青と水葬
雨上がりの放課後、海岸を歩いていたら珍しいものが目に留まった。
小さな、時代錯誤的なひしゃげた瓶に入っていたのは、一枚の便箋。とても中身が気になった。ボトルメールなんてものは、十数年生きてきた中で初めて見た。コルクでできているらしい栓をなんとか引き抜いて、瓶をさかさまにして振る。そして、水を吸ってすっかり脆くなっているらしい、淡い褐色の紙を破れないようにそっと、細い口から取り出した。湿り気に海の匂いがする。
「あ、これ多分水性インク……」
指先でそっと伸ばした便箋の文字は、すっかり滲んで、かたちを失っていた。歪な漢字はもはや記号のようで、読み取ることができない。
滲んで、形が溶けそうな文字の便箋は、まるで初めから消えることを望んでいたみたいだった。そこにあった静かに並ぶしかない言葉を、最後まで追えなかった。
かすかに湿り気のある空気は。やけに主張の激しい温度は。夏という季節に魅せられて、首筋に纏わりついたまま離れようとしない。
知らないほうがよかったことは、きっとたくさんある。
それがまたひとつ増えた。それだけだ。
あの夏の後悔だけ鮮やかに蘇って、胸の奥底に染みを作って消えた。震える指先で緩く栓をして、波打ち際の青、その向こうまで瓶を投げた。揺れる色、飛沫の音。寄せては返す波間に浸かって、沈んでいくそれを見ていた。
一際強い風が吹く。一瞬の瞬きの後、瓶を見失った。そこには、鮮やかな夏の、青い海があるだけだ。もう帰ってこない。彼女も、その心を綴った便箋も。
それだけだ。
夏の雲が綺麗だったから、梅雨明けの空をずっと見上げていた。
青と水葬