ぼくらの町とベンジャミンと、星
部屋の窓を開けて、夜の空気を取り入れたとき、きみが、ぼくの部屋に置いていったベンジャミンの葉が、くすくすと揺れて、笑うみたいに、星が、見えるけれども、なまえがわからないことを、少しだけ、残念に思う。
あの星は、なに?
金星、土星、火星、水星、木星、天王星、海王星。
理科の授業で、覚えた星のなまえだけをあたまに浮かべながら、きみの、分身でもある、ベンジャミンの、光沢ある緑色の葉に、そっと触れる。表面を撫でる。愛撫する、と表現した方が、正しいかもしれない。ベンジャミンは、きみである。きみであって、きみではない。けれども、ぼくにとっての、きみ、である。
ぼくらの町は、ぼくや、きみのような者にとっては、実に生きづらい町なので、きみが、ある日とつぜん、町を出て行ったのも、仕方のないことだった。
ぼくらの町は、ふつうの町だ。なんのとりえもない、ふつうの町で、模範的な町で、心底、つまらない町であって、けれど、ぼくはきみのように、後先考えず、この町を出ていくという結論に、踏み切れなかった。ふつうで、模範的で、つまらない町は、けれど、新しいものは生まれず、古いものは失われず、平坦で、平穏で、変わらないことの心地よさを体現したような、町だったので、ぬるま湯に浸かっているときの、安心感のようなものが、あった。ぬるま湯で、からだを温め、ふわふわの、お気に入りの毛布にくるまって、眠る感覚。
つやのある葉や、やわらかな若い枝を、指でもてあそんで、ベンジャミンは、くすぐったいだろうか。植物に感覚が、あるとして。
(ぼくはあのとき、きみに、好きだと告げれば、よかった)
誰の目も、気にせず、なにも、気にせず、なにもかも、気にせず、きみに、想いをぶちまけた方が、よかったのではないかという後悔は、きっと、これから先も、ぼくの、こころのかたすみで、息をしてるのだろう。好きだと言われて、きみが、悩もうとも、困ろうとも、ぼくはきみに、好きだと言うべきだった。
部屋の電気を、消して。
月明りが射し込む。
まるで、恋人を、抱き寄せるように、ベンジャミンにうでを、まわす。
つぶさないように。
折れないように。
傷つかないように。
それは、叶わなかった、きみへの。
ぼくらの町とベンジャミンと、星