I can see for miles and miles…
I can see for miles and miles…
Aは孤独な男だ。
しかし、回りは彼を順風満帆でいて、愛に溢れていると感じていた。
彼は他人から好かれる。誰にでも優しく心身に振る舞うし、彼女にたいしても、サドなSEXなど求めない。
彼女はAと結婚し同じ墓に眠るつもりである。
割かし綺麗な女であるし、性格も悪くない、Aも彼女を愛してはいたし、結婚することは当然であり、式には多くの知り合いが来るであろうと考えていた。
幸せな男なんだ、本当に。
しかし、Aは何かパズルのピースがひとつ足りないような気がしていた。そして、そのパズルが完成しないことも理解している。
しかし、未だに幼稚じみた夢を見る。緑のオーロラのカーテンをすり抜けながら空を飛ぶ、そしてオーロラの女王と男女の関係になる。
もちろん、彼は知っている
オーロラは肉眼では緑に見えない事を。つまりなんというか、彼は心に空洞があるにしても、上手くやっていける人間なのだ。
数日前、彼は行きつけの喫茶店に行った。古びた煉瓦で出来た苔むして緑の外観の喫茶店。
いつも通り、タバコを吸おうと思っていたが、席に灰皿はなかった。エプロンの下に黒いポロシャツを着た、女性店員に声をかけた、彼女は振り向き、特に急ぐこともなく、コッコッと鈍い音の鳴るスニーカーで 席に近づいてきた。
「灰皿もらえるかな」
彼女は一様申し訳ない素振りで
「申し訳ないのですが、ランチタイムは全席禁煙になりまして」
「後、30分は吸えないわけだ」
「申し訳ありません」
「いや申し訳なくはないよ、待ちますから。取り敢えずナポリタンとアイスティーもらえるかな?」
「お待たせしてすみません。ストレートで宜しいですか?」
"甘くて酸っぱいレモンティー"
昔、そんな歌があった。紀元前の民謡だ。
「ええ、ストレートで」
「少々お待ち下さい」
窓の外を眺めると、乳母車を牽いた、若い女性が右から左に流れていった。
ふっと、後ろで会話が聞こえた。老婆の声とさっきの店員の声だ。
「申し訳ありません」
「仕方ないわよ、今時タバコなんてね」
なんというか人生は寂しい。時間はただただ過ぎ去る、誰も悪くないが、時には誰かを攻めたくもなる。
自分自身の容量は、とうにパンクしているのだから。
喫茶店にはモンローの古い写真が飾られているが、昨今、マリリン・モンローは下らない陰謀論の的に成ってしまった。
誰も彼女の歌声も吐息も知らない。
I can see for miles and miles…