赤子の泣く街

草片文庫(くさびらぶんこ)

赤子の泣く街

幻想系小説です。縦書きでお読みください。

高い丘があり、そこに町がある。私はそこに向かって車を走らせていた。その町に自分の居場所を見つけることが出来る保証は全くないが、なぜかからだがそうしろと要求してきて、むやみに車を飛ばした。
 丘のふもとにはかさかさに乾ききった雑木の繁みが続いている。
 舗装されていない道を半分ほど登ったところで、道の脇に泉があるのが目にとまった。車を止めると、咽の渇きが意識にのぼってきた。車を降りて、泉の脇にいくと、泉の辺に白い茸がいくつか押し黙って、私を見ている。泉の水は澄んでいる。水底の砂の中から綺麗な水がぽこぽこと湧き出している。私はかがんで手を差し出し、水をすくおうとした時、その手をぎざぎざのついた羊歯の葉がなぜさすった。羊歯は私の変形した爪に嫉妬をしたのである。羊歯は動き回る動物になれなかったことを悔やんでいる。それでも、風の力を借りて歯を動かし、まわりの者たちと擦れ合うことが出来る。それに引き換え、茸たちはあくまでも茸である。生えたらそこで朽ちるまで生きている。
 私が水の中に手を入れると、苔が水の音に驚いて中から這い上がってきた。岩陰に身を隠しこちらをうかがっている。苔は動くことができる。
 水は旨かった。炭酸をほど良く含み、舌や口の粘膜を刺激する。咽を潤した私は車に戻り、丘の町を目指して自動スイッチを入れた。私も年をとった。長い旅はからだにズンとこたえている。早く永住のできる地を見つけなければと思う。今行く町はどうだかわからないが、そういう場所がどこかにあるだろう。
 丘の上に出るには思ったより険しい道を通らなければならなかった。しばらく車を飛ばすと、道の幅は狭くなり、車は通れず、降りるしかなくなった。しかし、丘の上まで歩いても差ほど時間はかからないだろう。大木が立ち並ぶ狭い道を登っていくと、木立が風に吹かれてぼそぼそ音を立てている。林の木々が古くなり、かしこで折れていく音なのかもしれない。
 丘の上は見晴らしが良く、遠く山々が白い雲を頂にいだいてそそり立つのが見えた。眼下には枯れ木の間から私の車の赤い屋根がちらちらと見え隠れする。丘に広がる町はかなり広そうで、とても一日で歩いては回れそうにない。どこかで車でも借りることが出来ればよいのだが、と思いながら町に入った。家々は赤や青のスレートの屋根を持った小さなおとぎの国に出てくるような建物で、石畳の道に沿って建っている。メインストリートらしき道を歩いていったが、人は全く外に出ていない。どのような住人がいるのやら皆目想像がつかないが、凶暴な連中でないことは家々の可愛らしさからも想像がつく。ところが、何か落ち着かない。木が植えられていないためかもしれないが、緑という色が全くなかった。家にもどこにも緑色が使われていないのである。
 とある、赤い門柱のある家の前を通った時である。赤い屋根の家の中で赤子が激しく泣きはじめた。あまりの声の大きさに一瞬びっくりして立ち止まった。初めての人の声が赤子の鳴き声であった。人がいるんだという安堵感もあったと思うが、何かほっとするものであった。
誰か出てきてくれないかと窓を覗き込みながら通り過ぎた。窓からは何も見えない。次の白い家は、前の家とちょっと違った。屋根は尖っていて、一見昔の教会のような風貌であった。門の前を通った時である。またその家の中から赤子の声が耳をつらぬいた。頭の中で先に通り過ぎた家の赤子の声とつながって頭に突き刺さった。
それだけではなかった。通りに面した家の前を通り過ぎようとすると、必ず赤子が大きな声で泣き始めた。まるで私の足音が家の中で寝ていた赤子を起こしてしまったような奇妙な一致であった。すべての家でそれが起こったことは、わたしは息苦しいような、街に拒絶されているような気持になった。さらに、耳の中に赤子の泣く声が残り、それが重なり、「おぎゃあ」ではなく、「ぎゃあ」とか「があ」とか聞こえるようになってきた。
 私の歩みは自然と速くなった。ところがそれを追いかけるように赤子の泣く声も大きくなっていった。そういえば、ここの家々には車庫がない。車を一台も見かけていない。そればかりか、人が出てこない。
 車のところに戻ろうかと、思い始めた時、一軒の家から白いひげをたくわえた老人がでてきて、隣の家の入り口の戸をたたいた。二三度叩いた時に、私が歩いていくのに気が付いた。すると、緑色の目を見開いて、あわてて自分の家に戻り中に入った。その家からは赤子の泣く声はなかった。感じのいい町ではあったが、私を気持ちよく迎えてくれてはいないようである。そういえば老人の眼は緑だった。やっとこの町で緑色に出会えた。
 一度ここの住人と話をしてみたいものである。私も長い間旅をしてきていろいろな住人に会った。彼らはそれぞれの思惑で自らの規則を作り黙々と暮らしていた。この町の住人もそうなのであろう。そこに何があるのか、話してみなければ分からない。
 私は老人が戻った家の戸をノックした。この家は石でできていた。柔らかそうな石であまり冷たさがない。音はあまりひびかない。家の中からの反応はない。私はノックを続けた。中に人がいることは確かである。
そんな時、隣の家の二階の窓が突然開いた。私が見ると、黒い包みが高々と放り出され、私の立っている後ろにどさりと落ちた。それに気がとられていると、老人が戸を開けて飛び出してくると、その包みを拾い上げて、再び家の中に飛び込んだ。老人にしては余りにも俊敏で、私が声をかける暇もなかった。
私が、あっけにとられていると、その家の中からいきなり赤子の泣き声が聞こえてきた。
「おぎゃあ」、それは生れたばかりのような、すなわち産声のようにも聞こえた。
私はもう一度戸を叩いた。今度はそれを待ってたかのように、家の中から「はい」という返事が返ってきて、戸が開いた。白いひげの老人がにこやかな顔ででてきた。
「いらっしゃいまし」
老人の緑色の目が私を見た。
「どうぞ中へ」老人は手招きをした。
この一変した様子に私は戸惑わずにはいれられなかった。中に入っていいのだろうか。
 また、「どうぞ」という老人の声に、私はその家の中に入った。玄関は靴が一つ置いてあるだけで、絵がかかっているわけでも、傘立てが置いてあるわけでもない。
 案内された部屋はこじんまりした居間らしき空間である。壁は白く、床も白いタイルで出来ており、殺風景ではあった。窓もない。ただ、採光にはかなりの工夫がしてあるらしく、天井の電気が燈されていないにもかかわらず、日の光が満遍なく天井から差し込んでいる。天井に何らかの細工がしてあるようである。なんと、床には穴がいくつも開けてあり、水が染み出している。
 部屋の一つの壁際に黒い布で出来たハンモックがつるされていた。
 ハンモックの上では黒い布に包まれた赤子が目をパッチリと開けてこちらを見ていた。
 「お孫さんですか」
 私が老人に尋ねると、老人は一瞬困ったような顔になって、ハンモックに近寄ると、赤子のほっぺたをつねった。
 赤子はつんざくような声で泣き始めた。私には何が起きたのか理解できなかった。赤子のほっぺたが赤くなっている。
 私の聞いたことがいけなかったのだろうか。私が押し黙ってしまっていると、老人が言った。
 「お客人、どこからおいでなすったかな」
 老人の緑色の目が食い入るように私の顔を見た。
 「第四の島からだが」
 老人は短い手をちょっと持ち上げた。
 「ぬくい島から、わざわざこの寒いところまで来るとは、大変なことですな」
 「良くそういわれるが、この第三の島が一番住みよいように思われる、水はいいし、私は最後をこの島で送ろうと思っている」
 「そうですかな、じゃが、いいところがないと思いますがな」
 「このあたりはどうです」
 老人はそれを聞くと、首を横に振った。
 「とんでもない、ここは未開の地です、あなたのような高度な方が住める場所などありますまいな」
 老人は何か気を張っているようであった。私は足の疲れを覚え、椅子がないか周りを見た。それを察したかのように、老人は
 「お客人、どうぞ楽にしてください、わしも楽にしますで」
 と、床の穴の空いているところにやってくると、茶色の上っ張りの下から白い管を伸ばし、穴の中の水の中に差し入れた。空気根である。
 私は赤子の泣くこの町の出来事を理解することがやっと出来た。この町の住人はまだ植物の形態を捨て切れていないのだ。
 私が驚いているのを見て、老人はあわてて根を引上げると、
 「こりゃ失礼、失礼、全く失礼しましたな」と言った。
 「いや、どうぞ、気を使わないでください」
 私は首を横に振った。彼に根を出すように勧めると、老人は、
 「年をとると動物体でいるのは疲れましてな、遠慮しないでそうさせていただこう」
 そういいながら、再び、服の間から根を生やした。
 「お客人、我々は、旅の人など受け入れる余裕がない、許していただきたい」
 「いえ、それより、赤子はどうなされたので」と私がたずねると、
 「これは隣の子供でな、わしには子供がいないので借りたんですわ」
 隣の家の窓から放り出されたのは赤子のようである。乱暴なことをするものである。
 「少しはな、動物らしく赤子が泣く町にしなければいかんといわれてましてな」
 老人は少し悲しそうな顔をした。
 私は赤子の泣く意味がなんとなくわかるような気がした。
 植物から変化した彼らは完全な動物体になっていない。それを恥じている。彼らはなんとかして、町を訪れる者たちに、自分たちが動き回ることのできる生命であることを印象づけたいと考えたのであろう。しかし、あの機敏な老人の動きを見ると、そんな心配は要らないはずなのに不思議である。
 「植物のままではいけないのですか」
 私はついきついことを口に出してしまった。老人は目を吊り上げるようにして私にくってかかった。
 「なにをおっしゃいます、我々はもう動物体なのです、植物ではない」
 私は答えようとは思わなかった。
 彼らの家の前を通ると、赤子がつねられ、泣き声が道に充満する、これも、生命の歴史が物語る不平等からきているのである。
 植物体は動物体が生きる補助者として扱われ、動物体はみずらの手で放射能に犯され、滅んだ。植物体は放射能の力で、動物体の形に変わった。しかし、過去の知識を持っていた植物体にとって、動物体の動きはとても魅力的で、そうありたいと願っていたのであろう。泣き声を上げる子供は彼らにとって、動物として生まれ変わったことの象徴でもあり、証でもあったのだろう。
 この町の住民たちは、元はマングローブであったようだ。
 私は言った。
 「私はいきます、腰を落ち着けるところを探しにいきます」
 老人は何も言わなかった。なにを感じたのだろうか、動物になりきれない彼らの気持を推し量ることはできない。
 私は外に出た。老人の何か満足をしない顔が目に残っている。もしかすると、動物体になったことを誇りに思うのではなく、むしろ、植物であったほうがよかったと思うところがあるのかもしれない。それを払拭するために、意識して動物体になろうとしているのかもしれないのである。植物の感覚が残っているとすると、非常にナイーブな、静かな動物なのだろう。
 通りに出て、今きた道を戻ることにした。家々の前で、赤子の泣き声がする。どこかで住人が私の通り過ぎるのを監視しているのだ。歓迎の意味であることはわかったが、何かしっくりとこないものを感じていた。
 赤子が泣くことがなぜ動物の証なのか。私にはまだ理解できない。
 私はため息をつきながら車のところまで戻った。
 車は緑色の苔たちに覆われていた。
 「しっ、しっ」
 私は苔を手で追い払った。苔たちはぞろぞろと、車から降り、逃げていく。赤い車体が現れた。
 私は車に乗り込むと、「次はお前に任せる」と言って、キイを差し込み回した。
 車は勢い良く走り出し、丘の町を後にした。道を元に戻り、違う方向の道に入った。正面に大きな山々がそそり立つ。車はそちらに向かう道を選び、人の住むところを探して走ることになるだろう。私はただ、周りの景色を見ていればいいのである。
 その道の周りは田んぼが広がっていた。稲はもう生えていない、きっと動物体になってどこかで町をつくっているのであろう。
 かなり長い時間走ってやっとのことで山のふもとに着いた。そこから山の頂上に向かって道が伸びていた。ここから町の様子が見えないのは、反対側の中腹か頂上付近に町が開拓されているからであろう。
山には木が残っていた。車を走らせていると、時々、木がしなってきて、車の通るのを邪魔をする。そのたびに車から強い刺激を持つ水が噴射された。植物の嫌う物質が入っている。木として残っていても、半分動物体になっている。彼らの中に脳が生まれ、神経が生まれ、筋肉が生じている。だから、からだを折り曲げてのぞくように、車にせまってくる。
 車がのぼっていくと、やはり町が広がっていた。日当たりの良い気持の落ち着く街である。私は車を止めた。
 「良さそうな町じゃないか」私はつぶやいた。聞いていたのは車だけである。
 覚悟をしたほうがいいだろう、ここに決めよう、車に片手を上げて、「ありがとう」と言った。車は私の様子を見ると、自分でキーを回し、エンジンをかけた。
 ゆっくりと走り出した車は来た道を降りていく。
 新しい自分の乗り手を探し出すのだろう。私がこの島に来た時と同じように、この島に来た時、あの赤い車がすーっとよって来たのである。
 私は道路から町に向かって歩いた。町は先程の丘の町ほど綺麗な家並みではなかった。珍しく木で作られた家が立ち並んでいる。木の家はあまり持たない。しかし、気持ちのよい空間を作ってくれる。自分の仲間の遺骸で作るので嫌がるものもいる。動物なら骨で作った家ということになる。だが、動物だって皮を利用したりしていた。私は木で作った家は好きである。
 町の中には小さな車が走っていた。乗っている人たちの表情は明るかった。顔の脇から稲穂が延びている老人が歩いてきた。私に会釈をして、「随分立派な動物体をしてますな」
と言った。私が微笑むと、「わしゃ、穂を実らせニャ、何となく生きた心地がしないんだ」そう言って、歩いていった。植物である事を恥じていない。どうやら、稲から動物体に変わった人たちのようである。
 町の中心部に行くと、子供たちがやはり頭の上に稲の穂を付けて遊んでいた。
 「おじさん、どこから来たの」と聞いてきた。
 「第四の島から来たんだ」
 「凄い、あの島の人たちは、完璧な動物体だって、学校の先生が言っていた、おじさんには穂がないもんね」
 「ははは、そうかな」
 子供たちは明るかった。
 「植物は嫌いかい」
 「大好きだよ、でも、本当の植物はなくなってしまったものね」
 「そうだね」
 私はその場を離れた。町の中でも高台の見晴らしの良い場所があった。見渡す限り、枯れた木で出来た森か、緑色のところがあるが、木はざわざわと動いていた。歩くことの出来ない動く木になっていたのである。これもみな、動物たちが作った放射能のせいである。
 さーあ、終わりにしよう、随分疲れた。第四の島と呼ばれる大地には、植物からほぼ完璧に近い動物体になった人たちが住んでいる。しかし、動物体でいるのには気を張っていなければならない。気を緩めると体の横から根が出たり、つぼみが開きそうになったりする。疲れることである。
 ここは日当たりが良く、風通しも良い。何よりも土の質がよさそうである。
 私は動物体を終わらせるつもりである。元に戻るのである。植物体として死ぬことになるのである。そう思ったとたん、ガクッと力が抜けてきた。私は土の上で足を踏ん張った。足は土の中に伸びていった。根となった。根は水を吸った。私の気持ちは緑色になった。手が伸び胴が伸び、首が伸びた。私は大きな木になって、目を失い耳を失い鼻を失い舌を失った。しかし、風の色、におい、味、音、感触全てを感じることができるようになった。植物は体全体に全ての感覚を捕らえる仕組みがあるのである。私はのびのびとした。ゆったりと地に立ち、動物のようにこせこせと歩き回らずに、何百年も生きて、生を楽しむのだ。
 しかも、来年は綺麗な花を咲かせよう。私は桜の木だ。
 西暦五万三千二百九十九年、五百三十二世紀の終わりの年である。

赤子の泣く街

赤子の泣く街

一つの街についた。人が通らない。家の前を通ると必ず赤子の泣く声が聞こえる。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-06-14

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted