星の呼吸。

  最近巷に余裕がないから、昔、星間交渉人が言った事を思い出す。最近では人が人を監視して、勝手にレッテルをはったり、自分の言い分だけを放つのが当たり前になって、一人勝ちのような感じで、一切の余裕が省かれている気がしている。私はもう大人になってあの頃のように色々な事に苦痛は感じなくなった。それは何より、私の中にこの話の断片が残っているからだろう。——あれからもう100年になる。増えていく人工、星は、酸素を奪い合っている。
「最近、異星人と交友を持たない人間に対して、酸素供給を減らすコロニーが多いらしい」
 母と父がいっている。
 私は追憶のそのしばらくまえ、この月の第二十三コロニーの立ち入り禁止区域に入ったことがあった。そこでは私には教師がいた。星と星との物資と、知識、文明を共有するための宇宙構成結社「YAU」の人間だという。職業と肩書は、“星間公証人”。彼はある問題を解決するために、そのフィールドワークにやってきたらしい、近頃世界がグローバル化して、異星人とのかかわりは増えた、彼がきたのも、そのためだろう。彼はいつも余裕しゃくしゃくで、私に、いつも余裕のある言葉をつかった。すらりとした長身は、月生れの人よりも身長がなかったけれど、とてもしっかりときまっていて、綺麗にあつられられたそのスーツは、シワが綺麗な流線形をえがいた。
 100年前、そのころの最近、最近ニュースで話題になっていたこと、その中で異星人と交流できない人間がいるという、この星の問題について彼は探りにきたらしい。彼は巷のニュースに過敏であるほど敏感で、時折心を痛めていた。そして、ひっきりなしにくちにする言葉の中には、母星の記憶と歴史がつづられていた。
「 青い星では、全ての人々が協力関係にあり、差別や、人の生活の効率などに人が介入しようとなどしていなかった、なぜならそうする事は、自分の立場や責任も、そんな“監視する事による安心”に甘んじてしまうからです けれど、滅びつつあるころには、その作用は逆に働いた、誰もが人の“何かをする途中”に文句や不満をいい、敵をつくって、毎日批判していた 」
 私は彼に、青い星の絵を描いてあげた。有刺鉄線をこえて、マンホールのすぐ傍に彼はいた。そこには人工樹林と国有地しかなかった、見上げる星は、薄紫色をした地球だった。彼は私に、安心するようにいって、この秘密を黙っていてくれた。きっと君は100年後も生きているだろうといって、余裕のない世界の事をなげいた。
 私には自信がなかった。私もそのころなるべく人とのかかわりをさけていたからだ。私の左腕はかけていた。修復までに二週間がかかる、けれど人の監視は鋭かった、惑星の人にも、外の世界にも色々いる、なにより息が苦しかったのは、そういう事を面白おかしく、断罪する人間がいる事だ。自分の事ならまだしも、自分の友達にまで文句をいわれることがあった。長く生きていて、生きている事より苦しいとおもったのは初めてだった。体のほとんどをサイボーグ化したが、神経と精神は、こういう“人からの束縛”になれていなかった。
 青いスーツに、手袋をした紳士だった。彼は“人間の余裕”を私に諭す、その背景には、いつも人工樹林と紫の星、きっと役に立つといい、彼はいろんな知識を私にくれた。そのころの勉強が私の自身になっている。けれどこの星はどうにもならないだろうといった。人が、自分の見るべき自分の世界を超えて、余裕のない人のふるまいに価値をいいだしたら、もうそれは星の末期なのだという。彼は30日の滞在のあとに、溜息しかはかなかった。そこで私は思い切ってたずねた。
 「星へ帰るの?」
 彼は、その日は宇宙服をきていた。その下にいつものスーツもきていた。けれど反射で、宇宙服のヘルメットの中の彼の表情は私のひとみにうつらなかった。いくどか嗚咽を繰り返すと、謝罪しながら、もう星に帰えるときがくると彼はつげた。
 「たとえ酸素が残りすくなくとも、その酸素をもとに、人の価値を奪い合うような世界には、これ以上いられないな、と思ったのです、あまりに心の余裕がなく、あてつけにする人と人の人生がなければ、娯楽も、教訓も、文化もはぐくむことができないのですから、ひとの生活のすべてを監視できていなければ、安心できないなら、あさましい、悲しい世界ですよ、人が人生の価値をいうのは、自分が自分について語るときだけでいいのす、完全な人間などいませんから、ただ一方的にひとの価値をとりきめたり、その人が何度も自分で考えた事を放って勝ち誇るのは、何の意味もない、独りよがりです」
  その星での役目をおえて星間交渉人は、やがて宇宙からやってきた海を行くような形の宇宙船に迎え入れられ、満月の日に別の人と肩書を変えた。

星の呼吸。

星の呼吸。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-06-03

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