冷凍睡眠

明日は修学旅行という夜。
布団に入っても待ちきれなくて眠れない。多くの人が経験したことだろう。

それでも目を閉じて眠ってさえしまえば、目覚めたときは朝に、待ちに待った修学旅行の朝になっているだろう。
それこそ、あっけないくらい一瞬の感覚で。
無論、寝ぼけて頭が覚めきらない人もいるだろうが。

だから楽しみな修学旅行の夜は早く眠りたいのに、でも興奮して眠れない。
ジレンマなのだ。・・・・・・そして、俺もまさに今同じ気持ちだ。



「丹碁さん、気分はいかがですか」

防護服を着た人物が固い台に横たわる俺を見下ろしている。

「不安が2割、期待が8割、ですかね」

あとちょっと背中が痛かった。

「説明しましたが、最初麻酔薬で眠ってもらいます。それから処置に入ります」

うなずいた俺は答えた。

「次に目覚めたときには、そこは・・・・・・」

未来なのだ。



宝くじに当たった。500億の当選だ。一躍俺は時の人になった。
俺への注目は巨額当選金の使い道に集中した。

─きみも浦島太郎だ─

時期を同じくして世間を騒がせる、ハイバネーション財団という団体が、権利の購入者を募集した事業「リュウグウプロジェクト」のキャッチコピーだ。

つまり権利を購入した人を生前に冷凍睡眠させて希望する未来の時代に覚醒させる内容だ。

「丹碁さん、最後の意思確認です」

防護服の博士が聞いてきた。たしか博士の名前は亀田だったか?

「冷凍睡眠の実行に同意しますか?」



どうして冷凍睡眠がこんなに高額の金額になったのか。

人体を冷凍保存することはすでに行われてきた。しかし冷凍睡眠とは少し違う。
それは治療困難な病気で死んだ人体を、未来で治療が可能になった場合に備えて冷凍保存しておくからである。
前提に死者の復活の問題があるのだ。

「はい」と出かかった冷凍睡眠は違う。
俺は生きている。生きた状態で冷凍したまま長期保存して、解凍させれば再び冷凍前のように生きることができる。

この技術が開発されたまではよかったが、とにかく膨大な設備と空間と人が必要なのだ。
つまり金、金、金がかかったのだった。

俺が実際に冷凍睡眠すれば、さらに技術が進歩し確立され、安い費用で冷凍睡眠できることになる。

でも500億あったら火星旅行できたかな。月なんて何回往復できたのかな。



「はい、同意します、亀田博士」

「同意確認しました。補足でもう一つ伝えることが・・・・・・」

顔まで防護された博士の表情はわからない。

「冷凍睡眠から目覚めるとき解凍しますが、万が一冷凍睡眠中に停電した場合。あっもちろん二重三重の電源予備は対策してますが・・・・・・」

あー、さんざん聞こえてきた冷凍睡眠あるあるのオチだな。
結局、正常に冷凍睡眠が維持されず死んでしまった、なんて話。

「それでも不慮の事態で生命が維持できない場合です」

やっぱりな。

「このまま目覚めず死んでしまう危険も覚悟してますよ」

作り笑顔で笑ってみせた。

「いえ、目覚め先が変わるという話です」

「へっ」

間の抜けた声を出してしまった。言っている意味がわからない。

「未来ではなく、あの世ですよ。俗にいう天国かな」

亀田博士は防護服に覆われた頭を俺の顔に近づけた。

「うーん、いや、丹碁さんは地獄かな。では麻酔かけますね」

「ちょちょちょ、待った」

目の前が暗くなっていく・・・・・・。

冷凍睡眠

冷凍睡眠

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-06-20

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