すくらんぶる交差点(13)
十三 機動隊出動!
「あなたたちは、既に包囲されている。投降しなさい」
がなりたてるスピーカーから、機動隊の声が聞こえる。その後ろには交差点に立て籠もる七人を説得できなかった交番の警察官と道路課の職員が仲良く並んでいる。決定的瞬間を取り損ねたハローワーク通いのおっさんもいる。今も、カメラを構えている。その周りを何重にも包囲する群集、野次馬たち。
「さっさと、やめろ」「平成のヒーローだ。がんばれ」
「ふざけるな。英雄気取りするな」「権力に負けるな」
「冷たいジュースはいかがですか?」「ここはお祭りか」
「腹がへったな」「たこやきいかがですか?」
「交差点が通れないんだよ」「どうせ、用もないくせに」
「平成の大維新だ。日本なんかぶっ壊してしまえ」「既に壊れているよ」
「所詮、池の中のぼうふらだよ」「せめてカエルにして」
「ポップコーンはいかがですか?」「海水池の鯛の餌だ」
「何か言ってるよ」「何か言ってるね」
「気にするな。何事も、賛成する者もいれば、反対する者もいる」
「俺たちに主義主張はないよ。ここにいたいから、いるだけなんだよ」
「国家じゃないの」「そんなもの幻想だ」
「ばっかみたい」「そう、みんな、ばかよ」
「再び、繰り返す。あなたたちは包囲されている。速やかに、武器を捨てて投降しなさい」
「そうだ、そうだ。やっちまえ」「落ち着くんだ。みんな」
「何の武器なの、まさか、毒ガス、サリン?」「キャー、逃げないと」
「待て、待て。相手の意見も聞くんだ」「聞く前にこっちがやられるぞ」
「じいさんやばあさんを含めて、たったの七人じゃないか」
「犬も一匹いるぞ」
「一個の爆弾で、十万人が死んだ歴史がある」
「ひとりの命は地球よりも重いぞ」
「たかが重くても百キロだ。どこらへんが地球よりも重いんだ」
「まだ、言っているよ。大丈夫なの?」「大丈夫さ」
「俺たち、有名人かなあ」「テレビに映っているかな」
「ほら、映っているわ」「どのチャンネルもあたしたちよ」
「国会議員の選挙に出ようかな。そしたら、独立できるかな」
「もう、あたしたち、独立しているのよ」
「きゃー、テレビ、テレビ、あたし、明日からスターよ」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。心配しなくても、あんたは、俺たちのスターだよ」
「そう、いつでもサインしてあげるわ」
「お前の頭の中は、毎日がお正月か」
「何、それ。あんた、毎日、お年玉くれるの?」
「馬鹿。金ぐらい、自分で稼げ。それぐらい、お目出度いということだよ」
「ふん。あんたにそんなこと、言われたくないわ。あたしのお尻ばかり追い回していたくせに」「何を。そんな汚いケツ」
「汚くて悪かったわね。ちゃんと、毎回、ウオシュレットで洗っているわ。あんたこそ、和式便所で踏ん張ったままじゃないの」
「てめえ、このズべ公」
「ほうら、言葉で言い返せないものだから、怒って。あたし、これでも、現役の高校生よ。知性と美性が光輝いているの。あんたみたいに、人間力がドンづまりじゃないの」
「何が高校生だ。ろくに、学校も行っていないし、授業にも出てないくせして」「卒業しても、あんたどまりなら、たかがしれてるね」
「やめないか。仲間割れしている場合じゃないぞ」
前進を始める機動隊。その数、百人を超えている。相変わらず、のほほん状態で、口喧嘩を繰り返しながら、交差点の真ん中で占拠する七人と一匹。機動隊は楯を持って包囲している。片や、七人は何も持っていず、交差点の真ん中で座っているだけ。道路が全て包囲され、車や人は迂回しないと向こう側に渡れない。じりじりと七人と一匹に近づく機動隊。
「隊長、どの程度、進めばいいんでしょうか」
「一秒間に二センチだ」と、言ったものの、隊長自身がどの程度進めばいいのかわからない。
「全員に告ぐ。今から、一センチずつ進め」
副隊長が後ろの人間に告げる。
「二センチだって」「何で、二センチなんだ」
「ニセの情報じゃないんのか」「伝言ゲームだ。間違いない」
「さっさと帰って娘に会いたいよ」「何、おセンチになっているんだ」
「俺、物差しを持っていないぞ」「程度がわからん」
「人差し指の第一関節が約二センチだ。その程度進め」
隊長の再びの指示。隊員の中には、胸から定規を摂りだす者もいれば、言われたとおり、ひとさし指を地面につける者もいる。
その様子を見ていた、立て籠もって、いや、ただ単にアスファルトの上に座っているメンバーたちは、
「あいつら、何やっているんだ」
「これじゃあ、ここに到達するのに朝までかかるぞ」
「きっと、時間外手当をもらおうとしているんだ」
「くそっ、俺たちの税金を返せ」「お前、税金を払っているのか」
「いやあ、俺は払っていない。住民の代表として、言っているんだ」
「いつ、お前が住民の代表になったんだ」「誰も認めていないぞ」
「今だ、今の今。さっき今、この瞬間の今」
「もういい。それよりも、問題は、今のこの現状をどうするかだ」
バウムクーヘンの中心が狭くなっていく。お腹が空いた証拠の例えだ。機動隊やマスコミ、そして、赤の他人、家族、野次馬などで、カステラの層だけが厚くなっていく。こんなお菓子ならば、誰でも喜ぶだろう。食べても、食べても、カステラ部分が厚くなり、中心の空白が小さくなる。いや、ひょっとしたら、この現象は、バウムクーヘンじゃなく、台風じゃないだろうか。周りの人々の熱気で、目の部分が小さくなり、圧力が増していく。もうすぐすれば風が吹き起こりそうだ。解散しようにも、解散できない七人。
「ここから、移動しなさいと言っているけど、これだけ囲まれたら、逃げ場所がないじゃないか」
「おしっこにも行けなくなっちゃったね」「トイレが好きだね」
「周りからの重圧がすごい」「注目されているんだ」
「人間の数に圧倒され、押しつぶされてしまいそう」
「人に酔っちゃうよ」「ノンアルコールの空気だ」
「加齢臭も襲ってくるよ」「元凶は、あんたじゃん」
「失礼な。あんただって、いつかは婆さんだよ」
「あたしは歳をとらない、きれいな婆さんになるんだから」
「婆さんは婆さんだよ。あんた若いくせに、腰も肌も、人生も曲がり角を過ぎているよ」「ほっといてよ」
「こらこら、仲間割れしてもしかたがないだろう。敵は目の前だぞ」
「もともと、仲間じゃないもん」
「敵ねえ。あたしたち、何も悪いことしていないよ。敵って言われてもねえ」
「あっ、母さんが手を振っている」「あたしのママはどこかしら?」
「息子よ。瞼の母は、ここにいるよ」
「あんた、ひとりもんじゃなかったの?」
「あたしにだって参加させてよ」
「それより、あたし、アイドルになったみたい、えーい」
「いつもカラオケでは二人きりだもんね、興奮するよ」
「一人がテーブルの上、一人が椅子に座って、応援だもん」
「何を呑気なことを。そんな状況じゃないだろう」
「じゃあ、どんな状況なの」
「日本は、平和な国だ」
「俺たちは、その平和に甘んじた、内なる国だ」
「外がぼけてりゃ、内もぼけるよ」
すくらんぶる交差点(13)