同調率99%の少女(26) - 鎮守府Aの物語

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同調率99%の少女(26) - 鎮守府Aの物語
  1. 登場人物紹介
  2. 試合開始
  3. 那珂と川内の奮闘
  4. 神通と五十鈴
  5. クライマックス
  6. ハーフタイム

=== 26 演習試合(前半) ===
 ついに始まった、神奈川第一鎮守府の艦娘達との本格的な演習試合。初めての対人戦のため那珂たちは様々な思いを胸にし、戦場たる海上を駆け始める。

登場人物紹介

<鎮守府Aのメンツ>
軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。演習試合前半では本隊たる前衛艦隊に所属。長良とともに先陣を切る役目。

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)
 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。演習試合前半では那珂と同じく本隊に所属。那珂には及ばないが突飛な動きとゲーマーらしい発想で彼女らしい行動を示したいところだが……。

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。演習試合前半では支援艦隊に所属。本隊の那珂たちをどうにかして支援する。

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)
 鎮守府Aに在籍する長良型の2番艦。演習試合前半では本隊の旗艦。真面目な彼女らしく冷静に戦況を見て皆の行動を捌くが、初めて経験する敵艦娘のため、対応に詰めが甘いところも。

軽巡洋艦長良(本名:黒田良)
 鎮守府Aに在籍する長良型のネームシップ。演習試合前半では那珂と同じく本隊所属。まだ基本訓練途中な彼女だが、那珂とともにとにかく動き回ってかき乱すのが役目。

軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)
 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘。支援艦隊所属。長良と同じく基本訓練途中なので動けるかどうかはひたすら怪しい。

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)
 鎮守府Aの最初の艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。

駆逐艦村雨(本名:村木真純)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。

駆逐艦夕立(本名:立川夕音)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合前半では本隊所属。慕う川内とともに動き回ろうとするが……。

駆逐艦不知火(本名:知田智子)
 鎮守府Aに在籍する陽炎型の艦娘。演習試合前半では本隊所属。旗艦の五十鈴にほぼつきっきり。冷静さでは鎮守府A一かも。

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子
 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。演習試合前半では支援艦隊の旗艦。戦艦のいない鎮守府Aの最大火力の持ち主のため、どうにかして本隊を支援する。

工作艦明石(本名:明石奈緒)
 鎮守府Aに在籍する艦娘。工廠の若き長。演習試合では艦娘達のステータスチェックとジャッジ・アナウンス役。悪いと思いつつもやはり自分らの鎮守府Aの艦娘びいき。

提督(本名:西脇栄馬)
 鎮守府Aを管理する代表。演習試合の最初と最後の号令係。それ以外はぶっちゃけ見てるだけ。

<神奈川第一鎮守府>
練習巡洋艦鹿島
 村瀬提督から提督代理を任された艦娘。今回はほぼほぼ西脇提督と一緒に行動。

軽巡洋艦天龍(本名:村瀬立江)
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では前衛艦隊所属。那珂との一騎打ちを心から望んでいる。

軽巡洋艦龍田
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では従姉の天龍とともに前衛艦隊所属。あまり戦闘センスなくアグレッシブでもないため、天龍がいないとうまく立ち回れないことも。

駆逐艦暁、響、雷、電
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では前衛艦隊所属。見た目や性格的な難があるかもしれないが、基本的には全員が鎮守府Aの艦娘以上の練度の持ち主。ただその実力が発揮されるかは若干怪しい。

重巡洋艦鳥海
 演習試合に参加する神奈川第一鎮守府側の独立旗艦。演習試合前半でははるか後方から指示を出すのみ。

戦艦霧島
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。今回の試合で最大火力の持ち主。その強大な威力は終始戦場をかき乱す。

軽空母飛鷹・準鷹
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。鎮守府Aの艦娘が持ちえない航空攻撃の持ち主。戦艦霧島とともに戦場を終始かき乱す。

駆逐艦秋月・涼月
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半では支援艦隊所属。航空機操作中は無防備になる飛鷹・準鷹を守る役目。

<鎮守府Aにかかわる一般人>
那珂の通う高校の生徒達
 同高校から、一年~三年、教師と大人数で見学のため来ている。生徒会からは和子が来ているため、神通は終始安心することができている。
 なお、メディア部の井上は提督に頼みこみ、学生の立場として撮影・記録担当。

五月雨の通う中学校の生徒達
 五月雨はじめ白露型担当の少女達の通う中学校からも見学目的で十数人が来ている。

不知火の通う中学校の同級生2人
 不知火の中学校からは、彼女の友人兼艦娘部のメンバーが二人来ている。

提督の勤務する会社の社員
 西脇提督と同じ会社に勤務する社員も数人来ている。西脇栄馬という先輩(後輩)が関わる艦娘世界とはどういうものかを興味本位で見に来ているとかなんとか。

ネットTV局のスタッフ達
 縁あって鎮守府Aとつながりを持った。ネットテレビ局。今回は演習試合はじめイベント全体の撮影・広報役。

試合開始

試合開始

 15時。9月中旬の検見川浜の海上。真夏を過ぎているとは言え日差しはまだ強く、海面の照り返しで発生する熱気で、艦娘たちは黙って立っていても体力をジワジワ奪われる。
 堤防に沿って座ったり寄りかかっている見学者も、降り注ぐ日差しは辛いものがあるのか、観戦する態度に愚痴を交えている。

 そんな中一人元気なのは、那珂の高校のメディア部副部長の井上だ。彼女は提督から試合撮影用のドローンの操作を一機任された。明石指導の下、彼女は事実上の鎮守府公認として試合の撮影を担当することになった。
 明石から操作や注意事項についてのレクチャーを受けた彼女は、見学者の同級生に自慢げに見せたり説明していた。

 堤防に沿って並ぶ見学者の列の後ろに、提督と明石、そして神奈川第一の鹿島が並んで立っている。
 提督が合図を送ったことで見学者のざわめきはフッと静まり返る。

「それではこれより、神奈川第一鎮守府と弊局、千葉第二鎮守府との演習試合を始めます。判別しやすくするため、弊局の艦娘には右肩に赤いワッペンを付けさせました。それからドローンでの動画撮影も行います。映像は皆さんの前の堤防に置いたテレビと、動画として○○という動画配信サービスでリアルタイムで公開していますので、もし距離があって見づらいという場合はお手持ちの携帯電話やタブレットでそちらのサービスにアクセスしてご覧ください。撮影は○○TVの方々、それから○○高校メディア部の井上さんにご協力いただいております。」

 視線が集まったのを受けて、紹介されたTV局の社員らは全員に会釈を、メディア部の井上も遅れてペコリと会釈をして挨拶とした。

 そして全員の視線は、提督の案内の言葉の前に自然と正面の海へと向いた。その目の前約50m先の海原には、総勢24人の艦娘がまもなくの試合開始を身体をウズウズさせながら待ち望んでいる。
 提督はメガホンを手にし、拡声させて全艦娘に合図をした。
「それでは……始め!」


--

 工廠についた那珂たちは各々の艤装を格納庫から出してもらい、出撃用水路の前で装着した。普段は誰かしら喋って出撃前の空気を和らげようとするものだが、この時は全員そうしなかった。そんな心境ではなかったからだ。

 初めての本格的な対人演習試合

 自分たちの力量を客観的に計る良い機会だが、その実力の無さ、いたらなさもわかってしまう。また、そのことを相手に知られてしまう。
 ネガティブな感情を混じえては同調率に影響があるため、各々口には出さないが負の感情を払拭せんと心の中で意識して気合を入れる。
 緊張感に包まれる空気の中、全員が工廠から湾に出た。自然と那珂と五十鈴を先頭に複縦陣ばりに並んで湾から河川を進み、そして海へと出る。

 神奈川第一鎮守府の艦娘たちはすでに海に出て、所定の位置で陣形を組んでいた。那珂たちは相手から150m離れた位置で立ち止まり、円陣を組んだ。
 那珂が音頭を取った。
「それじゃあ皆。決めたとおりの陣形になるよ。」
「はい!」「……はい。」
「えぇ。」
「っぽーい!わっかりました~!」
 川内・神通・五十鈴・夕立に続いて残りのメンバーも返事をする。
 そして全員の声を聞いた那珂はいつもの軽調子で五十鈴に言った。

「それじゃー旗艦様五十鈴ちゃん様にお返ししま~す。」
 どういう茶化しが混じっているのか一瞬構える五十鈴だが、さすがの那珂もこういう空気ではきちんとしていると捉え、促されるまま全員に声を掛けた。
「はいはい。旗艦として言っておきます。とにかく敵を撹乱すること。それにともなってなるべく直接的な被害を抑えること。細かい立ち回りを忘れたならそれだけでいいわ。時間制限があるのは助かったわね。時間内に生き残りましょう。」
 五十鈴に続いて妙高も口を開いた。
「第一艦隊の皆さんを助け、全員残れるように致しましょう。支援艦隊の旗艦の私からはこれだけです。」

「それでは皆、行くわよ。暁の水平線に勝利を。」
「「勝利を。」」

 五十鈴の掛け声による聞き慣れたセリフが響く。全員最後の単語を放ち、深く頷いて心に刻んだ。
 そして那珂たちは散らばっていき、決めた通りの陣形に並んだ。


--

 提督の声による試合開始の合図が響いた。最初に動いたのは隼鷹と飛鷹だった。彼女らは肩からかけていたバッグから紙を取り出し、くしゃっと丸めた後振りかぶった。
 それらは、瞬時にホログラムを纏い航空機状になって飛んでいく。

 ブーン……

 那珂たちは一瞬身構える。しかし、飛んできたそれらは海面に向かって何かを撃つようなことはせず、くるりと回ってすぐに隼鷹と飛鷹の元に帰っていく。
 何をしたかったのか、身構えつつも全員が呆けていると、近接通信で神通が全員に言った。
「敵の偵察です。私達の陣形を把握されたものと思われます。」
「そっか。うちらはあっちの編成教えられたから知ってるけど、あちらさんは知らないんだっけ。」と那珂。
「そのハンデが効いてるうちに行動ね。よし那珂、長良、前進よ。途中で二人からは私達四人は離れるから思いっきり撹乱してちょうだい。」
「「了解!!」

 五十鈴の指示で那珂と長良が動き出した。この海上において、初めて移動をした艦娘となった。

 那珂は隣りにいる長良に視線を向ける。長良も自然と那珂に向いた。
「それじゃあ長良ちゃん。一緒にいこ?」
「ウン!」

 那珂は姿勢を低くしてかがみ、ダッシュの体勢を取る。長良は那珂を見ながら同じく構える。
「とっつげきぃーーーー!!!」
「げきぃーーー!!」

 ザッパアアアアァァ!!!

 那珂は瞬間的に速力を最大区分のリニアまで上げて高速に突撃し始めた。長良も負けじと並走する。その突然の動きを見て、向かいにいた天龍は一瞬呆けるも、すぐに鋭い目つきに戻った。
 そしてニヤリと笑みをこぼした。
「へっ。待ってたぜ那珂さん。初っ端からあたしと戦ってくれるなんて嬉しいじゃんか。おっしゃ!龍田、それにガキども、行くぜ!!」
「……!」
「ち、ちょっと待ってよ天龍ちゃん!鳥海姉さんからの指示はぁ~~!」
 天龍の反応に焦る龍田と雷。しかし二人の心配なぞすでに気にしてない天龍はダッシュして離れていく。
 そんな振る舞いの旗艦に暁、響、電たち残りのメンバーも焦りを瞬間的に沸き立たせる。
「あぁもう!天龍ったら! 霧島さんの危惧してたとおりになったわ!響お願い!」
「了解。」
「はわわ!作戦がぁ~~!」

 暁の指示で響は速力を高めて暁たちから離脱した。
 那珂に応戦する形でダッシュした天龍と、彼女を心配してついていった駆逐艦響。呼応する形で両艦隊の二人がぶつかることになった。

 北
西 東
 南
                              
 川内  夕立       長良              雷
                  天龍   龍田 暁 電
五十鈴 不知火         那珂        響    

「那珂さあああぁーーーん!!!」
「天龍ちゃーーーーーん!!!!」

 天龍は兵装の剣を構える。柄部分には副砲が内蔵されており、ようは銃剣である。そのため天龍担当となった少女たちの戦い方は、接近戦・遠距離戦ともにこなせる。神奈川第一の天龍もまた、臨機応変に切り替えて戦えるテクニックを得ていた。
 対する那珂は砲撃のみのタイプである。そのため天龍と接近戦をするつもりは毛頭なかった。

 天龍とぶつかる数秒前、那珂は速度を上げて長良の先をゆく。長良は那珂の動きの意味をよく知らなかったが、普段のスポーツの試合を思い出し、想像して自然と那珂の右隣に移動する。二人の列は逆転した。
 そして、那珂は北、左上空に向けてジャンプすべく海面を思い切り蹴りその身を飛翔させた。

「!?」

 軽々と天龍を飛び越え、その先に呆然と佇んでいる龍田ら残りのメンバーを狙いにかかる。那珂の突然の動きに天龍は驚きつつも、剣を背後に振り向け素早く那珂の方向に定めて撃ちだした。

「っと、させるかよ!!」
ドゥ!

「きゃっ!」

 那珂は龍田らを狙うべく構えていたため、すでに通り過ぎた天龍に対しての警戒心がなくなっていた。そのため気づかなかった。天龍の剣に砲撃能力があることを。
 結果として那珂は天龍の砲撃を食らうことはなかったが、かすめた拍子にバランスを崩し、失速して着水した。

ザッパァーン!!


--

「那珂ちゃあん!」
 那珂の行動を横目で見ていた長良は那珂が被弾したと思い、速度を若干緩めて那珂に駆け寄ろうとする。その時、響と相まみえた。
「行かせないよ。」
「うわっ!うわうわ!」

ドゥドゥ!

ベチャ!ベチャチャ!

 響は無警戒に自身を横切ろうとする長良を捉えて近距離で撃ち込んだ。長良は完全に響に警戒する考えなどなかったため、彼女の砲撃をモロに食らってしまった。のけぞって進む方向を北北西280度に変えてしまった長良を、バックステップして速力を殺した響の二度目の砲撃が襲う。

ドゥ!

「きゃー!!」
 スピードを調整しきれなかった長良は背後から砲撃を喰らい、被弾判定で小破となった。
「あなた、まだ実戦ないのかい?敵の目の前を無防備に通ろうなんてひどい油断だよ。私も甘く見られたものだ。」
 響は被弾の拍子に転んで水没しかけた長良を見下しながら静かに言った。長良は背後に響の視線を受けてビクビクしながらゆっくりと立ち上がって体勢を立て直そうとしていた。
「うぅ……ペイント弾ってけっこー痛いじゃん……。」


--

「つぅ……しまったぁ~」
「へっ、那珂さん覚悟ー!」

 那珂を追撃すべく大きく方向転換した天龍が向かってくる。那珂はすぐさま海面から立ち上がり、進む先を龍田らに戻す。しかし背後からは天龍、正面向かう先からはついに龍田達も動き出そうとしている。
 那珂の誤算だったがしかし焦りはすぐに消える。

「おらぁ! 覚悟!!」

シュン

ガキィイイイン!!

「んなっ!?」
「天龍ちゃんの剣の対策をしてないと思った?」

 剣をおおきく振りかぶって那珂のコアユニットのパーツに振り下ろそうとした天龍の剣は、カタパルトたる鋼鉄製のレーンで防がれた。
 それはまるで剣同士がぶつかる様だ。
 那珂の左腕3番目の端子に装着された発着艦レーンは見事に天龍の剣を防ぎ、金属同士がぶつかり削れる不快音を発していた。
 その音を聞きながら天龍は不敵な笑みを浮かべる。
「……へ、嬉しいぜ。嬉しいじゃねーかあぁぁ那珂さん!!!」
「それは……どーも!」

ガキィン!
カキン!カキン!

 天龍の剣さばきと那珂のレーンさばきが激しくぶつかり鍔迫り合いを始める。天龍はもう目の前の好敵手との戦いにしか興味が向いていないが、那珂は違った。
((これでどうにか天龍ちゃんの足止めに成功した……かな。後はあたしの意図を五十鈴ちゃんたちが察して動いてくれるかだけど、合図くらいはしないとまずいかな?))

 天龍の剣をさばきながら、那珂は頭の片隅で考えていた。そこで那珂は右腕4番目に取り付けた機銃で、未だ動かない五十鈴たちがいる方向を撃とうと考えた。身体の向き・天龍の位置的に、天龍を狙って撃ったとも取れる立ち位置になって撃つ。戦闘の事運びにおいてまったく不自然ではない。
 そう決めた那珂は、一度天龍の剣を大きく弾いてバックステップで後退し、天龍が自身の左側に立つようわざと誘い込んだ。

「そりゃーー!」
「……はっ!」

ガガガガガガガ

「うわっとと!!?」

 那珂は左腕を斜めに構えて剣を持つポーズをしつつ、右腕を左前腕の下に配置し、右腕4番目の機銃で天龍のいる方向へ発射した。
 想定通り天龍には避けられたが、その先にいる五十鈴たちの方向に飛んでいくことも確認できた。続いて二回目の射撃。

ガガガガガガガ

今度の狙いは合図の意味を込めて撃つ。

ガガガガ
ガガ

ガガガガ


 特段信号にもなっていない撃ち方だ。しかし、味方にだけ意味があると思わせるのが目的である。那珂は五十鈴が察してくれることを願った。


--

 前方で那珂と長良が激しく動き、それぞれ被弾しかけてるのを目にした五十鈴たちは、動かずに見ていた。那珂らが撹乱するという最初の作戦を忠実に実行させようとしていたため、そして実際に艦娘相手の戦いにタイミングを慎重に図りすぎて動けずにいたのだ。
 そのとき、那珂が不自然な射撃を放ってきた。

「な、何あの那珂さんの射撃? ぜんぜん外してるっぽい。」と夕立は見たままを口にする。
「何か意味ありげ?」川内もよくわかっていない。
「……皆動くわよ。」
「作戦?」
 五十鈴の指示に不知火が眉をひそめて単語で質問する。
「えぇ。見てみなさい。後方にいる龍田さんたちが動き始めているわ。那珂だったら上手く切り抜けられると思っていたけど、意外と相手はやるみたい。多分、那珂でもあの5~6人に囲まれたら危険だわ。もう少し近づいてから二手に分かれてあの二人を援護するわよ。いいわね!?」
「「「了解。」」」

 五十鈴の指示に三人とも素早く返事をした。同意を得られた後、五十鈴は後方にいる妙高らに通信した。
「これから那珂たちを援護しに近づきます。妙高さんと神通は作戦通りお願いします。」
「了解致しました。」
「……了解です。」


 支援艦隊の二人に指示を出した後、五十鈴は前にいる駆逐艦二人に合図を出してゆっくりと前進させた。続いて自分と川内も速力を徐々に上げていく。
 五十鈴たちが那珂と天龍のぶつかり合うポイントに近づくのに呼応するかのように、龍田たちも接近していた。

「まずいわね。長良がやられてる。川内たちはそのままの速度で那珂を援護射撃。私と不知火は速力リニアで一気に近づくわよ!」

 五十鈴がそう口にした状況。前方では長良は反撃できずに響の砲撃を一方的に食らっていた。五十鈴は不知火が頷いて速力を変える仕草をしたことを確認する間もなく、自身も速力を変え前進して一気に距離を詰め始めた。

 長良は動くたびに響から背後ないし脇めがけて撃ち込まれる。速力を変化させる操作なぞ混乱している彼女には到底無理だった。ただ感情の赴くままにでたらめで遅速マチマチな速力と方向への移動である。運動能力に長けるはずの彼女は艦娘の本格的な戦いの中にあっては、経験の無さが災いして完全に赤子同然だった。
 そんな彼女を目の当たりにした五十鈴は艦娘名ではなく、本名で叫び反応を返す。
「ふえぇ~ん!りんちゃぁ~ん助けて~~!」
「なg……良!! 待ってなさい!」

 五十鈴は不知火と並走する位置にまで速力を調整し、不知火に指で合図した。それを受けて不知火は右20度の角度へ、五十鈴自身は左20度の角度へと進む方向を変え、来る長良と響を挟み込むべく弧を描いて移動し続けた。
 かわしたくても訓練時と勝手が違い、思うように動けぬ歯がゆさと悔しさのためか、長良はペイント弾で全身をぐちゃぐちゃに汚し、泣きながら五十鈴らに合流すべく後退する。

「そろそろ大破判定だね。トドメを刺させてもらうよ。」
 響は長良を追撃しながらついにそう口にする。自身の主砲の威力と何度被弾させたかを明確に数えて把握していたからだった。すでに長良は全身ペイントだらけで、響の想定通りあと一発で大破判定だった。
 その時、響はやっと気づいた。自身が囲まれていることに。気づいたのは周囲から声が聞こえたからだった。

「そこまでよ駆逐艦。」
「不知火が、守る。」
「え!?」

    五十鈴
     
 長良 響
     
    不知火

 五十鈴と不知火は、響を左右から挟み込んでいた。そしてそれぞれの主砲を向けて砲撃の準備が整っていた。響を連れて後退してきた長良はしかしながら五十鈴たちにとってナイスな行動を自然と取っていたのだ。

「まさかなんのリアクションもされずに挟み込めるなんてね。何か考え事でもしていたのかしら?それとも私の大切な姉妹艦を落とすのに集中しすぎてた?」
「……五十鈴さん、撃つ。」
「えぇ!!」

 煽る五十鈴とは対象的に、不知火は冷静に行動を促した。呆気にとられてキョロキョロする響に、五十鈴と不知火は近距離の左右から連続で砲撃を加えた。

ドゥドゥドゥ!!
ドドゥ!ズドッ!!
「う、うあぁあ……!!」

「神奈川第一、駆逐艦響、轟沈!」

 堤防沿いに観戦している一同の中、提督のそばにいた明石がタブレットに映し出される艦娘たちのステータス表示から目を離さず大声で口にした。
 その発言はマイクを伝い、見学者および戦闘中の艦娘全員の耳にすぐ届いた。


 左右から砲撃を瞬間的に連続で食らった響は姿勢を崩し、海面にヘッドスライディングしていた。本人が轟沈判定を理解したのは、海面から起き上がってからだった。


--

「りんちゃ~ん助かったよぅ~!」
「良、大丈夫?」

 響を倒した五十鈴と不知火、そして長良は響が水没した位置から数m先で停止し、無事を確認しあった。長良は半泣きで五十鈴に抱きつき、自身のペイントを五十鈴に移すようにスリスリとこすりつけていた。
「あんたのステータス見せてみなさい。」
 五十鈴は半ば強引に長良の右腕を引っ張り、彼女のスマートウォッチの表示を確認する。
「ねぇねぇりんちゃん。この腕時計のこと教えてよ。艤装付けるときになんか強引に付けられてイミフなんだけどぉ~。」
「試合前にそこまで教えればよかったわね。ゴメンなさい。私達がつける腕時計……スマートウェアはね、艦娘としての私達の燃料エネルギーや弾薬エネルギー、それから耐久度を確認できるようになっているの。」
「へぇ~便利だね~。」
「今は演習だからいいけど、実際の出撃時は物理的に壊れることもあるわ。」
「ふーん。今の演習中は?」
「ペイント弾の付き方や回数によって小破~大破、轟沈を擬似的に表すのよ。今あんたは、大破一歩手前ね。それから……」
 五十鈴は長良にスマートウェアの使い方を教えた。悠長に教え続けることはできないので、早々に打ち切ろうとすると、丁度不知火が中断を迫ってきた。
「……二人共、復帰。」
「あ、ゴメンなさい。それじゃあ行きましょう。」

 お喋りを止め、五十鈴たちは戦闘中の那珂たちに近づくべく移動し始めた。
 ちょうどその時、前方から響が海面に顔を出し、ザパァと水しぶきを静かに起こしながら立ち上がろうとしていた。
 五十鈴は通り過ぎる最中停止し、響に声と手を差し伸べた。
「大丈夫?ホラ掴まりなさい。」
「……敵の手は借りないよ。子供じゃないんだし、一人で立てるよ。」
「あらそう。それじゃあお疲れ様。」
 五十鈴はそう口にして響から通り過ぎ、彼女を一人にした。
 その後響が誰かと通信しているのを耳にしたが、五十鈴は長良・不知火とすぐにその場を離れたため、その内容までは聞き取らなかった。


--

「……響、轟沈!」

 メガホンを通して、それから各自のスマートウェアの通信機能を通じて艦娘全員にはっきりと知らされる、最初の轟沈。その対象者が神奈川第一の艦娘ということで、同鎮守府の艦娘たちの間には動揺が走り始めた。
 まだ遠く離れた龍田達、それから後方にいる霧島達は口々にざわつく。
 そのような中、唯一平然としているのは天龍だ。

「ねぇ天龍ちゃん。そっちの響って娘が轟沈だってさ。」
「……あぁ、そーみてぇだなぁ。だからどうした?」
「番組の内容を一部変更してお送りします~みたいなことはしないの?」

シュッ

カキン!ガキン!

 天龍はバックステップで2~3歩距離を空け、一旦那珂から離れてから続けた。
「は、なんだそりゃ? あいつが大破してて助けて~ってなら気にしたけど、轟沈は轟沈だ。それよりもあたしは目の前のあんたを倒すことに専念する!」

 姿勢を低くし、主機に念じてロケットスタート状態で那珂に突っ込む天龍。

カッキィィーン!!

 天龍の刃を那珂は身体のかわしと、剣代わりのカタパルトでいなしながら言葉を返した。
「天龍ちゃんはまっすぐだね~~。羨ましいな。」
「そっかぁ? あたしにとっては那珂さんのほうが羨ましいぜ。」
「あたしそんなに自分のこと見せたつもりないんだけどなぁ。天龍ちゃんはあたしのどこが羨ましいと思ったの?」

 素朴な疑問。那珂は尋ねてみた。
「んーーーと。そっちの仲間たちからすっげぇ慕われてそうなところ。あと発想力。あんたのいちいちの振る舞いがな、ちょっと見ただけでわかるんだ。わかりやすいんよなあんた。なんっつうのかなぁ? 隠しても隠しきれてないって感じか。」
「隠しても隠しきれてない……。」
「それにあんた、結構目立ちたがり屋だろ? 隠そうとしているんだけど、実際はあたしを知って!注目して!って隠そうともしてない。違うか?」

 天龍の言葉は、那珂の心臓を鷲掴みにして揺さぶった。天龍とはこれまでわずかな交流を数回しかしていない。それなのに自身のことをさも古くからの友人のように捉えて評価するとは。
 自分自身が甘いのか、それともこの天龍に人を見る目があるのか。どちらに原因があるのか考えようとしたが、今はそれどころではないと那珂は思考を瞬時に現実に戻す。
 一応天龍には反応を返さないといけないので本音を飲み込んで彼女を満足させそうなセリフを口にした。
「おおぅ! 天龍ちゃんあたしのことをわかってるじゃん!なんかお友達になれそ~。」
「え、あたしら友達じゃなかったのかよぉ! てっきりあのこっそり飲んだときからもう友達って思ってた……ぞ!」

カキン!

 剣を横に振りかぶり、薙ぎ払う天龍。それを那珂はカタパルトでスピードと威力を殺しながら言葉と砲撃で返した。
「ゴメンゴメン冗談。あたしもあの時から友達って思ってたよ。だからこーして天龍ちゃんの相手をしてるんだし。」

ドゥ!

「嬉しいねぇ。やっぱ那珂さんとは気が合いそうだ。どうだい、いっそのことうちの鎮守府に来る気はない?」
 天龍は薙ぎ払った剣の返す勢いで、那珂の砲撃を再びなぎ払ってペイント弾を弾き落とす。
 那珂は一旦距離を取り、天龍の誘いに言葉を再びの砲撃で返した。
「それはゴメンこうむるね~! あたしの身も心も西 脇 提 督 のもの! 提督がのぞむならあたしは鬼にだってなりますよ~。とはいえ、今回は提督の考えは却下。あたしは自分たちの作戦を優先させるけどねぇ~。」
「そっか。そりゃ残念だわ。」
 天龍は那珂の台詞の後半には特に気にせず、自身の問いへの回答だけに反応した。天龍の反応と自身、そして天龍の背後の者達との立ち位置を確認した那珂はようやく自分たちの作戦に戻るべく、天龍に告げた。
「だからぁ、そろそろ天龍ちゃんとの一騎打ちは終わり。それーー!!」
 言うが早いか、那珂はジャンプしてその場で方向転換し、天龍に背を向けて急速に離れた。そして自身のスマートウェアで後方に通信した。

「ちょ、待てよ那珂さん!!」
 天龍は好敵手の突然の行動に激昂し、追いかけようと移動のための速力調整をし始めた。その時、天龍を後方から襲うものがあった。
 川内と夕立である。


--

 五十鈴の指示を受けて川内と夕立は針路を10~11時の方向に緩やかにずらし、東北東のポイントで接近戦をしている那珂と天龍の元に急いだ。
 川内は砲撃と離脱を同時にできるよう、夕立に一旦並走してこれからの行動を話した後、また夕立の背後へと戻った。
 川内が図ったタイミングは、那珂がこちらを向き天龍が背後を見せた時。
「敵を狙う場合、背後から狙うほうがダメージアップするんだよね。それから味方が向こう側にいて挟み込む形だと、なおのことダメージアップなのさ。」
「へぇ~~川内さんさすがぁ!あたしちゃーんと覚えておくっぽい!」
 川内のゲーム由来の戦術知識に、夕立は一切疑問疑念を挟むことなく素直に尊敬して従う。ことこの状況においては、川内のゲーム戦術と夕立の素直さは、強力な存在となった。

ザ……
「二人とも。後は頼んだ!」
 突然川内は通信を受けた。その声と目の前の人物の行動に気づいた川内は夕立に小声で促した。
「(いまだ、夕立ちゃん!)」
「(うん!)」

 川内と夕立は正面向いて撃つということをせず、それぞれの右斜め前、1~2時の方角に向かって撃つように位置取り体勢と装備を持ち替えた。移動はひたすら東北東に向けてだ。

ドゥ!
ドゥ!

 まずは夕立の砲撃。続いて間髪入れずに川内の砲撃。二人から放たれたペイント弾が緩やかな弧を描いて向かっていく。
 狙いは天龍だ。

ベチャ!

「うあ!」

二人の2時の方向に飛んでいったペイント弾は、夕立のこそ当たらなかったが川内のそれが天龍の背中の艤装に付着した。軽巡洋艦の砲弾と距離と風向き等が計算され、天龍の艤装に擬似的な衝撃が走り、それは装着者たる少女の全身にも伝播する。

「だ、誰だ!?」

 天龍が振り向く。それと同時に夕立と川内は天龍の視界から逃れるべく速力を上げて当初の方角より北寄りに進んで離れた。天龍が向いた先には離れたとはいえ二人の存在しか確認できないため、誰が攻撃してきたか彼女は容易に想像できた。
「くっ、あいつらかよ。小賢しいな!」

ドゥ!ドゥ!

 天龍は剣の柄の先を川内らに向けて副砲で砲撃する。しかし性能的にも距離的にも集中して狙わないと当たらないため、単なる見せかけの応戦でしかない。
「ちっ、まぁいいや。……って、那珂さんもうあんなに離れたのかよ!」
 天龍は川内たちへの反撃を諦め、欲望の赴くままに再び刃と砲を交えるべく踵を返して那珂を追いかけ始めた。


--

 天龍の反撃から完全に逃れた川内と夕立は移動しながらこの後の動きを決めた。
「よし、なんとか天龍さんの攻撃範囲から逃れたみたいだ。夕立ちゃん、右に回頭するよ。」
「え、え? どーいうこと?何をするっぽい?」
「つまり東に回り込んで那珂さんと合流するんだ。三人なら色々立ち回れる。それに那珂さんがあのまま一人になってるのはどう考えてもまずい。」
「那珂さんならてきとーにやってても勝てちゃう気がするっぽい。」
「アハハ……まぁその意見には賛成。だけどパーティーメンバーなんだから協力しないとね。シミュレーションゲーでもメンバーはある程度距離を置きながらも固まってたほうが攻略しやすいのよ。」
「へ~さすが川内さん!それじゃあたしたち急がなきゃいけないっぽい?」
 夕立の言葉に川内は頷く。
 夕立を先頭として、二人は比較的緩やかな角度で弧を描いて回頭し、針路を北西から北東、東、そして南東に向ける。天龍の攻撃範囲から逃れるためにだいぶ進んでしまったため、那珂の近くに行くまで時間と距離がかかる。そのため二人は速力を上げて進んだ。


--

 そんな二人に反撃をしようとしたのは天龍だけではなかった。那珂を目指していた川内と夕立がようやく針路を南に向けて進んだ直後、今まで聞いたことがない轟音を聞いた。それはまるで雷に打たれたと表現しても遜色ない砲撃音だ。

ズドゴアアアアアァァーーーー!!!!

 スピードに乗っている艦娘は急には止まれない、急な方向転換はできないこともないが艤装のバランス調整の限界を越えると普通に転ぶ可能性があるため滅多なことではしない。
 轟音を聞いた瞬間、川内と夕立は海面が激しく波打つのを見た。しかし何が起きたかまでは二人は想像しきれなかったためそのまま進む。しかし気づいた時から1秒以内に、二人はまるで衝撃波を食らったかのように瞬時に吹っ飛んだ。
 飛来したのは、極大のペイント弾だった。

那珂と川内の奮闘

那珂と川内の奮闘

バッシーーーーーーーーーーーーン!!!!

「うわあぁぁぁ!!!」
「きゃあああああ!!!!!」


 ペイント弾とは思えぬ激しい炸裂音が鳴り響く。川内と夕立は綺麗に揃って吹き飛び、3回4回と海面を転がっていった。ようやく衝撃と横転が止まり、沈みかけたその身を主機の浮力をフル稼働させて起こして海面に立ち上がる。
「……つぅ~。夕立ちゃん、大丈夫?」
「……うえぇ~~~ん! 痛い~~~!」
 夕立は初めて食らった戦艦の砲撃の衝撃に思わず泣きじゃくり始めた。川内とて戦艦の砲撃を食らうのは当然初めてだが、理解が及ばないので泣き出すほど感情を沸き立たせられないでいる。
 二人共耳から脳にかけてキンキンと響いて頭痛がひどい。吹っ飛んで海面に激しく打ち付けたせいなのか腰も痛い。食らったのが戦艦の砲撃だったのかは、自身と夕立の全身を改めて見てようやく気づいた。全身が真っ白に染め上げられていたからだ。
「な、何が起きたの一体。うわっ! あたしも夕立ちゃんも真っ白。食らったのってほ、砲撃なのかぁ……。」
「えぐっ、えぐっ……うえぇーん!」
「ゆ、夕立ちゃん、泣かないで。まだ轟沈判定出てないんだかr

「千葉第二、駆逐艦夕立、轟沈!」

 川内が夕立を慰め鼓舞しようと声を掛けてる途中で明石の声で判定が発表された。それは二人にとって、たった今食らった砲撃よりも強い衝撃だった。

「な……!?」
「えぐっ……あたし、轟沈っぽい?」涙声で夕立が尋ねる。
「ま、マジか……一撃で轟沈って。こんな強い砲撃してくるってことは、あっちの軽巡いや、それ以上ってことだよね……?」
 川内がペイント弾の飛んできた方向を見定めるが、吹っ飛んできたためにすでに方向がわからない。誰か仕掛けてきたのか、川内は必死に考える。
 あの威力は駆逐艦や軽巡洋艦のものではないことはさすがにわかる。そして敵の編成を思い出す。
 ただ一人、当てはまりそうな人物がいたことを思い出した。気に食わないやつ。神奈川第一の中で天龍と暁たち以外に唯一面識があるその人物。

 霧島だ。

 偉そうに講釈たれてあたしを試すように口を利いてきた。那珂さんからの又聞きだと、戦艦艦娘と言っていた。戦艦の砲撃の威力がどのくらいなのかわからなかったが、今さっきのアレが戦艦の砲撃ならば、なるほど、仕掛けてきたのはヤツしかいない。

 川内が張り巡らせて想像した内容は正しかった。那珂に合流することしか頭にない二人めがけて、神奈川第一の支援艦隊の霧島が自身の長口径の主砲から援護のための砲撃を放ったのだ。

「うぇ~ん川内さぁん。あたしもうこれ以上戦えないっぽい?」
 轟沈判定を受けて、夕立が猫か犬のようにすがりついてくる。川内は夕立の頭を撫でながら、その視線はその方向にいるかわからない霧島を睨みつけるべくキョロキョロする。

「大丈夫。夕立ちゃんの仇は絶対あたしが取ってやる。」
「ゔん。ところで川内さんはだいじょーぶ?」
「え?」
 夕立に心配され、川内は自身のスマートウォッチでステータスを確認した。


 大破


「うえっ!? あたし大破なの!?」
「うー、川内さんも後ちょっとで轟沈っぽい。絶対ヤバイよぉ~。」
 事実を認識するや夕立は不安の色を表情にさらに濃くにじませる。川内は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、まだ諦めない気持ちで心中は占められている。
 霧島を絶対に許さない。
 大破だろうがその怒りだけで川内は十分動き続ける気マンマンだった。

 大破と言っても身体的にはとくにペナルティは課されない。あくまで艤装の健康状態の評価のみであるからだ。だから大破・轟沈状態でも動けるのが演習モードの艦娘たちである。
 しかしそれでは実戦のシミュレーションにならない。だから演習試合では大破の者は動きを鈍くする・一定の速力を出さない、轟沈したら戦場から即時退場などのルールを設ける。それに則って艦娘たちは動こうとする。
 それを破る者は運用上許されないものとして提督、あるいは各鎮守府で設けられる監督官や教育の講師担当の者にこっぴどく説教される。プラス他の艦娘からもお前空気読めと信頼を失いかねない。

「大破だろうが、なんとかしてやる。だから夕立ちゃんはもう下がってて。」
 そう口にした川内は怒りで歪ませた顔を夕立に見せないように立ち背中で語る。そしてかかってきた通信に乱暴に答えてすぐに切ると、背後にいた夕立の一声すら無視し、激しい航跡を立ててダッシュし始めた。

「そりゃああーーーーー!!!」

 叫びながらダッシュした後、その場には嗚咽をようやく収めた夕立だけがポツンと残るのだった。


--

 那珂は天龍から離れ、改めて標的を龍田ら残りの敵に定めた。天龍には川内と夕立が迫っていることから、一言の指示で気を引いてくれるだろう。そう察して那珂は一路東へ進む。
 対する東からは龍田・暁・雷・電が迫ってきていた。


「はわわ!あの人こっちに来るのです!」
「落ち着きなさい電。こっちは龍田ちゃんもいるし、数も多いわ。」
 向かってくる那珂を見て口調でも態度でも慌て始める電。それを雷が励ましてフォローする。そんな雷の言葉に龍田と暁は頷かない。それどころか、那珂に対して険しい視線を送る。
 その態度に違和感を持った雷が二人に問いかける。
「どうしたのよ二人とも。」
「いやあね、あの人、あっちの川内の言ってた軽巡洋艦那珂だったよね~って思い出してさ。川内の言ったことを思い出したら、あの人相手にするのヤバイんじゃないかって思ったの。……もしかして龍田さん、何か知ってる?」
「(コクリ)」
 暁の想定と問いかけに龍田は無言で頷いて、3秒ほどしてから口を開く。
「合同任務で……見たからわかる。那珂さん、相手にしたらまずい。それにあの人は、突飛な動きで翻弄してくるって、霧島さんや加賀さん、那智さんたちも言ってた。」

「「えぇ!?」」雷と電が同時に驚きの声を上げる。
「で、でも私が館山の時に一緒になったときは普通の指揮っぷりで特別飛び抜けて強そうとは思えなかったけど……。」
 館山イベントの当時緊急の出撃で一緒になった雷は那珂のことを思い出すように語る。やや楽観的な雷とは違い、暁は慎重に状況を捉えて龍田に尋ねる。

「龍田さん、どうすればいい?響はやられちゃったし、天龍ちゃんはちょっと頼れないわ。」と暁。
「(コクリ) ここは鳥海さんの指示通り、私達は距離を保って砲撃。敵……特に絶対那珂さんに近づかせない。」
「「「了解!」」」

 実際の艦船では単縦陣で敵艦隊を狙うが、艦娘においては砲は横向きでも正面でも自在に向けられる。そのため、陣形と砲撃の効果は状況によってマチマチだ。神奈川第一の龍田たちは艦隊の配置上は単横陣になりながら正面に向けて一斉に主砲を構え、向かってくる敵、軽巡洋艦那珂を捉えた。

 那珂は正面の相手が砲を構えたのを目の当たりにした。かわすのは難がないが、距離と立ち位置的に回り込むのは厳しそうと判断した。
 まずは相手の出方を待とう。
 そう考えて単横陣で並ぶ龍田にまっすぐ向かうのを一旦止め、針路を北向きにし横切って距離を保つことにした。
 ほどなくして龍田らが遠距離から砲撃をし始めた。

ドゥ!
ドゥ!
ドドゥ!
ドゥ!

 那珂は龍田らの砲撃を難なくかわしつづけるが、想定したとおり那珂の向かう先を予測して撃ってきているため、距離を詰められない。詰めること自体は問題ないのだが、前進しながら余計な動きをしてかわしてスキを作りたくない。後方にはせっかく真っ向勝負から逃れた天龍がまだくすぶっているのだ。


--

 その時、龍田たちのはるか後方から轟音が鳴り煙と熱風が波状に広がり、海面から1m上を何かが通り過ぎた。
 一瞬のことだったので那珂は何が起きたかすぐにはわからなかった。が、刹那自身の後方で何かがぶつかる音と悲鳴が発せられるのを耳にした。移動をやめ、背後つまり西に那珂が視線を向けると、川内と夕立の二人がさらに後方へ吹っ飛んで何度も海面を跳ねている最中だった。着弾したあたりには真っ白いペイントが海面を漂っている。
 視線の端には天龍を確認した。彼女も突然の極大な砲撃に驚きを隠せなかった。同時に離れた場所から東進していた五十鈴たちも突然の轟音に驚いて動きを止めている姿も確認できた。

「うっひゃあ~さっすが戦艦の砲撃だ。何度聞いてもアレはビビるわ。霧島の姉御ナイス!一撃で二人を駄目にしたぜ!」
 天龍はガッツポーズを決めて喜び、川内らから視線を前方に向けた。
「さてと……次はあんただぜ、那珂さん。」

 那珂はその後の放送を聞いた後、視線の先の敵である天龍、それから後方の敵である龍田たちを見定めた。
 天龍の狙いは最初から自分のみ、そして、反対側の龍田らは近づいてこないところを見ると距離を置いて自分を狙っていることは想像に難くない。状況は結局変わっていない。どう立ち回るべきか那珂は考えた。
 自分たちの作戦では、敵前衛艦隊を撹乱しチームプレーをできなくさせることだ。天龍を龍田たちと引き離し、響を倒した今のこの状況は一応目的を達成しつつあると捉えてもいいだろうが、相手はまだ固まって行動しているのだ。支援艦隊もまったく油断はできない。
 那珂は五十鈴と川内に通信した。

「五十鈴ちゃん。そっちの状況教えて。」
「長良がほぼ大破。あと一撃でも食らったら大破確定ね。下手すると轟沈判定される。私と不知火はまったく問題なし。」
「川内ちゃんは?」
「……大破ですよ。もう通信切りますよ。あたしは絶対倒さなきゃいけない相手ができたから。」
「えっ、川内ちゃん?」「ちょっと川内?」

 那珂と五十鈴の心配の声掛けを無視して川内は乱暴に通信を切った。目視すると、川内は真っ白い体をしながら速力を上げてダッシュしはじめていた。
「川内ちゃん何するんだろ? あぁもう! 五十鈴ちゃん、そっちは龍田ちゃんたちを相手してくれる? 多分あの娘たち、近づかないで狙ってくる。」
「OK。ある意味艦娘の戦い方のセオリー通りでしょうね。こちらで応対するわ。あんたは?」
「川内ちゃんを支援する。あの娘が何をしたいのかわからないけど、守らなきゃ。」
「えぇ。わかったわ。後方の神通たちにはそちらを支援させるわ。通信は私に任せて那珂は動いていいわよ。」
 那珂と五十鈴は互いの通信を切った。そして那珂は前進し続ける川内に近づくべくダッシュして移動を再開した。


--

 川内が動き始めたのに気づいた天龍は一瞬怪訝な表情を浮かべる。

「あいつまだ動けるのか。ちっ。トドメをさしてやる。」

 川内の動きに気づいた天龍の注意を引くべく、那珂は声を上げた。
「天龍ちゃああぁーーん!!」
「!! 那珂さんか! へっ、そっちからまた来てくれるなんて嬉しいぜ!」

 再び那珂は天龍と相まみえるべく接近する。が、その移動の速力は速いながらも距離はすぐに詰めようとしない。小刻みに進退を繰り返す。
 やがて川内が天龍を追い抜き、那珂をも過ぎ去る。それをチラリと見た那珂は天龍から距離を空けて砲を構えた。その立ち位置はまるで川内を天龍から守るようだった。
 そしてその立ち位置と猛然とダッシュしつづける川内を一目で視界に収めた天龍は、那珂に対する好敵手心を一瞬収め、冷静に状況を見た。
「ん? なんだ……あいつ、どこに行く……気……あっ!!」

 天龍は川内を視線だけで追いかけて、その先を見てようやく気づいた。那珂に向けていた針路を急遽ずらし、0度つまり北気味に進むことにした。それは那珂を大きく迂回することと川内を追いかけるためだ。
 天龍の動きはある意味想定通りだった。那珂は天龍の動きに素早く対応し、行く手を阻む。

「ちっ、邪魔だ!どけぇ!!」
「ううん。どかないよ。だって天龍ちゃん、あたしと戦いたいんでしょ?さっき逃げちゃったからまた戦お?」
「……それどころじゃなくなった。あいつを止めなきゃ!」

 那珂が塞ぐ針路から数十度東にずらして進もうとする天龍。それを那珂は力を溜めた勢いによる側転で彼女の針路上に立ち、塞ぐ。天龍が別の方向に行こうとすると那珂はすかさず移動して行く手を阻む。さらに勢い良く別の方向に行こうとする事に対し、時々軽くジャンプして素早く対応することを逃さない。
 二人は何度か繰り返す。
「う~~~~邪魔だよ! どけっての!」
 何度も邪魔され、天龍は見るからに苛立ちを沸き立たせる。

ヒューーー……

ズドオオォ!!ズザバアァ!!
「うおっ!?」

 その時、天龍の背後に五十鈴から要請を受けた妙高が砲撃をした。飛んできたペイント弾は天龍の背後5mに着水し、水柱を上げる。妙高の命中精度は後方にいて落ち着いて狙えた分、そして五十鈴の指示を受けた神通のサポートがあった分、最初から高かった。
 思わず背後を見て、狙ってきた敵に睨みを効かせる。天龍の標的とそれに対する集中力は、完全に分散された。
 そして出来た隙を那珂は逃さない。
 自己で操作できる限界まで同調率を高めて那珂は天龍との距離を一気に、しかし静かに詰めた。天龍が再び振り向くまでのわずかな時間で那珂は天龍の数m前に立ち、全砲門から砲撃を放った。

ズド!ズド!ズドドドド!
ドゥ!ドドゥ!!

「うあ!」

 天龍は逆方向からの突然の砲撃に振り向くが、それは那珂にとって判定を一気に進めるには十分すぎる遅い反応だった。
 やがて那珂はトリガースイッチから指を離し、構えた両前腕をゆっくりと下ろして口を開いた。
「よそ見したらダメだよ、天龍ちゃん。まだまだ甘いなぁ~~。」
「くっ、な、那珂さんてめぇ!?」
 全身真っ白に染めた天龍がその後に言葉を続けようとしたその時、明石の声が響いた。


「神奈川第一、軽巡洋艦天龍、轟沈!」


 判定を耳にした天龍と那珂。二人の間には数秒沈黙が流れる。そして最初に口を開いたのは天龍だった。
「な、なんじゃそりゃーーーー!!!!?」
 天龍の絶叫が響き渡った。那珂はそれを見て左手で口を抑えてクスクスと失笑する。

「あ、あたしは……那珂さんと、戦うっつっても……こういうのは。あ!それどころじゃ!くそ!」
「あ、ダメだよ!!もう轟沈したんだから!」
 轟沈判定を受けてもなお前進しようとする天龍を那珂は両腕を横に伸ばし通せんぼして阻んだ。天龍は那珂から改めて轟沈の言葉を聞かされ、ようやく現実のものとして受け入れそして愚痴を吐いた。
「ちっくしょー!やられた!那珂さんにやられた!」
 天龍は何度も海面で地団駄踏む。海水が跳ねて散らばり、彼女自身の足を濡らす。そんな悔しそうな天龍に那珂は促した。
「さ、天龍ちゃん、退場退場~。」
「ち、ちょっと待ってくれ。その前に龍田たちに通信させてくれ。……おい龍田、今支援艦隊に向かってるやつをどうにかしろ!後は頼んだぜ。」
「……うん。任せt……あ、ちょっと待って。あ……」
「おい、龍田? んだよ……あ、砲撃しあってる!ちっくしょ~、あれは五十鈴さんかよ!そっちにしてやられたぜ。」
 天龍が龍田たちに視線を向けると、ちょうど五十鈴と不知火そして長良が龍田達に向けて砲撃を始めたタイミングだった。龍田たちは那珂が天龍の方に向かったため、標的をどちらにするべきか決めあぐねて動かないでいたのだ。
 川内を追いかける役目を任せようとした天龍は、龍田達すら邪魔をされて悔しさを溢れさせた。そして自分たちの危機を完全に察して脱力しながら那珂に言った。

「ホラ行けよ。もうあたしには用はないだろ。」
「すねないでよ天龍ちゃ~ん。」
 那珂は天龍に擦り寄りながら言う。天龍は那珂の突っつき擦り寄りを振りほどいて続けた。
「もういいから! 旗艦のあたしを倒した時点であんたらの判定勝ちは確実だ。ホラ、あの川内ってやつを支援しにいけよ。あのままだとあいつ、うちの支援艦隊に返り討ちにあうぞ。」
「あ、うんうん。それじゃーまた休憩時間にね。ばいばーい!」

 そう言って那珂がその場を離脱して川内を追いかけようとすると、背後から天龍に最後の声を描けられた。
「あ、ちょっと待て。」
「ん?」
「あんた、あたしと戦ってるとき、本気じゃなかっただろ。」
「そんなこと……ないよ。真面目に天龍ちゃんに向き合ってたもん。」
「ちげぇ!そういうことじゃねぇ! あんたがあたしに連続で撃ち込む前! ちょーすばええ移動。後ろに気を取られてたとはいえあたし全然気づかなかったぞ。なんなんだありゃ。」
「それは~~~~ひ・み・つ。それ言ったらあたしの弱点とか色々わかっちゃうでしょ。企業秘密ですよそりゃ教えませんって。」
 那珂がおどけて言うと、天龍は興が削がれたのか肩をすくめて返す。
「そりゃそうだな。ライバルの秘密を簡単に知ろうなんざあたしも頭悪いわ。ってそんなことはどうでもいい。一番気に食わないのは……なんであたしと剣を交えた最初の頃にその本気を出してくれなかったんだ!?」
「……。」
「……ちっ、いいや。ここで問答してたら演習試合の邪魔しちゃうもんな。終わったらじっくり語り合おうぜ。いいな?」
「うん。それじゃあ行くね。」
「敵を応援するのもなんだけど、頑張れよ。あと……独立旗艦の鳥海さんはつえーぞ。気をつけな。」

 那珂は無言でコクンと頷いて天龍の言葉を心にしまい、長話してしまった分を取り戻すべく一気に速力を上げて海上を東進した。


--

 川内を追いかけて那珂は移動し始めた。結構速いぞ後輩!
 那珂は目の前を見定めた。距離は相当あったはずだが、なにせ鎮守府と海浜公園前の海だ。本気で速力を出せばあっという間に距離など詰められてしまう。
 那珂はこれまでの訓練と神奈川第一の艦娘たちから聞いた話で、演習試合に適した広さの海域に適した速力、それを理解していた。なにせ急には止まれない・方向転換など実際の船のごとく急にはできない艦娘なのだ。マジな速力を出せば演習中の海域の範囲にそぐわない移動に支障をきたす恐れがある。
 だから那珂も天龍もそして龍田たちも、敵を本気で狙うなど言っておきながら、速力は抑えていた。それはいわゆるルールなのだから。

 しかし目の前遙か先に行ってしまった川内は、その前提を理解していない。
 那珂はその前提のことを教えるのを忘れていたのを思い出した。本当に些細なことだし、単なる暗黙のルールだ。守らない者がいてもおかしくない。
 あの後輩の少女は教えてもきっと守るような性格ではないだろう。そうオチをつけてしまった。とはいえ川内の状態は大破。そのことを考慮しても、あまりに本気の速力を出すのはよろしくない。
 注意すべく那珂は通信を試みるが、当然川内は出ない。このまま敵陣に単身突っ込むのはあまりにも無謀だ。そして目の前では恐れていた可能性のうちの一つが現実のものとして起きようとしていた。


--

「霧島ァーーーーーー!あんたはぁーーーーーー絶対ぃーーーーーー許さないーーんだからーーねーー!!」

 喉が潰れかねないほどのヒステリックな叫びをあげながら川内は速力区分を無視して爆進する。敵の前衛艦隊から離れた敵の支援艦隊とはいえ、本気でスピードを上げて迫ればあっという間だ。


 川内の先では霧島を囲むように数人の艦娘が陣取っていた。そして霧島たちからさらに離れたところには独立旗艦たる鳥海。しかし川内の目には標的たる霧島しか映っていなかった。周囲にいる艦娘は眼中にない。

「うわわ!あの人突っ込んでくる!どうしよう秋月姉さん!」
「落ち着いて涼月。あなたは火網でカバーして!私は雷撃するから!」

ドドゥ!ガガガガガガガガ!!

ドゥ!
ドシュ、ザブン……シューーーー

 二人の軽空母の護衛をしていた秋月と涼月は向かってくる川内めがけて砲雷撃する。二人の砲撃を蛇行して避け続ける川内。

ベチャ!ベチャ!
 しかし数発あっさりと川内に着弾し、耐久度判定をガンガンマイナスにする。

「うっだらああああああ!!!!」

 興奮状態でわけの分からない叫び声を上げながら川内は、自身の状態がリアルタイムで変化しても突撃するために速力を下げない。
 そして秋月の放った魚雷が間近で炸裂し、巻き起こった水柱とともに真横にふっとばされる。

ズッガアアアァァァァン!!!!
「きゃあああ!!!」

バッシャーーン!
「ぐっ……ちっくしょ~~~負けるかぁ……!!」

 水没しかけた身を起こして川内は再び速力をあげてまっすぐ突撃し始める。

         秋月 飛鷹        鳥海
    川内         霧島
         涼月 隼鷹


 後少しで敵艦隊陣形中枢にいる霧島にたどり着く。その時。


「千葉第二、軽巡洋艦川内、轟沈!」


 明石の声で判定の放送が響き渡る。秋月と涼月の砲撃の1~2発でついに川内の耐久度はなくなり、轟沈判定を得てしまった。

「ああああああああぁぁ!!!」

 しかし判定を得たとはいえ、スピードに乗っていた川内は急に止まれない。そのまま秋月と涼月の護衛の壁を超え、飛鷹と隼鷹の集中力を途切れさせつつ二人の間を高速で通り過ぎ、目的通り霧島に迫る。
 しかし、川内は霧島の間近で横から思い切り弾き飛ばされた。

ドガッ!!
「うあぁ!!」
「きゃ……えっ!?」

 川内が横に飛んでいったことに霧島はハッとした顔をして面食らった。そして川内を弾き飛ばした原因たる人物に視線を向ける。
「轟沈と判定されたのですよ。自分で横に飛ぶなりしてぶつからないようにしてください。他人に迷惑をかけないでいただきたいものですね。」
 左肩から上腕にかけてをさすりながら鳥海はいたって落ち着きはなった口調で弾き飛んでいった川内に向けて注意した。
「ち、鳥海?」
「はい。ご無事ですか、霧島さん?」
 鳥海から平然と問われてさすがの霧島も呆気にとられる。
「え、えぇ。まったく問題ないわ。っていうか何もあなたがやらなくても……。私は艤装が大きいから、多少体当たり食らっても衝撃受け止められるし、なんならちょっと身体を振りかぶれば艤装で相手を物理的に弾き飛ばすことくらい訳無いわ。」
「まぁいいじゃないですか。轟沈なのに動こうとするなんてルール違反ですから、許せなかっただけです。ふぅ、少々左上腕が痛いですね。」
 左上腕をスリスリと撫でて癒やしつつ、そうにこやかに口にする鳥海。
 霧島と鳥海が声を掛け合うポイントから南に10数m、川内は前進の勢いを横に転げ回る力に勝手に変えられて何度も横転し、やがて海面に全身を打ち付けてようやく止まった。


--

 那珂は川内を追いかけて東へと移動中に、川内の結末を見た。突然霧島のそばに鳥海が現れ、霧島の前で川内を左肩からの体当たりで川内を弾き飛ばしたのだ。
 那珂は多少距離があって遠目であったせいもあるが、その動きをはっきりとは捉えきれなかった。
「何……今の動き。霧島さんの左後ろに急に出てきたと思ったら……。あ! それよりも川内ちゃんだ。駆け寄ってあげたいけど、さすがに敵艦隊の直ぐ側じゃなぁ~。いくらなんでもなぁ~~。」

 鳥海の実力の一部に驚きはしたが、それよりも優先すべきは後輩の心配だった。那珂は思考をすぐに切り替えて移動する。が、すぐにその先の危険性を察して速力を弱める。なんとなくダラダラとした歩みになってしまっていた。
 そんな那珂の動きをやはり同じような遠目で見ていた鳥海が気づいた。距離はあったが十分近接通信の有効範囲のため、那珂は鳥海から通信を受けた。

「そんな警戒なさらなくても大丈夫ですよ。あちらの娘に早く寄り添ってあげてください。連れて帰るまでは私たちはあなたに攻撃しませんから。それは約束します。」
「え……でも。試合中なのに本当によろしいんですか?」
「(クス)えぇ。なんたって私は独立旗艦。一番偉いんですよ?」
 その言い方と雰囲気で、那珂は鳥海の言葉を信じることにした。物腰が穏やかなのは確かだ。たった今会話しただけでもその片鱗がわかる。そして信じさせるだけの見えない圧力や威厳があると感じた。
 彼女を信じ、那珂は川内を助けに敵支援艦隊のそばまで行くことにした。
 自分は川内を助けたい。鳥海らにとってみれば敵単艦、轟沈状態とはいえそばにいさせるのはなんとなく都合が悪いのだろう。
 つまり利害が一致したのだ。どのみちこのまま距離を開けて時間を潰し、川内を見殺しにすることも出来ない。

「そ、それじゃー失礼しま~す。」

 那珂は神奈川第一の支援艦隊の数m横を通り過ぎ、川内が横転を止めたポイントについた。なぜか川内はすぐに浮き上がろうとせず、ほぼ全身を海面に浸けて大の字で浮かんだままでいた。
「立てる?」
「……頭を冷やしているんでもうちょっと待ってて下さい。」
「轟沈した人がずっとここにいるの気まずいんだよねぇ。それに髪の毛海水で傷んじゃうよ?」
「……はぁ。そういやそうですね。わかりました。」
 那珂が差し伸べたままの手を川内はようやく掴む気になり、起き上がる。尻を起点に起き上がろうとしたため一旦川内の身体はザブンと沈むが、足の艤装効果によってすぐに浮き上がる。川内は足の主機を海中に向け、全身を上手く一直線にして一気に海上に飛び出た。那珂の手を掴んだのは、飛び上がった後海面に着水する際バランスを崩しかけた時だった。

「うわっととと!」
「大丈夫? ってかすげー、沈めたビート板が浮かび上がってきたみたいに勢いよかったよぉ。」
「アハハ。なんかしっくり来る例えありがとうございます。」
 軽く冗談混じりに一言ずつ交わした後、那珂と川内は鳥海と霧島にペコリと挨拶し、一気に速力をあげてそそくさと離れた。


--

 二人は鳥海たちとも、残りの龍田たちからも離れたポイントまで移動した。そこは鎮守府側の突堤の途中だ。
 那珂は川内を気遣う言葉を掛けつつ、川内が体験した情報を得ようとしていた。

「ホントに大丈夫?なんかまだふらついてない?」
「そりゃ……まぁね。戦艦の砲撃をまともに受けたんだもん。仕方ないですよ。」
「離れてたし二人の前にいたから直接見てないけど、それどんな感じだったの?」
 川内はつばを飲み込み、数秒してから再び口を開いた。
「なんというか例えられませんよ。全身に強い衝撃受けて吹っ飛んでわけわかりませんでしたもん。あれ、本物の弾薬エネルギーや本物の砲弾だったら、あたしと夕立ちゃんは今頃爆発して死んでましたよ。」
「こわっ! 訓練のペイント弾でよかったよねほんっと。」
「いやまぁ、ペイント弾であっても結構マジで死ぬかと思ったんですがねあの威力。」
「戦艦の撃つペイント弾ともなると普通に凶器になるのかもね……。さてお話はこれくらいにしてそろそろあたし行くけど……一つ聞かせて。」
 雑談を打ち切って那珂は真面目な口調になり、川内に尋ねた。
「なんで、単身で突っ込んだの?」
「え……。」
 川内は那珂が急に真顔で自分を見据えてきたので怖くなり固まった。那珂は言葉なく川内の返事を待つ。
 じっと黙って待たれて川内は居ても立ってもいられなくなったのか、モゴモゴしながら言葉を紡いで出した。
「つい、カッとなって。」
「うん。」
「夕立ちゃんが、あの娘がわんわん泣くのを見てなんか、やるせない気持ちになって。それにやってくれた相手は威力ですぐに察しましたし。館山のときあたしに嫌味ったらしく説教してきたあの霧島だって。そこまで頭の中で把握したら、なんかもう……。」
「それで、気づいたらダッシュしてたってこと?」
「……(コクリ)。」

 那珂の再びの沈黙。川内は胃が痛くなった気がして恐々として待った。
 実際には十数秒だが体感的には数分とも感じられる間の後、那珂はため息を吐きながら言った。
「はぁ……。仲間のためってことならいいや。もし大破になったからもうどうでもいいや~ってことだったらちょっと許せなかったけどね。」
「……ほっ。」川内は胸をなでおろして安心した。
「でもね、今はチーム戦なんだからなるべく一人で行動するのはやめてね。」
「でも! 那珂さんだって天龍さんと勝手に戦ってたじゃん。なんであたしだけダメなのさ!?」
「あたしは当初の目的通り、敵の撹乱の範疇にあったからね。川内ちゃんみたいに激情に任せて勝手に行動したわけじゃないよ。そこは履き違えないで。」
「う……ずるいよ……。」
「川内ちゃんはまだ経験が足りないからわからないと思うけど、そこは毎回の訓練で自分なりの振る舞い方を確立してみて。今回のことは大事な経験と思って、自分のしたことをしっかり覚えておいてさ。注意はもうこれ以上はしないから。」
「はーい。わかりましたよ。」
 ぶっきらぼうに返す川内。那珂は川内が振る舞いはこうだが内心理解を示してくれたと想定して話を切り上げることにした。

「ところで一人で大丈夫? なんだったら誰か呼んでくるよ?」
 最後の気遣いをする。川内はいまだ痛みとしびれがあるのか鈍い動きで、しかし軽い口調で返した。
「えぇと、大丈夫です。ついでなんで夕立ちゃんを拾って帰ってます。」
「あ、だったら工廠に帰らないで堤防か消波ブロックの側にいて。後でみんなで挨拶とかあるかもしれないから。そのこと、神奈川第一の響さんと天龍ちゃんにも言っておいて。」
「え~あっちの人たちも誘わなきゃダメなの~?」
「そりゃま~ね。ホラ、あそこにいるの天龍ちゃんで、あっちにいるのが響さん……かな?」
「はいはい。わかりましたわかりました。」
 再びぶっきらぼうに返事をする川内に、那珂は普段調子で笑顔を投げかけ、そして離れた。


--

 離れていく那珂の背中をしばらく眺めていた川内は、すぐさまスマートウォッチの通信アプリを起動し夕立に話しかけた。
「夕立ちゃん、あたしのほうに来て。」
「……なんで?」
「轟沈した人は、ここらへんで待っててくれだとさ。那珂さんから。」
「うん、わかったっぽい。神奈川の人たちは?」
「あたしから伝えるよ。とにかくこっちへ来て。」

 夕立から返事をもらうと川内は通信を切り替え、しぶしぶながら天龍と響に接続した。
「あ~、聞こえますか? あたしは千葉第二の川内っす。」
「おう。聞こえてるぞ。」
「……はい。どうぞ。」
「轟沈した人はここらへんで集まっていてくれと、指示があったので来てもらえますか?」
「おう。わかった。響もいいな?」
「うん、了解だよ。」

 川内の声掛けに天龍と響は素直に従う意思表示をした。川内と夕立は堤防のそばへと移動を先にした。そこは見学者が寄りかかったり寄り添っている堤防の海側の際だ。
 川内と夕立が向こうからやってくる天龍たちと待っていると、上から声をかけられた。

「あっれぇ、そこにいるのもしかしてながるん?」
「え?」
 突然今までプライベートでしか言われたことのない呼び方で呼ばれて川内は上を向いた。すると、見学者の中の男子生徒2人ほどが、堤防から身を乗り出して下、つまり川内をじっと見ていた。
「……○○君、△△君。来て……たんだ。」
「うわっ、ながるんすっげー真っ白。もしかして負けたの?」
「あ~~~~、うん。アハハ。轟沈っていって、負け扱いなんだよね。」
「ふーん、俺達遠目だったからよくわかんなかったんだけど、白くてでっけぇの食らって吹っ飛んだのがながるんだったんだ?」
「そのシーン、ライブ動画の方で載ってたぜ。ちょうど画面端っこでながるんとそっちの娘が砲撃?食らって一瞬で画面から消えたんだ。」
「アハハ、しっかり見られてたんだね。あたしとしたことが、ダメだなぁ……。」
「そんなことねぇって! ながるん運動神経いいからその程度で済んだんだろ? よく頑張ったよ。後半戦も頑張ってくれよ。前みたいな明るくてよく動くながるんを見たいんだよ。」
「そうそう。2学期始まってからなんかいっそう元気ねぇから俺たち心配なんだぜ。」
「うー。ま、まぁありがとね。でもあたし轟沈したから、後半は出られないんだ。」

 そう口にして感情に影を落とした川内は、2~3の言葉の掛け合いを経た後、話は終わりと暗に言わんばかりにくるりと海側を向き、黙り込んだ。
 そんな川内を心配げに見つめる夕立は、その後もしばらく堤防の上と横にいる川内の両方向をキョロキョロと様子をうかがっているのだった。

神通と五十鈴

 前方の戦場では那珂が、五十鈴が、川内が慌ただしく動いている。
 神通は五十鈴から指示されたことを頭の中で反復してシミュレーションしていた。

「神通さん。その……五十鈴さんがおっしゃってた、偵察機で把握した位置の共有、お願いできますか?」
「は、はい。やってみます。」

 妙高の言葉で神通はふと五十鈴から受けていた指示を思い出した。
 それは、偵察機をまず飛ばす。狙いすました位置の情報を支援艦隊のメンバーに共有し、それで離れた位置から援護砲撃をしてほしいとのことだった。
 偵察機で得られる情報のうち、位置情報はもっとも基本的なものだ。そしてその情報を、艤装の近接通信機能を使って周囲の艦娘に提供することが可能なのはこれまで勉強してきてわかっている。ただそれを実戦ではしたことがなかった。
 やったことがないからじゃあやめておこう、そんな態度はことこの演習試合では通じないし、しでかすつもりはなかった。
 とにかく飛ばして状況を俯瞰するのが大事だ。そう思って神通は素早く偵察機をカタパルトに設置し、飛ばした。
 神通らが見ているその先で、いくつかのポイントで展開が刻一刻と動いていた。


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 偵察機から見る映像と、もう片方の目で肉眼の高さで見る状況。
 一方で小さくカキンカキンと金属のぶつかる音が響いてきた。遠目でわかりづらいが、あれはおそらく那珂と天龍だろう。偵察機は前衛のメンバーの邪魔にならないよう、割りと高空を飛ばしているため偵察機からの映像でも見づらい。神通は想像し、状況を見守った。

 天龍を背後から狙う川内と夕立。これはいい。いいぞ自分たちに有利に動いているのかもしれない。そう思った矢先、ぐるりと弧を描いて移動しようとしていた川内と夕立を轟音を伴った砲撃が襲った。
 神通の位置から見て、突然真っ白く丸い壁が現れたと思ったら四散して2つの人影が弾き飛ばされたように見えた。
 ちなみに偵察機からの映像は、轟音に驚いて一瞬操作を失ってしまい見られなかった。


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 慌てて偵察機の操作に集中し意識を戻すと、偵察機は落ちるのではなくあらぬ方向に飛んでいた。神通は偵察機を急旋回させ、方向を戦場へと戻す。近くを何かが通り過ぎる。それは提督が用意したかTV局のドローンだった。その機体を気に留めず高度を下げて飛行を続ける。
 その時前方から別の何かが向かってきた。神通は目を細めて凝視するかのように偵察機からの映像に集中する。それは、神奈川第一の支援艦隊メンバー、飛鷹と隼鷹が放った戦闘機・爆撃機の編隊だった。

「な、何あれ……!?」
 神通は思わず口にしていた。それを傍で聞いていた時雨と村雨が尋ねる。
「どうしたんですか、神通さん?」
「何か今さっきの大きい音と関係あるものですかぁ?」
「い、いいえ。敵の航空機です。念のため対空用意してください!」

 神通は偵察機の操作に完全に集中するため、そう言い放ち口をつぐんだ。神通の慌てた様子と台詞でハッとした二人は上空を見た。すると、たしかに一機の航空機が3x2の航空機の編隊に挟まれようとしているのが見えた。

((くっ、航空機同士の戦いなんて私知らないよ……!))

 神通は心の中で愚痴る。
 勉強したとおりだとすると、戦闘機は敵の航空機を撃墜するための存在。そして爆撃機は地上ないし海上の敵を狙う存在。対して自分が操作する偵察機はそんな攻撃能力を持たない偵察・情報収集能力に長けただけの存在だ。どう考えても戦いに特化した機体に勝てるわけがない。それに有利に逃れるには敵の上を取らなければ。
 そう判断して神通は偵察機と敵の編隊の衝突を避けるため、上を通り過ぎようと飛行のラインをずらした。

シュバ!


 マイクが敵の航空機が通りすぎる際に発生する風を切り裂く音を集音した。それが神通の耳に伝わってくる。
 下向きカメラが下を通り過ぎる敵の編隊を捉えようとしたが、あまりにも速く一瞬だったので何も映り込まなかった。ほどなくして神通の偵察機のカメラからは、敵航空機の編隊が完全に見えなくなった。

((まずい。背後を取られた。軍事物に弱い私でも、さすがにこれは危険だと分かる。でもどうすれば))

 心の中で焦りのセリフを口にする神通。敵も気にしなければいけないが、状況を見て遠距離砲撃のための位置情報を妙高に送らねばならない。やることが同時に溢れて神通は手一杯だった。

 その時、神通の焦りをさらに燃え広がらせるように、背後から射撃があった。


バババババババババ!!
ババババババ!


「きゃあ!!」

 神通は思わず悲鳴を上げた。周囲にいた時雨たちが何かを言ったが、神通は耳に入ってこなかった。すぐにでも回避せねばとさらに焦る。

 偵察機を左に旋回させる。そのすぐ背後を戦闘機らがあっという間に通り過ぎた。敵を捉えるためにその直後右に旋回し、通り過ぎたと思われる敵を正面のカメラで捉える。
 その敵の編隊も右にぐるりと旋回して、神通の偵察機を正面に捉えたようだった。そしてまっすぐ向かってくる。その速度は偵察機より上だ。偵察機のカメラで遠くに見ていた敵の編隊は、あっという間にその姿を大きくした。
 そして……


バババババババババ!!


「ひっ!」

 悲鳴をあげはしたが、神通は数本の射撃のラインをぐるりと錐揉み飛行してかわす。空が下に見える不思議さを味わっている間もなく操作を続ける。
 機体を回転から水平に戻し、ジェットコースターの縦回転のようにグルリと海上めがけて旋回し続けた。海面にまっすぐ近づくその先はちょうど天龍と那珂が再び激突しているポイントだった。

 チャンスだ

 神通は敵戦闘機の射撃が来ないその隙を狙い、標的の位置情報を取得した。そして一旦偵察機を上空にまっすぐ飛ばしてから意識を一瞬自身に戻した。

「狙えそうな位置を取得しました。今送ります!」
 そう叫んでスマートウォッチに指を当てて急いで操作し、位置情報を妙高へと送信した。妙高は焦りを隠せない神通とは異なり、至って穏やかな口調で狙う緯度経度を口にする。
「受け取りました。北緯○度○分……、東経○度○分……方向よし、角度よし。」
 口にしながら艤装のコアユニットに設定を指示し、受け取った位置情報をかけ合わせて計算させ両肩についた2番3番の主砲に方向と角度の設定を反映させる。微弱な電気が身体の一部を走り、主砲の動作ではカバーしきれない角度と方向の残りは妙高の身体を僅かに動かして姿勢を変えることで設定を完遂させる。
 そうして主砲のターゲッティングが終了した。傍に五月雨と名取が、やや離れて神通と、神通を守るために時雨と村雨がいる。妙高は一言、音に気をつけるよう言い渡してから、トリガースイッチに手をあてがい、強く押し込んだ。


ズドオオォ!!ドドォ!!

ヒューーー……

ズドオオォ!!ズザバアァ!!

 妙高の両肩の主砲から放たれたペイント弾は計算通りに飛んでいき、神通が標的にした位置にいる天龍に数発迫った。戦艦霧島の主砲の威力と迫力に比べると数段落ちるが、鎮守府Aが持つ最大火力だ。その最大火力は見事に天龍の動きを止め、那珂が刺すトドメを支援した。

「うわぁ~~~すっご~~い!妙高さんのちゃんとした砲撃、初めて見た気がします!」
「は、はわ……あわわわ……」
 傍にいた五月雨は呑気気味ながらも素直に驚く。同じく妙高の傍にいた名取は初めて聞く艦娘の本格的な砲撃とその迫力に呆気にとられている。

 呑気と本気で驚く二人をよそに、神通を守るように離れて立っていた時雨と村雨は冷静に視線の先の状況を見る。
「命中かな?」
「うーん……どうかしら。それならあの天龍って人吹っ飛んでると思うけれどねぇ。」

「命中はしていないでしょう。村雨さんの仰る通りです。僅かに距離が合わなかったようです。」冷静に口にする妙高。
「でも注意を引きつけることはできたから、あれなら那珂さんは楽に勝てますね。神通さん、妙高さん、次はどうしましょう?」
 時雨はそう判断して二人に指示を仰ぐ。
 妙高は自分が狙い当てたポイントを目を細めて凝視する。艤装の効果で視力が上がっても、妙高にとってはその場所は小さくぼんやりとしか見えない。そこでは那珂と天龍が何かを話しているのかという想定くらいしかできない。
「そう、ですね。あそこはもういいでしょう。残りはあちらの五十鈴さんたちの戦場でしょうか。神通さん、あちらに偵察機を近づけて撮影していただけますか?」

 妙高からの実質指示な提案。しかし神通は素直に聞ける状況ではなかった。
「ち、ちょっと……待って……!」


--

 好タイミングで位置情報を取得して送信した後、神通は意識を偵察機の方に戻し、操作を再開した。
 まっすぐ上空に飛び上がっていた偵察機を水平に戻し、機体を下向きにして下降させる。その背後を戦闘機が飛び去る。追いかけていたのだ。またすぐに背後を取られてしまうだろうが、なんとか逃げねば。
 とその時、神通は下降させている偵察機の正面つまり下に、別の戦闘機群を見た。そういえば3機x2で計6機いたはず。自身(の偵察機)を先程から追いかけていたのが6機だというのは覚えているが、そういえば途中から2~3機ほどに減っていた気がする。
 そう神通は思い出した。

 そんな思考を続けて張り巡らせる暇を与えてくれなかった。上空から、先程自身を追いかけていた戦闘機がものすごい勢いで落ちてきたのだ。片や2x2の敵編隊が、どこかに飛んでいこうとしている姿も見える。
 まずい。偵察機たる自分も危険だが、自分たちあるいは五十鈴たちのいずれかが空から狙われている可能性があるため、リアルな自分たちも危険だ。

 神通は偵察機を敵戦闘機から逃れさせようと必死に操作しながら、自分の周囲にいる仲間に向けて叫んだ。
「急いで対空用意を!私達か五十鈴さんたちか那珂さんが空から狙われています!後は目視でお願いします!!」

 神通のその悲痛で必死な叫びに、傍にいた時雨たちはもちろん、次の標的を待っていた妙高たち三人も構え方を変えた。

 警告をして神通はすぐに偵察機の操作と視界共有に意識を戻した。
 後方から射撃の音。急いで偵察機を錐揉み飛行させたり蛇行させたりする。何本かの射撃の線を見た後、ふと視界を見ると、自分達の姿が間近に見えた。

まずい。

 操作に集中しているうちに近づいてしまっていた。偵察機が攻撃を受けるのもまずいが、自分自身が被弾するのはもっとよろしくない。慌てて神通は大きく旋回し、方向を変える。
 焦りと興奮でだいぶ集中力が落ちていた神通は、目の前に射撃の線が横切ったのに気づいた。

ズガン!!

 しかし気づいた時には遅かった。
 方向転換したはいいが、敵機まで同じ行動をするとは限らないのだ。隼鷹か飛鷹どちらかの航空機の編隊は速度を落として素早く方向転換を先に行い、神通の偵察機が通るであろうコースを先読みして機銃掃射していたのだ。

「きゃあっ!!」

 神通は後ろへ反り返りながら意識を自分の身体に戻した。偵察機が破壊され、脳波制御が遮断されたためだ。よろける神通を心配し海面をジャンプして駆け寄る時雨だが間に合わない。神通は尻もちをつくように海面に転んでしまった。

 やがて時雨に支えられて起き上がった神通は、村雨から先程の自身と同じような台詞を聞いた。l

「神通さぁん!さっき偵察機を撃墜した戦闘機がこっち来ますよぉ~~!!!」

 神通と時雨は同時に頭と視線を上空に素早く動かした。たった2機だが、おそらく操作が上手いであろう敵の空母艦娘による敵機が生身の自身らを狙いに来ていた。


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 対空の構えをしたのは妙高達だけではなかった。龍田達に接近を試みようとしていた五十鈴たちもであった。
 五十鈴と不知火そして長良は龍田たちを目指してはいたが、五十鈴達が接近しているのを察した龍田たちは警戒態勢を那珂ではなく対五十鈴に変更したため、まっすぐ向かうのをやめた。まずは135度つまり南東に針路を向け、反時計回りに弧を描くように近づくことを決めた。

「先方はこちらに標的を変えたみたいよ。」
「せんぽう?」
 五十鈴があえてそういう表現を使うと、不知火はキョトンとした口調で聞き返した。
「えぇ、取引や交渉の相手のことよ。」
「……お客さん、ですか?」
「まぁそうね。……っていうか、マジメに反応しないで頂戴。せめてノッてくれないとこっちが恥ずかしいわ。」
「すみません。」
 精一杯の皮肉と冗談を込めた五十鈴だったが、真面目に返されて赤面するハメになった。不知火・長良より前を進んでいるため彼女らから赤面の様は見えないのがせめてのもの救いだった。しかしただ一人、空気を読まずに二人の掛け合いに思わず吹き出して場の雰囲気を乱しかけたのは長良であった。
「プッ!」
「何笑ってるのよ長良!!」
「アハハ!ゴメン~。だってなんか二人のやりとりおもしろかったんだもん~!」
「あんたねぇ~~……この後大破しても助けないわよ!」

 和やかな雰囲気になりそうな三人の間だったが、その空気はすぐに収束することになった。

ドゥ!ドドゥ!
ドゥ!ドゥ!

「砲撃来た!右に避けるわよ!」
「はい。」
「え、え、え?りんちゃん!?」
「私と不知火の後に同じ動きをしてくれればいいわ!」
「わかった!やってみる!」

 五十鈴はすぅっと右へ約20度方向をずらし、針路を変えて再びまっすぐ航行した。後に不知火、そして見よう見まねで無事曲がることができた長良が続く。
 その直後龍田達からのペイント弾が降り注ぎ、今までいた直線上に着水し水柱をあげる。

パッシャーン!
バシャ!バシャシャ!

「きゃあ!ペイント弾あたりそーだった!」
「きちんと避けさせてあげるから気にしないで!ホラ、次来そうだから!」
 長良の悲鳴に五十鈴は冷静に言葉をかけて安心を促す。
 その言葉に含まれる通り、離れたところから砲撃してきた龍田たちが間髪入れず砲撃してきた。


ドゥ!
ドドゥ!

「そのまままっすぐ!普通に当たらないわ!」

パシャ!
パシャーーン!

 二度目の砲撃の雨は五十鈴達の現在の航行速度からして当たらずに済んだ。しかし逃げ回っているわけにもいかない。

 三度、四度目の砲撃。五十鈴たちはそのまっとうで実際の艦船さながらの砲撃に立ち止まって反撃することができない。相手4に対し、自分たちは3。しかも長良はほぼ大破状態なのだ。1~2発当たれば致命的な状態。慎重にならざるを得ないのだ。
 五十鈴はタイミングを見計らっていた。
 その時、上空を3~4機の航空機の編隊が通り過ぎようと近づいていた。

「あれなーにりんちゃん?
「あれは……戦闘機と爆撃機!」
「五十鈴さん、対空射撃!」
 不知火が声に焦りを交えて進言する。五十鈴はその言葉を受けてすぐに指示した。
「えぇ!長良は私の左後ろに、不知火は私の左隣に移動して!」
「了解!」「わかったぁ!」


ブーン……


ババババババ!
バシュッ……ヒューン……

「対空装備構えながら左へ針路移動!終わったら右上空に撃って!」

 五十鈴は指示した後、身体を僅かに左へ5度傾け、己が言ったとおり移動し始めた。同時に不知火、やや遅れて長良が動く。
 そして長良以外の二人が右へ向けて対空射撃を始めた。


ガガガガガガガガ!

 五十鈴たちの射撃を物ともせず航空機の編隊は細かくジグザグに動いてみせ、そして爆弾タイプのエネルギー弾を投下し、五十鈴たちを襲う。

バッシャーン!

「うっひゃあー!!」
「当たってないでしょ!いちいち驚かないで!」
「だって~!あたし本格的な戦い初めてなんだよ!?驚くなっての無理だよ~!」

 長良の反応に五十鈴は冷たくあしらって射撃を続ける。なんとかして戦闘機らを近づけさせない。
 一方の五十鈴たちの対空射撃を回避した戦闘機と爆撃機の編隊は弧を描くように高度を高低させて五十鈴たちを通り過ぎ、グルリと円を描いて戻ってきた。
 そして再びエネルギー弾による爆撃・射撃で五十鈴たちを襲う。

バババババババ!
ボシュ……ボシュ……

「速力上げて右!!」

 口に出すと同時に五十鈴は実行する。もはや細かい指示の言葉よりも自分で動いてみせて後に続かせる。不知火は五十鈴の意図を理解して合わせて動いた。そしてその意図を親友ではあるものの艦娘としての経験がないゆえに理解しきれていない長良が遅れて続く。
 三人が爆撃機からの爆撃の雨をしのいで安心したところに、三人とくに最後尾にいる長良に向かって深い海中から静かに浮かんでくるものがあった。

シューーーーー……

「ん、何かしら……あれ?」
 小さくつぶやいて五十鈴は目の前の海、下のほうでぼんやりと青緑に光る物体を発見した。それは自分たちと近い速度で向かってきている。そしてみるみる近づいてくる。しかも同じ深さを真っ直ぐではない。斜めに弧を描くように浮かび上がろうとしている。
 五十鈴は単縦陣を一旦単横陣に遷移させ、同列で不知火にも観察させた。
「不知火、下のあれ見てくれる?」
「え? ……光ってるということは魚雷ですね。」
 不知火の言葉は薄々感づいていた五十鈴の予感を実感にした。五十鈴は額を抑えて言った。
「はぁ……やっぱり。浮上している角度がわかりづらいけれど、このまま進めば当たらずに済むわね。」
「それじゃあ引き続き?」
「えぇ、対空警戒しつつどうにかあの龍田達に反撃よ。」


--

 五十鈴と不知火はお互い確認して納得しあい、構え方を戻した。五十鈴たちが視線を水平線に戻して話し合っていた中、一人だけ話に混ざれない長良はずっと下つまり海中を見ていた。
 そして気づいてしまった。
「ねーねーりんちゃん。さっきに通り過ぎた光が、なんかたっくさん見えるようになってきたよ。あれも魚雷?」
「え? なによ。そんなわけ……
 そう言いかけて視線を下げた五十鈴。その瞬間、言いかけていた言葉を中断させた。絶句。五十鈴の眼下には、確かに無数とも思えるエネルギー弾の光があった。そしてそれらは、速度や角度はまちまちだが、明らかに一方向を目指している。
「全速力でここから離脱!!」
「了解!」
「え?え?えぇ!?」

 長良の戸惑いに一切反応せず、五十鈴は短く指示してダッシュした。ほぼ同時に不知火、そしてやはり遅れる長良。
 光は五十鈴たちが進んでも前から前から向かってくる。そのように見えた。
 五十鈴は先程の爆撃の雨を頭の片隅で思い返していた。

 あれらは全部爆撃ではなかったのか。

 五十鈴は完全に読み違えていた。それは空母の艦娘がおらず、航空攻撃や対空の経験と知識が不足している鎮守府Aのメンツにとっては誰もが同じことだった。

 五十鈴と不知火は、敵機の編隊から放たれたのが爆撃用のエネルギー弾と本来なら自身らが使う、対空射撃用のエネルギー弾であると想定していた。
 挙動をしっかり見たわけではないが、撃ち方・落ち方・飛来する速度からしてそうだと信じて疑わないでいた。

 何もこの時の五十鈴たちだけではないが、艦娘は艦載機からの攻撃をしばしば見誤ることがある。艦娘の艦載機から放たれた爆弾および魚雷は本物と異なり見た目がエネルギー弾のため似通っている。そして両者は着水した“直後”の挙動も同じになることが多い。つまり両者とも水没後爆発して水柱を立たせるか、不発として爆発を起こさず静かに海中に消えるかだ。
 そして海上を進む艦娘は、素では海中に対する監視能力を持っていないがゆえに、判断をどうしてもそこで止めてしまう。そしてそれは海上に身を乗り出して活動するタイプの深海棲艦にもそのまま当てはまる。
 爆撃の中に雷撃を混ぜる。そうすることで勘違いを起こさせ判別しづらくする。落とせば命中しやすい爆撃とは異なり、雷撃はある程度の距離から放たないと動作が軌道に乗らず当たりづらい。そのためそうしてひっかかった相手がいる状況は、空母艦娘たちにとって格好の狩場に変貌する。

 神奈川第一の空母艦娘二人の目論見に、五十鈴たちはまんまと引っかかった形になる。
 前衛艦隊の行動を支援しつつ、自分らの航空攻撃で敵を始末することも考慮する。神奈川第一の艦娘たちの連携プレーの一部が今まさに展開され、鎮守府Aの五十鈴たちは苦しめられる羽目になってしまった。


--

シュバ!シュバ!シュバ!
ザッパーーーン!

 海中から飛び出してくる魚雷は海上に出た直後に爆発するものもあれば、上がる角度と勢い余ってそのままミサイルのごとく宙に飛び出してくるものもある。
 五十鈴と不知火はほうほうの体でかわしてその海域を脱出するべく蛇行して前進し続ける。しかし長良はそうはいかない。五十鈴たち経験者であっても魚雷の逆雨降り状態を抜けるのは至難の業なのだ。実戦は初という長良には切り抜けるのはそもそも無理だった。
 五十鈴と不知火は魚雷の炸裂音、飛び上がる音、水の撥ねる音が演奏する戦場のBGMのうるささによって、後ろにいる長良の被弾と悲鳴に気づけなかった。
 ただ一つ、大きめの炸裂音がしたなというくらいの感想しか持てなかった。そして明石の放送が響き渡る。

「千葉第二、軽巡洋艦長良、轟沈!!」


「「え!?」」
 五十鈴と不知火は仰天して後ろを振り返った。視界の範囲に長良が見当たらないため急停止して方向転換して確実に見える状態になる。
 爆発により巻き起こった水柱が崩れて雨になって落ち、爆発の煙がもうもうと立ち込めるその中に長良はいた。五十鈴たちからはおよそ数十m離れている。

「りょう!!」
「!!」

「……はーい! ケホケホッ!」

 五十鈴が本名で叫ぶと、長良は煙で咳き込みながらもケロッとした元気な声で返事をしてきた。やがて煙が晴れ海水の雨が止んではっきりした姿を確認できるようになってきた。
 五十鈴と不知火が反転して急いで駆け寄ると、彼女もまた五十鈴に近づくべく少し進み、またもやケロッと脳天気な声風で返事の続きを口にしてきた。
「アハハ。やられちゃったよ~。」
「大丈夫なの!?」
 五十鈴は思わず両手で長良の肩を掴みゆすり顔を近づけて声をかける。長良は後頭部をポリポリと掻きながら言った。
「うん。近くで爆発したときはヤバイって思ったけど、ぜーんぜん痛くなかったよ。ホラ怪我してないもん。艦娘ってすごいね~あたしたち最強じゃん!!」
「はぁ……。あのね、今あんたが食らったのは訓練用の魚雷よ。怪我なんかしないようにちゃんとできてるのよ。それに一応長良型のバリアが効いてるはずだし。」
「ふぇ~~~もっと親友の無事を喜んでよ、りんちゃぁ~ん。」
「あぁもううっとおしい。それよりも自分の今の状態をしっかり認識なさい!あなたは轟沈したの。退場しないといけないのよ。」
「はーいはい。わかりましたよ。」
 自身の身の無事をこれみよがしに見せつける長良は、あらゆる方法で五十鈴からあしらわれて若干不満を持ちながらも、素直に従う様子を見せた。

 その掛け合いに密かにクスっと笑みを漏らす不知火だったが、感情の気配を消しすぎて目の前の軽巡二人に気づかれることはなかった。


--

 轟沈した者の案内をするため、五十鈴と不知火は一時的に攻撃とその判定から逃れる形になった。轟沈ポイントから離れて突堤に少し近づくと長良が振り返って言った。

「ここらへんでいいよ。」
「そう? あそこに川内たちがいるから、あそこまで一人で行かれる?」
「もー、りんちゃんってばぁ、あたし子供じゃないよ。そういう心配ならみゃーちゃんにしてあげて。」
「……わ、悪かったわ。まだ全部訓練終わってないもんだから心配が抜けきってないのよ。気にしないで頂戴。」
「アハハ。やっぱりんちゃんは優しいなぁ。それじゃあ後は任せたよ。頑張ってね。」
「あんたに褒められてもねぇ。はぁ、わかったわ任せて。」
「(コクン)」無言だが不知火も頷いて意志を示す。

 僅かに前、川内が轟沈し堤防のそばに移動しようとしていた。五十鈴は川内と彼女を見届ける那珂の姿を確認すると、長良を同じ方向へと送り出した。無事に川内たちと合流したのを見届けると、二人は沖に進みながら戦線復帰を通信して知らせた。

「さて、長良がやられるのはある程度想定済みだったからいいとして、問題は私達二人でどこまでやれるかよね。」
「前衛はもう三人だけ。固まるべきかと。」
 不知火が言った三人、それは五十鈴も十分すぎるほどわかっていた。しかしこの三人ならば安心して敵に迫れるとも。
 五十鈴は若干速力を落として不知火を同列に位置させて視線を合わせた。不知火のアドバイスに同意を示すためだ。そして視線をこれから向かう先に向けた。
 そのポイントで先に戦線復帰した那珂が龍田たちとの距離を測っていた。五十鈴は那珂に通信し、今後の作戦を相談することにした。

クライマックス

クライマックス

 那珂は川内を退避させた後、目標を龍田たちに定めて移動を再開した。
 残るは龍田、暁、雷、電の四人。しかし五十鈴たち、そして上空を飛んでいる航空機を追い回している敵機の編隊を操る支援艦隊も健在だ。どちらかというと支援艦隊のほうが厄介だろう。
 那珂はそう判断した。

((どーしよっかなぁ~。さすがに一人で立ち回るのは危ないかも。さっきまでの五十鈴ちゃんを襲ってた航空攻撃もヤバイし、川内ちゃんたちに大ダメージ与えた霧島さんの攻撃も怖いからなぁ。けど固まって動くと一度にヤラれそう。だからといってあたしと五十鈴ちゃん・不知火ちゃんで個別に動くのもなぁ。火力も弾幕も足りない。))

 那珂は悩んでいた。やろうと思えば思い切り動いてあの4人を翻弄することは難しくない。しかし、今この時この戦闘において、自分のためだけのスーパーヒーローを演じるべきではないと自制がある。今すべきことは集団戦なのだ。前線をこれ以上立ち回るには人手が足りない。さすがに川内と夕立がやられたのは想定外だった。
 後方にいる支援艦隊に前に出てもらい合流するか。
 しかしそうすると一艦隊6人の編成制限を破ることになる。通常の出撃ならば推奨レベルのその制限を破ること自体に問題ないが、艦娘同士が戦うルールを厳格に決められた演習で同じくするのは後にも先にも印象が悪い。
 それを守りつつ戦力を補充するには支援艦隊から3人ないし2人に出てもらうしかない。

 ところで前々からチラリと上空に見える航空機つまりは偵察機、敵機の編隊を辛くもかわして飛び続けるあの技術力は神通しかありえない。察するに神通は神通で艦載機同士の戦いの真っ最中ということなのだ。そして操作中は無防備な神通を守るために当初の編成どおり、時雨と村雨が護衛の役目を果たしている。
 そうなると暇……もとい前に出られそうなのは五月雨と名取だ。しかし名取は気弱な性格と長良よりも練度が未熟なのでハッキリ言って役に立たないのは明白。
 支援艦隊からもらえる人手は一人しかいない。大抵のことは卒なくこなせる優秀な彼女だが、元来のドジっ娘属性がある。そこは不安だがまがりなりにも最初の艦娘、経験値はダントツトップだ。
 そこまで考えて、那珂は決断した。
 と同時に通信が入ってきた。五十鈴からだ。

「那珂。今話せる?」
「なーに、五十鈴ちゃん?」
「長良がやられたし、もう前衛艦隊は私達3人しかいないわ。私達も固まって動くべきだと思うの。どうかしら?」
「奇遇だねぇ~。あたしもその辺のこと考えてたの。そこでね、支援艦隊から五月雨ちゃんを呼ぼうと思うんだけど、この案乗ってくれる?」
 那珂は話の流れで今決めたことを五十鈴に伝えた。
「……そうね。攻撃の手は欲しいわね。了解よ。それじゃあ伝える?」
「うん。」

 そう言って那珂は支援艦隊の旗艦妙高に向けて通信した。その旨伝えると、妙高はすぐに承諾して五月雨に促した。
「わかりました。五月雨ちゃんを向かわせます。五月雨ちゃん、一人で行ける?」
「はい!任せてください!で、私は那珂さんのところに行けばいんですか?」
 五月雨の質問に那珂は指示を出した。
「ちょっと待って。合流は五十鈴ちゃんにお願いしたい。」
「私?どうして?」
 五十鈴の質問にも那珂は答えた。
「あたしと合流しようとすると、多分確実に狙われると思うの。どーもあの龍田ちゃんたちに思い切り警戒されてる気がする。私は龍田ちゃんたちの注意を引いてるから、その間に五十鈴ちゃんお願い。」
「わかったわ。五月雨を迎えに行った後は?」
「あたしは引き続き囮になってるから、その間に反対方向から龍田ちゃんたちを狙ってきて。そうすれば……」
「挟み撃ち。」
「「そうそうそれそれ。」」
 お互いが言いたかった表現を先に言ったのは不知火だった。

 次の作戦の意識合わせを終え、それぞれ動き出した。那珂は五十鈴と不知火が後方に下がって五月雨を迎えに動き始めたのを確認すると、ようやく前進した。
 目指すは龍田たちの間近。味方のためのスーパーヒーローだったら、いくらでも気兼ねなく演じられる。
 スマートウォッチで時間と見ると、前半終了まで時間がない。意外と早かったなと感慨深く感じる間もなく、那珂は思考を戦闘に完全に切り替えた。


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 今まで停まるか最徐行でゆっくりウロウロしていた那珂と五十鈴たちがハッキリと動き出したのを龍田と暁達は目の当たりにした。

「ねぇねぇ龍田さん。あの人たち動き始めたよ。」
「ねぇ龍田ちゃん。私達も動きましょうよ。ねぇ電。」
「(コクリ)」
 暁そして雷から急かされて龍田は三人それぞれに視線をゆっくりと流して頷いてから言った。
「分かって、る。」
「私達も二手に分かれる?」
 暁がそう提案すると、龍田はゆっくりと頭を横に振って言った。
「それはダメ。私達は、あの那珂さんを先に片付けるべき。天龍ちゃんも、霧島さんも、あの那珂さんだけはなんとしても先に倒しておけと。そうすれば千葉第二の艦娘たちは総崩れになるって。」
「そこまですごい人なのかなぁ~。そりゃあさっきまでの天龍ちゃんとの戦いを見たらすごいかもって思うけど、集団になってる私たちに近づいてこないじゃん。意外と大したことないわよ。ね、電。」
 雷が楽観的に口にすると、今まで影に隠れるようにおとなしかった電が雷に注意した。
「そ、そんな油断はダメなのです。きっと……。」
「……電の言うとおり。那珂さんは多分警戒している。相当注意深くなってる。そして一人でこっちに向かってきてるあたり、何か作戦がある、はず。」

 そこまで口にして龍田は口をつぐんだ。利口な沈黙というわけではない。作戦が思いつかないのだ。この龍田もまた、普段はそれなりの学校に行って普通に過ごしている中学生なのだ。高校生の従姉の天龍とは艦娘の経験日数もセンスも異なる。そのため戦場で急な作戦を咄嗟に思いつくほど戦いについての心構えが、従姉ほどできているわけではなかった。

 内心焦っており、その焦りは手に持つ槍(主砲内蔵型)の手のグリップ部分を擦る行動に表れていた。
 その時、後方にいる独立旗艦の鳥海から通信が入った。
「はい。龍田です。」
「こちら鳥海。標的を五十鈴・不知火両名に絞ってください。」
 龍田が“えっ”と聞き返す間もなく鳥海は説明を加えた。
「明らかに後方の艦娘達との合流を目論んでいます。練度は不明ですが人が増えるとあなた達では残り時間無事に立ち回るのは困難になるでしょう。幸いあの五十鈴と不知火両名はあちらの那珂ほど長けてはいないようです。隼鷹飛鷹の攻撃隊・爆撃隊で援護しますので、合流を邪魔してください。」
「わ、わかりました。……けど那珂さんはどうしたら?」
「那珂についてはこちらで始末します。」

 龍田は鳥海の作戦指示を最後まで聞いて焦りを落ち着けた。チラリと那珂を見ると自身らに向かってきている。龍田はすぐに視線をそらし、暁達に合図をして前進、そしてすぐに回頭して一路鎮守府Aの支援艦隊・そしてそこを目指そうとしている五十鈴たちを目指し始めた。

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 那珂は速力を増減させながら大きく反時計回りに移動し、龍田たちとの距離をジワジワと詰め始めた。
 囮になって注意を引く。思い切り動かなくては。
 ゴクリと唾を飲み込み、いざ声を上げてダッシュしようとしたその時、今まで自分と同じようにジワジワと距離を詰めたり離れたり立ち止まっていた龍田たちが急に反転し、逆方向に向かい始めた。

「え!?」
 那珂は思わず仰天して急停止した。反動で思わず前につんのめりそうになる。2~3歩海面を歩いて踏ん張って立ち止まった。

「な、なんで?どーして!? 囮のあたしを無視……!?」
 驚き焦ったが、目立つ行動はこれからというところだったので無視されるのは仕方ないと無理矢理に納得し、那珂はすぐさま追いかけ始めた。
 あの四人が向かっているのは火を見るより明らかだ。不幸にも五十鈴と不知火はまっすぐ五月雨の方を向いていて気づいていない。
 どうにか知らせなければ。向かってくる五月雨は方向的にも気づいているはず。那珂は彼女の索敵能力に期待をかけて任せてもいいが、事態はどう動くかわからない。そして自身。スマートウォッチの通信機能で知らせてもよかったが、ここは一つ、ハッキリと掻き乱すことで状況を動かす。
 那珂は距離はあったが大声で五十鈴に知らせることにした。

「五十鈴ちゃあああああーーーーーん!! そっちに敵が向かってるーーー!!」

 那珂は一旦急停止し、手を口に添えてメガホンを作り出して叫んだ。移動しながらでも叫ぶことはできるが、生半可な叫び方では危機感まで伝わらない。力を込めるには立ち止まって息を吸うことに集中しなければならない。

 そうして那珂が大声で叫ぶと、五十鈴たちはすぐさま気づいた。那珂の視線の先で五十鈴が僅かに振り向く動作をしたように見えたのだ。
 それと同時に龍田たちも気づいた。しかし龍田たちは速力も方向も変えない。


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 緩やかに南西から北西へと時計回りに弧を描くように移動していた五十鈴と不知火は、突然の那珂の叫びに驚き、視線を後ろつまり東に僅かに向けた。すると、敵の龍田たちが似た航跡を描いて向かってきている。

「えっ!?」
「!! 那珂さん……失敗。」
 不知火の発言に五十鈴は相槌を打つ。
「相手も馬鹿じゃないってことね。それとも私達舐められてるのかしら……ともかく、迎え撃つわよ。不知火、私の左隣に来なさい。」
「了解。」
 不知火が自分の隣に来るのを待たずに五十鈴は通信した。相手は五月雨だ。

「五月雨。いつでも砲撃できるよう構えて北に弧を描くように移動なさい。」
「え? あ、はい! でも合流はどうしたら……?」
「相手はそれを阻止したいのよ。だったらこっちは2人と1人のチームで迎え撃つまでよ!」

 五十鈴の指示に五月雨は慌てて返事をしてその通りに動き始めた。針路を変えた五月雨を視界の端に収めつつ、五十鈴はあるポイントで停止した。合わせて不知火も停まる。

「てーー!」

ズドッ!
ドゥ!

 五十鈴の掛け声が響く。五十鈴自身はもちろんのこと、隣の不知火も触れていたトリガースイッチを押し込んで砲撃を始めた。射程は十分だが、狙いたる龍田達は動いているため命中率は察する程度だ。彼女らも黙ってやられるわけにはいかないのだ。
 龍田達は五十鈴と不知火の砲撃を特にリアクションせずかわし、先頭の龍田から順に最後尾の電まで、流れるように砲撃し応戦し始めた。

ドドゥ!
ドゥ!
ズドッ!
ドドゥ!

 龍田らの連装砲・単装砲の四連続砲撃。
 五十鈴と不知火の間近に複数発のエネルギー弾が飛来する。

バシャッ!
ズバッシャーーン!!


「くっ……!?」
「!!」

 五十鈴と不知火は止まって撃ち、動かずにいたため、龍田たちの良い的になってしまった。とはいえ目の前数mに水柱が立ち上がる程度には命中率を低めに抑えることができている。しかし夾叉だ。

「五十鈴さん、立ち止まったのは失策。」
「わ、わかってるわよ! ちょっと様子見で止まっただけよ!」
 不知火の指摘に五十鈴は強めの語気で言い訳を吐き出す。続く勢いで五十鈴は五月雨に指示を出した。
「五月雨、そっちはいつ撃ってもいいわよ!相手の攻撃の方向を分断するのよ。」
「は、はい!」

 不知火の比較的冷淡な視線を浴び、五十鈴は一つ咳払いをしてその場から移動し始めた。前方では五月雨が龍田たちの隊列の中央めがけて砲撃しようとしている。
 自身らの行動に呼応するかのように、はるか後方から敵航空機の編隊が飛んできた。五十鈴と不知火は瞬時に苦い顔をする。先程まで自分たちを襲っていた憎い存在。その表情になるのは必定だった。

「ちっ。また戦闘機なの!? まったく面倒ね。」
「五十鈴さん、対空?」

 不知火に問われて、五十鈴はわずかに思案した。上空の敵に気を取られて、自分たちの僅かなチャンスを逃すのは非常に悔しい。

 那珂だったらどうするだろう

 きっと突飛なことをして砲撃と対空両方をこなすに違いない。
 アイデアを練るには時間が惜しい。であれば、今までの自身には似合わぬが強引に行くしかない。そう決めて五十鈴は口を開いた。視線は不知火に向けず、目の前の海上と上空の敵に向けたまま。

「無視。私達の標的はあくまで龍田達よ。このまま砲撃戦用意。」
「……強引?」
「はぁ……そうよ。文句ある?」
「(ブンブンブン)」
「雷撃だけには注意。あとは射撃や爆撃は基本無視。せめて電磁バリアのあるパーツを上空に向けておきましょ。」
「(コクリ)……そういう思い切り、好き。」

 上空の敵はまだ遠いがすぐにこのポイントの戦場に入ってくる。五十鈴は前方の龍田たち、彼女らを基準として9時の方向にいる五月雨、それぞれとの距離を詰めるため速力を上げて移動を再開した。


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 五十鈴に大声で知らせた後、那珂は五十鈴たちの速度が落ち始めたのに気づき、合わせて速度を緩めた。追いついて龍田たちの近くになり砲撃に巻き込まれないためだ。
 そうして那珂は徐行スレスレの速力で五十鈴・龍田両チームとの距離を調整し、目の前で砲撃の応酬が行われたのを見届けた後、五十鈴に通信しようとした。
 その時、那珂は遠くでズドンとしか表現しようのない、実際は桁違いの砲撃音を聞いた。
 それから1秒以内のことである。

ズドゴアアアアアアァァァァァ!!!!!


「う!」

 数分前に川内を襲ったあの極大のペイント弾が轟音を立てて飛来したのだ。
 那珂は視界の右端に真っ白い壁が突然現れたのに気づき、前進しようとしていた身体を強引に捻り、両足をバネにしてバックステップした。

ジャブン!

ズチャッ!!
「うあっ!!!」


 避けきったと思った那珂は半身に極大のペイント弾を食らった。実際のエネルギー弾でも爆発でもないのにその衝撃は凄まじく、被弾した半身に引っ張られるように低空をコマのように回転しながら前方へ弾き飛ばされる。

バッシャーン!!
ズザザザザザザ……

 海面に手と両足合計3つによる航跡が十数mに渡って走る。全身を海面につけるという事態を避け、那珂はかろうじて体勢を立て直すことができた。
 そして前方を見る。すると今度は海中にごく僅かな青白い6つの雷跡をともなって魚雷が迫ってきていた。

ズドォ!!

ドドォ!!
ザッパーーン!


 魚雷は那珂が避ける動作をする前に2つぶつかって自爆するものもあれば、見当違いな位置関係で爆発したものもある。しかし残りの本数は那珂めがけて2時と10時の方角から襲い掛かってきた。

「ヤバッ……ていっ!!」

 右足を立ててしゃがんでいたため、那珂はその右足を軸に思い切り左に向けて海面を蹴って低空ジャンプして魚雷をかわした。

ズドドォーーー!!

 那珂が直前までいたポイントで複数発の魚雷の衝突による大爆発が起き、極大の水柱が立ち上がる。海面はうねり激しい波を発生させる。その影響で那珂は着水時にバランスを取りきれず左側面から着水し海中に没した。

 急いで浮上しようとしたその時、那珂は察した。
((このまま浮上したら……浮上するまでの僅かな時間で十分支援砲撃を準備できる、よね。この状況はまっずいなぁ。あたしが避けたりするところを狙うのが目的だったのかな、霧島さんと鳥海さん。だったら……))

 那珂は海底に向けるべき主機を海上に向け、浮上しないように体勢を変えてから魚雷を一本発射した。

ドシュ……

 そして海面に飛び出した魚雷の結末を横目で見ながら海中を移動し始める。
 するとまもなく、海上で魚雷の爆発音とそれに覆いかぶさるようにペイント弾の飛来する音と爆音が多重奏した。

((やっぱり。これは浮上するタイミング図らないとね。それじゃーもう一発。))

 呼吸の限界が近くなったため早く浮上したかった。同じ手は通用しないだろうと想像したが、念には念を入れ、自身が浮上するタイミングともう一発魚雷を浮上させるタイミングを同時にすることにした。
 今度の魚雷は最初からエネルギーの出力を最大にし、あたかも艦娘であるかのような大きさにして。

ザッパーーン!
 そうして那珂は魚雷と同時に浮上し、再び海面に戻ることに成功した。
 どうやら霧島による支援砲撃は来ないようだった。周囲を見渡して那珂は状況を素早く確認する。離れたところにいる五十鈴たち、そして五月雨は那珂の被弾を気に留めず龍田たちを相手に移動しかわしつつの砲撃戦を行っていた。
 早くあちらの戦いに合流してしまえば、味方もいる手前うかつな支援砲撃はしてこないだろう。そう考えて那珂は蛇行しながら移動し始めた。


--

 移動しながら五十鈴に通信する。
「五十鈴ちゃん。あたしも加わるよ。」
「あんた大丈夫なの?」
「まぁね。多分中破にはイってると思うけど。」
「そう。無事ならいいわ。あんたは五月雨に合流なさい。」
「おっけぃ。」

 那珂の心配を最低限口にしつつも意思確認と指示を素早く済ませる五十鈴。那珂も必要以上に自身の安否を引っ張ってほしくないため、もはや一言で済ます。二人の軽巡にはそれだけで十分だった。

 那珂は支援砲撃の的になるのを防ぐため、身をかがめながら速力を上げて移動し始めた。向かうのは五月雨のいるポイントだ。五月雨に通信する。
「五月雨ちゃん、ダイジョブ?」
「あ、那珂さーん! 那珂さんこそ大丈夫なんですかぁ!?」
「うん。あたしは五月雨ちゃんの後ろに大きく回りこむから、砲撃しながらこっちに向かってきて。その後タイミング見て合流するよ。」
「はい! わかりました!」

 那珂が指示すると五月雨はすぐに行動に移し始めた。彼女は那珂の方を見ず龍田たちに砲塔と視線を向け、緩やかに弧を描いて那珂の方に向かっていった。パッと見、移動中に偶然に那珂に近づいていき追い越したようにしか見えない。龍田たちは左右から砲撃を受けて文字通り右往左往している。そのことが幸いし、五月雨の行動の真意を図っていられる状況ではなかったのだ。
 那珂もまた、五月雨に直接向かわぬよう大きく回り込んで追い越す。見た目には単に移動したようにしか見えない。
 五月雨からある程度距離を開けると何度目かの上空から射撃の雨が降る。那珂は片方の腕を上空に向け、対空射撃を行いつつ捨て目的の威嚇数発砲撃を同時に行う。針路は五月雨が向かう方向だ。距離を一気に詰め始めた。

「よっし五月雨ちゃん、雷撃用意!」
「はい!」
 無事に合流を果たした那珂は五月雨に指示を出し、続く勢いで五十鈴に通信した。
「五十鈴ちゃん、雷撃……
「那珂? 雷撃……クスッ。行くわよ、いいわね?」
「もちのろんですよ!!」

 那珂と五十鈴の次なる目的の行動は同じだった。那珂は通信越しに、珍しく心地よい五十鈴の笑い声を聞いた気がした。

 那珂・五月雨と五十鈴・不知火の両チームが龍田たちに向かってわざと当てぬ砲撃を繰り返す。その砲撃に対処するため龍田達は速力の増減を繰り返して針路を変える。しかしもはや彼女らは鎮守府Aの艦娘達からは逃れられない。
 それぞれ雷撃にふさわしい姿勢を取るタイミングができた。上空の鬱陶しい敵も支援艦隊も無視したおかげで得られたチャンスを逃す手はない。

「「それっ!!」」


 那珂は腰につけた魚雷発射管をやや無理して真横に、五月雨は背中に背負った魚雷発射管をぐるりと45度動かして足元から右斜下に。
 五十鈴は元々魚雷発射管が真横に向いているために特に体を動かさずスイッチに指をあてがい、不知火はロボットアームの一本に取り付けた魚雷発射管を真横に向くように動かした。
 那珂と五十鈴は勝負を決めるため、魚雷発射管に収まっていた魚雷を全弾発射した。その行動を見て慌てて五月雨と不知火が残りの魚雷を時間差で放つ。4x4の合計16本の一撃必殺の槍が扇のように広がり、龍田たちに近づくに連れてその範囲を狭めて集まっていく。本来の魚雷ではありえぬ、艦娘特有の仕様の賜物だ。


--

 龍田たちにとってみると、両舷に向かって自分たちがその威力をよく知る必殺の槍が光をまとって襲い掛かってくるその光景に、絶望する以外の感情は沸かなかった。

 何が悪かったのか。

 独立旗艦鳥海の指示に従い、あの那珂の挑発に乗らずに五十鈴達に向かって攻撃を仕掛けたところまでは問題なかったはず。五月雨という艦娘が戦闘に加わっても、後ろについてくれている暁たちがうまく捌いてくれたおかげで大した危機にもならなかった。そこも問題はない。
 そして参戦しようとする那珂を霧島の砲撃で大ダメージを与えて撃破した。鳥海の言った対処とはこういう作戦と流れだったのだ。自身らの砲撃戦に集中していてあまり見なかったが、視界の端で極大なペイント弾が那珂にクリティカルヒットしている様は見ることができた。そこは支援艦隊の行動なので問題ないと信じてよかったはず。
 しかし、撃破されたはずの那珂がこの戦場にいる。良くて大破、悪く見積もっても中破に達しているであろうはずなのに、焦る素振りをまったく見せず感じさせずに雷撃を味方と息を合わせて協力して放ってきた。

 思えば天龍が那珂に戦いを挑んでしまったのがそもそもの問題点なのかもしれない。従姉の天龍が生き残っていれば、違う戦いと展開ができたかもしれない。
 そうか、この戦いにおいて那珂がいるから悪かったのだ。那珂の行動に引っ張られて一度の多くではないにせよ少しずつ作戦が狂わされていたのかもしれない。

 那珂をもっと知っておけばよかった。自分の性格上・学年差のため従姉の天龍のようにとはいかないが、普段から仲良くしておけばよかった。


ズドッ!ズドドッ!!
ズドドォーーーン!!
ザッパアアアァァァーーーン!!!


 様々に後悔を抱きながら、龍田は那珂と五十鈴たちからの雷撃を大量に喰らった。速力を瞬発的に限界まで高めても、幅を広めたり狭めたりして襲ってくる魚雷からは逃れられなかっただろうと、龍田は魚雷が目の前と背後1mに迫ったときに悟った。炸裂音と再現された爆発で波しぶきに揉まれて足元をすくわれ宙に飛ばされた時、ジャンプしていれば避けられたかもしれないと思ったが、その後悔はすぐに消えた。一本が海面から顔を出して宙にいる自分めがけて対艦ミサイルのように飛んできたのだ。
 まさかジャンプして避けることが予測されていた?
 龍田の下半身の臀部を守る電磁バリアが対艦ミサイル化した魚雷を可能な限り破壊しようと反応し、火花を散らす。しかし破壊しきれなかった魚雷は龍田のバリアを突き抜け、威力減退しながら龍田の脇腹、若干中央を逸れて側面まで現れている艤装の一部にも激突し、爆発を起こした。


ズガアアアァァン!!


 普段の訓練、定期査定の演習でだってここまで激しくやられたことはない。龍田は死ぬのかもと錯覚し、止まぬ衝撃の嵐にもはや身を委ねるしかなかった。


--

 遠目で前衛艦隊である龍田たちを見ていた鳥海は、自身の失策を理解した。大まかな動きでしか把握できないが、水柱が立ち上がる原因はわかりすぎるほどわかっている。すぐにレーダーを味方のみのフィルタ設定にして確認する。龍田始め暁、雷そして電ともに耐久度が一気に低下し、ステータスが大破そしてついに轟沈に変わった。
 全滅である。

 龍田および暁たちの精神的な支柱は天龍ということを前々からわかっていた鳥海は、残された龍田たちの行動力や瞬発力がガタ落ちになるであろうとを察していた。そのため、残り時間内は距離を保って砲撃戦を繰り返し、制限時間を逃げ切らせるつもりでいた。行動力が落ちたとはいえ、艦娘としての練度は相手より上だ。できるはず。

 しかし、それが完全に慢心だったのだ。

 二段構え三段構えで狙った那珂を仕留め損ねたことが敗因だったと鳥海は悟った。まさか戦艦の砲撃を凌ぎ雷撃に耐え、航空攻撃を物ともせず無事に仲間と合流を果たすとは。
 面白い。
 鳥海は前半戦の完全敗北を判断し深く心に刻んだ。と同時に、後半戦に向けて思案し始める。その中で、心にボッと熱いものを感じるようになった。自身の艦娘人生の最後を締めくくる、良い戦いにできそうだと心の中で不適な微笑を浮かべた。

ハーフタイム

ハーフタイム

 試合に参加している艦娘全員のステータス監視をしていた明石は、手に持っていたタブレットに、4人連続で状態変化の通知が届いた。いずれも神奈川第一鎮守府の艦娘たちだ。
 アナウンス役として贔屓してはいけないが、自分のところの鎮守府の艦娘たちがやってくれたことに明石は心の中でニンマリと笑顔を浮かべて喜んだ。しかし口に出す雰囲気は至って冷静。

「神奈川第一、軽巡洋艦龍田、駆逐艦暁、駆逐艦雷、駆逐艦電轟沈!」
 明石はそう叫ぶと提督に目配せをした。提督は明石に近づき2~3言葉を交わす。
 そしてそれから1分ほど経った後、提督は明石に続いて宣言した。
「ちょうど時間となりましたので前半戦終了致します! 行動中の皆は今すぐ停止。堤防の手前まで戻ってきてください。」

 提督が言い終わると、数秒して堤防から大歓声が鳴り響いた。
「うわーー!すっげぇーー!!」
「艦娘が戦うの初めて見たけどすっごいなぁ~~~!!」

「すごいすごい! なみえちゃんかっこいいー!」

「神奈川第一の艦娘の人たちもやるなぁ~。」
「そうそう。特にあっちの後ろの方にいた人の砲撃なんかここから見てても迫力あって凄まじかったし。」

「艦娘って学生さん達が多いのよね?若いのによくやるわねぇ~。」
「でもあちらの神奈川第一鎮守府の艦娘にはうちらと近い歳の人もいるみたいですよ。」
「どのみち俺ら会社員にはあの子たちのように艦娘になるなんて無理っしょ。」
「……まぁ、○○くんは男だしね。」
「いや、まぁ、その……俺が言いたかったのはさ……。」

 様々な感想の言葉が発せられる観客席たる堤防沿い。艦娘の戦いを間近で見られて興奮して色めき立つ場所目指して那珂達は移動し始めた。


--

 雷撃による大量の水柱と大波が収まった視線の先の海を那珂と五月雨、そして五十鈴と不知火は針路を時計回りに回りながら注視していた。その時、明石による判定の言葉を聞いた。そこで初めて安堵の息を吐き力を抜く。
 那珂は五月雨に減速を指示し、やがて停止した。
「那珂さん?」
「もう大丈夫。あとは終了を待とっか。」
「それじゃあ……!」
 那珂の言葉を受けて五月雨は時計を見る。すると、前半終了まで後1分というところであった。

 しばらく待つと、堤防から提督の声が聞こえ指示が発せられた。
「それじゃ戻りましょ、那珂さん!」
「うん。……とその前にぃ~。」

 五月雨の誘いに答えつつ、那珂が向かった先はつい先程自分達が雷撃の的にした龍田達の方向であった。五月雨は最初離れていく那珂に首を傾げたが、その様子を見ていてハッとした。反対側で見ていた五十鈴と不知火も同じ様を示した。

 那珂は停止し、目の前でスネから下だけ浮かべて必死にもがいて起き上がろうとしている少女に手を差し伸べた。
「だいじょーぶ? はい、あたしの手掴んでいいよ。」
「……あ。那珂さん……?」
「うん。龍田ちゃん、お久しぶり。」
 ザパァ……と海水が龍田の身体から流れ滴り落ちる。龍田は那珂の手を掴んでようやく上半身を起き上がらせ、海面に立つことができた。
「お、お久しぶり……です。従姉の天龍ちゃんが、お世話になってます。」
「アハハ。こちらこそ。彼女は良いライバルかもだしね! 天龍ちゃんもナイスファイトだけど、龍田ちゃんもナイスファイト! あたしを撒くなんてなかなかの冷静な判断っぷりでよかったよ~。」
 那珂がそう励ますと、龍田は視線を落とし顔を隠した。那珂は龍田が次に発する言葉を待つ。やがて龍田は重い口を開けて言葉をひねり出した。
「私は……大したことできてません。天龍ちゃんがいなければ……。せめて暁たちに危険が及ばないように先頭に立って動くことしかできませんでした。」
「それが一番大事だと思うなぁ。あたしは川内ちゃんと夕立ちゃんを結局守ることすらできなかったし。」
「だったら私は長良を守れなかったわ。」
 突然会話に割り込んできたのは五十鈴だった。そばには暁たちがいる。五十鈴・不知火・五月雨もまた那珂と同じように敵であった暁達神奈川第一の駆逐艦達の起き上がりを助けていた。それを終えた後の五十鈴の言葉だったのだ。

「うちは、結果として変に奇をてらいすぎていたわ。個々の行動に自由な立ち居振る舞いを許してしまっていた。だから、川内も夕立も長良も途中でやられた。私達は彼女らを守る行動を取れなかった。あなた達のように本物の軍艦の艦隊行動さながらの行動をしていたら、守れたかもしれないし、もっと充実した展開を迎えられたかもしれない。そう考えると……そうでしょ、那珂。」
「……うん。そーだね。だから、龍田ちゃんたちの動きはためになったし、とても厄介だった。そして羨ましいと思ったなぁ。」
「……羨ましい?」
 那珂は龍田の聞き返しに、相槌をゆっくり打った。
「うん。理由は今五十鈴ちゃんが言ってくれたとおりかな。試合には勝ったけどなんとやらは……って感じ?」
 那珂の言葉に釈然としない表情を浮かべる龍田。そんな彼女の周りに暁たちが移動してきたので那珂は離れて自分達の艦娘同士でまとまることにした。
「反省はまだまだしたいけど、試合もまだあと後半戦があるからこのくらいにして戻ろっか。ホラ、鳥海さんたちも戻ってきたし、うちも妙高さんたちが先に戻り始めてるし。」
 那珂がその場の全員にそう言葉を投げかけると、全員頷いた。


--

 やがて堤防の手前の海岸線に参加した艦娘全員が揃った。鎮守府Aのメンツと神奈川第一のメンツ、それぞれ固まり、視線は堤防の上つまり観客の間に移動していた提督らに向く。

「みんなご苦労様。前半戦よく戦ってくれた。前半戦は千葉第二鎮守府の判定勝利。優勢だ。時間は短いけれど、後半戦に向けて休んでくれ。」
 そう提督が口にすると、観客たちも奮闘した艦娘達に口々に温かい言葉を投げかけた。

「会長ー!かっこよかったっすよー!」
「なみえちゃ~ん!すっごいすっごい!」
「ながるーん! よく頑張ったよ~! やっぱながるんかっけぇわ~!」
「さっちゃ~ん! お疲れ様です!」
「神先さーん! 後半も頑張ってね~!」

「さっつーん!よく頑張ったね~お疲れ様ー!」
「時雨~!あんた遠くて見えなかったよぉ~!」
「夕音ちゃん!お疲れ様! ホラ、もう泣かないでよ~!」
「ますみちゃん……って、今は村雨ちゃんって呼んだほうがいいの~? 村雨ちゃ~んファイトー後半目立って~!」

 那珂たちの高校から来た生徒の他、五月雨たちの中学校から来ていると思われる少年少女達も口々に労いの言葉をかけている。
 提督と同じ会社から来た者達、そしてテレビ局の社員達は、観客と艦娘たる少女達の様子を黙って温かい目でただ見守るのみだ。

「は~いみなさーん!早く工廠に戻ってくださいね~。あっちで補給しつつ休んでくださーい。」
 明石に続いて神奈川第一の鹿島も案内のための声掛けをした。
「みなさ~ん。私達も場所をお借りしてるので、一緒に戻ってください!」

 艦娘達はタイミングはマチマチだが全員頷き、観客達からの声援の返しはほどほどに、ゆっくりと速力を挙げて川に入りそして工廠の前の湾へと入っていった。


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 出撃用水路から上陸した艦娘達は、艤装を一旦預け、燃料やエネルギーなどを補給している間、工廠入り口に鎮守府別に集まってそれぞれ話し合っていた。鎮守府Aには提督と明石が、神奈川第一には鹿島が付いてだ。

「みんなご苦労様。特に那珂、五十鈴。よくみんなを引っ張ってくれた。最後の雷撃でフィニッシュは見事だったよ。」
「エヘヘ。それほどでも~。」
「ありがとうございます。けれど、私達の行動や作戦はまだまだ甘いと思ったわ。」
 素直に喜ぶ那珂とは対照的に、反省のため表情に影を落とす五十鈴。同じく影を落としたのは川内だった。
「あたしも……ダメでした。轟沈なんてくっそ情けない!」
「あたしもあたしも~。」
 川内に同意する夕立は、言葉は普段どおりだが勢いがない。
「あたしも~。やっぱいきなりあんな激しい戦いは無理だね~。」長良も反省を口にする。

「いや、三人は仕方ないさ。長良はまだ基本訓練中の身だし、川内と夕立は戦艦の砲撃を思い切り食らってしまったんだからね。川内はそれでも敵にくってかかろうとしたんだから、良かったと思うぞ。」
「うーん……そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、あたし的にはやっぱりなぁ……。」
「あたしも試合に出させてもらえたんだったらもっといい活躍したかったな~~。」

 川内と長良が言葉を濁すのと同時にそれぞれが反省や愚痴を言い始めた。そんなざわつくている少女たちを静粛にするため妙高が一声発した。
「後半戦、いかがいたしましょう?」

 一気に静まり返る一同。その静けさを破ったのはなんと神通だった。
「川内さんの代わり、私にやらせてもらえないでしょうか?」
「「神通!?」」「神通ちゃん!?」「「神通さん!?」」
 普段大人しい人物の意外な積極的発言に誰もが目を見張って驚いた。
 全員の視線が集中するが、神通は恥ずかしさを飲み込んで続けた。
「川内さんの敵討ち、です。」
「敵討ちって……普段のあんたに絶対似合わない言葉だなぁ……でも嬉しい。あたしの代わり、神通に任せたいよ。ねぇ那珂さん、五十鈴さん、妙高さん。いいでしょ? あたしからもお願いしたい。神通を後半戦の前衛艦隊の旗艦にして!」
 懇願された那珂始め三人は顔を見合わせる。
 那珂は神通に一歩二歩と近づき、視線を合わせて言った。
「ほんっと~~にやれる?自信ある?」
「……あ、あります。……多分。いえ、私、やりたいんです!」
 那珂の強い問いただしに若干勢いをなくす神通。そこに那珂は畳み掛けた。
「ハッキリ言って残った敵は強いよ。今のあたし達がまだ知らない艦種の艦娘が3人もいるんだもん。それにあの独立旗艦の鳥海さん、あの人は天龍ちゃんも忠告してくれたけど、かなり強いってさ。そーでしょ、川内ちゃん?」
「は、はい。あの人の一撃はすっごく強烈でした。それにまったく気配を感じなかった。頭に血が上ってたとはいえさすがのあたしでも、海上を動く艦娘の存在に気づけないはずないですもん。それなのに間近に迫っていたことすらわからなかった。いきなり横に現れて弾き飛ばされました。アニメやゲームのキャラなら瞬間移動とか超スピードを持つ強キャラかよって思いますけど、現実にはそんなことありえないわけで。」
 経験者は語るとはまさにこのことと示さんばかりの川内の言葉に神通はゴクリと唾を飲み込んだ。神通の決心がさらに揺らぐ。

 川内の敵討ち、それしか考えていなかった。敵の残った勢力がスッポリ抜け落ちていた。しかし皆の前で強く決意した手前、やっぱやめます、誰か手伝ってくださいとは非常に言いづらい。めちゃ言いづらい。そんな神通の思いが彼女に頭を垂れさせる。誰の視線からも神通の顔色が見えなくなる。
 しばらく続いた沈黙を破ったのは那珂だった。

「編成枠一人空いてるでしょ。夕立ちゃんの分。そこにあたしも加わろっか。神通ちゃんにあそこまで強く言わせてしまったらさ、先輩として黙ってたらちょっと情けないかなぁ~って思うの。ねぇ川内ちゃん、神通ちゃん。あたし、加わったら……ダメ?」
 やや前傾姿勢に、上目遣いになるようにして那珂は懇願した。その様子には普段通りの茶化しが見え隠れする。しかし、川内にしてみれば神通一人に任せることの不安、神通にしてみれば心強い先輩が加わることで決心の揺らぎをごまかせることが解消できるため、願ってもない提案だった。
「あたしはかまわないですよ。あとは神通がどう思うかだけど。どう、神通?」
 思い切り承諾するのもわざとらしいと思った川内は自分の意志はどうであれ言い出した本人に任せるよう言葉運びをした。同僚の確認を受けて神通は配慮に気づいてゆっくりと頷き答えた。
「……そう、ですね。万全に近い状態にしておきたいですし。那珂さん、一緒に戦ってもらえますか?」
「うん!任せて! 今度は神通ちゃんと絶対助けてみせるから。あ、もちろん五月雨ちゃんたちもだよ~~。」

 笑いを取ることは忘れない那珂だった。

 それぞれの思う筋運びになったことで、最後の作戦会議は続く。

<二次編成> 前→後ろ
本隊(旗艦:神通)
神通
  不知火
    時雨
      村雨
        五月雨
          那珂

支援艦隊(旗艦:妙高)
五十鈴
妙高
名取

 もはや支援艦隊は手薄も手薄、脆い状態になっていた。しかし神奈川第一にはすでに支援艦隊に割ける人材がいないので、その点を加味すると神通たちにとっては三人でも心強い存在だった。
 妙高による遠距離砲撃、五十鈴と名取は雷撃で支援する。万が一の対空は不慣れな名取それから妙高には砲撃に集中してもらうために二人をかばうため五十鈴がすることになった。
「みや……名取。魚雷の撃ち方は教えたとおり、できるわね?」
「う、うん。落ち着いていられたら、多分大丈夫。」
「タイミングは私が指示するから、あなたは狙うことだけに集中なさい。いいわね。」
「わかった。私頑張る……!」

 本隊たる前衛艦隊は神通を先頭にして梯形陣となった。神奈川第一の龍田たちの艦隊行動を参考にし、なるべく流れるように砲撃や雷撃をするためだ。流れるように動く必要があるため一度狙われれば脆いが、攻撃の初動と狙いがあえば砲撃・雷撃の威力が何倍にも高まり、敵の回避を妨げることができる。まさに決戦仕様の陣形。那珂が全員にそれを提案し、旗艦神通が承認してその陣形が採用された。


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 万全とはいえないが後半戦に向けての準備は整った。那珂たちは奮起して掛け声をあげようとする。音頭を取ろうとしたその時、時雨が手のひらで那珂の背後を指し示した。
「あの……那珂さん。後ろに神奈川第一の方が……。」
「えっ?」

 那珂は振り上げた手をおろして後ろを向く。するとそこには神奈川第一鎮守府の独立旗艦、鳥海が静かな笑顔で立っていた。
「あ……鳥海さん。どうかされたんですか?」
「いえ。前半戦の判定勝利のお祝いにと思いまして。はっきり言ってあなた達を甘く見ていました。素晴らしい奮闘っぷりでした。判定勝利おめでとうございます。」
「いえいえ。こちらこそそちらの動き方とか大変勉強になっています。この勢いで後半戦も勝っちゃいますよ~~?」
「ふふっ。それはどうでしょうね。お互い全力を出し切って良い後半戦にしたいですね。」
「はい!」

 和やかな会話が進む。話してみれば意外と話しやすい。とっつきやすそう。那珂はそう感じた。今回そしてこれからこの人と接する機会がどれだけあるのかわからない。しかしこの優しげだが一片が見えた底の見えない強さと、そうだと感じさせるオーラは絶対只者ではない証拠だ。
 那珂は、この今の声掛けがただの挨拶と賞賛ではないと踏む。

「ところで、うちの天龍と一騎打ちを約束していたとか。」
 突然話題が変わった。那珂は一瞬身構えるが平然を装って会話に乗ってみた。
「え、あ。はい。なんというか……天龍ちゃんがどうしてもって誘ってきて~。」
「そうですか。天龍が我儘を押し付けてご迷惑をおかけしました。あなたももっとやりたい別の作戦もあったでしょうに。」
「いえいえ、お気になさらずに! なんだかんだで天龍ちゃんと真っ向勝負できて満足しましたし。」

 那珂がケラケラと笑いを交えながら応えると、鳥海も釣られて笑みをこぼす。
「ふふっ。そうですか。よかった……安心しました。それでは我儘ついでに私のお願い聞いていただけますか?」
「へ?」
 その後に続いた言葉は那珂の想像を超えるものだった。
「私とも、一騎打ちをしてください。」


 五十鈴達は那珂のように笑みをこぼすことなくほぼ無表情だったが、那珂もまた笑みが次第に消えた。言葉の意味がすぐに理解できなかったためだ。
「えーと、それは……どーしてですか?」
「那珂さん、あなたと一対一の勝負をしたいのです。あなたに、非常に興味が湧きました。」
 真正面からそう言われて那珂は戸惑う。それは口の重みにも表れた。
「し、勝負って……別にあたし、そういうの趣味じゃないんですけど。たまたま天龍ちゃんだったから乗ってもいいかなって思っただけで。」

「そこをなんとか。」
 食い下がる鳥海に対して沈黙で応える那珂。鳥海は2秒ほど黙った後、再び那珂に提案の言葉を投げかけた。

「それではこうしましょう。一騎打ちして、あなたが勝ったらその時点で演習試合、千葉第二の勝利としましょう。うちに戦闘継続可能な艦娘が残っていても負けとします。」
「……それって。それじゃああたしが負けたら、うちらも同じように負けですか?」
「いえ。あなたが負けてもそれは那珂さんの轟沈のみで、そちらは引き続き戦闘を継続してもらって結構です。」
「へぇ~~。随分、自信おありなんですね~?」
 那珂は鳥海の言い方にカチンと来て、厭味ったらしさを30%ほど混ぜて言い返した。それに鳥海はリアクションせずに答える。
「えぇ。」
 まったく変わらぬにこやかな表情。那珂は内心困惑した。いきなり一騎打ちをと言われても唐突過ぎて理解が追いつかない。そもそもほぼ初対面で交流がない。受ける理由がないのだ。
 こと今回に関しては、集団戦を最後までこなしたい。集団の中の個だったらまだよいが、個だけではいけない。自分だけ経験値を積んでレベルアップしても仕方ないのだ。全員で挑んで、(多少の差はあれど)全員で経験値を得てレベルアップせねば。
 那珂の答えは決まっていた。一旦後ろを向く。すると五十鈴始め川内、駆逐艦たち、そして妙高や提督ら大人勢全員の視線が一点に集まっている。
 それぞれの目は、那珂の答えを待っていた。那珂は少しだけ口の両端を上げてその意をほのめかし、そして鳥海の方を向いて返した。

「せっかくのお誘いですけれどお断りします。あたしたちは全員で力を出し合って全員で挑みます。その結果負けちゃったなら、それはそれであたしたちの経験値なのでおっけぃですし。」

 那珂の返事に鳥海は表情を一切変えず笑顔(眼鏡の奥に光るものは別として)のまま無言で見つめる。そして小さいため息と共に諦観して言った。
「そうですか。最後にと思って思い切ってみたのですが、振られてしまいましたね。わかりました。それではこちらも全員で挑み、あなた達を倒してみせます。そして願わくば、那珂さんあなたと一対一で砲を交えられることを期待しています。」

 終始無表情にも感じられる笑顔を崩さぬまま、鳥海は神奈川第一の集団に戻っていった。
 それにしても何が“最後”なのだろうか? 何気なく漏らしたと思われるその単語になんとなく引っかかるものがある那珂であった。


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 後半戦が始まるまでの休憩時間、テレビ局のカメラはずっと向いていてその視線?を感じていたものの、那珂達は見学者たる同学校のクラスメートたちとおしゃべりに興じるなどして気にせずこの後のために英気を養った。那珂の高校としてはメディア部がインタビューをしてきたので応対するのも忘れない。

 すでに神奈川第一の艦娘達は外に出て行っていない。出撃用水路の前には、前半戦を生き残った那珂、神通、五十鈴、時雨、村雨、五月雨、不知火、妙高そして名取がいる。
 彼女たちの向かいには惜しくも轟沈判定してしまった川内、夕立、長良、そしてずっと見守ってくれていたクラスメート達が立っていた。

「那珂さん、神通。あたしの分まで頼みましたよ。絶対勝ってよ!」
「時雨~ますみん~さみ~!それからぬいぬい~! あたしのカタキ?お願いだよ~!」
「アハハ!りんちゃぁ~ん、みゃ~ちゃん。良いお手本期待してるよー!」

「会長、頑張ってください!」
「俺たちの会長~~!」「「わーー!!」」
「なみえちゃん、ガンバ!」

「さっちゃん、頑張ってくださいね。」と和子。
「神先さんのかっこいいところ見たいよ。頑張ってね!」

 五月雨らには同中学校のクラスメートたちが同じように声援をかけて送り出そうとしている。不知火に対してもまた、クラスメートが熱い声援を投げかけたり肩をポンポンと叩いて冗談めかした応援をしている。

「うん。行ってくるねみんな!あたしの活躍期待しとけよ~~!」と那珂。
「はいはい、お手本になってあげるからこの後の訓練期待しててよね。」
「あ……うん、和子ちゃん、○○さん。なんとか、生き残って勝ってみせる、から。」
五十鈴そして神通が那珂に続く。そして時雨たちも目の前からの声援に応える。

「ゆう、○○さん、××さん、みんな。行ってきます。」
「あんまり自信ないけど、生き残ってみせるわぁ~!」
「私、頑張っちゃいますから! みんな、私のやる気見ててね!」
「(コクリ)」

 全員が一通り決意と応援の応酬を終えた。那珂は全員を見渡し、別作業のため今この場にいない人物の代わりにいつも慣れきった言葉を発した。
「それじゃあ行ってきます。皆、暁の水平線に勝利を。」
「「勝利を!」」
 送り出す側では川内と夕立のみ同じ言葉を口にする。

川内たちとクラスメートたちが見守る中、後半戦に挑むため艦娘達は海に足を付けて出て行った。

同調率99%の少女(26) - 鎮守府Aの物語

なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=75025835
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1mEHkfOEoc-vYJPU0SAW-u-OmBx8bcvHr60HK0X6PFRo/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)

同調率99%の少女(26) - 鎮守府Aの物語

ついに始まった、神奈川第一鎮守府の艦娘達との本格的な演習試合。初めての対人戦のため那珂たちは様々な思いを胸にし、戦場たる海上を駆け始める。 2019/07/15 - 全話公開完了しました。 --- 艦これ・艦隊これくしょんの二次創作です。なお、鎮守府Aの物語の世界観では、今より60~70年後の未来に本当に艦娘の艤装が開発・実用化され、艦娘に選ばれた少女たちがいたとしたら・・・という想像のもと、話を展開しています。

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-06-02

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work