全自動侮蔑機械。
『今日は仕事で嫌な事があった、いくつかのヘマもしてしまった、明日こそ満足のいく結果が出せるといいな、こんなことじゃ万年平社員だ』
眠りについた男は、奇妙なヘルメットを頭に装着していた。それは近頃巷ではやりの、夢見る機械だ。
『単なる夢を見る機械ではなくて、自分の願望を表してくれる機械、これで僕にも夢や希望が見られるか』
男は安心してベッドで眠りについた。アパート下層階だ。
男が靄に包まれた。男は思った。
“あ、これは眠ったな”
どこまでも広い荒野と、遠くには連なる山脈と、近くには村落と城が見える。少しいけば水や食べ物にありつける。手のひらで胸元をまさぐると、着物を着た彼の胸元からきんちゃく袋がでてきて、金がころころところがりおちた。おっと、と拾い上げると、景色はちがって田園風景がひろがっていた。
“なるほどなあ、こんな風に行きたい場所に瞬時に移動できるんだな”
男の周りに歓声があがった、子供たちが凧揚げをして遊んでいる。古き良き時代の風景か?やがて、遠くから音がしてきたので、そちらの方に耳と目をそらすと、回りで畑仕事をしていた老人たちもみなそちらをみた。凧揚げをしていた子供たちも男のそばによってきて、おじちゃん、あれなあに、と尋ね始める始末だった。音だけがする、その向こうが靄がかかってみえない。特段寒いわけでも、湿気を感じるわけでもない。ただ音のする方向だけが景色があいまいに存在している。
ゴゴゴオ と、夢の中で響く音に耳を澄ませた。どこかから異文化のきめ細やかな渦巻き模様の装束をまとった、行商人が荷車を引いてやってきた。馬や他のつれもなく、重そうな荷物を一人で運んでいるようだ。
『ちょっと、そちらさん、おひとりで?』
『はい?あっしは、一人です、それともあなた私になにかご入用で?』
たしかに、用はある、なぜならこの夢の中での出来事は、全て自分の思いによって描かれた私の希望であるはずだ。と男は思った。そこでそのあたりを相手に尋ねると、相手は偉く長い話しとともに、ひとつの装置を男にみせつけた。
『これは何ですか?』
『これは“全自動侮蔑装置”ですよ』
男が見ると行商人の手の中にあるのは、どこからどうみてもそれは現代のレジスターだ。スーパーやコンビニでよく見かける多きな奴だ。
『これは何のために使うんだ?』
『まあ、これは自分の代わりに自分の憎き相手を侮蔑してくれる機械なんですよ、ほら皆腹の底にたまっている事や思いはあるものでしょう、ですが現代人は皆そんなものを軽々しく表に表す事はできない、ですがこれは、かわりにそれを言ってくれる、ほあら近頃皆忙しいから、男のプライドというやつだってどこかにいってしまった、ならほらこれですよ、プライドの代わりにもつ事のできるのは、意地悪い腐った根性くらいのものです』
その男の口ぶりが面白くで、わけもわからずそれを金貨一つと交換してもらった。日が暮れはじめていたので、どこともなく男は帰路につく、なぜだか遠くの西洋の城の方に、自分の居場所がある気がした。
その間にも男はその器械をいじくりまわした。自分が言いたかった現実の他者への不満が勝手に口にだされる。
『○○さんは口がわるい』
『○○さんは効率が悪い』
『○○さんは人の仕事に口をだして仕事をしない』
なるほどそれはレジスターにそっくりの機械だった。それもはるかに有能だった。男は思う、目覚めるまでに何度となくその思いをめぐらした。
《ああ、これが巷ではやりの、“全自動侮蔑機械”か、まさか夢の中にまで、コマーシャルにやってくるとはね》
全自動侮蔑機械。