愛し恋
※BL作品ですので、苦手な方はご注意下さい。
私自身が中学から高校へ上がる頃に書いていたお話です。ガラケーのデータが吹っ飛ぶ前にこちらへと、手直しを加えつつ移植中です。笑
【お知らせ】
「再会②」初っ端からちょいエロありますので、苦手な方はご注意を。
「再会③」更新しました!! ※若干センシティブな内容を含みますので、苦手な方はご注意を。
プロローグ
『レンくんとカナタくんは本当に仲良しねぇ』
幼稚園の頃、先生達は僕等を見ると決まってこう言った。そして僕の右手をぎゅっと強く握りしめながら、恋も決まってこう返すのだ。
『オレ、大きくなったらゼッタイカナとケッコンするんだ! な!? カナ!』
満面の笑みを浮かべる恋とあの日の約束を、今でも僕の脳は鮮明に記憶している。いつだって、瞳を閉じればあの笑顔が瞼の裏に映し出される。耳を澄ませばあの時の無邪気な声が聴こえてくる。
そんな純真だった恋は、成長するにつれてどんどん大人びていった。見た目も、考え方や行動も。それに比べて僕は何もかもが子どもで、埋まらない2歳差への焦りと置いていかれる不安ばかりを募らせていた。
そんな悩める春の日だった。
『愛大、100歳まで一緒にいような』
今思えばちょっと笑ってまいそうな告白。だけど僕にとってはどんな言葉よりも嬉しかったし、幸せになれる魔法だった。だからずっと一緒だって、絶対離れないって僕も心に誓ったんだ。
なのに、どうして裏切るんだよ。
アンタ、最低だ。
告白から半年が過ぎたくらいから、恋が僕を妙に避けるようになった。
そして、見てしまったんだ。1番見たくないものを。
あの頃僕が、もっと大人だったら恋のことをちゃんと理解してあげられたのかもしれない。けれどやっぱり僕はまだ幼過ぎて、それ以上に……恋と向き合って自分が傷付くのが、怖くなった。
だから嘘を吐いた。
夏を迎える準備の為に雨が降り続く湿気の多い時期に、僕は恋との関係に終止符を打った。
好きだった恋も、自分も騙して。
僕は、もっと最低だ。
それから程なくして、恋は何も言わずにどこかへ引っ越した。
兆し① side Kanata
「はぁ……やっぱデカイな」
周囲の反応など構いもせず呟いた僕が、ここ蘇芳学園に足を踏み入れるのはこれで2度目になる。
1度目は外部入試の当日だった。あの時は一応それなりに緊張していたので気付かなかったが、こうして平常心で見るとこの学園が平凡な学生生活を送るにはいかに似つかわしくないかが伺える。
校門は無駄にエレガントだし、そこから昇降口までの距離はやけに長いし。
おまけに校舎はまるで英国の古城風とか、意味分からん。
そんな訳で晴れて今日から通うこととなった我が学び舎は、附属の幼稚園・小学校・大学まである中高一貫の私立高校だ。
中等部までは一般の学校と同じような教育課程だが、高等部からは少し特殊なコース分けがなされる。国内外の名門大学進学を目的とした特別進学コース、一流のスポーツ選手を育成するトップアスリートコース、既に芸能界や華道・茶道・絵画などの多岐にわたる分野で活躍している者専門の文化芸能コースの3つ。
その為、集う生徒の大半は超ド級セレブのご子息ご令嬢ばかり。
どうしてそんな学校に僕みたいな一般ピープルが血迷って入学したかと言うと……。
『カナちゃん、悪いんだけど高校は蘇芳じゃないと認めないからね』
ニコリと微笑む母の無責任な衝撃発言。
『いや、母さん蘇芳はちょっと、レベルが……』
『大丈夫よ! カナちゃんの成績なら。それにお母さんね、学ランはもう見飽きちゃったから蘇芳の制服を着て欲しいの。冬服は蘇芳色のブレザーで格好良くって、夏服は爽やかな白が基調で素敵なのよぉ。きっと似合うわぁ~』
目を細めてうっとりとした表情で想いを馳せる母に、もう反論する気力すら奪われた。
それにあの、レベルっていうのは金銭面の話なんだけどね。
とも言えなかった。
何を隠そう、この着せられている感が半端ない母ご所望の制服と通学カバンの値段がえげつない。どこぞの有名クリエイターがデザインしているとかで、学園で身に着けるもの全てがやたらと高額だ。
それを一式新品で揃えたのだから、大変な金額になっている事はまず間違いない。
他にも一般の学校では考えられない行事のおかげで出費がかさむと、風の噂で聞いた覚えがある。
決して貧乏ではないが大金持ちでもない。これから馬車馬のように働かされる父が哀れでならなかった。
まぁ父の今後はさて置き、校内までの道程を思いっきりビクつきながら歩いて来た僕はセレブ生徒達から訝しげな視線を向けられていた。
スゴい嫌だ……完全に場違いじゃん。
そんな小言は心の奥にしまい込み、はぁ……と今一度ため息をついてから覚悟を決め教室を目指した。
◆❖◇◇❖◆
入学式直前特有のざわつく教室に到着すると、僕の存在に気付いたクラスメイト達のおかげで更にざわつきが増した。
というのも、この学園の外部入試は難易度が非常に高く僕のような外部生は相当珍しい。
もはや珍獣扱いだろうな。
しかも大多数の生徒は附属幼稚園からの幼なじみな上、高等部のクラス分けは1年次から一律で基本的に変わることがない。
大まかなクラス分けはA・B・Cクラスが特進コース、D・Eクラスがアスリートコース、F・Gクラスが文芸コースとなっていて、そこから各コース別に成績優秀者から昇順で細かいクラスへと割り振られる。
先程から何故こんなに学内事情に詳しいのかと言うと、僕が困らないように色々と吹き込んでくれた情報通な母のおかげだ。
程なくして現れた担任の先生が簡単な自己紹介を行った。その後、廊下へと整列してAクラスから順に会場である大講堂へと入場し、入学式が始まった。
式次第通り何事もなく順調に進んでいたが新入生代表者の名前を進行役の先生が口にした途端、今度は講堂内の全校生徒がざわつきだす。あれが噂の特待生か、と。
「新入生代表挨拶1年A組、宮津愛大」
「はい」
噂の何とやらは、僕。
特待制度で学費が免除されれば我が家の金銭的な負担を少しでも減らせるだろうと軽い気持ちで猛勉強をした結果、外部入試史上歴代最高点を叩き出してしまったらしい。
そして光栄にも新入生代表挨拶に抜擢された訳だ。
ざわつく中、どうにか大役も果たし無事入学式を終えた。けれど、このセレブ集団の中で噂になってしまった一般ピープルが幸か不幸かは……。
今は考えないことにしよう。
大講堂からまた教室へ向かう途中、クラスメイト達は生徒会長挨拶を副会長が代わりに行ったことを何故かしきりに残念がっていた。
教室へ戻ると、残りの時間はLHRだ。
担任は僕の前に座っていた生徒がいない事には触れず、副担任の紹介をしている。体調不良だろうかと考えていたタイミングで、隣から声をかけられた。
「なぁ。もしかしてアンタが外部入試歴代トップの特待生? えーっと、名前は確か……カナちゃん!」
横を見れば茶髪で童顔な生徒が、入学式ほとんど寝てたんだよね〜と無邪気に笑いかけてきた。
僕も人のことを言えないほど童顔だが、やはりそこは流石セレブ。童顔なだけではなく、はっきりと整った目鼻立ちからは華やかさが滲み出ている。いわゆる美形と言うやつ。
「うん、まぁそうみたいね」
どこでツボったのかは分からないが、高らかに笑われた。
「何だソレ!? 自分のことだろ? あたし、神城聿流。呼び捨てで良いから。ヨロシク!」
ベリーショートの髪と荒い言葉遣いで勘違いしそうになった事実を、フランクな彼女なら受け入れてくれる気がして正直に打ち明ける。
「こちらこそ宜しく。てか、初対面なのにごめん……一瞬男子かと思った」
「失礼だな! ホントに! ま、あたしにとって性別とかってどうでも良いことだし。それにもう言われ過ぎて慣れっこ」
そう笑い飛ばす聿流は恐らく僕なんかよりずっと男前だと確信した。
それからは担任の視線を軽く受け流す聿流の一方的なマシンガントークに圧倒されていた。だが、隙を着いて気になっていた素朴な疑問をぶつける。
「今更だけどさ聿流、入学式前と席違うよね?」
「マジで今更だな。あたし目が良いからさ、葉山と席変わったの」
そう言いながら聿流が指し示す方を見ると内気で真面目そうなメガネの男子生徒が一番前の席に大人しく座っている。彼の雰囲気からして、恐らく強引に替わったのだろう。
そんなこんなでいつの間にかLHRも終わっていた。
帰り支度を始めると、途中から教室に入って来た保護者達の中で一際盛り上がっている集団の中心人物が僕の名前を呼ぶ。
「あ! カナちゃん♪ママこれから皆さんと親睦を兼ねてランチに行くけど、一緒に来る?」
セレブ集団の中にいても、圧倒される事の無い母である。
「う~ん……僕は遠慮しとく」
「そお? 残念ねぇ。じゃあ気を付けて帰るのよ。お昼ご飯は冷蔵庫の中にあるからチンして食べてね」
一瞬寂しそうな顔をしたがすぐに切り替えた母は、セレブな親御さん方数人とご機嫌で去っていった。
その状況を呆気に取られた様子で見ていた聿流だったが、早々に正気に戻り率直な感想を述べる。
「うわぁ、嵐のようなお母さん。しかもカナちゃんと顔そっくり」
勘違いして貰っては困るので補足を付け加える。
「顔だけね。性格は父親に似て地味で質素だから、僕」
「自分で言って悲しくない? それ」
「全く」
「あっそ。ま、けど外部生の保護者っていつもだいたい浮いちゃってて大変そうだけど、全く心配なさそうだな」
「母さんコミュ力の塊だから。いや、もはや権化かもしれない……」
「間違いないわ」
二人して激しく頷きつつ、帰り支度が完了したカバンを持ち上げる。すると聿流が顔を覗き込んできた。
「やっぱもう帰るの? 部活見学も行かないんだ」
一般の学校と同じように入学式後に授業はないが、多方面への人材育成を目的としている校風の為、部活動は普通に行われている。
「うん。別に入りたいものも無いし」
僕自身スポーツは好きだし、中学時代だってサッカー部に入るぐらいには得意だった。けれどそれも、色々あって途中からは俗にいう幽霊部員となっていた。
少し眉間にシワが寄った僕を、不思議そうに見ていた聿流だったが、あ! と何かを思い出したように切り出す。
「じゃ、ヒマでしょ? ちょっと付き合って」
可愛い笑顔を浮かべてはいるが腕を組む力は女子とは思えない程凄まじく、ほぼ強制的に引きずられながら教室を出た。
「なぁ聿流、どこ行くの?」
「ん〜? たぶんアイツあそこに居るだろうから。まぁついて来なよ。あ、ついでに校内も案内したげるからさ♪」
アイツって誰ぇ〜? と聞きながら聿流の後に続く。
◆❖◇◇❖◆
そうして行き着いた先は何やら洋風な両開き扉の部屋。教室ではなく部屋と呼んだ方が正しいと思うのは、きっと僕だけじゃ無いはずだ。
デカい扉の上には"生徒会室"の文字。聿流はノックもせず堂々と入っていく。慌てて後を追うと、そこはもう学校とは思えない場所だった。
何? これ。生徒会室? もう教室の域越えてんじゃん。広すぎ……。
入って直ぐ目に飛び込んできたのは、見るからに高級そうなソファーとテーブル。その奥にはこれまた高級そうなデスク。生徒会長用だろうか。
大企業の社長室かよッ!?
そんなツッコミが口をついて出そうになったが、どうにか飲み込んだ。
冷静を装いながら観察を続けると、部屋の壁はすべて本棚で埋め尽くされていることに気が付いた。ここまでするのなら、図書室の存在意義は果たしてあるのかと考えさせられる。
教室の造りでさえ普通の学校より豪華で落ち着かないのに、もうこうなるとため息しか出てこない。
「あぁっ! やっぱここに居た!」
部屋を物色する僕を他所に聿流は目標を発見したようだ。声がした方へ振り返ると、さらに唖然とした。
なっ、ま、まだ奥があるのか? もう怖いわッ!
奥部屋のドアを開けっ放しで聿流が誰かに声をけている。どうなっているのか怖いもの見たさで、聿流の元へと近づく。そして中を覗いて、一瞬パニックになった。
「っ!」
ありえない。ベッドがある。しかも結構大きい。
この心の声が漏れ出ていたなら、きっと激しく棒読みだったであろう。
問題はベッドのサイズなのだが、キングに限りなく近いクイー……。いや、ダブルだと勝手に思い込むことに決めた。
スケール違いすきだよ。もうムリ。ツイテケナイわー。
胸中で百面相している僕のことになど気にも止めず聿流は、ベッドで寝ている誰かに声をかける。
「セツー。雪ちゃーん。……おい、雪っ! いつまで寝てんだっ! 起きろよ!」
寝ている生徒を揺さぶり起こす。少しの間の後に唸るような声が聞こえてきた。
「……聿流、うるさい。静かにしてよ頭痛いんだから」
相手はとてつもなく不機嫌な反応だが、聿流の辞書に容赦という文字の記載はないようだった。
「頭痛いなら、保健室行くか早退しろよ。"レン"さん来ても知らねぇぞ! シメられても助けてやんないからな!」
"レン"
僕にとって不穏な名前が耳の中でこだまする。条件反射のように顔色が変わったらしく、さすがの聿流もそれには気付いた。
「ん? カナちゃん大丈夫? 顔、真っ青だけど」
「ちょっと気持ち悪くなっただけ。大丈夫だよ」
ベッドから起き上がった雪と呼ばれる生徒が目も合わせずに言い放つ。人を寄せ付けない冷たい空気感を漂わせて。
「……誰? 部外者は立ち入り禁止」
聿流とはまた違った、と言うより真逆の儚げな童顔美形だ。漆黒の髪が真っ白な肌によく栄えていて、そのコントラストが冷たい雰囲気をより一層引き立たせていた。
「そんな言い方すんなって! あたしが入れたの。宮津愛大、噂の特待生だよ。そんでカナちゃん、コッチは同じクラスの舞園雪」
彼の様子など一切お構いなしに聿流が説明をしてくれているので、僕も思い出した事で援護する。
「あ、確か僕の前の席の子だよね? 入学式終わってから教室にいなかったから、体調悪いのかなって心配してた」
「!」
原因不明の気持ち悪さを拭いさろうと必死に喋る僕の顔を、何故か驚いた様子で雪がじっと見つめる。すると彼を覆っていた冷たさがスっと消え去り呟いた。
「宮津、愛大」
「うん。雪くん、これからよろしく」
更に聿流の明るい声で場が一気に穏やかになる。
「そっか! 2人席前後じゃん。雪、途中からバックれてたのによく覚えてたな、カナちゃん」
「いや、入学式前めっちゃ綺麗な髪の子が座ってるなぁ~って思ってたからさ」
しかし穏やかな空気はまたすぐに打ち崩された。
「お前等、この部屋で何してる?」
この声にその場にいた誰よりもビクついたのは僕だろう。
「げッ! ほら言わんこっちゃない。恋さん来たじゃん!」
「ここは俺のプライベートルームだ」
最後に聞いたあの日より幾分か大人びてはいるれけど、馴染み深い声。かつては大好きだったこの声を聞き間違うはずがない。顔を確認しなくたって誰だか分かる。
「入室を許可した覚えは───」
相手もこちらの存在に気が付いたようで、言葉を切り僕の名を呼ぶ。
「……愛大?」
とっさに耳を押さえ身体を丸めてしゃがみ込んでいた。異変に気付いた聿流が近寄ってくる。
「……イ……だ」
声が掠れて、泣いていた。
「ん? カナちゃん、もう一回───」
聿流の問いを遮って泣き叫んだ。
「嫌……だ。 嫌ッ! 何で……」
ナンデアンタガココニイルッ!?
最後まで言葉を紡ぐことなく、僕はそこでフッと意識を失った。
兆し② side Ren *
グラウンドに桜の花びらが舞い散るこの季節は、常に梅雨が近付いているのだと意識してしまい嫌悪感が一際増す。何故かと問われれば、たぶん、あの日を思い出してしまうから。
そう、あの雨の日。
涙ぐんだ瞳の愛大から紡ぎ出された別れの言葉に、心臓が停まるかと思う程の衝撃をうけた。
以来、俺は雨が嫌いだ。
「んっ。レン、最近……何か変っ」
「うるせえな。テメェは黙って腰振ってりゃいいんだよ」
「ゃん! ああ待ってぇ、ハッ───あ、ん」
下から突き上げてやる。そうすると馬鹿みたいに良い声で啼く。
昔から、誰とだろうがセックスしてる時に脳裏に浮かぶのは愛大の顔。アイツが後ろに突っ込まれて喘いでるのを想像しただけで、何回でもイける。
愛に、会いたい。
考えているうちヒナがイったらしい。俺の上で、ぐったりしている。
「俺より先にイくなんて良い度胸してんじゃねぇか 」
汗で額に張り付いた前髪をかきあげながら言ってみるが応答はない。
日向要。コイツに愛大の面影を重ねて抱くようになったのは、こっちに引っ越してきてから直ぐの事だった。でも、いくら顔や体格が似ていても性格は全くの別物だ。対極に位置していると言っても過言ではない。
静と動で例えるならば、愛が静でヒナが動といった感じだろうか。
取り留めもない事を考えていると、ベッドサイドの携帯が音を立てる。目に映りこんだ着信表示で瞬時に委えた。
“蘇芳成海”
出たくなければ出なければ良いときっと誰もが思うはずで、もしその誰かががそう助言したならば適切だ。実際自分の頭にも毎度過ぎっているし。
けれど俺はまだ、この着信を拒否する権利を持たない。
「はい」
『とっくに入学式は始まっているが、何をしている?』
矢継ぎ早に言われたが、想定内だったので返事に困る事は無かった。
「用事が済んだので今から向かうところです。そちらこそ式の途中ではないのですか?」
しかし、何を血迷ったのかくだらない質問をしてしまう。我ながら幼稚だ。返ってくる答えなど分かりきっているのに。
『お前と違ってきちんと自分の責務を果たして退席した所だ。その旨も随分前から伝えてある』
呆れたような物言いに、ついムキになってしまう。
「それはつまらない事を聞いてしまいましたね」
『本当につまらない。まぁ良い、話がある。理事長室まで来なさい』
無駄な足掻きだが、一応抵抗してみた。
「今から挨拶があるのに、ですか?」
『何の策もなしにこの時間までウロウロしているのか? お前は』
「いえ、間に合わなかった場合は奉日本に任せてありますが……」
『ならば問題ないだろう』
恐らくこの人の鶴の一声で、俺が入学式を欠席したとしてもお咎めはない。
「ですが、やはり自分が入学式に出ないのは如何なものかと」
だが、そんな加護は受けたくもないのだ。
『構わん』
意味の無いやり取りに、受話器の向こう側から威圧感が伝わってくる。
「電話で済ませられない用件なのでしょうか?」
『だから呼んでいる』
これ以上の異論は認めない口調に屈するしかない自分が腹立たしい。でも、その怒りのやり場はどこにも無い。
「……分かりました」
携帯をポケットにしまうと同時に、ヒナに埋まったままのソレと乱れた服を素早く綺麗にしてからベッドを降りる。足早に保健室を出ようと、ドアに手を掛けた瞬間。
───ガラッ
「! っと、恋。や〜っと見つけた。大講堂で姿見えないから校内中探し回ったのに……こんな所に居やがったか」
現れたのは男女問わず格好いいと人気な学園の名物保健医、矢尾英来。
「もうそろそろ生徒会長挨拶だぞ」
「今から行くつもりだっんですが、理事長から呼び出し喰らったんでそれ所じゃなくなりました」
「あーぁ、なるほどね。相変わらずの傍若無人っぷり。……ん? 何だお前、顔色悪いぞ。珍しく風邪か?」
額に触れようとした手をバシッと叩き落とす。
「痛ってぇ!」
粗末な扱いに思わず声を上げたものの、怒る気配のない英来さんは少しは手加減しろよと笑いながら小突いてきた。しかしその手は少し赤みを帯びている。
「すみませんね。自己防衛は手加減するなと教わってるんで。じゃ、失礼しました」
「いってら~。って、あれ? つか保健室に用事があったんじゃねぇの?」
突然の英来さんの登場で、どうしてここに居たのか一瞬吹っ飛んだが聞かれて思い出す。
「あ……。奥にヒナ寝てるんで、あと頼みます」
「はあ? 何言ってんの……まさかお前! ココ使うなってあれだけ言っただろうがッ!」
逃げ出した保健室からの聞こえてくる叫び声に、腹を抱えて笑い倒してやりたかったが、どうしても重苦しい気分に掻き消されて駄目だった。
なるべく顔を合わせないようにしている人物が待つ場所へ足を運ばなければならないのだから。
◆❖◇◇❖◆
気付けば理事長室の前に立っていた。
無心で歩いて来たので、瞬間移動でもしたのかと思う程だ。
決まってここで深呼吸してしまうのは、緊張を紛らわす為のものではない。
───コンコン
ノックすると質の良さそうな木の音が廊下に反響した。一拍置いて中からどうぞと言う声が聞こえて、俺は憂鬱な気分でドアノブを捻る。
「失礼します」
部屋に入ると重厚なデスク上に置かれた大量の書類に目を通している男が、こちらを確認すること無く言葉を発した。
「今からまた海外出張なんだ」
言うまでもないかもしれないが先程の電話の相手、蘇芳成海だ。この学園の理事長にして、様々な分野で幅広い事業を展開し世界にその名を轟かせている蘇芳カンパニーの現総帥。
そして、紛れもない俺の父親。
血縁関係上は。
何せ俺は蘇芳恋になっても尚、この人を父親だと認識していない。どう足掻いたってその事実は変わらないというのに、自分でも呆れる。
「そうですか。お気をつけて」
「思ってもない事は言う物じゃない」
この、全てを見透かしているというような目が気にくわない。
アンタに俺の何が分かる?
「……それで、用件は何ですか? わざわざ呼び出すくらいですから出張報告をしたかったわけじゃありませんよね」
さっさとこの場から立ち去りたくて早口になる。
「ああ。この間の話だが、留学先は決まったか? まだなら私が手配しておく」
またその話か。
「先日お話した時と気持ちは変わっていません。今年ではなく、このまま蘇芳の大学に進んでその4年間の内に留学するかあちらの大学を改めて受験するつもりです」
俺の返答に冷たい表情を向けてくる。
「早くから留学しておいて損はない。国外の大学受験を視野に入れているなら尚更有利になるだろう。日本なんかにいるより余程勉強になる」
うるせぇなあ。いちいちロを挟むなよ。
心の声が漏れ出そうになるのを必死に抑えながら、あくまで冷静さを装った。
「それはそうかもしれませんが、在学中にやっておきたい事があるんです」
「何なんだ、そのやっておきたい事というのは?」
この人に本心を知られたら負けだ。耐え忍んできた3年間が水の泡になってしまう。
「貴方からしてみれば取るに足らないような事です」
「ふん。あくまで答える気はないと」
冷たい表情が更に冷たくなる。それにも最近は慣れてきた。
「何と言われようが考えは変わりませんし、それに自分の進路くらい自分で決めます」
「頑固だな。まぁそう言うとは思っていたが、大学をリストアップしたものだ。気晴らしくらいにはなるんじゃないか」
分厚い書類が入った茶封筒を投げて寄越される。
「……有難うございます。ではこれで失礼致します」
部屋から出ようと踵を返しドアの方へ向かった。
「待ちなさい」
が、呼び止められる。
「まだ何か?」
イライラを抑えながら声を出したが上手くいかず、その言葉に明らかな苛つきを乗せてしまう。
「数ヶ月は日本に帰って来られそうになくてね」
言いたい事はだいたい予想がついた。
「明香莉の命日は来月だったな」
その名前を、気安く呼ぶんじゃねぇ。
「……そうですが」
「もう、墓参りに行くのはよしなさい」
いつかは言い出すだろうとは思っていたので、驚きはない。
「何故です? 供養に行くぐらい当然でしょう」
だがこんな反論などすぐにねじ伏せられる。
「お前はいずれ蘇芳を継がねばならん。否が応でもな。その為にわざわざ私の元へ連れてきたんだ」
そして続けざまに出てきた台詞に、自分の歯を食いしばる音が身体中に響いた気さえした。
「昔のことはいい加減忘れろ」
どうしてアンタに……そこまで指図されなきゃならねぇんだよ!
喉元まで出かかった感情をグッと押し殺して、黙って部屋を後にした。
廊下に響いた扉が閉まる音と自分の足音がやけに冷たくて、林しく聞こえるのは何故だろう。
なんて考えながらゆっくりと来た道を戻っていると、急に可笑しさが込み上げてきた。抑え続けた怒りは限界を超えると別の感情に変わるのだと初めて知った。
「忘れろ、か……。簡単に言ってくれる」
嘲笑しながら呟く。
忘れられるなら忘れてしまいたい。
誰よりもそれを望んでいるのは自分自身だ。けれど、出来ない。出来るはずがない。
幸せだった頃の記憶を手放すなんて。
兆し③ side Ren
お前の過去は全てが幸せな事ばかりだったのか?
と問われれば答えは迷わずノー。
幸福で穏やかで、笑顔に満ち溢れていたからこそ忘れたくない反面、思い出すのも悔やまれるくらい可能ならば頭の中から消し去ってしまいたい程の不幸でも、決して忘れてはならないものもある。
そんな意味でも忘れるってのは簡単じゃない。
特に、雨を嫌いになったもう1つの原因でもあるこの出来事は、ずっと記憶に留めておかなければならないと思っている。
俺が、緒沢恋として生きた最後の出来事だ。
あれは忘れもしない、途切れることを知らない雨粒が降り続く6月の始まり。
愛大から別れを告げられた、あの日だ。
学校から真っ直ぐ帰宅した俺は、酷く落ち込んだ心中など悟られたくなかったので、お袋が外出している事にホッとしたのを覚えている。
傷心のまま自室に籠り数時間を呆然と過ごしていたらしく、玄関からの物音で現実に引き戻された。ふと時計を見やれば間もなく夕飯時だとリビングへ降りるが、帰路に着いていたのは親父1人だった。彼もお袋の行先は知らされておらず、異変を感じつつもきっともうすぐ帰ってくるだろうと待つ事にした。
しかし、お袋はいつまで経っても帰って来ない。
妙な胸騒ぎを覚え始めた俺と親父は土砂降りの中、彼女を探しに出た。声が枯れる程叫んで、ズブ濡れになりながら思い当たる限りの場所を駆けずり回った。周囲の視線なんて気にする余裕もないくらいに。
けれど、結局この夜は見つけ出す事が出来なかった。
翌朝、連絡など滅多にして来ないお袋の実家から電話がかかってきた。
内容は聞かされないまま急いで両親の地元へと向かう。まぁ、親父の緊迫した顔色を見れば只事では無いと容易に察しがついた。
昼過ぎだっただろうか、祖父母が住むお袋の実家へ到着するもやはり彼女の姿はなく、代わりに居た大勢の見知らぬ大人達が落ち着きのない様子で慌ただしく動いていた。あの異様な空気感も未だに印象強く残っている。
そんな中、ようやく祖父の口から事の次第を聞かされた。珍しく訪ねてきたお袋が、昨夜この実家を飛び出して行ったっきり戻らない事。そして、俺達が到着する数分前、近所の人が彼女を発見したという事を。
すぐにその場所へと向かおうとした。けれど、俺だけは残る事を余儀なくされた。
許しが出るまでは外へ出てはならないと厳しく言い渡されていたので、しばらくは大人しくしていた。だが、そんな忠告も虚しく、隙を見て勝手に動き出した俺の身体は、監視の目を掻い潜りお袋の実家を離れていた。
無我夢中で雨の道を走った。昼間とは思えない薄暗さがより一層不安な気持ちを煽る。
発見場所である近隣の雑木林へは、両親と1、2度遊びに来たくらいでそれ程記憶にないのに不思議と迷わなかった。
そうして辿り着いた先、起こっていた事実を目の当たりにした瞬間、親父達が俺を連れて来なかった理由に気付く。何故あんなにも必死になって祖父母や周りの大人達、更には親父までもが止めたのかを。
気付いてから後悔しても、もう……遅い。
お袋はただ単に見つかった訳ではなかったから。
首を吊った状態で、既に息はしていないようだった。
雨に濡れ、だらんとした足先から水の滴る彼女を見つけて、急に訳が分からなくなった。
自分の頬に伝う液体が雨なのか、汗なのか、涙なのか。
自分が何故ここに居るのかさえも。
これがお袋の最期。緒沢明香莉の終りの日。
そうして同時に、緒沢恋も死んだんだ。
◆❖◇◇❖◆
理事長室を出て、物思いに耽りながら宛もなく廊下をひとしきり歩いた。だからだろう、色々な感情や記憶が蘇ってきて無性に外の空気が吸いたくなる。
呼吸の為、海面に姿を現す鯨のように屋上へと出ると丁度入学式が終わったようで、生徒達が各教室に戻っていくのが見えた。
その光景を眺めながら深く息をする。途端、誰に向けるでもない悪態が口をついて出た。
「あ〜クソっ、嫌なこと思い出させやがって……」
「何だぁ? その、ヤなことって?」
いつからそこに居たのか、後ろから聞こえてきた英来さんの声に一瞬驚きつつ、すぐさま無愛想な返事をする。
「別に。何でもないですよ。理事長と話すと息が詰まるんで、新鮮な空気吸ってただけ。英来さんこそ、何してるんです?」
この人は怖いくらい他人の心が読める。だから自分へと向けられる関心を少しでも反らそうした。
「俺? 俺はどっかの誰かさんが置いてった要ちゃんの後始末をキレイにしてぇ、昼飯がてらサボりに来たわけよ」
コンビニ袋を持ち上げて見せながら嫌味っぽく言ってくるのに対し、俺は悟られまいとする。
「あーはいはい。その事に関してはどうもすみませんでしたー」
が無駄だった。
「……恋、お前またおばさんのこと思い出してただろ? 相も変わらずマザコンだなぁ」
図星。何でこの人は顔を見ただけで分かるんだ。
「エスパーかよ」
「ん? 何か言った?」
聞こえているくせに、とぼけた顔をする。
「いや、何も」
「ふ~ん。焼そばパン食う?」
「結構です。てか、食いかけ渡そうとすんな」
「何だよ今更〜。俺とお前の仲だろ〜」
「誤解を招くいい方はやめろ」
先生と生徒間らしからぬやり取りでこちらに向けられた関心を逸らせたかと思ったが、次に彼の口から出た言葉に俺は目を見開いた。
「泣きたい時は泣いた方が良いぞ」
ふざけて言っているのかと彼を見るが、至って真面目な顔をしている。
「はぁ? 冗談じゃない。誰があんたの前でなんか泣くか。アホらしい事言わないで下さい」
「本気も本気よ。なんなら胸貸してやっても良いけど?」
真剣かと思えば今度はニヤリと笑って両手を広げる。
「お断りします。どうせ借りるならもっと華奢な子の方が良い」
「はぁ!? コレでも俺、結構需要あるんだぞ! それになぁ、こういう広くてがっしりした胸の方が包容力半端ないっつの」
まだまだ浅いなぁと言う。いかにも愉しそうに。
でもまたさっきの表情に戻った。
「気掛かりなんだよ。おばさんの葬式ん時もお前泣いてなかったろ?」
「英来さんが涙もろいだけだよ」
心配してくれている。普通の人間ならば嬉しいことなんだろうけど、今の俺にとってはそれさえもただの重たい荷物なんだ。
「そうかもな。でも恋、全部一人で背負い込むな。誰かに頼ったって良いんだ。荷物が重かったら本当に信頼できる奴に半分持って貰え」
また、見透かされたような発言。
あぁ、本当に泣きたくなるから止めてくれよ。
その思いが通じたのか、続け様に掛けられた言葉によってそんな気持ちは微塵も無くなった。
「俺も居るし、悠貴おじさんだって居るだろ」
悠貴……。
俺には実の父親だと信じていた人がいた。
だってその人は、俺が産まれる前からお袋の夫で、俺が産まれた時からは俺の親父で。
中1の時にその人とは血が繋がっていないこと、そして本物の父親が別に居ることを知らされた。それでも俺は“血の繋がりなんて関係ない、俺の父親は緒沢悠貴だけだ”そう思っていた。
けど捨てられた。裏切られたんだ。
「人が悪いな、英来さんも……」
意味が解らないと言う表情に、イラッとくる。
自分を弟のように可愛がってくれる彼をいつも慕って好意の目で見ていたが、今だけは無理だ。
「俺の前で、二度とその名前を口にするんじゃねぇ!」
初めてだった。英来さんに対して声を荒らげたのは。
理事長に呼び出された後で最悪な気分だったから、つい。こんなの八つ当たりに過ぎない。
それなのに、英来さんは笑っている。
「そーそー、それで良いんだよ。俺には気持ちを抑える必要ないから連慮するなっつの。言いたいことがあるなら言ってこい、いつだって聞いてやる」
怒鳴った自分が馬鹿馬鹿しく思えたてきた。
「はぁ、ホント昔っからアンタには勝てないな」
「そりゃそーだろ。なんたって俺はお前がおむつしてる頃から世話してきたんだからな」
英来さんは緒沢家時代の隣人だ。つまりは幼なじみ……と言うよりかは、腐れ縁と言った方がしっくりくるか。
「それはそれはお世話になりました、エーキせんせー」
「やめろッ! そのッ心のこもってない感じはッ!」
くだらない話から一転、英来さんが何かを思い出したようで切り出す。
「あ。そういえばお前さ、愛大と連絡取り合ってんだろ?」
「……いいえ、どうして?」
突然、愛大の名前を出され少し動揺する。
「な〜んだ、じゃあただの偶然か。俺はてっきりお前が蘇芳に誘ったんだと思ってたし」
俺にとっては絶対に聴き逃してはならない発言を、とてつもなく軽い口調で言うから戸惑った。
「ちょ、ちょっと待って。今あんた何かスゴい重要な事をさらっと言った気がする」
焼きそばパンの最後の一欠片を頬張りながら英来さんはやはり大した内容ではなさげに言う。
「んあ? だから、愛大がここに入学してるぞって話。あれ? 恋知らなかったの?」
知らない。
愛大が、この学園に?
「ごめん、英来さん。用事思い出したから俺、先行くわ」
取って付けたような台詞を残して、屋上から校内に戻った。
◆❖◇◇❖◆
どうしても英来さんの言っていた事がにわかには信じられず、とりあえず確認が取れる人物が現れるのを生徒会室で待つ事に決めた。
だが、目的地に向けて足早に進んでいると、先程校内を歩いていた時とは異なり生徒達とすれ違う。そこでようやくLHRも終わっている事に気が付いた。 これは最近の俺では稀に見るテンパり具合だ。
タイミングが悪かったな。
思った通り、教室から出てきた生徒達に一瞬にして取り囲まれた。
「蘇芳会長! いらっしゃってたんですね」
「あぁ」
足を停めずに返事をするが、彼等は気にもせずついてくる。
「皆、会長の挨拶を楽しみにしていたんですよ。もちろん、奉日本副会長も素晴らしかったですけど、やっぱり新入生達は少し残念そうでした」
そう話す男子生徒は意気揚々といった様子だが、こっちはそれ所では無い。
「先を急いでいる、話はまた今度にしてくれ」
「どちらへ? あ、生徒会室ですか? でしたら私達も途中までで構いませんから、ご一緒したいですわ」
今度は女子生徒が目を輝かせて近付いてくる。
「いや、悪いがそういう気分じゃないんだ」
断って前進しても、また別の集団に出会す。とある理由で一部の生徒からこうして持て囃されるのが日常と化してしまった。
最初の頃みたいに、忌み嫌われてた方がまだ楽だな。
幾度となく声を掛けられ、取り囲まれを繰り返し生徒会室まで辿り着くのにやたらと時間が掛かった。
室内へ入ると同時に、人の気配を感じ取った。しかも、話し声の大きさから察して立ち入りを禁止している部屋からだ。元々物置だった一角を改装して俺専用として使用しているのだが。
入るなと何度言えば分かるんだ……。何となく誰なのかは予想できるけどな。
見れば案の定その部屋のドアが開けっ放しになっている。音を立てないよう背中を向ける形で入り口付近にもたれ掛かり、少し様子を伺う。
「そっか! 2人席前後じゃん。雪、途中からバックれてたのによく覚えてたな、“カナ”ちゃん」
「いや、入学式前めっちゃ綺麗な髪の子が座ってるなぁ~って思ってたからさ」
けどすぐに彼等の会話を遮る。
「お前等、この部屋で何してる?」
想定外の聞き覚えのある声と名前を耳にして、心がザワつくと同時に口を開いていた。
「げッ! ほら言わんこっちゃない。恋さん来たじゃん!」
想定内の神城は絵に描いたように慌てふためいている。
「ここは俺のプライベートルームだ。入室を許可した覚えは───」
言いかけて、神城の隣に見える存在へ意識が飛んだ。
胸の奥が漣を立てる聞き覚えのある声と、最後に会ったあの日よりほんの少しだけ逞しくなった見覚えのある後ろ姿。この二つが見事に合致する。
もしかして、愛……?
そう頭で思った途端、鼓動が高鳴り俺の中を妙な興奮が満たしていく。
気付いた時には、名前を呼んでいた。
「……愛大?」
疑惑が確信へと変わったから。
そうだ、俺が愛大を見間違うわけがねぇ。
あの日からずっと、霞んだまま憂鬱な雨の中にいるようだった目の前の景色がパァッと晴れ渡っていく。
こんなに早く会えるとは、想像すらしていなかった。
悪夢① side Kanata *
出来る事なら、もう二度と会いたくないと心から願っていた。
だって会ってしまえばきっと、気付いてしまう。
自分を騙してまでしまい込んだ、本当の気持ちに。
この感情が、現実に戻ろうとしている意識の邪魔をする。そんな悪夢の合間、携帯の着信音が鳴って誰かが応答するのが聴こえてきた。
「何だ? ……あぁ。だから先に帰ってろ。……いや、無理だ。……分かった、すぐに行く」
恋の声だ。でも、何だろう? 僕の……知らない感じ。
携帯を切る音と同時に、今度は聞き慣れ無い声が尋ねる。
「どうかしました?」
「クソ生意気な妹からだ。先に帰る」
妹? 恋に妹なんていたかな……。
「あの、何やら凄い弱味を握っているって言う妹さんですか。それは早く行かないとある事ない事バラされかねませんね」
「……何でお前がそこまで知ってんだ」
訝しげな口調の恋に、会話の相手は何処と無く楽しんでいる様子。
「私の情報網を見くびらないで頂きたいものです。でも、良いんですか? 目を覚ますのを待っていなくて」
「あぁ、どっちにしろ学園に居るんだ。逃げも隠れも出来ねぇだろ」
ぼんやりとした中、耳に届いたやり取りが夢か現か判断出来ないまま、またしてもあの忌わしい夢路を辿る。
◆❖◇◇❖◆
───ギシッ……
ベッドの軋む音に続いて聴こえてくるのは、知らない奴の喘ぎ声と恋の荒い息遣い。
『あ、レンっ。そこ……もっと! んあっあっは、あっや、ぁ!』
『ねだるんなら、自分で腰動かせよッ、ほら』
この行為と出会してしまった時、僕は見慣れたドアの前でただただ立ち竦むしか無かった。
だって耳を塞ぎたくても身体が言うことを聞いてくれない。
突っ立ったままうつ向いて、涙が瞳から溢れ出し床に落ちる。それと同時に、僕の心も暗く深い闇の底に堕ちる。
ねぇ、恋。
僕は何回この感覚を味わえば良い? 何度この闇に堕ちれば良い?
なぁ……答えてよ。
早く答えろよっ!
『やぁン! ハっあぁぁ───!』
返ってくるのはいつも、望んじゃいない誰かの喘ぐ声。
◆❖◇◇❖◆
ようやく悪夢から開放されると、ベッドに横たわり大量の冷や汗をかいていた。
「カナちゃん! 良かった目ぇ覚めたぁ!」
ベッドの縁から乗り上げた格好の聿流が安堵の叫びを上げる。
あぁ僕、気を失ったんだ……格好悪。ココは……生徒会室の、奥の部屋か。
「大丈夫? もう大丈夫?」
不安げな面持ちで尋ねてくる聿流を落ち着かせようと笑顔で答える。
「うん、大丈夫だよ。ごめん驚かせて」
返事を聞いて安堵する聿流の隣から、今度は雪が僕を顔を覗き込んできた。先程とは、立ち位置が逆になってしまっている。
「まだ……顔色悪いよ?」
絞り出すような小さな声で言いながら僕の額に手を伸ばす雪。その手のほのかな温もりが心地よい。
「ありがとう。もう平気だよ。手、暖かくて気持ち良いなー」
目を瞑りもうちょっと心地良さに浸ろうとしたら額から手が離れてしまい、次の瞬間身体が重くなる。反射的に開いた目に入ってきたのは、聿流を押し退ける形で僕に抱きついている雪という構図だった。
「んだよ雪! 人見知りのクセに!」
居場所を取られた聿流が拗ねたように嘆く。
「ごめんね雪くん、心配かけちゃって」
身体を起こしながら語りかけると、こちらを見上げた雪はフルフルと首を横に振った。
そこへ、会話の区切りを見極めた白衣の人物が割って入る。
「はいはい、君達ちょっと失礼するよ〜」
登場したのは昔馴染みの顔だった。
「あ、れ? 英兄ちゃん……?」
「久しぶりだな、愛大。4年振り? くらいか。ここ数年は全然実家に顔出してなかったからな」
「何? 知り合い?」
驚く僕に聿流が問い掛ける。
「そう、小さい頃よく遊んでもらってて。英兄ちゃんの実家、僕ん家の近所なんだ。……え、って事は今、蘇芳学園の保健医なの?」
「さっすが愛大は理解が早くて助かるわ」
感心する英兄ちゃんの後ろから聿流が付け加えた。
「矢尾っちはウチの名物保健医だよな」
「そうなのよ、だからこれから宜しくね。てかさ、その名物って何なんだよ。皆言ってっけど。褒めてんの? 貶してんの?」
聿流が「名物は名物だろ〜」とはぐらかすので、納得してない表情をした英兄ちゃんだったが、素早く気を取り直す。僕の脈を取ったり顔色や全身のチェックして状態を口にした。
「極度のストレスと緊張が原因かな。まぁ蘇芳の新入生代表挨拶なんざやりゃあ、精神的に来るかもな? あとは、最近寝不足だったんじゃないか?」
倒れた本当の理由は誰にも知られたくないので、肯定しておいた。
「うん、少しだけ」
答える僕の顔を見た英兄ちゃんは、何となく勘づいてる気がしたけれど追及はして来ない。
「今日は早く寝て身体を休めるのが得策だろ」
「そうする。ありがと、英兄ちゃん。あ、ここじゃ先生か」
「良いよ、別にどっちでも。生徒達も皆好きなように呼んでるからな。じゃ、後は任せるぞ。あんま遅くならないように、落ち着き次第早く帰れよ」
「分かった〜、バイバイ英兄ちゃーん」
任された聿流は、ふざけた様に英兄ちゃん呼びをして手を振り見送った。そして、サイドテーブルに置いていたジュースを手に取り差し出してくる。
「そ言えばこれ、さっき雪と買って来たんだ。汗も凄いし、うなされてたみたいだったからさ」
受け取りつつ礼を言った。
「2人も、ありがとう」
ペットボトルのキャップを開け一口飲み、カラカラに張り付いていた喉が潤ったタイミングで再び新たな人物が現れる。
「へぇ……凄いですね、キミ」
突然の気配に視線を向けると、銀縁眼鏡の生徒が隣の部屋からこちらへと向かって来ていた。男に言うのも何だが、かなりの美人だ。
「あ、夕凪さん! お見送り終了したんスね」
「えぇ、ついさっき。それよりも、初めまして宮津くん。2年の奉日本夕凪と申します」
真っ先に反応した聿流に対して、相手の方はと言えば随分と素っ気ない。だが、聿流本人は全く気にしていないようなので僕も普通に受け答える。
「あなたは確か、副会長の」
入学式で見かけた顔だ、とすぐ様思い出した。
「覚えて頂けているなんて光栄です」
彼がベッドサイドまで辿り着くと、眼鏡を押し上げながら手を差し出される。無下にする事も出来ず握り返した。
「こちらこそ、初めまして」
握手を終えると夕凪という生徒は、僕から身体を離した雪の頭を撫でながら言った。
「それにしても本当に珍しいです。雪がこんなにすぐ誰かになつくなんて」
「やっぱ思いました? 夕凪さんも。会って間もない人に話しかけて、更には抱きつくなんてあり得なくない?」
聿流の言葉に「まぁ雪はこう見えて勘が鋭いから」とだけ応え、また僕に話題を振る。
「気分は、だいぶ良いみたいですね?」
「あ、はい。すみません、奉日本さんにまでご迷惑をおかけしてしまって……。しかも勝手にお借りしてしまいました」
ベッドから降りようとしたが、肩に手を置かれ制止される。
「下の名前で呼んで下さって構いませんよ、宮津くんでしたら。それに、会長はもう帰られたので、まだ休んでいて問題ありませんが?」
笑顔なのに目が笑っていない。そんな彼の発言で、知らず知らずの内に周囲を気にしながら話していた自分に気付かされる。けれど言葉通り思い当たる人物の姿はない。すると、夕凪さんが僕にだけ聞こえるように耳打ちした。
「お探しなのは蘇芳恋……いや、君の知っている名前で言えば緒沢恋、かな?」
反射的にビクリとしてしまい、持っているペットボトルの中身がチャポンと微かな音をたてた。
「大丈夫、彼なら本当にもう帰りましたから」
僕達の事を知っているらしい彼に不信感を抱きながらも、先程からの会話から得た情報を再確認する。
「あの……その蘇芳恋が、学園の生徒会長なんですか?」
「えぇ。今日の生徒会長挨拶だって本来は、彼が行う予定だったのですけれどね。見事にすっぽかして下さったんで私は急遽、代打で」
その言葉に聿流が付け加える。
「ずぅ〜っと、挨拶なんざ面倒臭ぇ! て吠えてたからそんな気はしてた」
今度は聿流に対して「そうでしたね」と相槌を打つ夕凪さんを見て思った事を心の中で呟いたはずが、無意識に口から漏れ出てしまう。
「あなたの方が会長に相応しい気がする……」
彼等が会長と呼んでいる人間は、僕の知る限りそういう立場が嫌いだ。だから、頭も良さそうで隙のない夕凪さんが生徒会長だと言われた方が余程しっくりくる。まぁ、考えが読み取れない部分は少し恐ろしいけど、そういった役職には必要な能力かもしれない。
「あ、すみません。何か心の声が」
謝る僕に夕凪さんは微笑みかける。
「本当ですか? 嬉しいですね。けれど、残念ながら私はあの方のように色々な才能を持ち合わせていませんから。ねぇ、聿流?」
急に振られた聿流だったが大きく頷いた。
「ホントいろんな事出来過ぎて怖いわ。てかさっきから思ってたんだけど、カナちゃんって恋さんとも知り合いなの?」
「それは……」
戸惑った僕を庇うかのように夕凪さんが口を挟む。
「いずれにせよ、直ぐに分かりますよ。ね?」
また気分が悪くなった僕を悟ったのか雪が背中をさすってくれる。そんな彼の頭を撫でた後、ベッドを降りた。
「やっぱり失礼します。家に帰って休むことにするんで。本当にありがとうござい───」
頭を下げようとした瞬間、不意に夕凪さんの指が僕の顎を掴む。
「あの人が、気に入りそうな顔だな……。帰りますか? うん、その方が良いでしょうね。家まで送りますよ」
気になるセリフが鼓膜に響いたが、顎にあった手が肩の方へ動き引き寄せられたせいで頭からその言葉が瞬く間に吹き飛ぶ。
「!? だ、大丈夫です! 自分で帰れますからお気遣いなく!」
身体を離そうと身を捩るが、体調が万全ではないからか抗える程の力が出なかった。
「遠慮しないで下さい。話したい事もありますし」
反抗虚しく、不本意ながら高級車に乗せられ自宅へと送られる事となった。
◆❖◇◇❖◆
車中では、話しがあると言っていたにも関わらず殆ど会話は無かった。
が、どうしても引っ掛かる事柄だけは家に着く直前に一応質問してみる。
「あの……どうして苗字が変わっているのか、ご存じですか?」
誰の、とは言わなかった為に聞き返された。
「ん? 恋さんの?」
「はい」
「まぁ、知ってはいるけれど……私から話すには荷が重過ぎますね」
何となく教えては貰えないだろうとは思っていた。けれど聞かずにはいられない位、気になって仕方ない自分がいる。
「そうですか……あ、この角を曲がった所までで大丈夫です。色々とありがとうございました」
僕の言葉で運転手さんは緩やかに車を停めてくれた。
降車してもう一度頭を下げた後に、夕凪さんの口から放たれた不穏な言葉が脳裏に残ったまま登校初日を終えようとしている。
「近い内に生徒会室へ喚びます。その時は恋さんも居ると思いますし、先程の話も直接本人に聞くのが一番ですよ。あ、それから……彼から逃げようとしても無駄ですからね」
悪夢② side Kanata
今朝は最高に気分が悪い。
笑えるぐらい頭が痛いし、吐き気が込み上げてくる。
「っ……クソッ!」
ベッドを殴ってみるもののスプリングが悲鳴をあげるだけで一向にイライラは治まらない。気分だって良くなるはずもない。
何でまたあんな夢!
昨日生徒会室で見たのと同じ夢が一晩中繰り返されて、眠った心地がしない。うなされてうなされて、朝目覚めた時、全身汗びっしょりで泣いていた。
「あぁ……マジでキツいな」
天を仰いで一人呟くと、下の階から「カナー! 朝よ起きなさーい!」と母さんの声が聴こえてくる。
仕方なく重い身体に鞭を打って着替え、リビングへ降りる。
「顔色悪いわよ? 大丈夫?」
家を出るまで仕切りに母さんが聞いてきたが、頷くだけで何も答えられなかった。酷い頭痛で声を発するのさえ億劫だったから。
少なめの朝食を摂って家を出る。
緩やかに自転車を漕いでいると、夕凪さんの言葉を思い出す。
逃げようとしても無駄、か……。
確かに、相手がどう思っているかは分からないが、同じ学校に通っている限り否が応でも何処かで顔を合わせるかもしれない。何しろこの状況で僕は、やはり避ける事を考えてしまっている。
けれど思考を巡らせれば巡らせる程頭痛が強くなるので、無心でペダルを動かすことにした。
◆❖◇◇❖◆
気が付くともう学校の前まで来ていた。
黒塗りの高級車が数台校内へ滑り込んで行く。それを見た生
徒達が少し興奮したように車の後を追って走り出した。口々に「会長だ!」と言っているのが耳に届く。
学園でアイツはヒーローなのかよ。
内心で悪態を吐きつつ、なるべく遅めに到着しようと校門を目前にして自転車を降り押して歩く。使用者の少ないガランとしている駐輪場まで着くと、自転車を停め鍵をかける動作を普段よりも遅めに行い、ゆっくりと昇降口へ向かう。
すでにアイツは車から降り靴箱の辺りにいるようだ。周りには凄い人集りが出来ていたので、顔を見なくて済むと安心した。
その途端、事に気を取られて和らいでいた頭痛が思い出したかのようにぶり返す。
上靴に履き替え、人集りとは反対方向の教室にこめかみ辺りを押えながら向かっていると後ろから声をかけられる。
「おはよーカナちゃん。ん? どした。頭痛いの?」
振り返ると聿流と雪がそこに居た。
「おはよう。今朝起きてからずっと頭痛がしてさぁ。結局昨日休まないでゲームし過ぎたせいかな〜」
嘘を吐きつつオーバーリアクションをしたら聿流が「何だよ心配して損した」と笑う。しかし雪の方はさらに険しい表情になって、消え入りそうな声を出す。
「無理、しない方が良いよ」
彼にはあまり嘘が通じないらしい。
「うん、ありがと。けど大丈夫だよ」
とは言ったものの、やっぱ痛いかも。
教室に入り席に着くと校内放送で聞き覚えのある声が流れてくる。
『呼び出しを行います。Knightsのメンバーは至急生徒会室へ来て下さい。繰り返します……』
「げ、呼び出しだ! たりぃなぁもう。ちょっと行ってくる」
放送主は恐らく夕凪さんで、それを聞くやいなや悪態を吐きつつ立ち上がった聿流は僕等に向かって手を振って駆けて行く。
すると近くに居た数人のクラスメイトが、何故か僕の机周辺に集まって来て会話を始める。
「今日は早速Knightsの召集か」
「てか、さっきから何? そのナイツって」
片言の外国人みたいになったが、今の単語をスルーする訳にはいかない。
「宮津くん知らないの? 他校の人にも結構有名なのに」
女子生徒がそう語り掛けてくるけれど、何の事やらさっぱりだ。
「いや、ごめん全く知らない。何が有名なの?」
そう言った僕に梶谷という男子生徒が嬉々として説明を開始する。セレブな生徒達の中で、一番親しみやすさを感じたのが彼だ。そんな様子を、僕の前の席に座る雪は面倒くさそうな顔で眺めている。
「学園生活の秩序を守るという名目で、緒沢会長が独断で創設したんだ。蘇芳学園の保安部隊とも呼ばれてる」
意外な解説に突っ込まざるを得なかった。
「秩序とか保安とか、天下の蘇芳学園なんだから不良生徒みたいなのはいないでしょ」
まだ入学2日目だけど、見る限り生徒達は皆優等生と言った感じだ。どこがどう悪いのだろうか。
「ん〜……そこはまぁ表向きは良くても、裏では相当な問題が色々あるんだよ」
梶谷は先程より随分と声のトーンを落として説明を続けてくれる。
「全然そんな事がある様に見えないんだけど」
「だから創ったんじゃないかな? 目に見えない問題があるからこそKnightsを創ったんだろうし。しかも出来て今年で3年目になるけど、過ごしやすくなったって聞くよ」
聞き捨てならない梶谷の言葉に素早く反応した。
「ん? 待って。3年目って、今の会長はいつから会長やってんの?」
「良い所に気が付いたね、宮津君。何を隠そう緒沢恋会長は蘇芳学園史上初の中等部3年の時に当選したんだ」
段々と梶谷は気合いの入った熱弁になってくる。一緒に周りの生徒達の瞳も輝く。
「え、それ学校側はOKしたんだ?」
「もちろん最初は先生方の猛反対を食らったらしいけど、何をどうやったのか会長と生徒会顧問がタッグを組んで、いつの間にか説き伏せたみたいでさ。まぁそもそも、特に何年生じゃないと立候補出来ないなんて規定もないし問題ないだろって、生徒会顧問はあっけらかんと言ってたって噂だよ」
話を終えてもなお会長について語り合っているクラスメイト達の目は、最愛の人を想う瞳だった。
「えっ……とぉ。お話中悪いんだけど、一つ素朴な疑問」
何だかそれを遮るのは反感を買いそうなので、律儀に手を挙げてみる。
「話戻るんだけど、Knightsっていうのはどうやって決まるの? 生徒会と同じく選挙?」
「いや、それがまた違うんだ。学業の成績が優秀って所は生徒会と同じなんだけど、それに加えて運動能力か武術に優れてる生徒8名を会長が自ら指名するんだ」
梶谷の説明に数人の女子生徒が付け足す。
「あと顔もだよ!」
「そうそう! 絶対容姿も選定基準に入ってるわ。だって皆さん美形揃いだもの!」
そう話す彼女達は何やら楽しそうだ。ふ〜んと気のない返事をしたにも関わらず、梶谷の解説はまだ続く。
「聿流様は去年からKnights入りが決まってたよ」
「聿流、さまぁ!?」
驚きの余りつい叫んでしまう。思い返せば、皆が聿流に対してやけに敬語を使っているなとは感じていたけれど、同級生に〝様〟までつけるとは。
何なの? この学校。つか聿流って、何者?
「どうしたの? 何か変なとこでも?」
「あ、いや……別に。何でもない。気にせず続けて続けて」
至って真面目な顔をされると何も言えなくなってしまう。周りの生徒達も僕が叫んだ事に驚いているようだ。
「そう言えばKnightsのメンバーまだ1人決まってないな。それで今日招集があるって事は、誰か候補者が決まったのかも」
梶谷の言葉にその場の全員が頷く。僕と雪を除いて。
丁度このタイミングで担任が教室に入って来てHRが始まり、朝の雑談会はお開きとなった。
◆❖◇◇❖◆
「何か朝から疲れた。でも皆と話してたら頭痛なくなってたよ」
HRが終わり、トイレに向かっていたら雪がついてくる。
「そう、良かった。……けど生徒達には気を付けて」
「え? 何で。皆優しいじゃん」
雪の口から意外な言葉が出てきたことに戸惑う。
「梶谷も言ってたでしょ? 裏ではろくでもない事を考えてる奴も多いんだ。……それから夕凪さん。あの人は特に質が悪いから、何を言われても絶対に信じちゃダメだよ」
制服の裾を掴みながら真剣そのもので言われると、頷くしかなかった。
「うん、気を付ける。……つか聿流遅いなぁ〜」
「呼び出しが無くても生徒会室に行ってるよ。僕にはサボるなって言うくせに自分が一番サボるんだから」
頬を風船のように膨らませる雪があまりに可愛くて、つい頭を撫でてしまう。
「雪はサボんないの?」
それが気持ち良いのか、僕を見上げて猫みたいにすり寄ってくる。
「カナちゃんがいるからいい」
こんな日常が心地好い。
でも日常だからこそ、平和だからこそ永くは続かない。またアイツと真面に顔を合わせる時が刻一刻と近づいてるなんて、この時の僕には知る由もなかった。
思惑 side Yuna
生徒会室の奥にある部屋。そこは皆を休ませる為に造られたわけではない。今目の前で寝そべっている彼が、暇を持て余した時に誰かれ構わず連れ込むために造られた。
いや、造らせた。
この男、蘇芳恋が。
「新学期早々こんな事では会長のメンツ丸潰れですよ。昨日の入学式の挨拶だってすっぽかしておいて。貴方は一体何しに学校へ来てるんですか?」
見慣れた光景ではあるが、登校して早々コレだ。約束通り生徒会室に来たかと思えば、そのままプライベートルームへ直行しべッドに横たわっている。
「俺はお前が面白い事思い付いたっつうからわざわざ来てやったんだ。つまらなかったらブっ殺すぞ」
目のみで此方を見やりドスの効いた声を出す。
「つまらない? 私が今までつまらない用事で貴方を呼び出した事があります? ……まぁそんなことはどうでも良いです。本條さん達が来る前に起き上がって下さい」
チッと鋭く舌打ちして身を起こした。ベッドの縁に腰掛け直し長い脚が床に着くと同時にブレザーの上着を正す。そんな様子を見ていると、ついあの名前を出したくなった。
「早速ですが本題を話しておきます。宮津くんを、Knightsに加入させたら面白いと思いませんか?」
顔色一つ変えない彼から即座に返答が来る。
「つまらねぇ」
「はい?」
ハッキリと聞き取れていたが、敢えて聞き返した。
「つまらねぇっつったんだよ。言われなくてもそうするつもりだったからな。見込み違いも甚だしいとは、お前にしちゃ珍しいんじゃねぇか?」
嫌味を言われるが受け流す。
「そうですね。まさか、とは思っていましたが全く同じ事を考えているとは。けれど逆に話が早くて助かります」
「で、どうして愛大が良いと思った?」
彼の地を這うような低い声は聞き慣れたつもりでも一瞬動きが止まる程、どんな人間をも凍り付かせる。
「昨日この部屋で話していて思ったんです」
だがそれに一々反応していては彼の下で副会長なんて務めていられないので、至って冷静に振舞う。
「それだけでか? 違うだろ。お前、あいつの事を何処まで調べた?」
どれだけ慎重を期していても彼には何れ勘づかれてしまう。
「お見通しのようですね。そうですねぇ、まぁ産まれてから貴方がご存知ないこの2年半の間の事まで、ですかね」
ワンテンポ置いてから、今度は別の質問をされる。
「じゃあ俺の事は?」
誤魔化すか一瞬迷ったが、ありのままを話す事にした。
「貴方についても大体全てと言って良いでしょうね。編入して来てすぐ、気になった事柄は勝手に調べさせて頂きましたから」
「気に入らねぇな……」
眉間に皺を寄せた彼から睨まれる。
「貴方のような方と渡り合うには先に弱味を握っておかないと」
フンと鼻であしらった後、釘を刺された。
「昔の事で腹を立てても仕方ねぇから今更咎めたりはしないでおいてやる。けどな、今度勝手に動いたら本気で死ねよ」
従うのは不本意ではある。けれど、彼には従わざるを得ない。
「承知しました」
返事を聞くやいなや、彼にとって最も重要であろう事を問われた。
「それと、愛大に妙なこと吹き込んでないだろうな?」
「妙な事。例えば、男女問わず不特定多数の方々と身体の関係をもっている、とかですか?」
「ブチ殺されたいらしいな」
「冗談ですよ。安心なさって下さい、世間話しかしていませんから」
ちょっとしたジョークが原因で殺られかける寸前で、隣の部屋から物音が聞こえてくる。先程呼び出しをかけていた7人が到着したようだ。
◆❖◇◇❖◆
恋さんと共に扉ひとつ隔てた生徒会室の方へ行くと、丁度全員がソファーに腰かける所だった。
「皆さんおはようございます」
彼等からはいつもの如くバラバラな挨拶が返ってくる。その後すぐ様口を開いたのは、この中で一際大柄な男2-Aの榊登哉だ。
「俺等を呼び出すって事は候補が上がったか?」
見事に彼は予想を的中させる。
「まぁそんな所です。1人試してみたい生徒がいまして」
「誰ですか?」
聿流が登哉の隣で楽しそうに尋ねた。
今から出す名前を聞いて、どんな顔をするか見物だな……。
なんて腹の底で笑う。
「宮津愛大、ですよ」
満面の笑みで答えてやると案の定、目を見開いて驚く聿流。
「え、カナちゃんを?」
いつものおチャラけた様子が消え失せたので、登哉がすかさず揶揄う。
「ハハッ。何だ? 聿流の好きな奴か?」
「違っ! 友達だ!」
自分の頭をガシガシとかき回す登哉の手を叩いて聿流が慌てて言い返す。その目の前に座る2-D桐生朱夏が長いポニーテールを揺らして指摘する。
「て言うか登哉さ、名前聞いて気付かない? その子、新入生代表挨拶した外部生じゃない」
数秒考えた登哉だったが、思い当たる節が無かったようで額を搔いた。
「あ〜俺入学式完全に寝てたから分かんないわ」
「ホントあんたには呆れる」
そう溜め息を吐く朱夏。その彼女の隣でノートパソコンを開いてゲームをしながら会話に参加するのは3-A小鳥遊那里と埜里だ。
「そもそも登哉にそんなのを期待する時点で間違ってるよ、シュカ」
「そうだぞ。起きてたとしてもどうせ覚えてないだろうし」
一卵性双生児の彼等はかわるがわるテンポ良くツッコミを入れる。
「確かにそうですね。私が間違ってた」
朱夏が強気に潔く過ちを認めると、彼等に向かって登哉が物申す。
「何か君達ヒドくね?」
だが、こんな生易しい抗議では直ぐに打ち砕かれる。
「ご最もだと思いますよ、先輩方が言ってることは。だから登哉さんは貶される事にいい加減慣れるべきです」
最後にトドメを刺したのは1-D椎名陣だ。Knights内の弟的存在だが、時々放つ辛烈な言葉の斬れ味は半端ではない。
「陣……そこまで言われちゃお兄さんはツライよ」
叩きのめされ打ちひしがれている登哉を放置して聿流が尋ねてくる。通常なら今までのふざけたやり取りに真っ先に参戦する彼女なのだが、今日はそれ所ではないようだ。
「ねぇ夕凪さん。何でカナちゃんなんですか? 見るからに運動とか武術とは掛け離れてそうなのに」
聿流の発言に賛同した陣が付け加える。
「ホント、如何にも文化部って感じだったけど大丈夫なんですか?」
「それは、私より恋さんの方がよくご存知でしょう。彼、相当強いですよね?」
会長の席に座り皆の会話を黙って傍聴していた彼に話を振ると、何か思い付いたようでニッと片方の唇の端を上げて笑う。
「あぁ、そうだな」
こんな表情は今まで目にした事がない。その場に居合わせたメンバーも戸惑いを隠せない様子だ。
ただ1人3-F本條薫風を覗いて。
「で、何を確かめるんだい? 夕凪」
淡々と質問をする彼は、登哉と同じく長身だがこちらは無駄な筋肉や脂肪がついていない細身といった印象が強い。
「2、3人絡ませて力量を計りたいんです」
なるほど、と薫風が頷くのと同時に恋が口を開く。
「5人でいけ」
感情の読めない声音だった。
「5人、ですか。分かりました。では念の為聿流をつけましょう。何かあった時大変ですし呼び出し役も必要ですから。良いですね? 聿流」
ノリ気ではない聿流だが、この学園では今や蘇芳恋がルールであり全てのため、その本人が言った以上訂正は出来ない。
「聿流、あまり愛大を見くびらない方が良いぞ。下手すりゃお前も怪我するかもな」
ハハッと高笑いと共に脅しに似た台詞を残して、彼はまた奥の部屋へ消えた。
「そんなに強いんだ? その子」
「えぇ、まぁ。この学園内で恋さんと張り合える唯一の人物と言っても過言ではないでしょう」
朱夏の疑問に答えると登哉が笑う。
「一度手合わせ願いてぇな」
首を回しながら指の関節をポキポキ鳴らした。
「ホントに、カナちゃんを……襲わせるんですか?」
今にも泣き出しそうな声を出す聿流はまだ信じられないという顔だった。どんなに足掻いてもこの決定事項を覆すことは出来ないというのに。
「恋さんが承諾してるんだ、仕方ない」
「誰もこの決定を取り消す事は出来ないよ」
今度は先程と逆の埜里から那里の順番で聿流を諭す。2人が代弁してくれたので私は話を進める。
「呼び出す場所はどうしましょうか。なるべく人気のない場所が良いですが、どこか知りませんか?」
誰かが良い場所を知っているだろうと尋ねると、すぐに答えが返ってきた。
「第1校舎の中庭とか」
薫風の提案を採用して指示を出す。
「じゃあ聿流、今日の放課後に宮津くんと中庭にね。雪は連れて来ない方が良いけど、無理だったら構わない」
それを聞いて聿流がぎこちなく頷いた。彼女の隣では何が可笑しいのか、登哉がニヤニヤしている。
「あんな生き生きしたレンさん見るの初めてだ。つか興奮って感じか?」
一同共感だった。
戸惑い① side Ichiru
教室へ戻ったのは、午前中に行われているオリエンテーションの途中。10分間の休憩が終わる寸前だった。
あれから絡む役として集められた登哉さん家の空手道場に通う5人を加え、打ち合わせが行われた。あたしも時々通ってる道場で、皆それなりの強さを誇る名門。
あたしの姿を見つけるなりカナちゃんが微笑む。
「聿流サボり過ぎだろ〜。あ、違った。Knightsの聿流様か」
その言葉とチャイムが重なり、担任が謎のハイテンションでドアを開ける。号令を雑に済ませ一応小声で話し始める。
「止めろよ! 様付けなんて。それはあたし達に媚びる生徒がする事なんだから、カナちゃんはしなくてイーの! ……てか、聞いたんだ。その事」
変に気を遣われたりしたらヤだな……。
そんな心配は無用だったようで、カナちゃんは気にする様子もなく、分かったよと頷いた。
「梶谷がスゲー力説してくれた。面白かったよな? 雪」
問い掛けるカナちゃんに笑顔で応える雪。あたしが居ない間、更に仲を深めたみたいで学校では絶対見せない表情をする彼は、学校では初めてと言って良いくらい楽しそう。数少ない人しかしない呼び捨てまで許していて、カナちゃんにだけ特別な顔をしているのは明白だった。
「まーたバカな事言ってたんだろ? あ。そいえばさぁ、カナちゃんって……会長と知り合いなの?」
生徒会やKnights以外の生徒達の前では蘇芳恋の名前を出してはいけない。
いつからなのか忘れたけど、何故かそんな掟が出来上がっている。だから、普段は使わないのに敢えて“会長”と言った。
そう言えば恋さんも、カナちゃんに対し特別な顔をしていた気がする。
「あ〜。えっと……ちょっと昔、ね」
「昔?」
深く考えずに聞き返すと、観念したカナちゃんが溜め息を1つ吐いて話し始める。
「隠した所でその内バレるもんな……。幼馴染なんだ、恋とは。僕が中1までは家も隣同士でさ。だから、産まれてすぐからずっと一緒だった」
「へぇ。んじゃほとんど兄弟みたいなもんじゃん」
「そう……だね。昔はね。あっちがウチの隣から引越してからは、連絡すら取ってない」
そう語るカナちゃんは何処か悲しげに見える。
「ふぅ〜ん。いや、何かね、昨日から2人の態度が気になっててさ」
聞かれてもいないのに説明したのは、雪が向ける訝しげな視線が痛いからだ。
気付かないフリ〜。
諦めたようでいつものように首を振って視線を外す。
残りの時間も私語をして何となくやり過ごした。
俺と雪が話しかけるのにちゃんと相づちを打ちながらも、カナちゃんはしっかりと必要な話のメモを取っていた。
そして昼休み。雪がトイレに立ったのを見計らって聞いてみる。
「今日も放課後、ヒマ?」
少し考えて応える。
「うん、まぁ暇かな。別にコレと言った用事はないよ。どうして?」
「またちょっと一緒に来てほしい所があるんだ。良い?」
「構わないよ」
カナちゃんが言い終わるのとほぼ同時に雪が戻って来た。
「あ、セッちゃんおかえり〜。てか昨日のアレ見た?」
「毎回言ってるよね。アレじゃ分かんない」
「ごめんごめん。雪になら何か通じる気がして。だってあたしと雪の仲じゃん?」
それ以上追及されない内に話題を変えつつ、心の底で安堵の声を上げる。
あぶねぇ〜。
午後からは課題考査だった。
カナちゃんはと言うと、クラスの誰よりも早くに問題を解き終わったようで、終了時間よりだいぶ前に答案用紙を返却していた。
さすが特待生。コレが本当に強いのかなぁ?
考えれば考えるほど心配になってくる。
◆❖◇◇❖◆
終礼が済むと、幸運にも雪は用事があるとかでさっさと帰って行った。それでも憂鬱。
どうするんだよ。もしカナちゃんが怪我でもしたら。てか、幼馴染なら、尚更心配になるもんじゃないのか……?
色んな事を考えていると横からつつかれる。
「何かあった? 聿流。朝戻って来てから、様子変わったよね」
顔を覗き込まれる。
「か、変わってないよ! 全っ然!」
そう、と寂しそうな表情を浮かべる。そんな顔をされるとコッチまで悲しくなる。
「行こっ! つかさぁ───」
今よりももっと気が進まなくなる前に、いろいろ聞かれる前に、明るい話へと切り替えて裏庭へ向かう。
「痛っ」
校舎から庭に出た途端、小さな叫び声を上げカナちゃんが頭を押さえる。
「カナちゃん!? どうした? 頭が痛いのか?」
静かに首を縦に振る。
何たってこんな時に……!
「大丈夫。いつもの事だからすぐ良くなるよ。でも、何だろう……凄く、嫌な予感がする」
最後の台詞を疑問に思いつつ少し前進すると、予定ではないタイミングで背後から声を掛けられる。
「お前ら1年? しかも特進じゃん。勝手にこの辺り彷徨いてんじゃねぇよ」
学年とコースの見分け方は簡単。襟元に着けた学年章の色で特進が桜色、アスリートが橙色、文芸が藍色と分けられているからだ。
ちなみにKnightsのメンバーは剣を模したバッジを、生徒会役員は八芒星、委員会は七芒星に役職の名が入ったバッジをそれぞれ身に付けている。
「僕達もこの学園の生徒ですから、どこを歩こうと自由だと思いますけど」
何の疑いもなく彼等に言い返すカナちゃんだが、Knightsであるあたしが居るにも関わらず喧嘩を売ってくる生徒はそうそういない。だけど、カナちゃんはその辺の事情には疎いだろうからと、恋さんが焚き付けるよう指示していた。
「はぁ? 生意気言ってんじゃねぇ!」
打ち合わせではこの時点で5人全員出てきているはずなのに、まだ2人しか姿を現していない。
「喧嘩を売られるような事をした覚えはありませんが?」
「るせぇ! 兎に角目障りなんだよッ!」
そんな陳腐な発言と共に2人同時に殴りかかってくる。
話が違う事への苛立ちから歯を食いしばり、カナちゃんを庇おうとしたその時。
「っ! カナちゃ⋯⋯」
───ガッ、ドスッ。
一瞬の出来事だった。
隣を伺うと何事も無かったような涼しい顔をしている少年。でもあたしの足元には、見覚えのある人間が確かに転がっている。短時間だが朝顔を合わせた榊家の道場の門下生2人。1人は鳩尾を殴られ、もう1人は顎を蹴り上げられたらしい。
まじまじとカナちゃんの顔を見つめたけど、神経を研ぎ澄ませ集中している彼が気付く様子は無さそうだ。そんな状況の中で発された言葉に、いっそう驚愕してしまう。
「あと3人……か。前に1人と後ろに2人」
一般人なら絶対に分からないはずだ。あたしが感じ取れる気配だってごくわずかなのに、配置まで的確に言い当てた。その事を知ってか知らずか3人は一斉に襲ってくる。
でも、どんなに人数が多くても無駄。本能でそう感じる。
全てが片付けられたのは1分もしない内だった。しかもカナちゃんだけの力で。あたしは驚きでその場を動けずにいた。
「平気? 怪我とかしなかった?」
そんなに身長は変わらないが僅かに高い位置からカナちゃんに聞かれる。
「うん……それより、カナちゃんの方が」
「あぁ。平気平気〜。まだ少し頭痛はするけどねぇ。つか怪我なんてする訳ないか、Knightsなんだし」
さっきまでの殺気立った雰囲気が嘘みたいに微笑む彼の後ろから、登哉さんが現れる。
「どんなゴリィ奴かと思ったら、超美人じゃねぇか」
期待を裏切らずにヘラヘラと笑いながらカナちゃんに近付いて来る。
愛し恋