れる。でもやっぱり針は入らな
い。青アザが一つ増えて、ため息もまた一つ。
「あ、それじゃあ先生。少し休憩しましょうか」。
 気力をリフレッシュしなけりゃね。ほうっ。
「そうですね・・」。
 何だか妙に静か。先生、きっと情けなく感じてるんだ
ろうなあ。そう思うと、カーッと僕の血が熱くなった。
おい、俺はこんなとこで、寝てる場合じゃないぞ。
「よしっ、やりましょうか」。
 今度は手の甲の痛そうなとこ。ほれっ。いけいっ。
「うむ・・む」。
 どうだ。おい。三十分だぞ。こらっ、俺の血管!
「・・む。あ、・・入った!」「お~うっ!」。
 先生の顔がパアッと明るくなる。僕もホッとする。
「やったあ!先生!」
 帰りしな、後ろ姿のM井先生の細っこい肩が、ささや
かにカッツポーズをしていた。
 で、不人情な僕の腕はその後すぐに腫れてきた。

SK病院の日々 6.あと五分

 手術後の僕は殆どトリップ気分だった。ハイケア・セ
ンターに入って文字通り、気分がハイ。そいつが麻酔の
影響なのか、それともヘモグロビン量半分のド貧血のせ
いなのか。ともかく僕は、酔っ払い気分。
 ただ困ったのは物が見えない。ま、見えるには見える
けど、形も文字も全然意味を結ばない。一メートルと離
れていない所にある四角い缶に絵が描いてあるけど、こ
れが何だかまるきり分からない。壁にでっかく字が貼っ
てあるけど、それが見えているんだか、いないんだか。
さすがに三日目には、それが床ずれ防止の時間表だとは
分かった。それでも全部読めた訳じゃあなかった。
「Oさん、吸入をしましょうか」。
 看護婦さんがネブライザーを押してきた。スイッチを
入れると溢れだしてくる白い水蒸気の霧が、とても冷た
そうで気持ち良さそうだ。
「これ、ここにやるの?」。
 僕はパイプの先を右目にあてた。
「え?やだー、Oさーん」。
 仕方がないから口にくわえた。でも、目玉にあてても
多分、気持ちが良い。ぼやっと曇った視野もすっきり晴
れるし。いや、晴れるんじゃないかな、たぶん。
 このネブライザーの威力はたいしたもので、あっと言
う間にスゴイモンが出てきた。でもだからと言って特別
好きになれるような物じゃあなかった。ところが、これ
が大好きな人もいる。茅ヶ崎のHさんがそうだった。
「いや、これ、家にもあるんだよ。うんうん、慣れてる
から、だいじょうぶ。あ、自分でやろうか。え」。
 Hさんは実に楽しそうに吸入をしている。
「あ、終わっちゃった。ね、ね、もうあと五分。ね」。

SK病院の日々 7.ゴクッゴクッゴクッ

「彼は今、何を考えているのかなあ」。
 M井先生がMRIの結果を熱心に蛍光灯に翳してる。
「一生懸命に見てますねえ」。
 そう言っているのはM内先生。点滴の苦手なM井先生
に比べると、手先の器用さなら確実に上を行く。僕の細
い血管にも、太いゲージの点滴を一発で決めた。
 M内先生の性格は明るい。患者としてはそれが有り難
いが、一方でケアレスミスも多い。内容は、落とす忘れ
るの類だ。一人で来れば、大体何かを忘れて行く。
「M内の奴~っ!」。
 こちら、怒っているのは看護婦さん。やることが幾分
大雑把なせいか、看護婦さんたちの評価は、やや低い。
「しょうがないよ。M内だもん」。
 と今度は、味方?がいたりもする。理解されてるね。
 良い意味でのいい加減さは、ストレスを蓄めないため
には絶好だろう。何しろ医者には、どフリーの時間など
殆どない。ポケベルが鳴れば一発で休みが飛ぶ。たとえ
それが飲み会の最中でも、だ。実際に大船の駅前の焼き
鳥屋から、行き掛けに救急車でそのまんま拾われてった
先生もいたぐらい。
 四月の移動ではM内先生も外科からいなくなった。そ
の移った先での親睦会。忙しいから六人程度が揃うのに
もバラバラになる。漸く五人まで揃って、さて、始めま
すか、という所で一人の先生のポケベルが鳴った。
 さすがに誰も騒がないし、腐ってもいない。そこから
急遽三人が病院へ戻ることになった。で、M内先生は立
ち上がり左手を腰に。そして右手には、大ジョッキ。
 豪快に行ったね。ゴクッゴクッゴクッ。
 いやあ、お見事!

SK病院の日々 8.アリス

 エコー室の前をどこか見覚えのある人が歩いている。
(なんだ?あのチビっちゃい女は・・)。
 確かに、どこかで会った記憶がある。あれは誰だ?
 ちょこちょこと、おまけにニコニコと歩いている。
(うん・・?ありゃ、もしかしてS先生・・か?)。
 分からない筈だ。僕は自分が立ち上がってる時にS先
生を見たことはなかった。麻酔科の時に手術前の説明で
一度、それから外科へ配置が移ってから三回と、その全
部が僕はベットに寝たままでS先生を見上げていた。
(おお・・)。
 下から見上げる視線だと、誰もがデッカク見える。あ
あ、それが、こんなにチビっちゃいなんて・・。
 そもそも内科にいる時からだ。同室のS君を見て、最
近の高校生は大きいなあ、と思ってた。でも、たまたま
洗面所で並んだ時にそれが勘違いなことに気づいた。
「S君、明日退院なんだって?良かったねえ」。
「ああ、はい。でもまだ、二週間おきに来なくっちゃ、
いけないんすよねえ」。
(あ、あれえ?この子、俺より小ぃせえぞ・・?)。
僕はMサイズ。じゃ、S君はSだったのか・・。
 手術後に立って歩くようになると、ぼけ頭には大小の
混乱がますます酷くなった。毎日めまぐるしく人のサイ
ズが入れ替わる。殆ど不思議の国のアリス状態だ。
 その時もベットから看護婦さんを見上げながら、デカ
ク見えるけど、本当は小っちぇえんだろうなあ、と思っ
てた。それが。え?・・ええ?
 何ィ?あれが160センチだし~?え?まだ上?
「・・そうかあ。ほんとに、デカイんだあ・・」。
 妙に安心した。悪いけど、彼女は本当にデカかった。

SK病院の日々 9.ふわり

 病院で一番忙しいのはメイドさんと呼ばれる人たちだ
ろう。何しろ病院が転がるグリースの部分をしている。
これが一番大変だ。黄色い服の清掃会社の人たちがする
ことを除いて、それ以外の殆どの部分がメイドさんに依
存して病院は成り立っていた。
 女性に歳を言うのは失礼だが、メイドの@さんは五十
辺りの団塊の世代だと思う。でも感性の方は十代の女の
子に近い。忙しいメイドさんたちは、交代勤務の中でシ
フトを定期的にずらしながら疲労恢復の余地を生み出し
ている。そうでもしないと体がブッ壊れるが、たまたま
@さんが家の事情もあって遅番がずっと続いていた。そ
れで同僚の人たちの体調が崩れ始めた。
 ある日少し@さんちの事情も落ち着いたらしい所で、
一人が休憩室でシフトのことについて@さんに言った。
そこからが@さんだ。
「ごめんなさい。わたしが悪いんです。」
 言われれば素直に謝る。@さんはそういう人。
 休憩室のドアを閉めて、とたんに@さん、こどもみた
いに泣きだした。
 うえーん、と泣きながら@さんは、そのまま自分より
も若い婦長さんの所へパタパタパタと駆け込んだ。
「わたしが悪いんです。わたしが悪いんですぅ」。
 そんな@さん、週一のシーツ替え。各病棟から一人ず
つを出して、全棟一斉に一気に替える。でもメイドさん
はいつも人手不足だから、途中でぽっこり人が抜けたり
もした。そうなると大変だ。ワゴンBOXに積み上げら
れて、今にも崩れそうなシーツの山に、@さん苦戦。
 と、突然@さんがシーツの山に、ふわりと飛んだ。
 あ~あ、来週は下の娘の結婚式だってえのに・・。

SK病院の日々 10.ここはどこ?

 起きて見つ、寝て見つ部屋の・・、部屋の・・。ん?
ここはどこだ?。そりゃ病院なのは分かってる。分かっ
てるが・・.はて、どこだろう・・。
 手術前は外科の病室にいた。それからハイケアへ入っ
て、一旦は元の病室に戻った。で、その晩からまた違う
部屋になったのかな・・?なんかヘ~ンな部屋。だって
隣のベットの後ろ側の壁がない。仕切りの壁がなくて、
そのまんま次の部屋に続いている。
 それに一番奥のベットの所なんかは、何でだか知らな
いけど一段高くなっていた。
 変な部屋だなあ。廊下の向かい側は真っ暗な壁だし、
左手はやけにだだっ広いエレベーターホールで、ソファ
が一つだけポツンと置いてあった。
 ま、いいか。今日はペルージャの試合だし、夜中に目
が覚めたらチェックしようっ、と。
「へえ、サッカーが、好きなんだあ」。
 看護士のYさんが夜中に点滴を替えにきた。
「うーん、中田が好きなんだよねー」。
「そうなんだあ」。
 やっぱ、中田はイイ。ゴールはなかったけどね。試合
も終わったし、ようし、ほいじゃあ寝よう、っと。
 おお、ナカータ!イルヴエッロ!ファンタスティコ!
 は、れ・・?何か変だ。この、ぶら下がってるのは何
だ?何で俺、起きてるんだ?
「あ、やだ。どうしたんですかあ?」
 看護婦さんの声で急に目が覚めた。ここはどこ?
 どうも僕は、寝呆けたまま鼻から胃に差し込まれてる
チューブを、すっかり引き出していたようだ。
 それにしても、ここはどこ?

SK病院の日々 11.開口一番

 僕はM内先生のことを、もう少し正しく言わなけりゃ
いけない。だって先生の患者に対する気持ちは。間違い
なく医師としての優しいものなのだから。
 ストーマの開口手術の時でも、M内先生には思い遣り
があった。これからの自己管理に大切なことを、先生は
何とかして僕に伝えようとしてくれていた。
「ほら、OZさん」。
 ストーマってのは、ギリシャ語で口のことだそうだ。
まさに開口一番、M内先生は僕の出来たてのストーマを
確かめている。
「これ、触ってみます?」。
 僕は首を振ったが、先生はまだ触ってる。
「どうです?きれいに出来てますよ」。
「いやあ、いいですよう」。
 あれこれと誘うけど、触るのはまだちょっと怖い。
 手術中、M先生がしたことは、僕の腿にアースを貼る
ことと、用具をO先生たちに渡すことぐらいだった。何
せ僕は、「うんうん、いいからねいいからね。君はそこ
で見ていようね」って言って、M内先生に不穏な動向が
ないかどうか、しっかりと見張っていた。だから先生と
しては物足りなく感じているのかもしれない。だって、
O先生たちの手元を羨ましそうに見てたもの・・。
 信用しなかったその分、お詫びの意味で、僕は出来た
てのストーマを好きにさせる。でも本当は、先生は僕の
ためにそうしてくれていた。
 自分の指で触れる。抵抗感を除去し、一日も早く管理
に慣れるにはそれが一番だ。それは分かる。先生の思い
遣りもそこにある。本当は優しいM内先生。けどさ。
 ねえ、そんなに指を突っ込むなよ。俺のストーマに。

SK病院の日々 12.おっと

 せっせと働く蟻さんの社会にも、うろちょろするだけ
の怠け者が二割ぐらいいるそうだ。じゃ、病院で一番ヒ
マな人は誰か。分かっていても、それは言えない。
「ほらっ、頑張って。鏡見て、笑顔、笑顔・・!」。
 三人ぐらいから一斉に励ましが飛ぶ。まったく、看護
婦(士)さんの仕事はハードで辛い。辛くても、笑顔で
歩かなくっちゃ。それが患者の元気の素だもの。
 看護婦(士)さんたちは、みんなそれぞれ特技を持っ
ている。何の特技かというと、患者を元気づける、その
ための技の数々。中でもPちゃんのは、ユニークだ。
「ど~お?今日のわたし、キレイ?」。
 これをやられるとメチャメチャ苦しい。
 やめてくれい。いっそ、殺してくれいっ。と泣きつき
たくなるぐらい、爆笑の発作に襲われる。
「うんうん、光り輝いてるよ。うん」。
 Pちゃんはそれでニッコリ。でもこれで患者が笑死し
たりすると、どうなるんだろう?
「OZさん、若い頃はモテたんでしょう」。
「いやいや」。
 なんの、今でもモテてます。
 ま、とにかくみんな、患者に明るい気分になってもら
おうとして頑張っている。そりゃあ男の人も、ね。
「あ、あれは・・?」。
 カルテを大事そうに胸に抱いて、ほんの少し、首を傾
げて歩いてくる人がいる。ニコニコと首を振りながら、
内股の素早い足取りで歩く姿は看護士のYさん。
 と、ストレッチャーが後から来る。Yさんも通路を空
けたが、もう一人、慌てて部屋に引っ込んだ人がいた。
 その人、手を後ろに組んで、ヒマそうだったなあ。

SK病院の日々 13.メディスン・マン

 医師の原型は呪術師に違いない。その昔、床屋はメス
を握ったし、ターバンを巻いたコブラ使いの笛吹きは、
毒薬に通じた薬物採取のカーストだった。
「そうですかー、OZさーん」。
 優しい声でK先生は回診する。この場合に名前を呼ぶ
のはラポールでもある。
「やー、いいですねえー」。
 これもK先生の呪術の一つ。
 共感呪術、類感呪術。接触や模倣の行為などが発動の
トリガーになる。要は「痛いの痛いの、飛んでいけー」
なのだ。実際にそれが人の全体性でもある。
 元々治癒は自立的に起きた。幾らアクトシンが良い薬
で、深い傷の肉を盛り上げるといっても、患者の体が意
志しなければ、そんな現象は起きない。患者自身の全体
性が整い治癒へと向かうには呪術は欠かせなかった。
 でも、時には干渉力に困る時もある。
 僕は4月に退院し、自宅で療養してた。病院は面白い
とこだけれど、面白すぎて少々寛げない。だから自分の
家で好きに食べるご飯は美味しかった。その晩も陶器の
ゴブレットにビールを注ぎ、晩酌を始めかけていた。
 つきっぱなしのテレビが何か言っているけど、別に構
わない。僕の食欲は生涯で一番凄くなっている。幾ら食
べても満腹した気がしないぐらい、何でも胃袋へ呑み込
まれていく。で、ブロッコリーに箸を突っ通した。
「どうですかー」。
 ん?今、何と言った?おい、このテレビ。
「やー、いいですねー」。
 あれ?K先生?なんで?
 あーあ、病院食を食べてる気分になっちまったい。

SK病院の日々 14.ライバル

 寝たきりでも病院内の出来事を把握出来たのは、僕に
は幽体離脱の特技があったからだ。ってな訳、無いか。
 腕に点滴、鼻に胃チューブ、ポコチンの先っちょから
は留置カテーテルと、ベットサイドは僕の付属品一式で
ごちゃごちゃ。黄色い服の清掃会社の人たちが掃除をす
るにも、やたらに大変そうだった。
「お掃除でーす」「あ、そうも。アリガトございます」
 「いいええ」。と、会話はそのぐらい。
 黄色い服の清掃会社・・。ええい、面倒だ。ずばり、
DKの人たちには服務規程がある。無駄話はしない。こ
れがその一つ。つまり黙々と業務に勤しむ。黄色く目立
つ服は着ているものの。病院の景色に違和感なく溶け込
むことが要求される。で、これがそもそもの原因だ。
 人間は他人の存在を忘れるように出来ている。相手が
自分の注意対象から外れている場合には、向こうが攻撃
性のシグナルを放射するなどしない限り、安全な環境の
指標にさえなる。だからいつもの繰り返しパターンで認
識されれば、そこには誰もいないのと同じ。
「あらあ、ずいぶんスッキリしてえ・・」。
 DKの人が、つい。うっかり口に出していた。
 毎日掃除に来ていれば、僕の付属品が減ったことには
気づく。医師や看護婦でなくても、自分の接する患者の
状態が良くなっていれば、やっぱり喜んでくれた。
「あと、点滴だけなんですよねえ」。
 僕もうっかり応えていた。途端にDKの人が、あれ?
という表情をした。そこに居たの?という感じで。
 DKさんは視野に同化することには日常慣れている。
でも僕も消えることは上手だ。どうやら僕は、DKさん
よりも景色に溶け込んでいたらしかった。

SK病院の日々 15.レントゲン・アイ

 心を澄ましていると気配が見える。だから赤ちゃんは
みんな、異質な気配のセンサーみたいに反応する。目を
閉じていても、ピンと来る感覚とでも言おうか。
 僕は他人の顔も名前も殆ど憶えられない。何しろ近所
に住んでる従兄弟の顔を忘れるぐらい。その時はさすが
に懲りて気配の色を記憶したが、今度は向こうがどこに
紛れていようと、妙に目について困ることにもなった。
 病院の待合も診察室の側から見ると、患者の予想より
も個々の存在は際立っている。患者自身は大勢の中の一
人に埋没していると感じているが、その気になれば千人
いたとしても、その中の一人を見ることが出来た。
 いつものように、僕は先生の顔が憶えられない。だか
ら見分ける時は、余程注意して見るか、目に頼らずに気
配で確認するしかない。ところが世の中は広いもので、
僕よりも優れたセンサーの持ち主がいた。
 放射線科のY先生は、今のところ、正規には診察室を
持たない。僕の治療プログラムが西医の範疇から少し出
ている事もあるが、病院のシステム自体がややデク。
 診察室が使えない。だから空き場所を探す。病院の中
を毎回あっちこっちと移動するが、これが結構面白い。
先生は大変でも、僕には楽しみの一つになっていた。
 その日も、今度はどこかなあ、と楽しみにしてた僕の
前を、スッとY先生が通り過ぎた。あれ?柱の蔭で見え
なかったのかな、と思ったが、僕を探してるんじゃない
かもしれない。実際その時は僕じゃなかった。で、ひょ
いと疑問が起きた。もしかすると見えているのか、と。
 次の診察日、注意して僕は気配を少しだけ動かした。
意識が来て、流れる。なるほど、分かってる。
 向こうは僕がどこにいても、しっかり透視していた。

SK病院の日々 16.そうかそうか

「○日は失礼しました」「え?」
 咄嗟にはY先生の言っていることが分からなかった。
「ええ、前回の診察の時」「ああ、いいええ」。
 いきなり日付とは、珍しい。おっしゃる通り、確かに
前回はその日。そういえば最初の時も「CTの時にお会
いしましたが」と指定された。そいつは医師のラポール
マニュアルなのだと思ってたけど、違ったのかな。
 放射線科のY先生は、そんな風に物事を全て正確に言
う。数字もそうだけど、僕の言い間違いも確実に訂正さ
れた。曖昧さはどこにも入る余地がない。それでこそ、
とも思うのだが、こだわりの部分が果たしてどこまでな
のか、確かめてみたい気もする。
「キノコ類は、大体良いみたいですねえ」。
 歩きながらY先生とするのは、免疫力についての話。
 僕は訊いた。
「なんかアガリクスとかいうの、ありますよね」。
「アガリスクですか」。
 ありゃ、そうかあ・・。ここだな。
「あ、アガリスク、でしたか」。
「ええ」。
 よっしゃ。
 別の日。イマトロン室で話している時に、先生が急に
視線を宙に浮かせた。連絡先の電話番号をメモに書いて
頂いてるとこ。僕が見ると先生、にっこりとしたね。
「どうも携帯の番号を憶えられないんですよねえ」。
 ふむふむ。
 僕は意味のない言葉と番号には強い。その代わり兄貴
の誕生日は分からないし、従兄弟の顔も忘れちゃう。
 七月十一日生まれの先生は、そんな僕より二日若い。

SK病院の日々 17.そのように作ってる

 S君のお母さんが呼び出された。でも別にS君の隠れ
煙草がバレたんじゃない。退院後の食事について、管理
栄養士の方から説明がある。それで食事を作る人、この
場合お母さんが、一緒に話を聴くことになっていた。
 「これはー、ゆーっくりと噛んでー」。
 栄養士さんの話し方には、随分と特徴がある。抑揚は
半疑問じゃないが、語尾を必ず延ばして上へ上げる。
「ほんとうはー、四ヶ月くらいはー、食べてはーいけな
いんだけれどー、様子を見てー、三ヶ月目からー」。
 途中にトーンの下がる箇所もあるから、幾らか薩摩弁
のイントネーションにも似てる。とにかく一生懸命に患
者と家族に伝わるように工夫をしてた。
 僕は病院では余り食事をしてなかった。それも完全食
は一度もなくて、全部お粥か重湯。あとは一ヶ月くらい
は断食してたんじゃないかな。だから病院食の判定評価
には参加する資格は殆どない。ただ、耳にする話だけな
ら、二種類の意見があるのを知っている。
 例えば茅ヶ崎のHさんは「いやあ、ここのご飯は美味
しいんだあ」と、ほんとに喜んでいたけれど、水戸のK
さんは「ちぇっ」としか感想を言わなかった。
 病院の食事メニューも当然栄養士さんが管理する。そ
れでやっぱり、退院するKさんの栄養指導の時だった。
「病院のー、食事はー、美味しくありませんねー」。
 あれ?栄養士さん、何を言ってるんだろう。
「塩分はー、薄―い、味もー、なーい」。
 咀嚼に、満腹感に。色々と考えて、美味しくなく。
「そうでーす。そのようにー、作ってるんですねー」。
 へ~え。そうだったのか~。あーホッとした。
 じゃ、はっきり言おう。病院のメシは、不味い。

SK病院の日々 18.LAN・乱・run

 SK病院にもコンピュータが入った。もとろん要所に
は個々に導入されていたけれど、今度はLANを構築し
た病院システムとして全所に端末を配置したらしい。
 良く見るとこれ、F通のディスプレー。と言うことは
きっと、システム自体も蒲田のシステムラボラトリー辺
りで作られたものなんだろう。
 悪口を言う訳じゃないが、そうだとすると多分、結構
デクなんだろうな。だって病院はみんなそれぞれ違うの
に、サンプルをモデルに共通の現場を想定するような連
中がやってるんだから。でも理科系頭は大体みんな発想
が同じだから、他のメーカーでも似たようなものか。
「うーん?」
 I先生がマウスを握って困ってる。診療の予約時間の
設定が、額面通りに十二時までしかないからだ。午前の
診療は大体は一時か一時半ぐらいまでになる。だから先
生は僕の診察を、一番最後になるはずの一時近くに設定
したい。でもそれが出来ない。
「うーん、こりゃあ、人間の方が賢いなあ・・」。
 そりゃそうだ。もっとも、自分の頭にはAIが入って
いるから賢い、と言ってる人もいたが、良く考えりゃA
Iは人間の頭脳より、もっと馬鹿。
 慣れればきっと、色々と時間の短縮にもなる。それに
デクなとこも徐々に改善すれば良い。だけど、システム
が入ってばかりの今は、やっぱり大混乱。待ち時間も以
前より多くなってるらしく、患者さんは聞こえよがしに
不平をぶつぶつ。嫌味を言われ放題の受け付けの人は、
大災難。誰なんだ、営業の口車に乗ったのは。
 カルテはあっち。人はこっち。乱れて走ってランラン
ラン。わあお、寒いシャレで、フリーズしそうだ。

SK病院の日々 19.アウト・オブ・バウンズ

 人には精神の匂いがある。稀には高貴な薫りに遭遇し
て目の醒めることもあるけど、一方じゃ堪えられない悪
臭を放つ輩もいた。病院もそこは世間だから、時には十
メートル離れても臭うようなモンも徘徊したりする。
 本来製薬会社や医療機器メーカーなどの営業マンは、
情報ソースとして病院には欠かせない。日々の現場では
彼らの積極的な営業活動に支えられてる部分も多い筈。
病院と業者とは相互に補完し合い、常に医療を進歩させ
て行く関係なのだろう。だから誠実な業者は、同時に患
者の友でもあった。ところがどっこい。
「どう?」「いるけど、ちょっと忙しそう」。
 若手の営業マンがダークスーツでうろちょろする。反
応から見ると、納入ルートを持ってる業者じゃなさそう
だ。たぶん、上司が取りあえず営業をかけさせてる。
「どうしましょうか?」「うーん」。
 こらこら、ゴルフのスイングなんかするんじゃない。
「もういっぺん、見てきましょうか」「そうだな」。
 まったく、鼻が曲がりそうに臭い。鏡を見ないんだろ
うか。眼に濁りが沁みついて、腐った魚みたい。
「なんか、ヤバそうですよ。雰囲気悪いもん」。
 後輩らしいのが、カバンをぶらぶら振りながら戻って
きた。相当やる気がない。使い捨ての戦力かな。
「どうするかなあ・・」。
 提案。とっとと、消えちゃう。だめ?
 この人たち、周りの視線は気にならないのかな。大勢
いるから、紛れて誰も気がつかないと思ってるのかな。
 ほらっ。だから、ゴルフは止めろって。
「連絡、どうします?」「会議中だって言っとくか」。
 あ、今のそれ。OB。だって、ライ悪いんだもの。

SK病院の日々 20.待機中

 I先生は普段は寝てる。と言ってもホントに居眠りし
てる訳じゃない。全能力を発揮すべき場面では、ちゃん
とに起きた。ただそれ以外の時にはテンションを下げて
ニュートラルでいる。無論、それで何の問題もない。要
所ではきちんと起きたし、一度起きればあとは凄い。
 人の能力は元々そんなに差はない。どんな仕事でも、
その人が優れているかいないかは、要所を察知するカン
一つにある。ここ、と思った瞬間に集中するのが名人上
手。その時が分からなければ、ただのぼんくら。普段か
らピリピリしてたり、反対に起きるべき時に起きないよ
うな医者だと困るけど、I先生はそうじゃない。
「えーと」。
 これは先生が誘いをかけてる。先生は僕を外部記憶装
置として使おうとしてた。
「この前は、いつでしたっけ・・」。
 直訳すれば、薬はまだあるか、と訊いてる。
「○日でした」「すると・・?」。
 考えてるように見えるが、そうじゃない。薬が要るの
か要らないのか、僕が答えるのを待ってる。
「その前回の時に一か月分処方を頂いてますから」。
 ここで初めて語順の前後関係について考え始める。
「ええ、ということは・・?」。
少し目を開けた。あともう少しで起きる。
「ですから、その時には処方して頂かなかったんで」。
「じゃ、今日は?出すんですね?」「はい」。
 よし、起きた。先生は処方箋を記入し始める。
「僕は別に、どっちでもいいんですけどねえ」。
 机に向いた先生の横顔が、にやりと笑う。
「いいえ、そうはいきません」。

SK病院の日々 21.あの頃

 診察券には通し番号が打ってある。そいつは僕のカル
テ番号で、決して僕に付いた番号じゃないんだけれど、
どっちにしても僕はその番号に管理された。
 20XXと、僕の番号は今ではかなり若い方だろう。
最初にかかったのは十何年も前。その頃は病院の混雑も
そう酷くなく、運営にも間延びした部分があった。
「ここの事務は、無能でしてね」。
 X先生は〈な、名前が・・〉は、あっさりと言う。
「何しろ、馬鹿ですからね」。
 あの頃。X先生は傑作だったなあ。僕は一発で好きに
なったけど、院内での評判がどうかは知らない。とにか
く無類に口が悪いんだから。でもその悪いとこが、僕は
スンゴク気に入ってた。
「うちの看護婦も馬鹿だから」。
 先生の口にかかると誰でも馬鹿になっちゃう。当時は
まだ寄せ集め所帯気分が残っていて、確かに連絡ミスも
多かった。もっとも今でもその傾向は幾らかある。
 手術の時も面白かった。耳の裏の皮脂腺を除去するん
だけど、そこは当然、作業の音が良く聞こえる。鋏で幹
部を切る音なんか、なかなかホラーだったな。手術室が
若干暑かったせいもあって、僕は少し汗をかいた。
「あ、エアコン、暑かったですか?」
 口の悪いX先生も、患者には丁寧で優しい。
「そうですね。でも緊張したせいもありますから」。
「いや、当然ですよ。自分の体を切られるんだから」。
 その続きからが先生の本領だった。
「それで緊張しないのは」。
 ここでちょっと、息をタメるのが特徴なんだ。で。
「緊張しないのは、馬鹿、ですからね」。

SK病院の日々 22.棺桶が欲しい

 病院運営には事務方が欠かせない。保険事務や会計だ
けならコンピュータ・ソフト一発で済むけれど、何しろ
ここは劇場と同じ構造をしてる。プロデュースもパブリ
シティもレセプションも、観客参加型の演目を毎日興行
するには、事務方の守備範囲は予測不能なまでに拡がっ
て行く。昔風に云えば、見事な表方。
 一見してインド風。バテックのサリーを着こなした中
年の女性が、ハンカチを口の辺りに宛てて立っている。
横には背広姿の病院職員。どうやらこちらの女性、日本
語が堪能ではないようで、その通訳に当たっているらし
い。確かに外国の方も病院にはみえる。だから幾つかの
言語能力は事務方にも要求されるのだろう。で、このイ
ンド的女性が言う。
「イエス。コフィン」。
 ぎくっとした。棺桶だって?
「イエス」。
 インド周辺の身振りで、首をちょこっと横に曲げて、
肯定する。病気か交通事故か。いずれにしても亡くなら
れたのは身内の方なんだろう。お気の毒に。ハンカチを
しっかりと握り締めて、切なそうに息をされている。
 それにしても、どうして棺桶なんだろう。インドには
ゾロアスター教徒もいるが、彼らは絶対に火葬をしない
から、遺体を故郷に連れ帰って風葬か鳥葬にするのだろ
うか。それだと確かに、きちんとした物が要るが。
 職員が女性にまた何かを訊ねた。幾度か女性が横に頷
き、何度目かに、急に咳き込んだ。
 ハンカチを口に、涙目。風邪じゃないといいけど。
 え?風邪?ありゃあ?う~ん。なんてこったい。
 棺桶じゃなくて、咳〈コフ・ィング〉だったんだ。

SK病院の日々 23.今日はいらない

 新しい知識は楽しい。しんどい検査なんかでも、それ
がまだ経験したことのないものだったりすれば、腕をパ
タパタしちゃう。酷い目に遭ってもまあ、それはそれ。
だから今でも惜しいと思うのは、自分の知らない間の出
来事のこと。ハイケアでの焦点の合ってない目付きや、
手術室での自分の様子。腹の中の景色なんて、そう滅多
に見られるものじゃあないしね。
 ただ手術の様子も、それが自分の体だと分かっている
から見たいんで、違う人のだったら多分、真っ青になっ
てる。で、ここから先は、後で家人から聞いた話。
 手術室の扉を、K先生が片足で、スコ~ンと蹴って開
けて出てきた。別に不精をしているんじゃあない。この
扉は元々、内側からは壁のスイッチを足で操作する。
 K先生は声も言葉も焦れったいぐらいに優しい。でも
そこは外科の鬼手仏心、ぎょっとするようなことも平気
で出来た。手術中なんかも銀色のメスを指先に挟んで、
空中でさり気なくクルッと回転させたりする、かな。
 見ると先生、小脇にでっかいタッパを抱えてる。形と
してはアライグマくんが丸太ン棒を抱えるように、だ。
それで「これですけど・・」と言いながら、おもむろに
タッパから、むんずと掴み出した、と思いネエ。
 もちろんそれは、僕のガンノスケはん。長径で22セ
ンチの、まあ、自慢出来るサイズのやつ。塊の両側には
ぶら~んと二本、X形に大腸と小腸のおまけ付き。
 外科のK先生は何てことなく出したが、家人は卒倒し
かけたそうだ。僕ならそいつがどんなモノか、見たかっ
たけどね。あ~、せめて写真でもあれば~。それで僕に
訊いて欲しいね。「これ、どうしますか?」って。
 当然僕は「今日はいらない」って、応えるけど。

SK病院の日々 24.晴と褻

 晴と褻。日常と非日常。患者には非日常でも、病院で
は日常。褻を日常として暮らす人たちは、そこが患者に
とっては非日常の場所であることを、まま、忘れる。
 内科のN先生は動作が機敏。とにかく的確で素早い。
たまたま早朝の採血の時に、先生。
「あ、お早よう、OZさん。採血しましょうか」。
 そう言いながら僕の左の腋の下へ、まず手を入れた。
だからと言って、そこから、すくい投げにくる訳じゃな
い。実に素早く腋窩を探ってる。次に顎下。
 僕は思わずクスッとした。別に脇がくすぐったいから
じゃない。先生の医師としての日常に反応が、面白い。
外科での手術後、廊下を歩いてた時なんか、S先生はガ
ンノスケはんの取った痕をいきなり触ってきた。僕が女
なら「きゃあ、えっち」って黄色い声を出しちゃう。
 ともかく今んとこ僕は「リンパ節転移はないよ」と、
口に出して言うことだけは堪えた。
 アンギオの時には内科のI先生が楽しませてくれた。
このアンギオについては、また言う時もあるが、まずは
I先生のこと。
「うーん、なんだあ、この血管は」。
 麻酔注射の前投薬のせいもあって、僕はちょっと気持
ちがいい。だから今んとこ、何でも許しちゃう。
「こんな血管、名前、ないぞ・・」。
 そりゃあそうだ。僕に断りもなく、腹腔動脈から勝手
に分かれて延びた血管だもん。ま、良かったら、エンド
ガストラ・コウイチウムとでも新しく名付けてね。
「OZさん、これ撮っといて、良かったですね」。
 あれ?なに?
 僕がここにいるの、知ってたのか。

SK病院の日々 25.優しくしてね

 オカマに知り合いは多いけど、僕はオカマじゃない。
バイでもない。だけど病院にいると何だか、妙にカマっ
ぽくなる。それは看護されるという、受け身の感覚に由
来しているのかも知れない。
 内科の時に一度、寝返りが打てないぐらい、お腹が痛
んだことがある。夜中じゅう我慢してたんだけど、看護
婦さんが気がついて痛み止めをくれた。それは良い。た
だ、腸閉塞もあるから次の日から食事はなし。それで痛
み止めも内服じゃなくて、座薬になった。この座薬が、
ちょっと恥ずかしい。
 僕はもう、処女じゃない。そりゃ看護婦さんもオヤジ
のケツなんぞ、見たくはなかったろうよ。でも僕だって
ヤなんだ。それなのに、それなのに・・。
 アンギオの時なんか、ポコチンの毛を剃ったりしたん
だから。鼠蹊部の太い動脈に切り込みを入れて、そこか
ら心臓までカテーテルを送るんだって。だから毛が邪魔
なの。分かるさ。いいよ、剃るよ。でも自分でね。なの
にさ、後で確認するこたぁないじゃないか。
 手術前日にはお腹全体をイソジンで消毒した。イソジ
ンシャワーとか言ってお風呂場でするんだけど、見ると
看護婦さんがついてくる。ウッソ~ッ!この時はまだ何
とか、説明だけで帰ってくれた。一番のショックは手術
後。僕の背中に麻酔の管が入ってた時。身動きした時に
それが外れた。本当は管が取れるまであと二日程度は麻
酔の必要が残ってた。それでまた、痛み止めの座薬。
「どっちにします?」。
え?何の話?
「こっち〈お腹のストーマを指す〉にします?」
 わぁお!お願いだから、おしりにしてね。ねっ。

SK病院の日々 26.カーミラ

 処置室って、何を処置されちゃうんだろう。
 僕はどうにも注射の針というやつが苦手。ま、好きな
人の方が珍しいんだろうけど、やっぱりヤ。その厭なこ
とを処置室じゃ、バンバンやってる。盛大に列まで出来
る。シュポンシュッポン、景気良く血を抜いてる。
 処置室のカーミラたち〈失礼しました〉は、みなさん
とても穏やか。それでその静かな表情で、シュッポン。
見てるだけで気が遠くなる。だから出来るだけ見ないよ
うにしてる。それでも診察ごとに血を抜かれる。全然慣
れない。処置室じゃ尿検査も扱うから、僕としては出来
るだけオシッコで我慢して欲しい。だめかなあ。
 念のために一言。彼女たちは腕が良いから、殆ど痛く
ないようにやってくれてる。要は問題はそんな所にある
んじゃない。その通り。僕は気が弱いんです。
 そもそも血が、怖い。だからド貧血の改善に「輸血を
しましょうか」と柔らかく言われた時でも、きちんと抵
抗させて頂きました。はい。
「OZさん、輸血、拒否してるんだって?」
 看護士のYさんが言うが、そうじゃあない。信仰上の
理由なんかない。ただ気分が悪くなっちゃうだけ。でも
相変わらずへモグロビン量は半分しかないし・・。
「やっぱり輸血しましょ、OZさん」。
 優しい声のK先生まで、珍しくキッパリと言い切る。
キリストのワインでも、僕は断りたいタイプなのに。
 あら、そんなとこに、パックを吊っちゃったりして。
へえ、二つね。あ、僕と同じ血液型なんだ。あらあ、看
護婦さん、楽しそうにして。うんうん。そうかあ。
 はい。輸血は確かに偉大でした。それから僕は抵抗し
た罰として、以後は処置室で血を抜かれています。

SK病院の日々 27.めざせ!歌って踊れる外科チーム

 退院間近のS君に、同級生たちが見舞いに来た。世の
中はもう春休みの時期。開放感もあってか、賑やかに、
何だか楽しそうに話している。
「さっきよう、けっこうカンジの看護婦さん、いたぜ」
「うん。ここ、若い人、多いよね」「やっべえよな」。
 何がヤバイのか分からないが、高校生ぐらいの男の子
なら、ちょっとしたことで頭が三倍半ぐらい、エッチな
ことで膨らんじゃう。急に一段、声のトーンが落ちた。
それでも病室の隅まで、ぜ~んぶ聞こえちゃう。
 話のネタはH雑誌。「看護婦さんが××で×××して
て・・」。とても同録は出来ません。要は男の子の妄想
の中にあるエッチなシーンを喋っている。向かいのベッ
トのHさんの、苦笑を堪えてる顔が浮かんでくるね。
 入院も或る程度長くなると、看護婦さんたちを身内の
ように感じ始める、だから「忙し過ぎて可哀想だなあ」
と同情は寄せても、とても妄想の対象にはならない。頭
三倍半の高校生のS君でも、そんな辺りは似たようなも
のらしい。だからさっきからS君も、曖昧に頷いてた。
「な~んかちょっと、違うんだよなあ」って感じで。
「みんな彼氏がいるのに、私だけ、いないんですー」。
 嘆いているのは看護婦のOちゃん。セールスポイント
は元気な声と、立派な体格。
「OZさーん、誰か、いませーん?」。
 そう言われても、僕はここで寝てるだけなんだから。
それにオッチャンの友達は大体がオッチャンなんだし。
「みんな羨ましいなあ」。
 う~ん、困った。確かに忙しいだけじゃなあ・・。
 あ、思いついた。ここの〈歌って踊れる外科チーム〉
に参加して、豪華にストレス解消ってのは、どう?

SK病院の日々 28.ショック

 とにかく僕は人の顔が憶えられない。だから誰かを記
憶する時は、その人を気配の色で記憶する。
「わあ、OZさーん!歩いてるじゃないですかー!」。
 後ろから、看護婦さんの弾んだ声がする。
「うん、ありがと」。
 小走りで追いついた看護婦さんに、そう応えはしたも
のの、相手が誰だかさっぱり分からない。でも看護婦さ
んの目はキラキラとして、僕の恢復ぶりを真っ直ぐに喜
んでくれている。申し訳なくて「あの、どちらさんでし
たっけ?」とは、とてもじゃないが訊けない。
「いま見たら、あれ?OZさん?って」「うん」「私、
ビックリしちゃってー」「うーん」「歩けるようになっ
たんだあ」「うん」「すごーい」「ん、ありがと」。
 そうやって全身で喜んで力付けてくれているのに、僕
はその人が誰だか分からない。全く情けないヤツ。それ
で病室に戻り、ベットに寝ながら考えた。あの気配の色
は、何となく憶えがあるんだけど、あれは・・。
 少し、思い出した。「私、来週はいないから、この次
OZさんに会う時はきっと、さっさと歩いてたりしてる
んだろうなあ」と言った人。だんだん思い出してくる。
うん、それにしても患者を良く憶えてるもんだ。
 そうそう。「私、すごいショックだったんですよ」と
かも言ってた。あれは何だったかなあ。確か背中の麻酔
が取れて、鼻のチュ・・。チューブ。これだ。
 鬱陶しい胃チューブ。先生が「もう抜きましょう」と
言った時だ。僕は「自分でやります」と、積年の憂さを
晴らす気分でズルズルズルと引き抜いた。あれか。
「私、自分で抜いた人、初めて見ました」。
 長~い胃チューブ。そりゃそんな患者、憶えるか。

SK病院の日々 29.怪獣ではない

 ベットのヘッドボードの枠には、血液型と年齢、それ
に担当の医師の名を記入した札が挟んである。その横に
NPOとあれば飲食不可。そこにカタカナでアンギオと
書いた札が付いた時から、僕は何だか楽しい。
 何だろう。訊くのは簡単だけど、それじゃ楽しみもす
ぐに終わっちゃう。色々と想像すると、これが十分に楽
しめるんだなあ。こんなの、とか、こ~んなの、とか。
 まず、名前が凄いね。科学特捜隊とか出てきそう。実
際はアンギオトープって機材の名前を被せた、血液造影
検査のことらしい。
 医学用のややこしい言葉は、大体がギリシア語からラ
テン語化したもの。それに英語が混ざったりするから、
日本語に訳せば余りに単純な言葉も、ラテン語のフレバ
ーを付けて、あ~ら不思議。
「どろ~んって、眠くなちゃうんだよお~」。
 前投薬だか麻酔薬だか、肩に注射したのが何なのかは
知らないけど「後で迎えに来ますからね」の言葉を残し
てメイドさんも帰っちゃう。先生はペタペタ塗布麻酔を
塗っている。僕は何をすればいいのかな。
「痛いようだったら言って下さい」。
 あ、これが僕のやることね。はいはい。
 腿の付け根からぐいぐいカテーテルが送り込まれる。
恥ぢしいぃ思いをした甲斐があるってもんだ。
 さて、いよいよ撮る。「熱い感じがします」と先生は
断言したが、さあ?でもね、すぐに分かったよ。
 凄エ!電子レンジで乾かされた、猫の気分だぜ!
「はい、もう一度。今度は少し短いです」。
 あー目が覚めた。とっても眠たかったから、ちょうど
良かったかな。でももう起きたから、次はいいや。

SK病院の日々 30.逃げる

 入院する前にも脈拍は百を超えていた。それが急に、
左の手首からふっと消えた。どう探しても触れない。
「あらあ、俺、死んでるわ」。
 でも大丈夫。右腕は脈がある。つまり半分だけ死んで
いる。片足を棺桶に突っ込んでる、ってやつね。看護婦
さんたちもそんな左腕はさっさと見捨て、もっぱら右腕
を可愛がる。だから左腕の方は、点滴用に存在してた。
 以前にM井先生が苦労したように、僕の血管は少々細
い。それにどうやら、針先から逃げるらしい。点滴って
のは大体は五日も経てば落ちが悪くなる。するとまた、
別の箇所に針を刺さなきゃならない。その度に誰かが苦
労する。運が悪けりゃ僕も、ちょいと痛い目を見る。
 左腕がバンバンに腫れたら、次は右腕。一度は鎖骨の
とこの高栄養チューブに代わったけど、今度はその時の
傷が化膿。泣いちゃうほど痛い目にあった甲斐もなく、
また元の点滴に戻った。で、楽しく左右でピンポン。
「あ、私、血管細いんですよね。それにどうも、血管が
なんか、逃げるみたいで」。
「そうですね。でもこのくらいなら問題ないですよ」。
 麻酔科から来たS先生が、僕の左腕を見ている。先生
の目の表情はクリアーだから、腕も確かなんだろうとは
思う。女性ながら、腹の座った動作にも迷いはない。
「ちょっとチクッとしますよ」「はい」。
 返事はしたけど、やっぱり針は厭だなあ。あ~あ。
「はい、良いですよ」「取れました?」「ええ」「やっ
ぱり、逃げるでしょう」「血管も逃げますけど・・」。
 S先生の目尻が、にこっと笑う。
「・・血管も逃げますけど、OZさんも逃げます」。
 ありゃま。こりゃ、失礼しました。

SK病院の日々 31.トックリヤシ

 植物園の温室に、トックリヤシという名前の椰子の木
があった。木の根元に近い方が、そのものずばり、日本
酒を燗する徳利の形に似ている。僕の脚が、そのトック
リヤシの形になった。
 手術後に肺に水が溜った。右の腋の下辺りも何か水腫
れして、押すとプチプチ音がする。面白くって一人で楽
しんでいたけど、そのうちに先生が二人ばかり来て、そ
こら辺りを散々探ってから帰ってった。
 下腹と腰まわりに何か余裕が出たなあと思ってると、
今度は両足がぐんぐん膨らんで、あっという間に指先ま
でパンパン。変なんだ。空気入れたゴム手袋みたい。
 最初は、半端じゃない量の点滴をしてたから、それで
浮腫んでいるのかとも思った。だけどそのうち「あ、こ
れが、リンパ浮腫ってやつなのかあ」と思いついた。
「ガンノスケはんの辺りの小っちぇえリンパ節を、ごっ
そりと取ったんだろうからなあ・・」。
 アルダクトンとラシックス。二種類の利尿剤で身体の
水を抜く。これが、出る出る。
 問題の僕のポコチン・カテーテルは、ちょっと前に抜
けていた。幸いなことにその時の作業は、Yさんがやっ
てくれていた。あれ、手早く抜くんだけど、ちょっと灼
熱感がある。でも看護婦さんにやって貰うよりは、まし
だった。久しぶりなので感じを忘れていたものの、その
うちにだんだん調子が出てきた。すると一日に1・5㎏
ずつ体重が減る。や~、萎むね~。しゅ~、って。
 まず膝の辺りから細くなり始めた。足先の方も徐々に
萎んでくる。それでもまだ、腰から下腹と内腿の辺りま
では、メチャな浮腫み方。変な形で笑っちゃうね。
 それで気がつけば、僕の脚がトックリヤシ。

SK病院の日々 32.ミステリー・ゾーン

 奇妙なことがある。それは『忘れられたモノたち』に
ついてのこと。それともこれは、日常茶飯?
 看護婦さんは忙しい。声がかかれば即座に判断して動
く。それでやりかけの何かを忘れていったりするのは仕
方がないにしても、先生方までが見事に置き土産。
 ほんと、不動の王者M内先生は始めからシードされる
けど、他の先生方もそんなに捨てたもんじゃなかった。
M井先生のポケベルは鳴らなかったから良かったけど、
看護婦のTさん私物の血圧計は角張ってて困った。
「あ、ここにあったんだあ」って、そんなセリフを何度
聞いたことか。
 恥ずかしいとこじゃキシロカイン・ゼリーのチューブ
に(用途は訊かないでね)危険物なら点滴の針先。それ
からどうしてなのか、血管を浮き出させるためのゴムの
駆血帯。粘着テープ各種の中には、先生方が忘れていく
電気工事用絶縁テープ(このテープの話は別の機会に)
も当然含まれていた。
 まだまだある。妙なチューブが数種類、使途不明の痛
そうな器具、プラスチックの呼吸訓練器、何だか分厚い
ルーズリーフ、今に僕は忘れ物で埋まっちゃうぜ。
 仕方ないことなんだろうな、とは思う。割合にどこで
も起きてる事態なんだろう、とも思ってた。ところがど
うも何かがヘン。何となく、看護婦さんたちが何かを探
すふうに立ち寄ることがあるような。気のせい?
 もしかするとここは、消失物の吹き溜まり?
 そう、僕自身が忘れモノになりかけたことがあった。
あの時は「あ、回診はいいんですか」と呼び止めたら先
生方、笑いながら引き返してきてくれたっけ。
 ね、これって、僕のとこだけじゃないよね?ねっ?

SK病院の日々 33.困ったな

 この『SK~』は特に読者も意識せず、好き放題に書
き散らしてきた。だけどここへ来て、僕は困っている。
どうしよう。ここは断り書きをするしか、ないか。
 Y先生、御免なさい。気を悪くするといけないので、
この章から先は読まないで下さい。尚、警告を無視され
た場合、当方は如何なる責任も負いません。多謝。
「放射線科のYが、何かOZさんの事を気にかけていま
してね・・」と優しい声のK先生。関西訛りの真面目な
I先生は「うちのYという者がですね、今後のOZさん
の治療の事についてですね・・」などと。・・はてね?
 それで診察日。I先生の連絡で、何だか精神に軽い弾
みを持ったままの青年が現われた(もちろん僕は、人の
年齢を大幅に読み間違えるのが特技)。
「CTの時に一度お会いしましたが、実は・・」。
 そうやってY先生が始めたのは、或るカテゴリーの病
気に対する医学と医療の限界についての話。それをY先
生は、実に真っ直ぐに言う。
 僕は困った。この青年は(仕方ないじゃん、そう見え
たんだから)そこを思う危うさを知ってるんだろうか。
 医者は誰でも患者の治療に心を砕いてる。同時に、医
者ほど医学の限界を熟知してる者もない。するとほら、
悩むね。そこで「この限界は、もしかして・・?」と、
何やら思い始めてしまったとしたら、どうなるか。目の
前の素直そうな青年が(だからさあ・・)そんなヤヤっ
こしい問題を抱えて、果たして大丈夫なんだろうか。
 はい、そう考えたそこで、もうオイラの負けよ。
 うん。もう分かったから、ソレ、しまっといてね。落
とさないように、ちゃんとお家に帰るように。ね。
 そんな訳で、僕はY先生の患者になった。

SK病院の日々 34.気配が大事

 本人は気がついているのか、いないのか。Y先生の無
防備なのには、ちょっとハラハラさせられる。
 例えばね・・。半ズボンのポケットにバラ銭を突っ込
んだまま鉄棒で逆上がりして、それで中身を地面に落と
したことにも気がづかない小学生みたいな処とか。それ
にこの先生、ちょっと胃腸が弱いんだな。最近は体調が
戻ったみたいだけど、去年の九、十月あたりは最悪だっ
た。何しろ立ち姿が病人。思わず背中をさすっちまいそ
うになったっけ。気配の色味も灰色に沈んでたしね。
 ホント、人の気配は色々。ここで〈色々〉と言うけれ
ど、実際に色として認識出来ることだってあるんだ。
「お、あれはΩ先生(特に名を秘す)」。
 向こうから歩いてくるΩ先生は、非常にユニークな歩
き方をする。やや俯き気味に、幾らか壁の法を向いて。
要するに患者らしき人たちと視線を合わせないようにし
てた。本人は無意識なのか、壁側の手の指先が手摺りに
触れるようにして、少しだけ上がっている時もある。
 分からないじゃない。患者というのは大体が診察室で
の一対一の関係をそのまま敷衍する癖があるから、外へ
出ればパーテーションの保護がない分、医者は無防備。
 Ω先生としてはいつも進路をクリアーにしたい。で、
約七メートル程手前でチラと人の気配を確認する。不穏
な動きが無ければ、次に双方のボディゾーンが重なる範
囲へ飛び込む寸前に、もう一度。それで先生は安心。
 さて、退屈な日もある。そんな時にΩ先生を見つける
と僕は嬉しい。まず七メートルの確認をやり過ごす。そ
の後だ。きっちりと呼吸を読んで、それからスーっとΩ
先生を見る。ピタリ視線が合う。先生、慌てるねえ。
やー、この悪趣味な快感、癖になっちゃうなあ。

SK病院の日々 35.そうじゃない

 M内先生は「だいじょうぶ、この病棟で一番腕が良い
から」と、軽口を言った。冗談のようだけど、これがど
うも半分は本気っぽかったな。いやいや、若いねえ。
 僕も二十代の頃には相当にトンガッてた。製薬会社の
厚生行事に呼ばれながら、実際の講義では医薬について
の問題点をビッシリと指摘したりとかね。それも昔。
「はい、吸ってみて下さい」。
 うーん、これ、間違ってるんだけどなあ・・。ピンク
の服を着た呼吸療法部のオネエさんは、ニッコリと頷い
てる。けどさ、これ、ホントに違うんだってばさあ。
「あの、すみませんが、以前にちょっと呼吸法を習った
ことがあるんですけど、その時に憶えたやり方じゃ、い
けなせんか?その方が何か、やりやすいんで・・」。
 相手もプロだから、プライドを傷つけないように気を
つけた。オネエさんはちょっと首を捻る。でもさ、まさ
か言えないじゃん「教えてました」なんてさ。
「まずいですかねえ?」
「その方がやりやすければ、それでもいいですよ」。
 う~ん、反応が好くない。でもねえ・・。
 オネエさんに指示された呼吸体操は体力のある人が呼
吸機能を上げるためのもので、全身麻酔後の自律呼吸の
回復サポートには向いてないんだ。つまり、理に適って
いない。そりゃ手術前なら付き合って上げられたんだけ
ど、術後の今じゃ、そうも出来ないからなあ・・。
「ああ、数値もいいですねえ・・」。
 指先で血中飽和酸素の量を計る洗濯バサミ、パルス・
オキシメーターはオネエさんの自慢の品。ん、ここか?
「これ、凄いですねえ」。
 やった。オネエさん喜んでる。あ?帰っちゃった。

SK病院の日々 36.やられた

 おだてる事は悪い事じゃない。そもそも人は社会性で
生きてるから、誰かに自分を認められる事、それ自体が
嬉しい。嬉しければ当然、本人の意欲も湧くし才能も伸
びる。但し、世の中には底意を隠しておだてる悪~い奴
もいる。だから誰でも、おだてには乗るまいとする。
「あ、じょうず。痛くないや」。
 僕は毎回、処置室のカミーラたちを褒めることにして
いる。それはやっぱり、彼女たちには上達して欲しいか
らだ。「お願いだ、育ってくれ」ってな気分でね。
 さて。
「あ、頭いい」。
 最初は本当にそう思って言った。だけど、ちょっと嬉
しそうにしたY先生の表情に、ついサービス癖とイタズ
ラ心が動いた。止しゃいいのに「うん、頭いい」と、重
ねてヤッてしまったのよ。あーあ、もう遅いね。カンの
良いY先生には、多分もう、分かっちまったね。
 それから一ヵ月後だった。前回の診察はY先生不在。
で僕は、血液検査が抜けていた事を報告した。
「あれ、この間はI先生、何だかちょっと浮き浮きして
ましたからね。それで忘れちゃったのかな」。
「え?そうですか?」。
「何かいいこと、あったみたいで」。
「わかりますか?」。
「I先生、患者を呼ぶ時の声に、出るんですよね」。
「ほっ、さすが」。
 わっ、しまった!なんてこったイ!
「するどいっ」。
 わ~い、ダメ押しまで食らっちまった!
 参った!参ったから、勘弁してくれ!頼む~~!

SK病院の日々 37.そもそも

 圧しても痛くない、お腹の硬~いシコリって、な~ん
だ?しかも、グングン育っちゃうやつ。
 体には体の意思がある。その意思の一部が、僕にプレ
ゼントを運んできた。それがガンノスケはん。ドイツ語
風にはザルコーマで英語ならサルコーマ、日本語では肉
腫とか。要するに粘膜や皮膚などの上皮性組織ではない
場所に発生する癌腫の一種。それほど悪性のものではな
いけれど、脳も含めて全身どこにでも転移する。
 そもそも勢いに任せて体を酷使し過ぎた。でも最悪の
所から騙し騙し体調を戻して、九十八年の春には近年に
ないほど良くなった。そこで、ちょっと強めの揺さぶり
を体に掛けてみた。そこからだ。それまでの不調とは違
う種類のものが徐々に来る。体の中に何かが有る。
 動悸。腹部の緊張感と息切れ。九月には指に触れるシ
コリがはっきり分かった。え?なぜその時に医者に行か
なかったのかって?そりゃ、今の医学は殆ど信じていな
いもの。医者に掛かるのはペイン・コントロールか、で
なきゃ死亡診断書を書いてもらう時と決めてたしね。
 さて何とか歳は越した。でも二月に入ると限界も近く
なる。変な幻覚は視えるし貧血で何度も倒れる。お腹の
方はそう痛くないけど、閉塞が強くなればもっと痛くな
るんだろう。それに、左の膝が痛くてまともに歩けなく
なってきた。ここまで来ればもう、医者の領分か。
 行った病院の外来では大した説明もない。なのに検査
と称していきなり内科病棟へ、ダンクシュート。力技だ
ね。そこで僕は家に帰ることを諦めた。もっとも全部、
後の粗末はしてある。だから先生方は真っすぐ僕に話せ
ば良いんだ。でもこれが、話さねえんだなあ・・。
 なもんで僕は、先生方の足元に穴を掘り始めた。

SK病院の日々 38.コン・ゲーム

 採血の時に使うような透明なポンプの先に、えら~く
長い針がついている。それをグサッと突き刺して組織を
採るのが穿刺だ。痛そうだけど、麻酔はしてくれる。
「あのう、白血球の数値なんかは、どうですか?」。
 熱が出るのは体の防御反応。だからそこには相応の理
由がある。ガンノスケはんの内側が腐ってるのかな?血
液検査は何度もしてたから、向こうは当然、状態を把握
してるだろうし。
「ほう・・」。
 静かなエコー室で横になってる僕の足元に立って、渋
い若白髪のS先生は針先を睨んだまま。
「血小板は、どうなんでしょうね」。
 勝手に抗癌剤を点滴する事はないだろうけど、僕の知
らない所で家人が頷いてるかもしれない。
「ほう、血小板ですか・・」。
 久しぶりにカテランシンをブッ刺す機会に集中してた
先生は、やや上の空で頷いている。
「あの、それと、原発巣はそこじゃなくて、この右の肝
臓の方のような気がするんですけど」。
 聞こえているのかいないのか、イソジンを塗って麻酔
して、技師さんと相談しながら長い針をブッスリ。
「はい、そこですね」。
 モニターを見る技師さんが確認した所で、バシュッ!
これがガンノスケはんをバキュームした音かな?
「どうですか?痛くなかったですか?」
「いいえ。面白いもんだなあ、と」。
「ほう・・」。
 そうなのか。返事は全部「ほう」に決めてたのか。
 S先生は、落とし穴に落ちるタイプじゃないらしい。

SK病院の日々 39.ちょっと待ってください

 うーむ。動けない。いずれは、と思っちゃいたけど、
これは厳しい。とにかく寝返りもままならない。
「おう、どうよ」。
 これオイラの兄貴。昔から突然にやってくるタイプ。
「あ、ちょっと待ってて。いま、そっち向くからさ」。
 じっとり脂汗。それでも何とか体制は換えた。
「わあ、だいじょーぶ?」。
 こちらも同じく突然な、オイラの義理の姉ちゃん。
「うん、アリガト。ゆっくり動けば平気だから」。
 ここまで色々と検査はあった。それでも☃先生の上手
な内視鏡検査以外、さしたる苦痛はなかったんだけど。
「いやあ、なんか急にお腹にきちゃってさあ。先生の話
だとシュワノーマとか云って、神経を包んでる鞘が腫瘍
化したらしいんだけど・・」。
 先生には悪いけど、これ、パクらせて頂きました。
「組織を採って、今、生検に回ってるからって」。
「ふーん・・。じゃ、俺、帰るから」。
 いつもながら、オイラの兄貴は突然に帰るんだ。
「OZさーん、レントゲンでーす」。
 え?でも、歩けないよ?え?何?車椅子?
 冷やっこいレントゲンの台に寝転がって、バッシャと
撮影。でも終わっても、今度は簡単には起きられない。
「あ、あ、自分で起きますから、チョト待テテね」。
 介助されると痛みが三倍。だから勝手にやらせてね。
「・・ああ。若いから、まだ腹筋があるから」。
 若くはないが腹筋はある。化粧っ気のない女性の技師
が、僕のゾンビみたいな動きを看護婦さんに説明する。
 ん?待って。今、なんかピンと来た。この気配。
 この技師さんは、サッフォーの島から来たのかな。

SK病院の日々 40.ワン・オン・ワン

 西洋医学には得意なジャンルがある。て事は当然、裏
返しに不得意な分野も存在する。例えば、体の持つ免疫
機構が、患部を非自己とは認識しないような時とか。そ
んなのに遭うと医者は、患者への告知を渋り始める。
「肉腫って、ご存知ですか?」。
 K先生が、そっと訊いた。
 これを意訳すると「やーOZさん、いいですねー。こ
れはねー。とっても厄介なんですよー」となる。
 確かに肉腫は知っている。昔はシナリオのスパイスに
骨肉腫を使ったドラマも多かったしね。何しろこれは若
い人も罹るから、白血病と並んで葛藤を描きやすい。
「それほど悪性のものではないんですけれど・・」。
 僕が黙って首を捻ると、先生は漸く説明を始めてくれ
た。けれど、やっぱり全部を話す訳でもなかった。
 元々、西洋医学に大した信は置いちゃいない。だけど
僕を診てくれてる先生方については信じてた。何か理論
的に矛盾するようだけど、そうじゃない。つまり、その
人個人を信じるということ。極論するなら、中風で手が
震えてるような医者であったとしても、僕は手術を受け
る。その先生が自分で執刀すると決断したのであれば、
危惧は無意味だからね。これって、変じゃないよ。
「だいぶ大きくなってるんで、内部まで血液が行かない
と組織が死んで、敗血症を起こしたりしますから」。
 うーん。もう腐ってると思うんだけど・・。でも先生
は犬丸りんの漫画の女の子のような眼をして、一生懸命
に話してくれてる。それじゃ僕は、頷くしかない。
「じゃOZさん、頑張りましょう」。
 と、ここまでのそれだけで、手術へ。
 はいはい。決めたのなら、そりゃ、やりましょ。

SK病院の日々 41.ほら、遠慮しないでね

 やけに明るい台の周りに、人が群れている。そこでカ
ラカラとルーレットが回ったりすれば、まるっきりカジ
ノだね。僕としてはこんな派手な所でお店を開くのは、
ちょっと気が引ける。それでも手術室の緊張感は開演前
の舞台袖みたいで、何だか気持ちが良かった。
 パステルグリーンの床と天井に、同じ色調の手術台。
この台が手塚治虫が描くヒョウタンツギか、ツタンカー
メンの棺みたいな形をしてる。そこに乗った途端「遠慮
しないでね」とばかり、ぱっぱと手術用に着た服を剥が
される。越中褌型のT字帯も、さよーなら。横を向いて
丸くなったら、今度は硬膜外麻酔の管が、グサッ。
「痛かったら言って下さいね」。
「はい、痛いです」。
「え?え?・・凄く、痛いですか?」
 慌てて訊き返してくれるけど、こいつは軽いギャグ。
僕はニヤリとしたけど、麻酔の先生の手が止まった。
「あ、いいえ、大丈夫ですから・・」。
 すいませんねえ。コイツこういう奴なんで、もう放っ
といて、何か言っても聞き流しといて下さいね。
 結局、皆さんは忙しいけど、僕だけがヒマ。あーあ、
つまんな~い。寒いオヤジギャグでも言いたいね。どう
にか構ってくれてるのは、定期的に膨らむ血圧計のマン
シェットだけなんだもの。
 でも、そんな風に意識があったのも麻酔の混合ガスを
吸い始めるまで。プッツンした後はもう、分からない。
 あ、そうそう。今でも気になってるんだけど、あの時
に僕のポコチンにカテーテルを突っ込んでくれたのは、
誰なんだろう?ぜひとも御礼をして、差し上げたいんだ
けどなあ・・。ああ、くれぐれも、遠慮しないでね。

SK病院の日々 42.ご親切にどうも

 僕のガンノスケはんを取ってくれたK先生の特徴は、
コクって頷く。そんな時はいつも、りんちゃんみたいな
つぶらな眼が「わかってね」って言っている。
 声が優しいのと同じで気持ちも優しいK先生は、患者
に対して少し舌足らずになることもある。その分が視線
にも籠もって、つい「わかってね」になるんだろう。
 術後は酔っぱらいで貧血の三割頭。そんな脳味噌が突
然に働き始めたのは、輸血をしてからだ。
 「いやー、なんか今まで、頭が全然動いてなかったのが
分かりますよ」。
「え?そうなんですかあ?でも、そんな風にはぜんぜん
見えなかったですよ」。
 なんの。その証拠に誰の顔も、ま~るきり憶えちゃい
ないんだから。それに本当はね、あなたの事も、誰だか
分からないんですよ。へっへっへっ。
 家へ帰ることはないだろうと思ってた。けれど術後の
付属品も、日が経つにつれて徐々に取れてくる。
 ある日ついに、鬱陶しいものが何もなくなった。
「OZさん、そろそろ一度、お家に帰りましょうか」。
 え?うっそー!
多分、僕の眼ン玉は丸くなったんだと思う。
「それって、退院ってことですか?」。
K先生が、コクって頷いた。
「いつでもいいんですか?」
コクッ。
 うーん。邪気のないその優しい眼が、憎めないねえ。
それでも正直な先生は、「一度」という言葉を使わずに
は僕に、退院のことを言えなかったらしい。
 いやいや、ご親切にどうも。

SK病院の日々 43.耳を澄ませば

 〈刹那〉とは瞬間を意味する言葉だけど、これが〈刹
那的〉となると、随分と違う。
 現代語としては否定的な快楽主義のイメージを持つ言
葉も、本来の意味の通りであれば〈今〉を十全に生きる
と云う意味になる。そうなるとこれは、良い言葉。
 ♪退院、退院、嬉し~い退院♪
 こいつが「一度」だろうと何だろうと、家に帰れるの
はとっても嬉しい。暴れてやるぞ~(ちょっとだけ)。
 元々、人の寿命は誰にも分からない。医者が病人の命
終を指定するのも、病状の進行から予想される経験的賞
味期限で、江戸の昔ならそれがピタリと当たれば名医。
そんな名医も全く健康な赤ちゃんを診て「このままです
とこの子の寿命は五年」とは、絶対に言わないだろう。
但し「う~む、これは、五百年までに必ず死にますぞ」
とやれば外れない。まままあ、そんなもの。
 解剖学者の三木成夫は、人の体の植物的な期間と動物
的な器官の連結構造を説いて、〈こころ〉と〈あたま〉
について指摘した。それは例えば、〈思う〉ということ
は〈こころ〉と〈あたま〉の相談である、と。
 植物の張る根が世界と不可分に接するように、人の植
物器官も世界と結びついている。その〈こころ〉の声を
聴くなら、刹那的の言葉も取り間違えるはずがない。
 ともかくも僕は、ガンノスケはんのお蔭で一日一日の
楽しさが増えた。だからやっぱり、これはこれで素敵な
プレゼントだったんだな、と思ってる。
 ただ、ちょっと淋しいこともある。
 だって、このごろさあ、佳い女を見る楽しみが、半分
以下になっちゃったんだよねえ・・。
 ねえ、ストーマ君。何か良い知恵は、ないのかい?

SK病院の日々 44.僕って、変?

 K先生が「一度」と言えば、本当に一度だった。体力
の回復と一緒にガンノスケはんも元気を回復して、今度
は肝臓への転移もあるから、はい、また入院。
「じゃ、その時に血管造影もやりましょう」。
 ありゃ。Y先生は優しい顔して凄いことを言ったね。
あ、今、ニヤリとしたでしょ先生。見逃さないぜ。
 ここで自慢しても仕様がないが、僕は気が弱い。子供
の頃から気が弱い。うるさく騒いだりすると親がサッと
赤チンを塗って「あ、ここ、血が出てる」と、それだけ
で這って歩くぐらい気が弱い。だからTAE(肝動脈塞
栓術)を受けるにしても、自分の気持ちをチア・アップ
する何かが必要になる。
 「凄いの、着てますね」。
 Y先生の感想は、シアトル・シーホークスの皮のブル
ゾン。プレーオフも狙えるぐらい調子も良かった。そい
つをカーテンレールに吊るし、オイラに元気を。
「お茶は、ここでいいですか?」。
 メイドさんが注いでくれたカップの上に、シルバース
ターのハンドタオルを置く。もう東海も野村も熊切もい
ないけど、今年は金岡くんが七年ぶりに日本一を仕留め
てくれた。ゴー!シルバー!ついでに、ゴー!オイラ!
 病院の夜はなかなか寝付けない。年寄りのイビキも賑
やかだしね。それで夜中に何度も目が覚める。
「ん・・?何時だろう・・」。
 腕のGショックのライトボタンを押すと、病室の闇に
中田の自筆の似顔絵マークが浮き上がる。
 お、ヒデ。頑張ってるかい?オイラもね、頑張るよ。
 こんな変な事してるの、やっぱり僕だけかなあ?

SK病院の日々 45.TS病院のオッチャン

 僕のガンノスケはんは、なかなかにタフ。放射線や化
学療法で叩き殺すにしても、他の細胞から先にくたばっ
ちまうぐらい。そこでY先生はSK病院での治療に平行
して、TS病院の院長のN先生を紹介してくれた。
「よっしゃ、わかった。ワシが何とかしちゃる」。
 患者の高校生と両親に、オッチャンはそう断言する。
 この面白いオッチャンの風貌は、大阪の食い倒れ人形
の大正時代版あたりを想像して頂きたい。無礼にも僕は
N先生をオッチャンと呼ぶが、これは親愛の情の表明で
もある。だからここはひとつ、ご容赦の程を。
 ともかく、この、関西弁に土佐のフレーバーが混じっ
た妙~な訛りがオッチャンの口調。そこからどんな事で
も、きっぱりと言い切る。
「あ、それからな、受験勉強は、したらあかんぞ。ええ
な。勉強せんでええから、のんびりしとれ」。
 そう話す間に、息子の横に座っていたお母さんは、軽
く気を失いかけていた。うん。大袈裟じゃないよ。
「これ、お母さん」。
 二度ほど呼ばれてから、お母さんは漸く頭を振るよう
にして顔を上げた。この時だ。オッチャンのテリアみた
いな眉毛の下で、眼の光がふっと柔らかくなった。
 男の子の診察を終えてカルテを確認しながら、今度は
オッチャンはなにやら考える風。
「ああ・・、今の子な、もういっぺん呼んでこい。そう
や。ちょっと、元気付けたろ。ああ、両親もやぞ」。
 これだな。ここが、紛れもない医者。その証拠に。
「お母さんな、心配せんでええからな」。
 意思の速度に物理の追いつかない、このオッチャンの
おでこには、ポンと医者の判子が捺してあったね。

SK病院の日々 46.プライド

 オッチャンの診察を受けてからSK病院での次の診察
日、不在のY先生に代わってI先生が僕に訊ねた。
「・・どうでし、た」。
 訊くような訊かないような。但し、いつものニュート
ラルの状態とは気配が微妙に違う。
「いやあ、それほど大したことはなかったんですけど、
診察があってから、漢方系の薬を処方して頂いて」。
 どうも妙は気配で、僕はゆっくりと話を始めながら様
子を探っていた。確かにいつものようにI先生は、細か
く何度も頷いている。それはそうなんだけど・・。
「それで、どうしましょうか、OZさん」。
 ふあ?
「今後の、診察のことなんですけれどね」。
 うん?なに?
「どう、しましょうか?」。
 それって、僕に訊いてるのか。
「ええ、ああ・・。私の方はI先生がこの病院にいらっ
しゃる間は、ここで、診て頂きたいんですが・・」。
 先生の椅子が少し動いた。ついでに硬かった気配も急
に動いた。うーむ、うむ。な~るほどねえ・・。
「ま、先生が厭じゃなければ、くたばるとこも診て欲し
いんですけど」。
「う~ん、凄いこと言いますねえ」。
 ぐっと大きく椅子が動いて、先生の背中が伸びた。
 I先生はいつも、しっかりとしたプライドで自己をサ
スペンドする。それは多分、子供の頃からの責任感や、
義務を果たす事で生まれる強い自負心に由来する。
 僕はこの、お酒を呑み過ぎた翌日には鼻のてっぺんが
赤くなっちまうI先生が、ちょっと好きなんだな。
「こらこら、ちょと待て」。

SK病院の日々 47.自分で答えます

「こらこら、ちょと待て」。
 TS病院のオッチャンは明治の昔の〈オイコラ警官〉
のように、すぐに「こらっ」と言う。それは口癖だから
気にしなくても構わないが、中にはそれでビビっちゃう
人もある。特に職員とかは、ね。
「こらっ、これ違うやないか。どうなっとるんじゃ」。
 パンパンと机を叩く。まあでも、そうは言ってもすぐ
に自分で答えを導くから、別に独り言と変わらない。
 オッチャンは全ての指示が明確だから、職員は脳味噌
を働かせなくても何とかなる。だけど本当に働くために
は、人間は自分で考えて働かなくちゃならない。それで
オッチャンの部下は、綺麗に二色に分かれる。出来る奴
と出来ない奴。
「肉腫というのは非常にタチが悪くて、これが肝臓にも
転移してるので本来は絶体絶命なんですけれど、先生も
びっくりするぐらいに薬が効いてて・・」。
 オッチャンの患者への対応を真似しても、本人の中身
が違うから言葉が空回りする。それに事務上の連絡は医
療じゃなくて、看護の意識が必要なジャンル。なっちゃ
ないね。亭主の社会的地位を、自分の偉さの基準と思い
込むヲバチャンみたいだね。
 ところでさ、あの女の人は、何だろう?
 ほら、あれ。みんな忙しいのに、一人だけそんな気配
と無縁なの。なんかコケシみたいなストーンとしたヘア
スタイルをしてさ。てんで働く服装じゃないしね。
 あら・・?職員の対応も、どうも変だな・・。うむ。
 来た。答が来ました。僕には確信がある。なんならガ
ンノスケはんを賭けてもいい。え?要らない?でもさ、
あの女の人、オッチャンの だぜ。ね、賭けないの?

SK病院の日々 48.未確認浮遊物体

 わーい、食事制限だーい。うーれしーいなー。
 え?日本酒とビールはいけないの?お酒はウィスキー
の水割りが二杯程度、か。肉類が一切ダメ。揚げ物も乳
製品も。コーヒーが飲めなくて、チョコレートにココア
も×か。魚は鰯と鯖と秋刀魚と鯵と、それに・・。
 やれやれ。何しろオッチャンの出す薬は漢方が主体だ
から、生活が治療そのもの。つまりは医食同源。そりゃ
日々の生活から作られる自分の体と心が、日々の生活で
変わって行くのは当たり前の話だ。それでも「車は急に
止まれない」から、僕のガンノスケはんも再発。
 ・・む。ありゃ何だ?
 再入院から二日目。午後のTAE(肝動脈塞栓術)に
備えて寛いでいる僕の病室の、閉めたカーテンの上から
変なものが見えている。右に左に、ビゼンクラゲが触手
に眼鏡を挟んだようなそれが、ちらちらと。そういえば
僕も、眼鏡を掛けていなかったっけ。
「あ、どうも」。
「はい。・・?」。
 そのビゼンクラゲ・・、いやいや、ビニールキャップ
を頭から被って、やたらにでっかいマスクをして、おま
けに眼鏡を掛けた正体不明の人が、スッとカーテンを開
けた。それで全身が見えると、これが、Y先生。
「具合は、いかがですか?」。
「あ、特に変わりはあるませんが」。
 それにしてもY先生の格好は、何なのだろう?
「何か、手術でもあるんですか?」。
「あ、検査です」。
 それでもピンと来なかった。すんません、呑気な患者
で。TAEって、Y先生がしてくれるんだったのね。

SK病院の日々 49.違う

 ありゃあ・・?トイレが妙に近いなあ・・。あ、誤解
しないように。これは病室からの距離のことね。
 入院した部屋は以前と同じ。なのに、元々ボ~っとし
て歩く癖があるから何度も入り口を見失った。おまけに
うっかり通り過ぎたまま、その先の女性用に片足突っ込
んでから漸くピンクの色に気がついて、一人で真っ赤。
そんな恥ずかしいのが都合二回。ヤんなっちまうね。
 前の入院の時には体力がなかった。お腹が痛いから壊
れ物を運ぶようにして歩いてもいた。だから記憶の中の
距離が遠いのは当然かもしれない。それに病室全体も変
に明るく感じるし、廊下までが明るく見えた。
 これは内緒だけど、前は見えなかった婦長さんの小皺
が・・。あ、いや、その。その、トイレの石鹸が液剤に
なって。それからアンギオの機材が新品になって。
「フィリップスなんですけど、優しい感じですよね」。
 うんうん。そいつはいかにもY先生らしい感性。
 シド・ミードあたりが使いそうな滑らかな曲線のフォ
ルム。部屋とコーディネートしたカラーリングもソフト
な肌触りを出している。ま、不二家のミントパフェって
とこか。でも僕は、騙されないね。こいつはこんな顔し
て、ひでぇ事をやりやがるんだ。
 色々とY先生が話し掛けてくれるけど、僕の体は緊張
でコチコチになってる。来るぞ、来るぞ、ってね。
「それじゃ、撮りますから」。
 え?もうカテーテルが入っちゃったの?あらあ、前回
はもう少し、ゴツゴツした感じがあったんだけど。
「はい、息を止めて下さい」。
 わ~い、熱いよォ~!あつ~~、く、ない?え?
 なんで熱くないの?これが噂のY2K?え、違う?

SK病院の日々 50.違う違う

 どうもピンと来ない。Y先生は以前のアンギオと同じ
部屋だと言うけど、な~んか、違うような・・。
「少し動きます」。
 滑らかに台が頭の方へスライドして行く。それと一緒
に左腕が、じわりと足元の方へ引っ張られた。
「あの~、血圧計が引っ掛かってますが~」。
 僕は正直者だから素直に申告した。
 マンシェットを腕に巻いてくれたオネーチャンは、空
気の管を横っチョに、ひょいっと引っ掛けてた。横目で
それ見ながら「いいのかね」とは思ってたけど、それが
期待通り、いやいや、懸念した通り、宿場女郎が旅人の
袖を掴まえたみたいに「ねえねえ、ちょいとサ」。
 それにしてもここ、本当に同じ部屋?。見上げる天井
は夏の瀬戸内の海みたい。するとクリーム色は石英砂の
浜か。そうそう、八重山の珊瑚の海の色でもいいな。
 うん。ここは一つ、一句捻るか。
「何か文章の材料になるものでも、有りましたか」。
「あ、いいえ」。
 わ、びっくりした。なんだ、参ったね。Y先生、心臓
に悪いよ。ま、ちょっと違って、俳句だけどさ。
 今まではアンギオも不思議に熱くなかったけど、いず
れは厭ってほどに熱いんだろう。ともかくこんな小細工
でもしてないと、僕のビビりは紛れなかった。
 それにしてもこれって「ほ~ら、注射するぞ。痛いぞ
痛いぞ~。ほら、針が刺さるぞ。う~ん、ぐさっ!」っ
て、解説付きで注射されるみたいで。ん?また台が。
「あ、あ~、引っ掛かってます」。
「え?・・痰が、引っ掛かりましたか?」
 なにょ~?違う違う。だから、血圧計だってば。

SK病院の日々 51.いきすぎ

 病院には必ず『星に願いを』のファンがいる。勿論こ
れはディズニー・アニメ『ピノキオ』の挿入歌。電話の
保留音に使う所は多いし、SK病院の外科病棟じゃ、毎
晩面会時間の終了十分前あたりに放送されていた。
 TAEを受けている間も音楽はあった。良い音じゃな
いけど、ともかく有線で好きな音楽を聴ける。
「何かリクエストはありますか?」。
 Y先生がそう訊いたのは、緊張緩和を意図しての事。
「あ、いいえ」。
 天井の色の影響だろう。何となく、インドネシアの民
族音楽クロンチョンか沖縄の歌が聴きたい気分。だけど
そんなチャンネルを探すのは大変だろうから、止してお
く。そのかわり、有線なら確実にある〈その曲〉だけを
流しているチャンネルを、こっそりと言ってみた。
「・・『蛍の光』が、いいかな」。
「は?」。
「あ、いや、いいです」。
 慌てて否定してから、またしても後悔。悪い癖だね。
聴こえてなくって、ホント、良かったよ。
 K先生にこれやると、多分「やー、いいですねー。そ
うですかー」とチャンネルを換えるだろうし、I先生な
ら斜めに首を固めたまま「うーん、OZさん。今回は、
それは止めにしておきませんか?」と、真顔だな。
 素直な話、『星に願いを』よりも『蛍の光』が好き。
ロバート・バーンズの詞では旧友との再会に乾杯し、酒
を酌み交わす喜びを歌う。日本人の付けた詞も三番と四
番では、国防に身を捧げなさいとやる愛国軍歌。
 だからさ、そんな曲が手術室に流れてる病院って、結
構〈粋〉だと思わない?それとも〈粋〉過ぎ?

SK病院の日々 52.おや、まあ

 この人は多分、男っぽい環境で育ったんだろうな。
 麻酔科からスッポーンと外科に移ったはずの女医のS
(A)先生が、どういう訳だか内科にいた。本人は「ま
あ、同じようなものですから」とは言っていたが。
 最初はちょっと、分からなかった。
「お久しぶりです」。
 挨拶はされたけど、誰だろう?顔に見覚えがないのは
いつもながら。それでも気配の色にも記憶がない。
「はあ・・」。
 いや、まるっきりバカみたい。多めに余白を取って、
それから漸く徐々に来た。でもね、すぐに分からなかっ
たのは僕が全面的にアホウだったからでもないんだ。S
先生の気配の色、これが見事に変化してた。ほんと。
「先生、な~んか、感じが変わられましたねえ」。
「髪の毛を短くしたからですかね?」。
 いやいや、そんな話じゃない。こいつはもっと本質的
なもの。口調だけは相変わらずパキパキしてたけど。
「・・あ、先生、いいヒトが出来たでしょ」。
「ええ?」。
 ビンゴ!やったね!わっ、照れてる照れてる。先生、
先生、体が斜めになってますぜ。ひゅ~ひゅ~。
「えー、その件については、コメントを差し控えさせえ
て頂きます」。
 わはは、嬉しそうにしちゃって。ついこの間まで、男
の子とドッヂボールでもして遊んでそうだったのにね。
何だか急に女性らしくなっちゃって。
 あ、急に思いついた。やっぱりS先生には仲の良い兄
弟がいるな。だってまだ彼氏よりも、身近で影響してる
男の人の気配の方が強いんだもの。

SK病院の日々 53.バミられた!

 「ガーゼを取りましょう」。
 S(A)先生がTAEの後の止血用ガーゼを外しに来
た。動脈穿刺後、8時間は安静。座っても下肢を曲げて
もいけない。当然トイレは・・、ま、止めておこう。
 鼠蹊部の傷口には巻いた包帯の塊。そこを上から肌色
の伸縮性のテープの張力で圧迫してある。一方、ポコチ
ン隠しのガーゼの方は白の綿テープ。この両方ともが関
節の内転防止等に使うスポーツ用テーピングテープ。
「こっちは後で、自分でゆっくりとやりましょうね」。
 残り一枚。「ガーゼは全部、取っちゃいましょうね」
なんて言われたら、めっちゃ恥ずかしいぞ~。
 病院ではホントに色んなテープを使う。先生のポケッ
トの鋏の柄にはビニールのカラーテープが引っ掛かって
たけど、それもガーゼ用。これが肌に優しくカブレにく
いそうで、前回の手術でもしっかりお世話になった。
 そう。最初はびっくりした。気がつくとオイラのお腹
が、バミられちまってるんだもの。
 電気工事用の絶縁テープ。これのビニールタイプをP
A(パブリック・アドレス)なら絶縁テープとかビニー
ルテープとか言うし、照り屋(照明)だったら軽~くビ
ニテ。道具(装置)はバミりテープと呼ぶ。
 舞台装置の建て込みの〈場〉の目印として、地ガスリ
に貼る。吊り物の高さ極めで綱元のロープに貼る。他に
は暗転前後の人の立ち位置や道具の出面合わせなど。こ
れ全部〈場ミる〉と称して、舞台上の区切りを意味して
る。お馴染みのソイツで、僕のお腹は場ミられてた。
「転換OKでーす。音アタマで照明さんいきまーす」。
 パッコーン!とお腹が開いて迫り上がり。ミニチュア
のK先生が、太鼓を叩きながら登場したりして。

SK病院の日々 54.狼の森の少女

 おやおや、これは看護婦のOちゃん。以前は多少、病
棟のお荷物的な存在だったけれど、少し見ない間に看護
婦らしい落ち着きを身につけて。まあ、ご立派。
「OZさんは、前に入院されてましたよねえ」「はい。
そこのベッドに、Hさんって、長く入院されてた方がい
た頃に」「ああ、それじゃ、ずいぶん前ですねえ」。
 まだ一年も経っていないのに、Oちゃんにはそれだけ
長い年月と感じているらしい。
「・・確か、㎡ちゃん、でしたよね」。
 Oちゃんのホッペタが赤くなった。
「あ、それ、最初はM内先生が言ってたのが、いつの間
にかみんな、そう呼ぶようになっちゃって・・」。
 Oちゃんが見事に育ったように、環境は人を造る。だ
から稀に見掛ける彼女たちも、いつかは育つのだろう。
 この彼女たちとは看護学校の実習生(と思う)。これ
が僕の目には、とっても可哀想に映る。
 世間的には看護婦さんは、白衣の天使に相違ない。と
ころがこれが、どうしてどうして。病院がヤワな神経や
体力で勤まる職場な筈もなく、自然にタフに力強く。や
がては野獣の如き迫力までも身につけることになる。だ
から半端な実習生などは、狼の森に迷い込んだ子羊みた
いに終日怯えて暮らすことになる。
 正直に言えば僕だって、後ろからこっそりと近付いて
おいて、いきなり「わっ!」と脅かしてみたいぐらい。
ホント見事に萎縮してた。それでもそんな彼女たちも、
いつかは見事に野獣の仲間入り。生血の滴る唇で「ガル
ルーッ!」と、やったりするんだろうな。
 教訓。狼はベッドのお婆さんにではなく、赤頭巾ちゃ
んに化けていたのでした。

SK病院の日々 55.唐獅子牡丹

 冬は寒い。寒いのは嫌い。それでもどうしても寒い目
にあわなくちゃいけないんだったら、いっそ凍っちまう
ぐらいがスッキリする。
 以前に比べて体力がない分だけ、寒さに弱くなった。
夜は足が冷えるし指先も冷たい。そんな時に、ふっとパ
ウチの上から自分のストーマの所に触れたら、これがな
んと「・・ら?・・あ、暖かい~!」
 それ以来、自分のストーマで暖まる変な奴になった。
「うーん」。
苦笑しながらI先生が考えていた。
「やっぱりそんなことしてたら、お腹を壊したりしちゃ
いますかね?」「う、うーん」。
 先生、結構喜んでる。「ストーマで暖まってちゃいけ
ませんか?」なんて、妙な質問は受けた事がないのかも
知れない。でもまあ、楽しんでくれたなら良かった。
 I先生はいつもサービスをしてくれる(もっとも本人
はそんな積もりじゃないと思うが)。外来の患者が一杯
でどんなに忙しくても、軽く突っ込んだ一言二言で、見
事に取っ散らかって見せてくれる。楽しませて頂いてい
る側の僕の礼儀としては、先生が完全に起きる寸前で止
めておくこと。要するに〈寸止めルール〉ね。
 それだけ毎回楽しませて頂いている以上、僕も何か、
先生にお返しをしないと人の道に外れる。つまり浮き世
の義理だ。とは云っても、患者である僕に出来ることは
知れてるから、せいぜいが風邪を引いて熱でも出すか、
喉を腫らしてイソジンを出して貰うぐらいしかない。
 そこで。これからもし、寒い日があったりしたら、先
生に訊いてみようと思う。
「先生、指先、あっためますか?」

SK病院の日々 56.上等じゃねえ

 CTはちょっと苦手だ。それで検査の前にはいつも、
結構な量の水を飲んで、気を紛らわすことにしてた。
 ん?違う?はいはい、その通り。紙コップの水にはガ
ストログラフィンって造影剤が混ざってて、厭でも飲ま
なきゃならない。で、味の方は・・。うーん、変と言え
ば変なんだけど、極端に酷くはない。元々ビールが好き
だったから、喉越しでいけちゃうしね。
 問題はもう一つの、オムニパークSの方。これは点滴
で腕から入れる。そうそう、悩みはその針なのよ。これ
で苦手の理由も、半分は察してくれたよね。
 さて、残りの半分だけど、それは環境だ。つまり機械
の作動音と独特な匂いに体の姿勢。いやあ、台の上に横
になった形からして、もう「参りました」。気の弱い犬
が飼い主にお腹を見せて、ハアハアと舌を出しちゃうよ
うなもの。情けないね。それでその上に、台がウィーー
ン。せめて誰か、添い寝でもしてくれよ~~。
 そこで、自分が弱みを握られてる分、僕はこのCTの
機械にムカついてもいた。
 いや、違った。正確には、患者へのガイド音声をプロ
グラムしたボケ野郎に、だ(どうか、Y先生は無関係で
ありますように)。
「息を、吸ってください」。
 ざけんじゃねえよ。お前なあ、息ってのは吐いてから
吸うもんだぜ。オイラの肺にはな、まだたっぷりと息が
有るのに、いきなり空気を吸えってのかよ。ええ、どう
なんだ。このボケ野郎め。まずは「息を、はいてくださ
い」と、そこから言えねえのか。こら!ボケ!
 あ、失礼しました。思わず、興奮してしまいました。
つまり、これぐらい、僕はCTが苦手です。はい。

SK病院の日々 57.いい味、出してんジャン

 大嫌いなCTも、自分の感性を変えれば好きになる。
そんな事は知っているが、そのために努力する気なんか
は全くない。べーッ、だね。
 その代わりに僕は気晴らしを見つけようと思う。例え
ば、誰も気がつかない間にCTの内側にテレクラのピン
クチラシを貼っちゃう、とか。花の種をポケットに隠し
て、放射線で品種改良の実験をしてみる、とか。
「じゃ、これを飲んで下さい」。
 これはこれは。お馴染み、ガストログラフィンの水割
り。こいつにフレッシュライムを絞ってあれば、味の方
はもっと良いだろうね。ついでにビーフィーター・ジン
かボンベイがあれば。タンカレーとゴードンは避けて欲
しいね。あ、そうそうオニイさん、氷とソーダもね。
 はい。とこらで、ここのオニイさんはちょっとユニー
クだね。肩まで伸ばしたサーファーっぽいヘアを真ん中
あたりで分けて、髭剃り跡は青々。メタルフレームのメ
ガネの向こうの精神は躍動感を持ってるし、どこかに自
足の気配もあったりするな。
 うーん。いい味、出してるね。
 今はどうか知らないが、少し前まで、四月四日のオカ
マの節句には(自分たちで勝手にそう決めてる)オカマ
の運動会があった。曰く『カマリンピック』と。
 オニイさんは、何となくそこに出てそうだなあ・・。
と言っても、別にオカマだと決め付けてるんじゃない。
ただ、自分の価値で立ってるあたりに飄味がある。
 後で分かった事だけど、ここのオニイさんは一日に二
十㎞も走るそうだ。その上それで腰を痛めたらしい(院
内、事情通は語る)ってのも、好いなあ。
 あ、また来るから、ボトルをキープしといてね。

SK病院の日々 58.人体の不思議

 今でもY先生が足の浮腫を確認することがある。ま、
一時は確かに、派手に浮腫んでいたこともあった。
 ガンノスケはんの手術後、肺に水が溜った。右の腋の
下の辺りも何か水腫れして、圧すとプチプチ音がする。
面白くって一人で楽しんでいたけど、その内に先生が二
人ばかり来て、そこらを散々探ってから帰ってった。
 下腹と腰まわりに何か余裕が出たなあと思ってると、
今度は両足がぐんぐん脹らんで、あっという間に指先ま
でパンパン。空気を入れたゴム手袋みたいになった。
 最初は、半端じゃない量の点滴をしてたから、それで
浮腫んでいるのかとも思った。だけどそのうち「あ、こ
れが、リンパ浮腫ってやつかな」と思いついた。
 それで薬が出る。アルダクトンとラシックス。二種類
の利尿剤で身体の水を抜くが、これが、出る出る。
 僕のポコチン・カテーテルは、幸いにもちょっと前に
抜けていた。その時の作業は看護士のYさんがやってく
れたんだけど、あれ、抜く時には結構な灼熱感がある。
でも看護婦さんにやって貰うよりは、まし。ともかく、
久しぶりで感じを忘れていたものの、その内にだんだん
調子が出てきた。すると一日に1・5㎏ずつ、体重が減
る。いや~、萎むねえ~。しゅ~、って。
 まず膝の辺りから細くなり始めた。足先の方も徐々に
萎んでくる。それでもまだ、腰から下腹と内腿の辺りま
では、めちゃな浮腫み方。変な形で笑っちゃうね。
 そう。植物園の温室に、トックリヤシという名前の椰
子の木があった。木の根元に近い方が膨らんで、そのも
のズバリ、日本酒を燗する徳利の形になってる。
 ともかく僕の足は膝から先だけ細くなって、それで気
がつけば、逆さまのトックリヤシ。

SK病院の日々 59.ああ、困った

 ふと、思った。世の中にはストーマの有る人が好きな
女性も、いるかも知れない。しかもそれが、絶世の美女
だったりして・・。
「私、ストーマの無い方には興味が御座いませんの」。
 年頃になっての降るような縁談も断り、言い寄る男を
ブルドーザーで払い除け「いつかは貴方のような方に巡
り合えると、それだけを信じて・・」和服の袖で涙を隠
し、切なそうにハンカチを口元に押し当てる。そんなに
なったら、オイラは辛いね。だってその女性には雪国で
温泉旅館の女将をしているお姉さんがあって、引き合わ
された途端にその未亡人のお姉さんが、オイラに一目惚
れをするんだもの。
「今日は冷えますよ」。
 雪の降る温泉場。帳場の奥の部屋の炬燵で一人、燗酒
を呑んでいるオイラの肩に、女将が自分の羽織をそっと
掛ける。柔らかく肩に置いた掌がなかなか離れない。
 オイラはちょっと困って、眠くなったフリをする。肘
を枕にごろりと横になると、二つに折った座布団が頭の
所にスっ、と。色っぽい吐息が後ろでするけど、オイラ
は何も言わない。すると、帳場の方で賑やかな声が。
「アチラ、いらっしゃる?」。
 ますますオイラは困った。声の主はこの温泉で一番の
売れっ子芸者。こう三人に惚れられちゃ、オイラは身動
きもままならない。
 「おぢちゃん」。
 これは女将の亭主の忘れ形見。これがまた、オイラに
懐いちまって。
 「シィッ。おぢちゃんは、旅に出るからね」。
  あら?これって、フーテンの寅か?

SK病院の日々 60.二十連星

 どうも『フーテンの寅』の夢みたいで、雪の温泉場か
ら抜け出せない。何しろ胸が痛むのは、女将の一人息子
がいつの間にかオイラに懐いちまってるからだ。
「おぢちゃん」。
「しいっ」。
「おぢちゃん、どっか行っちゃうの?」。
 こんな可愛い男の子を置いて出て行くのは辛いけど、
オイラがここにいたら、せっかくの仲の良い姉妹に要ら
ぬ苦労をさせちまう。
「可愛そうに。こんなに手が冷たくなって」。
 雪は止んだけど、その分しんしんと冷える。
「さ、暖まんな」。
 小っちゃな掌をオイラのセーターの下に入れてやる。
「あったかいよ、おぢちゃん」。
 薄情にも出て行っちまうこのオイラの、せめてもの罪
滅ぼしだ。さ、このストーマでたんと暖まりな。パウチ
のフィルムが邪魔だろうけど。
「おぢちゃん。これはなに?」「うん?これかい?これ
は太朗クンだよ」「太朗クン、あったかいね」。
 ああ、雪が止んで、星があんなに瞬いて。
「坊や。おぢちゃんに逢いたくなったら、春を待ちな」
 こっくりと頷く、素直ないい子だ。
「そして、西の空を見るんだよ」「お空を、見るの?」
「ああ、そうとも。春の西の空に輝く一番明るい星。そ
れがシリウスの星だ」「お尻?」。
 ま、いいか。
「おぢちゃんは、そのシリウスの星の傍にいるよ」「そ
の星の名前はなんていうの?」「名前かい?」「うん」
「それはね、イレウス(腸閉塞)の星さ」

SK病院の日々 61.煙が眼に沁みる

 煙草は未成年に限定して売るべき、と思う。
 大人は決して吸ってはいけない。但し、あくまでも喫
いたい大人にはオムツの着用と交換。当然、手にはガラ
ガラの所持が義務付けられる。つまり、煙草を赤ちゃん
の涎掛け並みに扱えばカッコ悪くて仕方が無い。そうす
れば未成年の喫煙も止むだろう。どう、これ。
 薬は毒物でもある。だから煙草を喫む医者は余り多く
はない。それでも決して皆無にはならない。外科医の喫
煙割合は高いし、これが看護婦になると・・。
 ああ、あれは。女性に特有の煙草の吸い方がある。両
肩を狭めて肘で視線をガード、口元を包むように心持ち
顎を出し、縋り付くようにして意識を前へ。こんな形の
時にちょっかいを出したりしたら、いきなり前脚の爪で
引っ掛かれるね。「フウーッ!」って。
 色白で美人で、男性患者には絶大な人気があるのに、
煙草一本でこの有様。ここが病院の外だからって安心は
禁物だよ。現にほら、この通りオイラが。
 病院は禁煙だから、入院患者も煙草では苦労してる。
トイレの張り紙も「ここで煙草を吸った人は退院して貰
います」と書いてあるぐらい。まあ、みんな涙ぐましい
努力をする。水面下の白鳥の水掻き、だね。
 僕にも煙草を吸っていた時期がある。だから紙巻きの
焦げ臭さや安煙草の臭いは嫌いだけど、佳い煙草の薫り
は大好き。特に葉巻と刻み、ね。国産だって、開けたて
のピー缶の甘い匂いなんかは今でも堪らない。
 煙草のリスクは高い。でも本人が納得してるなら、吸
えば良い。どうぞ、胸一杯に。でもさ、その吸った煙草
の息は、ここでは絶対に吐かないでね。
 だから、吐くなよ。吸ってもいいから、吐くな。

SK病院の日々 62.あなたの優しさが、怖かった

 十年ほど前にも、SK病院にはお世話になった。
 痛い。またしても足首あたりの捻挫かと思って、自分
でテーピングをして固定しておいた。それが三日経って
も痛みが引かない。それどころか、だんだん痛みが上に
登ってくる。膝なんか虫歯になったみたいに、ズッキン
ズッキンと心臓の鼓動に併せて疼いちまってる。
「ああ、これ、折れてますね」。
 結局、左足の甲の骨が折れてるそうだ。なるほど夜も
眠れない筈。整形の先生が腫れて足を睨んで「ギプスを
しましよう」と宣うが、僕は必死に食い下がった。
「何とか勘弁して貰えませんか」。
 固定すれば治りは確実だろうけど、その後の事を考え
ると、ギプスは何としても避けたかった。
「絶対に動かしませんから」。
 先生、コイツ、嘘つきです。隙があれば松葉杖をつい
て、何処へでも行っちゃう筈ですよ。
「まあ、余り動かない処ですから、いいでしょう」。
 やった!これで正月のライス・ボウルには行ける。
「でも、これじゃ歩けなかったでしょう」「はあ」「こ
こまで、どうやって来ました?」。
 妙な事を訊く先生だ。
「はあ、歩いて」。
 先生は苦笑するけど、歩かないと病院には来れないし
レントゲン室へも行けない。それともこの病院には、で
んぐり返しをしながら来院する患者でもいるのか。
 こんな風に時々、医者は意味のないことを云う。だけ
ど人の価値や優しさは、案外そんな場所に表れた。
「あの、痛かったですか?」。
 M井先生。お願いだから、それだけは訊かないでね。
 

SK病院の日々 63.直立歩行の発見

 注射も点滴も、針は嫌い。だから採血も麻酔ガスか何
かで意識を失った所で、気づかないようにそっとして欲
しい。でもね、この麻酔も考え物なんだよなあ。
「はは(あら)?ひはらは(力が)・・」。
 全身麻酔で手術。昼から始まって、ハイケアに運ばれ
てきた時には窓の外は暗くなりかけていた。うん。スト
レッチャーだったかベットだったか、手術室からの移動
の途中で意識は戻っていたから、その辺は憶えてる。そ
れから一日半。
 「OZさん、歩きましょう」。
 それで回復が早まるらしいが、足にも舌にも全然力が
入らない。慌てたね。
「ほひふほ(起きるの)?」。
 こんな僅かな時間で筋肉は衰えるものなの?それとも
これが、全身麻酔のパワー?
「ひょっと(ちょっと)、はって(待って)」。
 上体はベットを起こせば自然に起きる。ところがベッ
トから足を降ろすとなると、途端に重い。
「うーん」。
全身がずっしりと重くて、腰がなかなか持ち上がらな
い。なんだか病弱な小錦みたい。
「ああ、OZさん、大変そうですね。じゃ、今日は、立
つだけにしときましょうか」。
 ううう、優しいねえ、看護婦さん。お礼に酸素マスク
を貸してあげようか。それとも点滴の方が良い?
「ひょっひゃあ!」。
 これ、精一杯の僕の気合い。何とか立つには立ったけ
ど、膝はガクガク震えてる。殆ど下半身不随の状態。
これで本当に歩けるようになるのかな。 

SK病院の日々 64.フォワード

 お知らせします。只今、下肢への神経伝達を再構築中
です。お急ぎの場合は車椅子等を御使用下さい。尚、硬
膜外麻酔の場合も、発語機能には影響が残ります。
 半切りのベビーサークルみたいな歩行器に縋りつき、
何とか歩いた。まずはハイケアから一歩だけ外へ。
「おっ」。
 M島の弟ヤンが、ビックリしたように声を上げた。
「はるいてまふ~(歩いてます)」。
 そこでUターン。次の日からは一般病棟に戻って、病
室前の廊下をノロノロ。それから午前と午後と、一日に
二回は歩く事を申し渡された。
 ま、歩くのはいい。ただ起き上がるのが、ね。呼吸療
法部のオネエさんに励まされて漸く「エイッ!」。
 そこで気力が必要なのは、ごちゃごちゃした付属品に
も理由がある。まず酸素チューブを外す。次に鼻から胃
へ通じてるチューブを外してキャップをする。それから
ポコチン・カテーテルのユーリーンバックを歩行器に吊
るす。点滴の供給装置の電源を切ってコードを巻く。そ
の上、歩く時には点滴のタワーを御供にしなけりゃなら
ない。ほらね、厭になちゃうでしょ?
 それにしても、何だってこんなに歩けなくなっちまう
んだろうね。だけど、それでも前へ。とにかく前へ。
「上の階までさ、階段を半分だけ昇ったんだ」。
 退院前の弟ヤンが嬉しそうに言ってたけど、僕にはそ
れがピンと来なかった。6Fまで半分だなんて。
 でも退院して、家の前の階段を昇ろうとした時だ。
「あ、足が、上がらないや」。
 うーん、弟ヤン、笑って悪かった。この一歩は、ただ
の一歩じゃなかったんだね。ええい、前へ!

SK病院の日々 65.ファントム・リム

 患者を治せない無力感は、時には医者の心を蝕む。だ
から西医にも、医療ニヒリズムの時代が有った。
 病原菌の発見を契機にして、医学は急速に進歩を遂げ
る。機器も医薬も開発を競い、今では殆どの患者を治す
ことも可能になった。以来西医の抱いたニヒリズムも、
セピア色に褪せて消えた。でも、だからこそ、今度は昔
よりも強い無力感に捉われる瞬間が生まれてもいる。
 僕の心身(医者のカバーするのは、患者の体だけじゃ
ない)を挟んで、先生方と僕とは五分の立場で向き合っ
ている。つまり僕(の心身)はコミュニケーションの媒
体として双方の狭間に在る。ちょっと奇妙かな。
 さて、第一次大戦の事。大戦というくらいだから、そ
こは多くの戦傷者が出た。中には腕を失ったり足を切断
したりした男たちもいる。その症例から奇妙な後遺症が
発見された。それがファントム・リム(幻影肢)だ。
 無い足の指が痛む。無い肘の辺りが冷える。手摺りに
置いた筈の腕がバーを付き抜けてしまい、転ぶ。立とう
とした床に突いた足が支えにならず、やはり転ぶ。
 ファントム・リムはやがて時間の経過と共に薄れる。
それは四肢を失った、新しい自己との共存を意味する。
病気も同じこと。僕はガンノスケはんを含めた自己と共
存している。その自己とは、(理不尽なようでも)自己
の関わるこの世界の全てを含んでいた。
「先生、一年が経ちました。有難う御座います」。
 急に目が覚めたようにI先生が動いた。
「そう言わずに、まだ頑張りましょう」。
 この先生も僕を構成する自己の一部。だから僕は自ら
と共存するために、せっせと先生を構い続ける。
「お、端末の操作が上手になりましたねえ、先生」。

SK病院の日々 66.血の気が

 「ヤクザがいる」。
 そりゃヤクザだって病気にはなる。ただここは病院な
んだから、堅気に迷惑を掛けなければ良いだけ。
「喫煙室がヤクザだらけ」。
 うーん。煙草の煙は嫌いだけど、そこへは行ってみた
いなあ。楽しそうでワクワクするな。
 手術後の貧血状態でも相変わらず血の気は多い。どう
やらこれ、ヘモグロビンとは何の関わりもないようだ。
あーあ、体が動けばなあ。
 入院した当初に二回だけ、自力で1Fまで降りた。何
しろエレベーターを使うにしても体力が続かない。だか
ら本当に最初の頃だけ。一度は夜遅くの時間に限定され
た止むを得ない電話と、もう一度は売店の飲み物を把握
しに。それ以来、車椅子での検査以外はご無沙汰続き。
だからそんな話には血が騒ぐんだ。「頼むから、オイラ
も混ぜてくれよう!」ってね。
 ジリジリジリジリジリリーッ!
 うん?非常ベルだ。火事か?
 どこどこ?何があったの?病院の火事なんてやたらに
遭遇するものじゃないから、好奇心がむくむく。
 あ、あれ?止まっちゃったよ・・・。
「ただ今の5Fの非常ベルは警報装置の誤作動です」。
 院内放送では看護士のYさんの説明。なーんだ詰まら
ない。非常時にはどんな動きが設定されているのか、見
てみたかったのにな。
 あ、いや、もしかして・・。
 例のヤクザの連中は、今頃ドッキリしてるかも。
 うわあ~、様子を確かめてみてえ~。頼む、オイラを
起こしてくれ~。連れてってくれよお~。

SK病院の日々 67.江南の春

 菜の花の淡い苦さを味わうと、杜牧の詩が浮かぶ。 
  千里、鶯鳴いて 緑、紅に映ず
  水村山郭 酒旗の風
 う~ん、これだ。新酒の季節。酒屋は真新しい杉の薬
玉を掲げて「新酒、入りました」。フルーティーな活性
原酒も佳いし、雫酒も佳い。素敵なお酒は、本当に水が
そのまま酒になったように感じるんだ。なのに、TS病
院のオッチャンからは禁日本酒。どうして?
 これでも決め事は守るタイプ。でなければ食品の制限
も、薬を飲む意味も無いからね。でもさ、何で日本酒が
いけないの?それにビールもだよ。うう~ン。
 愚痴っても仕方ないから、最近はウィスキーのシング
ル・モルトにシフト。ところがそれで驚いた。
「なに?いつから、こんなに安くなってるの?」。
 酒税法改正の威力は凄かった。いや、凄いのは外圧の
方か。ともかくこれは早くオッチャンに教えないと。
「先生、最近の良いウィスキーはメッチャ安いですね。
あれだったら一升の大盃にガバガバ注いで、盛大に回し
呑みしても惜しくないですよね」。
 するとオッチャンは、多分こう言う筈。
「いや、それあかん。ええのをチョットにせえ」。
 酒についてはこれまでにも幾つか訊ねた。
「先生、甘酒は飲んでもいいですか?」「うん?・・ま
あ、ええじゃろ。ただし、飲み過ぎんようにな」。
「先生、ワインは飲んでも大丈夫でしょうか?」
「ん?・・ま、ええじゃろ。ただし、ええのにしとけ
よ」。
 いつもこんな風だから、次はこの質問をする予定。
「先生、ノンアルコールのルートビアはどうです?」。
それが良いなら、アイレイ・モルトを割って呑む。

SK病院の日々 68.ショット・バー

 視えているけど意味が取れない。手術直後の状態につ
いてS(A)先生に質問した所「ああ、グラスなんかで
も、そういう感覚が起きたりしますから・・」。
 ちょっとビックリ。彼女は今、グラスと言った。こい
つはガラスとは綴り違いの〈草〉で、つまり大麻の事。
ブッダ・グラスとも云う。
「音が視えるように感じたりもしますから、それで、か
も知れませんね」。
 それって麻酔科の職掌知識かな?それともS先生は、
サーファーなの?でなきゃ彼氏が歯医者とかさ(善良な
歯医者さん、ゴメンなさい)。
「わ、まずい」。
 鼻から胃へ通した透明なチューブは、機械で定期的に
胃液を吸い上げる。こいつが血の混じった赤黒い色。だ
から白っぽい液体の胃薬を、そのチューブで流し込む。
これが薄っぺらになった胃から逆流して「げぷっ」。
 外にも点滴の側管から薬剤を注入する時もある。これ
が凄い。とにかく凄い。
 まず、管の通りを確認してキュッキュッと揉む。いや
あ、多分みんな、この時点で嬉しくって飛び上がるよ。
保障するね。それからだ。側管に付けた注射器のポンプ
を、看護婦さんが、ギュ~ッて押す。
 う~ん、思い出しただけで冷や汗が出る。
 ワン・ショット。なんか血液にウーゾのオンザロック
を注いだみたい。で、冷たい感触の後は、一瞬で全身が
熱くなった。麻酔の余波でパンチドランカー状態だった
のに、たったのワン・ショットで覚醒。瞳孔も拡大した
と思うよ。その証拠に、看護婦さんが綺麗に見えた。
 ね、ちょっと寄って、一緒に一杯やってかない?
 

SK病院の日々 69.晴れた日は、犬のお散歩

 M井先生の表情が少しだけ明るくなった。理由は知ら
ない。でもまあ、良いことだ。
 苦労して壁を乗り越えた人には、それだけの財産があ
る。だからM井先生の将来について、僕は不安を持って
いない。学ぶとは、学び方を身につけることだからね。
それよりも問題はM内先生の方。彼の自意識には、少し
ダメージが必要なのじゃないかと思う。
 あーらら、また何か食べながら歩いてる。
 口の中に詰め込んだ食べ物を咀嚼しながら、M内先生
が廊下を歩いて行く。K先生も稀にそんな時が有るし、
他の先生でも忙しければ当然にそうなる。だけどM内先
生の頻度は、ずば抜けて多いんだな。 
 彼の視野に入る事象は限定されている。その筆頭、第
一位は女性。それも、美人。だから院内をやたらに歩き
回るし、いつもキョロキョロしてる。 
 こらこら、売店の列に割り込むんじゃありません。 
 院内の関係者と若い女性以外は視野に入らないから、
彼には列がちょっと曲がっているのが見えない。後ろの
人は善意に解釈しているけど、そこのあなた、あなたは
この世に存在していません。
 そんな僕も、M内先生の前には陽炎よりも淡い存在ら
しかった。それは僕がまだベッドに横たわるだけの、或
る晴れた日の午後。会話はM内先生と看護婦さん。
「ああ、これさ、やっといてよ」「だーめ、自分で片付
けましょう」「え?いいよね?」「だーめ」。
 ベットの横は狭い。その上、ここには僕の付属品が。
だからホントは二人が動くスペースもないぐらい。
 ・・あ?・・ああ?こら、ポチ!シッ!ハウス! 
 あのねえ、看護婦さんも怒りなさいよ、このポチに。

SK病院の日々 70.ツットル

 方法は有る。だから事務方は、全能力を搾り出して善
処しないとね。自ら患者を増やそうとして、信号無視で
車に〈ツットッて〉る暇なんかは全然無い。
 ちなみに〈ツットル〉とは、ここらの方言で、止まる
べき所や曲がるべき所を、そのまま突っ込む事を云う。
事務方の偉い人がそんなだから、患者の方も時には診察
室じゃなくて中待合のカウンターにツットッたりする。
「あのよう、もう二時間も待ってんだけどよう」。
 仕方がない。患者の数が多過ぎる。それでも苦情をネ
ジ込む元気な人はまだ良い。中には椅子でグッタリした
ままの人たちもある。「病院には具合の悪い人が来るん
だから・・」とは、患者の皆さんの言葉。
 待ち時間そのものは決して理不尽じゃない。但し、無
為に待たせるのがいけない。健康な人でも無為は神経を
蝕む。でなければ快適に待たせる工夫が必要。それこそ
は事務方の知恵だろう。毎度先生方に「すみませんね、
お待たせして」とやられるのは、僕だって心苦しい。
 ピンクの服を着た職員はクラークと呼ぶそうだけど、
カウンターに立つ彼女たちが一番患者の圧力を受ける。
こんな酷な職場は、僕の神経じゃ三日も続かないね。
「ここは、どうなってるんだ」。
 怒っても順番は変わらない。
「あのう、あと、どれくらいで・・」。
 そう。大まかでも待ち時間を提示されれば安心する。
「まったく、いつまで待たせるんだ」。
 またアンタか。そんなに文句が有るなら、正面の受け
付けロビーに行きなよ。そこに一人用の丸いカウンター
に座った〈お猿の電車〉みたいな人がいるから、あの人
に苦情を言いな。その方が良いよ。多分、偉い人だと思
うよ。選挙に出るくらいだからね。うん。そうしな。

SK病院の日々 71.油断

 体重がジェットコースターみたいに上下する。一時は
最高が六十三㎏近くまで戻ったけど、食品に制限が出て
からは落ちる一方。一度お腹が痛むと、それだけで二㎏
ぐらいは減るし、減ればなかなか元へは戻らない。
 肉は駄目。油脂もNG。そうなるとまるで油を断つダ
イエットみたい。そりゃ肝臓には良いだろうけどね。
「見て、見ますか?」。
 Y先生がTAEのフィルムを持参してくれた。
「はい」。
 見せてくれるものなら何だって見たい。まして相手は
プロなんだから。
「あ、ここでは暗いので」。
 そうかそうか、で、一番近い場所はナースセンター。
そこの蛍光灯をバックライトにしたボードに張る。
 で、驚いた。まあ、鮮明なんだもの。TAEの最中に
は四分割のこれがモニターされていた。でも眼鏡は無い
から細部が曖昧。それが近くで見ると、いや凄いね。
「キレイに写るもんですねぇ・・」。
 肝臓から入れた細いカテーテルの先から、更にう~ん
と細いカテーテルが出ている。血管も全部見えてる。
「いや。息止めが良かったんでしょう」。
 あや?しまった。油断した。ここで来るかよ~。
 身体が曲がりそうだったけど我慢した。いいさ。その
うちに絶対、仕返しをしてやる。
「先生、これが最後に出てたやつですね」「はい」。
 奇麗に薬剤が回って、ヤツは透明になっている。
「一応これで、うまくいってると思います」。
 うん、有り難い。
 本当はここで「さすが」と返したいのに。ちぇっ。

SK病院の日々 72.まともな大人は何処にいる

 子供の頃、大人はみんな立派なんだと思ってた。それ
が自分が大人になる頃には、そうでもないらしい事に気
がつく。で、ついにオッサンになってみると、世の中ト
ンデモナイ大人ばかりだと分かるようになった
「先生、今日のCTは点滴をしなかったんですけど」。
 何を隠そう、僕もそのトンデモナイ大人の一人。
「ええ、細かく見る訳ではないので」。
 実に盛大に嬉しい。数日来のお腹の痛みさえ無ければ
スキップでもしたいぐらい。だって点滴ナシだよ。
 この日がツイテた。もう一つオマケが有ったんだ。い
やあ、どうも何だか自然にニヤニヤしちゃうなあ。え?
そいつは何かって?言う言う、今言う。聞いてくれ。
 ジャーン。今日は採血が、ナシ~。ほ~ら、豪華。
 僕は隔週で病院に通ってる。診察は大体が木曜日。と
ころがその週の月曜日になると、途端に溜め息が出てく
る。そうなんだ。四日も前から採血にビビってる。
「TS病院なんか、朝から点滴ですよ」。
 いくらY先生が呆れたって、こればかりは譲れない。
何たって僕は、立派に注射にビビる大人なんだから。
 それで少し考えた。どうすれば採血が楽しみになる
んだろう。やっぱり、ご褒美かな。
 いつも診察が終わったら、自分にご褒美を上げるこ
とにしてる。大げさな物じゃない。新発売の清涼飲料
なんかで「うんうん、我慢して偉かったね」ってね。
 だから忙しい処理室のカーミラたちが応じてくれる
かどうか分からないが、一度は頼んでみようと思う。
「あの、このアメ玉。一個、預けておきますから、採
血が終わったら診察券と一緒に渡して下さいね」。
 きっと変なオッサンだと思うんだろうな。

SK病院の日々 73.それぞれの刻

 越中おわら風の盆。胡弓の音に伴われ、辻流しの盆踊
りは町の外れまで祖霊を送り、病も災いも送り出す。
 山鹿灯籠踊り。一夜、祖霊の寄り付く紙灯籠を頭上に
戴いて、盆の輪踊りは無常の刻を祈りに紡ぐ。
 そうして人は、受け容れ難い現実とも共存してきた。
「お、Sさん、ゼリーが付いてるよ」。
 兄ヤンが無邪気に喜んでる。これもやっぱり、病院に
折り込まれた祭りの刻か。まあ、そんなに大層な物じゃ
ないけどね。ここはたった、ゼリー一個の祈り。でなけ
りゃ、重湯に混ざったご飯粒のかけらかな。
「わ、お粥だよ、おい」。
 患者にとって病院は非日常。だから祭りの刻が至る所
に遍満してる。医者は何も心配する必要はない。患者の
方で勝手に現実と共存するんだもの。
 あ~らら、いい匂い。腹を減らした誰かがキツネうど
んにお湯を注いだ。夜中に見舞い客はないから、これは
内科の患者なんだろうな。
 Hさんが普段は閉めない病室の引き戸を、そっと閉じ
た。向かいの個室で亡くなられた方がある。悲しみを残
す家族のために静かな刻を。それでも、夜が明ければ新
しい朝が来る。
 家業の豆腐屋が嫌いで詐病遣いのT君が、病院中を歩
き回っている。回診の時はあんなにお腹が痛いのにね。
お母さんが嘆くよ、T君。もう、お家に帰ろうね。
 Y先生の意識が俯いていた。何か想っているらしい。
大丈夫。先生の胸の中には貴重な明るさがある。
 M内先生が遠い目をしていた。また佳い女を発見した
ね。どうかそれが、切ない恋でありますように。
 と、これは僕の祈りの刻でした。

SK病院の日々 74.実感の達人

 二十五年前。大阪は泉大津の銭湯の前のパン屋さん。
そこで風呂上がりの牛乳を飲みながら、人の人生が変わ
る瞬間を目撃した。
「あの写真は、お爺ちゃん、とこの息子さん?」。
 僕の連れが訪ねたのは額縁に入った軍服姿の遺影。そ
れが鴨居に二つ、並んでいた。
「ああ、そうや。こないだの戦争でな」「お子さんは、
二人だけやったの?」「外にもまだ兄弟がおったんやけ
どな、あんな時代やったからなあ・・」。
 ふっと爺ちゃんの目が柔らかくなった。
「兄ちゃんとこは、子供はいてへんのか」「いやあ、食
べていかれへんね」「そうかあ」。 
 それから、微妙な間があった事を憶えている。
「そやけどな、子供は子供の食べる物を持って生まれて
くるさかい、心配することないでえ」。
 世間では良く使われる言葉だけど、その時は不思議に
ただの常套句には聞こえなかった。それは爺ちゃんの身
から出た呟きみたいに、本当に自然だった。
 実感から出た言葉は人を動かす。論理じゃない。結局
それで彼の人生も変わったんだから。その後、大阪から
届く年賀状には家族の名前が一人ずつ増えていった。
 「OZさん、いいなあ・・」。
 う~ん、よくぞ言ってくれた。嬉しいねえ。この先に
は「何となく、楽しそうで・・」との言葉が続く筈だ。
僕はそいつを聞きたかったんだな。アリガトね。
「あら?これ、だいぶ腫れてきてますねえ」「点滴?」
「ええ、右の方に換えましょうか?」「あ、はい」。
 参った。ふっと気がついたように言うんだもん。敵の
番付は相当に高かった。僕なんか、フンドシ担ぎだ。
 

SK病院の日々 患者列伝一 ウナギの死体

 隣でぶつぶつ声がする。夜中に内科へ運ばれてきた患
者は、当初は数値が測れないほど血糖値が高かった。
「うん?あれ・・?どこだあ、ここは・・」
 倒れたのは銭洗い弁天の近くの工事現場。仕事上のト
ラブルもあって、つい、止められている酒を飲んだ。
「ったく、あれ、あの、パ、パクの野郎はよ・・」
 パクさんは現場でプッツン切れて帰っちゃった。この
人自身は、埼玉の指扇(さしおうぎ)だ。でも自分じゃ
それが言えない。言語系の思考がどうも縺れている。
「ほら・・。ええと、ゆび。ゆび・・、ウチワ・・」
 それで指扇だとは分かるんだけど、本人が口に出せな
ければしようがない。結局焦れて、ため息をつく。
「あれじゃよう、雨がよう・・。雨がなあ・・」
 まだ現場を気にする辺りは、さすがの親方だ。でもす
ぐに気力が切れる。はあっ、と息を吐く声がする。
「・・ジュース。ジュースがいいなあ・・」
 小物を掻き分け、カチャカチャと吸い呑みを探る。
「籠によう・・。こう、籠に盛った、ミカン・・」
 どうやら蜜柑が欲しいらしい。糖尿なら喉も渇く。
「え・・と、こりゃ、ウナギの・・死体だな・・」
 え?
「ウナギの死体じゃ、しようがねえ・・」
 吸い呑みの置き場を探ってるらしく、カチャカチャと
いう音が続いている。
「ったく、狭っこいなあ・・」
 ガチャンッ、とキーの束と小銭入れが落ちた。
 なるほど親方、江戸っ子だったのか。そりゃ、ウナギ
じゃないよ。
 そういう風に狭いのは、猫のヒ・タ・イ・・。

SK病院の日々 患者列伝二 ホーム・スゥイート・ホーム

 Hさんの事を考えると、僕は切ない。
「うん?OZ・・さん?」
 ほんの少し離れても、Hさんは人の容貌を見定めるの
に苦労しなけりゃならない。去年の暮れに料理人仲間の
店の開店準備を手伝い、それを終えた時に倒れた。
「急に真っ暗になって、見えなくなっちゃったんだ」。
 とにかくパニックだったそうだ。恐怖感で全身が硬直
して、入院時は服を鋏で切って着替えさせたぐらい。
「こう、ね、最初はうっすらと明りが分かる程度。だけ
ど、感激しましたねえ。もう諦めてたから」。
 徐々に、徐々に恢復しつつある。でももう元へは戻ら
ない。点字の学習も少しずつ始めていた。マーロックス
を服用してる所を見ると、多分胃も悪いんだろう。
 Hさんの奥さんは十年以上も前に亡くなられている。
だから入院から三カ月。七沢のリハビリセンターへの入
所待ちの間は、病院がHさんの我が家になっていた。
「いやあ、でも女房の方が先で良かったよ」。
 その言葉だけで、Hさんがどんな人か分かる。
 当初の低下した視力ではトイレに通うのも難しかった
が、事故で膝下から切断した同室の患者に励まされて、
歩数を数えながらトイレに行く方法を身につけた。
 うん、偉いひとだったね。自分だって酷い目にあって
るのに、そうやって人を励ますんだもの。
 だからHさんは、少しでも誰かの力になろうとしてい
た。病室の人たちのことを、いつも気に掛けていた。
「S君。読んじゃったやつだけど、これ読むかい」。
 或る程度の文字の大きさがあればHさんにも視えた。
「あ、でもこれ、ヌードがあったな。高校生か・・」。
「見ます見ます、僕。あ?読みます。読みますよう」。

SK病院の日々 患者列伝三 どっちもどっち

 Uさんは五分おきにナースコールを押す。
「どうしました?」「・・うー、・・あー」。
「今いきまーす」。
 来なくても良いと思うが、そんな訳には行かない。
「氷みず、くれ」「あ、はーい」。
 五分後。
「どうしましたあ?」「・・ううー、・・ああー」。
 で、また看護婦さんが掛け付ける。
「あしー、脚を、擦ってくれ」「こっちですか?」「い
やあ、こっちかな・・」「あらあ?でもさっき、こっち
の脚が痛い、って言ってましたよ、Uさん」「・・」。
 五分後。
「どうしましたああ?」
「・・うううー、あああー」。
 次の日に、戦争世代で我慢強いUさんは、ナースセン
ターの真ん前の部屋に移されていた。
 外科のナースセンターの隣はハイケアになっている。
ICUから一般病棟へ移る前の人や、手術後の人などが
主にクッションされる。
「うわ~ッ!うわあ~ッ!わああ~ッ!!」 
 こちら五分おきに全身で力一杯叫んでる。交通事故の
精神的ショックからだ。本人の怪我は大した事はない。
とにかく声の大きさだけなら、素晴らしい健康さ。
「静かにしなさい!」。
 看護婦さんが患者を叱ることは珍しい。
「わッ!わッ!わわわあ~ッ!!」「ウルサイっ!」。
 これはもっと珍しい。なんせ怒ってる。
 次の日に、遠~く病室から、サイレンみたいな声が微
かに聞こえた。うん、あれは病棟の一番端っこだな。

SK病院の日々 患者列伝四 血は水よりも

 兄ヤンは虫垂炎がパンク。弟ヤンはややこしい病気で
入院が長かった。隣合わせの偶然に「いやあ、兄弟って
のは、面白いもんですよ」と兄ヤン、感慨も深い。
 兄ヤンは還暦だけど、小っちゃいこどもがいる。孫と
間違えられるのがちょっと自慢。若い頃はけっこう悪戯
もして、それもちょっと自慢。口八丁手八丁の苦労人だ
から、年寄から昔の話を聴くのも大好き。世話も好き。
 四十代独身の弟ヤンは、兄ヤンとは反対に穏やか。兄
ヤンの先妻の子たちにも慕われてる。静かなタイプだけ
ど、気が合えば割合に良く話しはする。でも兄ヤンの居
る所では、お喋りは兄ヤンに任せ切り、それで兄ヤン、
幾らか本気で弟ヤンは無口と思ってる。
 「弟さん、思ったよりも話しをするじゃないですか」
と兄ヤンに誰かが言うと「ああ、そうですよ。あれで結
構Sさん(兄ヤンは弟ヤンをそう呼ぶ)話すほうですか
ら」と返すが、それもどこかで「口下手な弟のかわりに
俺が言わなくちゃ」って感じがある。何しろ自分がいな
いと弟ヤンが困るだろうと、そうマジで信じてる。
 さて退院が決まり、兄ヤンは二人で一緒に家に帰るも
のと決め込んでた。先生からは許可も出てるし、それ
も頷けた。でも弟ヤンには、ちょーっと、事情がある。
「Sさん、どうする?俺、帰っちゃうぜ」。
 弟ヤンはどうもはっきり返事をしない。
「なによ、寂しそうな顔してんじゃん。え、Sさん」。
 はしゃいでいる兄ヤンは少ししつこい。
「どうする?ほんとに一緒に帰んなくて、良いの?」
 兄ヤンは弟ヤンを分かっていない。
 兄ヤン、もう許してあげな。弟ヤンはこのナースセン
ターに、淡い思いが残っているんだよ。

SK病院の日々 患者列伝五 フグは食いたし

 死ぬのは怖い。そうは云いながらも、フグのよる中毒
の記事が時折り新聞に載る。食通ぶる向きによると、毒
を含む肝を少量ちり鍋に混ぜて、爪楊枝で舌先の痺れを
確かめながら賞味したりもするらしい。
「禿げるくらいは、いいです」。
 肝臓の状態が悪いNさんは、インターフェロンの投与
について先生と話し合っている。但しそれで本当に脱毛
が起きるのかどうか、僕は知らない。
 『ウルトラマン・ガイア』が大好きなNさんには、保
育園に通う可愛い女の子がある。だから、自分の命は家
族の物だと思ってる。そんな人は病気には屈しない。
 命を私有しない人は強い。反対に、誰かに(男なら、
母親とか妻とかに)依存して生きてきた人ほど病気には
弱い。自分自身にも向き合えず、絶えず死を怖れる。
「え、どうなってんだ」。
 ㏍さんは頻繁に看護婦に怒る。
 確立した自己がない人は、自分のテリトリーから引き
離されただけでもパニックを起こす。その上に、
「なんかこれ、取れちゃってんだけどよ」。
 取ったのは自分なんだけど、自己が弱いから責任を引
き受けられない。で、それが逆に言葉を強くする。
 こんな人の配偶者には共通のパターンが有る。まず、
妻なのか母親なのか区別がつかない。自己を確立しない
ままに結婚して、結局、母親と女房が換わっただけ。
「お父さん、退院したら何が食べたい?」
 だからさ、優しくて良い奥さんなんだな、これが。
「うーん、フグの季節は終わっちゃったしよ・・」。
 待った。いいフグがある。絶対お薦め。アンディ・フ
グの〈踵落とし〉を、ぜひとも食って欲しいね。

SK病院の日々 医道外伝二 旋回舞踊の彼方

 舞踏家、土方巽は「舞踏とは命がけで突っ立った死体
である」と言う。土方の言う死体とは、自らの身体の来
た場所を指しているが、舞踏家の中には文字通り、その
ままに突っ立つことをした者たちもいる。
 始原はいつも同時に究極でもありえた。舞う、とは回
ることであり、舞踊の原型は聖なる非存在を中心に、踊
り手が周囲を回ることから始まる。
 未見だが、ポスト・モダンの舞踊手ローラ・ディーン
の「スピニング・ダンス」は、三十分ほども単純に回転
し続けると云う。それは世界軸を芯に廻る輪舞の固化で
もあり、自己に重なる世界軸との融合は、演劇的なカタ
ルシスを意味した。つまり、舞踊はそこに誕生する。
 或る時、舞踏家は静止した。動かない〈物体〉である
こと。それは日常の身体から切り離され、自己が聖化す
る瞬間の発見でもあった。それが原初の旋回よりも、さ
らに深化した「個と絶対との場所」なのだ、と。
 でも本当はまだ、深化できる。つまり、ぐるり廻って
日常の身体こそが、舞踊そのものになる時。それには日
常から身体が抜き出され、分節化されることが絶対の命
題でもある。でなければ舞踊は即座に終わった。医療の
本質もまた同じ。日常の身体こそは、治療そのもの。
 医療の原型は擬死再生の呪縛儀式にある。病んだ個の
肉体を、聖なる非存在に委ねる時、癒しは生まれた。 
 歴史家にして著述家、P・ヒューズは呪術を「宗教的
信仰と儀式の、ごく初期の段階の形骸が退化したもの」
と定義し,WASP的な間抜けぶりを露呈したが、確か
に呪術とは儀式でもある。だが同時に、呪術構造を持た
ない宗教も存在しない。つまりヒューズによって否定さ
れない神と宗教とは、人が神を所有する、ただの暴力装
置でしかない。それはまさに、WASP的だろう。
 悪態は措く。
 もう一度。治療とは日常の身体にほかならない。西医
の追求したものは微小の時空を指向し、究極は停止した
時空に治療の因子を求める。
 僕はレントゲン画像に病巣を写し取られたし、いずれ
はDNA操作で発病のメカニズムを改変する時代もある
だろう。だがそれは〈物〉として、日常から切り離され
て立つことでしかない。
 治療とは聖なる非存在であるし、医療とは非存在へ差
し伸べるその手でもあった。そして極微の時空は同時に
永遠の〈今〉として、道の彼方へも通じた。
 はあ、疲れた。
 要するに、そんなに難しいことじゃない。〈今〉を生
きれば良いだけのこと。
 明日は明日の風が吹く。が、明日の風は、今日は吹か
ない。吹く風はいつも今日の風だし、概念の中の明日に
振り回されなければ、治療はいつもここにある。
 じゃ、なぜ治療するのか。それが問題だ。そいつは舞
踊の喉に突き付けられた命題とも、きっちり重なる。
 抜き出された日常。或いは分節化された日常。もしも
劇的な時空がフレーズを持たないとすれば、それは自閉
症的な絶対存在であり、舞踊もそこからは生まれない。
では、日常が日常のままに抜き出されてある、とはどの
ようなことか。ここまで来ていながら、僕は苦しい。
 答えはある。でもそれは、簡単で、理解が難しい。 
 医は道でもある。この道とはもちろん、タオイズムの
道ではない。まして倫理や物理法則や宗教でもない。
 さあ、難しいぞ。日常に立ち返る身体とは、何か。 
 それは〈治療の今〉を〈治療の今〉と、知ること。
 

SK病院の日々 医道外伝三 采女の

 父の怒りを買い、ナチケータス少年は死の王ヤマに身
を布施される。カーカタ・ウパニシャッドは少年の、死
と存在についての問いにヤマ王が答える形で綴られる。
サーンキヤ哲学の骨格を為すこのウパニシャッド(奥義
書)は、同時にヨガの背骨であり仏教にも通底した。
 死の王ヤマとは閻魔さま。リグ・ヴェーダには双子の
妹ヤミーの求愛に背を向け、死の道を歩み去ったヤマの
歌が記されている。最初に死を歩んだ者が死の王になる
のは各種の神話の定型だが、ここでは死を識る者が存在
の秘奥を語る所に工夫があった。で、要は医者だ。
 どうしてそんなに暗い目をするの?
 明るく接してくれている先生方も、笑顔の背後はとて
も複雑。だから医者には酒が必要なのかな。僕は先生方
が、とっても可哀想だ。
 医とは本来、医者に属するものじゃなかった。それは
医者と患者との間にある。なのに先生方は、医療と患者
とをしっかり背負い込んじまう。それじゃあ、いかにも
思いでしょうに。背中も曲がるぜ。
 一対一の狭間に存在する医という時空を、一対多に置
き換えてしまったら、そりゃ当然、苦しい。心の弾みも
躍動する感性も、尽きることのない患者の列、無限数の
闇の遭えば、まず消える。だからそれ、間違ってる。
 誰も無限の慈愛は持ち得ない。患者全てに一対一で接
することなど、初めから不可能。そんなことをすれば、
あっという間に感性も仁慈も擦り切れてしまう。だから
先生方は自分の心に負けて目を伏せる。お気の毒。それ
じゃあどうすりゃ良いのさ、って?そいつは、簡単。
 踊躍念仏の聖、一遍智真は「人を病する病なし」と言
う。「そんな筈ぁねえだろ」と普通は思う。でも、これ
が本当なんだな。 
 解脱とは〈そのまんま〉にあること。家元制度宜しく
修行者に階梯を振ったり格差を付けるのは、御本尊が何
も解ってない証拠。それでも修行を強弁するのは、ただ
の欲惚けだろうな。医者の中にも欲惚けはいるけど。
 采女の 袖吹きかえす 明日香風
  都を遠み いたづらに吹く
 万葉集だが、これが医だと言ったら、怒るかなあ。
 カッコイイ采女の袖を、風が吹き返している、とそれ
だけの歌。都は遠く遷り、明日香の風は、ただ空しく吹
いている。そんな歌。でもね、この風は只の風じゃあな
いんだ。なにしろ時空を渡って吹く風。これがつまり、
医でもある。その風は一つの風だから、どれほど患者が
押し掛けても、医者は常に一と一とでいられる。
 つまり、こう。医者が向かい合うのは患者や〈病態〉
ではない。まして存在もしない〈病〉などではない。ナ
チケータス少年が得た答と、その風とは同じもの。全て
の人の背後に、風は吹いている。医者がそのことを知れ
ば、患者は自然に病から離れる。これを治療と謂う。
 100mを9秒台で駆け抜けるスプリンターも、一方
ではそれだけの速さでしか走れない鈍足に過ぎない。百
歳の長命もただ百歳に過ぎず、昨日と同じ自分には戻れ
ない以上、患者にとっての治療とは、別な自分への変身
に他ならない。ほら、簡単な話になった。
 医者とは生き方を表す言葉で職業じゃない。その生き
方とは、触媒のようなものだろう。触れて、変える。患
者に風を吹き込む。医者はその風を見ていれば良い。
 いま死んでいく人にも、ちゃんとに治療はある。それ
が分かるとき、医者の手は初めて癒しの手になる。
 目を伏せなくても、弾む気分で生きて行けるね。

SK病院の日々 医道外伝四 心に歌を

 看護婦さんが上機嫌で『だんご三兄弟』を歌ってる。
僕が入院していたのは『だんご』で世間が騒がしい頃。
兄ヤンが退院して一人になったM島の弟ヤンも、珍しく
鼻歌なんか歌ってる。良い事があったんだね、弟ヤン。
 病室は共有の空間だから、それぞれの気遣いが有る。
無作法に高音を張り上げるのも良くないし、歌もナシ。
だけど本当は病人にこそ、歌が必要なんだ。
 心に歌を抱いている人はすぐに分かる。その人の身体
の中を、視えない風が流れているんだもの。そんな優し
い風に吹かれたら、不安も悩みも消えて行くね。 
 例のカルト教団のオットセイ親方は、余りヨガの事を
理解していなかった。なのに教団という関係の中で生き
ようとすれば、教祖を演じ続ける外はない。ここでも、
人は社会性の生き物なのが現れている。
 〈離す〉ように見えて実は〈固執〉する。だから彼ら
の用語の〈出家〉も、良く見れば家を出た訳じゃない。
それまでの家を出て、教団という名の別な家に閉じ籠も
る。要は新しい家族の構築だね。オットセイがハーレム
を作るようなもんだ。
 彼らの歌に対するセンスは、極端に悪かった。確かに
プロの歌手だって、心に歌を抱いてない人は多い。でも
あの尋常じゃなかったオンチ振りは余りに異常。身体か
ら根こそぎ歌が消えたとしか思えない。行動も自閉症治
療のドラマ療法みたいで、他者の存在が見えなかった。
 〈出家〉はその場でも出来る。〈解脱〉もまた到達点
ではなくて、今、この場所に存るもの。何も難しくはな
い。それを知るにはただ、心に歌を抱けば良い。生半可
な禅坊主みたいに眼を剥き出して、「不立文字」と大声
を上げる必要もなかった。
 やれやれ。
 ともかく、論理では人は動かない。我を我と思う心も
含めて、ただ実感だけが人を動かす。だから歌なんだ。
でもこの歌とは、カラオケなんかじゃないよ。
 室町の『閑吟集』では、「五千余軸迦人之小歌也」と
この歌を云う。つまり五千部の大蔵経も釈迦一代の小歌
だと。遡る鎌倉時代、一遍は「山川草木、ふく風たつ浪
の音までも、念仏ならずということなし」と云った。
 一遍の云う念仏とは南無阿弥陀仏の名号のこと。これ
は義、つまり論理ではないし、往生も義ではない。
 難しい事は止めにしよう。要するに、森羅万象に歌
を聞ける人の身体の中には、優しい風が吹いている。
     魂との対話(加藤一朗訳・パピルス写本)
   死が 今日 私の前にある
   病む人が 治ったように
   病癒えて 外を歩くように
    死が 今日 私の前にある
    じゃこうの 香のように
    風の日 帆陰に座る時のように
   死が 今日 私の前にある
   蓮の花の 香のように
   盃の傍らに 座った時のように 
    死が 今日 私の前にある
    澄み切った 空のように
    胸の 開かれるように
   死が いま 私の目の前にある
   長い 囚われの のちに
   家路を あこがれるように
 四千年前のエジプトにも歌があった。この歌には、優
しい風が吹いている。

SK病院の日々 医道外伝五 メヴレヴィーの末裔

 イブン・スィーナー(アヴィセンナ)は患者の身体の
背後に見えざる神を見ていた。『医学典範』も『治療の
書』も、神を透視する眼力がなければ著わせない。多分
医師の術は〈癒やす〉ことにではなく、人の背後の〈癒
える〉力に働きかける、そのことにある。そして人体を
司る法則と原理を透視すれば、神は必然的に見えた。
 では、この人たちは何を透視しているんだろう。僕の
遇ったその人たちは、実に不思議な目をしていた。
 超音波エコー室。そこは潜水艦の中じゃないけれど、
何だか水の底のいるような青い感じがしていた。もっと
も日本的感性では青という色は黒だ。それに死の世界の
闇を表現する色でもある。けれども僕はそこに闇が満ち
ていると感じた訳じゃない。ただ、ディスプレイへの照
明の映り込みを防ぐためにだろう、仕切りのカーテンは
暗幕のように黒かった。その部屋に、不思議な目をした
人たちがいた。
 当時、酸欠状態の僕の脳味噌は、せっせとシナプシス
の組み替えに励んでいた。思考の脈絡は遥か銀河の彼方
までブッ飛び、シスの暗黒卿のフードを捲ったりしてい
る。でも、その人たちの気配に触れた時、僕はハイパー
ドライブに入ったように現実の静けさを取り戻した。
 この人たちを、僕は識っている。
「はい、息を吸って・・。はあい、そこで止めて・・。
・・はい、息を吐いて、ラクにして下さい」。
 超音波発信ブローペを滑らせながら話しかける声は、
半分は僕に、半分は違う場所へ向いている。
「はい、もう一度息を吸って・・」。
 医師はいつも、患者の姿をした〈病態〉の投射映像に
向き合っている。だから言葉が患者に向いたとしても、
思考は影像へと向かっていた。意識の正中線が全て患者
へ向きっぱなしになることなどは、多分、ない。
 でもエコー室の人たちは、それとも違っていた。
「・・はい、いいですよ」。
 そう言った途端に、ふっと気配が変わった。モニター
にポイントするマウスの動きは同じでも、今度は明らか
に何かが違う。それは実に、はっきりとしていた。
「じゃ、息を吸ってみて下さい」。
 お。最初のまなざしに戻っている。
「・・はい。いいですよ」。
 それ、それだ。さっきと同じ変化が起きた。
 なるほど・・。そういうこと、か。
 それは瞑想者が技術者に変身する瞬間だ。僕の感じた
懐かしさとは、そのまなざしの距離にある。
 もともと瞑想とは、認識を認識のままに〈放りっぱな
し〉にしておくことにある。それには意識の集中が、無
意識のままの集中へと深化する必要がある。エコー室の
人たちは、それと良く似た作業をしていた。
 最初に無限遠を指して二本の走査線が延びる。ブロー
ペとディスプレー画像。交差する地点は僕の体だ。それ
を今度はモニターが存在する現実の場所まで引き寄せて
くる。画面と意識距離が一致すれば、非存在を透視する
神秘主義者が一瞬にして技術者へもどる。クリック。
 対象としての患者の身体、知覚媒体としてのエコー装
置、そして両者の結合による認識としてのディスプレー
画像、その三点が、瞑想者の目を生んでいた。
 そこにはバーチャルに住む危うさもある。が、いつの
日か二本の走査線の運動を逆転させ、無限の彼方を観る
者が出ないとは限らない。スーフィー(スフの布を纏う
人たち)の末裔たちは、意外な場所にいた。 

SK病院の日々 

SK病院の日々 

時は1999年世紀末。ノストラダムスに予言された人類滅亡の日が目前にせまり、 中田がセリエAで目覚ましい活躍をしていた頃。 癌患者である僕の神奈川県鎌倉市にあるとある病院での日々の出来事。 体力と気力の問題もあり、一話原稿用紙一枚以内の縛りを設けています。

  • 随筆・エッセイ
  • 中編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-07-07

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