漠然/めびうす飛翔

小波川白洲

  1. アバンタイトル
  2. アクアリウム
  3. 天使のコラージュ
  4. 不在証明
  5. 階段革命
  6. めびうす飛翔
  7. 漠然

アバンタイトル

世界の酷薄さを知った少女の
王子様になりたい、という
途方もない欲望は
今も上から二番目の引きだしに
かくされているのだろうか

暗闇に輪郭をつける
蒼いワンルームの明滅
テレビの灯りで眠れない
そんな嘘さえ億劫な日に

どこか遠くへ行きたがっていた
きみの冷たい指が
昨日とまったく同じ言葉で
頬紅を淡く、優しくなぞった

わたしの瞳はありきたりで
宝石の色をしていないけれど
あざやかに巡る、その脈拍を
誰より自在にしてみせるから

アバンタイトルのまどろみ
夜更かしが苦手なきみの
握った手や温もりを忘れる瞬間

昏い風が潮騒をつれてきて
それすらも陳腐だ、と
あらわになった背筋を撫でる

世界を救うラブ・ソングが
後ろ髪を揺らして

90秒でふたりの影を
ふいに通りすぎる
無尽の風

アクアリウム

摂氏35度7分の海で溺れていたい。
瑠璃色の香にふれた全身がぱちぱちと音を鳴らし、名前のない夕暮れのように、指先から少しずつ溶けおちていく。言葉が要らなくなることを愛と呼ぶきみに、わたしは何を与えればよかったのだろう?
孤独の塩辛さと口づけをした、しづかな水底、沈殿する窒息。抱きしめることと息を止めることがほんとうの幸福であるならば、失語症の歌姫を水槽に沈めよう。淡水でしか生きられないわたしたちの、不器用な祈りのために。
視界が揺れる。青い春のすべてが水面から降ってくる時代に、きみだけは透明なまま、ひとすじに空へ昇っていった。わたしはそれを、眩しいと思った。

天使のコラージュ

撃鉄に指をかける
鈍と純黒のマーブル
星屑を散らす
わたしたちの夢のとばり

引き金を引けど
革命の鐘は鳴らず

純白に色めく視線が
きみを包みこむ皮膜を
処女としてのさなぎを
まさに喰い破ろうとする
その奇蹟は
沈黙するセメントの狭間

きみのピース・メイカーが
円転するひとすじの軌道となって
わたしの胸をつらぬく
その純粋な過程のあいだに
いくつもの言葉が死んだ

引き金を引けど
革命の鐘は遠く

夜を憩う天使たちの光
眠らない街
眠れないわたしたちの
叛逆のとばり
祈りで星を撃ち墜とす
ネオンライトの銃口

不在証明

きみの夢想から取り残された世界で、わたしは朱の花弁を編んでいる。静謐と空白、時間の本質としてのリズム。輪転するふたつの針が、わたしを調律しようとやわらかに微笑んだ。
交換可能な感情なんて全部偽物で、あらゆる価値は恋人たちの密約であればいい。受取人のサインは小箱へ刻まれないまま、少女たちの微動にあわせてグラスの水面は揺らぎ、月明りに縫合する四肢のタペストリー。細いふたつの腕で、アシンメトリな翼を手折る、劣情はさざめき、数秒のさいはて。やがてわたしの哲理が痙攣する時、きみはいつもひとりでに剥製だ。
冷たい風が網戸をなぞる、不在証明の夜の微熱を、まばゆい潤黒を包みこむふたつの丘陵、そこにはなにもいない。きみの目覚めた世界で、霊鳥の夢を見る人は、どこにもいない。

階段革命

きみが
立っている
階段の
うえから
降ってくる
さまざまな
記憶とか
筆記用具
その瞳に反射した
すべてを
蹂躙する
個人的な
スカートが
ふわりと
舞って
信頼
やがて
削りたての
えんぴつ
塔の外
星空の下に
ころがる
ストライプ
蜃気楼
停戦地帯
年老いた猫たちが
消えていくところ
別れの
言葉とか
誰にも
言ったことは
ないけれど
そうだね
いつか
この
距離に
高低差に
名前をつけられればいいね

めびうす飛翔

水底にとろけて消えてしまうなら、いっそ大気圏を超えてぱらぱらになりたいね。酸素欠乏症の夜を、いつか思い出と呼べるくらい鮮やかな終わりにしよう。世界は流体じゃなく器の形をしているので、こぼれた髄液を受け止めるのにもうってつけらしい。
これは落下でなく垂直飛翔だ。真夏でもお揃いだったスカートの丈をこっそり長くした日に、きみの銀河系へ降りそそぐストレイライトだ。少女性の頬がじんわりと微熱を帯びて、制服越しに伝播する孤独とうるおい。空白、動悸、どくどくと、すべてを肯定する1と、存在しないものを0と呼ぶ悪辣を、ふたりは欲求していた。それは切実な願いで、星空のようにまばゆく、そして、たぶん、少し海の味がする。
——浮上、前後不覚、あるいは衛星軌道。きみはくしゃくしゃになった手でわたしを握りしめたまま、回転する地球から振り落とされたんだ。遠心力で透明なエンジンをふかし、ひよくれんりの逃避行。わたしの飛翔がきみの足踏みだったとしても、ふたりを引き裂くに足る理由なんて何ひとつ無いんだって、そんなありふれた倒錯、ゆびさきの欺瞞を、もう少しだけ、世界中が雨で溺れるまで続けてみようか。

漠然

夕暮れを眺めるたび、わたしは混濁する
すくわれなかった言葉が
見捨てられた感傷が
わたしを昏い砂浜へ運んでいく

潮風が鼻孔をくすぐり
いくつものさざ波がおしよせ
かつて皮膚であったかけらを
藻屑のように打ちあげている

この海に果てはなく
すべてがきみの墓標だった
手向ける花を持たないわたしは
やがて、何を忘れたのかすら
覚えていられなくなるだろう

ふたりの境界をあいまいにして
かさぶたを包む、やわらかな日差しが
この身体に染みついた
怯えた残酷のにおいを道連れにして
水平線よりも遠くへさらっていった

わたしは目を閉じ、はじめて暗闇を知り
沈黙のつまさきの、泡沫へ耳をすます

潮騒の果て
ただれた情景を引きずる夕暮れが
今日も背中をじりじりと焼き

すくえなかった言葉が
見捨ててしまった感傷が
この漠然のどこかで
うみになってただよう

漠然/めびうす飛翔

現代詩で百合をやる、2作目になります。
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漠然/めびうす飛翔

現代百合詩集です。各作品は独立しており、どのような順番でも読めます。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-06-18

CC BY-ND
原著作者の表示・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-ND