風見鶏の目玉はガラス色

ふるとり あすか 作

なんとも言えない雰囲気をお楽しみください。小説家になろう、カクヨム、セルバンテスでも掲載中です。

風見鶏の目玉はガラス色

 そのころ家には二匹の猫と、私と、お手伝いさんと、竜の死体しかなかった。
 お手伝いさんは毎日屋上で洗濯物を干してくれた。風見鶏がからから笑う横で、いつも実にきまじめに洋服を干した。私の服は皺ひとつない状態で、クローゼットに仕舞われる。
 二匹の猫のうち、一匹はからすみたいに真っ黒な毛並みをしていた。そいつはまたからすみたいなやつで、光り物が大好きだった。風見鶏の目玉も、こいつにほじくりだされて、排水溝に転げて消えた。猫はもう一匹いたけれど、そいつはめったに姿を見せなかった。だからか、私もお手伝いさんも、その猫がいたことは知っていても、そいつがどんな色をしていたのか、分からなかった。忘れてしまったのではなく、思い出せないのだ。
 私は毎日本を読んだ。一日一冊までと決めていた。猫がひだまりにうたた寝するように、私は物語の中をうとうとと漂っていた。竜の死体も、そんな航海の途中で拾ってきたものだ。
 その死体は、美しかった。肉が腐り落ちて、床に積もった鱗と、骨だけになっていた。鱗はうすく磨いた水晶のように透き通っていて、骨は恐怖するほどに立派だった。
 私は死体を書斎のまんなかに置いた。そこが相応しいように思えたから。
 お手伝いさんは死体を気味悪がって、書斎を掃除してくれなくなった。竜の死体が来たときから、私の部屋に埃はたまるいっぽうだ。死体だけはいつもつやつやとしていて、まるで書斎から精気をすいとっているみたいだと、私は思った。
「それにしても不思議ですね。からすがあのピカピカの鱗に興味を示さないなんて」
 お手伝いさんは、いたずら猫のことをその色のままにからすと呼んだ。からすはよく私の書斎に入ってきて、本棚の上の埃をひととおり蹴散らして去っていくのだが、一度も鱗に手をつけたことがなかった。あれであの猫は賢いのだ。触れていいものと良くないものとが分かっている。
 私が軽く咳をすると、お手伝いさんは顔をしかめた。
「風邪ですか? それとも部屋の埃のせいかしら。でも私、あの部屋だけは、掃除することはできませんよ」
「大丈夫、ただの夏風邪よ」
 日はゆっくりと短くなっていった。庭の植物は荒れ果て、いたずら猫も私のそばでおとなしくしていることが多くなった。燭台に火をともすのも億劫で、私は暖炉のあかりで本を読んだ。
 お手伝いさんは、めっきりその姿を見せなくなった。相変わらずきちんとたたまれた服が洋服戸棚に入っていたが、その気配を感じることは、だんだん少なくなっていった。
 かわりに、居るのかどうかさえ怪しかったもう一匹の猫が、姿を見せるようになった。そいつの毛並みは、霧のように曖昧な白だった。その猫が歩くと、背後にゆらりとした冷気のようなものが尾を引いた。緑色の、人間みたいな目をして、時折なにか考えるようにこちらを見た。不思議な猫だった。
 竜の死体は相変わらず威風堂々とした佇まいで、書斎の中央に鎮座していた。冬の西日がなめるようにその骨を照らすと、一瞬かつての竜の威容が浮かび上がる気がした。冬は寒いので書斎で本を読むことはないに等しかったが、たまにからす猫と一緒に竜を見にいくと、彼はいつも私たちを静かに迎えてくれた。
「綺麗だねー、猫」
「にゃー」
 からすが眠たげにないて顔を洗った。ふと気づくと足元に白猫が座っていた。そいつはまた、不思議な霧を残して、竜の向こう側に消えていった。
 お手伝いさんの気配はもうしなかった。きっと実家に帰ってしまったのだろう。荒野をひとりで歩いていくお手伝いさんの姿が、ぼんやり心に浮かんで消えた。
 からすがなぁとないて腕からすべり落ちた。かつての俊敏な仕草は影をひそめ、猫は気怠そうに竜に近づいていく。
「あ」
 竜が素早く首をのばして、からすをひと呑みにしてしまった。
 気づくと白猫が、竜のそばで笑っていた。

風見鶏の目玉はガラス色

風見鶏の目玉はガラス色

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-06-13

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