~レッドとコトネが最果てですれ違うだけ~

  1. 第一話 スノウロード
  2. 第二話 探索行
  3. 第三話 雪原の決闘
  4. 第四話 分水嶺(分かれ道)
  5. 第五話 不可侵と適切
  6. 第六話 触発と羽化
  7. 第七話 化生の尻尾は二度触れる
  8. ツインダイバー
  9. あとがき

ポケモンHGSS、レッドとコトネを題材にした二次創作です。

第一話 スノウロード

レッドとコトネが最果てですれ違うだけ


第一話 スノウロード



 洞窟を抜けると雪原が広がる。
 目映い視界に思わずコトネは瞼を細める。
 檸檬色の光が雪の白に反射して、映えているのだろう。曇天の空に覆われていながらちかちかするほどの眩しさで、遠い世界に来てしまったことが実感される。
 雪を見たことが無いわけではない。それでもここまで重層に敷き詰められた天然の絨毯を歩くのは、彼女にとって初めての体験だった。雪の一粒一粒が核を持っていて、人里で見る雨の親戚のようなものとはひと味違っている。
 この白銀山の登坂を初めて二日目の朝。
 彼女は踏みしめたことのない環境のただ中にいた。
 風は比較的穏やかだったが、里では秋も終わる頃だろう。完全な冬山はリスクを伴う登坂といえたがコトネにしてみれば許容範囲だ。
 体力を損なわないための規則的な足取りや呼吸のリズムは、鍛え上げられた身体機能は多くの環境を潜り抜けてきたことを示している。背中の圧縮鞄には快適な野営を一月過ごせる備蓄があり、長期的な糧に関しても心得えが窺える。
 ただ一つ至らない点があるとすれば、それはコトネ自身が年端のいかない少女ということだろう。
 外見的には十歳を少し過ぎた程度。フード付のコートにゴーグルをつけ、口元をマフラーで覆っている。背が高い方でもないため、厚着をしてもなお華奢な印象はぬぐえない。
 そんな少女がたった一人で辺境の雪山を歩く。
普通に考えれば危険を通り越して愚かしい。
とはいえコトネにとってすれば、備えこそあれど向こう見ずなことをしているつもりもなかった。
 腰に嵌められたモンスターボールが、一人ではないことを表している。


 モンスターボール―――それはコトネの住む世界に存在する不思議な生き物『ポケモン』を使役するための格納子だった。
 『彼ら』は古来から、動物や植物と呼ばれていたものに似た形を持つ、自然的な力を宿す存在である。火炉や水分といった、生活に必要なエネルギーを宿しながら、それぞれが生態系に属している。
 モンスターボールに住まわせている間、ポケモンは意識を持ちながら体力をセーブする休眠状態に入る。トレーナーはボールを持ち歩くことで気苦労なしに旅の共としていることができる。
技術を媒介に共生関係を築いているのである。
それが『懐中に潜む怪物』と呼ばれる由縁。
 だがコトネは、使役するという意味合いでポケモンと接することが好きではない。
 モンスターボールの休眠機能を利用することは、物で仲介しているために、意思の疎通が曖昧になるためだ。
ボールの休眠機能と食料で繋がりを持つことはできるが、場合によっては知らない間に傷つけていることさえありえる。
コトネはそういった欺瞞に囚われることを怖いと感じていた。
まして相手は人でなく異界の生命である。感覚の相違がない方が難しい。
だからコトネは彼らのサインを受け取るためになるべく実体同士で接するように努めていた。
彼らの『言葉』は翅の交信や鳴き声など多岐にわたる。声ですらなく動作で表現するものまでいる。
 もとより人とは別の存在だとしても、できる限りのことをした上で接したい。コトネはポケモンと旅をする仲でそうした思いを抱くようになっていた。
「……何か見つけたの」
「にゃう」
 ふと足元を見ると連れ歩いていたマニューラが雪原の向こうを指していた。寒い土地に暮らすポケモンであるため、何か発見があればと周囲を偵察させていたのだ。
藍色のすらりとした体躯がとてとてと何かを辿るように歩く。
目を凝らすと雪藪の中に微かな跡が続いているようだった。連日の雪に塗れて薄くなっているものの、おそらくは人の足跡だろう。
コトネ以外に人がいる証明だった。それは彼女がこの山を登坂する目的でもある。
「ぴったりかもしれない」
「にゃ」
 目的を目の前にして、はやる気持ちのまま足跡を追っていく。
 マニューラが横で索敵しているため途中で見失う心配もないだろう。
 幾ばくか歩くと、雪景色の中に野営の仮住居が見えた。道の途中からは、雪藪だったものが道のように踏み固められている。
 仮住居に近づくにつれ、周辺にいくつかの温度計が設置されているのが見えた。環境情報の記録のためのものだろう。
 同業者の気配に胸が高鳴る。
 コトネの目的とはある人物に会うことだった。
 ここに仮住居を構える人物が探している人と合致すればいい……。
 その真偽もここで待っていれば、いずれわかることである。
 ゆっくりと事を構えようと思い、野営の支度をする。
 圧縮リュックから骨組を準備しているとマニューラがまたもや遠くの稜線に反応をしめした。
 目を凝らすと人影が雪煙の中で揺らめきながら、徐々に近づいてくるのが窺えた。
 コトネは敵意のないことを示すべく、ボールホルダー以外の荷物をおろし、ゴーグルとフードを取り外す。年相応の小さな後頭部に二つに結んだ髪がぴょこんとはねる。
 よく見えるくらい距離が近くなると、コートに身を包んだ人影が少年であることがわかった。
 少年もコトネの姿を確認するや少し距離をおいて立ち止まる。
 もふ、と裾を雪に埋めて、視線を向ける。
 身長は伸び盛りの中では並程度。年齢はあらかじめ聞いていたとおり自分より一回り上に見える。
 目深にかぶったフードからは優しげな形の瞳が覗いているが、どこか人のものとそぐわない色を称えているようでもある。
「マサラタウンのレッド、ですね」
コトネは幾分か強張りながら名前を呼んだ。
少年は小さく頷きフードを取る。頭や肩に積もっていた雪が周囲にはらわれる。
平凡にそろえられた黒髪に白い肌。里暮らしの少年のイメージをそのまま抜き取ったような整った容貌をしている。
姿だけ見るならごくありふれたものでしかない。
 だがコトネはその雰囲気から一匹の獣と鉢合わせたような錯覚を読み取る。
 もっと言えば、あらかじめ孤立した獣というべきか。
 彼女の懸念を読み取ってか、マニューラが人見知りをしてズボンのすそに隠れていた。よしよし、と喉を撫でてなだめ、ボールに入れて休ませてやる。


「……君は?」
 少年が呟くようにいった。
「ワカバタウンの、コトネといいます」
「確かにレッドは俺で合ってる」
 朴訥な口調だったが不思議と通る声をしていた。偏屈な人間だと聞いていた割に、対応もありふれたものだ。噂が独り歩きしているだけで、案外普通の人なのかもしれない。
 コトネはこの白銀山に来た経緯を話した。三年ほど前にオーキド博士からポケモン図鑑を託され、その生態系を調査していること。二つの地方をまたいで旅をし、十六のジムを制覇したこと。そしてトレーナー協会からこの白銀山に立ち入る許可を得てきたことを説明した。
「不躾かもしれませんが、少しこのあたりに留まらせてほしいのです」
コトネは失礼のないようにおとなしい表情でいう。
「問題はないと思う。君は図鑑製作者?」
「そうです。ジョウト地方の出なので、この山がいちおうの終着点になる感じかな」
「そうか。ならプロフを交換しよう」
図鑑を作る者にとって情報は完成されたものだけを意味しない。レポートとして提出する資料のほかにも、分布図のようなフィールドワークのための情報などいわゆる口情報は多岐にわたる。
そういった過程は図鑑やレポートの記事には影響しないものの、実施する側にとっては意外な足がかりになる。
二人は図鑑の端末を合わせて、互いの学会コードを交換した。これでネットにあげているものに限り、互いの中間報告やサブメモ、レポート等を読むことが可能になる。
「特殊な文献はロックしているから。見れなくても気に病まないでくれ」
「かまいません。私も『スイクン』の足跡を持っています」
 『スイクン』という言葉にレッドは驚いたようにまゆをあげる。
「だからある程度は特殊な取引もできます」
 仲良くなるのは案外いいものですよと、コトネは言外にメリットをちらつかせる。
相手と対等でいたいと思うのならば認められるに足る『力量』を示さねばならない。
 フィールドワークをするものにとって『力量』は信用を得るために必要なことだった。その指標は戦闘力だけに留まらず、ポケモンと自分を含めたパーティーの管理能力にまで及ぶ。闘いにおいて弱いものは足手まといだが、生活を支えられないものもまた状況に食い尽くされる。
 そうしたトレーナーの総合力が、調査するポケモンの名前一つで伝わることがある。コトネは『スイクン』の名前を出すことでレッドに力量の目安を伝えたのだった。
「それは俺との取引ってこと」
「それ以外に、ここまできた理由はありませんから」
「……博士の使いにしか見えないけど」
「使いって……なんか後ろめたい事でもあるんですか」
「いや。あのじじいは、ちょっとレポートが遅れると期限がどうとかで、わざわざ俺一人のために助手を差し向けてくるんだよ」
 あらかじめ聞いていた少年の噂、その真偽についてコトネはある程度の推測ができた。おそらくこのレッドという人物は恐ろしくズボラか、我儘が塊になったようなものなのだろう。
「でもちょっとだけ共感します。あんまりつけられるのもどうかなとは……こっちは本当はただの修行の旅にしたいのに」
「まあ、同業者ならいいんだ。一人では危ないだろうし。一緒に来てくれたほうが都合がいいだろう」
 レッドはコートのポケットから帽子を取出しおもむろに被る。それは彼がトレーナーに対するときの自分なりの礼節のようなものだった。
彼女の『力量』について見極めてみたいと思ったのである。
『スイクン』の情報だけではない。シロガネ山のこの階層にいることそのものが稀なことである。
その非凡さは、同行を認めるに足るものだった。
無論、一定の階層までではあるが。
「本当ですか」
「ああ。だが今日はバンギラスの観測をしていたから、それを優先する。取引や何かは無事に帰ってからにしよう」
何気ない言葉に、コトネはぎょっと微笑を歪める。
今、この少年は何を言ったのだろう。
「いま、なんて?」
コトネは呂律を怪しくしながら尋ねる。
「『バンギラスの観測』。何か、問題が?」
「そう、ですか……」
バンギラスは砂鎧とも呼ばれる要警戒ポケモンの筆頭である。
この白銀山に生息し、地層を作る能力をもつといわれている。莫大な膂力、成分生成力をもち、それゆえに未知なる部分が多いともされる。
この少年はその観測を行っているという。トレーナーとしての使役能力だけでなく彼自身の生存力も相当なものなのだろう。コトネは先ほど彼の中に感じた獣の気配が間違いではなかったと確信する。
「怖いなら待っててもいいけど」
「……大丈夫ですよ。あんまり心配しないでください」
コトネもバンギラス級のポケモンとはいくつか相手をしたことがある。推測のつかないほど恐ろしい相手ではないことは知っている。
だが自分より経験のある人物が同行しているといえども気を緩めることはない。コトネは気分の抑制もまた心得ている。
「急ぎましょうか。時間帯に沿った観測で、習性を見極めてるんですよね」
「そうだな。物分りのいい奴はすきだぜ」
 少年はフードを被りなおしながら頬を緩める。コトネは未知の生物を不安に思いながら後ろについて歩きだす。
 どうやらここは予想以上にとんでもないところのようだった。
 それでいて、胸のうちにわき上がってゆく好奇心は押さえようもないのだから、難儀なものだった。

第二話 探索行

第二話 探索行


踏みしめた足跡をたどりながらコトネは距離が開いていることにあせっていた。
はぐれないようにレッドに追いつき歩幅を小さくするように抗議すると、レッドは苦くはにかみながら歩を緩める。
「気を使ったほうがよかった?」
「お構いなく。雪をみて、はしゃいじゃって」
コトネは少年が偏屈な人であることの意味がわかりかけてきた。クールでありながら勘にさわることを平気でいう。数度の会話で彼女が子供扱いされるのを嫌うとふんで、わざと意地の悪い言葉を使っている節がある。
そのくせ、こちらが話さないときは、微妙な気遣いをしてくる。
ある程度他人の気持ちを把握できることからも、意地悪な物言いが意図的なものなのだろうと思い知らされる。
悔しいが、どのように対応を返そうか。
うなだれているとおでこが前にいた彼の背中にあたる。コトネが顔を上げるとレッドは立ち止まり前方遠くを指さしている。
「この洞窟の先に先日発見した『巣』がある」
「『巣』って……。バンギラスは山自体が『巣』じゃないんですか」
「ここより進めばそうした細かい機微も把握できるようになると思う」
うっすらと舞う粉雪の向こうに暗く開いた入り口がぽっかりとたたずんでいる。そこがバンギラスの住まう階層へと続いているという。
洞窟の入り口に差し掛かると暗がりが音を吸収するのが感じられた。洞窟は奥深くに伸び、細やかに反響している。闇はトレーナーにとって慣れた光景であったが、ここのものはどこか異界の入り口を彷彿させる。
レッドはボールからピカチュウをくり出し『フラッシュ』を灯す。ピカチュウの電気が小さな頭のあたりで収束、松明の役目を果たす。
「ちゅうっ!」
少年はピカチュウを肩に乗せ再び先導する。 
「このあたりの堆積物の成分を調べた。どうやら土の移りかわりが激しいみたいなんだ。部分的に地層の構造が入れ替わっている」
「構造って……。層全部ってことですね。でもそれじゃあ土を主食とするポケモンでの生態系循環が説明ができない」
コトネの言う土を食べるポケモン―――イワークなどの岩石生命は主に山の成分を栄養としている。
それらの生命は住処が荒れないために地形を保つようにして土を食べる。表面を削り、食べた分だけ均等になるように老廃物や体表を落としてゆく。それはバクテリアに分解された後、食用の土とはまた違った層を作り出す。こうした循環は層の上に層を重ねるため構造や断層そのものを塗り替えることにはならない。
「といっても全部まるごとというわけではない。この山の洞窟には基礎をなす骨子のような部分があってその部分だけは入れ替わりを免れている。だから崩れることはなく、常に新しく柔らかい土空間が存在できる。いわば土を食べる生物の、でかい農場みたいなものだ」
 コトネは骨子といわれて鉄骨のようなものを想像する。山と骨子という表現がうまく結びつかない。
「えと……つまり、一部分の層は構造ごと周期的に変わっているけど、そうじゃない層が山の骨子にあたって、全体の均整がとれてる、みたいな」
「ああ。だからこそ入れ替わる地層そのものが、バンギラスと直接関わっていると踏んでいる」
 コトネは調査をするポケモンの強大さに嘆息する。
「山を壊し、山を作るポケモンって言いますけど。これって山の中に山を作ってるみたいです」
「地層の件と絡めれば『山を作る』の意味はとても広い意味になってしまうけどな」
「なんだかマトリョーシカみたいですね」
「さあね。変化する地層は幼態が創った『山』ということもありえる。そうなれば成体は本当に山の土台まで作るのだろうな」
「あ、マトリョーシカは遠い国の人形なんですよ。人形を割ると中に小さい人形が入ってるんです」
「さすがに山の土台まで作っているとは思えないけどね。山に見えるほどの『巣』を先人が勘違いしたと考えるのが今のところ妥当だな。それも含めてはっきりさせるのが俺の仕事なんだけど」
「なんか、噛み合わないですね」
「まあ、いいんじゃないのかな」
「応援してますよ」
コトネは素直に思ったことを述べた。レッドはどう答えたらよいかわからずに曖昧に返事を濁す。
「……もうすぐ『巣』につくから…もっと危機感をもったほうがいい」
心なしか少年の声が動揺しているのをコトネは見逃さなかった。先ほど会ってから初めての隙を見つけたと考え、自然と口元が綻ぶ。
暗がりで互いの顔が良く見えないことを幸いに、声だけ我慢して形だけ盛大ににやにやとした。レッドの肩に乗るピカチュウが怪訝な顔をしているが気にしない。
「ぴかぴー」
 主人を笑われて怒っているのだろう。申し訳ないのでコトネはピカチュウにだけ内心で謝罪をする。
 レッドが怪訝な表情をしているがコトネに落ち度はない。ただ素直に思ったことを言っただけである。当の本人はまだ照れているのかまっすぐ前をみたままほとぼりを覚ましていた。
ふとピカチュウの耳がピクンと何かに反応した。一泊遅れてコトネは瞼にざらつきを覚える。眼球に小さな粒がはいたような違和感を覚える。
「ここからは装備が必要だ」
レッドはすでにゴーグルをあてて砂が強くなっていると言った。コトネに予備のものを渡し、ピカチュウにも専用の小型のゴーグルをつけている。
「洞窟の中に砂嵐って……」
目元を覆いながらコトネは落ち着こうと気を引き締める。口元を覆うマスクを受け取りながらレッドが雪山にそぐわない恰好をしていたことに納得する。耳当ては予備がないというのでコトネは目深な帽子で代用する。
「山を作る原因って奴だよ。間近で視るまでは俺も信じられなかったけど。砂の先にバンギラスの建造領域があるんだ」
砂を辿って歩くと出口の明かりが見えた。
 見つかることを懸念してピカチュウに明かりを弱めるよう指示し、息をひそめる。
洞窟を抜けた先は麓の森の見渡せる、開けた空間だった。山の中腹に位置するのか、減衰した陽光が茫洋とした空に稜線を浮かべている。
 風景の中には微かな黄土色の微粒子が飛んでいる。風上に逆って視線を向けると、雪道にまばらな黄土色がまじる。
 白銀のなかに混じる砂の粒をたどると、その割合が広がっていくのがわかる。
「おおおっ?」
 ガリッとした感触にコトネは前のめりに倒れそうになる。雪の量が少なくなり石や土の塊が突き出てきているのだろう。
 見上げると切り立った山の壁面が雪を遮るように続いている。
まるで意図的につくったような小さな谷。これでは同じ山で突然雪原が途絶えていったのもうなずける。
すでに足元の道なりは砂と混じり雪原をなしていない。固められた泥濘さえ窺えるありさまだ。何者かに踏み固められたのか、はては一定の熱量があるのか。いずれにせよこの区画になじみ深い居住者がいることを物語っている。
 崖の壁面が迷路の道のように続いてゆく。明らかに知性の及ぶものの仕業と断定できる機能的な谷。山道にありながら都会のビル群の下にいるような狭い空に不安を掻き立てられる。
「これは切り立った崖を増築しているんだ。おそらく、巣穴を作るために外堀を固めているのだと思う」
「そんなに細かく言い切れるんですか」
「ああ。その証拠にほら」
 レッドが立ち止まり様子を窺うように視線を向けている。その先には緑色の何かが動く様子が微かに見えた。
「警戒されないようにこれ以上は近づかないほうがいいだろう」
そう言って少年はコトネにスコープを手渡す。目元に当てレンズの焦点を合わせると、ハッフルパフ石に似た淡い緑色の甲殻を纏った二足獣が、山の壁面に息を当てているのが見えた。
体内の熱を噴射することで壁面を補強しているようだった。
まき散らされた砂はこの崖の道を建造する際『補修』に使われたのだと考える。膂力と鋭さを兼ね備えた腕力で切り開き、放出する砂と熱の吐息で修繕をしているのだろう。だとすればここまでの雪から泥への推移について納得がいく。
「ここのような崖を防壁、洞窟を迷路にして巣への道を守っているのかもしれないな」
「疑問なんですが、どうして洞窟から直接こなかったんですか」
「来なかったというよりは来れなかったが正しいかな。山のポケモンは人間が思うほどわかりやすい巣をつくるわけじゃない。人の山道から直接つながるような『巣』が安全だとは言えないだろう」
「それじゃあ、ここの道は……」
「かろうじて俺が記憶している道順だ」
 レッドは小声で話しながら、鞄をまさぐり、写像器を取り出す。音をたてないように、一帯の『巣』と自然の建設者の様相を望遠写像器でスナップしてゆく。スナップを終えるとクロッキーとペンで簡素な写生を行い始める。
観察対象に影響を与えないためとはいえ、離れた距離からスケッチをこなす様は手慣れているという形容もあてはまらない。柔軟な工夫の繰り返しから確立した職人術のようだった。
なにげない一連の作業はそれだけみれば訓練で誰でもできる類に見える。状況によって異なるパースにもかかわらず良質なスケッチをこなすには技術を重ねた先に培われる感覚野の発達が必用だった。それだけの多くのスナップ・スケッチをこなしているのだろう。
コトネは憧憬を抱いていた人物と共に行動していることを改めて思い知る。そのため、横にいても良いのだろうか、というそぐなわさも感じる。自分の力は比肩するに値するものなのか。はたして今、足手まといでないと言い切れるのだろうか。
 レッドという人物にただ合うためにこの山に登ってきたわけではない。同じ図鑑製作者として、あるいはトレーナーとして、還元のようなものを示したいと思っている。それは人間の世界の外で暮らす者同士が助け合うための礼である。彼に対して、自分が礼するに値する者なのかを示したい。
レッドがスケッチを終え帰途についたとき、なるべく自然な風に呼びかける。
「レッドさん」
 少年がちらり、と一瞥する。
コトネは一泊の呼吸をおいて切り出す。
「私は博士のつてでこの場所を知りました。ですがさっきも言ったようにお使いできたわけじゃないのです」
「俺はそもそもそれらが来れないようにここに拠を構えてるからな」
 レッドは悠然と歩いたまま、さらりと皮肉げな言葉を言う。
「私は、あなたと同じトレーナーであり図鑑製作者です」
「どちらかというと隠者なかまじゃないのか。こんな未開の場所にきて」
「……隠者だって、独り立ちしているなら、やっぱり資格は必要ですよ」
「隠者が二人いたら、なんとやらという奴か」
「手合わせをしてくれませんか」
少年の口元がふ、と綻ぶ。不敵な笑みは闘争心の色をたたえる。それだけでいちおうの手ごたえをコトネは察する。
「……ここに来たからには自分の『位置』がどこにいるのかを試してみたいのです」
「見た目だけは、使いとあまり変わらないようだが」
「そうでない証明ならいくらでもあります」
コトネは少年のはぐらかしにつき合い、ジムバッチのケースとリーグの認可証を示す。それらは強さの指標であり自分が誰の使いでもない、自立した存在という証明でもある。
「めぼしい証はそれだけか」
 少年は地方で得られる認定バッチに対して『それだけ』と言う。偉そうにしていても安い挑発をしている。闘争のスイッチが入りかけで、まどろっこしいのだろう。そんな状態の相手には相応の貪欲さで答えることをコトネは理解している。
「じゃあ私の名前をつけましょう」
 レッドは視線をあげ少女に向ける。トレーナー同士は目線の交錯で闘いの意志を確かめ合う。
「ワカバタウンのコトネ。良い名前だと思う。俺で良ければ相手になろう」
「これだけつけたんです。あなたこそ、名前だけで終わらないでくださいね。マサラタウンのレッド」
「……勿論だ」
 理解を得た二人は『巣』を後にし、たどってきた道を引き返す。
水場を求める獣のように、開けた空間を目指して歩き始める。



 その人物は齢僅かにしてポケモンリーグを制覇した伝説のトレーナーと言われていた。またある所ではカルト教団をたった一人でつぶしたとも伝えられている。その逸話には限りがなく、暴走族の群れをなぎ倒したとも、幽霊を成仏させた、ともされている。
 それらの噂は始めは例に漏れず信ぴょう性の無いものだった。しかし逸話の中で一つだけ共通していることがその逸話に現実味を加える輪奈(わな)となる。


『ポケモン図鑑を作るために世界各地を旅しているということ』


『ポケモン図鑑』とは研究に権威を持つ各地の博士が、近年になって全国のポケモンの生体を観測するために作成したツールである。
 旅を志望する若者に託し、出会ったポケモンの生体を記録させ学会に提出させる。図鑑所持者の集めた情報を編纂して、最終的にポケモンの生体を網羅した書をつくるプロジェクトだという。
 コトネもまた図鑑を受け取った者の一人だった。
 だから話に聞く『伝説のトレーナー』がポケモン図鑑と関わっているならば、縁あるところを探せば見つかるだろうと考えた。
 懇意にしているオーキド博士に訪ねると「あいつだろう」とうなずき、現在その人が調査に携わっているという山を教えてくれた。
「しかしまあ、いったい、会ってどうするものでもないというのに」
「それは……同じ図鑑を持つものとして意見を交換したいんですよう」
 勿論それらの言い分は建前である。
 トレーナー同士の意見の交換には必ずといっていいほど勝負ごとが含まれる。緊張を強いられる状況下でどのように振る舞うのか、あるいは知識を活用するのか。トレーナーにとってポケモン勝負とは互いを図るうえで多くを知り合う機会となる。
 オーキド博士にしてみれば未開地区に赴ける力量をつけたことは嬉しい限りだったが、わざわざ山まで行くほどのことでもないと説得する。
 しかしどう諭してもコトネは聞く素振りを見せない。
図鑑所有者が予定に従うような人間でないことは自らを鑑みれば明確である。下山を待っていたら別の場所に高飛びしていた、なんてことも十分にありえる。コトネ自身、好奇心が芽生えたら即断即決で足を向けずにはいられない性分である。
それは図鑑所持者にとって大事な性質だということもオーキドは理解していた。しょうがない、と折れて最終的には通行認可証まで手配してしまった。
「というわけで私は行きます」
「何度も言うが危なくなったら救助を呼ぶんじゃぞ。それと電話が届かなくなったら、飛行ポケモンに伝書をさせるのじゃぞ。あとは……えーと。山の麓のポケモンセンターにも連絡をつけておくからな……」
「いや、博士、そんなしなくても大丈夫ですから。そろそろ認可証を」
「じじいとしては忍びないのだがな……ほれ」
「へえ、これが」
 うれしそうに認可証をうけとる少女を前に、オーキドはひどく複雑な心境だった。子供が旅をすることはおかしいことではないが、この子は十歳過ぎにしてあまりに強くなりすぎた。ポケモンの扱いにおいて並みの玄人をはるかに凌駕している。それゆえに自分自身の、人間としての脆さを理解していないふしがある。
「いいか、決して山道から外れるんじゃないぞ。」
「無理はしませんから」
そう言って、博士の心中を察することなくコトネは身支度を整えて行ってしまう。
 レッドという存在について、彼女はまだよく知らないでいる。

第三話 雪原の決闘

第三話 雪原の決闘


vs ピカチュウ①


視界の端には雪に埋もれた柵が見える。進入禁止と書かれていたようだが正確な判読ができないくらいにかすれている。
柵の向こうには山の稜線が広がる。視界が開けているということは谷が続いているのだろう。
雪の欠片が空の表面から剥がれ落ちたように降り、それぞれの頬を撫でる。
ふたりは雪原の丘に対峙する。少年と少女。
少年はコートのフードを取り赤いキャップを被っている。
より幼い少女は防寒着を羽織るにとどめ、髪を結いなおしている。
ポケモン同士の戦いはこれといった定石は存在しない。一瞬の指示が命取りになる場合もあれば、擦り減るような持久戦の場合もある。トレーナーは精神の消耗に備えて、身だしなみなどによって心を落ち着けるルーチンを自然に備えている。緊張状態と日常状態の間に無意識的な動作を挟みクッションとすることで精神のこわばりを解すのである。それはレッドにとっての帽子であり、コトネにとっての二つ結びなのだろう。
「試合は手持ちの六匹の、その中の三体同士で戦わせる。リーグ方式でいいか」
「問題ないです」
確認をしたのち二人は互いの図鑑に手持ちのリストを送信する。
この戦闘様式はポケモンの力のみを測る試合において、人間側の奇襲を防ぐという意味合いも持っている。トレーナーが人間である以上、奇襲の手法は煙幕、閃光、催眠性の芳香など多岐にわたる。野生との戦闘では有効かもしれないが、それでは正当な決闘とは呼べない。それゆえにこの『手持ちをさらす』という行為は互いの同意を確認し合うばかりでなく、万が一ルール外の奇策がなされた際に原因を特定できるという意味合いも含んでいる。
関与できるのは知力であって武力ではならない。あくまでポケモンの力をぶつけるということであって、人間も含めた総力戦であってはならないのだ。
 手持ちの情報を交換したのち、レッドは一枚の硬貨を示す。ボールを投擲する際の合図だった。コトネは深呼吸をしたのち、頷く。
キン、と。
硬く済んだ音が宙に撥ねる。
回転した硬貨は軌跡を描き、雪面に落下する。微かな音にかぶせる様に、二人のトレーナーはモンスターボールを抜き放つ。赤と白の螺旋を描いてボールが対峙する空間に投入される。
ボールは地面に着弾した後、格納されたポケモンを解き放つ。
電子が実体化、両者の先鋒が威嚇の鳴き声を発し躍り出る。
コトネが繰り出したのはフライゴンと呼ばれる蜉蝣竜。赤い複眼に緑褐色の竜皮を纏い、背中の翅が鈴のようにさざめく。
レッドの電気鼠を警戒しての選出だった。強力な電撃も地面に流すためのしっぽと、耐性の強い竜皮によって受けることができる。
 対してレッドが繰り出したのはコトネの予想したとおり電気鼠(ピカチュウ)だった。ボールがはぜ、電子体が小さな黄鼠の実体となる。
「ぢゅううう」
ピカチュウは気合いを入れているのか小さな両手を胸元で震わせている。掌には檸檬色の球が見えた。
電磁伝導球体――でんきだま――と呼ばれるものだとコトネは瞬時に把握する。
それはピカチュウ族における宝刀のようなもので、帯電する体毛を練り込まれて作られる。編み込まれた天然の珠はピカチュウの電性を増幅し、電気放出量や反射神経を飛躍的に高める。
 コトネは腕で合図を送り、あらかじめ示し合わせていた技をフライゴンに伝えた。トレーナーと意志を交わしやすい序盤はサインによる取り決めで相手に悟られないようにする。ポケモンの多くは知能を持ち、ある程度人間の言葉を理解できるため、意志の疎通が可能になれば両者で取り決めを合わせることも可能になる。
 フライゴンは翅を大きく羽ばたかせ『追い風』を起動。背後から強風が流れる。これにより小さな体格のピカチュウは移動さえおぼつかなくなり、フライゴンはその突破力を高める。
案の定ピカチュウは『追い風』を前に口元を歪めてたじろいでいた。フライゴンにとって攻防一体と言える状況が整えられつつあった。
 コトネは立て続けに腕のサインで指示を行う。フライゴンは横目の複眼で合図をとらえ実行に移す。
 その間にピカチュウは追風のなかを一歩一歩縫うように歩いてくる。口元を歪め、呪詛を奏でるような表情でフライゴンと対峙している。
 実際に何かを発しているのか。あるいは体内でわるだくみと呼ばれる回路構築を行い、力を蓄えているのかもしれない。
推測をしていると、フライゴンの機微がわずかに揺らいだのに気付いた。
微かな怯えが表情に表れている。
 その隙をピカチュウは見逃さない。洗練された手刀がフライゴンの間合いに入る。上体をそらし、一閃を躱す。ピカチュウの追撃のしっぽも飛翔による後退でなんとか交わす。
それは進化前とは思えない身体操作術だった。『追い風』を生成した分だけ間合いが微かにずれているが、その動きは熟練の最終進化系にもひけをとらない。
コトネは直感的に接近戦をしてはならないと悟った。幾たびもの戦闘経験によってポケモンの運動感覚と自分の生理感覚が結びついている、それゆえに感じた、戦慄だった。
「飛んで、フライ。いったん逃げて、立て直そう」
だがフライゴンは何かに煩悶しているように動けずにいる。戸惑いながら、このまま耐え忍ぶべきだと自分に言い聞かせているようにも見えた。
客観的には命令を無視しているように見える。しかしコトネには自分の声が届いていないのではないか、という懸念が先に浮かぶ。
気がかりなのは先ほどピカチュウが見せた、何かをつぶやく呪詛の表情だ。
それが何を意味し、フライゴンにどういう影響を及ぼしたのか。
戦闘にあたってポケモンが人間に従うのは、生物的にもう二つの視野を得るためと言われている。
一つは物理的な視界。もう一つは知識的な視界。
ポケモンは頑強な身体や技を備える反面、生まれ持った相性を覆すことができない。代わりに知識という特有の“生存戦略”を利用する。ポケモンもまたモンスターボールの人間との『共生』を通じて、生存戦略を学ぶ。
トレーナーから得るものがない場合はポケモン側も独特の論理で命令無視を行う。人間に背くこともまた彼らにとっては生きるための合理的な判断なのだ。
 コトネとフライゴンの関係は粗雑なものでは決してない。フライゴンは他の地方のポケモンゆえ、幼体の時から餌や周囲の湿度などに気を使い、進化をしてからも背中に乗せてもらえるほどの信頼関係を培ってきた。
 命令を無視しているのではなく、何か別の理由があることは明白だった。
そう踏んではいたものの具体的な糸口が見つけることができない。
フライゴンはピカチュウとの距離を保ちながら『追風』を生成している。『追風』は戦闘の場作りには適しているが相手がリズムに順応してしまえば、こちら側に大きな隙ができる。
三度目の追い風がピカチュウに向かった。だが表情を窺う限り先ほどよりもゆとりが表れ始めている。風の流れを読み始めたのだろう。
コトネはフライゴンの硬直現象について思考をめぐらす。この繰り返しの動作は虚ろではあるが覚えがある。
“妖精系”種族が生まれもって備える、『アンコール』と呼ばれる音声波長だった。群れ全体が危機に陥った時、繰り返しの動作を円滑に伝えるための、伝達系を担うシグナルである。そのシグナルは群れの仕事の効率化のほかに、天敵に対する足止めなどにも用いられるという。
だがそれを戦闘に応用するとなると、よほどのコンビネーションが必要になる。『アンコール』を間違ったタイミングで用いれば、相手の戦闘技を連発させる結果となってしまうからだ。
未進化のピカチュウの耐久力では、進化ポケモンの攻撃を二度も受けれない。
それほどの危険を犯してまでトレーナーを信用できるポケモンがいるのだろうか。
レッドの方を窺うと、少年は平然とピカチュウの攻防を平然と見守っていた。さも当たり前のように、極めて落ち着いた表情だった。
フライゴンの一撃を受ければピカチュウはひとたまりもない。
どれだけ鍛えても体格差だけは埋まることがない。それが抗いようのない真理のはずだ。
常識的に考えればレッドとピカチュウのしていることは、隙だらけの、自殺行為に他ならない。
戦術として間違っているのは明白なことだった。
それなのに、コトネは勝てるイメージを掴み切れずにいる。
 一度攻撃を受ければ致命傷になる。そんな進化前のピカチュウをあえて選出する。これは信頼関係のみで括っていいことではない。
 フライゴンはアンコールによって撹乱されてはいたが、リズムを取り戻しつつある。このわずかな隙が致命的な差になるようにはコトネは思えない。
「しっぽを振って。距離を置いて」
 今度は声が届いたのかフライゴンのしっぽが振るわれる。ピカチュウの体格の数倍の質量が襲い掛かる。しかし、寸前で躱される。二度、三度の連撃も当たらない。
 レッドとピカチュウが確信を以て避け続けているとしたら?
 考えたくないことだった。
 それはあらかじめフライゴンの能力を見極められていることに他ならない。
 でなければ、レッドとピカチュウの二人は、無謀に迎えるだけの狂気を携えていることになる。
 コトネは首を振って思考を振り払い、状況に専念する。
「フライ。一旦、距離を置こう」
もう一度、後退するように指示を出す。
アンコールによる思考妨害が切れたのか、耳を傾けるように見えた矢先、ピカチュウの尻尾がフライゴンの腹部に埋まった。苦悶の表情を浮かべながら反射的に尾を振り返すも、実態を捉えきれず檸檬色の残像をかすめる。
視界の外にうまく回り込まれているため反応が遅れている。
だとすれば別の眼が必要になる。コトネはピカチュウの動きの軌跡を予測する。フライゴンの感覚を思い描きながら、網膜に引かれる檸檬色の線に集中し、指示のタイミングを測る。
「上っ」
 コトネの声に反応してフライゴンは回避を行う。最小限の動きでコトネの指示した方向をとらえ、振り下ろされたピカチュウの後肢を躱す。このまま躱しつづければ間合いをとることができるだろう。
ピカチュウの小さな身体は死角に入り込むには適しているが、フライゴンの複眼もまた、方角を指定してやるだけで相手を把握する広い視野を持っている。
「左っ」
「ピカチュウ、みがわりだ」
 コトネの指示にかぶせる様に少年が指示を与えた。フライゴンがとらえた影は、静止した残像に変わる。相手の動きが止まったと錯覚したのか、フライゴンは攻撃の姿勢に転じはじめる。
「駄目、まだ回避に専念して」
 コトネの気づきも虚しく、フライゴンの振り下ろした尾が残像を薙ぐ。敏捷性を伴った隙のない反撃だ。
だが、回避から攻撃に転じる際の慣性をピカチュウは見切っていた。
『みがわり』はポケモンの持つ『身体の組成を電気信号に変換する』という性質を応用した技だ。
 ポケモンは総じて身体を電子体に変えて保存するという性質をもつ。これは人間が見つけた法則ではなく『ぼんぐり』と呼ばれる植物性伝導体とポケモンとの関係だった。『ぼんぐり』はモンスターボールの原料でポケモンを電子体に収納、半冬眠状態にする性質を持つ。そのためにポケモン側が備えた『電子体変換能力』の応用が『みがわり』という技だった。自分のエネルギーの一部を実体に変えるのである。
 何故、ポケモンが『ぼんぐり』を用いて電子体による半冬眠を必要とするのかは判明していない。大陸の転換期を生き残るためだというのが有力な説だが、詳細は定かではない。
尾の連撃がピカチュウの残像を貫く。フライゴンは躱されていることを自覚している。回避に転じるための隙を生まないように連撃を判断したのも間違っていない。
コトネと訓練を重ねた“戦闘の呼吸”をフライゴンは忠実に再現している。しかし、『みがわり』によるクッションがその連撃を逆手にとっていることにコトネは気づいていた。
それだけに格闘戦の結末が予想される。幻痛のようなうずきが少女の神経を痛める。
 黄色い影が電磁気的な高速移動により回転する。
『身代わり』の多重仕様によって一度捉えられた身体を、再び死角に沈めていたのだ。電気に耐性を持つフライゴンは『気配』を感じることができないため、とっさの受身がとれない。
ピカチュウの遠心力を得た小さな体躯が尻尾を薙ぎ払う。アイアンテールの技を繰り出し、フライゴンの首もとに圧力をぶつけた。
電気へ耐性を持っていても物理的な攻撃は受け流すことができない。顎を揺さぶられ身体をふらつかせる。
攻撃の反動を利用してピカチュウがレッドのもとへ翻る。その着地と同時に、フライゴンが体を支え切れなくなり、途切れるように背後に倒れた。
 コトネは駆け寄り、フライゴンが地面に叩きつけられる前に体を支える。傷を窺うと打撃によって竜皮の内側までうっ血しているのが窺えた。まともに立つことすらままならない傷だった。
胸の奥にえずきを覚える。無理やりお腹を押さえながらフライゴンを格納子(モンスターボール)に戻す。
「まずは、一体、だ」
試合においてはポケモンが傷つくことを嘆いてはいけない。行動を共にするにあたって、瀕死の重傷を負わせることは信頼関係に関わることだが、生まれた時から自然環境を生き抜いてきた彼らにとって、戦闘行為はさほどつらい事ではない。戦闘が続いている間は嘆かない。コトネとポケモン達のパーティーは、野性を開拓するためのチームであり、弱音を吐くのは無事な場所にたどり着いてから。そう、フライゴンもわかっている。敵を前に弱みを晒さないことをコトネもわかっている。
勝負は三体三のマッチ戦。まだ始まったばかりだ。冷静にならなければ制することはできない。
次のポケモンを選択しボールを投擲しようと構える。だが投げる刹那、コトネはどの子を選んだのかわからなくなる。
ピカチュウに相性の良いポケモンは地属性だ。だが、地属性のフライゴンがなすすべなく昏倒している。
喉のあたりに嗚咽が込み上げている。握る力が入らないことだけがやけに気に障った。
遅れて理性が体に追いつき、脳裏に一筋の声がかすめる。
 攻防は一瞬だった。けれどその間に何が起きた……? 
 眼で追うことのできない檸檬色の残像、その速度にあわせた指示をレッドが可能としているということ。
自分の意識が遅すぎた。……いや、そうではない。コトネは反射神経を総動員してフライゴンと連携をとった。それを後出しで上回ったレッドの方が的確だった。
ポケモン同士の相性は良いはずだった。
それなのに戦略や指示の次元が違っている。
 視線を戻すとピカチュウが小刻みに揺れ体を温めている。レッドはそれと対照的に、静かな夜のような視線をコトネに向けている。
 まだ闘うのか、と。
 瞳が問いを投げかけている。これ以上戦闘を続けても、無闇にポケモンを傷つけるだけにすぎない、その事実を彼は、無言で、待つことで訴えている。
 ……私はまだ闘える……。
 目線の問いかけに内心で応じる。
「まだ、やるのか?」
コトネの様子を見て怪訝に思ったのかレッドは声に出して問いかける。
「始まったばかりですよ。それに、私が折れたらフライが悲しみます」
「いい心がけだ」
少年は帽子を深く被りなおし、不器用に口の端を吊り上げる。コトネは心なしかレッドが昂揚しているように見えた。その様子に自分まで嬉しい気持ちになるのが不思議だった。


vs ピカチュウ②


雪が強くなってきたにも関わらず、おでこのあたりが熱く火照っていた。五感を駆使し、先を読み続けるために糖分が不足がちになっているのだろう。
あれからコトネは、沼魚ポケモンのヌオーを犠牲にしたが、ピカチュウを突破できずにいた。泥を撒くことで電気を防ぐことはできたものの、打撃と草のつるを用いた体術で昏倒させられてしまった。
現在はデンリュウが『ひかりのかべ』を用いて対峙している。だが一枚の壁を張るたびに、懐に潜り込まれ『かわらわり』によって破壊されるサイクルに持ち込まれていた。
デンリュウが満身創痍で電気を蓄える、その周囲には破壊された障壁の結晶が散らばり、雪原の上で霞のようにきらめいている。
電気を防ごうとシールドを張れば、その隙に『かわらわり』で破壊される。距離を置けば、電気の打ち合いに持ち込むことができるが、こちらの攻撃はしっぽの避雷針に絡めとられ減衰される。
だがピカチュウの側も避雷針の使用には限りがあるようで先ほどよりも呼吸を乱していた。
「デンリュウ、もう少しだから」
すでに敗北は認めていた。動悸が早く、首や耳たぶも痛いほどかじかんでいる。
降参をすればポケモンは傷つくことはなくなる。一定の回復を施し、自分もまた温かい場所を確保できるだろう。
それでも逃げた経験を刻みたくないという気持ちが、コトネの中で消えかかっている力を絞らせる。
どうしてここまでするのだろう。
自嘲するもそれでも身体は動いてしまう。
あるいは投げやりな姿をポケモンに示したくないのかもしれない。
自分の振る舞いをパーティーのポケモンが見ていることを意識しながら、コトネは旅を続けてきた。
逆に言えば、彼らが見てくれなければ自分は、もっとなげやりで弱い存在になっているに違いなかった。
負けるとわかっていて戦闘を続けるのは、矜持の問題だけではないのだ。
パーティーのポケモン達からの『折れない』という信頼だけは失いたくなかった。
「デンリュウ。シグナルビーム!」
シグナルビームはエネルギーの性質を変えた光線だった。電気エネルギーではない分、ピカチュウの避雷針に吸収されることもない。小ぶりの腕が構えをとり、質変換されたエネルギーを放射する。
ピカチュウがしっぽを構え、シグナルを吸収する。性質の違うエネルギーが反発し、干渉を起こし始める。
「届けっ」
「ピカチュウ、充電だ」
レッドの指示にピカチュウはしっぽの避雷針を引っ込める。デンリュウの放ったシグナルビームが拡散、周囲に散らばり、雪煙をあげる。
噴き上がった雪の塵に、視界が白く染め上げられる。
一見では自壊したように見える状況。
コトネは霞む景色の中に、直立する影をみる。
ピカチュウは電流を帯びて、こちらを向いていた。小さな体躯ではシグナルビームを掠めただけでも手痛いダメージになっていたはずだった。
避雷針の回避技術は、一定のエネルギーを超えると決壊し、蓄積の重みに耐えられなくなる。
 しかしピカチュウは経っている。電気玉を全面に構えて、エネルギーを吸収している。
コトネの意図を見切った上で、ピカチュウはしっぽに蓄えていた電気を『でんきだま』に生き渡らせ、決壊に耐えたのだ。避雷針に蓄えた電気エネルギーをでんきだまに凝固させることで、シグナルビームを受ける防御力を造ったのだ。
通常の電気タイプにはできない、でんきだまを持つピカチュウ族特有のエネルギー操作術だった。
ピカチュウは残りの電気を放出しようと、照準を定める。
一泊の、間。
コトネは、レッドが呼吸をおき指示をとめていることに気づく。
緩やかな動作は、相手の意思を待つ猶予であり、傷ついたポケモンに対する礼儀だった。
「デンリュウ、もどりなさい」
コトネはその猶予を察し、デンリュウをモンスターボールに戻した。同時にピカチュウが電気を解き放つ。
「ぢゅううう!」
エネルギーは雷の形となり、デンリュウがいた空間に堕ちていった。雪のフィールドが穿たれ、地面がむき出しとなる。痛々しいほどのエネルギーの痕跡が眼に映った。
完全な敗北の印だった。
後悔はない。圧倒的に格上の相手に対して最後まで踏みとどまることができたのだから。それでも限界まで戦ってくれたポケモンに対し、済まないと思う気持ちは抑えきれない。
「リザルト……。降参、します」
戦闘の張り詰めた空気が弛緩してゆく。
「わかっている」
互いに意思を認めると同時に、コトネは後ろに倒れ雪の上に尻もちをつく。
仰向けになるとどこまでも深い空の曇りが見渡せる。
遅れて少しだけ怖くなった。
雪の上をかき分ける足音が近づいてくる。
「堂々とした、スタイルだと思う」
レッドが近づいて手を差し出していた。
「あなたなんかに、言われなくたって」
少年の手をとりながらも、ポケモンの倒れ伏す姿が網膜に残っている。精神的にこたえたのかお腹のあたりがきりきりと痛む。内臓がごっそりと持っていかれているみたいだ。痛みに堪えるようにボールを抱きかかえる。
「ごめん……ごめんね」
コトネはボールの中の傷ついたポケモンに頭をたれる。
うっすらと涙が出そうになるのをこらえる。冷たい風が凍らせてくれるのが幸いだった。みっともなく流れる涙をぬぐう必要がない。
「今日は、とりあえず休もう」
レッドは穏やかな口調でなだめるように言う。
「すみません。いろいろとお世話になってしまって」
「いや、いいんだ。こっちも久しぶりに人に出くわして刺激的だったから」
疲労したコトネに防寒着を渡し、だぶだぶに着せてなだめる。同じ年代といえど二人の身長差は以外に大きい。
ひとしきり歩き、レッドの根城についた頃、コトネはぱったりと睡魔に襲われる。冬の山とは思えない暖かさと、穏やかな空気に、懐かしい安心感に見舞われる。
そのまま糸が切れるように意識を沈めてしまう。


少女の寝顔を横目に、レッドは麓に帰らせるために、どう言いくるめようか、と考えていた。
トレーナーとしての筋は悪くない。
ポケモンの個々の能力も決して低くなく、信頼関係もある。それらがパーティー同士で調和もしていて精神的な成熟も見られる。
しかしそれだけではシロガネ山の深層に踏み入ることはできない。
レッドが彼女に感じたのはあくまで人間の住まう環境で通用する戦闘力だ。
この山ではそういったものではなく、いかに人間のレベルを超えた理不尽さを備えているかが重要となる。
朝、彼女が目覚めたら、強く言い聞かせて麓に帰さなければならないだろう。
無邪気な表情を思うと少し寂しくもあったが、こればかりは自分と比肩する人間でなければ認められない。
少年は明日の食料をこしらえながら、どうすればやんわりと諭せるか頭を悩ませる。
 コトネはそんなレッドの気など知る由もなく、小さな寝息を立てている。
「ぅん」
 小さな唸りをあげて毛布に顔を埋めた。
 凍りついた泣き跡が溶けて、布地に染みこんでいく。

第四話 分水嶺(分かれ道)

第四話 分水嶺(別れ道)


里に至る洞窟にさしかかると足が止まる。まだ迷いが首をもたげているのだろう。足が嫌だといっている。
歩いてきた道を振り返ると自分の足跡が点々と続いている。先日の朝は意気込みと好奇心に満ち溢れてここに踏み入ったことを思い出す。
少年と出会い、探索のお供をしてから決闘を挑み、敗北した。
それから少年の根城で倒れ、ぐったりと眠りについた。あまつさえ朝食の世話さえしてもらった。
どうして帰路についているのだろう、と自分の足に問い掛けるも、足は迷いを表すばかりで答えを返してはくれない。
唐突の出来事に、整理ができていないのかもしれない。
記憶は今日の朝に遡る。
瞼の裏で薄い朝の光に照らされる、少年の素朴な輪郭が形作られる。
『深層についてこさせるわけにはいかない』
朝餉の鍋を囲みながら呟くように少年は言った。きつい口調ではなかったが、有無を言わせない強さがあった。
『どうして、ですか……』
答えは明白だった。わかっている。自分が弱いからだ。それでもコトネは事実を認められず尋ねてしまう。
レッドは先日の戦闘で少女の実力を測っていたこと。力が至らないと判断し、深層に向かわせないことにしたことを説明する。
コトネは少年の言わんとすることは理解できても、自分の目論見と相反するから、認めたくない。
洞窟での野宿をはさみ、一週間かけてこの深層の手前まで歩いてきたのだ。雪が深まるにつれて、レッドに会えるかどうか不安をこじらせていたのだ。それがつい数時間前の話だ。
願いかなってやっと出会えた。その人物と行動をともにしてからまだ一日も経っていない。思いをはせてきた時間を鑑みれば、一度の眠りを挟んだだけで下山してくれというのは、あまりに酷な話だった。
『まだやりたいことがあるんです』
抗議してみたものの、少年は困ったような微笑を浮かべてコトネに帽子を被せ
『もっと大人になってからくればいい』
と言うばかりだった。
「自分だって子供じゃないですか」
影で毒づいても仕方がないとはわかっていたが、気持ちの行き場がわからない。
歩く足に迷いを乗せて、うだうだと歩幅を緩めたり立ち止まったりしながらも、麓への距離は狭まってゆく。
里に近づいたせいか、山の合を示す看板が見えてきた。
ここより先に下ってしまえば、先日いた層まで戻るのに、かなりの時間を有するだろう。
本心をいってしまえばまだ帰りたくない。
一人でなら、危険な選択も自分の責任でしかないため、決断も容易だ。しかし少年の足手まといにしかならないのなら、それは自分の至らなさが彼の危険になる。
「私は、何をしたかったのだろう」
思えば、山に入る『目的』がこれまでの旅路と違っていた。
いままでは気ままにダンジョンに潜り、ポケモンのウォッチを行い、パーティーで修行をする。それだけのはずだった。
誰かと出合ったとしても、意気が会えば一人でない安心感があるから、力の強さは関係なしに、道が分かれるまで一緒にいられた。
自分の存在が誰かにとってマイナスになることを考えなかった。
だがこの山には里の理屈が通用しない。
弱いものの施しは足手まといにしかならない。
強いものしか生き残れない、食物連鎖が直に現れる空間。
そこまで考えて、素朴な疑問が頭をもたげる。
何故彼は、『一人で』こんなところまで来ているのだろう。
強いものしか残れないなら、強い知り合いをつれてくればいいだけの話だ。
ポケモンを使役する強い人間同士で集まれば、足の引っ張り合いもなく、危険も回避できる。
 現実に大人は互いの命の保証も含めてペアで行動することを旨としている。
 修行と称するにしても、コトネを数日滞在させて、気のすむまで話してやれば済むことだ。適当に遠ざけるのは酷というものだ。
 おそらく彼が一人でいることは、何か別の理由がある。
あるいは、レッドは『人がどこまで人から遠ざかれるのか』を確かめようとしているのかもしれない。
それらはコトネ自身も薄々考えてきたことでもある。
ポケモンとの意思疎通のできる人間が、人同士の結びつきにおいてはどこか希薄であること。リーグや図鑑製作などで広い関わりやコネクションは備えていても、どこか集団性とはかけ離れていること。
“ポケモンの世界に引き寄せられる私たちは、一体なんなのだろう”
もし、彼がそこまで考えているなら、その成果を聞いてみたい。
 あるいはレッドを追わずとも、いずれはこの最果ての場所に何かを探しにきたのだとコトネは思う。

(私は人というよりは、ポケモンに近い。だから一人でどこまでいけるのかを、知りたいのかもしれない)

自分の中でさび付いていた回路が柔らかくなったような気がした。
合を示す看板の横に腰を下ろす。ここが、一般の人間が立ち入る最も深い場所だ。
いわば、里と未開地との分水嶺。
今日はこの洞窟で暖を取ろう。そう考えて岩陰に腰を下ろす。
コトネはもう数日野宿をして、ここの階層を体験することに決めた。
野営の住居を張り、獣除けの香を焚く。
何もかもが解決したわけではないが、引き下がらないことだけは決心した。
この『空虚な場所』や『人から離れていく感覚』が誰かに説明できるとは思わない。
 けれどもし彼もまた同じ感覚を抱いているのだとしたら。
 共鳴して、引き寄せあっている?
 口にしたら恥ずかしい言葉だけど、真面目にそうとしか思えない。
 コトネはあの少年をもはや運命的な『壁』と捉えることにした。
もとより居座る理由ならいくらでも創ることができる。
ポケモン図鑑のファイルを開くと、埋まらない分布図や空白のレポートが表示される。
先日見たバンギラスの生体を思いだす。腕の一振りで岩肌を砕き、排出する砂嵐と伊吹の火で構造物を産む、山の化身。
 その雄姿をレポートに記したい。観察と文筆による表現がすでに頭の中で浮かんできていた。レッドに対する口実の他に、図鑑製作者としての興味もわき上がっていたのだ。
「私もバンギラスの観察をすれば、いいんだ」
コトネは少しずつ胸の中でわだかまっていた糸玉のような感情を解していく。
「覚悟を、決めよう」
 モンスターボールの中でポケモンが蠢く。傷ついたフライゴンが後押しをしてくれていた。
 一人ではあるが、孤独ではない。それは里の世の息苦しさから解き放たれた澄んだ解放感でもある。
 思い悩んでいた疑問はやがて眠りに薄められ、溶けていく。
 一人ぼっちの眠りの澄みきった寂しさが心地よかった。

第五話 不可侵と適切

第五話 不可侵と適切


 レッドは闘いを終えた後の、少女の表情を思いだしていた。
 悔しがるわけでも涙を流すわけでもない、敗北の表情。
 パーティーの命運を背負う者しか表せない、悲痛さ。
 月並みなトレーナーのように感情を表にだして発散させることなく、自分の内で抱え込んでいる。
 多くの人間はポケモンの敗北の際に悔しさや涙を湛える。ひどい者であれば怒りをまき散らしさえする。
 それらは自分の痛みを紛らわしたいゆえの、心の平穏を維持するための原始的な機能、さしあたっての発散の感情でしかない。
 しかしあの少女は違った。
涙をこらえて、絶望を抱え込んでいた。
 ポケモンを傷つけてしまったこと、それが自分のせいであるということ。それらの過失が自分の感情程度では済まされない罪悪であることを、心に刻み込んでいる。
「素質は備えているが、それでもここで生きるべきではないだろうな……」
 少女のことを考えながらレッドは一人呟く。
 自分より幾分か年下の少女がこの山に入る認可をとったことは異例なことに違いない。だが見た限り、その強さはある種の霊的な意思疎通能力によるものであって、的確な知識によるものではない。
 それはかつての自分の同じプロセス。
「そりゃあ、俺だって、リーグに戻ったらはしゃぐのだろうけれどさ」
 幼いながらに旅慣れているとはいえ、やはり生きる経験値が足りないのだ。才能があるだけにそうした脆さを残している者が、平凡な者よりもよっぽど危ないことをレッドは知っている。
 だからこそ命を粗末にしてはいけない。温めるべきものは、安全なところで熟すのがよい。
 帰るように厳しく言いつけておいたのは間違いではなかったと思う。
 その日もレッドは洞窟の深層で、とあるポケモンの生体を観察していた。先日コトネと観察したバンギラス種だった。
 コトネと別れてから三日が経過している。
 前日と勝手が違うのは、外からみた『巣』に近い位置にいるということだった。山自体が彼らの創造物である以上、厳密にはすでに『巣』の中にいるということになるが、今回はもっと本質的な意味で彼らの建造物の中枢に近づいているようだった。そのためウォッチの際は縄張りに干渉しないよう注意を払うことが求められる。
 荘厳な骨格はハッフルパフ石のような緑灰褐色の鎧で覆われる。身体のそれぞれの部位には内体膜に通じる黒い穴が穿たれていて、人間でいう汗線に近い役割を果たす。その孔は同時に食べた土を砂に変えて吐き出し、周囲の構造体に還元する力も備えている。
 一説ではバンギラスは山を崩し、再構成する創造者と呼ばれている。
レッドは彼らの構築する『山』がどういった規模なのか、あるいは局地的な意味合いなのかということも調査範囲に含めたいと考えていた。
 ウォッチを初めて数分が経過する。これといった動きが見られず、バンギラスは視線を下に向け、重機のような体をじっと強張らせている。
 ここ数日の観測では見られなかった仕草だった。新たな習性なのかもしれないと目星をつける。
 警戒の網にかからないぎりぎりの位置まで近づくと、やがてバンギラスの視線の先に薄い緑色の小さなものが突き出ているのが見えた。
スコープの望遠を効かせると幼体のヨーギラスが土から顔を覗かせているようだった。
 親が卵からかえったヨーギラスを迎えている。
 貴重な孵化の現場に立ち会ってしまったようだった。
幼体は通常、地中深くで生まれ、土を平らげて初めて外にでるという。レッドは孵化に立ち会えた巡りあわせに感謝の念を覚える。
「……肉眼で見れるとはな。感謝の念を伝えられないのが悔やまれるな」
 しかしそうした温かな感情が、彼の中で緊張に変わるまでそう時間はかからなかった。
幼体が、土から顔を半分ほどだしたまま数分間、身動きができずにいたからだ。
 鳴き声がおぼろげなのは、生まれたてなためか衰弱しているのか。あるいはその両方なのかもしれない。バンギラス族の習性や孵化時間は詳細には判明していないが安心できる状況にも見えない。
スコープの焦点をずらし母親の手の表面を見ると、鎧皮が薄く剥がれているのが目についた。幼体の救助をすでに試しているのだろう。
レッドはヨーギラスが土から出れないことになんらかの要因があると踏んだ。
どうにか現場に接近して、要因を見定めれないものか。
つい手を差し出したい衝動に駆られてしまう。
自分が出て行っても下手に警戒されるであろうことは重々承知していた。見てみぬふりをするのが自分にとってもバンギラスにとっても安全な選択肢だと、頭ではわかっている。
 だが自然界では歩けない子は捨てられる運命にある。母親は可能性があるうちは子を助けようとするが、それができないとわかれば置いていくだろう。救い出せたとしても、時間が経過し衰弱してしまえば、群れから引き離される場合もありうる。
残酷な事象を『自然の摂理』と呼び、野生の存在を『過酷な環境の生命だから』と割り切ってしまえれば、目の前の出来事も上手く忘れることができるだろう。
人間の感情の機能は構造さえ理解してしまえば、自分さえ容易く騙しとおせるものだ。
 しかし、レッドはそういった安全圏からの考えがどうしようもなく疎ましく思えた。『自然生命の冷酷さ』という常套句をやすやすと受け入れれるほど、できた性格ではない。
 そんな言葉は、ヒトがヒト以外の生物を割り切るためのまやかしにすぎない。
 ヒトでないから感情がない、といった言説は、生態系の現場を知らない者の思考停止でしかない。
母バンギラスの慟哭がそれを証明している。
残酷なのは自然界の生命ではなく、この世の構造そのものだと少年は思う。
生態系の円環構造。すべての種が維持されるように、統制のとれた連鎖の中では必ず糧になるものが必要になる。
糧とはすなわち食べ物になること。
しかしそれは弱い存在に当てはめる理由ではないはずだ。
ポケモンにだって感情はある。抗う術をもたないだけなのだ。
淡々と日々の行いを繰り返すように見えても、やるせない出来事を前に感情が動かないはずがない。
レッドは淘汰の原理を頭では理解していたが、目の当たりにしたものを見過ごすほど冷めた考えはできなかった。
 自然と足が動いていた。一歩、足を近づける。
 今のような緊急時でなくとも母バンギラスは幼体に近づかれること嫌う。たいがいは子を傷つけられる恐れから凶暴性を発揮し周囲の生命を退ける。
母バンギラスが足音に気づき、レッドのほうをみやる。さく……さく……と小さく靴音を立てて少年は歩んでいく。
 バンギラスが雄叫びとともに黒く澱んだ波動を放射した。
 視覚できるほどに質量を備えた波動は、空気を振動させながら高速で飛来してくる。
現在解析されている『超能力』と呼ばれるものが思念を結晶化したものだとすれば、この黒色の波動は情動を実体化したものだといえた。
感情の高ぶりによって形を成す『悪』属性の技だ。『悪』と聞くとわるい響きだが、一説によれば『飽く』『灰汁』『空く』などを語源とし『魂の余剰として生み出される情動エネルギー』として定義されている。
レッドは姿勢を低くし、衝撃波をかいくぐる。逃げることはしない。背を向ければ狩猟本能を刺激してしまいよけいに高ぶらせてしまう。
とはいえポケモンを展開して臨戦する姿勢も見せるわけにはいかない。ゆっくりと歩く速度で、一歩づつ近づく。
「おうるぅぅぅ!」
雄たけびとともに二、三度、展開された波動を最小限の動きで回避する。声が届く距離で足を止め呼びかけを始める。
「俺は敵じゃない。ヨーギラスを取り除ける」
小ぶりに手を広げながら、身振りを駆使して自分の意図を伝えようとする。
近距離から放たれる波動を頬に掠めながら、なんとか対話を試みようとする。最悪、身の危険を感じたときはポケモンの使用も覚悟した上でレッドは呼びかけを試みる。
「急がなければ、衰弱は進む一方だろう」
数度の呼びかけで挙動から手ごたえを感じる。
「大丈夫だ。君の子供は助かる」
「……」
バンギラスは威嚇の姿勢のままではあったが、波動の展開を止めていた。
レッドはゆっくりとボールを示し、バンギラスの警戒が強まらないのを確認しながら解き放つ。
「フシィっ」
ボールからはフシギソウと呼ばれる植物系統の四足獣が実体化する。密林のポケモンで、背中の蔓は土を掘削する際に繊細な動作を可能とする。
成体であるフシギバナもいるにはいたが、警戒されないように小さなポケモンを選択した。
フシギソウが背中の蕾から触手状の蔓をそろそろと伸ばし、ヨーギラスの周囲の土を掘りさげる。
レッドはフシギソウから伸びる蔓の根元に触れながら、地質の感触を確かめる。毎日の触覚訓練によって、少年は蔓に指先を触れるだけでフシギソウの触覚を受け取ることができた。
伝わる感触から判断するに、やはりヨーギラスの周囲は土ではなく、別の硬いもので覆われている。
おそらくは岩石質のものに胴体を挟まれている。土を取り除くよう指示をするとフシギソウは二本の蔓を駆使し器用に掘削していく。
 ひととおり作業を進めると白い岩石が覗いた。ヨーギラスは岩の隙間に挟まれる形ですっぽりと収まっていたのだ。地表に顔を出す際に詰まってしまったのだろう。
 レッドは阻む岩の大きさを確かめ、フシギソウに反対方向の土を掘削させる。障害物の規模が分かりさえすればあとは、うまく出られるように除去してあげればいい。
「しかし、意外と規模が大きい」
 触手を用いて掘っていくうちに、ヨーギラスが挟まっているのが岩石などではないことが分かってくる。埋まっているのは鉱物にも似た大きな鎧状の何かだ。
 ひとしきり土を掘りだすと巨大な兜にも似た何ものかの頭部が現出していた。
「これは……ハガネールの脱皮した部分か」
 しかし何故よりによってハガネールの脱皮した鎧に阻まれているのだろうか。
 レッドは図鑑の知識をもとにある仮説を立てる。
一つにバンギラス種が育つには大量の純度の高い土が必要である。
しかし普通の山では彼らは育つことができない。地層の表面の土だけでは栄養分が足りないのだ。そのためより純度が高くかつ深い地層の作られる場所でなければならない。
 地層から思いつくのは岩大蛇イワーク種の存在だった。大蛇類である彼らは、穴を掘りながら地中の生物や養分を蓄えて生活する。彼らにとっての穴掘りは移住空間の移動であり同時に食事行為でもある。
しかし野生の生物がただの『食』『住』のみで生活がなりたつはずもない。自らの身を守るためのプロセスが存在する。
 イワークにとってそれは『鎧を纏う』ことだった。洞窟を掘りながら地中の成分を体の表面で吸収し鎧に変換しているのだ。この食事行為が土を耕すことに繋がり、遺骸はよりよい養分となってさらなる層として体積する。
 だがイワークだけならどこの山にも存在する。これではヨーギラスが白銀山にしか存在しない理由にはならない。
さらにレッドは図鑑の分布図を検索する。
眼前のヨーギラスを閉じ込めているのはイワーク種の上位種ハガネールのものだ。
 だとすれば白銀山の地層を造る生態系は複数のポケモンに耕されていることでバンギラス種が生息できる支えになっていると考えることができる。
地層の順列がバンギラスの繁殖周期と対応しているというのもこれで説明がつく。
「フシギソウ、よくやった」
 植物獣の蕾を撫でレッドは小型のハンマーを取りだす。バンギラスに警戒されないように、ハガネールの抜け殻を小突き、脆いところをこわしていく。
「バンギラス」
 ヨーギラスの周囲にひびをいれた後、母バンギラスに引っ張るように語りかける。
 バンギラスがゆっくりと引き上げると、ヨーギラスがぬるり、と土から這い出てやがて
「ぴぎゅうう」
 産声を発する。
 だが喜ぶのもつかの間、卵の粘膜に混じって軽く血が混じっている。もちろんレッドは見逃さない。
「応急処置しかできないが……」
 母バンギラスに少しは信用されたのか。レッドはヨーギラスに常備薬の軟膏を塗り、包帯をあてがう。血は止まりかさぶたになりかけているが、処置するにこしたことはない。
 母バンギラスと眼があう。不安げな色の奥にどこか優しいものを湛えている。
 しばらくバンギラスと眼を合わせてから、レッドは踵を返し立ち去ることにした。
 少し歩いてから親子の方を振りかえると、バンギラスが微動だにせずこっちを見ている。さきほどの憂いを湛えた瞳でレッドと眼を合わせている。身構えているわけでもない。
どこか温かい空気が両者の間に漂っていた。
 未開のポケモンと、ちょっとだけ心を通わすことができた。それ自体は嬉しいことだった。
 それでもレッドにとって憂鬱なのには変わりがない。怪我の具合をしっかりと見てやれないのが悔やまれる。野生には踏み込めるラインがある。
怪我をしていた幼体がとてとてと力なく歩きはじめ母バンギラスの後をついていく。
「元気で」
小さく呟き、願わくば何もないようにと祈りつつ、少年はそっとその場を後にする。

第六話 触発と羽化

第六話 触発と羽化



コトネは単独行動を始めるにあたってバンギラスに関する観測をレポートにまとめることにした。
先日案内された縄張りの周辺で遠目で確認するだけだったが、得られる情報となるとなかなかの分量になる。
彼らの胴体にある黒い孔は汗線に似た機能をもち砂の粒子を吐き出す。その砂は周辺に降り積もり層の一部となる。だが実際に巣を作る際は他のポケモンと同じく土台や骨子となる材料を持って来たり、穴を掘ったりする。その巣作りの際に砂によるコーティングがされているのが特異な点なのだと推測する。
単独行動をして三日目の夕方だった。
縄張りの中で小柄な幼体が倒れているのを見た。微かな鳴き声が弱っていることを示しているようだった。
群れからはぐれたか、あるいは他の野生と鉢合わせたのか。腹のあたりに大きなささくれができている。人間でいうなれば裂傷だ。
コトネは傷口のかさぶたを見て血の気がひく。
包帯が巻かれているのが気がかりだった。誰かが治療をした跡だろうが、この界隈にいる人間は一人しか知らない。
「レッドさんだ。ひとでなしなのに……ポケモンには優しいんだから……」
 治療は適切だ。けれど完全ではなかった。
 完全ではなかったから、ヨーギラスは体力を消耗している。
 レッドは人と野生との分別をつけたのだと、コトネは思う。
 けれどそれは中途半端じゃないかとも考える。
 どこにいるかもわからない、会うわけにもいかない人物を当てにするわけにもいかない。
「いくよ、ラッキー!」
「ら……きぃ!!」
ラッキーをボールから解放しヨーギラスの治療にかかる。ずんぐりと丸みを帯びた桃色の体躯が心配そうにヨーギラスを覗き見る。
「大丈夫……だよね」
「……きぃきぃ」
ラッキーは傷ついている者を放っておけない優しい性格のポケモンである。戦闘力がないかわりに癒しの力を備えている。
コトネが命ずるまでもなくラッキーはお腹の袋から卵を取出した。どうやら助かると見込んだらしい。
ラッキーの卵は【しあわせタマゴ】といって、包帯の役目と傷の治りを早める効果を併せ持っている。
 特殊な滋養を高める薬効が含まれおり、卵膜は擬似的な皮膜の役目を果たす。殻の部分は時間ともに柔らかくなるため、包帯の代わりになる。しあわせタマゴはどの部分をとっても、回復に役立つ優れものなのだった。
ひとまず様子を見ながらタマゴをヨーギラスの傷口にあてがった。
「ぴぃ……」
傷に擦れたのかヨーギラスは切なげな声をあげている。
傷が治ったとしてどう群れに返すかが問題だった。帰巣本能ができているのか、それとも生まれたてで区別がつかない状態なのか。
 母親は近くにいないだろうか。
確かめようと辺りを見回し、巨大な影の気配が立ち上るのに気づく。
「この気配……もしかして親がいた?」
縄張りを干渉してしまったのかもしれない。そう思い至る間もなく、空気が急速に淀んでいく。
 殺気に満ちている、射抜くような視線を肌身に感じる。
 ふりむくと成体のバンギラスがこちらを向いているのがみえた。
母親が近くに来たのだと理解した。
自分の認識の甘さに後悔する。
圧倒的な威圧感。存在の怒気だけで肌がひりひりと粟立つ。
「はあ……ふう……やばいな。汗が……」
バンギラスが体内で何かを生成するように息を吸い込むのが見えた。
口元から何かが解き放たれたのが見えた瞬間、視界前面を黒いなだれが覆い、衝撃に押しつぶされる。
【悪の波動】と呼ばれる、情動を実体化させた悪属性の衝撃波だ。
「波動が……くる、ぐうう!」
 直撃を受けてしまった。そう理解したときにはすでに、全身を叩きつけるような痛みに覆われていた。


洞窟の向こう、先ほどバンギラスと別れた方角で、レッドはかすかな振動音を聞いた。岩石ポケモンが多く生息する洞窟では衝撃音など日常といってもさしつかえない。しかし数日の探索を経た少年には、その衝撃音の異質さが理解できてしまう。
大抵の岩石ポケモンは土に衝撃を吸収させたりと、他の群れを刺激しない動きをする。今回の振動は空気の振動音であって地鳴りではない。それが何者か人為的な戦闘が行われていることを彷確信させる。
さきほどのヨーギラスが脳裏をよぎる。群れが移動しているだけでも似たような音は響くだろう。合流したのなら自分の出る幕はないだろう。
だがそこに先日の少女が関わっているとすれば話は別だ。
一人で行動できるだけの半端な力を備えているならば数日生きることは可能だった。それで行動範囲を見誤る可能性が考えられる。
「あのバカ……もしかして残っているのか?」
思い至るや、レッドは踵を返して走る。
戦闘音が響いているのなら、天敵にあったか群れ同士の抗争が起きていると考えるのが妥当である。
いくつかの選択枝を整理する。
ヨーギラスが天敵に遭遇しているのなら、戦闘を諌めることは可能。
群れ同士の抗争がおきているとしたら自分にできることは何もない。この場合は諦めて自分の身柄の確保を優先する。
 最悪のケースはコトネがバンギラスの群れと戦闘すること。バンギラスが一、二体ならなんとかなるが、群れの場合は逃走さえ危ぶまれる。その場合はコトネに命を覚悟してもらうしかない。
「心配のしすぎで、終わればいいけど」
洞窟のトンネルをぬけ、広間にでる寸前、砂粒子が眼に入りすかさずゴーグルをかける。
「【すなあらし】ってことは、バンギラスはすでに闘争モードってことじゃねえか!」
 少年が見た光景は、想定と違わぬものだった。
 最悪のケースとまでいなかったがひどく危ぶまれる状況といえた。
「うぐううう!」
親バンギラスから放たれる大量の泥を何者かが受けていた。
 泥の中からかすかにツインテールが覗いている。
 コトネとかいう、先日の少女だ。何かを守って【泥かけ】を生身で食らっていた。
 コトネの背後にはヨーギラスを治療するラッキーの姿。
 ラッキーは桃色の丸い体躯を震わせながら、治療を続けている。
 ヨーギラスは意識を失くしたように横たわっている。
「あのバカ。あれじゃあ、子供を奪ってるようにしかみえねえだろ!」
 レッドはモンスターボールを投擲し、カビゴンを召喚する。
 猫のような耳をもつ脂肪を蓄えた巨体が躍り出る。
 カビゴンはコトネとバンギラスの間に入り、泥の波を遮断する。
「ふはあ……ふは……」
 コトネは大量の泥を被り憔悴していた。半ば腰まで泥に埋まっているといった具合だった。
 カビゴンが守ってくれている隙にレッドが泥の中から引きずり出す。
「何をしている……」
「うう……レッド……さん」
少女は泥に咽ながらも、返事をする。うつぶせに受け身をとっていたためか意識は失っていないようだった。
「あの子が、怪我をしていたから。治してあげなきゃって。母親に返してあげたかったのに、私……」
 頭をふら付かせながらもコトネは状況を説明する。衰弱していたが頭ははっきりしているようだ。
「そうか……」
 おそらくはレッドの考えた予想よりややこしいことになっている。
 レッドは親バンギラスの怒りを買わないようにヨーギラスを治療した。
 しかし偶然にもコトネは、レッドの治療したヨーギラスを保護してしまった。
 そしてバンギラスの距離感をしらないくせに、手をだして、この有様になった。
 ありえない話ではない。先日「帰れ」と勧めたにもかかわらず、少女がここに残ることにしたのなら、バンギラスの観察を考えないわけがないのだ。
 それがポケモントレーナーの性だ。
それでも少年は思う。
経緯はどうでもいい。とにかくこの状況はいけない。
レッドには彼女が幼体を保護したことがわかるが、問題はバンギラスから見たときの視点。
 どうみてもコトネが子供を奪っているようにしか見えないということだ。
コトネにしてみれば治療をしている中で泥を受けるのは危険だと判断し、咄嗟にヨーギラスの盾になったのだろう。だが庇ってしまったことによって、母親をより逆なでしてしまった。
 レッドが犯すまいと思っていた領域に彼女は踏み込んだ。
 つまりバンギラスの逆鱗に触れた。
 出産間際の母親は子供に近づくものに容赦がない。たとえ敵意がないものでも幼体は扱いを間違えば簡単に弱ってしまうからである。その性質を考慮してレッドはヨーギラスを自力で帰らせることを選んだ。
 山に入って日の浅いコトネにバンギラス族の性質がわかるはずもない。弱っている幼体がいたなら保護をしようと思うのは当然のことでもある。
レッドは彼女が下山を選ばなかったことに苛立ちを覚えていたものの、同時に山のポケモンの生態について知識を伝えなかったことも悔やむ。
「……下がっていろ」
「わかり……ました」
 コトネが恐怖に震えていないことが幸いといえた。委縮していないなら指示を出しやすい。
「バンギラス。俺が、わかるか……?」
レッドはできるだけ触発しないように親バンギラスに問いかける。ヨーギラスを介抱したのは、数時間前の出来事だから覚えてくれていると思う。
 親ポケモンが人に懐くことまでは期待できないから、あくまで声が通じるかの確認だった。
「ぎゃぬううううう!!!!」
 バンギラスは体の孔を開いたまま砂を撒き続けている、あくまで戦闘体制を崩さない。
レッドに対する警戒が無くても、コトネが触発してしまったとしたらそれは同族であるレッドの責任にもなる。
群れで動くポケモンは種族というものに敏感だ。
子供がこちらにある以上、取り戻すために容赦はしないだろう。
「がぬうううっっ!!」
バンギラスは腕力で洞窟内の岩肌を崩し、掬いあげるように振り上げる。
細切れになった岩石がなだれのように飛来する。『岩雪崩』と呼ばれる岩石タイプの投擲術だった。
直撃すれば先ほどの泥では済まされない。コトネどころか、自分でさえ命の危険にさらされる。
カビゴンがレッドの前に立ちはだかり『岩雪崩』を受ける。鍛え上げられた筋肉と脂肪の鎧で、盾になってくれた。
 その間、レッドはコトネに語りかける。
「コトネ、聞こえるか」
「はい」
「突破するぞ」
「でも、親子です」
「バンギラスを気絶させて、子供を側に返してやる。捕獲も考えたが、近くに群れがいるとしたら、感づかれれば終わりだ。俺たちは囲まれて餌にされるだろう」
「お母さんが怪我を追えば、子供は行き場を失くします」
「それが君が死んでいい道理にはならない」
「私は……」
 コトネは、大丈夫です、とは言えなかった。そもそもバンギラスの逆鱗に触れたのは自分で、レッドがたまたま通らなかったら泥で窒息した上で岩で生き埋めにされていた。
 責任があるのは自分だ。尻拭いはしなければならない。
 けれど助けようとしていた相手を放り出して、母親を攻撃することは本当に正しいのだろうか?
「レッドさん。二人で逃げましょう。傷つける必要は、ないと思います」
「それは俺も考えた。だがバンギラスは岩の割れ目を操作する。簡単に言えば、壁を殴って10メートル先の道を塞ぐことができる」
「そんな……」
「俺が先手でバンギラスを『瀕死』にする。それからゆっくり逃げるしかない」
 カビゴンが岩を受けとめている間もバンギラスは次の土砂を崩すポイントを窺っている。
 怒りで沸騰しきっている。もう闘うしかないのだ。
 コトネの安否も鑑みて、レッドは闘うことがこの場で最もよい方法だと結論する。
「カビゴン、『ばかぢから』だ」
「ゴン……んんん!!!」
 カビゴンが奥底にひそめていた筋肉を隆起させ、全身を張りつめてゆく。
息がつまるほどの膂力。この突撃を食らえばいかにバンギラスでも耐えられない。
体の表面を覆う甲殻は硬そうではあるが、割られてしまったならば、薄い内体膜が傷つき致命傷を負う。
 それが可能なのは人型ポケモンの用いる『かくとう』技術。
 技の練磨によって磨かれる『かくとう』の威力は、岩や鋼などの甲殻をたやすく破壊する。
 少年がバンギラスを本気で倒そうとしていることがコトネにも伝わっていた。
 格闘術によって鎧が破砕される光景。
破れた鎧とむき出しの皮膚。
人体で表せば、爪を剥ぎ取り中の柔らかい膜を破ることに等しい。
コトネはこの事態の先にある血のにじむ光景を連想してしまう。
「それは……だめ!」
叫ぶことに意味はないと知りながら声を振り絞る。
 コトネはレッドの判断の早さを尊敬していた。
 けれど同時に、割り切りすぎている部分を、認められなかった。
「チルタリス!!」
 体を動かさねばならない。腕を振るわなければならない。手元にはボールの感触。
 視線の先には自分から放たれたボールがすでに飛翔している。
 意識しないままに投擲していたのだろう。精神と身体ががたがたにかみ合わなくなっている。
「ちるぅ!!!」
 羽毛に包まれた、鳥のような青竜が中空に浮かぶ。
 チルタリスと呼ばれる、竜の力をひめたポケモンである。
 バンギラス、レッドとコトネ。
 三者が三様に、譲れない意図を持って対峙を始めていた。


vsバンギラス&vsカビゴン


手癖で選んだのだろうか。頭がぼんやりする。
チルタリスは純粋な戦闘向きのポケモンではない。頬のふくらみが穏やかな性格を思わせる。
「何を、する気だ。下がっていろといったはずだ」
「バンギラスを倒す必要はない……です」
「いまはこれが最善だ」
「あなたが、そうするなら、私はカビゴンとだって闘います」
 チルタリスは、バンギラスとカビゴンの間で対峙している。
 コトネの意見に対し少年が何かを言っていたが、コトネは聞いていない。
(冷静さを欠いている? まあいいや。いまは指示をしなければ。チルタリスが戦線に立っている)
 コトネのおでこのあたりが急速に冷えていく。相棒をおざなりにしてはいけないと、危険状況の中で残った理性がささやく。
 苦楽を共にしたあの身体は自分のものでもある。
 相棒とはそういうものだ。
 コトネはちぐはぐな意識と身体をチューニングする。
 かみあわない?
 それは人体の理屈であって、この場には必要のないものだ。
 自分の力。その適切なありかを自覚する。意識はこの身体を動かすためだけに留まってはいけない。もっと多くの存在に働きかけ、還元してもらうためのもの。
 今の自分の役割はポケモンに対する補助脳。
チルタリスの本領は戦闘とは対極、柔らかないなしにある。
手癖での選択は間違っていなかった。
コトネは自分でも経験したことのない速度で状況に適応しつつあった。
(バンギラスを瀕死にしてまで、この場を切り抜けることは間違っている。ヨーギラスが傷ついている現状、親を倒してしまっては皆が行き場を失くすから。だから……)
 最善の選択は倒すことではなく、激高した両者を止めること。
 コトネは深く息を吸い込み、呼吸を整える。
(先が見える……)
 だから演算。
 ……この距離と狭さではカビゴンとバンギラスは完全に力を解放できない。
 ……組み合いからの近距離の殴打になれば、バンギラスの石塊は溜めがなくなり勢いを失くす。
 バンギラスの突破力を分析しチルタリスの速度、耐性と比較する。
(相手の突破指数は13200! 26400! こちらの耐性指数は28392! 56784! 問題ない!)
 一瞬の思考を簡潔な決断へ変え、指示に込めた。
「滑空しながら『コットンガード』。間に入って」
チルタリスは主人の意図を察し、綿毛のような翼をはばたかせ、カビゴンとバンギラスの間に割り込む。
両者に対してチルタリスの質量はやや小さい。だがその質量だからこそ割り込みによる妨害と、クッションを展開することを同時にこなすことができる。
チルタリスの周囲に『コットンガード』の羽毛が生成される。元の体積の2.5倍ほどに膨れ上がった羽毛がカビゴンを阻み、突撃の威力を相殺。勢いを殺されたカビゴンは反動でもんどりうつ。
 バンギラスが岩石質の鎧を剥離させ投擲の姿勢に入る。だがコトネはその挙動を見逃さない。
「『はねやすめ』。バンギラスに『フェザーダンス』」
 チルタリスは確実に指示を遂行してゆく。コットンガードを貫かれないように足で地面を支えながら羽毛を降ろし、ふわふわの羽毛の壁を作る。
 チルタリスは訓練どおりにコットンの“芯”を傾け、地面と鋭角に設定。
 バンギラスから射出された岩の弾丸は、コットンを貫通することなく減衰する。
「ちるちるちるちる!!」
 同時進行で大量の羽毛をバンギラスに投射。フェザー本体に威力はないが筋肉を弛緩させるフェロモンをまぶしてある。これで投擲や岩雪崩を起こす力は幾ばくか削がれる。
チルタリスが奮戦している間にコトネはレッドの背後に回り腕を首にかけた。
 腕で口を押えて指示の邪魔をする。
「何を……」
「カビゴンを引かせてください」
 まさか直接締められるとは思ってもいなかったのだろう。レッドは身もだえしながら、かといって少女相手に強い抵抗もできずに躊躇いがちになる。
「引いて、それからどうする。群れを呼ぶ可能性だってある」
「そうなったらこっちが全力で逃げればいい話です」
「安全な選択枝じゃない。こうなってしまった以上、黙らせるほうが堅実だ」
「どうして……いや、どうしてとかじゃない。とにかく駄目なんです!」
「急所は外すようにしている」
「そういう問題じゃない!」「どういう問題だ!」
バンギラスが羽毛を振り払う。チルタリスがコットンを膨らませて牽制をしているが、いつまで持つかはわからない。
コトネはおでこのあたりで何かがふっと振り切れてしまうのを感じた。
ぺし、と、鈍い音が洞窟内に響く。
首にかけていた腕を解き、拳でレッドの胸板を叩いていたのだ。意外に強い拳の圧力に少年は驚きを隠せない。
「手加減できるから、最小限の被害に収まるって考えてるんですよね」
少年は反論せずに無言でコトネの拳を受け止めている。
「でもそれはあなたが思う最小限であって、誰も傷つかないですむ選択枝を初めから投げちゃってる」
コトネは裏切られたような気持ちに見まわれる。
 彼の限界はそんなものだったのだろうか。
遠い存在だと思っていた。どこまでも、最果ても、越えて進んでいける人だと勝手に思っていた。
バンギラスの岩石によってコットンが破られてゆく。カビゴンは何をするべきかわからず、頭に手を当てておろおろと丸くなっている。
コトネはレッドからボールを奪いカビゴンを戻した。巨大な重量が戻されたことで圧迫感がへる。
レッドは抵抗するそぶりを見せたが、少女だとなめてかかったせいか、今度は肩を突き飛ばされ後退する。コトネは暴力をふるうのもいとわないほど、自分の行動に確信を持っていた。
「ラッキー、おいで」
 影に潜んでいたラッキーからヨーギラスを受け取る。ラッキーはもっと看病したそうに眉根をさげたが「お母さんが怒っているから」と理由をいい聞かせ、納得してもらう。
 ラッキーいささか面倒見がよすぎるポケモンなのだった。
「幼体を返しに行くのか。この状況で」
「はい」
「俺が行く。危険にさらすわけには、いかない」
「さっきまで本気で倒そうとしてた人が行っても、母親には通じないです」
「君は説得し切れなかった。だからこうして襲われているんだろう」
「だから私が責任、とります。バンギラスはわかってくれます」
それだけ言ってコトネはヨーギラスを抱きかかえる。壊さないようにそっとかき抱き、山の化身に近づいてゆく。
「無理だ。警戒されてるのに不用意に近づいては」
「大丈夫ですよ。ヨーギラスは怯えていないから。そのことさえ伝えることができればいい」
 含みのある言い方をしコトネは足を踏み出す。
 バンギラスは見る者に畏怖の念を抱かせる重圧を醸している。ヨーギラスを抱えたまま、視線を逸らせないように一歩、二歩、と歩み寄る。近づくごとにバンギラスの周囲を舞う砂の粒子が肌にざらつく。
 ボールのホルダーを地面に捨て危害をくわえないことを示す。咄嗟の戦闘もできないまま少女は幼体を抱え向き直る。
 震えは見えない。レッドの観察眼でもその悠然とした所作が強がりでないことがわかる。
 小さな背中をみて少年は彼女の持っている特異性を理解した。
 レッドはポケモンに対して一種の畏れを抱いている。ゆえに誰よりも知力と直感を高めてきた。
 戦闘における強さはパーティーを守るための、自分の役目と考えた。だからこそ自分が恐怖を抱く境界を見極めるし、できることとできないことの線引きを体感としてしっている。
「よしよし……いい子だね。ヨーギラスちゃん……」
 対してコトネは、レッドやその他のあらゆるトレーナーが抱く恐怖そのものが希薄なのだ。
 彼女は恐怖を受けた際のふるまいが人より特殊な形で現れる。
 あるは別の感情が恐怖を凌駕し、塗りつぶしているのかもしれない。
 レッドの脳裏にひとつの言葉がよぎる。
 感情移入能力。
 それは初めてあったときからレッドが少女に感じていた『力』の本質なのかもしれない。同時にコトネがレッドと同じく異例の速さで協会認定トレーナーになったことにも頷ける。
「お母さん……。子供に勝手に触ったりして、ごめんなさい…」
 バンギラスの前でコトネは自然に頬を緩める。あふれ出るような微笑みだった。
 謝罪でありながら微笑する矛盾。
「でも怪我してたみたいだから、放っておけなくて」
 半分、照れにさえみえる。
 純粋に母親のもとに子供が還るのがうれしかった、それゆえの笑みだった。
 先ほどまで自分を襲っていた異界の生命。それも少女の倍近く巨大な甲殻獣を相手に、飛び込む様に歩み寄っている。
 ぴょん、と何か小さなものが彼女の胸から跳ねた。
 さきほどまで気を失っていたヨーギラスがバンギラスに飛び込んでいったのだ。
 元気な様子の子供を無骨な腕が受け止める。不意をつかれたように親バンギラスは放っていた怒気を緩める。
「ラッキーがいうにはは命に別状はないそうです」
彼女の言葉がどれだけ通じているのかはわからない。だがバンギラスは子供が戻ってきたことで気分を落ちつけていた。
 バンギラスはじっとみつめている。
 じぃと観察するようにコトネに視線を向けているのは相手の情報を知ろうとしているしぐさだった。害があるのかないのか、判断する余地をバンギラスが見出したのだ。
 少しずつバンギラスの孔からの砂の放出が収まっていく。先ほどまで崩れていた岩石の反響音が止み、静寂が降りる。
 何故コトネは一度はバンギラスを怒らせながら、こうも簡単に懐に飛び込めたのか。
レッドはコトネの心中を探ってみる。
(何か確信があったのか。先ほどの感情移入の仮説を当てはめるなら、コトネはおそらくヨーギラスの心の中をバンギラスに向けて伝えた。今、この場で最も幼体の様子を知っていたのは彼女に他ならない。だから弱ったの幼体を胸に抱いた時から『伝える』ことを決めたのだろう……)
 ポケモンは人間と違い、言語に理解の比重をおいていない。だとすれば仕草で状態を表すことになる。
 所作のみで、ポケモンの身体の状態を伝えた。彼女の纏っていた空気感は手術を終えた医師や、助産婦の安堵のようでもあった。
コトネは『安心感』を即座に演じることでバンギラスを宥めた。
演じるというのもレッドの分析にすぎないが。
 本気で安心を伝えた。
 彼女自身が本心から、安心していたから。
 その一瞬の間にヨーギラスが飛び移れる距離まで歩いて行った。
 心の底から、大丈夫という気持ちを伝えた。
 打算のない本心だったのだ。
 本心。人間よりもポケモンのほうが、感じとれる心の有り様。
 気づけば空気は緩んでいる。
 すでにバンギラスの親子は背を向け、数メートルほど先を歩いていた。
 踵を返し洞窟の奥に去っていった。
「元気でね! 仲良くね!」
 コトネはさっきまで闘っていたのが嘘のように、手を降っていた。
 レッドはその一連の様子を眺めながら、コトネの作り出した空気を壊さぬようひっそりとするよう努める。


再臨


 山の主とその幼子の姿が見えなくなってからレッドはコトネのもとへ歩み寄る。声をかける間もなくコトネは膝を震わせ、その場に崩れ落ちてしまう。
「おい……」
 崩れ落ちる前に背中を受け止める。
「どうしてでしょう。膝がさっぱりいう事をききません」
 精神力が強いとはいえ、本能的な肉体のこわばりまで、我慢しきれるものではない。ぺたんと座りながら緊張の余波に耐えている。
 やはり彼女はヨーギラスの状態を『伝える』ために、自分の恐怖を隅に置きすぎたのだ。感情移入のあまり、自分の体をないものとしていた。
 身を晒しすぎる行為だった。
 それがどれだけ危険なことかをレッドは知っている。
「君は駄目なやつだな」
「駄目でいいですよ」
「だから気合いをいれるぜ」
「どうぞ。ご自由に……」
 レッドは虚ろな眼のまま、コトネの肩を、正面に向ける。
 少女は上目使いにぼんやりと視線を向けてくる。
 レッドは手のひらを振り上げ、しかし叩くのではなく、頬をつねった。
「いだだだだだ……」
 痛みに目じりに涙がにじむ。はたかれるくらいは予想していたけど、やっぱり痛いのは嫌だ。
「どうしてつねる?」
「叩くのは、あんまりだから。でも痛いほうがいいような気もした。」
「私は、間違ったことをした覚えはないです」
「一歩間違えてたら怪我じゃすまなかっただろう」
「それはお互い様です。あなたも毎日、同じ環境を潜り抜けている」
「同じ環境にいようがいまいが、危険を冒しすぎといってるんだ」
 レッドの正論に対し、コトネは萎縮する。確かに、正論では少年の意見が正しい。コトネの判断はともすれば自殺行為だ。
「レッドさんは私以上にバンギラスの生態を熟知したうえで、さっきの判断を下したんですよね……」
 つねられて逆に冷えたのか、コトネは落ち着きはらった口調でレッドを見つめ返す。
「そうして見極めたから私を助けようとした。……でも甘いんです。あきらめるのが早すぎるんです」
「君は……弱い。弱くていいんだ。勇気や強さがあったって、こうしてつねられただけで震えている」
「それがどうしたんですか。私はそれくらいどうってことないんです。痛くてもどうってことないんです。泣いてるけどどうってこと……」
「めちゃくちゃなやつだな」
「旅人の意地って奴です」
「君は、それでいいかもしれないけどさ」
言いにくそうに言葉を濁しながら、少年は続ける。
「ただ……俺は君の確信を見てしまった。むこうみずな確信だ。一歩間違えたら崩れるような危うい意思だ。それは確かに正しいことかもしれない。けれど諸刃の正しさだ。その思いこみは、見ていて怖いと思った」
 バンギラスに敵意を感じさせないように振る舞う能力。確かにコトネがそれを自覚的に使えていたとしたら、あの場での最善の判断だったかもしれない。
 だが最前だけど死ぬかもしれない判断だ。
 その危うさは自分にも見に覚えたが会った。
 だからこそレッドはこの山で修業をしていたのだ。
「え? うーん諸刃? ちょっと何言ってるか、わからないです」
「少しでも怯えたり警戒を君が発していたら、バンギラスも刺激されて向かってきたってことだ」
「考えてませんでした。あ、考えてないからからあのときは震えなかったかも」
「自覚がないとは思っていたけれどさ……」
 レッドは呆れたようにため息をつく。
 恐怖や敵意を感じさせないとなればもはや仙人に近い領域だ。
 だが彼女は意識していたわけではなく、無意識の天然のようだった。
 今回ばかりはよい結果に終わったが、それでも彼女は泥を浴びせられただけで弱ってしまうほどまだまだ子供なのだ。
 レッドはそれが心配だった。
「そろそろ大丈夫なのでいきましょうか」
 コトネは、レッドをはぐらかすように立ち上がり、伸びをする。
「はぐれるなよ」
 歩き出す少年の背に着いて歩く。
 コトネはレッドのいわんとしていることをまだうまく噛み砕けない。
 ただ一つだけわかったことがある。
 彼もまた自分と同じく、大人になる前の段階でもどかしい思いを抱いているのかもしれない。
 レッドの根城にもどるまでふたりは無言で歩いた。
根城に着き、保存食料をつまみ始めると、どちらともなく会話がもどってくる。
「あの幼体の治療をしたのは俺なんだ」
「なんとなくそんな気はしました」
「孵化したところに居合わせて、その時点で傷ついていた。生まれた場所がよくなかったんだ」
レッドはその時スナップした映像とレポートを示す。
 コトネの『ポケモン図鑑』に赤外線で転送する。
「そういえばデータの交換、初めてですね」
「この間は、忘れていたからな」
 レッドは内心ではコトネの実力を認めていたから、図鑑のIDの交換を申し出たかったが、言い出せずにいた。
 深く関わって、彼女をこちら側に引き入れたくない思いがどこかにあったのだ。
 だが今は違う。彼女の持っている能力を知りたいという好奇心が勝っている。
 先日の闘いでは一体のピカチュウで圧倒的な勝利を収めた。
 にもかかわらず、今は強者と相対したときの興奮が疼いている。
「君はあとどれくらい滞在できる」
 問いかけると返事はこない。眠っているのかも知れないと横目で見ると、コトネは圧縮珠から出したのかすでに毛布に顔を埋めていた。
「この間は、帰れっていったくせに」
 一泊遅れて声が返ってくる。
「せっかくだからさ」
 少年は自分の内心をはぐらかすように遠慮がちにいう。うつむいているのが気にはなったが無理に起こすような野暮なこともしない。
「今日は君の根性を見せてもらったからな。再戦したい気持ちが、なくもない」
「男なら素直にいったらどうですか。私と闘いたいって」
 コトネが毛布から顔を放し少年に向き直る。泣き跡が拭ききれずに瞼のあたりに滲んでいる。
「……俺の方から君に試合を申し込みたい」
 譲歩に慣れていないのかレッドがぎこちなくいう。
「二言はないですよね」
 目元を拭いた頃には少女は活力ある表情に戻っている。レッドはその静かな所作に先日とは異なる様相を見る。ひとしきり泣いて落ち着いたのか瞳が熱を帯びている。
 異郷の獣を思わせる瞳だった。
「本気をみせてみろ。俺から言えるのはそれだけだ」
「ふん。今度は……眼にものみせてやるんだから」
 明日の朝、再戦をすることに決め、二人は背中を向けあって眠る。
 互いに深くは語らない。
 それぞれの思いの丈をぶつけなければもう、満たされない。
 引き返せない闘争が二人の間で結ばれた。

第七話 化生の尻尾は二度触れる


第七話 化生の尻尾は二度触れる


vsリザードン


二人は先日手合わせをした山の頂にきていた。雪は止んでいたようで、山肌には氷結したダイヤモンドダストが細い筋となって通っている。
 レッドは赤を基調としたジャケットとキャップ。コトネは橙のインナーの上に青く裾の短いオーバオールを着ている。
両者とも冬空にそぐわない恰好だった。だが精神の働きが勝敗を分ける局面において、戦闘装束はときに気力を引き出す役目となる。
 寒さと体の具合を鑑みれば安定した選択とは言えなかったが、非常環境で着なれた戦闘装束を選ぶことはメリットも存在する。
 それはポケモンの状態を把握しやすくなるということだった。
 ポケモンには恒常的な体温を持つもののや気温に適応する変温的なるものも存在する。
 恒常的な体温をもつものは雪山などの天候下では動きが鈍るものもおおい。そうした状況下では普段はできていたはずの動きが不可能になる場合もある。
 そのためトレーナーはポケモンの身体がどこまで動くのかを判断しながら指示をする必要がある。
その指標として手っ取り早いのが『自分の状態』だった。
 人間の体温が恒常的(周囲の気温によってさほど変動しない性質)である以上、同じ恒温生物に限り、ある程度の把握が可能となる。
 コートを脱いだ時点で二人は互いにそうした意図を汲み取っていた。それは自らの骨身を晒す覚悟を示していることでもある。
 コトネは懐から硬貨を取り出しレッドに確認をとる。頷くのを見て、空に投
げる。金属の硬い表面が降りしきる雪の粒をはじきながら、宙に舞う。
 ぽふ、という微かな落下音を合図に二人はボールを投擲した。
電子体から実体化したポケモンが両者の間で対峙する。
「ひゅるるんつ」
 コトネが先方に選んだのはアブソルと呼ばれるしなやかな肢体の四足獣だった。白磁の体毛を全身に纏い、顔や蹄などの露出部や額の角刃が対照的な漆黒をたたえる。
「ぐお、がおあうっ」
 対してレッドはリザードンと呼ばれる蜥蜴竜を従える。巨大な翼を持つ橙色の竜がどっしりとした重圧で地面の雪を散らせる。しっぽには生命力の源である炎が揺らめき、爬虫類のような顎からは高温の蒸気が立ち上る。
 コトネはリザードンの外見からPLM(ポケモン力量測定法)に照らし合わせ
戦力差を分析する。しっぽの炎が目測で平均値の約二倍の高さを有していることから火力特化型だろうか。
理詰めな考え方は得意ではなかったが直感的認識だけで適わないことは先日の手合わせで思い知らされている。
 速さ、耐久力においてアブソルは劣っている。だが膂力と突破力、緩急の巧みさはこちらに分がある。
付け焼刃では上手くいかないとしても、直感をベースに論理を重ね合わせる形ならば、自分の脆さを補える気がする。
 あらかじめ指示していた通りアブソルは『つるぎのまい』を行う。演舞にも似た慣性運動によって、頭部の刃に遠心力が加わる。
「隙を見せるとは思わないほうがいい」
レッドの指示によりリザードンは『だいもんじ』を放つ。大の字の形状に放つことによって威力を中心に収束させる高位の火炎技術だった。
炎はアブソルの手前に着弾、蒸発した雪が視界を覆う。『大』の字型に炎が展開したためか、かすかに火の粉を受ける。
 どうにか初手を躱すもアブソルは遠心力の行き場を失くす。距離を取られたことにより格闘の間合いに捉えきれない。
リザードンは追撃で鼻孔から煙幕を放出。白く冷たい視界が墨色に染め上げられる。
 煙幕によって相手の視界を奪うことは炎属性の用いる一般的な搦め手だった。煙幕をすり抜ける手段はいくつか存在し、ある程度場数を踏んだトレーナーならば着実な対処法を用いて問題なく処理できる。
 主な方法としては風でふきとばすか、息を止めるか。
だがこの場では先ほど蒸発した雪煙が煙幕と相まって視界を狭めている。
重複的な状況では、トレーナーがいかに優秀であっても指示する際に二つ以上のプロセスを踏まねばならない。
視界が塗りつぶされていくにつれて、コトネは思考にノイズがかかってゆくのを感じる。
塞がれた視界では簡略化した視覚サインも通らない。
「どうしようか」
途方にくれてしまう。
煙をはらすために風を起こせるポケモンに交替すればその隙をつかれるだろう。先日のピカチュウに交替されれば、無残に狩られてしまうのは目に見えている。
あのピカチュウと渡り合うにはパーティー全体での連携が不可欠だ。少年が控えに忍ばせている以上、降臨する隙は見せてはいけない。
今追うべきリスクは煙を突っ切り速さで制すること。相手が煙幕の外で待ち構えていたら、視界が悪い分こちらが不利になるが、これ以上に隙のない選択枝も思い浮かびそうにない。
だとすれば、やりように掛かっている。
戦闘を自転車と考えれば、早いほど倒れない。コトネは慣性の持つ安定を体感として把握している。
「おいでアブソル」
ポケモンとの距離を隔てられなかったのが幸いと言えた。声が届けば多少なり意思の伝達が可能になる。
ひとまずアブソルの頬を撫で安心させる。白くきめ細やかな毛並みが濡れてささくれ立っているのが気がかりだった。
「君は音に、聞ける? 」
尋ねてみるが質問が曖昧だったようで、首を傾げられる。自分でもよくわからなくなり、つられて首をかしげる。
……私は何を伝えたい?
この視界の悪さをどう補うか。煙を抜けた後、眼をやられ、不利な攻防を強いられるとすれば何を頼りにするべきか。
真っ先に浮かぶのは『音』だ。
 映画のワンシーンを想いだす。
目を瞑ることで聴覚を鋭敏にし殺陣をこなす様子。
しかし訓練もせずに目を瞑っても瞼の裏を『見てしまう』にすぎないだろう。
 思考を高速で回し、周囲への警戒をアブソルのみに任せる。雪煙の中で奇襲を掛けられたら致命傷は避けられない。だがレッドは攻撃せず、こちらが煙から出るのを待ち構えている。
 煙幕を抜けるのは、足さえあれば可能。だが今はその先に何をするべきかを思い描けない。
練り切らない思考は焦燥を生む。
「結論として、これはもう考えるのは駄目かもしれない」
コトネの諦めの声にアブソルは不安げに眉をひそめる。
「きゅる……」
「つまり腹をくくろう、ということだね」
少女は懐から植物の葉を取り出し、アブソルに食べるよう促す。丁寧に口から離れないように紐を首にくくりつけ、作戦を手短に説明する。
「いつもどおり、私が指示するタイミングでいい。君は眼を気遣ってて」
「きゅるんっ」
植物によるものか無謀な命令によるものなのか、涙を浮かべて頷く。
「せーの、で走るよ」
コトネはふりきれたように、にぃ、と頬を綻ばせる。アブソルはもふもふと葉をはみながらも、首を振って武者震いをする。


煙幕の向こうでレッドはコトネ側の状況を読み始めていた。
 並みのペアなら恐慌状態になりかねない、重層的な悪状況を作り上げた。
 しかしコトネ達は声一つたてず雪煙と煙幕の中で佇んでいる。音で位置を把握されることにすぐさま気づいたのだろう。相手の胆力に、レッドは心の中で賞賛しながらも、動作に耳をすませる。
その間リザードンを飛翔させ、アブソルの近接射程から離脱させる。空中から俯瞰させることによってアブソルが煙幕の外に出た瞬間を待ち構えることができる。
煙幕は相手を霍乱しながら回避行動も兼ねる、二重の罠だった。
十分な視界を確保できないのはお互い様だが、一つだけ絶対的に有利なものがこちらにはある。
それは視界の悪い中での時間間隔。
視界の悪い中では、自分の周囲の視界をまず把握する。不意打ちをさけるためである。最低限、自分の身体から近い情報を得て初めて『外』に意識を向ける。
対してこちらは煙の中の相手が確認をしている間に、空中に飛翔する時間と照準を合わせる時間を得る。
距離と照準。一定の時間を必要とするこの二つの動作を、抵抗なくこなすための猶予がこちらにはある。
加えて『照準』の作業を熱視スコープを持つレッドが行うことで動作時間はさらに短縮される。
 近接戦を得意とする相手を制するための攻防一体のコンビネーションだった。
レッドは熱視スコープを構えながらアブソルの敗北を確信する。
 煙幕の中の影を見出し示しリザードンに位置を示す。
 ふと、狙いを定めていた影が消失した。移動を開始したのだろう。
熱視スコープの欠点は視野が限定されることだった。レッドはスコープを外し、裸眼に切り替える。
視界の効かない局面だからこそ逆手にとられることもありえる。その場合は裸眼に戻せばいいだけだ。
いずれにせよ相手の初動は制した。
「リザードン。正面を警戒しておけ」
 リザードンに指示をだし、めりはりをつける。戦闘のめりはりを捉えているかぎり隙をさらすことにはなりえない。
これは戦いに於いてレッドの中核をなす心構えだった。
リザードンが構えをとる。竜爪をかざし、煙幕の向こうを見据え、迎撃の姿勢をとる。相手が煙の中にいる限り、距離感覚、警戒の範囲という点でこちらが圧倒的優位にある。
 格闘の初手条件をすでに制している。リザードンはレッドが火炎放射の合図を送った場合も想定し、口腔の炎も万全に蓄えてある。
煙幕を抜けようと足音が接近してくる。
ざく、ざく、とがむしゃらに雪をかき、迷いのない格闘を仕掛けてくることが予測される。
リザードンとレッドは音の方角に警戒し体を向けた。
煙幕の狭間に走り抜けたものの姿が現れる。
同時に、ぼふ、と雪に転ぶ音。
小柄な身体に短いツインテールが揺れて、ちょこん、とたれる。
煙幕を突き抜けたコトネが雪面に顔から倒れ落ちていた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
 顔を上げて挨拶をされる。目許には白い綿雪に塗れたゴーグルをつけている。
意外な状況にレッドの思考が一瞬だけぎこちないものになる。
 今の足音はアブソルではなかったのか。先行させ、煙を抜けた上で速攻をしかけたと思っていた。
そうでないとしたら煙の中にアブソルを見捨ててきたのだろうか。
トレーナーが離れてはポケモンへの指示ばかりか、回避のための『目』になることもできない。
上級トレーナーはポケモンに回避を指示する際、自らもまた攻撃感知の『目』となる。
先日の闘いでもコトネはフライゴンと息を合わせていたため、できないわけではないはずだった。
今は自分だけ煙を抜けて、ポケモンを置き去りにしたようにしか見えない。
 ペア同士の距離感は互いの周辺警戒には重要なことだった。現にレッドはリザードンに『飛翔』をさせる際も彼自身が地上での『目』となっている。
ただひとつレッドに誤算があるとすれば。
彼がリザードンの周囲を警戒しているのと同様に、リザードンもまた主人の周囲に意識を向けているという部分にあった。
それも、高度から。地上にいる主人の周辺までの長い距離を。
コトネが転んだときの音に、リザードンの敏感な聴覚が反応する。
リザードンは地上に眼を向けてレッドの周囲に現れたものを視認している。
 アブソルがレッドの方角に向かってきたのなら守らねばならない。そうリザードンは考える。
 変則的な状況ではトレーナーへの攻撃もまた起こりうるためだ。
しかし、煙を突き抜けてきたものは相手のトレーナーの少女だった。危機ではないことを確認し、リザードンは一息つく。
同時に少女が上空を見上げ、リザードンと『目線』を合わせた。
コトネはお腹からめいっぱいの声をだして指示を告げる。
「北東、上空」
めいいっぱい、飛べっ。そう言い切るかどうかのところ。
一瞬だけ地上に意識を向けていたリザードンの正面、その飛翔を超えて跳躍する影。
アブソルが煙幕を裂き躍り出ていた。
黒い蹄が雪の粒子を引き、白い毛並みは煤に塗れている。
煙が染みたのだろう。コトネには凍った涙の跡まで見ることができる。
コトネにはそれも予測済のことだった。
染みるなら、やわらげればいいだけのこと。
口元にかみ締めた『白いハーブ』が上手く代謝を促してくれているようだった。涙の跡は、循環器系への作用で喉の痛みが和らいでいる証拠だ。
「ふいうちっ」
 不利な状況下でコトネが選択した指示は、位置を知らせた上での直接攻撃だった。
 もはや作戦でもなんでもない。なにせアブソルにした指示は愚直なまでにまっすぐ進むことなのだから。
こうした素直さは相手が乱戦をしかけた場合に限り、効果的なカードになる。コトネはこの状況に対して意図的に、真っ直ぐ行くことに賭けた。
 初手の攻防で判明したのはこのリザードンが格闘戦を得意としないこと。躱せたのは偶然だったが、大文字の威力から推定するに、やはり炎の威力を極める様に育てられたのだろう。とすれば仮に煙幕の対処ができたとしても、一撃を貰えばアブソルは耐えきれない。
 姿が見えないとしても、距離を取らせた時点で負けるとしたら、とるべき選択は炎を溜める時間を与えないこと。
 アブソルはコトネの指示した方角に向かったとき、煙幕の向こうにリザードンの影を捉えた。大体の位置が分かれば跳躍するだけで距離を詰めることができる。
 位置が正確でなくとも視認さえできればコトネもアブソルも思考する必要性はなくなる。
飛翔しているといえどもトレーナーと連携が取るための高度ならば十分詰めることは可能だ。煙幕を張っている以上レッドとリザードンの距離はさほど遠くないと踏んでいた。読み通り、相手は連携が取れる距離で陣取っていた。
届くなら、あとは暴力をぶつけるだけでいい。
アブソルは跳躍の慣性を利用し、角と身体全体で前方回転。空中で方向修正し距離を詰める。
遅れて反応したリザードンが竜爪で薙ぎ払いを行うも、アブソルは軌道を読みつつ、体を丸め、跳躍の慣性も利用して直撃をそらす。さらにねじれの動作を加え、リザードンの肩部位に蹄を擦らせる。弾力が衝撃を減衰、アブソルは蹄を駆使してのしかかり、背中に組み付く。
リザードンは至近距離から火炎を拭きつけようとするが、振り向きざまを見計らい、添えた角で顎先を撫でる。
ひるんだ火竜の背に蹄を立て、反動でさらに上へ飛翔。リザードンは反撃の炎を放射するも、踏み台にされた衝撃で炎の生成がうまくいかない。拡散した火の粉を浴びつつアブソルは降下軌道で二撃目の体当たりを行う。
 火竜のくぐもった呻きと対照的に
“きゅる“
アブソルの不吉な雄叫びがあがった。
二激目の蹄での強襲の後、相手をクッションに変え、降下軌道へ入る。
リザードンは受けた衝撃で大きくのけぞり、背中を重力に引っ張られる形で墜落していく。
地面に叩きつけられる寸前、モンスターボールの格納光がリザードンに照射
された。致命傷を負う前に実体が赤い線に吸い込まれボールに格納される。
 レッドがこれ以上の戦闘は危険と判断して強制的に離脱させたのだった。
 アブソルはゆるやかに雪原に着地。コトネのもとに駆け寄る。
凍りついた涙が炎で溶けていたので拭ってやる。
「正当な奇襲返しとしては十分ですね」
 少女はレッドの方に向き直り不敵に口元を歪めた。
「不意打ちをするのに、ふいうちと叫ぶ奴を始めてみた」
コトネの物言いにレッドは皮肉げに返す。
「今回のはあなたへのふいうちですから。まっすぐやらせてもらいました」
コトネは煙幕がなりをひそめたのを横目に、しれっとした態度でアブソルに付着した煤や、服についた雪を掃っていた。
「それが君の本性って奴か」
「お互い様です。私はもう少し前からあなたの根っこは、知ってましたから」
レッドは言い返すのに疲れて嘆息する。
「その性格の出やすい顔から、眼を離したのが間違いだったのだろうな」
悪態をつきながら少年は腰のホルダーから次のポケモンを選択する。
「だが、それは同時に君自身の弱点も露わにしている」
「どういう、ことですか」
「こいつと対峙すれば致命的な弱点がわかるだろう」
重厚な黒色のヘビーボールが投擲される。
 少年が次鋒として電子体から解き放たれ現れたのは、山と見まごうほどの質量だった。
分厚い脂肪に覆われた白い腹と、青黒く縁どられた体毛。四肢の一つ一つは樹木を思わせるほど太く、動かすたびに地面が呼応するように震える。極端な重さを補うために鋭敏な感覚を持っているのか、猫のような耳がぴょこんとはねる。
野太くやる気のない、それでいて山を連想させる泣き声をあげる。
 重火力系の筆頭をなすカビゴンと呼ばれるポケモンだった。


vsカビゴン②


「カビゴンですか。可愛いですね」
レッドの挑発を前にしてもコトネの表情は変わらない。だが表情にでやすい少女が顔色を変えず強張らせていることは、核心をついているということでもある。強がりを見せているということはそれがそのまま答えになる。
レッドの中で推測だったものが確信に塗り変わる。
コトネはレッドのパーティーに『カビゴン』と『ピカチュウ』がいることをあらかじめ知っている。
つまり速度をもつものと重さを持つものである。
「何も考えずに勝てるほど君は甘くないだろう。だから一つの結論を出すことにした」
「……ほう」
コトネは虚勢をはるためにわざと偉そうに相槌をする。
先日の手合わせは戦歴だけでみれば3対0と圧勝だったが、レッドから見れば少しの弾みで均衡を崩しかねない内容だった。
それでもピカチュウ一匹で戦闘をこなせたのは、コトネがピカチュウの速度に質量をぶつけてこなかったからだ。
あのときの彼女のパーティーは『フライゴン』『ヌオー』『デンリュウ』。それらのポケモンは技量が重視されるが質量を用いた闘いを行わない。せいぜいがチルタリスといったところだろうか。しかしチルタリスもまた質量戦は可能でも元々の重さがあるわけではない。
速度を持つポケモンは力の蓄えが行われれば、重さを上回る。だがそれはあくまで蓄えればの話だ。速度に頼る軽いポケモンばかりでは必ず『重さ』によって止まる。
 速さを主軸にするピカチュウに対して重さをあてることは正道。にもかかわらず先日の手合わせでは、弱ったピカチュウを狩るために、質量に頼ることをしなかった。
否。頼れなかった、といった方が正しい。
「君のパーティーには過度の質量をもったポケモンが存在しない」
レッドは論理的な帰結から事実を突きつける。
「……御託は、いいです」
「パーティーの欠陥に対する忠告だ」
「質量が、必要だってのは、わかってますよ。でも私は自分のスタイルを貫くしかできないんです。それに……」
コトネはアブソルの毛並みを指先で梳(くしけず)り、向き直る。
「この子の力を舐められたら、ますます覆したくなります」
「子供の強情に付き合わされるポケモンも、可愛そうだ」
レッドもまたカビゴンと拳をあわせて臨戦態勢に入る。
二人と二匹の視線が交錯する。じゃり、と雪の硬い層が足元で擦れる。
「どうとでも。アブソル『つるぎのまい』」
「『のろい』だ。カビゴン」
挙動が解き放たれ、互いに突破力を高めるための前動作に移行する。
アブソルは演武による循環器系への作用から爪、角の硬度を確保。カビゴンは不動の姿勢からの体内で血液のバンプアップを始める。
 原理は同じ。力を蓄えて、放つこと。
それでいて戦型は対照的。不調和が緊張の密度を高める。
コトネにしてみればカビゴンは一筋縄では突破できないと、初めからわかりきっている。ゆえに初手から力を蓄える隙を厭わない。
空気が緊迫し重くぬかるんでゆく。
 速さ同士、重さ同士であればその対峙は舞踏の様相を帯びる。空気が調和し合い楚々とした水のような鋭利さを示す。
 相反する性質の交わりは、時として対峙する空間に異様な泥濘を生み出す。
慣性を得るもの、装甲を得るもの、どちらにせよ『波』に乗った者は一体で数体分の破壊力を得る。それゆえにトレーナー同士の闘いでは『積み動作』を行ったものがパーティーの中核になる。
 逆に勢いをそがれた側は波を得たポケモンに後続をぶつけなければいけない分、不利を強いられる。
 二人の間にあるものは抜き身の刃を当てられたような戦慄。
 速さ同士ならば目測で対抗し得るかどうかが判別できる。力と力ならば体格の時点で拮抗をはかることもできるだろう。
 だが速さと重さの対峙はそうはいかない。『積み』動作を持つポケモンがその長所を高め合ったとしたら、力量差の判断は曖昧にならざるをえない。
 闘いはトレーナーの予測のつかない領域にシフトしていく。
アブソルが躱しきるのか。
カビゴンが耐えきるのか。
諸刃と諸刃でしのぎを削り合う行為にも似ていた。当たれば斬れるが、その運動の軌跡は闘う者当人にしかわからない。見るものは後になって結果をしるだけ。
 当たり前すぎるほどに不確定。介入する余地のなさが二人のトレーナーに無力感を突き立てる。
やがて二体の相反する膂力がピークを迎える。
「アブソル!ばかぢから!」
 コトネはカビゴンの脂肪を考慮して、斬撃技を選ばず全身を使う技を指示する。
白磁の四足獣がしなりをあげて跳躍。円弧を描く起動に前方回転によるしなりも加え、蹄を突き立てる。
衝撃に脂肪の層がめり込みカビゴンの全身が打ち震える。耐え忍ぶが、口元に違和感。今の攻防で息を乱しているのをコトネは見逃さない。
「カビゴン、ばかぢからだ!」
樹木のような腕が横なぎに振るわれるも間一髪で躱す。
 敏捷性においてまさる分、アブソルのほうが手数を稼げるのは自明のことだった。だがそれは一発が致命傷になる耐久力のなさも表している。
アブソルの蹄が三度目の攻撃を終えたとき、カビゴンの側に変化が見られた。格闘攻撃がアブソルを射程にとらえ、爪の先ほどをかすめ始めていた。
「向こうが早くなっているわけじゃない。アブソルが遅くなっているんだ……」
『ばかぢから』は高位の格闘技術ではあったが、その分一発の消耗が激しい技でもあった。膂力を発揮した分だけ体力が損なわれる。さらに回避にもエネルギーを費やす分、アブソルは競り合いだけでなく移動の側にも負担を強いられる。
その点カビゴンは動かないという選択をすることができるため、体力を消耗しない。質量のあるものの利点を生かしきっている。
カビゴンの指の先が、再度アブソルの頬をとらえた。
 はじかれながらも、かろうじて意識を保っていたが、それは射程に捉えられたことを意味していた。追撃の掌が再度アブソルの鼻先をかすめ後方にはじかれる。
 コトネは二撃目を受けた時点で、決めかねていた判断を下す。
 カビゴンが『のしかかり』をしようと飛び上がる寸前、ボールから赤光を照射。アブソルを戦闘不能と判断し回収を行う。
 毛並を乱れさせていた黒の四足獣が輪郭をたわめ、ボールに吸い込まれていく。
「さがれ、カビゴン」
少年もまた自分のもとへカビゴンをさがらせる。優位だったとはいえ、ポケモンの状況の確認を怠らない。どこまでも淡々と冷静さを保っている。
 コトネは相手に一瞥をし、ボールの中のアブソルを撫でる。
「よく、やってくれたね。君のおかげで食いついていけている」
アブソルの体力は限界まで見極めるつもりだった。あわよくば相打ちに持ち込めれば、とも願っていた。けれど二撃目を掠めた時、すでに闘えないことがわかってしまったのだ。アブソルは高度な身体能力と爆発力を備える代わりに一度打たれれば脆い。反射的にボールに戻していた。
カビゴンを調子づけなかったという意味でも悪くない判断だった。
カビゴンは見た目の傷以上に体力を減らしてはいるようだが、底力で暴れられては面倒だ。アドレナリンで精神を高揚させしまえば、後続の受けるプレッシャーはかなりのものになる。
カビゴンを万全でない状態にしただけでもアブソルは十分に働いてくれた。
「これからだ。いこうか」
コトネは二匹目にヌオーを選択する。カビゴンの持つ質量にまともに対抗できないと判断し、搦め手を選択する。
 ボールから照射される電子体が、青い表皮とこげ茶色の背びれを構成する。ヌオーは小さな眼をとろんと細めながらコトネの指示を聞く。
「相手は調子づいていないわ。ぶつかってもさほど痛くはない。好きに、撹乱してくれればいい」
呆けているようで、直感で物を理解してくれるポケモンだった。
「いきなさい」
ヌオーは体内の泥袋を用いて混濁した水流を発射。カビゴンに着弾するも、勢いを殺しきれず間合いに入られる。距離を置きながら小さなどろばくだんを小分けにぶつける。カビゴンはしめりけを帯びた泥にまみれる。
「そんなものではとまらない」
「そのまま打ち続けなさい」
正面では勝てないから、周囲の物質を生成することによって相手の消耗を促す。長期戦を覚悟した上での作戦だった。
一見合理的に見える手。だがレッドとカビゴンにとっては逃げ腰のわるあがきにすぎない。
 遠隔攻撃も虚しく、隆起した筋力がヌオーに迫る。カビゴンは初動こそ遅いものの、慣性を得てしまえば小手先では減速しない。
肉の砲弾の直撃を真正面から受け、ヌオーは吹き飛ばされる。雪原に叩きつけられながらもすぐに起き上がりなおも泥を撒き続ける。
思いのほかタフに鍛え上げられている。
 レッドはカウンターを警戒しつつ、バンプアップ(のろい)を指示。その間にもヌオーは愚直に雪原に泥をまぶしていく。
 初め、単調に思えたかに見えたその行いは、すぐに意図の分かる様相に変わった。
 氷の平原だったはずの地形に、わずかに隆起する質量の屹立が見える。
泥は目くらましではなく、気温の低さを利用し柱を構築するためのものだった。
雪原環境においては泥の柱は積み重なれば氷として固着する。
一つにつき一メートルにも満たないものだったが、風で倒れるほどやわなものでもないだろう。
白色のフィールドに四つ目の泥の柱が立った頃、レッドはコトネの意図を理解した。
泥を用いることで一種の『身代わり』を生成したのだ。
1メートル程度の高さだったとしても、ポケモンの背丈によってはそれは十分に機能し得る。
 エネルギー操作としての『みがわり』でなくとも、こうした工夫をすればピカチュウが用いたような高度な防御にも引けをとらない。
泥の円柱は増えた分だけ回避の拠り所となる。
本来なら発揮されない特性を、地形を利用することで生み出す。
やはりコトネの応用力にはあなどれないものがある、とレッドは嘆息する。
パワー系の相手にこうした回避戦術を行うのは、大振りの技を放つ際の『溜め』も可能にする意味でも有効な手だ。
選択枝を相手に付きつけると言う意味で優秀な戦術と言えた。
 意図を読み取った上で、レッドは指示を緩めない。
『のしかかり』による圧力をかけ続ける。
 血流操作によって隆起した筋力があれば、泥の柱ごと相手を押しつぶすことは十分に可能だ。
隙がどうとかの話ではない。コトネは物理的な見極めを間違えている。
「大丈夫だ、カビゴン。突っ込め」
 カビゴンの『のしかかり』は果たしてレッドの見極めどおり、泥の柱ごと破砕した。ヌオーは二度目の肉の砲弾を受けるが今度は浅かったのか、後方に後づさるに留まった。
続けて自分とは離れた地点に泥柱を生成。再びフィールドに補填され四つの柱が並ぶ。
「追撃だ。カビゴン」
 柱の身代わりを利用できない位置にいるのを見計らって、カビゴンは勢いを緩めることなくヌオーに逼迫する。
 体当たりを掠め、ヌオーが先ほどよりも大きく弾き飛ばされる。雪原に叩きつけられながら立ち上がろうとするが、痺れが足に来ているのか、両手を使ってギリギリで起き上がっている。
コトネはこれ以上は戦闘ができないことを判断し、ヌオーに戦闘を辞めさせる。
「質量を軽んじた結果だな」
 少年は肉の隆起したカビゴンを従え、手痛い事実を突き付ける。
 レッドの挑発にも少女は眉一つ動かさない。
モンスターボールの電子の帯が尾を引いてヌオーを格納する。
パーティー全体の質量の無さはコトネ自身も熟知していた。だが熟達した人間がそうした隙を見破ることも以前から知っている。
「がんばった、ね」
 ボールの中でヌオーがのんびりと息を切らしているのが見えた。のんびりと呆けているので一見ではわからないが、コトネには限界まで闘ったことが伝わってくる。
 戦闘において体格と速度は突破力を決定する。体格の乏しいものは速度や鋭利さで補うが、ヌオーはそのどちらも持たない。しかしタフネスと状況を操作する能力があれば、戦況を覆すジョーカーになりえる。
 そしてヌオーは十全に役割を果たしてくれた。
「きっと、まだだ。終わりじゃない」
 彼女が選出できるポケモンは残り一匹。相手側には力を蓄え勢いを得た超重量のカビゴンが待ち構えている。
 問題はカビゴンの突破ではなく、相手がこの状況をどう理解しているかどうかだ。
怪しまれないよう咳をするふりで表情を隠す。
「また何かよからぬことを考えてるのか」
「いえ。私は真っ向から行きます」
 嘘は言っていない。レッドが悟っていようといまいと、もはややりきるしかないのだ。
 状況はそろった。
 ピースは完全ではないが、足りている。
ボールをそっと足元に置き、スイッチに触れる。
最後の一匹を解放する。
構成されるのはマニューラ。二足立の黒猫型のポケモンだった。少女の腰ほどの身長で爪をしならせている。
 コトネの重量を用いない一途さに、レッドは呆れを通り越して感嘆した。
一個のスタイルを貫くことは並大抵の覚悟ではできない。
ならばその覚悟ごと打ち砕くのが礼儀といえる。
「終わらせよう、カビゴン。ばかぢからだ」
 カビゴンの筋肉が隆起し何度目かの突貫の姿勢をとる。
「マニュ」
「にゃう」
「わかるよね」
 コトネは布製のアミュレットをマニューラに撒きながら語りかける。マニューラは頷き猫背の姿勢で滑走の体制をとる。
「好きにしていい。危なくなったら私がいる」
 カビゴンの巨大な肉塊がせまる。マニューラは背中を向けたまま爪先を立てて了解のサインを示す。
 大振りな突貫を緩やかに躱し、ヌオーの残した泥柱の上に器用に足を乗せる。
柱の『身代わり』さえもカビゴンが突破してくることは先の戦闘で証明されている。即席の泥柱では体重の乗った突貫は防げない。
もとよりマニューラは防ぐことなど考えていない。
 カビゴンの再度の突貫を横跳びで躱す。巨体なため精度が伴わずとも命中率は高い。それでもまだマニューラには余裕が見られる。
 レッドは流れが変化していることを察知していた。その変化がどんな質のものかはまだ答えはだせない。いずれにせよカビゴンには残りの力で戦ってもらうしかない。
「カビゴン、そこじゃない!」
 レッドは『目』の役割を果たしながらマニューラの場所を指示するも、空間的、跳躍的な運動を伴う相手にカビゴンは翻弄されていた。
 カビゴンは急な進路を変更する器用さを持ち合わせてはいない。その間にも膂力は消耗していく。レッドはこの空間の力場の変化についての答えを見出そうとする。
 ……四つの柱の影に身を隠せるとしたら、それは奇襲の選択枝が増えていることではないだろうか。
 ……トレーナーはあらかじめ地形を考慮して選出を行う。ここは雪山だから、開けた視界で真価を発揮するカビゴンを用いた。
……だが、もしも戦闘途中で地形の概念が変えられたとしたら?
開けていた視界は部分的に戦闘を始める前よりも悪くなった。
それは防御だけでなく、攻撃の概念も変わることではないのか。
 カビゴンの突貫に対しマニューラは頭上を飛び越える形で回り込む。泥の柱を破砕するも実態を捉えない。
「振り向くな。そのまま前だ!」
レッドの叫ぶのと、カビゴンが振り返り際に打ち震えるのは同時のことだった。
正面から直撃を受け、ややあって衝撃波が遅れて叩きつけられる。
空気の振動が二人のトレーナーの頬をくすぐる。
 マニューラの拳が厚い脂肪の層を打ち抜いたのだ。
高位『かくとう』技術の『きあいパンチ』だった。マニューラは泥の柱を用いて三次元的な回避をこなしつつ、空中回避の滞空時間を用いて気合をため込み。着地に合わせて解き放った。
マニューラが拳をひっこめ踵を返す。その背中でカビゴンが崩れ落ち雪煙を巻き上げる。
「にゃうん」
マニューラは拳に打撃の余韻を感じながら、誇る様にコトネのもとに駆け寄った。掌と肉球をあわせ、呼吸を交わした。


vsピカチュウ③


 レッドはただ見ていることしかできなかった。先日は逆の立場だったが今度は彼が無力感を突き付けられていた。
「隙あり、ですね」
 コトネはマニューラを撫でながら八重歯をちらつかせ不敵に笑う。レッドも負けじと笑みで返す。ボールに戻したカビゴンを労いながら、彼女の仕掛けた『場の空気』を飲み込む。
「やれやれ、だな。しかし俺の方も盲点だったようだ」
 帽子を直し、気持ちを切り替える。
ヌオーの敗北の時点ではわからなかったが、泥の柱は『みがわり』ではなく視界を遮る『遮蔽物』と捉えるべきだった。
 やはりあのヌオーの残した戦闘環境が、コトネのパーティーの主軸になっていた。ジョーカーだと見抜いていたならば別の手立てもあったのだろうが、ここまで来てしまっては後悔も後の祭りだ。
泥の柱は残り三本。
互いに使用したポケモンは二対二。
最後の一匹のタイマン戦が勝敗を決する。
「ここまで追い詰められたのは、久しぶりだ」
少年はシンプルな赤と白のボールを握り込む。
発せられた電子から黄色く小柄な輪郭が構成される。
電気鼠、ピカチュウの姿が現出する。先日の戦いで圧倒的な速度と放出力をしめした、彼のパーティーにおけるエースだった。
「御託は、いいです。なんなら身体が温まるまで待ってあげますよ」
「あいにく俺らは一踏みでアクセルが全開になる」
「ぢゅうう」
黄色い鼠系の小さな体躯が身体を温めるように小刻みに身体を動かしている。
「アタッカーを残したつもりらしいが。張り合うなら手加減はできない」
「速度ならマニューラは負けていません」
 コトネとマニューラは、不敵に目元を引き締める。猫科特融の前掲姿勢からプレッシャーを放つ。
「あなたがアクセルなら私らは衛星です」
「……??……。……回ってそうだな。それをいうなら彗星じゃないのか」
「どっちでも、いいじゃないですか。とにかく流れる奴!」
 コトネはたぎっていたものをくじかれたような気がした。やはり口先では戒められるばかりだ。
 幾ばくかの間。
一息ついたように思えたが実際は数秒。
研ぎ澄まされた意識と熱い戦闘感覚。振り切れる直前の最後の冷静さをまえにもどかしさが募る。
「始めようか」
「ええ。そうですね」
 闘いの合間に語ることもないだろう。
 どちらともなく空気を破る。
「いばりなさい、マニューラ」
コトネは牽制を指示し、ピカチュウの様子を窺う。動物的本能と知性との葛藤の兆しを見逃さない。
マニューラは爪先を誘うように振り、蠱惑的に微笑む。ピカチュウの神経を捉え逆なでをする。
 レッドの指示から、ピカチュウは格闘技術を用いた手刀『かわらわり』を繰り出し、マニューラの一歩前の空間を薙ぐ。
 威張っていたことにより直撃は免れたものの、高い精度と鋭利さを備えていた。動物的本能を逆なでしても技が鈍ることがない。
このピカチュウは精神力という点でも磨き上げられている。
加えて、格闘技術も扱うとあっては耐久のないマニューラにとって致命的な相手だ。
作法に乗っ取った構えからの格闘技を一撃でもまともに受けたならば戦闘不能は免れないだろう。
「十万ボルト!」
レッドが気迫のこもった声をだす。トレーナーのテンションによってポケモンのコンディションが高まる。コトネも負けじと熱量を上げる。
「身代わりを張りながら、牽制して」
 マニューラは『分身』と『氷の礫』で牽制しながら電撃を交わしてゆく。
 黄色の電光がマニューラの耳元を薙ぐ。
 氷の礫がピカチュウの足元で爆ぜる。
 当たらずとも投擲はやめない。格上の相手に対して隙を産むことは敗北につながる。
期先を制することなく攻勢に転じるのは、嵐の中に飛びこむような闇雲な行いだと、コトネは先日の戦いで学んだ。
 とはいえ耐えしのぶ選択もまた、分の悪い賭けに思える。マニューラにしてみれば相手の強力な電撃をいくらかの礫で避け続けることは相当なストレスになる。
 エース同士の力量差があることは分かっていた。
だからこそ、戦闘の過程でを行ってきたのだ。
「でんじはだ、ピカチュウ」
「向かってこないなら挑発をしなさい!」
 悪属性の挑発による脳波干渉によって、アドレナリン分泌を促す。アドレナリン分泌による暴力性への誘導により、ピカチュウの電磁波形のバランスが崩れる。技は不発に終わり、不完全な電磁波の名残が空気中に飛散する。
「安い挑発だ。呼吸を整えろ」
ピカチュウはヌオーの残した泥を利用し氷の礫をたくみに回避する。
体格が小さい分、遮蔽物が有利に働きマニューラの索的を惑わせていた。
泥の柱の合間をかいくぐりながら、二匹のポケモンは速度を纏ってゆく。
支柱を盾に電撃を防ぎ、マニューラは氷の礫で弾幕をはる。相手の視覚を奪ってからの、上空からの強襲。
ピカチュウは視線を水平に固定したまま、マニューラの手刀を受ける。ピカチュウの短い腕では受け切れず、かぎ爪が肌を掠めるが、頬の電気袋に当てたためマニューラの爪が帯電する。
指先の感覚が痺れ『氷の礫』を投げる精度が落ちる。
氷の礫の弾幕が薄れたことにより、ピカチュウの動きが最小限のものに切り替わる。
投擲数が減った分もあってか、ピカチュウはマニューラの礫を見切り始めていた。
それは回避に費やしていた意識が攻撃に転じる余力を持ち始めていることを意味する。
コトネには心なしかマニューラがしびれを切らして、近づきすぎているように見えた。
礫を打ち続けているのは、ピカチュウの格闘の間合いをずらす必要があったためだが、マニューラは一気に格闘戦に持ち込むことが有利だと判断したのだろう。
電気を操る相手に遠距離戦は分が悪い。本来ならばマニューラの選択は正しいものだ。だがレッドのピカチュウが例外的な格闘能力を備えているために、闘いのセオリーが当てはまらない。
礫によりピカチュウの動きが止まる。マニューラは指の痺れに耐えながら接近する。
コトネは次の指示を伝えるかどうか、判断の見極めができずにいた。距離が狭まることでトレーナーの判断がポケモンの体感とずれてしまえば、混乱を招いてしまう。
 マニューラは意識を原始的な運動本能に埋没させる。
 ピカチュウが動きを止める。その一瞬の隙を見逃さない。
音速の『つじぎり』が振るわれる。しかしその一閃は実体を捉えきれず帯電した空気を切り裂く。
『つじぎり』による鈴のような斬撃音が遅れて鳴り響く。
返しの刃で再び斬撃を繰りだす。
 鉤爪の乱舞はピカチュウに反撃の隙を与えない。あわよくば電気をためる隙も生じさせないがため、マニューラは追い打ちをかけてゆく。
 連撃がピカチュウの鼻先を掠める。返しの刃で脇腹を浅く薙ぐ。致命傷にはならないものの、確実に消耗させていく。
 懸念されるのは、ピカチュウの纏う『せいでんき』によって、触れるたびに微量の痺れを受けていることだった。ダメージにはならないが、マニューラの動きが鈍る一因にはなる。
 下段蹴りが檸檬色の身体を突き飛ばす。ピカチュウは受け身を取りながら地面を転がる。
 一見すればマニューラが押している光景。せいでんきを受けていたとしてもピカチュウの負傷も少なくない。
 しかし、コトネは自分の見ているものに違和感を覚える。
 斬撃なら掠めてもさほどふきとばないだろう。しかし蹴り技を受けて、体重の軽いピカチュウが受け身をとれるのは考えられない。
 どんなに強くても、ピカチュウ族としての限界は必ずある。
 一度レッドを相手に、圧倒的な力を前にしたからこそ分かるものがある。
 戦意をそがれるほどの戦闘力。
それはレッドがピカチュウの限界を見えなくさせるために編み出した生存方法なのではないか。
 レッドのピカチュウは戦闘力においてすべてが圧倒的だ。その戦闘力を前に数多のトレーナーが絶望したに違いない。それでも、攻撃力、防御力、速度、すべてに秀でたポケモンなどいるはずがないのだ。
 このピカチュウは質量と物理法則に反している。
 だとすればその絶望するほどの戦闘力はピカチュウ自身の体力ではない。レッドとの戦術によって編み出されたものだとするのが妥当だ。
厳然たる差はトレーナー間の戦闘思考力から生じる。
 コトネはそうしたフィルターを持って目を凝らしてみる。すると今まで見えていなかったものが明らかになる。
ピカチュウの輪郭が仄かに残像を揺らめかせている。
 以前なら気のせいだと見逃してしまう程度の認識の祖語。しかしピカチュウの強さを推測するならばどんな些細なことでも思考材料になる。
「『あくのはどう』を打って」
 マニューラにあえて不得手とする遠距離攻撃を指示する。制度の悪い息吹を放つもピカチュウに容易く躱されてしまう。
 もとより命中は期待していない。ここで見るべきはピカチュウが回避する時の『目線の動き』だった。
それは先日見せた『みがわり』のような防御行動をとっているかを確かめる指標になる。
『みがわり』や『リフレクター』など防御を張っている状態ではポケモンは一定の安心感を得ている。滲み出る戦闘への恐怖を訓練によって克服したとしても、眼の焦点だけは隠しようがない。
つまり恐怖の克服は回避技術―――見切りの習得に比例する。
 ポケモンによって目線に相当する器官はそれぞれ異なるものの、回避認識という定義で括れば、目線を追うことでそのポケモンの『恐怖』の度合いをみることができる。
 その点でピカチュウ族というのはしぐさなどの判別がたやすい部類に入る。
 弱い種族である故に目線は大概のものに怯えを色を示す。
 コトネはこうした思考をうまく言葉にできないものの、直感とイメージによって組み立てることができるようになっていた。
 ピカチュウは残像を引きながら、マニューラの放つ波動をかいくぐり、懐に潜り込む。
目線は波動の軌道を読んでいる。着実な動きで格闘戦の間合いに踏み込んでくる。ピカチュウの選択した間合いはマニューラの得意とする領域でもある。
にも関わらず、動きに怯えの色は見られない。
先ほどの接近ではこちらが仕掛ける形だったが、逆に押され始めている。
「ピカチュウの本職は格闘戦だ。生半可な小細工では自分の首を絞めることになる」
「真っ直ぐなことを言っても私の眼は誤魔化せません」
 少年の挑発になんとか反論するものの、内心ではプレッシャーを受けている。
お互い一撃を貰えば沈む速効型。それなのにピカチュウだけがこうも体重の乗った立ち回りをする。そのギャップが圧力となって纏わりつく。
 再び、視界に違和感。やはりピカチュウの輪郭がぶれて見える。
 残像は俊敏な動きによるものではない。何らかの防御を張っているのは間違いがない。
 不可解な点はさらに増えている。何故『あくのはどう』をくぐり、懐に潜る必要があったのか。
 遠距離での打ち合いならば、電撃を使えば優位をとれるはずだ。
 わざわざ波動を撃ってマニューラにとっての隙を、着実なダメージを選ばなかった。
 それはピカチュウが格闘の間合いに入ることで、電撃以上のメリットが得られることを意味している。
 すなわち、一撃必殺に等しい攻撃を隠し持っている。
 こちらのブラフなど比較にならない大きな優位を得る大技。
 加えて『でんじは』による痺れへの誘導。
 マニューラとさえ張り合える滑らかな格闘能力。
 マニュの斬撃が掠める。同時に再び黄色い体躯の周囲に半透明の輪郭が揺らめく。
 この瞬間、コトネの中で陰りを帯びていたものがつながった。
 ピカチュウの行っているものは未知の防御手段などではない。
おそらくは『みがわり』を本来の『分身』ではなく薄膜の鎧のように生成し、相手の攻撃を掠めていたのだ。
 予想が正しければ、さきほどからマニュは一度もピカチュウの本体に触れていない。
コトネが『みがわり』を一度見ていることを考慮した上で応用を効かせ、悟らせないようにしたのだろう。
つまりこのピカチュウは『みがわり』を張りながら、そう相手に気づかせずに回避をしている。
 接近戦を挑む相手に、攻撃が通じていると錯覚させる。
『みがわり』の膜の部分で浅い攻撃を受けながら、至近距離で『せいでんき』を浴びせる。徐々にダメージを受けているように見せかけ、逆に相手には小さな痺れを与えている。
 本体に攻撃は届かずに攻めた側にだけ電気が染みわたる。
完全な見切りをもつものでしか成しえない芸当だった。
通常の思考では目を凝らしても見抜くことのできない発想。原理を理解できなかったとしたら、攻めていてもピカチュウにダメージはなく、こちらだけが痺れを受ける。
 少年の発想も悪魔的だったが、見切り回避とみがわりを同時にこなすこのピカチュウもまた、底が知れない。
 これほどの恐ろしい芸当ができるとは信じたくない。しかしこの事実を信じなければ取り替えしのつかないことになる。
早く、この事実をマニューラに伝えなければならない。
言葉がでてこない。伝えられない。
「気づいたか。けれどもう遅い」
見やると、攻めあぐねていたせいかマニューラが困惑の表情を浮かべていた。この格闘戦の異常に気付き始めているのだ。
 蹴りの感触を確かめるべく、より間合いに踏み込む。洗練された構えからのローキックを放つ。
「駄目だマニュ、いったん引いて」
「今だ! ピカチュウ!」
 ピカチュウは『みがわり』を切り話す。マニューラの俊足の蹴りは『みがわり』による分身の抱擁に包まれる。手ごたえを感じると同時に蓄積された静電気が体に伝う。
 コトネの反応が幸いしたのか、エネルギー体の直撃は免れたもののローキックを繰り出した左足に掠めた。
 マニューラは構えを取りなおし格闘の姿勢に留まる。だがコトネには掠めた痺れによる一瞬の隙が致命傷になることが予測できた。
「まだ。もっと逃げて! 後退するの!」
少女の声が伝うと同時にマニューラは空気の軋みをとらえ、皮膚を粟立たせる。
 檸檬色の小柄な体躯が、拳を内側に抱え込む。
独特の呼吸法による構えが圧力を放つ。
空間が重圧で軋みをあげる。
さきほどマニューラが用いたものと同様の、格闘術の高位に相当する技。
『きあいパンチ』の姿勢。
マニューラが超反射で後ろに跳ぶ。追従するようにピカチュウの呼気が解き放たれる。
「解き放て」
少年の指示とともに空気が脆くひしゃげる。
ピカチュウを中心に拳の制空圏が現出した。
拳が解き放たれた衝撃で空間が瓦解する。
衝撃の波動の後に音が遅れて追いつく。
まばたきをするまでの一瞬の間。
ピカチュウと対峙していた。
コトネの視界に入っていたはずのマニューラが消失していた。
 ピカチュウの穿った『気』が周囲の雪を散らし、すり鉢状に吹き荒れる。
 さきほどマニューラが放ったもの以上の『気』の収束。
『でんきだま』によって『きあいパンチ』の威力が加速されていたのだ。
 マニューラはその直撃を受けた。
姿を探そうと、コトネは視線を彷徨わせる。
どこにも、マニューラの姿はない。
 はじめからいなかったかのように、藍色の体躯は消えてしまった。
 胸に疼きが現れる。
疼きは心臓を直接撫でられたような、嘔吐感に変わる。
全身に悪寒が波及し、血の巡りまで凍てついている。
雪に濡れているのか両足の膝から下がやけに冷たい。
そこでコトネは自分が膝をついていることに気づく。
 両手で左胸を抑えても、脈動のたびに、疼きは倍加して苛む。
 敗北の感情を吐き出してしまえば楽になれたのかもしれない。だが真綿に包まれたように呼吸さえ覚束ない。
「加減ができなくて、すまない……」
 少年が何かを話している。終わってしまったことを語るような口調だった。
 コトネは自分の判断が至らなかったことを再認識する。再び後悔が鉛のように押し寄せる。
「気づくのが少し遅かったが。あれを見極めるというほうがどうかしている」
「なん、で」
「おそらくは君の推測は正しい」
 やはりピカチュウは相手に気づかれない程度に、薄皮一枚分の電気エネルギーを自身の輪郭の形にそって生成していた。自らの見切りと組み合わせることによって接近戦をしかけたものに痺れを与える。
「だが、対策が遅れていた。気づいた時にはもう遅かった」
 戦う前から圧倒的な力の差は知らしめられていた。わかっていたのに自分はまたパートナーを傷つけてしまった。
 コトネには少年に勝たなければいけない理由があった。
 譲れないものがあったから、それを突き付けるために少年に挑んだ。
そんな感情などは自分の、エゴではなかったか。
いたずらにパートナーを傷つけてしまったのではなかったか。
感情の痛みが、物理的な痛みになれば、彼らの苦痛が理解できるだろうか。
 私は馬鹿だ。
 目の前が。
 真っ白になる。
 そうして、コトネが項垂れる寸前。
黄鼠の足元に一かけらの氷塊が煌めく。
 わずかだが勢いを伴って。
 精度を落とすことなくピカチュウの頬を掠める。
 それは、牽制ではあったが、まごうことないマニューラの放つ『氷の礫』だった。
起き上がり、軌道から逆算して位置を確かめる。コトネの真上、空中に打ち上げられたマニューラがピカチュウに牽制をしかけていた。
衝撃できしみを上げているようだったが失神には至っていない。回転を伴いながら幾ばくかの威力を受け流したようだった。
姿勢を保ちながら着地をこなす。危うげではあったが膝をつくことも無く立ち上がっている。
「マニュ……」
「にゃ……」
駆け寄って傷の度合いを確かめると直撃を受けていないことがわかる。
前もって『タスキ』に忍ばせたアミュレットが粉々に砕けていた。
コトネの動体視力でも捉えられない動きでマニューラはアミュレットを盾とし衝撃を吸収した。さらにマニューラは自身の反射神経でアミュレットに足をあて、ピカチュウの拳に乗ることで攻撃の圧力を逸らしていたのだ。
コトネは唇を噛んで、振り切れそうな感情を押しとどめる。かき乱された脳細胞を思考回路にまわす。
「驚いた……まだ動けるのか」
 少年の表情に戦慄が浮き出る。
「いや、ダメージはある。直撃していなかっただけだ」
 レッドは気を取り直しピカチュウの状態を気遣う。檸檬色の体躯はいつでも止めを刺せるよう反射神経を研ぎ澄ます。
 コトネは少年のほうには見向きもせず、マニューラの状態を確かめる。
「まだ動ける?」
 マニューラはこくりと頷いた。だが、衝撃の余波と削られた体力をみるにとても戦わせれる状態には思えない。拳の直撃を反らしたとしても、あれだけの衝撃を受けては身体のほとんどは疲労に蝕まれているだろう。アドレナリンなどの脳内麻薬でかろうじて意識を繋ぎとめているだけで、体力は限界を超えている。
「諦めてもいいよ……。私は君を傷つけたくない」
 降参を考えたそのとき、コトネはマニュの爪に引っ掛かっているものをみた。
 黄色い光沢を雪に反射させている。
ある種族の体毛繊維を編み込まれてつくられる、エネルギー拡張装置。種族間の祈りにも似た、お守りの珠。
それはピカチュウの攻撃の要となる『でんきだま』だった。
きあいを解き放った瞬間を見計らって、手癖でくすねていたのだろう。
「マニュ、君は……」
「にゃん」
 初めて希望のようなものが胸の中に芽生える。『でんきだま』をくすねてどの程度の戦力を奪ったのかはわからないが、コトネにとって、細かい思索はもうどうでもよかった。お腹のあたりで、消えかけていた火が再燃してゆく。



vsピカチュウ④


 マニューラは再びピカチュウの方を向き直り、臨戦態勢に入る。
 猫背気味に前傾した背がまだ闘えると主張している。
 コトネの中にもレッドに知らしめたいことが……闘うことでしか伝えきれないことがある。
「降参するなら少しだけ待ってやる」
 少年の冷たいものいいがひどくおかしかった。意図したものではないにしても、今度はこちらが彼の眼を欺いたのだ。
「まだ、ですよ」
 そうしてコトネはマニュから電気玉をうけとり示して見せる。雪原の眩い空気に薄められながら檸檬色の珠がひかる。
 少年は意味をくみ取り切れない様子で表情を固めていた。すぐにピカチュウの動揺をくみとり理解する。
「とられたのか」
「ぴかぁ……」
 ピカチュウが弱音を吐くように鳴いていた。なんとも情けなく、愛着のある声なのだろう。種族感の儀礼によって、仲のいい同族から受け取った珠だとしたら、悲しむのも無理はない。
「これは私があずかっておきます」
「……躾がなっていないのか。飼い主に似たのか」
「力を増幅する珠のほうが卑怯だとは思わないんですかぁ……」
 少年は一瞬だけ口元を歪めたが、すぐに帽子を被りなおし落ち着きを取りもどす。
「……珠がない程度で負けるほどやわな鍛え方はしていない」
 レッドは開き直ったように正面を見据えピカチュウに止めを刺すよう指示を送る。
 神経伝達を弱めたピカチュウはこれまでのような格闘性能を発揮できない。それでも放出する電撃は、高い精度を誇る。
 一度でもかすめたら、耐えることはできないだろう。マニューラは擦りきれた蝋燭のように、か細い芯を燃やすことでやっと立っている。
 それは意識と肉体が極限まで研ぎ澄まされた状態とも言えた。
 だからこそコトネはマニューラに奥の手を伝えることができる。
「『こごえるかぜ』を纏え」
「小技は効かない。右に避けろ」
 コトネの指示とマニューラの息がぴったり合う。遠距離技の精度のなさを自身の周囲に纏うことで補う。
 凍てついた息吹を纏いつつ得意な格闘の間合いに組み込む。
 ピカチュウは横飛びで回避に入るが軌道を読み切れずに冷気に触れる。ヌオーが残した泥の支柱が冷気の通り道となって冷気に収束力を与えていたのだ。
 間隙を逃さず辻斬りを畳み掛ける。回避されるも、先ほどよりも手ごたえを感じる。ピカチュウがどれほど見切りを持っていても、付随する冷気までは避けきれない。
 これはコトネとマニュの間であらかじめ取り決めていた切り札だった。
 エースとして絶対的な力量を持つピカチュウを倒さなければ勝利はない。真っ向から挑むのは現在のレベルでは無謀なことのように思える。
 このピカチュウに勝てるポケモンは、コトネのパーティには誰一人として存在しないようにも思えていた。
 しかし、エース同士の間に力量差があるとしてもマニューラが絶対に劣らない要素が一つだけある。
 それは温度に対する恒常性の差だった。
 滞在時間の差、住み慣れているという点では向こうに地の利があるとしても、生物としての性質は変えようがない。
 ピカチュウは本来寒い地方で過ごすポケモンではない。これまで動けていたのは体を自発的に温めて瞬発力を引き出していたにすぎない。
 対してマニューラは元来雪の降る地方に生息する。そのため、氷点下であっても運動に支障はない。
 ならば息吹を纏うことと、格闘戦を融合させてみるのはどうだろうかと考えたのだ。
 この戦術のネックは体力の消耗の割に、作動する状況が限られているという点にあった。
 冷気の放出を格闘の間合いに組み込むのは、高い集中力を擁する。その力を発揮できるだけ相手が弱ってなければいけない。戦術自体が極めて特異ということもあって序盤に見せて対策を立てられるわけにもいかない。
 高い命中を誇るが、冷気という性質上、相手に疲労が蓄積して初めて効力を発揮する、諸刃の剣といえた。
 マニューラは『こごえるかぜ』を纏ったまま懐に潜りピカチュウに抱擁をしかける。
 物理的な攻撃は『身代わり』で防げても、温度の変化までは対応できない。触れるほどに相手の速度が落ちている。
 マニューラの吹き出す息吹にピカチュウがひるむ。これまで一秒を切り刻んでいた攻防の時間が、緩やかなものに変化していく。
 すなわち刹那の見切りの闘いから、もっと原始的な、技の介入のないぶつけ合いへと。
 ピカチュウは鍵爪に薄肌を裂かれながらマニューラの腕をつみかえす。鍛え抜かれた腕の地力が一回りある体格差を補い、氷の抱擁を解こうとする。かじかんで力を発揮できないにも関わらず、マニューラと拮抗している。
「ぢゅう……」
 触れた指先から電気を放出し突き放そうとする。
「にゃう……ぐるう……」
 マニューラはひるむことなくピカチュウの頬の袋を塞ぎ、電気の流れを絶つ。全身よりは手にと考え、漏電を受けながらも電気袋を塞ぎ続ける。
 ピカチュウはゼロ距離のもみあいに身をすくませる。しっぽの避雷針があれば相手のエネルギーさえ操作できるが、自身の身体を塞がれては自壊の危険性がある。
 がむしゃらな接近ではあったがピカチュウの防御をすり抜けている。
 やがて頬袋を抑えた状態でマニューラが硬直する。
 疲労が一定の臨界に達し、纏っていた冷気が途切れたのだ。
 その間隙にピカチュウは身体を温めなおそうと体内に電気を巡らせる。
「じゅうぅぅぅ」
 電気の流れを受けてマニューラが飛び退く。爪を伝い両腕が痺れを受けてびくん、とはねる。
 頬袋を抑えていた手を放し、マニューラはコトネの元に後退する。ピカチュウもレッドの元まで後ずさりし間合いを取り直す。
「ここまでやるとは思ってなかった。だが、もうマニューラは腕も動かせない」
 そういいながらレッドは『充電』を指示する。残された力をかき集めるようにピカチュウが白く明滅を始める。
「躱すこともできないだろう」
「おっしゃるとおり。もう躱す気力もないでしょう」
「おそらくピカチュウはこれが最後の攻撃になる……。この間合いではこちらの電撃の方が早い。君は一発分だけ届かなかった」
 レッドが朗々と語るのを聞き流しながら、コトネは隙をみて作っておいた雪玉をマニューラのもとに置く。
「足で、できる?」
 提案を受けて、マニューラは足の爪を駆使して器用に雪玉を引っ掻ける。
「それは……まだ、来るとでもいうのか」
「確かに躱せない。けど、撃つことならできる」
 執念にも似た粘り強さに、レッドの背筋がこわばる。
「こおりの礫」
 コトネは躊躇うことなくマニューラに指示をした。
「にゃ!」
 足で投擲した礫が風の余韻を裂いて飛翔する。
 ピカチュウを掠めるや充電が途切れ、電気の帯が零れた。マニューラは二発、三発と礫を投擲する。いままで躱されていたものが当たり始めている。ピカチュウもまた身代わりを出すエネルギーが尽きているのだ。
 しかしマニューラもまた、片足で投げるのが精いっぱいだった。這いつくばる様に横ばいになって、とても投擲の姿勢には適さない。
 それでも投げれば、どこかには当たる。
 動かない身体を置いてけぼりにして、意識だけが研ぎ澄まされている。
 コトネは雪をかき集めて握り、マニューラの足の鍵爪に礫を握らせる。
 ピカチュウもまた身体のこわばりに抗いながら、体内で電気の流れを作り、前足をつけ四足獣の姿勢になる。放出ではなく筋肉に刺激を与えて「でんこうせっか」で突撃をしかけるつもりのようだった。
 互いにもうひと押しで倒れる状態に差し掛かっている。
「これ以上の策はありません……。初動を制したほうが、勝ちです」
「言っておくがマニューラの状態は深刻だ。これ以上の戦いは再起不能に陥る」
 少年はコトネの沸騰した感情には合わせない。
 闘いの空間は獣の領域にまで沸騰している。にもかかわらず、限界に差し掛かっていながら、なお手を差し伸べている。
「わかっているのか?」
 彼のそうした心配はコトネの眼を一瞬だけ覚まさせる。
 思えばこの闘いはもう決闘ではない。
 決闘どころか、狩猟か殺し合いに近づいてさえいる。
 今度は少女が戦慄する側になる。
「でも、わかったんです」
 ちらりとコトネはマニューラの方を見やる。黒猫の眼が無言で彼女を促す。
「私があなたに伝えたかったことが。言葉にならなかったものが」
「……?」
「逃れられないものがあるなら。向かうしかないんです」
 少女は冷徹に声を伝える。
 レッドに対する答えは迷うまでもなく決まっていた。
「あなたから逃げたとしても、私は同じものに出会っていた。もっと理不尽なものかもしれない。どうしようもなく残酷かもしれない。
 あなたからは、逃げることができた。でも私の心はどうしようもなく、逃げたくなかった」
 自分と似た存在に巡り合ってしまった。
 強いがゆえに遠くへ行ってしまう存在。
 こんな最果ての場所にまで来てしまうような。
 そんな、どうしようもなく似た相手を前に逃げる理由があるのだろうか。
 同族故に好意があった。同族故に嫌悪もあった。だが向こうがそれに気づいていないことが何よりも許せなかった。
 自分が弱かったから、伝わらないことを知った。だから知らしめたかった。言葉にすることはできなくても、闘いによって伝わるものだと信じたかった。
 その答えが目の前にある。
 あとほんの少しだけ先に。
「逃げられないものなら超えるしかないんです。いつかそういうものに出会ったときに、見捨てないためには、立ち向かうことをやめてはいけない」
「何を思ったのかは知らないし、断片的で支離滅裂だけど」
 レッドは噛みしめるように。あるいはいつもどおりの気だるさやおとなしさも滲ませて
「はげしく同感だ」
 コトネの声に応える。
 レッドはコトネの意気に押されかけたが表情には出さない。
「マニューラが倒れた瞬間、君の意識も途切れるのだろうな」
「そう。私はこの子に心を捧げている。怪我をしたとしたら一生、面倒をみるでしょう。だから脅威にも向かってくれる。そういうものです」
「たしかに、そういうものだ。だけど、君はやはり間違いをしている。俺は相棒を傷つけるなんて考えたことはない。それが『負けない』ことだ。そして俺は絶対に負けないために鍛えてきた」
「………私はそんなあなたをぶっとばすためにきました」
 マニューラの眼に光が再燃する。
 レッドは思う。この少女は何がどうあっても『真っ直ぐ』に来るだろう。
 コトネの持ちえるものは技術や力量では測れない領域。
 爆発する感情を伝導し、解き放つ力。
 はかりきれない異彩の感性がパートナーに飛び火する。
 こんなときだというのに。彼女の実態を目の当たりにして、レッドはあふれ出る嬉しさを抑えきれない。
 ピカチュウの体調を確認する。充電はできても、もう自らに電気刺激をしてやっと動いている状態だ。「10万ボルト」なら打てるだろうか。打てたとしてもマニューラと同じく、再起不能な傷を負うかもしれない。それほどにひどい状態だった。
 身代わりを突き抜けてダメージを負った時点で、限界などとうに超えている。
 仮に命のやり取りだとしたら、最後の人絞りをかけるだろう。
 だが彼女は『先』を見るために前に進む。
 越えなければ同じものに阻まれるという。
 命の芯に触れる状況であってもコトネは逃げない。
 少女にとって今は存在をかけるべき状況とでもいうのだろうか。
 少年はかつての極限状態下の自分を鏡写しにみている。
 今は立ち位置だけが異なっている。
 捕食者と非捕食者の違い。
 昨日まで捕食をする側は少年の方だった。
 その力関係が今は拮抗している。
 それほどに、覚悟を決めた少女に、ここに至って情けをかけるようなことができようか。
「ピカチュウ!」
 そしてレッドはピカチュウに最後の指示を出す。
「  っ!」
 雷撃が生成され、帯となってマニューラに向かう。マニューラは、回避動作に入らない。
「とどけ!」
 少女の声はマニューラの動作とシンクロしている。
 左腕と左足を軸に、右足で握った礫を投擲。
 電撃の帯はマニューラの寸前で消失する。
 十分な量を生成しきれず、ピカチュウの意識が途切れたのだ。
 放たれた礫が、瀕死のピカチュウに飛来する。
 肉に食い込む音と礫の割れる音が響く。
 白い雪原の空間に、最後の攻防の音が余韻になる。
 電撃によって地面の雪が舞いあがり、零れ落ちた。雪煙が収まると同時に、動いていた気配も消えていく。
 最後の瞬間、雪煙の合間からコトネは礫を受け止める影を見ていた。
 捉えた影は少年が背中を盾にピカチュウを守っていた姿だった。
 レッドは顔をしかめながらも、何事もなかったように脱いでいたコートを、ふわりとピカチュウにかぶせてやる。
 くたびれた檸檬色の体躯を胸に抱く。
「どうして……」
「あいにくだが、こいつの『先』はまだあるんでね」
「ちゅ……」
 ピカチュウは薄く目を開けながら、体力が尽きたのか、束の間の眠りにつこうとしていた。
「大丈夫だ。傷は深くない。見たところ、電気を消費しているだけだ」
 そうしてピカチュウをあやしながらボールに収めて、コトネに向き直る。
「いい闘いだったよ。そしてこれが俺の『負けない』の答えでもある」
 少年は悔しげに、それでいて誇らしげにはにかむ。
「それは、どういうことですか」
「俺の敗けってことさ」
「意味が……わかんない」
 予期しない出来事に、コトネは沸騰した頭に氷水を注がれたようだった。
「トレーナーが介入することは、反則だからな」
「そういうことじゃ、なくて」
 ほえ……と呆けたような声がでてしまい、内心ではずかしさと嬉しさと疑念がごった返す。
 最後の最後で力を出し切ったと思っていた。
 十分な量ではないとはいえ、あの量の電撃はマニューラに届き得たはずだ。
 コトネは技が放たれた時に、すべてを理解していた。
 足を投擲に用いている以上、もう攻撃を避けることはできない。電撃が発生した瞬間、もう同士討ちしかありえないのだ、と。
「あなたの攻撃は届いた……はずです……」
「ルール上では同士討ちになっただろう。けれど俺は、相棒が傷つくよりは負けを選んだ。限界を超える必要はない」
 レッドは湯気の立つコートを振り払う。
 何故、コートに湯気が立っているのだろうか。
 すぐにコトネはピカチュウの電気が消失したことに合点がいく。
「それって」
「何をしたわけでもない」
 最後の最後でピカチュウの避雷針にコートをかぶせ電撃を遮断していたのだ。
 だから本来届くはずだったマニューラへの電撃は寸前で止められ、ピカチュウは出力効率を妨げられたことで失神をした。
「少し痛かったな。背中は」
 最後の攻撃を支持した時点で、レッドはコトネの覚悟に応えていた。
 同時に、ポケモンの生命を損なうのもまた、彼にとっては敗北であり、死に等しいことだったのだ。
 自分のパートナーだけではない。彼女の覚悟と彼女のパートナー、両方の生命と精神を掬い取るには『トレーナーの自分』という別種の力を行使するしかなかった。
「ずるいよ……」
 たとえ決闘のルールに反しても、それによる敗北は彼にとって『負けない』ことの一種だったのだ。
「あれ以上の選択枝は俺にはなかった。おかげで少し痛い思いもした」
「やっぱりずるい……」
 コトネは膝を落として雪の上に尻もちをつく。
 視界の端には少年の姿が薄ぼやけて映っている。少しだけ涙が滲んでしまっている。今日に限っては凍ってもくれないようだ。
 少年は何故か余裕ぶっていて口の端を吊り上げる。
 敗けた事なんかすぐにでも忘れるとでもいう風に、してやったという微笑を浮かべている。
 理解に感情がおいつかないまま、コトネはあおむけに倒れてしまう。
「ふええ……」
 思いをぶつけた確かな手ごたえと、言いようのない悔しさがおでこの辺りに同居している。

ツインダイバー

 ツインダイバー


 反転した視界でコトネは空の層を見ている。天を覆っていたものが雲なのだと認識し、山だからこんなに大きく見えるのだろうか、とぼんやりと思った。
 自分が仰向けで倒れていることに気づく。雪にまみれたせいか、背中には刺すような冷たさが浸透してくる。
 白い綿粒がちらちらと降っていた。先日まで山肌に薄く覗いていた、灰青色のダイヤモンドダストも、こうして雪にかくれていくのだろうか。
 いずれにせよ、こんなに近くで空を見るのは初めてのことだった。
 決闘の終わりを告げられ、張りつめていた緊張が解けたせいか。すでにコトネは脱力しきっていた。
 意識が完全に途切れなかったのは、ひとえにポケモンの治療が残っているためだ。
 倒れたコトネのもとによろよろとマニューラが戻ってくる。状態を起こして胸に抱き、頭をなでてやる。この子もまたほとんど意識を失う寸前で、瞼を開いているのも苦しげだ。
 ボールにいれて休ませてやろうとしたが、マニューラはいやいやといって聞かない。自分よりも激しい疲労に覆われているのにもかかわらず、気を張っているのだろう。仕方がないので薬による応急処置と滋養剤を与える。
「足が震えて、動けなくて。少し、待っててもらえますか」
 コトネは震える声でレッドに伝える。臨界点を超えた闘いによって疲労が眼にみえるほどだったが、とろんとした瞳は憑きものがおちたように澄んでいる。
 レッドはその余韻に素直に浸らせてやるのは少しばかり不服だった。
 今回は彼女の勝利という形になったが、現実的な判定をすれば引き分けのはずだ。それはレッド自身が敗北を認めるほどに彼女の意志が強かったということでもある。
 実力は明らかに上であるにも関わらず、芯の強さの部分でレッドは負けを認めざるを得なかった。そう理解しているからこそ、満ちたりた表情で甘えられるのは癪にさわるのだ。
 歩み寄ってコトネの右手を取り、無理やり自分の肩に乗せる。女の子だからこうしたことに抵抗があるかもしれないと思ったが、腕はぴっとりとなすがままに肩に乗る。
「ちょ、待って。なにするんですか」
 抵抗しないのではなく、力が入らないのだろう。コトネは口では反論しているが身体がいうことを効かないようだった。
「しびれて立てないって言ってたから」
 左の手がおざなりになっていたのでこちらもつかんで肩に引っかけ、少女の身体全体を背中に乗せる。
「運んでくれるの?」
「今はこうするしかなさそうだからな」
 レッドは強引に膝を使って立ち上がる。同年代の少女にしては筋肉がついているのか、華奢に見える割には重い。
「歩けなさそうですね」
「大丈夫だ」
「にゃう」
 独特の柔らかい鳴き声と共にレッドの足元に微かな痛みが走る。マニューラが警戒して少年の足を掴んでいたのだ。
「こらこら。この人はさらったりしないから」
 コトネはマニューラを宥めつつ、そろそろかな、とボールに戻す。マニューラは不服そうな表情でボールに収まる。どうにもレッドに対しての警戒心が抜けていないようだ。
 マニューラをボールに収めてからも、レッドは不安げな足取りでいた。彼もまた疲労に見舞われているのだろう。せめても、とコトネは背中の重心移動に気を配るが、しっかり担がれる姿勢をとると少年の足が雪に埋もれるので始末に負えない。
「やっぱり、降ります」
「すまないな……」
「いえ。ちょっとずつなら歩けますから。肩を貸してください」
 手の届かない存在と思っていたが、弱っている様子は年相応で親しみがあった。ポケモンやその他の道具を懐にしまうと、肩を組んで歩くのも苦ではなかった。
 こうして二人は先日の根城まで歩くことにした。
「いろいろありましたよねえ」
「君が起こしたんだ。世話のやける」
「だって、悔しかったんですもの」
「生きていくのがつらいくらいに?」
「ええ。それはもう」
 会ってから三日も経っていないにもかかわらず、打ち解けたやり取りができるのが不思議だった。
 ともすれば濃密な記憶を共有している風にも思えてしまう。トレーナーとして長年培ってきた技術を出しきったのだから、そういう意味では時間の重みをぶつけていたともいえるのだろう。
 野営のテントに着くと二人は疲労による虚ろな眼つきのまま、分担して食料の支度にかかる。
 やっとの思いで火を囲い、隣合わせて鍋を煮る。
 圧縮収納袋の具材を適当に取りだしては、とぽんと鍋にいれる。野菜や肉などの芳醇な香りがテントに充満していく。
 お互いにぐったりとしたままだったが、頭は妙に冴え渡っていたので、寝堕ちることなくご飯を食べることができた。
 どちらともなくよろめいて、肩がぶつかる。
 離れる余力がなかったのそのままもたれ合っている。
 合わせた肩から心地よい疲労が共有されている。
 それから、眠い眼を擦りながら、二人はたくさんの話しそびれたことをぽつぽつと聞き合った。
「気になったんだけど『負けない』ってどういうこと?」
「絶対に負けなければ、最強になれるだろう」
 コトネが訪ねると少年は悪びれる風もなく答える。
 当たり前すぎておかしいとさえ思う。だがその真っ直ぐさに奥行きがあることも知っている。
 戦闘のたびに勝ちにいくというのは、負け癖がついた人間のすることだった。だが頂上を目指す人間は思考の構造が真逆になる。
 負けないことが当たり前になって初めて開ける世界が存在する。少年にとって強さとは、選択枝を増やすための土台に過ぎないのだろう。それが一個の敗北を惜しまず未来を選ぶ思考であり、戦闘の美学なのかもしれない。
 少年の強さは決して直線的なものではなく、手練手管を重ね練り上げることで一本槍にみせている。
 織り上げられた一本のスピア。スピアになるに至るまでに練り上げられる闘争と逃走。そうした複数の意味を持つ『強さ』をコトネはここ数日で学んだ。
「ところで君は『ぶっとばす』って言ってたけど。その言い方じゃそこらのチンピラと大差ないだろう……」
「いろいろ意味があるんですよ。深い感じの」
「なんなら聞くけど」
 レッドに尋ねられコトネはしぶしぶ重い頭を動かして話し始める。
「私は……危なっかしいってよく言われるんです。でもその言葉に助けられてきたことも知ってるから。だから強くなって、がつんと言ってやらなきゃって思ったんです」
「俺の眼を覚まさせたいって思った?」
「うん。だって危なっかしかったんだから。私に似てる気がして」
 コトネの物言いに少年は不服そうに頬を膨らませる。
「知ってたさ。それくらい。慢心はしてないつもりだったけど。いつも、砕かれてばっかりだ」
「そうは見えなかったから危なっかしいのだけど」
「男の子は見栄を張る生き物だからな。俺は勝負は負けなしだが、別の意味の負けは何度も経験している。だから別の意味での負けないを繰り返したい。逃げることもルールに背いて命を優先することも、負けないの一種なのだと胸を張って言いたい。生きれなきゃ、見栄さえ張れない」
 レッドはコトネに寝袋を差出し火の調整に入る。コトネはミノムシのように寝袋を着こみながら、少年のくべる火のゆらめきをぼんやりとみている。
 レッドはテント内の煙の排出口を確認し、ゼニガメを火番に選んでボールから出す。
「ゼニ!かむかむ……」
「火番を頼むよ。今日は休ませたから、いけるよな」
 指示を与えてから自分も寝袋を着こみ、再びコトネの横に腰かける。
「聞きたかったのですけど」
 頃合いをみてコトネは疑問に思ったことを聞き出そうとする。
「なんだ?」
「レッドさんは。あの」
「なんだよ。もったいぶって」
「人を超越するための修行をしていたのですか?」
 斜め上の質問をさしだされレッドは再び面食らう。
「いや……。それは、なに?」
「何って人を超越するって」
 その問いがおかしかったのか、少年は拭きだしてしまっていた。
「あはは。どういう脈絡なんだ」
「私を追いかえしたから」
「あのときのことか」
「そうですよ。一人で修行をしているから。一人じゃないといけないのかなと思っていたのです」
 レッドはひとしきりお腹を抱えて笑う。やがて落ち着きを取り戻してから
「あれは君が子供だからだよ」
 宥めるような眼でコトネに向き直る。
「そして俺も子供だから、だ」
「私にくらべれば大人です」
「手の届く範囲は、存外に狭いよ。そう、いつも相棒に教えられている」
 そういうレッドの表情はどこか寂しげでもあり、達観もしていた。
 手の届く範囲でしか助けられない。それは自分や近しい人の存在を大切にすることと繋がっている。彼もまた『手の届く範囲』をどこまで広げるかで葛藤しているのだ。
 なんのことはない。レッドは自分一人の身しか守れないと判断したから彼女を返した。大人じゃないから、慢心をしていないから。
 相手の事を考えていたから。
 コトネは気持ちを知るたびに自分の子供っぽさを自覚してしまう。
「ところでさ。バンギラスはなんでここにしか生息できないんだろうな」
「強すぎるから脆いんじゃないですか」
「そう、か。やっぱり。そうだよな」
 コトネは否定されるかと思ったが、適当に言ったわりには少年が頷いているのをみて、案外当たっているのかも知れないと思った。
 自分や少年などの一つ所にとどまれない人に当てはめていってみただけなのだが、はたして少年はわかっているのだろうか。
 レッドはしばらく考えたあと合点がいったように図鑑を開き、眠い目を擦りながら何事かを書き留める。
「少し納得した。レポートはもうそんな感じでいいや」
「納得が早いですね」
「強い存在の宿命の話だろう」
 レッドは「がんばれば説明できるけれど、いまはいい」と眠たげにあくびをする。鍋や住居の設営など分担して仕事していたとはいえ、レッドの方がてきぱきと動いていたので先に眠りの波が訪れているのだろう。
「だからなるべく近い存在が、ささえてあげなきゃいけないじゃないのかな。ここには強い生態系が根付いているけど」
「そうですね。共生……でも、ある円環の中で完結してしまっては行き場がない」
「もしくは、その種族のみで支え合うしかない、か」
 少年の眠気にさらわれて、コトネもうとうとしていく。眠りに落ちそうになるたびに語りそびれたことを思い出して口にする。
「ああそうだ。図鑑の交換」
「眠いのに図鑑の話をするのか?」
「スイクンの情報はほしくはないのですか」
「スイクンは今はいいよ。君ががんばって調査すればいい」
「そうなんですか。じゃあスイクンは私のもふもふですね。綺麗ですよきっと」
「そうか」
「はい」
 ぽつりぽつりと会話になっていたものも、意味をなさない呼びかけになってくる。
「ねむい?」
「眠くない」
 眠りに落ちそうになるたびに、どこかつかみどころを見つけて、声をかけてを繰り返す。
 そうしていくうちに少年のほうが先に寝息をたて始める。コトネが声をかけても、小突いてみても深い呼吸をして微動だにしない。くう、と微かな息を立てて静まっていた。
「そう。私があなたを見過ごせなかったのも同じ理由なんだ……」
 隙を見かねて、コトネは自分の頬を少年の頬にくっつける。お互い冷たい空気に触れていたが、あるいはしもやけ気味なせいもあるのか。不思議と温かい。寝袋の綿の感触もあいまって、ひどくこそばゆかった。
「えへへ……」
 頬のやわらかさはまだまだ自分と同じ子供なのだと思った。
 薪のはじける音と、二人の眠りの呼吸が雪の夜に溶けていく。
 火番のゼニガメがころころと小さく喉を鳴らしながら、少女の幸せな表情を穏やかな眼でみつめていた。



 生活感のある物音で目が覚める。夢の境界を跨いで現実の感覚が現れる。
寝起きの霞む視界に、少年の姿が映る。テント脇の荷物を圧縮道具箱に収納しているようだ。たき火はおおかたゼニガメが消火してくれたようで、燻った残骸がほんのりと温かみを発している。
「もう行くんですか」
「ああ。今回の収穫は十分だったからな。そろそろ書き溜めたレポートを何本か推敲して、学会に送らなくちゃ」
 そういって少年は昨日の鍋の残りを器に盛って差し出す。コトネが啜る間に
 空鍋の方を雪で洗い圧縮珠に収納する。
「兄妹がいたらこんな感じなのかな」
「わかんないだろ。もっと殺伐としているかもしれない。下の子はすぐになくし」
「上の子はぶっきらぼうだし、乱暴だし?」
「さあね。俺は一人っ子だからな」
 コトネが食べ終わる頃には大方の整理がつき、二人でテントの解体を始めた。すべての収納を追えると、たき火の残骸だけを残して真っ白な更地になる。薪にした木材も手袋でかき分けて周囲に放る。雪が解ける時期に土に還るようにできるだけ分散させる。
 ここ数日お世話になった仮宿は、跡形もなく片づけてしまった。あとは濁さないように立ち去るだけだった。
「つまらないものだけどあげます。私のほうが備蓄があるから。帰り、気を付けてね」
 コトネが食料の入ったボールをレッドに投げる。
「君もな。帰る方向が合わないのが残念だけど……」
 何かお返しを渡そうと逡巡し、少しだけ貴重そうなアクセサリーを渡す。取り立てた効用のないものだったが、少年の心配が伝わってくる。
「お守り、かな」
「おせっかいじゃないの?」
「そうかもしれない」
 帰路につくまで二人で軽口を交わしながら歩く。
 何か大切なことを話さなければいけない気がしてきたが、どうにも思い浮かばない。人との別れがくると、いつも肝心なことは心の隅に逃げてしまう。
 けれど、それでもいいやと思えるくらいに、コトネは大人になっていた。
「私はこっちだから」
「ああ。……元気で」
 さよならをいう代わりに掌を合わせる。
「うん。元気で」
 互いに背を向けて雪をかきわけて歩いてゆく。
 ふわ、と風の感触がコトネの背中を撫でた。かすかな翼の音。風を切る飛翔の音が聞こえる。
 もう、遠くへ飛び立ってしまったのだろう。
 名残を惜しむのは彼には似合わない。コトネは振り返らずにまっすぐに歩くことにする。



 帰りの洞窟を抜けると雪は消えていた。平坦な道の中でコトネは今日の夢の中の出来事を思い出す。
 少年との会話の続きを夢にみたのか。妙に具体的な記憶として彼女の中で思い起こされる。
『どうして旅をしようと思ったんですか』
『何と無く、かな。でも今は漠然と考えるんだ』
『何をです?』
『思い出っていうか。墓に入る魂っていうのかな。今はその場所を探せる時期なんだなって』
『よく、わかんないです』
『いつか大人になってしまって、どこか一つの場所にとどまって、じじいになることを考えるとさ。子供のうちにどこまでもいかなきゃって考えちゃうんだ』
『いけるところまで? しがらみを振り切って?』
『ああ』
『なんだか欲ばりじゃない』
『そりゃあ、欲張りなんだよ。
でもこれ以上の幸せって何かあるかい?』
 少年は山に潜り、生命と触れ合う。
 永い時間を、一人と数匹の群れで冒険をしている。
 人間の場所を離れ、獣に近い存在として生きている。
 けれど、人の世界に永遠がないように、少年の世界に追いつくものも存在するのだ。
『あなたの幸せは……よくわからないけど。似たようなものなら、今ならわかります』
『どういう幸せ?』
『あなたの言うものよりも、多分温かい』
『ここは大自然の僻地の真ん中だよ。そんな大層なものはないさ』
『……まあ、いいですよ』
 実際は寝ぼけたまま話したことなのかもしれない。
少年と過ごした記憶の中で、このやりとりだけが夢か現実か確信が持てない。
けれど曖昧なものほど、水のように染み込んで浸透して忘れられないものになる。
 また会うことがあったなら、そのときはもっと気づかせてやる。
 少女の抱く覚束ない感情もまた、この世のしがらみを理の儚さを、振り切れるものなのだと。
 コトネはまだその気持ちを言葉にできないでいる。あるいは言葉にできないまま、イメージのままでもよいのかもしれない。
 そういえば少年がどこに向かうのか聞きそびれていた。
 どこにでも行ってしまえば良いとも思う。
 心の中でレッドに向けて舌をだしながら、コトネはふもとに至る道を歩いていく。

あとがき

あとがき


 常々思っていたのですが、ポケモンの世界の経済はいったいどうなっているのでしょうか?彼らは基本的にポケモンバトルでお金のやりとりをしていますが、その実はかつあげと大差ありません。かつあげでうまく回るようにシステムを組んだのでしょうか?わかりません。
また、仕事をしている大人も基本的にながら作業でトレーナーを見つけると喧嘩を売ってきます。そんなんで大丈夫なの?と思いますが社会のシステムは往々にして誰かがサボっても回る風にできているものです。でなければいつか破綻する宿命を持っているともいえます。誰かが衝動に駆られてポケモンバトルをしてもうまく歯車が回るようにできている方がむしろ健全といえましょう。
この仕組みに対する回答としては、おそらく仕事を放り出しちゃう困ったさんのための大きなセーフティーネットが根幹にあるのでしょう。
ではそのセーフティーネットとはなんなのか。
 非常に安易な結論ですが、その安全弁こそが『ポケモン』ではないかと思うのです。
 『ポケモン世界』だから理由をポケモンに委ねるのは怠慢にも思えますが、彼らは一様に自然の力を携えています。
エサを与えるだけで莫大なエネルギーを出す生物が仮に私たちの世界に存在していたとしたら、すごいことではないでしょうか。そんな生物がうようよと跋扈しているのだとしたら、これを利用しない手はありません。
 資源問題、電力問題、はては環境汚染問題まで一気に解決してしまいます。
 特筆するべきは『草』『毒』タイプのポケモンです。彼らは『風の谷のナウシカ』に登場する『腐海の森』の植物と通じるものがあります。これは環境汚染問題をクリアした世界の一種の形なのではないでしょうか。
加えて特筆すべきは莫大なエネルギーを持つ生物を統御する『ぼんぐり』を材料とするモンスターボールn存在です。
このぼんぐりとは「モンスターボール考」によると、ポケモンが緊急時に冬眠し生命を保持するための外部保存ツールと定義されています。この定義に関してはいくつか諸説がありますが、大陸そのものの過渡期にポケモンが環境適応するための猶予を与えるものとされています。
付け加えるならば莫大なエネルギーを持つ生物の不安定さを『ぼんぐり』が補っているといえましょう。擬似冬眠によって適応する時間稼ぎをすることで環境ががらっと変わった際でも適応の軟着陸が容易となる。
例としては『炎』タイプが一匹いただけで植物の生息域は大分焼き払われてしまう。その脅威が来た時にぼんぐりに身を隠すことで生息域を保持することができる、などでしょうか。
『ひんし』になってもモンスターボールの中で生きながらえることができるのもやはり『ぼんぐり』が絶対不可侵領域として機能しているからでしょう。
 だとすれば自然の驚異を身に纏うポケモンに対して人間がモンスターボールによる道具的な使役をするのは(その葛藤も含めて)バランスが成り立っているとはいえます。
この共生関係を『信頼』と安易な言葉を使うことは簡単ですが、これは多くのポケモンが言語を介する程度の知能を備えていて既存の動物よりも人間に近いものを持っているゆえのものではないでしょうか。
 このことからポケモンの世界は既存の経済概念を超えたアニミズム的なもので回っていることが考えられます。
 そもそもお金はほとんどいらない。
 資源のすべてはポケモンから得られる。
こうした諸々の事情があると(いうことにしておけば)、主人公のポケモン図鑑を完成させるという役目は、人間の資源圏を増やすことになるので生活に密着した重大な使命と取れます。
 なるほど。さすが主人公というだけあって、背負っている(笑)
 そうすれば彼らが闘うことを日常にしている理由もわかってきます。
 未開拓のポケモンの世界を知ることで、人間の知の領域を広げている。それでいて開拓の際の戦闘はツールとして必要になるので、ポケモンを知ることは=闘うこととなりジレンマになっていく。
ともかくポケモン世界とは、切実な資源問題とパートナーシップを融合させた人間の生物の側面を前面に押し出した世界であることは間違いありません。
『科学の力ってすげー』とはかの有名なマサラタウンの少年の談ですが、ポケモン世界のすごさとは『生物そのものがそれぞれの価値を持っている』ことを人間に理解できるレベルまで落とし込んだところにあるのではないでしょうか。
しかしまあゲームの世界は簡略化されているから、幸せに見えるのであって、どこの場所でもそれなりに見えない苦しみがどっさりあるに違いありません。
 お金はさほどいらないけど死の見え続ける世界は、とてもじゃないけど、幸せとは呼べないでしょう。
 だからこそ彼らはポケットに眠り、私たちの時間に合わせてくれるのではないでしょうか。

 コードと自我「モンスターボール考」
http://www2u.biglobe.ne.jp/~endo-c/pokemon/pokelogy/kotoi/kotoi.htm」

~レッドとコトネが最果てですれ違うだけ~

~レッドとコトネが最果てですれ違うだけ~

  • 小説
  • 長編
  • 全年齢対象
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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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