三題噺「花粉」「メイク」「占い」
私の手元には一冊の本がある。
『365日で運命の人と両想いになれる指示書本』
占いなど一切信じていなかった私は今、それにハマっている。
初めは軽い気持ちだった。
指定される指示をこなせば彼氏ができるなんて胡散臭いにもほどがある。
しかも最初の指示が『夜中に30分間奇声をあげ続ける』なんてふざけたものだ。
それじゃあ、逆に全部こなしてインチキだということを証明してやろうじゃないかと、半ば勢いで始めてしまったのだ。
そして気付けば、職務質問の警察官を撒くのが朝飯前となっていた自分がいた。
指示は『全身白タイツで近所を一周する』なんて恥ずかしいものから、『山から木を一本切ってくる』なんて体力勝負なものまで、どれも凶悪な罰ゲームにしか思えないものばかりだった。
中でも『蜜蜂から蜂蜜を採取する』という指示の時には、刺されて命を落としてしまう危険性もあった。
笑い話なのはその際、心配をかけないよう自宅に残してきた置き手紙が遺書と勘違いされてしまったことだ。
娘の葬式会場に、当の本人が全身を花粉まみれにして現れた時の両親の唖然とした顔は、今でも忘れられない。
そんな指示をこなす生活を送っていたある日、私に好きな人が出来た。
半年前に両親の友人という方から息子さんを紹介され、そこで一目惚れしたのだ。
お互い忙しくて会えないことも多いけれど、ここまでは比較的順調に仲良くなれていると思う。
彼は私の運命の人なのだろうか。それだけが気がかりだった。
そして、ついに私は365日目の指示書を開けた。
『すっぴんで100人の異性に手当り次第求婚する』
よりによって最後の指示がこれだ。私は愕然とした。
何故ならノーメイクの私は、これでもかというくらい醜いからだ。
そのせいで私は今まで辛い思いをしてきた。
指示書本にハマったのも、もしかしたらそんな人生を変えたかったからなのかもしれない。
ともあれ、私は彼と出会わないことを祈りながら早速指示に従うのだった。
街はざわめいていた。その理由は道の真ん中で求婚する、異様な顔の女性だ。
「結婚してください!」
これで97人目。失敗。
規格外のブスに求婚されたサラリーマンが、悲鳴をあげて涙目で逃げ去っていく。
そこまで酷い顔なのかと、私は改めて実感させられていた。
ここまで凶悪な指示を数多くこなしてきた自分に対して強い自信があった。
今の私なら1人や2人応じてくれる人がいるかもしれないという淡い期待もあった。
しかし、今まで求婚した相手は全て私の顔を見るなり化け物を見たかのように走り去っていく。
さすがの私でも心が折れる。
知らず知らずのうちに私は泣いていた。
「結婚してください! 結婚してください!」
98人目と99人目。失敗。
涙でぐしゃぐしゃの見るに堪えない顔で求婚された若者二人が、腰を抜かしながら這って逃げていく。
もはや彼女に近付こうとする人間はいなかった。
ああ、私はもはや化け物なのだ。
今まで対人の指示がなかったから気付いていなかっただけで、私には人並みの幸せを手に入れることなど出来なかったのだ。
彼女はそんな醜い顔を手で覆い隠すと、その場に泣き崩れた。
誰かが近づいてくる。
指の隙間から男物の革靴が見える。
もうどうだっていい。どうせ最後の一人だ。さっさと終わらせて家に帰ろう。
そう思って彼女は本日100回目のプロポーズをした。
「……結婚、してください……」
「……はい、喜んで」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
しかも、その声には聞き覚えがあった。
「…………え?」
そこには私の大好きな彼がいた。
街はざわめいていた。その理由は道の真ん中で抱き合う、異様な顔の男女の姿があったからだ。
化け物のような女性と、それに負けないほど醜い顔の男性。
その男性の手には、『365日で運命の人と両想いになれる指示書本』という本が握られていた。
三題噺「花粉」「メイク」「占い」