恋と雨
ぬらぬらと、照るのは、チキンソテーの、チキンの皮、こんがりと、焼けたそこに、ナイフを、おもむろにいれる、きみの、真珠貝のイヤリングが、揺れたとき、わたしのくちのなかで、オレンジサイダーが、ぱちぱちっと弾けて、ああ、そうだ、恋に落ちる瞬間というのは、こういう感覚だったかなと、ひとり頷いた。
魔女になりたかった、わたしたち。
庭に咲いた、紫色の花の、花弁を、すりつぶし、水とまぜて、いかにも、魔女が作りそうな、あやしい液体を、嬉々として作っていたのが、小学生のときで、その頃の、わたしたちは、恋の、こ、の字も、知らなかったし、まいにち、ふたりで、魔女の真似事をしているのが、最高に楽しかった。(今でこそ、真似事、と言えるが、当時は、本気で、魔女になりたかったし、修行をすれば、いつか、なれると思っていた)
わたしたちは、いつも、ふたりだった。
花柄よりも、黒い服を好んだ。
野草や野花で、さまざまな薬を作った。
呪文や魔法陣を、ひみつのノートに書き綴った。
ほうきにまたがり、空を飛ぶ練習を、した。
学校の、クラスの女の子たちの、何人かに、初恋、というものが、芽生え始めた頃だ。そのときのわたしたちは、男の子、という生きものが、きらいだった。うるさいし、ばかみたいなことばかりいうし、すぐに汚すから、かかわらないようにしていた。
(そういえば、ふたりで、グラウンドのかたすみで、考えたばかりの魔法陣を描いていたときに、男の子にすごく、ばかにされて、きみは、泣いていたっけ)
ひとくち大に切り分けた、チキンソテーを、きみが、食べている様子を、盗み見る。
あごを動かし、噛んで、味わっている、きみの、赤いくちびるが、油に濡れて、光る。
これこそ、ぬらぬらしている、と思いながら、わたしは、グラタンのマカロニに、フォークを刺す。
魔女になりたかったわたしたちは、やがて、恋を覚えて、ただの女の子に、なった。
初恋は、きみの方が、早かったね。
わたしは、きみが、忌み嫌っていた男の子のことを、好きになって、ショックだったけれど、同時に、わたしを襲った、胸の痛み、わたし以外の誰かに、きみの視線が、心が、向けられているとわかったときの、ずきずきする痛みが、わたしの、初恋の自覚であり、初恋のおわりだった。恋とは、あっけなくおわるものだと、学んだ。十才の、初夏。
(そう、ちょうど、今日のように、雨がしとしと、降っている日だった)
マカロニをほおばりながら、窓の外を見やる。
チキンソテーに添えてあった、半月型のフライドポテトに、フォークを突き立て、きみが、まいにち雨ばかりで憂鬱ね、と呟く。
わたしは、そうだね、と答えて、くちのなかでぐちゃぐちゃに、やわらかくなったマカロニを、ごくんと飲み込んだ。
恋と雨