女郎蜘蛛

椎葉あきら

女郎蜘蛛

 匂い立つ艶香をルージュに、闇夜も霞む淑やかなる漆黒をマスカラにした下着姿の女が肉付きの薄い素脚を組み直す姿は、獲物を地獄にいざなって体液を一滴余さず吸い尽くす心算を抱えた蜘蛛女かと見紛う迄に扇情的であった。
 過ぎた高揚に血潮が激しく掻き混ざり今にも沸騰せんばかりの身を二本脚で支えるに精一杯で、此方も下着一枚の姿にして間抜けに彼女を眺めるか眺めまいか、視線を惑わせていれば、彼女はくす、と小さく漏らし、己の背に片手を回す。刹那に弾ける単音。瞬時に紫地に黒のレースが飾られたブラジャーは、左肩紐を残してくったり重力に従った。露わになる成熟した女の実り、肌の色より二段階程彩度を落とした中心部、乳頭はつんと上向いていた。
「ぼうっとしてないで、貴方が下を脱がせて頂戴」
 挑発すら込めた大きな瞬きを僕に宛てられては、逆らう道は此の蜘蛛女が喰らってしまったのだと悟るには充分。一歩、一歩、踏みしめて近付く毎に僕の呼吸は上がってゆく。目配せなんて寄越されて仕舞ったのだからもう終いだ。くれてやる、此の心身など。喰らわれてやる、彼女の思う儘に。
 乱暴に細い肩を両側から掴むや否やと云った急きかたの中で荒々しく唇を奪い、寝台へと力任せに身体を倒させた。場が軋むと同時、息を詰まらせたか、う、と云う呻き声を耳が拾ったが、舌を捻じ込み熱で粘度を高くする唾液を送り込む行為を止める理由にはしてやらない。
 次いで徐々にあちらも呼吸を跳ねさせ始め、ゆうるりとした所作で細腕が僕の頸へ回される。頬が唾液に濡れようと、摩擦で彼女のルージュが僕の舌や唇に移ろうと、決して接吻は解くものか、と躍起一つで夢中になって貪り喰らう。
 否、喰らわれているのは僕の方。間近にて薄く瞼を開かれた瞬間と目線が衝突するや、彼女は僕から注がれた唾液を下劣な音と共に啜る。汗ばみつつある彼女の掌は円を描く様に僕の背中をたった一撫で。イニシアチヴはまだ、私のもの。是等総ての行動にはそう含まれていた気がして、未だ愛撫らしい愛撫も受けていない筈の陰茎に血液がおりてゆく。
 賺さず察知でも出来たのだろうか、女の膝が弱く僕の股間を押し上げた。そして背を愛でていた掌が、すう、と僕の臀部へ向かって滑り、何の遠慮も見せず覗かせずで着けていた穿き物のゴムを潜る。
「貴方が脱がせないなら、先に脱がせちゃうんだから」
 僕より数倍の余裕が見て取れる微笑、僕の眼を貫く妖艶。然し確かに彼女は頬を薄らと紅潮させ、接吻の余韻であろう些か乱した呼吸も零していた。すっかりとこいつの思惑と云う名の巣には捕らわれている現状ではあるが、此処で一つ悪足掻きでもしてみれば、惨めな喰われ方はされないのかもしれない。僕は下着を弄る手が臀部へ届くより先に、重なる二者の身体の陰に手を突っ込んで野蛮に、彼女のショーツを剥ぎ取る様に下ろした。要求通りの展開を遣ったのだ。暫くは、自由に、させろ。
 女の裸体と云う馳走を眼前にし、獰猛と化さない訳も無かった。半端に引っ掛かっていたブラジャーをも奪い去って後方に放り投げるや、女の乳房を片手に揉みしだきつつ退屈そうな逆側の乳頭には強く吸い付いた。あん、と短い啼きを放つと共に彼女の背がシーツから浮く。マナーの欠いた貪り方だとの自覚は有ったが、あちらも満更でもなさそうで、脚の間に位置する僕の腰に膝を擦り寄せて甘えたふうな、或いは其の先を催促する動きを見せている。
 口を付けていた突起、ぐるり舌先を乳輪に辿り沿わせたのち、唾液の跡をぬらぬらと残しながら其れを鎖骨へ、喉へ、唇へと滑らせてゆく。僕も大概に欲深い方かもしれないが、女だって負けちゃいないだろう。其々の湿度を持った双者の視線が卑猥に絡まる直後、彼女は僕の頭を強く抱き寄せて僕の散らかりがちな呼吸を塞いだ。
 接吻へ夢中に落ちるより先に彼女の顔の隣に肘をついている側とは対にある手で己の下着を脱ぎ捨てるや、此方の具合はどうだろうかと彼女の恥部を筋に沿ってなぞり上げた。するとどうだろう、くち、と小さな水音と共に指腹には愛液らしき粘りが付着した。早く此処に突き入れてしまいたい。最奥まで何度も抉って共に性感の頂へ昇り詰めたい。僕の中に棲む獣の部分が望みを訴えるも、人間である思考を持つ僕は、女の股間でゆったりと開き始める湿り気を帯びた花へと指を潜り込ませた。
 存外其処は何の抵抗も示さず僕の指を根元迄、少しずつ、少しずつ。また先をいざなうように熱い内壁は侵入を積極的に呑み込もうとしている様にすら思う。
 膣内で指を鉤の字に曲げてみると、「ひっ」と上方で高い声が迸り、性器を弄る僕の手を制しようとしてなのか強く膝を合わされてしまう。きっと触れたのは彼女の気に入りの場所で、ともすれば寄せられた白い膝も力任せに割り開いてやり、更なる刺激を与える選択を手にしないで居られるものか。
 膣内上壁を刺激する度に淫猥な粘音が混ざる。そうしている間には彼女は耳まで真っ赤な顔を両手で覆い隠しつつ断続的な悲鳴を上げては全身を痙攣させ、僕もまた此の女の秘部を求める雄の象徴は大きく隆起していた。
「ねえ、……んっ。ねえ、っもう、早く頂戴」
泣き声によく似た喘ぎの隙間から、眉下がりがちに顔面を火照らせた女はねだった。秘部を弄る僕の手首を掴み、彼女の姿に依って頭を擡げた陰茎を握らせるように運びながら。実の所、要求を飲まずして居られる程の余裕は僕に存在していなかった。だから、亀頭を、彼女の肉花弁の間へ、愛液の泉へと、ゆっくり、ゆっくり、埋め込んで。
 陰茎が深みを知れば知るほど彼女の声が高揚を露にするのが愉快でならず、間髪置かずに僕は腰を打ち付け始めた。抜き差しに伴って甲高い嬌声を惜しげも無く迸らせる彼女は髪を振り乱して親指をしゃぶりながら首を横に振ってはいるが、肉体は正直と云ったところだろうか、あの細い脚は僕の腰回りに巻き付けられ、規則的運動の深さや角度を知ろうとしてくる。其方がまだそのような余裕があるのなら遠慮や気遣いなど破り捨てたって構わないだろう。乱れるなら共に、獣と化すなら共に、だ。
 腰を使えば肌の衝突する音と寝台の軋みがこれでもかと鼓膜に主張をしてくる。無論、女の喘ぎ声だって一員。其の中には僕の荒い息遣いも混ざっている。相手が僕の背中に腕を回し、爪を立ててくるので最奥を狙い着いてやれば、肩甲骨のやや下辺りが引っ掛かれたのかちりりと痛んだ。僅かな刺激さえ、今の僕には興奮材料だ。或る種の催促なのかもしれない、ならば応えてやるまでだ。陰茎で膣内を荒らす力をより乱暴にし、僕と女とを絶頂に追い遣り、導いてゆく。全身で僕にしがみついていた彼女はいよいよ限界に達していたらしく、運動を続けていた僕の汗が垂れ落ちた顔は過ぎた悦楽による苦悶に歪んでいる。
 何度目かに渡る最奥を突き上げた刹那。彼女は一層高く、まるで断末魔かの啼きを上げた直後、ぐったりと手足を寝台に投げ出した。次いで僕もまた幾許も動きやしない内に、性器を包む肉壁に搾り出されるかのように精液を放ったのであった。
 部屋中に二人分の拍が整わぬ呼吸が散らかっている中、暫し僕等は見詰め合っていた。いつも初めは蹂躙されるのだから、彼女は蜘蛛で、僕は餌だと思っている。然し事を終えた直後だけは、此方が女を捕食した気分にもなれる、のだ、けれど。
「貴方とのセックス、とっても美味しくって好きよ。ずうっと、私に喰らわれていなさいね」
 嗚呼、そんな台詞を口にする所だ。だから僕は何処までも被捕食者であり、彼女は何処までも蜘蛛女のような蠱惑さを纏っているのだ。



女郎蜘蛛 完

女郎蜘蛛

女郎蜘蛛

妖艶に僕を喰らおうとする彼女はまるで。

  • 小説
  • 掌編
  • 成人向け
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