Tokyo young story4

Shino Nishikawa 作

Tokyo young story4

とにかく、生きるしかない。

Tokyo young story4
「まさか‥母さんの所に、子供が来るなんて、想像していなかったよ。」

「それも双子が。」
30歳の鷹雄の前には、6歳の双子がいる。

「ほーら、これを見てごらん。」
「ここ、どこ?」
「ここはね、兄ちゃんしか、まだ行ったことがないんだよ。」

「兄ちゃん?」
「はいはい、ごめんね。僕はオジサンだ。」

「勉(つとむ)君、亮(とおる)君、将来の夢は何かな?」
「俺は、しっかり勉強をして、学者になりたい。」
「僕は、お医者さん!」

「2人ともしっかりしてるね。まだ新一年生だというのに。」


20年後。
大人になった勉は、鷹雄に向かって言った。
勉の髪は伸び、やたらとフケた大人になった。
勉は漫画家だ。

「俺、名前、変えるから。」
「どうしてだ?良い名前じゃないか。勉と亮は双子だから、2人でひとつだから、ダブルT。俺が考えたんだぞ。」

勉はニヤリと笑った。
「じゃあ、ちょうどいい。名前は悌にする。同じTだもん。」
「悌なんてダメだ!なぜ、勉が嫌なんだよ。」
「親父が描いた漫画の主人公の名前なんて嫌だ。」

「描いてんだろ、これ?」
勉は漫画を出した。『ご近所物語』だ。
鷹雄は、名前を変えても、漫画を描いていた。
鷹雄は、芸術的詐欺師であり、本当の天才だった。

「ふん。」
ガチャ
鷹雄は亮の部屋を開けた。
「なんだ、これは?」
なんと、亮は部屋の中に、殺人のトリックを作っていたのだ。

「あー、父さん。」
亮は虚ろな目をしている。
「これ、本物のナイフじゃないか。こんなことしてちゃ、いかん!」
「うう‥。」
亮は泣きだして、主人公テロウの絵をクシャッとした。
「あああ、もったいない。せっかく上手く描けているのに。」
鷹雄は、亮の背中に手を置いた。


話は22年前に戻る。
「お父さーん。」
「亮ちゃん、僕はお父さんじゃないよ。本当は、亮ちゃんのお兄さんなんだから。」
「そんなの嘘だよぉ。だって、お父さんは、僕のウンコを拭いてくれた人だもん。」
亮は言い、鷹雄はうなだれた。

「おーいちゃん。」
「勉、何かな?」
「これ、つまんない!」
勉が出したのは、鷹雄が描いた漫画だ。鷹雄はまたうなだれた。

「お母さん、この子達のしつけをしっかりした方がいい。」
「だからぁ、鷹雄にやってほしいの。父さんだってもう、73だしさ。
母さんだって、いつ逝くか分からないから!」

「はああ。じゃあ、なんで子供をもらったんだよ!」
鷹雄は大声を出した。
「仕方ないじゃない。私達の所に、天から降りてきたんだから。」

20代後半。鷹雄はいろいろな映画に関わって、大忙しだった。
演技も少し経験した。
新聞社からこっちに移ってきた秀も大体一緒だった。
時々、一郎が見学に来る。
オリンピックが終わり、絵を忘れた一郎は、工場で働いていた。

「はぁ‥。」
一郎はため息をつき、一郎に好くしてくれている犀川(さいかわ)さんは聞いた。
「高野君、どうしたの?」
「友達が、映画会社で働いていて‥。もともと、僕もそっちに行きたかったから。」
「そうなんだ。高野君が嫌なら、仕事を変えてもいいんだよ。」
犀川さんは言い、一郎は黙ってうなずいた。

一郎はむすっとしたまま、鷹雄と秀が勤める、東画会社の前で待った。
「あはは、今日の九羽さんは最高だったね。」
鷹雄と秀は談笑しながら、会社から出てきた。

「あれ?一郎君?」
「うん。」
「イッチー、どうしたの?」
秀が聞いた。

「あの‥僕も、入れてくれないかな?」
「え?」
鷹雄と秀は顔を少ししかめた。

3人は蕎麦屋で話をすることにした。
この蕎麦屋にはビールもある。
「イッチー、ビールは?」
「僕はいいや。」
「いやいや、せっかくだから飲みましょうよ。僕がおごってあげますから。」

「どうして、突然、東画に入りたいと思ったの?」
秀が聞いた。
「突然じゃないよ。前から見にきていたじゃないか。」
「確かに、一郎君には、絵のセンスがあったもんな。」
鷹雄が言い、一郎はむすっとして、目を落とした。

「君達がどんな仕事をしているのか知りたいんだ。」
「今は‥、僕達の企画じゃない映画の制作をしているんだ。」
「そう。俺達も、正直いって、苦しい時期なんだよ。」

「ああ、そうなんだ‥。28歳で夢をまだ追っているなんて、相当でかい夢だと言えるだろうね。」
一郎は言った。

「うん。僕はあの、いかれトンチキ爺さんを超えるまでは、死ぬことはできない。」
「鷹ちゃん、あの人を、いかれトンチキだなんて。」
秀はニヤニヤと笑った。

「誰だい?いかれトンチキ爺さんて。」
「ああ、ウォルトディヅニーさ。」
「あははは!デズニーさんを超えるなんて、無理だよぉ!だって世界の人だもん。
相手は英語をしゃべるんだし。」
「僕だって、英語は少し話せるよ。」

「だけど、目標を高く持っていた方が、人生が長続きするかもな。
医学科の秀才だった、林君は、早くに亡くなってしまった。」
秀は言った。
「ああ、なんてかわいそうだ。とても優秀だったのに、27歳で癌になるなんて。」
「きっと勉強をしすぎたんだよ。何事もやりすぎることはよくない。」

「ああ、僕の歯だって、もう5本くらい義歯なんだよぉ。体はどんどん衰えていくから、大事にしないとね。僕は長く生きたい。」
鷹雄は言った。

帰り道、秀は一郎に言った。
「じゃあ、イッチーが東画に入れるように、考えてみるね。」
「というかさ、僕達で新しい企画を出せば、チームの一員として、一郎君も入れるんじゃないか?」
鷹雄が言った。

「企画って?この前、俺達の通らなかったじゃん。」
「大丈夫だよ。チームに一郎君が加われば、きっと何もかもうまくいく。」

「一郎君も、企画を考えてみてくれ。」
鷹雄が言い、一郎はうなずいた。

一郎は上機嫌になり、バスに乗って、駅に帰り、自転車を拾い、家に帰った。

東画のスタジオからは、カツラをかぶって衣装を着た人達や、機材を持った男達が出てくる。
何も持たない鷹雄と秀が出てきた。
「はぁ~。終わった。」
「一郎君、きっと、もう待ってるね。」
約束の7時まで、あと3分ほどである。

「おーい、片付け手伝ってよ。」
手ぬぐいをかぶった男が、2人を呼んだ。
「あ‥。」
鷹雄と秀は顔を見合わせた。
「えーと‥。」
「予定でもあるの?」
「僕が手伝います。鷹雄君は予定があるので‥。」
「ふーん。」

「ごめんね、秀。」
「いいよ、行って。その代わり、明日、企画の内容を教えて。」
秀はスタジオにまた入った。
東画に、好きな女はいない。可愛い子がいても、関われば関わるほど、嫌いになる一方だった。

鷹雄が走って、待ち合わせの石像に行くと、一郎がのぞいていた。
「ごめん、待たせたね。」
「いや‥企画の内容について、考えていたんだ。」
「そうか、秀は、来られなくなった。片付けが残っていたから。」
「大変だね。」
夜の灯りは綺麗だ。
鷹雄は一郎の横顔を見た。もしかしたら、自分は、一生この人と関わることになるかもしれない。
でも一郎は、ちゃんとした家の男だから、心配ないだろう。
大学は学習院を出ているし、しかも、オリンピックにも出場した。
一郎のご両親とも何度も会ったし、これからタッグを組むことになったとしても、
何の問題もない。

「明代さん、元気かな?」
「うん。元気だと思うよ。僕も、最近会ってないんだ。
実家に戻ってなくてね。ケンにも会っていないが、ケンは最近、広告会社に入社したらしい。」
「そうかい。よかったねぇ、ケンさんも、ようやく一人立ちが出来る。」

2人は、また例の蕎麦屋に来た。
ここは長居が出来る。

「天ぷらそばとビール2つ。」
「かしこまりました。」
手ぬぐいをかぶった女将は、笑顔で言った。

「ザル追加お願い。」
隣の白シャツの男が言った。
あぐらをかき、漬物を食べている。

「ザル2つより、天ぷらそばの方が安いし、腹にたまるのにねぇ。」
一郎は言った。

隣の男はまた注文した。
「お茶、お願い。」
「はいはい、お待ちください。」

一郎は言った。
「ビールを頼めばいいのにねぇ。お店の人に悪いじゃないか。」
「まぁ‥そうだねぇ。」
そう言って、鷹雄はビールを一口飲んだ。

運ばれてきたザルそばを食べながら、白シャツの男が、鷹雄達をちらりと見た。
「ん。」
鷹雄と一郎は思わず目をそらしてしまった。

「あれぇ、鷹雄ちゃんとイッチーじゃないのぉ。」
「ああ‥。」

「おばちゃん、席移ってもいい?」
「はい、どうぞどうぞ。」

男は、鷹雄達の座敷に移動してきた。
「久しぶりだねぇ。」
「こちらこそだよ。麻原君。」
「学習院の卒業式以来じゃないか?」
「ああ、そうだったかなぁ。」

男の名は、麻原昭介。のちに総理大臣になる男である。

「ここにはよく来るのかい?」
昭介が聞いた。
「たまにね。僕たち、新しいアニメを作るので、企画の話をしていたんだよ。」
「ああ。君たちはそういう仕事をしているんだねぇ‥。」
「一郎君は、今回からだけど。」

「麻原君は、東京都の公安部に行きたかったんだろう?それはどうなったんだい?」
一郎が聞くと、鷹雄が小突いた。
「ああ‥それはダメだった。やっぱりさ、自分の足元から固めていくべきだよね。」
「そうなのかい。」
「今は、東京タワーの清掃をやっているから、生活には困っていない。」
「東京タワーの清掃を‥?」
「まぁ、ずっと続けるつもりはないから、来年には、区役所職員に応募しようと思っている。」
「きっと、麻原君なら、うまくいくさ。」
「そうだといいけどね。僕は、日本の明るい社会のために生きたい。」
「麻原君は、立派ですねぇ。」

3人は一瞬沈黙し、女将はニンマリと笑って、片付けをしながら、3人をちらりと見た。

「ところで、僕たちの話をしていいかい?」
「どうぞどうぞ。僕は席を移動しようか?」
「そんな必要ないよ。たかがアニメの話なんだから。」

「それで‥僕が考えたのは、北アルプスの少女ハッピーだ。」
一郎が言った。
「北アルプスの少女ハッピーかい?僕はね、長鼻のピッピがいいと思ったんだ。」

「ピッピ?」
「知らないのかい?第二次世界大戦が終戦した年に出版された、リンドグレーンの作品だよ。」
「ああ、そのピッピか。ピッピというから、まるで小鳥の事かと思ったよ。
君は‥物語を自分で描くのが、得意じゃなかったかな?」
「いや‥。」
鷹雄は下を向き、昭介が口をはさんだ。
「そうだよ。前に、描いた絵の説明をしてくれたじゃないか。
あの話は‥、聞いた事がない、とても面白い作品だった。」
「作品?」
「ああ、そうさ。君たちが作る物は、ただの映画やアニメじゃない。作品という名の新しい日本の宝物だ。」
昭介が言い、鷹雄と一郎は顔を見合わせた。

鷹雄は布団に入り、天井を眺め、眠れない夜を過ごした。

次の日は、また会社だ。
ただ家にいるより会社で働いた方が、金も使わないし楽だったが、
昭介に『日本の宝物』と言われた瞬間から、体の中で眠っていたネジが動き出した感じだった。


「絶対、大丈夫だよ。」
光子と会っていた、鷹雄が言った。
「うん。」
「光子ちゃんなら、必ずいつか、もらってくれる人が現れる。」
「そうよね。」
「フジクラさんのことは、もう忘れろよ。」
「うん‥。」
光子は、目を落とした。
鷹雄はちらりと自分の肩掛け鞄を見た。
その中には、空の指輪ケースが入っている。
光子となら、結婚しても、やっていける気がしていた。
やっていけるというのは、漫画の仕事をだ。

「それで、光子ちゃんはさ、女優以外に目標を見つけたのかな?」
「ええ。ファッションデザイナーよ。」
「ファッション‥デザイナー?」
「ええ、そうなの。デザインを考えるのが好きだから、服作りを習おうかな‥。」
そう言って、光子は紅茶を飲んだ。

自分が知らない世界のことを言われ、赤くなった鷹雄は少し咳払いをして、言った。
「やってみたいと思うなら、やってみたら?」
「うん。一番やりたいことは、女優だったけど、あきらめるしかない。
藤倉さんの映画には、もう出る事は出来ないから。
だって、藤倉さんは、あと3ヶ月の命なんですもの。」
光子は涙を流し、鷹雄は目をふせた。

次の日、鷹雄が東画に出社すると、見事、北アルプスの少女ハッピーの企画が通り、東画に入社した一郎が挨拶をした。
「おはよう、今日は、ハッピーの音楽を担当してくれる作曲家の人が来てくれるって。」
「ああ。作曲家ね。」

その後は、秀、一郎、その他のスタッフとアニメ制作をした。
リーダーは鷹雄だ。

午後は、それぞれ、空いた時間に食べる。
あとは、外でタバコを吸ったりして、1時間休憩をとる人はいない。
それほどまでに、楽しい仕事をしていた。

「はああ。」
午後2時。絵具で汚れた手を洗っていると、玄関の椅子に1人の男が座っていた。
お洒落で、かっこいい。
「あの、何か?」
「こんにちは、僕は作曲家のフジウラです。」
「はぁ?!フジクラだと?」
聞き間違えた鷹雄は、大きな声を出してしまった。
「いえ、フジウラです。音楽のことで呼ばれて来ました。」
「ああ、そうだったのかい。」
「はい。」
「どうぞ、こちらへ。」

鷹雄たちと藤浦英樹さんは、音楽について話し合った。
「この部分なんだけどね。」
鷹雄は、スライドを指さした。
「あー、それなら。」
英樹は、メロディーを持っていた小さな電子ピアノで弾いてみせた。
「わぁ~、すごい。」
しばらく笑いながら話した後、英樹はトイレに立った。
「ちょっと、トイレに。」
「はい。」

「それにしても、すごいよねぇ。すぐ、こうだもん。」
一郎と秀は、ピアノを弾くふりをした。

「あははは!」

鷹雄は、光子の藤倉さんの話を思い出して、暗い顔をした。
「えっ、どうしたの?鷹ちゃん、腹痛い?」
「いや、大丈夫‥。」
「突然、表情が暗くなったから‥。」
「いや‥知り合いの人が、もうすぐ死ぬもんでね。」
鷹雄は涙をこらえ、言った。

「え‥。」
トイレから戻ってきた英樹も心配そうに、鷹雄を見た。
「死ぬっていつ?つか、鷹ちゃんの知り合いなのに、俺たちの知り合いじゃないの?」
「うん。正直に言うとね、僕のガールフレンドの恩人なんだよ。
だから、僕は、その人に直接会ったことがないんだ。」
「ガールフレンドの恩人?」
「そう。光子の映画の脚本家だよ。名前は‥、藤倉とか言ったかな。」

「そんな。」
英樹はよろけた。
「なんだい。英樹さんは知り合いかい?」
「はい。脚本家の藤倉さんというのは、僕に、初めて、映画の仕事をくれた人なんです。」


「本当にこの病院で、間違いないよね。」
鷹雄、秀、一郎、英樹は、藤倉さんのお見舞いに来た。
なぜか優斗もついてきた。
「なぜ、優斗まで。」
「ごめん、俺が誘ったんじゃないだ。なかなか休み合わないから。」
「それに、俺だって、藤倉さんの映画、好きだったんだよ。」
優斗は自分を指さした。
「英樹さん、こちらは‥。」
「新聞社で働いている森本優斗です。学習院で、3人と一緒でした。」
「そうでしたか。僕は、大学に行っていません。
イギリス留学した時に、たまたま音楽を習ったんですよ。」

「ははあ、やはり、向こうはすごいですかぁ!」
「すごいなんてもんじゃないですよ。別世界です。」
5人は、藤倉さんの病室に向かいながら話した。

「まず、歴史が違うよね。」
「確かに、こっちが、刀を持っていた時代に、シャンデリアだもんな。」

「ここだ‥。」
鷹雄がのぞくと、藤倉さんは1人部屋の窓から外を見ていた。
誰かを待っているかのようだ。
一瞬、藤倉さんの太もも辺りで泣く光子の姿が見えた気がした。

「藤倉さん。」
「あ、英樹さん。」
「はい。ご病気だったんですね‥。」
「うん、不治の病でね。もう治らないんだ。この人たちは?」

「今、関わっている映画会社の方たちです。」
「ああ‥。」

「あの‥僕は、光子の友人なんですよ。」
「光子ちゃんの?」
「はい。宮高鷹雄です。僕たちも映画を作っているので、いつか、藤倉さんに脚本を書いていただきたかった。」
「森本優斗です。」
「高野一郎です。」
「鈴山秀です。」
それぞれ、挨拶をした。

「僕は、藤倉さんの映画にずいぶん励まされましてね。お会いできて、本当に光栄です。」
秀は言った。
「藤倉さんの脚本には、愛があった。映画を観た人が、寂しい思いをしたり、悲しい思いをすることが、絶対にない。」
一郎が言うと、藤倉さんは笑った。
「それは、役者さんのおかげですよ。」
「いやいやいやいや。」

「あははははは!」
「じゃあ、また来ます。」
「はい。」

鷹雄たちは、藤倉さんの病室を出た。
「ちょっと、トイレ。」
「あ、僕も。」
鷹雄以外の4人は、トイレに行ってしまった。

鷹雄は、軽く歩いて、病室を見て回った。
「ああー、あああー。」

「あれ?足立さん?」
首の骨を折った若者が、ベッドに寝ている。
鷹雄は名札を確認した。
「ちがうな。」

「大丈夫ですか?」
鷹雄は、病室に入った。
「だれ‥。」
若者は鼻水のあとがある。拭けないのだ。

「かわいそうに。」
鷹雄は若者の手を握った。
「大丈夫ですよ。」

「ダメ‥クソ、もれそうだから。」
「ふーん、そうかい。」
鷹雄は優しい目で若者を見た。
鷹雄は神の生まれ変わりのような男である。このような運命の男は、来世はきっと、
大スターになる。
ぼんやりとした幸せなら、簡単に手に入る。
でも、大成功は、ちがう。前世、前々世からの努力で導かれる。
トップスターの花道は、今世の10年で、築かれるものではない。
最低でも50年が必要だ。何度も何度も生まれ変わって、ずっと我慢と努力をしてきた。

「絶対、大丈夫だよ。」
鷹雄がそう言うと、若者の顔は、きれいになり、目を閉じた。

「鷹ちゃん?」
秀が声をかけた。4人がのぞいている。
「ごめん。」

ピー‥
「いいの?」
優斗が聞いた。
「うん。」
5人は歩き出した。

英樹が聞いた。
「あの音って、大丈夫ですか?」
「え?」
「ご臨終です、じゃないの?鷹雄君、あの人に何かした?」
一郎が聞いた。
「僕は何もしてないよ。大丈夫だって。」
「ふーん、だといいけど。」

5人は病院をあとにした。

音を聴いた担当医が走ってきた。
初老の老人だ。
「ああ‥。斉藤君。」
斉藤君は、やっぱり亡くなっていた。
鷹雄が殺したわけではなく、鷹雄は人生の意味を知っていて、それを教えただけだ。
人生は、いつか、本当に幸せになるために、あるのだ。
本当の幸せを手にしたら、次は、本当の成功を手にするために生きる。
本当の成功を手にしたら、今度はまた、本当の幸せを探して、生きる。

本当の幸せの次は、本当の幸せだっていい。
本当の幸せというのは、お金もそこそこ足りていて、愛に満ち溢れた家庭のことだ。


鷹雄のスタジオのスタッフはみんなエプロンをしている。
絵具だらけだ。
片付けの時間になり、エプロンを外した一郎が言った。
「エプロンをしていても、やっぱりついちゃうよね。」

「服を買ったらどう?俺の兄が、ファッションデザイナーをしているんだよ。」
秀が言った。
「ええ‥?ファッションデザイナーだとぉ!!!」
鷹雄が大声を出した。


ガタンガタン‥
1946年、満州の汽車に、のちに、日本の大企業の社長となる5人の子供が乗っていた。
36歳くらいの男と、小柄のおばさんも乗っている。
満州から、日本に渡るのだ。
他にも乗客がいるが、別に日本に行くわけではない。
陽気に話していた23歳くらいの男が、振り返って聞いた。
「お前達、どこに行くつもりだ?」
「え‥。」

火亜(ビア)が、王汰(わんだ)に耳打ちをした。
『日本に行くことは言っちゃダメだよね?』
ワンダはビアを見て、軽くうなずいた。
他の子供達も、23歳くらいの男を見上げて、目をそらし、黙り込んだ。

「ほぅ‥、言えないのか?じゃいい。」
男はまた席に座ったが、隣の男と少し話し、もう一度、立ち上がって振り返った。
「僕の名前はクロだ。もう会う事ないかもしれない‥でも、また会ったら、クロさんと‥。」
クロが言いかけた時、5人の子供達の世話人の紳士が来た。
「おやおや‥。」
「あ、すみません。」
クロは席に座った。
「いえ、子供達に何か‥。」
「行先を尋ねたのですが、答えてくれなくて。」
「それは、すみません。この子達は、日本に行くんですよ。」
「え‥日本に?」
クロは座ったまま、子供達を見た。

「人から話しかけられたら、しっかりと答えること。」
紳士は子供達に言い、帽子をとってクロに会釈をし、前の席に戻った。

子供達は、緊張の面持ちだ。
クロは振り返った。
「お前達、日本に行くのか?」

「うん、そう。里親を探しに‥。」
來都(らいと)が言った。
「親がいないのか。大変だな。」
クロが言うと、悟空(ごくう)が答えた。

「ライト君と、ビアと、ワンダ君は、三つ子です。
でも、僕と、キュー太郎は違う。」
「うるさい。」
キュー太郎がすかさず、悟空に言った。
「キュー太郎と呼ぶな。九示(きゅうじ)と呼べ。」
「九示?良い名前だな。」
クロが言い、「はい。」九示は答えた。

子供達とクロと、クロの友達の白人ローイは、しばらくの間、話した。

「じゃあな、また会ったら、声かけろよ。」
クロとローイは降りた。
戦争は終わったばかりだ。
一期一会、そんな時代だった。

乗客は少なくなった。
港の近くの駅までは、まだかかる。
ワンダは、ビアに聞いた。
「将来、何になりたい?」
「え?」
ビアは困って黙り、他の子供達も黙り込んだ。
「そんなこと聞くなよ。」
ライトがワンダに言い、
「だって、しょうがないじゃん。暇だったんだから。」
ワンダが答えた。

子供達は黙り込んだが、九示が口を開いた。
「僕は、オリンに出て、金メダルをとりたい。」
「え?」
他の4人の子供達は、九示を見た。
悟空だけが、腕組みをして、九示を厳しい目で見つめた。
九示はまた口を開いた。
「体操でオリンに出て、金メダルをとります。」
「おお~。」
三つ子は拍手をしたが、悟空は違った。
「体操はいけないって、ロテ爺さんが言ってたぞ。」
「え‥。」
「それ、どうして?」
「前世(ぜんせい)で、酷い目に遭った人だけが出来るモノらしいよ。」
悟空は言った。
「へええ。」
「前世(ぜんせい)のことなんて、どうやったら分かるの?」
「分からない。とにかく、体操がとても良く出来たら、前世(ぜんせい)で、酷い目に遭ったということだよ。」
「じゃ、僕は‥。」
九示が自分を指した。
「分からない。とにかく、やってごらん。」
「うん!僕、絶対オリンに出たい!それで、金メダルをとって、綺麗な奥さんをもらうんだ!」
九示はにこやかに言った。
「え‥。」
「奥さんをもらう?」
ライトは聞いた。
「うん!僕は綺麗な人と結婚したい!」
「結婚?」
「結婚したら、どうなるの?」
ビアが聞いた。
「結婚したら、奥さんが妊娠して、子供を産む。それを2人で育てる!
僕は仕事に行ってね‥、それから‥。」
九示はうつむき、4人は黙り込んだ。

世話人紳士のタオが来て、言った。
「しっかり勉強して、いい仕事につきなさい。
ついたので、降りますよ。」



帰りに、3人は、秀の兄の店に行く事になった。
「兄は、満州から来た養子なんだ。三つ子だったんだけど、それぞれ別の家に入ったんだよ。」
「へぇ‥そうなのかい。じゃあ、本当の兄弟とは、会っていないのかな?」
「いや、連絡は取っているみたいだよ。兄の名前はワンダだったんだけど、社長の息子として、会社を継ぐことになったので、名前が変わったんだ。」
秀が言った。

「ここが、兄の店だよ。」
「へぇぇ、立派じゃないか。」
「正確に言えば、この中にある。」

「いらっしゃいませー。いらっしゃいませー。」
スーツを着たワンダは、大きな声を出しているが、全然、店に客が入らない。
「いらっしゃいませ、どうですか?」
金持ちそうなカップルに声をかけると、『いい。』カップルは首を振った。

『くそ‥。10年後には、こんなデパートくらい、俺が買い上げるのに。』
レジを開いて、ワンダは頭をかいた。

「兄ちゃーん。」
「えっ。」
ワンダが振り向くと、秀が手を振り、鷹雄と一郎が会釈をしていた。
「来ちゃった。」
「ありがとう。こちらの方々は、秀のお友達かい?」
「そうだよ。一緒に働いているんだ。」

「秀にはいつもお世話になっております。」
2人はワンダと握手をした。
『知原(しはら)』
ワンダの名札がきらりと光った。

「よかったら、一緒にメシを食わない?」
「でも、まだ時間がかかるんだけど、いいかな?」
「いいよ、待っている。」
秀が言い、鷹雄と一郎もニヤリと笑った。

3人は、居酒屋に入った。
鷹雄が言った。
「若いのに、社長だなんてすごいですね。」
「そんな事ないよ。ゆずってくれた前の社長が嫌な男だったんだ。それなのに、僕が彼の息子という事にされてしまったんだよ。」
「へぇ‥それは大変でしたね。」
「うん。」

「でも、兄ちゃんさ、この会社を世界一にするって言っていたじゃん。」
「まぁ、それが夢なんだけどさ。」
ワンダは笑った。

「今度さ、俺たちのスタジオを見に来てくれよ。北アルプスの少女ハッピーのアニメを作っているから。」
「うん、わかった。」

ワンダは、きらめく東京の街を走った。
腕時計を見る。
いつも見ているテレビの時間に遅れてしまう。
テレビの仕事に就く気はないのに、テレビが好きで、いつもテレビに向かってゲラゲラ笑ったり、ガミガミ怒ったりしていた。


「久しぶりだな。」
悟空が、ビアの肩を叩いた。
「うん。5人そろうのは久しぶりだ。」
ライトが言った。
「九示、体操の方はどうだ?」
悟空が聞いた。

「だから、もう全然ダメだったよ。3カ月前に、引退を決めたんだ。」
九示が言い、悟空が言った。
「なんだ、それ。新聞に出ていなかったぞぉ!」
「新聞に載るわけないだろ。俺は、世界選手権に出なかったんだから。」

「今日、どこに行くんだっけ?」
ビアが聞き、ワンダが答えた。
「アニメ制作スタジオだよ。僕の弟が働いているんだ。」

「へぇ~、そりゃ楽しみだ。普段、ラーメン屋で働いているから、そんな場所には縁がない。」
ライトが言った。

悟空は印刷所で忙しく働き、ビアは広告代理店で働き、九示は警備会社で働いていた。

ライトが言った。
「憧れているだけでは、絶対に手は届かないよな。出来る事から、始めてみないと意味がない。」

「そうだ。ずっと手を触れたかった場所に、自分が出来る事で近づいてみるんだ。
そうすれば、その場所に行く事が出来る。」
ワンダが言った。
「ちなみに、これから行くスタジオには、東京オリンピックの体操で銀メダルをとった高野一郎選手がいるんだ。」

「それ、本当?」
「うん。」

「こんにちはー。」
「兄ちゃん、来てくれたんだ。」
絵具だらけの手で、秀がこちらに来た。

それぞれ、挨拶をし、九示達は一郎を見て、喜んだ。

「へぇ~、アニメ制作って、こんな感じなんだね。」
ライトが目を輝かせた。

「それで、今日は、僕たち、どこか手伝ってもいいのかな?」
ビアが聞き、「えっ‥。」鷹雄たちは顔を見合わせた。
ワンダが言った。
「なんだよ、ここまで来たのに、やらせてくれないのか?」
「えっとぉ‥。」

「つまんないじゃん。」
「じゃあ、兄ちゃんたちは、台本の読み合わせでもしていてくれる?」
「台本の読み合わせ‥?じゃあ、僕たち、役者にしてもらえるのかな?」
ワンダたちは、半信半疑で、隣の部屋に移動した。

「まぁ、すぐに出すわけにはいかないけど、役が余った時には、やらせてあげるから。」
秀が言った。
「わかった。ありがとう。」
「へぇ~、これが台本かぁ。」
ワンダたちは、北アルプスのハッピー以外の台本も手に取り、読んだ。

しばらくすると、戦隊シリーズの台本の読み合わせをする5人の声が聞こえてきた。
ヒーローの名前を、自分たちの名前に置き換えている。
「ワンダ隊員、準備はいいか!」
「バッチリです、悟空大佐。」
「よし、じゃあ、出動だ!!」

『全速前進!!』

思わず、鷹雄たちは赤くなった。
ワンダたちが顔を出した。
「お昼、食べてくる。どこか、おすすめある?」
「それなら、角のカレー屋がおすすめです。」
「分かりました、行ってみます。」

「兄ちゃんたち、午後までいる気みたい。ごめんね。」
秀が言った。
「いいよ。」
日差しはまぶしいが、気持ちの良い風が吹いていた。

鷹雄たちも弁当を食べ、少し休憩をした。

ワンダたちが戻ってきて、また台本の読み合わせを始めた。
鷹雄たちは、ワンダたちの声が響く中、アニメ制作に没頭した。
このシーンが、どれほどの人間に希望を与えるのかと考えるとワクワクする。

一郎が立ち上がった。
「僕、ケーキ買ってくる。」

一郎は近くのケーキ屋さんで、苺のショートケーキを買ってきた。
「ケーキを買ってきました。」
一郎がコーヒーまで淹れてくれた。

「わああ。ありがとう。」
「まだ、そんなに腹は空いていないけど、ケーキなら食べられるかも。」
ワンダたちは笑って、礼を言った。

悟空が言った。
「それにしても、この、藤倉っていう脚本家の話は面白いね。」

「藤倉さんは、もうベテランの方ですから。」
一郎が言った。

「でも、もうすぐ、藤倉さんは亡くなるんだよ。病気だからね。」
秀が言った。
「なんだよ、それ!!」
「嘘だろ?せっかく、良い人に出会えると思ったのに。」
ワンダたちは怒りだした。

「本当に亡くなるみたいなんですよ。この前、僕たちもお見舞いに行ってきたんです。」
鷹雄が言った。


「藤倉さんが病気で死ぬなんて、嘘だよな?」
ワンダたちは、鷹雄たちと一緒に、藤倉さんのお見舞いに来た。

「本当です。」
藤倉さんは、弱弱しく微笑んだ。

「藤倉さん、天国はありますからねぇ。」
九示が涙目で言った。
「はい。」
「あなたのお話は、最高でしたよ!!」
「アハハ。」

ワンダたちは、泣いて、藤倉さんに感謝の言葉を告げた。

「うるさくして、すみませんでしたね。また来ますから。」
秀が言って、ドアを閉めた。
夕日は少し寂しい感じがする。
学生の男女が帰るのが見え、藤倉さんは切なく思った。

藤倉さんは、心の中にある思い出を抱きしめた。
高校の時、同学年の女子が死んで、殺した疑いがある女生徒がいた。
でも、ある日、その女生徒のユキは、人が変わったようにニコニコして登校してきた。
藤倉さんが話しかけてみたが、まるで別人だった。
その時、天使が乗り移っていたのかもしれない。

藤倉さんは、この子と付き合おうと決めた。
毎日ワクワクして、冒険のような日常を送りたかった。
もしも、この子が、殺人者でも、それはそれで面白かった。

藤倉さんとユキは、女生徒が亡くなった場所に行ったが、ユキは何も知らなかった。
本当に、その時のユキは天使だったかもしれない。

ユキと藤倉さんは、大人のカップルがしそうなことをして、その日々は本当に可愛らしかった。
昼も一緒にお弁当を食べた。

でも、ある日、藤倉さんが友達に呼ばれ、ユキに「お弁当一緒に食べられない。」と告げると、「ふざけんなよ!」ユキは大声を出した。
藤倉さんは驚いてふりむいた。
『ちがっちゃったかな。』
藤倉さんは、早歩きで、友達の下に向かった。

少し後で、藤倉さんがユキに、2人での出来事を訊ねたが、何も分からなかった。
怒鳴るユキを見て、藤倉さんは後退りをした。

『ごめんね、ユキ‥。そういうより、エンジェルさん。』

数日後、ユキは首吊り自殺をした。

病院のベッドの上の藤倉さんは、前を見た。
首吊りは、溺死と似ている。
首を吊った瞬間に、泡の映像が見える。
首吊りはとても痛い。
苦しいし、気持ち悪いし、痛いし、最悪の死に方だ。
ずっと泡の映像が続けばいいと思うのに、しばらくすると、地面を見ている。
もうすぐ死ぬという訳だ。

鼻水もよだれも涙もトイレも流れ出る。
首吊りは本当に最悪だ。

『ユキは、よく、そんなに辛い死に方をしたね。』
藤倉さんは、透明人間のユキの頭をなでた。

次に好きになった光子は、まるで天使だった。
初恋のような感動を味わえた。

藤倉さんは、目を閉じた。

手をつないで、光子とデートをしている。
高台で景色を見ている。
「ちょっと、トイレに行ってくる。」
藤倉さんは、トイレに向かった。

光子は景色を見ている。

「あー。」
子供は、落ちた帽子に手を伸ばして、手すりから落ちた。
「ああっ。」
助けようとした光子は、子供を抱いたまま、下まで落ちた。

「あれ‥?光子ちゃん?」
帰ってきた藤倉さんは、辺りを見回した。

「ええっ。」
光子ちゃんは頭から血を流して、倒れていた。
隣で、子供が泣いている。

「すみません。」
藤倉さんは、光子ちゃんの両親に土下座をして、光子の母親が、藤倉さんを起こした。
光子は、首の骨を折ったのだ。

藤倉さんは、光子の看病をした。
藤倉さんは、聞いた。
「光子ちゃん、何かしたいことある?」
「もう死にたい。」
光子は泣いた。

首の骨を折る事は、本当に辛い事だった。
誰かの愛を試したくても、絶対にやってはいけない。

「光子ちゃん、持ってきたよ。」
藤倉さんは、いつものように病室に来た。
「ありがとう。藤倉さん。」
光子は笑った。
藤倉さんは、瓶を飲み、光子に口移しをして、飲ませた。
それは、死に至る毒薬だった。

2人は手をつなぎ、死んだ。

夜、藤倉さんの下に、幻の光子が来ていた。
白くて冷たい手で、藤倉さんは、光子の手を握って言った。
「光子ちゃん、女優だからって、いばったらダメだよ。」
「わかったわ。いばらないようにする。」

藤倉さんと幻の光子はキスをし、藤倉さんは息を引き取った。


藤倉さんのお葬式には、鷹雄と一郎と秀、ワンダたちの5人と、優斗と英樹が来た。
鷹雄が見回すと、光子が下を向いて、座っているのが見えた。
光子は、あの夜の出来事が、本当だったか、藤倉さんには二度と確かめる事が出来ないし、藤倉さんの親族に綺麗な女の人がいたので、むしゃくしゃしていた。

鷹雄は、光子に声をかけた。
「光子ちゃん、大変だったね。」
「鷹ちゃん、来ていたんだ。」
「うん。藤倉さんが亡くなった事は辛いけど、光子ちゃんはしっかり前を向かなきゃダメだよ。」
「わかった。ありがとう。」
鷹雄は、光子の手が、以前より小さくなっていたので、気になった。

お葬式が始まり、鷹雄は席に戻った。
藤倉さんと親しくしていた英樹が弔辞を読んだ。
藤倉さんは映画業界では評判の男だったが、藤倉さんが亡くなった事が、まだ知られていないので、お葬式はこじんまりとしたものだった。
それなので、鷹雄は寂しいと思った。でも、自分のお葬式も、これだけのもので構わないと思った。
むしろ、誰も来なくてもいい。

「ずっと、僕が、お供しますから。あの世までは、一緒に行けないけど。」
一郎が言った。50年後の今、そのセリフは、秀が言っている。
一郎は先に旅立ったのだ。


藤倉さんのお葬式から4年後‥。
「えっ、光子ちゃんが?」
久しぶりに、光子に会いに来た鷹雄は、光子の母親の言葉を聞いて、目を丸くした。
「そうなの。光子は、子供に戻っちゃったの。」
13歳くらいの女の子に戻った光子を見て、鷹雄は後退りした。

『ひいい!!』
本当は、その場で、髪の毛をかきむしりたかった。

「鷹雄さんのこと、分かる?」
母親が聞くと、光子は首を振った。

「そんな。光子ちゃん、僕の事を忘れちゃったのかい?」
「ごめんなさい‥。」
「なんてことだよ。」

「鷹雄さん、すみませんでしたね。」
「いえ、また、顔を見に来ます。」
母親が鷹雄に謝り、鷹雄は帰った。

その夜、鷹雄は、赤い顔で泣いた。
何度か、会社でも、今のスタジオでも、変なヤツに騙されたことはあったが、こんなに恥ずかしい気分になったのは、初めてだった。
愛は人を助けもするし、殺しもする。愛は大変な出来心だった。

鷹雄は、頭を整理させるように、絵を描いた。
自分でも出会った事のない神獣を描いた。
すると、涙が出た。
光子の事で、心が疲れているのもあったが、何より、自分の絵に感動した。

辛い事が起こるのは嫌だったが、そのたびに自分は、強い絵が描けるようになった。

絵が描けるのはいい。美しい絵は、財産になる。
それほどのお金にはならないかもしれないが、才能の証明になる。

お金を持っていなければ、それなりの物を与えてもらえる事は分かっていた。
しかし、鷹雄はもう、貧乏ではない。

才能が足りないと感じた時に、お金を捨てればいいのかなと思ったが、それはできなかった。貧乏の状態で、才能をつかむ時代は終わったのだ。鷹雄は、他の人より、進歩的な生活を送って、他の人に未来を見せる必要があった。
しかし、自分が支配する貧乏に、天才が現れることを恐れたので、人々にたくさんのお金を渡したし、土地や必要以上に家を持たなかった。
それに、著作権についても、うるさく言わなかった。
とにかく、自分が支配する貧乏に天才が現れてほしくなかった。

貧乏が天才を生む事も、裕福が神の子を生む事も、金持ちが何も生めない事も、分かっていた。

スタジオの代表である鷹雄が、北アルプスの少女ハッピーで得たお金は、八千万円である。
それをスタジオの人達の給料や、運営費に充てないといけない。

「こんなにいいの?」
秀はいつもそう言っていた。
でも今回、400万円を秀に渡した時、秀は何も言わなかった。
「うん、いつもありがとうございます。」
「いや、いいんだ。」
鷹雄は、暗い顔の秀を見た。

「あのさ、兄ちゃんが、会社をでかくするんだって。だから、お金を渡さないといけないんだ。」
「じゃあ、もっと必要かい?」
「ううん、大丈夫。これだけあれば、いいと思う。」
「そうかい。」
「これから、兄ちゃんは大変になると思う。」
秀は言った。

「区議会議員選挙に立候補するだと?!」
久しぶりに、昭介と飲み会をした、鷹雄と秀と一郎は大声を出した。
「いやいや、まだだけどさ。そのうち、政治家を目指そうかなと思っている。」
昭介は言った。
「そうなんだ。」
「その時は、お金、貸してくれるよね?」
「いやいや、僕たちも、そんなに持っていないんだ。」
「そんな事、言わずにさぁ。‥でも、君たちがダメなら、俺は、サラ金で借りるしかない。」

『まぁ、それくらいなら、貸してあげられるけど。』
鷹雄は思った。

「しかし、それくらいは耐えなければならない。俺は、日本の内閣総理大臣になりたいんだよ。」
「内閣総理大臣だとぉ~?!!」
鷹雄たちは大声を出した。


「はぁ‥。みんな、夢を持って生きている。夢だけでなく、家族も持たないといけない。」
中学生に戻った光子が、登校する姿を見て、鷹雄はうつむいた。

「でも、家族を作る事は、もうできない。最愛の人が、いなくなったんだ。」

「おじちゃーん!!」
3歳の亮と勉が、かけてきた。
「はいはい。」
「鷹雄、今日はよろしくね。」
「うん、行ってくるよ。」

「今日、お風呂に行くんだよね?」
「うん、そうだよ。」
「うわーい!」

銭湯の男湯に入ると、亮と勉は、神妙な顔で服を脱がされた。
勉が言った。
「僕、うんちしたい。」
「仕方ないな。」

「亮君は、お便所行かないでいい?」
「うん。」
「じゃあ、そこで待っていなさい。」
パンツ一丁の亮を残し、鷹雄は勉を便所に連れて行った。

トイレに座った勉は、鷹雄をじろじろと見た。
「なんだ、まだしないのか?」
鷹雄はイライラして、言った。
「後ろ向いて。」
鷹雄は後ろを向いて、勉がトイレをするのを待った。
鷹雄は、勉のお尻を拭いた。

「はぁ。」
鷹雄と勉がトイレから出ると、全裸の亮が椅子に座っていた。
「亮、待たせたな。パンツ、自分で脱いだのか?」
鷹雄が聞くと、亮がうなずいた。

「おしっことかしてないね?」
鷹雄が聞くと、亮が洗面台の方を見た。
「ええっ、しちゃったのか?」
「僕、何もしてないよ。」
「そうか。じゃあ、お風呂に入ろう。」
「うん。」
勉はニコニコしている。
鷹雄は赤い顔で、双子の頭や体を洗った。

「体って、英語でボディーだよね?」
勉が聞いた。
「うん、そうだよ。よく知っているね。」
「お爺ちゃんが教えてくれた。」
「そうかい。よかったねぇ。」
「ボディーじゃなくて、バディーでしょ?」
亮が言った。
「そうだ。言い方はバディーだった。読みはボディーだけど。」
「なんで、そんなこと知っているの?」
亮が勉の顔をぎゅーっとつかんだ。
「いけない。やめなさい。」

「だけど、勉はなんでも、僕より先に知っているんだよ。」
「そんなの、全部、嘘だから。」
鷹雄はつい、言ってしまった。
「嘘じゃないよ。」
勉は泣きだした。
「あーごめん。でも、子供だしさ、全部は分かっていないんだから、仕方ないよ。」
鷹雄はニヤニヤと笑った。
『この子達を、育てるのもいいかもな‥。』
絵を描く才能なら、自分があげられると思った。
自分が神として上に立って、2匹の神獣を率いるのも、悪くないと感じた。

鷹雄は、目の前に浮かんだ、神々しい絵を想うと、ワクワクした。

「僕、トイレ行きたい。」
亮が言った。
「じゃあ、もう出ようか。」
「うん。」

2人の体を軽く拭き、脱衣所に入った。
「まだ、我慢できるね?」
「うん。」
亮はうなずいた。
2人の体を拭き、タオルをかぶせた。
まずは、自分が着替えるべきだと思い、鷹雄は後ろを向いた。
その隙に、双子は全裸のまま、駆け出した。
「ああっ。」
鷹雄は焦って、パンツをはいた。

急いでシャツとズボンをはき、外へ走った。
「戻りなさい!!」
双子は、男に捕まえられていた。
「すみません、ありがとうございました。」
「いえ、いいんです。」

「ばか野郎!!」
鷹雄は怒鳴り声を上げた。

「もうやっちゃダメだからねぇ。」
鷹雄は、双子の頬を強くつねった。
「うえーん。」

「もしかして、鷹雄?」
「優斗と慧じゃないかぁ!!」
「あはは、久しぶりだな!!」
双子を捕まえてくれたのは、優斗と慧だった。

「っるっせぇ!!どっか行けよぉ!!」
高校生になった勉は、鷹雄に反抗した。

「こちらが、僕の彼女のユイティーです。」
「そうかい。よろしくね。」
亮は、変な彼女を紹介した。


「親父、俺の漫画が、ノーベル文学賞をとるかもな!!」
24歳になった勉が、鷹雄に言った。
「そうなの?見せてくれる?」
「ほら。」
「確かに、うまく書けている。」
「そうだろう?やっぱり、俺には漫画の神がついているんだ。」
黒メガネをかけて、髪をしばった勉は言った。
「文と絵が描けて、漫画家なんだよな。」
勉は得意気だった。

「僕の作品が、書店員が選ぶ漫画大賞になりました。」
亮は言った。
「おめでとう。亮ちゃん。はい、これ。」
鷹雄は、漫画用のペンを出した。

「へ?こんなのいらないよ。」
「そんなこと言わずに。これがいいお守りになるから。」
それは、鷹雄がもっとすごい賞を取った時の漫画に使用していたペンだった。

「だけど、こんな物語をずっと続けていく気か?」
鷹雄は、2人に、それぞれ聞いた。

「うるさい!!もうほっといてくれ!!」
とても素晴らしい想像を否定された勉は、赤くなって怒鳴った。

「もういい。僕はたった一人でも、この話を続けていく。」
亮は泣いた。

大人になり、双子は離れ離れになった。
漫画よりも、一番大切な家族の存在は、かけがえのない物だったが、素直になれずにいた。

それでも、相手への想いをこめて、大きな作品を作り上げたので、どちらかが死ぬ事がなかったのは、良い事だった。

「とても素晴らしい作品でした!!」
鷹雄は、二匹の神獣にそれぞれ言うと、神獣は赤くなった。
鷹雄は、いつまでも、力強く生きていた。

勉と亮が40歳を超えた時、まだ2人が素直に会っていないのは、変な感じだった。
一度、亮の編集社に、勉が来ていて、すれ違った時は、不思議な感じだった。


「はああ。どうしよう。」
東画で、76歳の鷹雄は2枚のポスターを見上げた。
勉と亮の漫画が映画化され、公開日が同じだったのだ。

「鷹雄君、この映画、一緒に見ようよ。」
秀が言った。
「うん、どちらを先に見ようか迷っているんだ。どちらも息子の作品だからね。」
「それは迷うねぇ。でも、2人とも立派になったな。」
「立派すぎて、飼いならせないんだよ。」
2人は歩き始めた。

東画は新しくなった。時々、若かったころの自分たちの亡霊が見えた。
「東画もずいぶん変わったね。」
秀が言った。
「あの頃のメンバーは、僕と秀くらいだ。一郎君は、先に向こうに逝ってしまった。」

鷹雄と秀は、高層ビルから、東京の街を見た。
どんどん、昔馴染みが消えていく一方で、発展していく東京の街は、なんとなく虚しかった。
End

Tokyo young story4

Tokyo young story4

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-06-16

Copyrighted
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