正解者たち

 大宇宙を渡る銀河船はいくつもるが、銀河系の中にはもう縦横無尽に宇宙船がかけめぐる時代がきていた。ある宇宙船の後部には、ある箱に入れられた人工生物がいて、その容姿は人間の赤ん坊そのものだった。うずをまく頭の模様と、はえそろっていない髪の毛、そのかわりに大部分が合金でつくられていて、丈夫でなかなかそのままでも随分長く機能しそうだ。彼は透明な檻の中にいた。
 だれもがそこでは、幸福な一軒家と、近隣の人々とともに生活していて、長い宇宙航行生活のためには、それは自然なことだ。そしてその赤子のような子供は、アレンと名付けられていて、小さな水槽に水を浸した中にいれられていた。清潔な部屋と計器、電子書籍だけが彼の友人だ。彼は暇をもてあました、けれど人生は退屈ではなかった。なぜならいつも彼のもとには、人がたずねていくのだから。彼は初めからそのようにつくられ、第12地区にそなえつけられた、人工生命だった。人柱である。彼は人の内面の問題を支えるために存在する、この宇宙船の宗教だった。
 人々は暇があればアレンをみにいった。そして彼が回答すると、その彼の設計通り、彼は人々に安心を与えた。容姿と裏腹にとても正当で知的な言葉が、人々の生活の糧となった。
 「何かごそうだんでも?」
 「ええ、今日は隣人ともめごとが」
 アレンは人工生命で、人間よりも仲が良かった。この惑星間航行船“UL”は、長い暮らしの中で、いくつかの娯楽と、人々にひまつぶしを提供した。何しろ銀河系の端から端までいく船だ。1日ほどの猶予がある。それだけ猶予があるのなら、人間は暇を持てあます。様々な施設があって、カジノもあれば、図書館もあった。ネットカフェも備え付けなのだ。
 「アレン、今日も僕の話はうけなかったよ」
 「そうですか、ではここをこうするといいですよ」
 今日の夕方、アレンのテーブルのほかには、本棚の形をしたはこの上にある計器と、いくつもの機械的なケーブルしかない。ガラガラと手動で開くとびらがあいた、なによりも古い施設が、この扉である。
 「こんにちは」
 部屋の外から夕焼けににた色が差し込む。そうして相談にきたのは、教師だった。彼は昔ひどい大酒のみで、けれどこの船にのってから随分と健全な人間になった。それもアレンがいるからだ。宇宙航行船の中に住み着き、もうそれが第二の母星の様に過ごす人もいるが、この人もその一人だった。
 「アレンさん、お話をいいですか?」
 「大丈夫ですよ、今たずねてこられたのは、あなただけです」 
 しばらく談笑したり、愚痴の相手をつとめると、彼は気が住んだのか帰って行った。不倫の話、職場の話、アレンには興味がなかった。彼がきたのは第27地区の団地で、教師もそこに部屋をわりふられている。今でこそ、教師とはいいなかだ。アレンはたった一度だけ、彼に回答をもとめられて、詰まったことがあった。それだけが、アレンにとって、この宇宙船にのって案内や相談役をこなすうちでたった一度だけ恐れを抱いたときだった。それは今と同じ、ネクタイをした教師が、長いいくつもの排水管にもにたエレベーターにのって、第12地区のアレンの自室にまた、たずねてきたときだった。あのときは教師はひどくつかれきっていて、何かにひたすらに怒りをぶつけたいようだった。アレンはそのとき、その怒りが自分に向いている事がわかって、惑星航行船の中の安全装置と障壁を作動させるかまよったほどだ。けれど教師に“安心する薬”を飲ませると、教師はおちついたようだった。これは悪い薬ではなかった、地球で鎮静剤といわれていたもので、副作用も薄いものだ。鎮静剤がおわると、彼はつかれきって、ゆかにふしていた。
 「アレン、アレン、なんていうことだ、私はなぜ、アレン、私は、子供を教えている、君も子供だろう?君は本来、教えられる側じゃないのかな?」
 「……そ、れは、容姿上の問題です」
 そしてアレンは唇に親指を加え、もうひとひねり、“正確な回答”を話して聞かせた。
 「私は、生まれたときからこの航行船にいました、私は、人々が困ったときに寄り添うためだけにうまれました、それは私の使命であるけれど、僕の生れた目的ではありません、あなたもそうです、あなたは人の目的のために人の人生の初めに設定された存在ではない、私は今あなたが不満をためて、吐き出すために、あなたの為だけに生まれたわけではない、
 あなたが人に同じように束縛されるとき、あなたはそんな人の要求にこたえて、そんな人に人生をささげる意味などありません、そんな人にはいつだって、だれだって、“あなたの生れた目的、人生は、あなたが求める答えを、誰かに与え、求めるためだけには存在していない”と答えるべきでしょう」
 一見矛盾しているようで、矛盾はなかった。アレンの役目は一つだが、アレンの目的は、話さない場所にある。教師は呻って、2、3時間今と同じ場所にたっていた。時折また彼は同じ質問をしてくることがあるが、ただ考えているだけのようだ。

 何よりも誰も、なぜここでアレンが生まれ、アレンが人々を支えているのかをしらない、もう長い事、この宇宙船の設計者たる旧地球人とは、誰も交流できていないのだから。

正解者たち

正解者たち

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-06-04

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