ついに、観念しましたね?

 サムライが悪夢をみた。
 
 それはいつか、打捨によって、無礼を働いた人間に対して、自分が行った名誉のための命をとした反撃だった。

 「切り捨て御免」

 武士の使える領主の地域、ある農民が、自分のことを口汚くののしる、幕府の犬だと、何もしらずに貶してくる、そのころ侍の住む近辺は農作物の不作に苦しんでいた。しかし侍はしっていた。この農民たちが、人身御供をいとわない人間だという事。

 武士は夢をみた。
 
 「ついに、ついに」

 別の夢だった、夢の中で相手が迫ってくる。ついに、ついに。その言葉が夜事近くなってきて、あとに続く言葉が耳元までせまる。春がすぎて、夏が過ぎて、秋がすぎる、冬が迫ったそのころに、冬にしか咲かない炉端の草木が実りを見せて、自分の生活のすぐ傍でさく。屋敷の中に使えるものたちが、自分の傍らで泣き、わめき、そしてあわてふためく。武士は己の仕える大名屋敷のすぐ傍を歩く夢をみた。
 武士は床に就いていた、もう長い事とこについていた。屋敷の中で、そして思い出したいことを夢を見るたび、思い出す。もう少し、もう少しで思い出せる。そこで自分の命は再び芽吹くのだろう。そうして花瓶にいれられた、なもなき者が描いた座敷の上座にある若い女の掛け軸を見る。あの絵には見覚えがある。うなされる悪夢で、いや、もっと前の頃だった。

 武士はまだ若く身分はなかった、腕がたつという事で、ある武士に魅入られ、そこで夜ごと訓練に励んだ。昼間は、火消としての地位をえて、輝かしい生活が保障された、ただ腕が立つというだけだった。

 しかし置いて来たものもあった、野盗として働いた仲間たちだ。いつか、野盗の身分さえもなく、ただ毎日を山にこもって自然と生活を共にしていたころがあった。そのころに、もう一人仲間がいた。それは小さな女だった。小さな女は、いつも自分の味方だった。けれどたった一度、女が自分に対して牙を向けたことがあった。
 
 「ついに、ついに観念しましたね!?」
 
 首をしめた女、なぜ彼女が自分の首をしめたか、思い出そうとしてわからなかった。その女は昔山でともに生きて、共に生活をともにしていた。食べ物を分け合い、喜怒哀楽もともにした。
 ある春のよく晴れた頃だった、人通りのない獣道で、女や盗賊と木々の間から無駄にこもれ日を浴びた。
 そしてあるとき、山の中腹にとろのえられた、山すその小さな村に近い道端でものごいをしていた。ぼーっとしていると、傍らにいた小さな女は、武士にいたずらになぐられたのだという。そのとき自分ははらがたって、女をかばった。しかし相手の侍は、カタナをぬいた。
 「生意気な!!」
 もう一人の武士、というより家来らしき人間が、子供だとわめいて武士をとめる。しかしそれが気に入らなくて、そのとき盗賊だった武士は、相手に向って石を投げ返した、それが新たな火種となることをわかっていた。あまりに武士が腹をたてているので、カタナはもうそこら中の木々をきりたおし、ついに家来の腹さえもきって、家来はのたうちまわっていた。
 石を投げる、投げれば投げる武士はがむちゃらにあたりに切りかかる、もう敵など、どこにいるかわからないほどだった。そこで野盗だった侍は叫んだ。
 「お前たちが始めた事だろう」
 自分はその武士に反撃にでた。武士をなぐり、そして最後には武士のカタナでその首をつきさした。野盗だった侍は、その地位にあるものを殺した事があったのだ。
 「やったぞ!!」
 喜んで背後をみる、野盗だった侍は、女の喜ぶ顔が見られるはずだった。けれど女は、顔をあからめ、おこっている、なぜだ?ときくと
「よくも、よくも」
 と怒っている、なぜだか今でもわからない、しかし私につかみかかり、死んだ武士の傍らで、女は侍をなぐり、反撃もせず逃げまどう侍に罵声をあびせながらおいかけまわした。侍は、野盗だったが情にあつかった、女のために、武士に一矢を報いたはずだった。

 「わたしの!!わたしの!!」

 逃げるだけの野盗だった侍をって、いつまでもいつまでも女はおってくる。仲間のために敵うちをしたのに、そこに法がなかったからか?。山の中、獣道、かきわけるのもやめて。ただ呻き声をたてて、もうへとへとになり観念してつかれきって、女がよってくるのをまった。ボロボロの衣服と、がりがりの体、自分たちには自分たちしか仲間がいなかった。ときおりやさしい人がさしだす食べ物と自分たちがやっと手に入れる草木や動物のほかには何もなかった。すべての諍いが終わりかけたとき、少女は自分の首を絞めてこういった。

 「ついに、ついに観念しましたね!!ついに!!わたしの、私の命です!!」

 女とそのころの侍は言葉をまだ、あまりよくしらなかった。だから本当に言いたかったことはわからない、ただ理解できるのは、女にとってその命をしとめる事は自分の使命だったのだ。そして、いつしか私が命を奪った、切り捨てた農民にとって、私は敵、そんな事をおもいつつ、暗くなる景色の中、侍はその命を終えたのだ。


  

ついに、観念しましたね?

ついに、観念しましたね?

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-06-05

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