
ある本能の終局
宇宙探査艇の中で鳥人がテレパスで話していた。
「この太陽系、どのくらいで消滅するだろう」
「太陽の橙色の鈍い光からすると、もうお仕舞だろうな」
「俺たちの星と同じ運命をたどっている」
「惑星にはもう生き物はいないだろう、痕跡だけに違いないよ、錆びついた鉄と、巨人に踏みつけられたようなビルの残骸、人間と見間違うほどのロボットたちが死んだように横たわる。そいつらの間を通り抜ける砂埃、どの星の最後もそうだったじゃないか」
「俺たちの探しているような星に出合うことができるのだろうか、どの星も最後を迎えている。この銀河系はもう死ぬのじゃないだろうか」
「そうかもしれない、銀河系を超える力は我々にはない、宇宙を彷徨って、死にいたるしかないかもな」
「そう考えたら元も子もないじゃないか、あれだけ大変な思いをして、大船団をつくり、危なくなった星を捨てて宇宙に彷徨いだしたんだ、我々偵察艇が新たな星を見つけなければ、あの百億の仲間が宇宙の屑になってしまうんだ」
「そうだな、煌々と輝く太陽の下で、翼を思いっきり広げ、青い空気の中を滑るように滑空できる星がみつかるといいがな、こんな狭い宇宙艇の中じゃ、たたんだ翼が擦り切れて、いまに開くことが出来なくなるのじゃないか心配になる」
「この星に降りてもしょうがないなら、他の太陽系を探そうか」
「そうだな」
「おい、面白い反応が出ているぞ」
鳥人はフロントの計器にかすかな黄色い明かりがついていることを認めた。
「惑星に生き物がいるのか、俺には明かりがはっきり見えないな」
「そうか、あんたは、俺より三百年上だったな」
「もう千に届こうとしている、目がだいぶ悪くなった、特に近くのものが見えない」
「だが、子どもはこれからだろう」
「ああ、でも、住む星がないなら、子どもつくってもかわいそうだ、見つかったら彼女に卵を産んでもらおうとは思っているけどな」
「俺なんか、十人も子どもがいる。早く星を見つけなければ」
「この太陽系はあきらめたほうがいい」
「生き物がいそうなのは、あの三つ目の惑星のようだな、どのような状態か見るだけでもいってみるか」
鳥人は生命探知の装置にスイッチを入れた。
「おかしなところにスペクトルが出ているな」
「俺には良く見えないな」
「これは幼生のスペクトルだ、成人したものではない、それにもう一つ、何か不思議な波がでている」
「子どもだけが生きているというのはありえない」
「ということは、ただの生き物ではないかもしれない」
「惑星は紫外線や放射線が強くなっているから、おかしな生き物になったのだろう、ほらいつぞや寄った星には、自分たちでつくった発電装置が壊れ、その星の大気は放射能で一杯だっただろう、その星の住民はみなおかしくなっていた。野獣にもどっていたよな」
「ああ、そうだった、それでも、この幼生のスペクトルは我々のものに近い」
「そうだが、危険はないだろうか」
「ないとはいえないな」
「危険があるし、住めない星に降りてもなあ」
「ほら、船窓にその星が見える、紫色だ、おそらく若いときには青かったのだろう」
「何億光年の旅で、このような星はいくつも見た」
「だが、俺はちょっと降りてみたい」
「乗り気はしないが、行ってみるか、危ないようならすぐ引き返そう」
宇宙艇はその星に下りるように舵をとった。
「おっ、ドームだ」
「おそらくどこも同じだな、鉄骨の出た崩れたビル、そして、最後の生き残りをかけたドームが連なり、中に入ってみると、中にあるのはカビの生えた腐った細胞、肉の腐臭が充満しているだけだ」
「そうじゃない、左舷の窓から見てみろ、ほら、雲に覆われているが、切れ目からのぞいているのはドームだ、この星全体にドームがかぶせてある。紫色のドームだ、今まで降りた星でもドームに覆われているものもあったが、光をよく通すように半透明だった。太陽の光は必要だからな、だがこの星の生命は太陽からの影響を遮断している。頼っていない、かなり高度な生命体のようだ」
「確かにな、だが、危ないものはでていないか」
「計器には危険のシグナルは出ていない」
「着陸は出来るのか」
「ドームのどこには空いているところはあるだろう」
「そうだな、俺も興味が湧いてきたよ、入り口を探そう」
宇宙艇はこの星の周りを回った。一周するのにさほど時間がかからない、角度を変えて何度も星の周りを回った。
「入り口がない、全く閉鎖された星だ」
「入り口がなかったらどうなるのだ」
「入ってこられては困るのだろう」
「だが、出ては行かないのだろうか、外の様子を知ろうとはしないものなのだろうか」
「そうだな、外のことを知る仕組みがあるのだろう、もし住人がいるとすると、我々が接近しているのをすでに知っているかもしれない。恐ろしく科学が発達した星の可能性もある」
「うーむ、確かにな」
「おい、ドームの表面に丸い蓋がところどころにあるが、あれはなんだろうな」
「黒い丸いやつだな、出入り口にしてはちいちゃすぎる、調べてみるか」
「ああ、あの近くに船を下ろしてみよう」
探査艇は紫のドームの表面にある黒いも丸いものの近くに着陸した。紫色のドームは太陽の光が反射してまぶしい。
黒い丸い蓋のようなものは、鳥人一人ほどの大きさしかない。
探査艇から宇宙空間ようのドローンを飛ばした。映し出されていた黒いものは、蓋ではなかった。穴だった。その惑星に入ることのできる穴である。しかし、探査艇などはいれるわけはなかった。
「穴があいているということは、惑星の大気が漏れてしまうのではないか」
「そうだな、むしろ捨てているのではないか、大気が作られ、古くなったものは宇宙空間に捨てられる」
スクリーンを見た鳥人は首をかしげた。
「どのような者か降りて調べてみたいな」
「そうだな、ドームはしっかりしたものだし、たまには外に出るのもいいだろう」
鳥人たちは宇宙服を着て宇宙艇から降りた。
「宇宙服は窮屈だな」
「翼が壊れそうだ」
二人の鳥人は穴のふちに行った。
真っ黒に見えたが、中を覗くと、かすかに空気が流れていて、地上は雲で覆われていてみえない。
鳥人が宇宙服についている計器を見た。
「このドームは地上から5キロのところに出来ている。すごいものをつくったものだ。この星の住人は宇宙に飛び出さずに生き残る作戦にしのではないか」
「確かにすごい、それにしてもこのドームは何で出来ているのだろう、我々には未知の金属だ、ドームの表面と中に漂っている雲も人工的のもののようだな、雲がこのドームの掃除をすると同時に星を隠している」
「空気の組成は我々の星とほとんど変わりがない」
「そうだな、この高さでこれだけの酸素なら地上での酸素の量は我々には多すぎるくらいだ」
「どうだ、酸素ヘルメットだけで宇宙服なしでも大丈夫そうじゃないか」
「確かに、宇宙艇に宇宙服を置いていこう」
鳥人は宇宙艇で宇宙服を脱ぐと、宇宙ヘルメットだけかぶり、穴に戻った。
「いくぞ」
穴から惑星の大気の中に飛び出した鳥人たちは翼を思い切り広げた。雲の中で何も見えないが、下にはばたいていく。
「久しぶりだな大気をとぶのは」
「気持がいい」
「この雲を抜ければ大地の状態がわかるだろう」
「おい、上を見ろよ、ドームの内側から光が出ている。太陽と同じだ」
「このドームは星を覆うだけではなくて、宇宙のエネルギーを吸収して光を地上に供給しているのだ」
雲の層を抜けた鳥人は目を見張った。この星には大陸と水をたたえた海があった。余りにもきれいな星だ。生命がいないわけはない。鳥人は下に降りていった。
町が見えた。
「あのビルディングを見てみろよ、あの、四角い赤く輝くビルの群をみろよ、すべて同じ形で一つとして異なった形はない」
「そうだな、町としては余りにもきれいなのに、我々の星のように植物に相当する物もはえていない。
「ビルディングの中でこの星の住人は暮らしているのだろうか」
「だが、生命のシグナルは異常だ」
「確かに」
「この星は生きるための星ではなくて、何かの貯蔵庫ではないだろうか」
「確かに、この星の住人はどこかにいて、ここに食料を貯蔵しているとか、機械が置いてあるのかもしれない」
鳥人間はビルディングの屋上に降りたった。
「ずいぶん高いビルディングだな、五百メートルはある」
「何でできているのだろう」
「ドームと同じ軽くて強い金属のようだ」
「そうじゃなきゃ、こんなに高いビルディングをつくることはできないな」
「下におりてみよう」
鳥人はビルの窓から中を覗いた。
「なにも見えない」
「中にはいらなければだめだな」
「生命はいないのじゃないか」
「だが、生命反応はある、必ずどこかにいる」
「もしいれば、我々がこうして窓の外を飛んでいるのを見ているだろう、なぜコンタクトをとってこない、宇宙艇をドームの上に着陸させたときにすでに築いているはずだ」
「うーん、そうだなあ、余りにも無防備だな」
「機械や食料の貯蔵庫にしても防御の機構は必要だからな」
「他の宇宙の生命についての知識がなかったのだろう」
「そうかもしれない」
「ビルの入り口がみつからない」
二人の鳥人は地上にまで降りた。見上げると巨大なビルディングが整然と並んでいる。信じられない技術力である。
鳥人間はビルディングと同じ素材で出来ていると思しき道路を歩いた。星自体がこの物質で覆われてしまっているようだ。
「翼をたたんで歩くのはあまり得意じゃないな」
「飛ぶのも久しぶりだが、二本足で歩くのも久しぶりだ」
「足ががくがくする」
「あそこに、穴があいている」
道の真ん中に地下へ行く穴があいていた。鳥人が近づくと明かりがつきエスカレーターが動き出した。
「降りてみるか」
「上りのエスカレーターがない」
「そうだな、出口と入口が違う可能性がある」
「俺たちは、飛んで出てこれる」
「そうだな」
エスカレーターを降りた鳥人たちは地下の通路に目を見張った。チューブがあらゆる方向に走っており、明かりがついていた。
「すごい地下通路だ、このチューブはどこにいくのだろう」
「チューブはビルの中につながっているのではないか」
「はいってみるか」
「チューブの中を飛んでみよう」
鳥人はチューブに入った。そのとたん、鳥人たちはチューブに吸い込まれた。
「どこに連れて行かれるのだろう、大丈夫か」
「大丈夫だ」
鳥人たちはチューブの中をすごいスピードで飛ばされていった。
チューブはビルの中に入った。やがて、鳥人たちはチューブの出口から外に放り出された。
「チューブの乗り方があるのだろうな」
立ち上がりながら鳥人が言った。
「ここはビルの中だ」
がらんとしたビルの中に、何本もの円筒形のものが天井に伸びていた。文字が描いてある。
「これはそれぞれの階にいくエレベーターだぞ」
「乗ってみるか、危険かもしれないが」
「ここまできたのだから、乗ってみよう」
開いていた入口から円筒形の中にはいった。やはりエレベーターであった。一気に終点までいくとドアが開いた。
鳥人たちは外に出た。そこはビルの中の一番上の部屋のようであった。部屋の中には複雑な機械が設置され、透明のチューブが絡み合うように走っていた。チューブの中には何か得体の知れないものが浮遊し流れている。
「あれはなんだろう」
「望遠にしてみよう」
鳥人の目は、遠くのものを近くに引き寄せてみることが出来た。すなわち、焦点を自在に変えることが出来るのである。
「細胞のようなものが見える」
「ああ、細胞だ、やっぱり生命がいたんだ」
「この細胞は何だろう」
「元気のいい細胞だ、ほら、細胞核がはちきれんばかりにくるくる回っている、何の細胞なのだろう」
「たくさんのチューブが一本の大きなチュウーブつながっている、それが下の階にいっているようだ」
「下の階にはどうやっていくのだろう」
壁際にはいくつもの円筒形のエレベーターがある。
鳥人は離れたところのエレベーターに乗った。思ったとおり、途中の階で出口が開いた。この階でも機械に埋もれてチューブが走っていた。
「下からきたチューブが箱につながっているんだ」
「でもあの箱はなんだ」
「透視はできるか」
「俺は年を取りすぎている、もうできない」
「俺はかすかなら見ることができる、やってみよう」
鳥人にとって、透視はエネルギーのいることで、若くないと出来ない。
「あれは大きなディスポーザーのようだ、細胞が壊されている」
「何で壊してしまうんだ」
「だが、全部壊されているのではないようだ。いくつかの細胞は壊されずにどこかに吸い取られていく、どうやら細胞が選別され、選ばれなかった細胞が壊されているようだ、細胞が分解されて核だけになっている、核はさらにDNAに分解されているようだぞ」
「だが細胞はどこからでてくるのだ」
「わからないな」
「もう少し下の階に下りてみるか」
「そうしよう」
彼らはエスカレーターでさらに下の階にいった。
「ここにも機械がたくさんあるが何をするものかわからないな」
「何か聞こえないか」
「ああ、聞こえる、かすかだが生命体の会話だ」
「脳波のたぐいのようじゃないか」
「そうだが、どこからだろう」
鳥人は機械の間の通路を歩いてその音を探した。一つのフロアーと言っても巨大な建物である。時間をかけて探し回り、やっとその場所にいきついた。そこには巨大な箱が数個置かれていた。
「これだ、この中だ」
「弱い脳波だ、だがかなりの数がいる」
「透視をしてみろよ」
「無理だほとんど見えない、どのような金属で出来ているのかわからない、きっとビルやドームと同じ新しい金属だ、少しわかるのはこの大きな箱の中はたくさんの部屋に分かれていてそこに一つずつ生命体が入っているようだ」
「箱の中では隣同士の生命体が話をしているようだ、それもテレパスを使っているようだ」
「テレパスを使えるなら我々と通信できるのではないか」
「ああ、可能性はある、しかし我々の脳の感度を相当上げなければ夢理だろうな」
「疲れるかもしれないな」
「やってみるか」
「ヤー、この星のみなさん、他の星からやってきました」
すると、返事が聞こえた。
「来ましたね」
「知っていたのですか」
「知っていました、異星人が来たのは二回目です」
「二回目、我々の他にも来たのですか」
「来ました、他の星の人がドームに入りやすいように精神防御機構にしてあります」
「それは何ですか」
「破壊の意思を持った生命体が来ると、ドームには入れないようになる機構です」
「すばらしい、この星の名前はなんと言うのですか」
「地球といいます」
「なぜ、箱の中に閉じこもっているのです、あなた方と会いたい」
「どのような意味ですか、箱の中というのは」
「あなた方は箱の中にいるのですよ」
「ここは地球にある宇宙です、広い広い宇宙です。私の部屋です、私はここで育って、教育され、生きている、私は形のない存在です」
「形がない?」
「そう、形はない」
「あなたの箱の中、いや周りはどのようになっているのですか」
「私の周り?」
「空気ですか」
「いいや、私の周りには養分を補給し熱をくれる液体が動いています」
「そこから出て動きたいと思いませんか」
「動くって、私がですか、なぜ動かなければならないのですか、必要がないでしょう、エネルギーがたっぷり入った液が私の周りを動いている」
「あなたの作ったこの都市、ドームはすばらしい、どのようにして作り出したのですか」
「知らない、自分を意識した時はここにいるのです、この宇宙に」
「この星の昔はどうだったのです」
「昔のことを知る必要がありますか、わたしはこうやっている、この宇宙の中で存在している、それでいいではありませんか」
「例えば、今話をしている私がどこから来たか知りたくないですか」
「もうわかっています、あなたたちが、私と通信したその時に、あなたの星が地球と同じ運命であることがわかりました」
「それでは、あなたたちが、箱の中に入っているのもわかっているのですね」
「そう、あなたの頭の中には、わたしのいる宇宙が箱として映っている、しかし、それはあくまでもあなたの目で見える形でしか過ぎない」
「地球というこの星が、あなた方の祖先が作ったドームに囲まれていること、ビルの中に箱としてあなたの宇宙があること、すべてご存知なのですね」
「わかります、あなた方は自分の太陽系から逃げた、私の祖先は太陽が消滅して冷たい星になっても、生き残れる環境を整えた。それがあなたの見ている箱なのです」
「外に出たいと思いませんか」
「--------------------」
「私たちはここから何億光年も離れている星より飛んできたのです」
「--------------------」
「どうしました」
「---------------------」
「黙ってしまいましたね」
鳥人は顔を見合わせた。
「--------、いや、失礼、今あなたの星を見ました。もうすぐ冷える、あと一万年の命だ、星の上には飛び出さなかった人たちもいますね、冷たくなりはじめた空気の中を楽しそうに舞っている、宇宙艇の中のお仲間たちより楽しそうだ」
「なぜ見えるのですか」
「あなたたちは地球に来る時、生命の感知器で波を観察していたのではないですか」
「あの波は何ですか」
「精神波、宇宙のどこまででも飛んでいきます。宇宙艇は要らない、からだを動かす必要はないのです」
「精神波はどのように出しているのですか」
「我々の先祖が考え出した装置は、私たちの無形の心と呼ばれるものをどこへでも運んでいくのです、心はすべてを見ることができる」
「心というものは、我々ももっている」
「しかし、外に放つことは出来ないでしょう、心はその個体の脳を形成器として生じさせるものです、それを外に放出する装置を先祖は作り出しました。あなた方の見ている箱の中に、自分を閉じ込めたのです」
「肉体がなくて、精神が、心が、どのように作り出されるのですか」
「この地球には何億というこの箱があります、そこに個人としての心が作り出されているのです、個人同士の会話もしています、今、何億もの地球人があなた方と、私の会話を聞いているでしょう」
「この装置が壊れてしまうことを恐れませんか」
「壊すことが出来るかどうかやってみるとよいと思います。壊そうとするものに対して何億もの地球人の精神波が押し寄せてその意思のある生き物は壊れてしまうでしょう、最もこの装置を壊そうとしても星を一つ爆破する力でもできません」
「すごい科学の発達だったのですね、だが、宇宙が消滅したら、無理でしょう。宇宙の理に逆らったことはできない」
「地球の我々は、いずれ、この箱から心だけを飛び出させて、新たな宇宙を作り出すでしょう、そうすれば、この宇宙などなくてもかまいません」
「宇宙を作り出そうとする生命体には初めて会いました」
「動物は生きて、子どもを残す本能を持っていますね、それは、からだがある生命体です、我々は精神だけになろうとしている、肉体にたよらない心を生み出そうとしているのです、まだその途中ですが、いずれ、そうなるでしょう、それが我々の本能です」
「ありがとう、このような生命体がいることを本艇に帰って皆に報告します」
「住みやすい星にめぐり合うことを祈っています」
「さようなら」
鳥人たちは、一番端のエレベーターに乗った。降りると、どうやら一番下の階のようである。エレベーターからでると、そこも機械がつまっていた。
鳥人が機械の間をあるいていくと、太い透明のチューブの中をゆっくりと、あの箱が動いていた。
「何だろう、あの箱はどこに行くのだろう」
「声が聞こえる、テレパシーを強くしてみよう」
「だしてくれー、だしてくれー、おーい、息が詰まりそうだ、ここから出してくれ、おーい、苦しい」
「箱から出たがっている個体だ」
「どうしたんだ、おーい、聞こえるか」
鳥人はその箱に呼びかけた。
「ここから、だしてくれ」
「どういうことだ」
「我慢が出来ないんだ、空気が吸いたいんだ、地球の過去の夢ばかり見ているんだ」
「この星の過去を知っているのか」
「知っている、植物が生い茂り、地球人は楽しんで空気を口から取り入れ、味わい楽しんだ。ものを見て、触って、聞いて、嗅いで、周りからの刺激を楽しんだ。男と女がいて、交わって子どもができた。子どもを育てて、消滅していく、短いが刺激的な生き物だった」
「我々と同じだ、なぜ、あなただけがそうおもうのです」
「突然そうなった、昔に返りたくなったんだ、こんな狭いところから出たくなった」
「上の階で出会った箱の地球人はそうは言っていなかった、肉体から脱却した心だけの生命体になるといっていた」
「みんなそうだ、だが、昔の人間の楽しさを思い出してしまった私には出来ない、あんたらは宇宙から来た人だろう、これで二度目だ」
「さっきの箱の地球人もそういっていた」
「その時の宇宙人にも、私は出してくれと言った、だが、その意味がわからなかったようだ、自分の星に帰って、このような装置を作り出したいと言っていた。私はそれだけは絶対によせと言った、生命は胎内より生ずるべきだ、空気の中で暖められるべきだ」
箱はチューブの中を流れていった。
鳥人は箱の行き先を見るべく箱についていった。
一人の鳥人がもう一人に言葉に出して言った。
「この個体だけ違う」
「何億もいる生命体の中にはこういうのも出てくるのだろう」
「すごい種族だな、このような装置を作るというのは」
「確かにそうだ、これなら種族が亡びることはない、それにさらに新たな存在になろうとしている」
「肉体のない心の話か、ありうるのだろうか」
「この宇宙での話ではないな、別の法則のある宇宙なら可能なのだろう」
「同じものを我々の星に築いたらどうだろう」
「俺はあまり気が乗らないけどな、あの流れていく箱が言ったことが気になる」
「中にはおかしくなるのもいるのだろう」
「あの箱の中はどうなっているのだろう」
「先の箱の地球人がエネルギーのある液体が動いていると言っていた、それに、まだ途中だとも言っていた、それを考えると、あれが中にあるのだと想像できる」
「あれってなんだ」
「探査艇の計器が感知した生命のスペクトルが幼生を示していたことさ」
「ということは、中に胎児がいると言うことか」
「ああ」
「あの箱の行き着くところを見て、この星をもっと調べよう、設計図がどこかに必ずある。それを複写させてもらおう」
「そうだな」
「我々の星にこの装置を作るんだよ、まだそのくらいのエネルギーと時間はある、一人でも二人でも、このような形で種族を残そうよ、一つの卵と一つの精子を提供すればいいんだ、後は何も考えずに余生を送れる」
「そうだな、もっといい装置を作れるかもしれないしな」
「俺は、この星を覆っているドームの設計図がほしいな、大きな宇宙艇の中を被えば、太陽の光を宇宙艇の中に満たすことが出来る、そうすれば、今のままの生活も出来る」
「それもいいな」
太いチューブは大きな透明な水槽に入ると、水の中に沈んだ。
鳥人はまたテレパシーの感度を上げた。
「だしてくれー、生まれ変わりたいんだ」
箱の中の地球人は叫んでいた。
水槽の中に閃光が走ると、箱の蓋が開いた。
中から胎児が転がりだした。白髪が頭を覆っている赤子は水槽の中で水を思いきり飲み込み、一言も発せず身もだえをして死んだ。それは、水と共にディスポーザーに流れ込み、裁断され、他の箱の中の胎児の栄養となるべく、ビルの一番上の調理場と呼ばれる階に運ばれていった。
鳥人は顔を見合わせた。鳥人たちは、数日をこの星で過ごし、この装置とドームの設計図をみつけた。鳥人たちは複写すると探査艇にもどった。
空になった箱は別の装置に運ばれていった。鳥人が見ることのできなかったその場所で、空になった箱に卵子が一つ新しい羊水と共に転がり落ちた。このような間違いが二度と起こらぬように選び抜かれた卵子は、今分裂を始めている。
数え切れぬほどある箱の一つで、胎児の脳の中に見知らぬ核酸が一つ活性化された。その胎児はからだを捩じらせて叫んだ、「だしてくれ、だしてくれ、外に出してくれ」
その箱はゆっくりと動き出し、ビルの一番下に運ばれていった。
その胎児は鳥人たちが先ごろ地球を訪れたことを知っていた。
胎児は鳥人にこう言いたかった。
「箱の中では思い切り羽ばたくことはできない、このようなものはつくるものじゃない、設計図はすてなさい」
ある本能の終局
私家版初期(1971-1976年)小説集「小悪魔、2019、276p、二部 一粒書房」所収 挿絵:著者