椎茸

椎茸

茸不思議小説です。縦書きでお読みください。

 仕事が忙しく過労のためでもあったのだろう、八度の熱を出して寝込んでしまった。今日で三日目になる。幸い熱をだしたのが土曜日なので、会社は休んでいない。しかし、熱こそ下がってきたが、頭がぼんやりとして、まだとても仕事に行く気にはなれない。今日は寝ていよう。枕もとの携帯をとって、風邪であることを会社に電話をした。
 九時になると、家内が私の身の回りの面倒をみて、「お昼にはお粥ができているので暖めて食べてください」と、仕事に出かけていった。スーパーのレジのパートである。二時には交代して戻ってくる。。
 テレビをつけるのも億劫である。だが、こういう風に昼間から寝っころがって、天井の木目をじっくりと見るのは久々で、なにか新鮮だ。木目がいろいろな物に見えてくる。隣同士の板に同じようなところに節目があり、あたかも、入道の目のように見える。そういえば、子ども頃、天井板をみていて、ぞくっと怖い思いをしたことを思いだす。小さい時はなかなか想像力が豊かなものである。
 この家は亡くなった両親が残してくれた。昭和の初め頃建てられたもので、天井も板で葺いてある。もうかなり疲れた家ではあるが、父親の木への拘りの造りである。
 そんなことを考えながら、何気なく天井の板の目を見ていたら、節のところが膨らんで柄が延びてくると傘が開いた。よく見ると椎茸である。椎茸が生えてきて、天井からつる下がっている。あれ、と思うと、その隣の節も膨らんで椎茸になった。そのうち、天井一面に節から椎茸が生えてきてぶら下がった。天井一面に椎茸がつる下がっている様は見事なものである。また熱が出てきたのだろうか。おでこに手をやってみたがさほど熱くない。幻覚か。
 腋の下に体温計を挟んでみた。体温計は七度二分を示した。まだ熱はあるようだ。天井を見ると、まだ椎茸はつる下がっている。熱のせいで椎茸が見えるわけではないようだ。気持ちははっきりしている。それにしてもこんなことが現実に起こるわけはない。本当に椎茸がぶら下がっているのか、」触ってみればいいわけだ。ちょっと立ち上がってみた。身体がふらつく。椅子の上に登るのはあぶない状態だ。家内が帰ってくればはっきりする。
 と思って、また横になると、真上の椎茸がスポッと音を立てて落ちてきて、私の鼻の頭を直撃した。そんなに痛くないが、びっくりして、心臓がパクパクしている。そいつは枕元に転がった。手を伸ばして捕まえようとすると、するっと逃げた。
 なまいきな椎茸である。布団から起きあがって四つん這いになって、茸をつかもうとしたら、頭の上に二つも椎茸が落ちてきてぽこぽこと当たった。僕は頭を引っ込めてまた布団に潜り込んだ。幻影なんかじゃない。いや、やはりおかしいのだろうか。
布団から、顔をだすと、天井を見上げた。茸が落ちた節から、また椎茸が生えている。ぽとりぽとりといくつも落ちてくる。
 床の間を見ると、床柱から椎茸が顔を出した。おやじが自慢していた黒光する桧の柱である。
 天井には無数の椎茸がぶら下がり、時々ぽてっと落ちてくる。
 布団の上や周りは椎茸だらけになった。床の間の柱も茸で鈴なりになり、ポロポロと落ち始めた。一つ手にとって見た。やっぱり椎茸である。
 なんだか、熱が上がりそうだ。
 時計を見ると、もう二時になる。三十分もすると家内が帰ってくる。この様子を見るとなんと言うだろう。
 玄関に近づく足音が聞こえた。家内が帰ってきた足音である。と、天井や柱に生っていた椎茸が一斉におっこちてきて、畳でごろごろしていた奴らと一緒に、玄関に転がって行ってしまった。
 まさか、家内に悪さをしようってんいうじゃないだろう。
「ただいま、あー、どうしたの」
 玄関から素っ頓狂な声が聞こえた。やっぱり茸の奴らがかみさんに何かしたんだ。
 家内はどたどたと寝室に入ってくると、
 「あんなにたくさんの椎茸だれが置いてったの」
 と、寝ている僕を見下げた。
 僕はしらばっくれた。
 「椎茸って?」
 「玄関に山盛りの椎茸が新聞紙の上にあるじゃない」
 椎茸のやつら新聞紙を敷いてその上に乗っかったんだ。ずいぶん行儀がいいじゃないか。
 「寝てたからわからない」
 「そう、誰かしらね、あんなにたくさんの椎茸食べきれなわね、随分新鮮よ、お隣にもお裾分けね、それにしても誰かしらね、あなたは熱下がったの」
 「だいぶいい、七度六分」
 家内はキッチンに行った。
 「お昼食べなかったの」
 「うん寝てた」
 「これから食べる」
 「うん、お腹がすいている」
 「そう、でも明日も会社どうかしら」
 「だいじょうぶだよ、食欲はでてきているし、夕ご飯は普通でいい」 
 「それじゃ、椎茸料理を考えましょう」
 家内はお昼のお粥をあっためてくれて、寝床にもって来てくれた。
 私がお粥を食べていると、家内は家の中のことを始めた。僕はテレビのニュースをつけて、寝たまま横目で見ていると、今日は天気がいいのに、雷がいろいろなところに落ちたと言っている。このあたりでは雷の音は聞こえなかった。
 「今日ね、雷がピカピカ光ってたわよ」
 かみさんが台所から声をあげた。
 「でも、音は聞こえなかったよ」
 「そうなの、音なしの構えなの、スーパーの前のアパートに落ちて、ぱーっと、アパートが光ったわ。でも、中にいる人も気が付かなかったって」
 「ほう、珍しいこともあるものだ」
 雷は茸を育てると言うことを聞いたことがある。だいぶ前だが、椎茸の原木に電気を流して椎茸の成長を促す農家がテレビで紹介されていた。
 うちにも雷が落ちて、天井から椎茸が生えたのかもしれない。
 「あなた椎茸の天ぷら無理ね」   
 「いや、大丈夫だよ、食べたい」 
 ということで、夕ご飯は、椎茸の煮物、それに椎茸の天ぷらとなった。
 「天ぷらもっと食べたいな」
 「胃も弱っているのよ、元気になったら作ってあげる」
 「残った椎茸どうしたの」
 「お隣さんにもあげるし、冷蔵庫に入れておけば少しは持つわ、でも誰が持ってきたのかしらね」
 「いつか言いに来るよ」
 「そうね」
 その日はそんなことで一日が終わった。

 次の日はだいぶ熱も下がり、もう寝ていなくても大丈夫の状態になった。しかし、会社は休み、居間でテレビを見ながら、ぶらぶらすることにした。家内がパートに出かけて、しばらくすると、寝室のほうで、ぽたぽたと音がする。のぞいてみると、また、天井の板や、大黒柱。木でできた額縁からも椎茸が生えてぽたぽたと落ちていた。それは、お昼ごろに終わり、私は急いで、椎茸を空き箱につめた。
 その日の夕食も椎茸の天麩羅が出た。熱が下がったためであろう、とても美味しく感じた。
 「この椎茸、本当に新鮮で美味しいわ、くれたの誰だか分からない?」
 「いや、わからないな」
 あくる朝、私は久しぶりに会社だ。いつもの時間に昨日落ちてきた椎茸の入った箱を持って、会社に出た。土産にするのだ。その日、家内はパートがない水曜日である。
 会社に行くと、机の上に、未処理の書類が二枚たまっているだけであった。
 「係長、もう大丈夫ですか、インフルエンザじゃなかったのですか」
 「うん、インフルエンザじゃないようだった。もう熱も下がったよ」
 「よかったですね、インフルエンザで休んでいる人が二人もいるのですよ」
 新人の女の子が声をかけてくれた。
 「これ、田舎で椎茸作っている人が送ってくれたんだ、沢山あるからもってきた。新選で美味しい椎茸だ、みんなで分けてくれないか」
 と家の寝室で採れた椎茸を机の上にだした。
 「ほんと、大きさもそろっていて、おいしそう、わたしいただいていこう」と、その部屋にいる仲間がみんなで持っていくことになった。
 「係長さん、国は群馬ですか」
 「いや、僕は東京の生まれだが、親父は群馬の出でね、親戚があるんだ」
 それは嘘ではなかった。
 その日は、二枚の書類に目を通し、判を押して、新たにきた書類を見て終わりであった。楽な一日であったのは病み上がりにとって、とても助かった。多いときには一日に百に近い書類の検討が必要であった。
 そんなことで、家に帰ると、家内が目を吊り上げて、
 「あなた、だまっていたでしょ」
 と声を荒げた。
 きっと何かあったのだ。
 「あなた、家に何したの」
 「何もしないけど、もしかしたら椎茸か」
 「ほら、やっぱり知っていた。あの椎茸も寝室から落ちてきたのでしょう」
 「うん、言っても信じてもらえないと思ってね、昨日も落ちてきたので、会社に持っていって、田舎から送ってきたと配った」
 「そう、それは良かったわね、今日も、こんなに落ちてきた」
 家内は新聞紙の上に山盛りの椎茸を見せた。
 「気味が悪いけど、食べられるし、かなり上等よ」
 「今日はいつ落ちてきたんだ」
 「私が洗濯をして居る時に、ぽとんぽとんと、寝室から音がきこえるじゃない、気味が悪くて、でも、思い切って襖を開けると、椎茸が天井や柱から生えていて、落っこちてくるじゃない。もう、びっくりして、腰を抜かしたわ」
 「どのくらいの時間落ちてきた」
 「二時間くらい」
 「僕が風邪引いて寝て居る時もそうだったよ、最初は天井の板の節目からね」
 「いくつくらい落ちてきたかしら、百じゃないわね」
 「いやもっとあるよ、二百にいくかもしれない」
 「私、スーパーの店長に見せようと思うの」 
 「それでどうするの」
 「お金に換えるのよ」
 うちの家内はそういうことには目ざとい。
 「あなたのお父さんの国、群馬でしょう、群馬は椎茸で有名よ、親戚に道楽で茸を栽培している人がいるって言うのよ、市価の半額でこんなにいい椎茸をおろしてくれるって言うわ、その代わり税金対策で内緒の話ということにするの」
 「大丈夫なのかな」
 「スーパーは生き残りが大変なの、うちみたいに二軒しか出していないところは大変よ、椎茸でも他より三割安で、しかも生きのいいものというと、みんな買うわよ」
 「でもいつまで、寝室の椎茸が生えるかわからないよ」
 「そうね、それは言っておくわ、いつまで採れるか分からないと言っとく、一時的でも、それ目当てに客が来てくれれば恩の字よ」
 「そのへんは任せるよ」

 ということで、椎茸は毎日山盛りに落ちてきて、その椎茸は家内のスーパーの目玉商品になってしまった。
 店長は出所をきちんと調べるわけでもなく、家内が持っていく椎茸をその値段で買ってくれた。家内は椎茸貯金を始めたのである。椎茸は他の高価な上等な椎茸と比べても引けをとらず、値段はその三分の一である。
 さて、その椎茸はしばらくたつと寝室から生えなくなり、居間の天井から落ちてくるようになった。部屋は変わっていったが、一年経っても、二年経っても落ち続けた。そして、五年も経ってしまったのである。今では台所の木の部分から椎茸が生えてきていた。 
 家内はそのスーパーの野菜の責任者になっている。いろいろ勉強したようで、他の野菜の仕入れや、管理の方法など、専門家はだしである。我家で採れる椎茸は飛ぶように売れた。何処で採れたのか怪しまれることもなく無事今までやってこれた。
 ところが、六年が過ぎたころである。最後の部屋となったトイレも終わり、今は縁側の梁から落ちてきている。しかし、そこから採れる量も減り始めた。すべての部屋から椎茸は生えてしまったことになる。ということはもう終りだろう。
 家内はスーパーには群馬の親戚のほだ木がだめになってきていると言って、断りを入れてある。店長はそれではしかたがない、他の目玉を考えておいてくれと、家内に言ったそうである。
 「あなた、どうしよう、何かないかしら」
 「そうだな、東京じゃ、思いつかないな、お前の生れの長野じゃ、どうだ」
 「そうね、私の実家は農家じゃなかったし、友達もほとんど農家じゃないわ」
 「林檎がいいだろう」
 「そうね、友達に聞いてみようかな、もしかしたら知っているかもしれない」
 その会話がそうをこうした。友達の友達が始めた、無農薬リンゴのことを知ることができた。ちょっと形が悪く出荷できないものを安くだしてくれるという。無農薬であり味もよい。
 少し安いだけだけどどうでしょうと、店長に言うと、一円でも二円でも安いのならいいじゃないか、しかも無農薬という旗印がある。そりゃ堀だしものだよ、と、良い方向にすすんだ。
 それから椎茸は時々、気まぐれに一個か二個飛び出してくるだけになった。それでも夕食の膳をにぎわしてくれた。冷蔵庫にたくわえておけば数日鮮度が保たれる。お客さんのときにも美味しく出すことができた。

 十三日の金曜日、パートから帰った家内が家の中を探しても、全く椎茸が落ちていなかった。
 家内が仕事場の私に電話をかけてきた。
 「この五年間で全く椎茸が生えなかったのは今日がはじめて、何かおきそうな感じ」
 「何が起きるっていうんだい」
 「わかんない、どう、明日、どこかの温泉にでもいかない、あさっての日曜日、祝日と重なっているから月曜日も休みでしょう、明日でかけて二泊三日の旅、スーパーはお休みとれると思うけど、どうかな、椎茸貯金がだいぶ貯まっているわよ」
 家内は椎茸を売った代金をすべて貯めていたのだ。これで何回か温泉にいけると前々から言っていた。
 「そうだな、思い切って行くか、どこに行く」
 「群馬の温泉は」
 「もっと遠くへ行こうよ、せっかくだから」
 「それじゃ、北海道は」
 「そうしよう」ということで、家内が駅の旅行業者に出向いて、調度キャンセルであいたという北海道二泊三日の旅を申し込んだ。
 次の朝、添乗員さん付きで、北海道の旅に発った。
 十勝温泉に到着して、美人の湯に入り、大広間で、なかなか美味しい夕食を食べている時であった。宿の人が大広間にあった、テレビにスイッチを入れた。
 地震速報という字が大きく画面に映し出された。
 どこかで、地震だとあまり気にもせずに美味しい蟹をつついていると、
「あなたあ、大変」
と、家内が私の目をテレビに向けさせた。
「あ」
一緒のツアーの人たちもみんな、テレビに釘付けになった。
 東京が震度5強の大地震に見舞われていたのだ。しかし、ほとんど火事が起きておらず、崩れた家もあるが、大半は持ちこたえたか、一部欠損であった。
 我家も古い家であるし、心配だが、造りはやわではないはずであった。
 添乗員さんが、回ってきて説明をした。早くお帰りになりたい方は飛行機の手配をいたしますが、飛行機が東京に着陸できるかどうかまだ分かりません。後で、皆様のご希望を聞きに参りますので、今は、お食事をお楽しみください。ということであった。
 私のほうは両親はもういないし、兄弟はいないので特に連絡をするところといったら会社しかない。会社に電話をしてみると、守衛さんが出て、会社の入っているビルや周りのビルは特にすごい破損はないということであった。家内の両親は長野におり、無事を知らせた。さて、家内には家の近くに友達が沢山いる。家内がその一人に電話をかけたところうまい具合につながった。
 電話の相手は、我家のはす向にある、マンションの住人である。マンションや、我々の家の周りの一戸建ての家は、瓦が落ちたりしたところはあるが、火災も起きず、大丈夫だということである。ところが、最後の彼女の言葉で、家内は唖然としたのである。
 「いいにくいけどねえ、あなたの家だけ、ぺしゃんこなの、本当にペシャンコなの、でも火はでてないわ、帰ってきたら声をかけて、お手伝いするから」
 であった。
 家内と私は、添乗員さんにすぐ帰りたいと申し出たが、その夜は無理ということになり、翌朝に何とか手配をしてもらった。静岡の飛行場に行き着き、動いていた東海道線で小田原に出て、小田急で新宿に出た。電車から見た感じでは、あれだけ大きな地震があったのにもかかわらず平静な感じである。
 すごいもので、地下鉄も動いていていた。ともかく、午後には家に帰りついた。ただ、我家だけぺしゃんこになっていた。
 家内の友達も顔を出した。
 「大変ね、私、お宅が壊れるところ見ていたの、地震を感じてすぐ外に出たのよ、そうしたら、お宅がふあーっと、崩れ落ちていったの、スローモーションみたいによ」
 周りの家はちょっと傾いたり、壊れたりしているところが見受けられるが、しっかりと立っている。両隣の奥さんもでてきた。
 「たいへんねえ、何かできることがあったら言っててね」
 ということで、われわれは、家内のいとこのマンションにとりあえず置いてもらうことにし、市役所やいろいろなところを駆け巡って、家の片付けに追われた。壊れた家の木の部分はスカスカになっていて、シロアリの被害よりひどい状態であった。だから、壊れてしまったようである。しかし、どうしてそうなったのか、わからないと専門家が言った。
 だが、家内は私にそうっと「椎茸が養分を全部吸い取ったのよ」と言った。
 そうかもしれない。
 その後、家内は「でもね、全壊には地震保険がでるし、国の援助も得られるの、ちょっと壊れただけでは雀の涙しかでないのよ」
 と晴れ晴れとした顔をして言った。
 「椎茸がね私たちを助けたのよ、新しい家が建ったら、椎茸を奉った神棚を作りましょう」とも言った。
 やり手の家内は、本当にそうしたのである。
 こうして、今、真新しい木でできた家に住んでいる。前の家に負けないほどしっかりした木の家である。壊れた家を整理して居る時に、父親のものがいくつかでてきた。それには、この家を作るときのことが書いてあった。前の家の木は群馬から取り寄せたもので、強くするために、椎茸のエキスを前もって塗ったとあった。
 それを見た家内は新しい家の木にはマツタケのエキスを塗っとくのだったと悔やんでいるのである。椎茸が知ったら怒るかも知れない。

椎茸

椎茸

我が家の天井から椎茸が生えた。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-07-05

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