セリアリ
ポプスト二次創作小説4つ目です。フォルダを漁ってたら途中止めになってたのが出てきたので、修正を加えつつ完成させてみました。
呑気な日常モノです。単行本換算で20Pちょいの短編なので、ちょっとした空き時間の暇つぶしにでもなれば幸いです(˘ω˘人)
(タイトル考えるの苦手病が重症です。すいませんww)
1.
砂を削る音。硬い物がぶつかり合う音。裂帛の気合い。重々しい打撃音。苦痛の呻き。
セントフェーレス学園の訓練場で、2つの影が舞い踊るように交差を繰り返している。
1つは茶色い瞳に、よく似た明るい色の髪。全身を汗と土で乱して歯を食いしばりながら模擬刀を振り回す少年。学園の生徒の1人である、セリム=スパーク。
幾度となく剣を弾かれ足元を掬われ突き飛ばされ転がされを繰り返しながら、同じ数だけ立ち上がり剣を振るう。
そしてもう1人は、重力に逆らって天を突く輝く金色の髪と蒼い瞳、鋭い眼光にクールな出で立ち、学園屈指のイケメンと名高い‥‥と、言うと鼻で笑われる先生は私です。
まあそんな感じで、オレは現在マンツーマンでセリムの訓練の相手をしているところだった。
教師と生徒という関係上ある意味当然の結果として、力の差は歴然。負けてやる理由は無く、手を抜くつもりも全くない。手加減ってなんだぁ? と言わんばかりに先程から何度もセリムを叩きのめしているところだった。
気合いと根性で何度も立ち上がるセリムだが、いい加減目に見えて動きが鈍くなっている。これ以上続けるのは時間の無駄と判断し、瞬間的に加速してセリムを背中からグラウンドに叩きつけ、目の前に木目の浮いた切っ先を突き立てる。
わずかに抵抗の意志を見せたセリムだったが、すぐに動きを止めて歯を食いしばり、ばたりと両手足を地面の上に投げ出した。
「‥‥参りました。くっそー、やっぱり師匠には歯が立ちませんね」
「とーぜん。それとも、簡単に歯が立つようなヤツに師匠になって欲しいか?」
「いえ、悔しいですが、師匠が師匠で良かったって思ってます!」
「やったぜ」
気のない返事をしながら、セリムを解放する。かなり参っているらしいセリムはそのまま地面に寝転んで、清々しい表情で空を見つめていた。
「やはり師匠は、俺にとっての太陽です! いつだって見えているのに、どれだけ手を伸ばしても届かない‥‥。だから師匠は、俺の師匠なんです!」
「おぅ、ポエット‥‥」
色々と心配になるくらい清すぎるセリムの言葉に、思わず呆れが漏れる。聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ。
やがてセリムは上半身だけ起き上がらせて、消沈しつつも意志のこもった瞳を地面に向けた。
「師匠、どうやったら、もっと強くなれますか」
「経験だな。基礎体力を身につけて、動体視力を養い、判断力を高める。月並みだけど、やっぱり基本に敵うトレーニングはないよ」
「やっぱ、そうですよね‥‥」
「落ち込む必要はないさ。オレと戦ったあとにクラスの奴らとやり合ったら、動きが鈍く感じるだろ? 感じられるのは一瞬とはいえ、それも成長の過程だよ」
「あ、そうなんですよ! ミハエルさんとかスゲーつえーんですけど、師匠の後だと剣の軌道が少しだけ見えるんです! それでも追いつけませんけど!」
なぜ嬉々として語るのかはよく分からないが、自らの成長を感じられているのならば十分だ。
「まあ、セリムは実際強くなってるよ。もっと自信もっていいんじゃないか」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
嬉しそうに拳を握るセリムだが、それは実際気休めではない事実だ。
セリムはハッキリ言って根幹の能力、いわゆる才能というヤツには欠けている。習得が遅いというワケではないのだが、言ってしまえば平凡。特筆するほど秀でた部分は無く、そこらの冒険者未満の兵士を探せば、同等の才覚を持つ者はいくらでも見つかるだろう。
だが、セリム秀でているのはそれらとは全く別の場所にあった。
彼はいわば、才能のハンデを努力で覆す、努力の天才だ。
どれだけ壁にぶつかろうと、決してあきらめずに壁を這い上がり続ける。それが出来ることは稀有であり、凡庸であるがゆえに非凡というべきだった。
「俺はもっともっと強くなって‥‥それで、いつか絶対、アリサに俺の事認めさせてやるんです!」
顔の前で握り拳を作って意気込むセリムは、以前から妙にアリサに対して対抗意識を燃やしているようだ。
これはやはり、アレだろうか。まあ思春期だし、当然といえば当然だ。むしろ、そーいうことのひとつやふたつあったほうが健全でよろしい。
――しかし、こんな絶好のイジりチャンスを逃すなど、教師として、いや人としてあってはならないことだ。
我ながら意地の悪い笑みをニターッと浮かべて、セリムの顔を覗き込むようにわずかに首を傾ける。
「ほーほー、なんかさー、セリムってさー、妙にアリサに対抗意識燃やしてるよな。やっぱり、そーいうこと? もしかして、アリサのこと、好きなの? そうなの? どうなの?」
「いえ、そうじゃなくて、アイツは俺のライバルなんですよ」
――意外ッ! それはマジレスッ!
え~、もうちょっと恥ずかしがったりしてくれよ思春期。言ったこっちがバカみたいじゃないか。いったいオレは、このニヤニヤ笑いをどこに引っ込めればいいというのか。
「アイツ、いつも俺の事弟みたいとか言って、下に見てくるんです。けど、確かにアリサにはなかなか勝てなくて‥‥。ミハエルさんとか、俺より強い人は確かにいるんですけど、なんつーか、アリサに負けるのだけは、すっげー悔しいんです」
「ほほう、それはやっぱり、ラヴなんじゃないかな? かな?」
「いえ、違うと思います」
なんてことだ、ラブコメの波動が微塵も感じられない。むしろさっきからミハエルさんミハエルさんって‥‥。ハッ、こいつ、まさか‥‥ッ!
よもやこの少年、あどけない顔して、実は世に存在する一部の需要をしっかりと理解してるんじゃないか‥‥? 待て、しかしそうなると、レドは‥‥レドお前は本当にそれでいいのか‥‥!?
「せーんせ~♪ やっと見~つけたっ。今日もエメリアに特訓して欲しいな~♪」
そんな空気を桃色に塗り替えるように、ぽよぽよと可愛いエメリアが訓練場へとぽてぽて可愛く走ってやってきた。瞬間、オレの脳内は腐食から逃れて可愛いエメリア一色に染まってしまう。
「もーっ、エメリアせんせーのこといっぱい探しちゃったんだゾ!」
「おっと、それは申し訳ない。かくいうオレもそろそろエメリア切れしそうで充エメリアしたかったところなんだ。エメリア分をたっぷり補給しないとじゅるじゅる」
「きゃーん、せんせーのえっちー♪」
ぎゅー、とエメリアを抱きしめているとセリムに微妙な視線を向けられた。まあね。こればかりはね。不可抗力だからね。仕方ないね。
「まあ、そんな感じで要は鍛錬あるのみってことだよ。時間があればいつでも付き合ってやるから、とりあえず頑張ってみな」
エメリアに吸い付いたままそう締めくくると、セリムは一瞬反応しあぐねていたが、すぐに背筋を伸ばして拳を握りしめた。
「は、はい! 今日もありがとうございました!」
2.
師匠との特訓が終わって、本当はもっと話していたかったけど、エメリアが来てしまったからとりあえず今日は引かなくちゃいけなくなってしまった。師匠は俺だけのものじゃないし、さっきまでたっぷり付き合ってもらってたから仕方ないか。
それに、エメリアにはやたら甘い師匠がどんな戦い方をするのかってのも、少し気になる。当のエメリアは師匠に相手にしてもらえてスゲー嬉しそうだ。
‥‥ただ、別にいいんだけど、みんな本気で頑張ってる場所で遊ばれるのは、少しだけ変な気持ちだ。
ようやく体を離したエメリアと師匠が向かい合い、互いに戦闘の構えをとる。
――その瞬間、エメリアの表情が明らかに変わった。
いつもの緩い目と口元が鋭く引き締められて、空気の動きを探るように呼吸が繊細になる。腰をわずかに落とし、エメリアの得意の武器であるレイピアを構える姿は、普段のエメリアとはまるで別人だった。とてもじゃないけど、遊んでいるだなんて言える雰囲気ではない。
先に動いたのは、エメリア。体重の軽さと身体の小ささを存分に活かすように重心を低くして、間合いの隙間をくぐるような軌跡を描いて師匠に迫る。
しかし師匠はあっさりと攻撃を読んで、刃で刃を防ぐ。鋭い音が鳴り響いた。即座に師匠の蹴り脚がエメリアの身体に迫るが、エメリアはくるりと軽やかに身を翻して師匠の背後を取り、至近距離で二撃目を放つ。
師匠はそれにも瞬時に対応し、身を捻りつつ前へ踏み出し、攻撃をかわしつつも剣を振るって迎撃も忘れない。避けれないと悟ったらしいエメリアは左腕に取り付けられた籠手(ナイフも収容されていて、防御力はありそうだ)で受け止め、衝撃の重さに表情を歪めながらも、後ろに跳んで衝撃を殺す。さらに跳んだ勢いを活かして半回転、籠手から抜き取ったナイフを投擲する。
師匠はわずかに身をのけ反らせながら一本を弾き、一本は肩口をかすめる。師匠の気が逸れた一瞬を狙って、エメリアが再び駆ける。神速の勢いで目前まで迫ると、エメリアの突き出したレイピアの切っ先が師匠の頬をかすめた。そのまま二撃三撃四撃。次々と突き出される剣先が、師匠の身体の横を紙一重で通過してゆく。
これだけの猛攻を師匠は余裕の表情で――じゃない。
俺や他の生徒を相手にしている時の、からかうような笑みや気の抜けた無表情はそこにはなかった。鋭い瞳で、必死でエメリアの剣先を追っている。
そしてその口元は――スゲー楽しそうな、笑みが浮かんでいた。
師匠は今、本気で戦闘を楽しんでいる。そこにはまだ大きな力量差があって、だけど今にも足元に追い縋ろうとしているその手から必死に逃れつつ、いつか到達することを待ちわびるような、期待を笑みに混ぜ込んで。
エメリアがさらなる刺突を繰り出し、その攻撃がついに師匠の左腕を捉えた――と思った次の瞬間、師匠はエメリアの背後に回り込んでいた。
空を切り続けた攻撃が肉を捉えたことによる、一瞬の動きの乱れと停滞。その隙を、完璧に利用されていた。まさに、肉を切らせて骨を断つって感じ。
勝負が決するのは一瞬。
師匠が無防備なエメリアに向かって腕を振り上げ――抱きしめた。
「わーい、オレの勝ちー。エメリアしぼ~。今日1日エメリアはオレのモノー」
「やーん、エメリアせんせーのモノにされちゃったー♪」
首筋に吸い付いた師匠はそのまま倒れて、砂まみれになりながら地面を転げまわる。同じく全身をジャリジャリさせているエメリアも、超楽しそうに笑い声をあげていた。
そこでようやく、俺は我に返る。うひゃひゃひゃと笑い続ける2人に頬を引きつらせながらも、一歩詰め寄って抗議の声を上げた。
「ちょ、ちょっと師匠、なんですかソレ! エメリア、いつの間にそんなめちゃくちゃ強くなってるんですか!」
詰め寄る俺に、師匠は意外そうに眼をぱちぱち瞬かせる。
「え、いつの間にって、けっこう前からエメリアはどんどん強くなってたけど」
目を丸くして砂まみれでこちらを見上げる師匠は立ち上がり、エメリアの汚れを掃ってから自分の汚れを掃う。間接的に師匠に褒められているエメリアは、背筋をぐんぐん伸ばして得意そうに反り返っていた。
「セリムお前、エメリアはぽやぽやしてるから、ライバルにはなり得ないって甘く見てただろ」
ニヤリとイジワルっぽく笑う師匠に、俺は何も返せない。
「むーっ、セリムはエメリアのことバカにしてたんだ! ひどーい!」
「い、いや、バカにしてたわけじゃ、ないんだけど‥‥」
見下していたとか、そういうことでは本当にない。けど、まさかエメリアが、と思ってライバルとして見ていなかったことは確かだ。
「け、けどズルいですよ師匠! 何か秘密の特訓とかしてたんですか!? 俺も‥‥俺だって、シたいですよ‥‥! 師匠と、ふたりだけの、秘密の特訓‥‥!」
「うっ、ヤメロそんな目で見るなっ。オレにはすでに心に決めた相手が‥‥!」
俺の切実な訴えに、なぜか師匠は胡乱げな視線を返してくる。
俺、また何かやっちゃいました?という眼を向けていると、師匠は呆れた息を吐いてエメリアの頭をそっと撫でた。
「特別なことはしてないさ。エメリアが頑張ったんだよ。それこそ、セリムがエメリアのこと全然見てなかったから気付かなかったんだろ。例えば、エメリアがめちゃくちゃ授業に集中してたこととか」
再び俺は、口を閉ざす。言われた通り、エメリアなんて見てなかった。
っていうか、授業中はジズとかレヴィアとかジズとか、あとジズとかレヴィアが邪魔してくるから、全然集中できないんだよな‥‥。
「筋トレとかそういうトレーニングばっかりしててもダメだぞ。さっき、エメリアが踏み込みとか攻撃の瞬間に魔力でブーストしてたの気づいたか? 魔力の扱いが上手くなれば、身体能力の差を覆すことだって出来るようになる。だから魔法の勉強ももっとやれって言ってんのに、セリムはあんまりやらないから」
「うっ‥‥す、すいません‥‥」
魔法は苦手だし体を動かす方が楽しいから、ついつい後回しにしてしまっているのは事実だ。というか、エメリアにそんな細かい芸当ができただなんて驚きだ。
魔力ブースト‥‥そういえばクリスさんとか、ミハエルさんもそんなことをしてるって言ってたような気がする。やっぱエルフってスゲーなーとか、ミハエルさんカッケーなーとかそのくらいにしか思ってなかったけど、別に特別なことなんかじゃなかったんだ。もっとちゃんと考えなきゃいけなかったんだな‥‥。
「セリムはさ、努力の量はホントにすごいと思うけど、一生懸命すぎてちょっと視野が狭いんだよ。これを頑張るって決めちゃったら、それ以外は見えなくなっちゃう、みたいな」
短所を指摘されて落ち込むと同時に、ちゃんと俺の事も見てくれてるんだなって分かって、少しだけ嬉しくなった。
それに課題が増えたってことは、強くなれる余地が見えたってことだ。頑張れるってことは、俺にとっては嬉しいことでもある。師匠の指摘を受けて、思わず口の端に笑みが浮かんだ。
「‥‥なんで嬉しそうなんだよ。セリムってもしかしてマゾ?」
「ちょ、なんでそうなるんですかっ‥‥!」
師匠は時々思いもよらない発想をするから油断ならない。
「ねえ、せんせ~。エメリア教えて欲しいことあるから、この後図書館デートして欲しいな~」
「えー、オレは少々何か起こってもバレないような密室で2人きりになりたいな~」
師匠は時々思いもよらない問題発言をするから色々と心配になる。
――そこでふと、気づいた。
こうやってエメリアが師匠を誘っているのをよく見かけるけど、それは単なる甘えなんかじゃなくて、勉強を教えてもらってたんだなってことに。
遊んでばっかりいて気楽そうだよなとか、そんな風にさえ思ったこともあった。けど、何も考えずに気楽だったのは、むしろ俺だったんだ。
俺、頑張ってるって思ってたけど空回りばっかだったのかな‥‥。
と、俯く俺の頭に、師匠の温かくて大きな手がぽんと乗せられた。
「セリム、お前は多分晩成型だよ。今は伸び悩んでるかもしれないけど、いずれもっともっと強くなれる。落ち込む必要はねえよ」
師匠の言葉に、途端に胸の奥が熱くなるのを感じる。
師匠がそう言ってくれるのなら、それは本当のことだと信じられる。危うく自信を失いそうだったけど、いつか努力が実るというなら、もっともっと頑張ることが出来る。
「セリムはな、努力の天才だと思ってる。残念ながらアホな部分も多々見受けられるけど、目標に向かってそれだけ真っすぐ進めるヤツはそういないよ。だから、セリムには敢えてこう言いたい」
師匠は咳ばらいをひとつして、大げさな動きで握り拳を作って、俺の前でぐっと握って見せる。
「頑張れ」
師匠の言葉に、俺は溢れ出る笑顔を抑えることも出来ず、勢いよく同じように握り拳を作った。
努力が報われるってのは、強さを証明できた時ばかりじゃないんだって気付かされたようだった。今はまだ強くなれてなくても、頑張って良かったって思わせてもらえたから。
「ありがとうございます、師匠! 俺、自分のやり方を見直して、今よりももっと頑張ります! それで、絶対もっともっと強くなります!」
勢い込んで言う俺に、師匠は少しだけ嬉しそうに微笑んでくれて、もう一度「頑張れよ」と言ってくれた。
「それで、早速聞きたいことがあるんですけどいいですか!」
「おっ、よいぞよいぞ。勉強熱心なのはよい事だ」
師匠が少し嬉しそうに向きなおってくれたので、俺もなんだか嬉しくなって早速その疑問を解消するため、勢いよくその質問をぶつけた。
「――バンセーって、何なんですか!?」
――その日、俺は補習を受けた。
3.
「右腕ならご飯!」
「せりゃあっ!」
「左腕は、お好きなおかず一品!」
「せぇいっ!」
「胴体だとお漬物等の小鉢!」
「しゃっ!」
「そして頭なら――なんとお肉だあッ!」
「んぅおんりゃどっせえええええええいっ!」
それが、アリサとの特訓風景であった。
時は夕刻、晩飯前のこと。屋内の訓練施設にて、オレはアリサの特訓の相手をしているところだった。
何も知らない外野からすれば一体何を言っているんだと思われるだろうが、こちらに有効打を与えられたら、その部位によってオレがこの後の食事を奢るというルールなのである。
アリサは騎士の家系で幼いころから剣の道を進んでいたおかげもあってか、剣術には非常に優れている。
しっかりとこちらの動きも把握しながら機敏に床を蹴り、鋭い剣閃を迸らせる。腕や脚には無駄な力が入っておらず、足の運びや剣の軌道も正確だ。
――ただ、眼が血走っている。
力強く剣を振るいながら、時折「スープ!」「サラダッ!」「ステーキィィッ!」などとパワーワード(ここでは力が漲る言葉という意味)を叫んでいる。そう叫びながら迫るアリサの気迫は、筆舌に尽くしがたいほど壮絶なものであった。
そしてそれから2時間ほど後の現在、訓練を終えたアリサは食堂にて、オレの前で幸せそうに夕飯を頬張っていた。
「んぅ~、美味しいわ! やっぱり体を動かした後のご飯は最高に美味しいわね! いや、動かさなくったってもちろん美味しいんだけど!」
アリサの前にはご飯とおかず、そして添え物が2品ほど並べられている。おかずは大皿、ご飯はすでにおかわり3杯目であった。その大量の食事がいったい体のどこに収容されているのかは分からないが、食べられる時に食い貯めしておくのだそうだ。
しかも虎視眈々と肉を狙いながらも、しっかりとご飯とおかずは確保しているあたり、アリサの堅実さが窺える。
一応言い訳させてもらうと、こちらはしっかりとハンデを背負っていて、かつヒット判定は大きめに設定していた。そのせいもあってしっかりと奢らされてしまっているワケである。べ、別にオレが弱いわけじゃないんだからねっ!と声を大にして言いたい。
「訓練にもなるし、ご飯も食べられるし、タダで食事が出来るし、一石三鳥ね! 先生、ありがとう!」
3分の2が食事だったが、アリサにとってはそれだけ重要事項ということだろう。ツッコミは控えておいた。
アリサとの訓練の時はいつもコレだ。鼻先のニンジンで動きが雑になってしまうならすぐに廃止しようと思っていたのだが、これがなかなか効果的なのだ。
がむしゃらでは有効打を与えられないと早々に理解したらしく、神経を研ぎ澄ませて、まさに生きるために本気で剣を振るっている。そして前回の反省を活かしながら成長しているのが目に見えるので、指導し甲斐があるというものだ。
「お腹が満たされるって、ホントに幸せよね‥‥っ!」
「‥‥‥‥」
まあ、生きる喜びを見出せるのは素晴らしいことだが、なんというか、軽く涙目になっているアリサは色々と心配になる。
「まあ、頑張ってるし強くもなってるからいいんだけどさ」
「なによ突然。当たり前でしょ。あたしは絶対、一流の冒険者になるんだから。強くならなきゃいけないのよ」
ふと、そんなアリサの宣言を聞いてセリムのことを思い出す。
もりもりと食事を口に運ぶアリサに、何気なくそう問いかけた。
「なあ、アリサってセリムのことどう思ってるの?」
「はあ? なによ突然」
アリサは思い切り眉をしかめながら台詞を繰り返し、食べる手は止まらない。
「別に、どうもこうもないわ。なんか妙にライバル意識持たれてるみたいだけど、なんであんなに突っ掛かってくるのかしらね」
オレは決して見逃さなかった。そう、これは――アリサをイジれるチャンスであることを。
「もっと強くなってアリサに認められる男になって、アリサに伝えたいことがあるんだ!って言ってたぞ」
「ぶふぉーっ! な、なななな、なによそれバカじゃないのアイツ何言ってんのよバカじゃないの!? バカじゃないの!?」
ご飯を吹き出しそうになりながら、アリサは顔を赤くして目をぐるぐるとさせている。
そう、これこれ。オレの求めていたのはコレなのだよ。いやー、アリサは素直で可愛いなあ。
アリサは動揺しながらも食事の手は止めず、勢いよく白飯をかきこんだ。
「な、なにニヤニヤしてんのよこのバカっ!」
「よいぞよいぞー」
そうだ、思春期はこうあるべきだ。甘酸っぱい青春を謳歌してこその学生だ。大変よろしい。
「でもさ、実際アリサは、セリムのことどう思うの?」
「ど、どうって何よ‥‥」
重ねて尋ねると、アリサは困惑を滲ませたまま訝しげな視線を向けてくる。なんと問うべきか少しだけ迷ったが、遠回しに聞く意味も無いかと、今度はからかうわけではなく、直球で聞いてみた。
「セリムのこと、好きなの?」
「んなっ‥‥! むぅ、‥‥あー」
狼狽えたのは一瞬だけ。こちらがからかっているわけではないと察したらしいアリサは、口元をひん曲げたまま視線を横に逃がした。
「‥‥好きか嫌いかって聞かれたら、嫌いじゃあないわ」
おー、自ら二択を提示しておいて、まさかの三択目が出現してしまった。恐らく四択目も存在するのだろう。
「付き合いもそこそこ長くなってきたわけだし、あいつってバカみたいに素直だから、悪意なんて感じられるわけもないしね」
いつの間にか増えた選択肢には気づかず、正直に吐露するアリサ。
確かに、セリムから悪意を感じ取ろうと思えば、ピカソの絵画並みに捻じれた心根が必要だろう。
「めんどくさいって思うことはよくあるけど、ムカつくってほど、嫌でもないわ」
根っ子は素直な子なのだが、思春期特有の素直になりきれなさを表現するように、口元はへの字に歪んでいる。
「――だけど」
そのひと言と共に、アリサの瞳が真っすぐにオレを捉えた。
「恋愛感情なんてものは、ないと思うの。本人にも言ったけど、アイツは弟みたいなもんなのよ。バカだけど、放っておけないって感じ」
あらあら、断言されてしまった。残念ながら今は脈無しのようだ。もっとも、同じくセリムにも脈は無さそうだったが。
アリサは小さくため息を吐きつつシリアスな表情を浮かべて――食べきれなかった(敢えて食べきれない量を注文していた説も有力)ご飯とおかずをこっそりとタッパーに詰めているのを、オレは決して見逃しはしない。
「ま、そんな感じだから、残念ながらあなたが喜びそうな話なんて出来ないわよ。それじゃ、あたしはそろそろ帰るわね。ごちそうさま。すごく美味しかったわ、ありがとう」
ススッと自然な動作でタッパーをカバンの中に隠し、アリサは席を外した。
「‥‥素直なのかそうじゃないのか、どっちだろうな」
立ち去る背中を眺めながら、今のオレに出来るのは苦笑を浮かべることくらいだった。
4.
先生のおかげで久々の満腹感という幸せを味わいながら、部屋に帰るために廊下を歩く。
いつもバカなことを言いながらも先生はあたしたちのことをよく見てくれていて、こうして食事付きの訓練に呼び出されるのはいつも、空腹が辛く感じてくる頃だ。
情けないって気持ちがないわけじゃない。でも、そんなことを言っていられるほど人生というのは甘くない。生きるというのは常にサバイバル。食事というのは生きるために不可欠なプロセス。だから、食べられる機会を逃さないっていうのは生きる上で必要なことだから、
カバンに入った明日の朝ごはんのことを考えながらぬふふと口元を緩めていると、不意に向かいから歩いてくるセリムに出くわしてしまった。
「おっ、アリサ! もしかして訓練の帰りか?」
いつもの調子で声を掛けられるが、さっき先生にバカなことを言われたせいで変な意識をしてしまう。好きだなんて、これっぽっちも思ってないはずなのに。
「‥‥なによ」
「うお、なんだよ機嫌悪いな。師匠に負けて晩飯抜きになったとかか?」
「んなワケないでしょ。お腹いっぱい食べて来たわよ!」
思わずムキになると、「そ、そっか」と中途半端な反応をされてしまった。ムカつく。
「それよりさ、アリサ。俺、師匠に強くなってるって褒めてもらったんだ! 見てろよ、すぐにアリサより強くなってやるからな!」
自慢げに語るセリムの言葉を聞いて、あたしの気持ちは少しだけ落ち着いた。
こーやっていちいち自慢げにしてくるのが、やっぱり弟っぽいのよね‥‥。
「ま、せいぜい頑張りなさい」
大人の態度であたしはセリムを涼しく受け流す。こういう部分で精神年齢の差が出てくるのだ。やはり、あたしはお姉さんだというべきだろう。
「くそっ、そうやってまた俺のこと見下して‥‥! ていうか、この前の勝負は俺が勝ってるんだからな! すでに俺の方が上だと言ってもいいんじゃないか!」
「はぁ!? なんでそうなるのよ! あんな勝負に勝ったくらいでいい気にならないでよね! 通算ではまだあたしのほうが勝ってるんだから!」
「へへっ、過去の勝負なんて関係ないぜ。一番最近の勝負で俺が勝ってるんだから、つまり今は俺の方が強いってことだろ!」
「なによその屁理屈! なんだったら今から勝負する!?」
「望むところだぜ! 勝負内容はアリサが決めていいぜ!」
「良い度胸じゃない! いいわ、とりあえず訓練場よ!」
「見てろよ! 今日もぜってー俺が勝つからな!」
「――どこへ行こうというのかね」
重くのしかかるような声と共に、あたしとセリムの頭を大きな手がガッチリと掴んだ。
「さて、問題です。先生の許可なしに、夜間の訓練場の使用は認められていたでしょうか。はい、立派なお姉さんのアリサさん、答えをどうぞ」
あたしはぷるぷると体を震わせながら、消え入るような声で解答を述べる。
「‥‥いいえ。認められていません」
「はい、正解。では、アリサさんが怒られているのに、なぜかニヤニヤしているセリムくん。このことで怒られるべきは、アリサさんだけなのでしょーか。答えをどうぞ」
セリムは緩めていた口元をビキリと強張らせて、同じようにぷるぷるしながら蒼い顔で囁くような答えを述べた。
「‥‥いいえ。俺も、怒られます」
「素晴らしい、全問正解です。では、豪華報酬の進呈です。お2人とも生徒指導室へ――とっととついてこい!」
終.
アリサとセリムの2人にはこってりと説教を施し、解放のついでにご褒美として追加課題をたっぷりと差し上げた。
苦手の克服に助力すべく山積みの問題集を進呈すると、2人はあまりの喜びに笑うことも忘れ、涙を流して受け取っていた。恐らく2,3日は課題に追われっぱなしになるので、連日の訓練で疲れた肉体を癒す有意義な休暇となるだろう。
今頃部屋で互いに愚痴をこぼしているか、図書館で誰かに教えを乞うているか。
こうやって2人まとめて叱るのは初めてじゃないし、ああやってしょーもないケンカをしているのもいつものことだ。それがどういう感情であるにせよ、結局は仲が良いのだろう。
はっきり言って、ふたりは冒険者として平凡だ。セリムはもとより、アリサも優れた剣の腕を持ってはいるが、他者より抜きんでているとは言い難い。
だがそんなふたりにも、他の冒険者にはないであろう強みがある。それはもちろん、オレという立派な指導者に出会えたこと‥‥ではなく。
互いに高め合うことの出来る仲間に出会えたことだ。
それはひどく陳腐な発想だという自覚は、もちろんある。けれど陳腐であるがゆえに、真理でもあると思っている。それは先人に使い古されるほどに、多くの共感を得た発想だということだから。
ふたりはいつか、立派な冒険者になるだろう。根拠はなくとも、今のふたりを見ているとそう信じることが出来る。
このままもっと強くなって、学園を出てオレの手を離れ、今度はふたりが誰かの手を引いてやれるような、そんな冒険者に。
才能に溢れていないがゆえ、弱さというものを知っているから、きっと同じ苦しみを抱える誰かの心に寄り添うことが出来るようになる。
仲間と競い合い助け合うという、確固たる志を持って。
そんな予感を抱きながらも、今のふたりに思い浮かべるのは未来の冒険者姿などではなく。
涙目で課題に取り組んでいるふたりの姿を思い浮かべて、我ながら意地の悪い笑みを浮かべてくつくつと笑った。
いつか自分の手を離れてゆくのだとしても、今はまだもう少し、可愛い生徒でいてほしいと思ってしまうのだった。
セリアリ
読了ありがとうございました。
敢えていちゃいちゃ要素は無しのじゃれ合いにしてみましたが、いかがだったでしょうか。
俺先生が若干TUEEE気味ですが、自分の小説でくらい夢見させてもらってもいいんじゃないですかねえ!?
すごく正直なことを言わせてもらうと、実はプレイ中は女の子ばっかり育てていたゆえ、セリムはほぼ放置状態でした‥‥。申し訳ない‥‥。
なので、初期生徒だしメインストーリーには出ているのでキャラの性格等は把握していたのですが、どうしても細かい部分が曖昧で頭の中で上手く動いてくれず、書き途中で止まっていたのもそれが原因でした。
執筆前にキャラストーリーを全部見てある程度イメージは掴んだのですが、推しの先生方からすれば(文章力とは別に)色々と足りていない部分があったかもしれません。違うセリムはこうじゃない、と思われてしまったら、申し訳ないです。ただ、セリムとアリサのやり取りはスゴく好きだったので、今更ながらこうして形にさせていただきました。
これで終わりにせず、今後もなにか書けたらいいなとは思っています。その際はぜひ、また目を通していただけると嬉しいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。