わたしだけを
(みつめないで)
(心臓が、ずっと、どきどきしている)
緩やかに、消滅する運命である、わたしの肉体を、きみは、愛おしむように、撫でまわした。
午後は、鳴らないチャイムが、学校の、永遠に鳴らなければ、授業がおわらずに、ずっと、一生、五限目を、くりかえしているかもしれないから、鳴らないでほしい。きらいな数学、だけれどね。
(たぶん)
消えるとしたら、指先から。
きみからもらった、ゆびわが、わたしの意識よりも先になくなってしまうことが、ちょっと、やりきれない。黒板を、埋め尽くすようにびっしり書かれた、数式に、めまい。わたしの横で、わたしのうでを、頬を、髪を撫でる、きみの、やさしい、息づかい。わたしにしか、きこえない。
(そう)
いつかは町も、つめたくなって。
町の、えらいひとたちは、なにも言わないけれど、でも、みんな、知っている。町はずれの、小さなお花屋さんから、町が、凍り始めていること。きっと、赤ちゃんでも、気づいていて、町の住人は、ここ最近、浮かない顔で、買い物をし、学校に、会社に行き、公園で遊び、犬を散歩させている。
「まだ、だいじょうぶだよね?」
きみの質問に、わたしはいつも、笑顔で答える。
だいじょうぶだよ。ありがとう。
きみの、手は、あたたかくて、春のあたたかさに、似ている。
皮膚を傷めずに、撫でる力加減も、すばらしいので、わたしは、きみに、からだを触れられるたび、緊張して、でも、一度、撫でられてしまうと、やわやわと、緊張がほぐれて、目をつむったら、そのまま、夢のなかに没入しそうになるくらい、心地よい。
凍った紫陽花を、砕いて、小さな宝石くずのような、それを、わたしの机、ノートや、教科書のじゃまにならない、すみっこに、山にして、その、意図は、まるでわからないけれど、きみは、ほんとうは、誰よりもつめたいはずなのに、誰よりもあたたかいんだ。
(きみの、そのあたたかい手で、心で、町を、春にできたら、と思うの)
(でも、わたしのことはいいから、という一言が、ね、声にならないんだ)
きみが粉々にした、紫陽花よりも、わたしは細やかな粒子に、なるかもしれないから、きみに、となりにいてほしかった。わたしをみつめる、きみの瞳は、どんな光り輝くものよりも、きれいで、帯びる熱が、わたしのこと、好きって言ってるの、言葉になんかしなくたって、わかるよ。
わかるから、つらいの。
(どうか、おわらないで)
この一瞬だけは、氷漬けに、して。
わたしだけを