おわりとはじまり、はじまりはおわり

 ノケモノにされた気分で、ただじっと、町の色が、夕焼けの赤橙から、夜の濃紺に変わってゆく様を、見つめている。
 いつか、先生のくれたボールペンを、紛失しました。
 わたしは、それならば、片足のローファーが、なくなればよかったのに、と思いながら、雑居ビルの屋上に、いました。二階に、あやしい占い屋さんと、四階に、多国籍料理屋さんが入っていて、でも、雑居ビルのなかは、おそろしく静かだった。
 パンダがやっているクレープ屋さんから、歩いて三分ほどのところにある、お花屋さんの、お花を配達していた、けっこうかっこいいお兄さんが、花になったそうな。あの、この町は、ある日とつぜん、にんげんではなくなることが、あるので、そういう、町なので、もしかしたら、いずれはわたしも、という覚悟は、している。とはいえ、にんげんのままのひともいるし、この町に住んでいるひと全員が、にんげんでなくなるわけでもないので、まぁ、つまり、神さまに選ばれたらってこと。お花屋さんのお兄さんは、町の中心を流れる小川のほとりで、美しい、コバルトブルーの花となり、静かに、揺れているそうです。わたしは、もし、にんげんでないものになるなら、公園のブランコになりたいと思った。きっと、さびしくないから。こどもが、おとなが、すずめが、誰かがきっと、寄り添ってくれるから。
 きみが持っている、キャンディー柄の手帳、かわいい。
 先生は、どうしてわたしに、ボールペンをくれたかって、それは結局のところ、同情、ってやつ。
 先生に恋をしている、叶わぬ恋と自覚しながら、している、わたしの想いに、先生は気づいていて、それで、ごめんねって思ってる、ぜったい。
 先生は、むかつくくらいに、やさしい。
 泣きたいくらいに、やさしくて、おとなで。
 やさしいから、ずるい。
 いま、わたしは、夜に溶けてゆく、町を、傍観するだけの、ひとで、ふいに、四つ葉のクローバーが、ほしくなって、パンダのやっているクレープ屋さんの、定番の、チョコバナナクレープも、食べたくなって、そういえば、きのう、友人に借りた漫画を、返さなくては、めちゃくちゃおもしろかったから続きの巻を持ってくるよう、ねだらなければ、なんて、考えている。
 焦燥はある。
 けれど、確実に、そこに平穏も、横たわっている。

おわりとはじまり、はじまりはおわり

おわりとはじまり、はじまりはおわり

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-06-16

CC BY-NC-ND
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