おり

鉄橋

 CDプレイヤーからは聴き慣れた音楽が流れている。聴きながら思いだした。太古の昔から地球は回りながら音楽を流しているのだと、人々はあまりに聴きなれすぎてその調和的で壮大な諧音を意識できないのだと。或る小説の文言をなぞっただけの思考だが、青年は本気でそんなことを考えた。
 乾いた唇を噛み乾燥した肌を掻く。音楽は流れる。埃はゆっくりと蘇る。効きすぎた冷房が微かに聞こえる。
 訳もなくではない、青年は生来神経過敏で憂鬱気味だが訳あって疲れていた。ただ茫っと海を渡る一隻の舟のような感情でベッドにアンカーを下ろしていた。好むと好まざるとに関わらずこのアンカーは下されるべくして下された。足元に膨大な水の量感やうねりを感じたいと思った。
 CDプレイヤーは止まり、窓からさす日は弱々しく動かない影を作った。青年は本も読めない精神で、ただ為すこともなく疎らに毛の生えた脚にじっと視線をおとした。それから寝間着を脱ぎ捨て、嫌いな靴下を履き、ジーパンを履き、Tシャツを着て……そこでやる気が失せてしまった。憔悴して靴下だけ脱ぎ捨てて横になった。
 自分の切なさや遣る瀬無さを虚空に投げているだけの行為を嫌だと思っていながらやめられなかった。死にたいとは思っていなかった。ただ何もしたくないと、せめてこのままでいたいと思っているだけだった。
 腕の傷を見る。徐に指を鳴らして、落涙を待ちつづけたが、じわりともこないので諦めた。
 凡そ胸を苦しくさせる大半の感情を心臓に溜めて何も出来ないまま、CDプレイヤーを流し始める。 窓の向こうでは棕櫚の葉が、遠くに見える屋根や高層ビルの眺めを遮りながら戦いでる。
 己の未熟さや若さをひしと感じながら、どうしようもなさに滞留することを覚悟しようとしていた。

おり

おり

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-06-24

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