砂糖菓子の告白

(むずかしいはなしを、しているあいだは、おやすみ)
 先生、というにんげんが、ある日、とつぜん、砂糖菓子となり、みぎうでを、ぽきりと折って、ぼくにさしだして、甘いよ、と言った。塾の、先生で、先生といっても、まだ大学生の、ひとだった。砂糖菓子、なので、先生の、折れた、みぎうでの、ひじの断面から、少しばかりの砂糖が、ぱらぱらとこぼれて、床が、光っていた。甘いよ、とは言うけれど、ひとの、うでを、食べるのは、ちょっと、と思ったので、ぼくは、首を、横に振った。もう、ぼくと、先生だけの、教室の、ホワイトボードが、蛍光灯に照らされて、ますます白さを、増していて、微かに甘いにおいが、するのは、先生の、せいで、ぼくは、一刻も早く、家に帰りたい気分で、でも、うでを、ぽきりと折った先生が、そのうでを、どうするのかを、見てみたい気持ちも、あった。自分で、食べるのか。ふたたび、うで、としてくっつけるのか、からだに。もしくは、ぼくではない誰かに、あげるのか。はたまた、たいせつに、飾っておくのか。
 あたまがいたいのは、先生のせいでは、ないと思う。たぶん。
 きのう、友だちと行った、カラオケで、友だちが歌った曲の、歌詞の、ワンフレーズが、忘れられないで、いた。恋の歌の、よくある感じの、シンプルで、ありふれていて、けれど、平凡がいちばん、しあわせだという内容の、ひとによっては、つまらないと思う、それの、なんだろう、あの、中毒性。
 先生が、砂糖菓子となった、自分の、みぎうでを、残念そうに、さすっている。さするから、表面から、砂糖がぼろぼろと、こぼれおちてゆく。蟻が、やってくるのでは、などと、ぼんやりと思いながら、帰り支度をする。
 ほんとうに、いらない?
 そう、たずねてきた先生に、ぼくは、あらためて、ごめんなさい、と謝った。まるで、告白されて、けれど、丁重にお断りしたような、先生も、好きですと告白して、フラれたような、雰囲気で、ふたりだけの教室の、空気は、重苦しくなった。
 ふいに、あしたになったら、花になりたいと思った。物言わぬ何かに、なりたいと思うときは、ときどきあって、できたら花が良いと、ひそかに祈っていた。先生が、眼鏡を、指で、くいっと持ち上げて、砂糖菓子の、自身のみぎうでを、たいせつそうに抱えながら、教室から出て行った。二十二時だった。
 ねむい。

砂糖菓子の告白

砂糖菓子の告白

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-07-02

CC BY-NC-ND
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