Mariaの日記 -14-

あいす 作

Mariaの日記 -14-

 帰りの車中、真理子は課長に謝罪した。

「あの……先程は暴力に訴えようとしてすみませんでした……」

「ああ、雨山との喧嘩ね。間一髪で止められて良かったよ」

 課長は軽く笑った後、真理子を宥める様に話しかけた。

「なんで雨山は大路さんを目の敵にするんだろうなぁ……可愛い女の子なのに」

 可愛いという言葉に、真理子は頬が熱くなるような感覚を覚えた。

「そ、そんな……私なんて、もうオバサンです」

「ははは、大路さんがオバサンなら私なんてオジイサンだよ」

 少々の沈黙の後、真理子は課長に話しかけた。

「私が頭に来たのは馬鹿にされたからってのもあるんですが、雨山さんが自分の努力で昇進したかのような態度なのが腹立たしかったんです」

「あーまあね、ヤツの昇進は大路さんから離す為の工作だからね……」

「それなのに偉そうに調子付いて! ブログのことも惚けてたし!!」

 真理子は雨山の態度を思い出して言葉を荒げてしまい、課長に制された。

「まぁまぁ、落ち着いて」

「あっ! すみません……」

「当の雨山は真実を知らないのだから調子付くのは仕方が無い事だよ。でもね、能力不足なのに分不相応な地位に着けば必ず落ちる時が来るから。卑劣な手段で得た地位なんて長続きしない。そう見込んでの決定だから」

「……はい」

 課長の教えに真理子は納得し、心に平穏を取り戻した。



Mariaの日記 閉鎖

 深夜。
 ブログ主はパソコンの電源を入れる。
 間接照明だけの薄暗いリビングの中でモニターがボンヤリと灯る。

「終了だよ、大路さん」

 ブログ主は呟き、画面内のアイコンをクリックした。

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 翌朝。
 真理子は「Mariaの日記」を確認しようとスマートフォンを手に取った。

「えっ」

 異変に気付き、真理子は息を飲む。
 「Mariaの日記」は閉鎖されていた。お気に入りに登録していたのだからアドレスに間違いは無い。
 何度クリックしても出てくる文字を、真理子は声にしてみた。

「ページを表示できません……」

 真理子は解釈する。ブログ主である雨山は、真理子が皆の前でブログの話を持ち出したから発覚を恐れて即座に消したのだろうと。
 「Mariaの日記」は閉鎖された。
 そして今日から、職場に雨山は居ない。
 真理子がボンヤリしていると手元のスマートフォンが鳴った。課長の車がアパート前に到着した合図だ。
 昨日の帰り道、念の為に数日は送迎を続けると課長から申し出があったのだ。

――あと数日は一緒に通勤できる。でもその後は……。


 今日から雨山が職場にいない。それはとても真理子にとって快適であった。
 雨山が居ないことで特に処理に困るような事態なども起きず平穏に一日は終了した。
 真理子は帰り支度をしながら思う。職場における雨山の存在など、その程度のモノなのだと。

――そんなヤツに罵られていたかと思うと本当に腹立たしいわ!

 帰りの車中。
 真理子は嬉々とした声で課長に話しかけた。

「雨山さんが居なくなっても業務に支障が無くて良かったです!」

「まぁね、営業先には後任の挨拶も済ませてあったからね……それより異動先で上手くやってくれるかどうか……少し不安です」

 少しの間を置き、課長が話を切り出した。

「実は話があるんだけど……少し時間良いかな?」



 真理子は、単身用アパートに相応のユニットバスに不満を感じていた。
 どんなに掃除しても劣化による汚れは不潔に見えて憂鬱であり、狭い浴槽は体を伸ばすこともままならない。
 だが、今日の真理子は楽しげに鼻歌交じりで入浴をしていた。
 課長からの改まっての話とは、結婚を前提とした交際の申し込みであった。
 大手企業の課長職を務めている男となれば、真理子にとっては玉の輿とも思えるほどの幸運。増してや思い焦がれていた相手。
 舞い上がり有頂天となるのは当然のことだ。

「Mariaの日記に感謝すべきかもしれないわね」

 真理子は呟いてから声を立てて笑った。
 「Mariaの日記」とは自分を幸福に導く為の切欠であったのだと。
 そんな風に思えてしまうほど幸運を感じていた。これまでの様々な事件や伴う苦痛を忘れるほどに。



 数日後。
 雨山が事務所に来た。
 以前の真理子なら、雨山の顔を見た途端に眉間にしわを寄せたであろう。雨山など同じ空気を吸うことすら苦痛な相手だったのだから。
 だが現在の真理子にとって雨山とは、幸運を運んでくれた「モノ」だ。
 雨山など「Mariaの日記」で鬱憤を晴らしていた哀れな負け犬でしかない。真理子は同情の念すら覚えた。
 ミーティングルームで打ち合わせをする課長と雨山、そして雨山からの仕事を引き継いだ社員も同席していた。
 真理子はコーヒーを出しながら打ち合わせの内容に聞き耳を立てた。どうやら引き継ぎにミスがあり、雨山が呼び出されたらしい。

――課長の言ったとおりだわ、分不相応な地位に着けばボロが出る。長続きなんてしない。

 真理子は内心、ほくそ笑んだ。

Mariaの日記 -14-

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  • 小説
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  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-06-08

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