【連載】てぃーだぬ光の下で

成上悠也 作

  1. プロローグ (2019年6月2日掲載)
  2. 第1章 金城渚 (2019年6月2日掲載)
  3. 第2章 井上龍 1、2 (2019年6月9日掲載)
  4. 第2章 井上龍 3、4 (2019年6月16日掲載)
  5. 第2章 井上龍 5、6、7 (2019年6月23日掲載)
  6. 第3章 石浜千佳 1、2 (2019年6月30日掲載)
  7. 第3章 石浜千佳 3 (2019年7月7日掲載)
  8. 第3章 石浜千佳 4 (2019年7月14日掲載)
  9. 第3章 石浜千佳 5、6 (2019年7月21日掲載)

小学生が主人公のかけがえのない友情を描写した青春物語です。連載小説の形を取ります。
さわやかな青春の話ではなく、読んでて物悲しくなるような、切なくなるような要素をふんだんに取り入れています。カタルシスを得ることができる物語だと自負しています。ぜひ、想像力を働かせて読んでいただけると幸いです。

10年ほど前に書いた処女作になります。物語は完結済みですが、ノートに書いてあるため、現在はそれを投稿用にパソコンに移しています。その際、話の大筋は変更していないのですが、文章表現や展開の矛盾等を修正しています。僕が若かりし頃に書いた作品なので、勢いで書いている部分が多いです。その若者の勢いも楽しんでいただければと思います。

投稿ペースは1週間を目安に考えています。物語の大筋は完結しているので、更新が大幅に遅れることはないです。

プロローグ (2019年6月2日掲載)

てぃーだぬ光の下で

 千佳、龍、今まで本当にありがとう。二人と友達になることができて、私はとっても幸せだったよ。千佳、私がいなくても楽しい学校生活を送るんだよ。千佳は優しいからたくさん困った事が出てくるかもしれない。その時は、一人で抱え込まないでちゃんと相談するんだよ。千佳は私以外にもたくさん素敵な友達がいるんだから。龍、真面目に勉強やりなよ。宿題忘れても、もう私は助けてあげられないぞ。サッカー頑張ってね。
 私も二人に負けないように頑張るよ。楽しい事たくさん見つけて、新生活を満喫するから。元気でね……。

第1章 金城渚 (2019年6月2日掲載)

金城渚

 沖縄県立つばめ小学校五年二組。このクラスは、どこの学校にもあるごく普通の学級だった。まじめに勉学に励む者、腕を枕に夢の世界に旅行している者、ノートにいたずら書きをしている者もいる。
 今は五時間目、国語の授業。多くの児童が昼休み明けで眠たい目をこする一方で、黒板に書いてあることを真剣にノートに写し、先生の話を真面目に聞く児童がいた。金城渚は、目が大きくて丸く、その黒い瞳で黒板をしっかりと見つめていた。五年生の標準よりも小柄で少し丸みを帯びた体型の渚は、まるで小動物のようだった。髪はくせっ毛で、前髪や後ろ髪がふわりと重力に逆らっていた。服装は、チェーン店の洋服屋で買ったシャツやスカートをうまく着こなしていた。見た目はどこにでもいる普通の小学生だ。
 渚を渚たらしめているものは、その模範生のような性格であった。真面目で努力家、遅刻欠席は今まで一回もなかった。また、彼女は良好な人間関係を築くことがとても上手で、その快活な性格、笑顔で、常に人を引き寄せていた。
 渚は、休み時間や放課後は、毎日誰かと遊びの約束をしていた。とりわけ用事がなければ、相手の誘いを断ることをせず、誰とでも、どんな遊びでも参加していた。よく冗談を言ったり、相手を慮る発言をしたりしていたので、彼女のいる空間は、常に穏やかな雰囲気が漂っていた。
また、彼女は同年代だけでなく、教師からの信頼も厚かった。責任感が強いため、色々なことを任されることがあった。クラス新聞の作成、花の水やり、林間学校の実行委員など、頼まれた時に何一つ嫌な顔をせず、いつも笑顔で私に任せてくださいと明るく返事をしていた。成績は平均的であったが、その真面目な性格やリーダーシップからか、通知表はいつも「よくできました」が多かった。
生まれつき社交的な性格だった渚の元には自然とたくさんの人が集まってくる。彼女はこの状況を嬉しく、そして、誇らしく思っていた。
 “キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン”
 「よし、今日はここまで。日直あいさつ」
 「起立、気をつけ、礼」
 『ありがとうございました』
 渚は、休み時間の初めの時間を少し使い、ノートをきちんとまとめてから、友達の元へ行った。

第2章 井上龍 1、2 (2019年6月9日掲載)

井上龍


 六時間目は、算数の授業だった。黒板には難しい数式が文章のように書き連なっている。
 「井上、この問題解いてみろ」
 五年二組担任の田代先生は、ボケっとした児童たちの目を覚ますかのように大声で問いかけた。
 「えー、無理っすよー」
 井上龍は、指名されると同時に情けない声を出して、回答を拒否した。クラス中から笑いがこぼれる。
 「井上、もう後一か月で六年生になるんだからな。この問題も解けないんじゃ進級できないぞ」
 田代先生は、冗談まじりで言った。
 「大丈夫です。分からないことあったら、金城に教えてもらうんで」
 「えー、嫌だよ。自分で勉強して」
 「幼なじみだろ。固いこと言うなよー」
 井上龍、彼は渚と家が近く、親同士の仲も良いため昔から交流があった。龍は男子の中では背が小さい方だったが、スポーツ、特にサッカーが得意なためか、女子から人気があった。髪は短くて、肌は浅黒く、三月のこの時期からノースリーブに短パンでいることが多い典型的なスポーツマンだった。渚と同じく社交的な性格で、女子からだけでなくクラス中の人気者だった。しかし、宿題はやってこない、忘れ物はする、身の回りの整理はできないなど、とにかくだらしがなかった。小学校に入学してから、何度も渚に「龍、もっとしっかりしなよ。そんなことだと絶対に困るよ」と度々注意されていた。しかし、龍はその度に「だらしなくたって生きていけるよ」と返していた。渚はため息をつき、「もう知らないからね」と言うのであった。
 渚は、龍のお姉さんのような存在だった。しかし、そんな龍に、渚は一度命を救ってもらったことがあった。


 それは四年生の時、同級生だけでなく教師からも好かれていた渚は、同時に妬まれてもいた。
 「金城のやつ、最近調子乗ってね?」
 「一回シメようよ」
 「いいねー、やろやろ」
 教室の端で、三人の女子児童がそのような話をしていた。
 事件は、その翌日の放課後に起きた。
 「金城さん、ちょっと話があるんだけどいいかな?」
 女子児童の一人が愛想笑いを浮かべながら、渚に話しかけた。
 「うん、いいよ」
 渚は笑顔で答えた。
 「じゃあ、体育倉庫に来てくれるかな。ちょっとここだと相談しにくくて……」
 「うん、分かった」
 人のよい渚は、たとえあまり親しくない間柄であっても、よく相談にのっていた。今日は何の相談をされるのかなー、という軽い気持ちで体育倉庫へ向かった。そして、重い倉庫のドアを力強く開けて中に入った。目の前には、二人の女子児童が跳び箱に寄りかかって立っていた。それに気を取られていると、もう一人の女子児童が、渚が入ってきたドアを思い切り閉めた。
 「来たな金城」
 「本当にバカだな。疑いもせずにここに来るなんて」
 「え、どういうこと?」
 渚は、戸惑い聞き返した。
 「こういうことだよ」
 渚は女子児童の一人に髪を無造作に掴まれ、壁に叩きつけられた。何が起こったか分からず、体勢を保てずにうつ伏せの状態で倒れこんだ。間髪を入れずに、女子児童達は渚の周りを囲み、手加減をすることなく暴力をふるった。髪は引っ張られてぶちぶちと音を立てながら、何十本も抜けた。口は切れて、血の味が舌いっぱいに広がった。それでもなお、殴られ、蹴られ、全身にアザができた。渚は息を詰まらせながら声を振り絞り、三人に問いかけた。
 「な、何でこんなことするの?」
 女子児童の一人が声を張り上げ答えた。
 「てめぇが自分で自覚してないのもむかつくんだよ」
 渚は、全く意味が分からかった。自分を殴っている女子とは一度も関わったことがなかったからだ。
 「はぁ、はぁ、ごめんなさい。私が何かしたんだったら謝るから。許してください」
 この一言が、火に油を注ぐ結果となった。
 「てめぇのその性格がむかつくって言ってんだよ」
 女子児童が腕を大きく振りかぶり、渚の顔を思い切り殴ろうとした。その瞬間、
 「やめろ」
 倉庫のドアの前で一人の少年が鋭い声で一喝した。その時、渚は意識が朦朧としていて、はっきりと状況が理解できなかった。
 「誰、龍、龍なの?」
 まさか、あの龍がこんあところにいるわけないじゃん……。渚はゆっくりとまぶたを閉じ、そのまま意識を失った。
 「千佳、金城のやつ気絶してるよー」
 千佳と呼ばれた女子児童は、大きく舌打ちをした。
 「井上、てめぇがこなかったらもっと金城のことをぼこぼこにしていたのにな。今日はこの辺にしといてやる。しっかり助けてやれよ。金城の王子様」
 皮肉たっぷりの捨て台詞を吐いて、仲間の二人を引き連れ、倉庫から出て行った。龍は、急いで渚に近づき、意識のない渚を担いだ。
 「すぐに保健室に連れていってやるからな」
 龍は渚に言い聞かせるようにつぶやくと、振動を与えないように注意しながら、できるだけ急いで保健室に向かった。

第2章 井上龍 3、4 (2019年6月16日掲載)


 保健の北川先生は、渚の痛々しい身体を見て目が飛び出るばかりに驚いた。
 「どうしたの、この怪我。すぐに救急車を呼ばないと」
 北川先生はすぐに119番に電話をして救急車を要請した。その後、消毒液やガーゼを棚から取り出し、応急手当を始めた。消毒液でガーゼを濡らし、そのガーゼをピンセットでつかみ、渚の身体の出血部分を優しく丁寧に消毒した。出血はいたるところにあり、北川先生は特に出血がひどい顔や腕を重点的に手当てしている。北川先生は治療する手を休めることなく、龍に一体何があったのか説明を求めた。
 「金城が女子たちに殴られているところを僕が偶然通りかかって助けたんです」
 龍は簡単に状況を説明し、逆に渚の容態について北川先生にたずねた。
 「金城の怪我、全部きれいに治りますよね」
 龍の問いに対して、北川先生は複雑な表情を浮かべた。
 「ここまでひどい怪我だと先生には分からないわ。病院でお医者様に聞いてみないと」
 「そうっすか」
 龍がうつむくと、北川先生は龍を励ますように、金城さんは絶対に良くなるわと言った。
 「あ、そうだ。金城さんに暴力をふるっていたのは誰なの? 井上君見たんでしょ」
 「いえ、暗くてよく見えなかったっす」
 龍は嘘をついた。別にかばうつもりはなかった。ただ、真実を言う前に嘘が先に出た。
 「そう……、でもまさか金城さんが襲われるなんてねぇー。実はね、女子が暴行をされる事件が半年前から起きているのよー。被害にあった子はみんな何でもないですって言って、相手のことを教えてくれないから被害が止められなくて。でも、金城さんが襲われるなんて。金城さんは本当に良い子で誰からも恨まれることしてないはずなんだけどねー」
 龍は能天気な口調に苛立ちを感じながらも、また質問をした。
 「今までのも金城と似たような感じだったんすか」
 北川先生は、ええ、とつぶやき、治療のために動かしていた手を止めた。
 「これで応急処置は全て済んだわ」
 龍は改めて渚の身体を見た。まだ全身の痛々しいアザは消えていなかったが、出血は治まり、大分良くなっている気がした。
 「あ、そうだ。金城さんの親御さんに連絡しないと。井上君、この時間、金城さんの親御さん家にいるかな?」
 北川先生は突然思い立ち、龍にたずねた。
 「多分いるんじゃないっすか」
 龍は分からないという口調で言った。北川先生はそうですかと言い、受話器を取って渚の家に電話をかけた。
 「……お忙しいところ失礼いたします。沖縄県立つばめ小学校の看護教諭の北川と申します。金城さんでよろしいでしょうか」
 お前がかけたんだろ。龍は内心こう思った。この緊急事態にもマイペースであることが癇に障った。
 「はい、はい、では病院で待ち合わせましょう。はい、失礼いたします」
 北川先生が電話を切るとすぐに龍は、俺も病院についていっていいですかと聞いた。
 「もちろん。井上君は関係者だからね。だけど、家の人にはちゃんと電話しておくのよ」
 受話器を渡され、龍は家に電話をかけて親から了承を得た。龍が受話器を置くと同時に外から救急車のサイレンの音が聞こえた。数分後、二人の救急隊員が保健室に入ってきた。一人は担架を肩に担いでいる。担架を持っていない隊員は北川先生に詳しい状況を聞き、担架を担いでいる隊員は渚の身体を担架に乗せようとした。
 「これはひどい」
 隊員は思わずそう発し、すぐに渚の身体を軽々と持ち上げて担架に乗せた。
 「付き添いは先生だけでよろしいですか?」
 「いいえ、私とここにいる男子児童です」
 「承知いたしました。ついてきてください」
 「はい」
 二人は同時に返事をした。速やかに渚を救急車に搬入し、近くの総合病院へと向かった。県内で最も大きく、設備が充実している病院だ。また、医師は県内だけでなく、県外からも来た優秀な医師が多くいた。それを知っていた龍は、意識を失っている渚のことを励ますようにつぶやいた。
 「あの病院の医者はみんな優秀だからな。お前の傷もあっという間に治してくれる。もう少しの辛抱だぞ」


 十分後、病院に到着した。病院の入り口には、今にも泣きだしそうなほど心配そうな表情を浮かべながら渚の母親が立っていた。渚が救急車から運びだされると、すぐさま渚に駆け寄った。
 「渚、渚、目を開けて」
 涙声ですがるように何度も渚に呼びかけていた。その様子を見て、龍も北川先生も救急隊員もかける言葉が見つからなかった。隊員達は、ただただ渚を処置室に運ぶことに全力を尽くした。
 渚を処置室に運び、治療が始まった。治療している間、龍、北川先生、渚の母は処置室の外で渚の無事を祈っていた。
 一時間後、治療が無事に終了した。渚は空いている病室に移され、三人は診察室で医師から詳しい話を聞いた。医師の話によると、渚は全身のいたるところに打撲傷があるが、骨や臓器に異常は見られないとのことだった。その話を聞いて、三人はひとまず安堵した。また、渚が今意識を失っているのは痛みによる一過性のもので、数時間もしないうちに目覚めるだろうとのことだった。医師は、今日一日渚を入院させて明日容態を診て退院するかどうかを決めることを勧めた。渚の母はそれに同意した。
 医師の話が終わり、三人は診察室を出た。部屋を出るとすぐに、渚の母が北川先生と龍に向かって深々と頭を下げた。
 「先生、龍君、渚を助けてくれて本当にありがとうございました。お二人のおかげで渚の命が助かりました」
 「いえいえ。私は救急車を呼んで応急処置をしただけですよ。お礼なら井上君に言ってあげてください」
 「本当にありがとう龍君。龍君は渚の命の恩人だよ」
 渚の母はもう一度龍に向かって頭を下げた。
 「当然のことをしただけっすよ」
 龍は照れながら言った。

第2章 井上龍 5、6、7 (2019年6月23日掲載)


 翌朝、部屋を照らす太陽の光で渚は目を覚ました。
 「渚、おはよう。怪我の痛みはどう?」
 「おはよう。昨日よりは大分良くなったよ」
 昨日、渚は医師の言った通り、処置の二時間後に一度目を覚ました。しかし、その時はまだ痛みがひどく、包帯を取り替えたり、痛み止めの点滴を打ったりした後、すぐに身体を安静にして再度眠った。たっぷり寝たこともあり、渚の身体は本調子に戻りつつあった。
 「待っててね。今、お医者様を呼んでくるから」
 待っている間、渚の脳裏には昨日の出来事が否が応でも浮かんできた。クラスメイトに殴られ、蹴られたこと、髪を思いっきり引っ張られたこと、壁や床に叩きつけられたこと、龍が助けに来てくれたこと……。あ、そういえば、あの時私を助けてくれたのって龍だったのかな。渚が記憶の糸をたぐりよせている間に医師が来て、渚の診察をした。
 「これだけ元気なら、もう退院しても良さそうですね。念のため、後一、二時間様子を見ましょう」
 医師は渚によく頑張ったねと労いの言葉をかけて部屋から出て行った。去り際に渚の母は医師に対して、ありがとうございますとお礼を言った。その後すぐに渚の方に向き直り、昨日の出来事について一部始終を話した。渚のことを龍が助けたこと、保健の北川先生が救急車を呼んで応急手当をしてくれたこと、この病院で、優秀なお医者さんが完璧な治療をしてくれたこと、色々な人のおかげで渚が今元気でいることを伝えた。その話を聞いて、渚はバツの悪そうな表情を浮かべていた。
 「どうしたの、渚?」
 母が心配して問いかけた。
 「うん、私のせいで、色々な人に迷惑かけちゃったなーって」
 「渚……」
 渚はどこまでもお人好しな性格をしていた。渚は、たとえ自分がどんなにひどい目にあったとしても、必ず自分の心配より先に相手の心配をするのであった。渚の母はそんな渚に半分呆れながらも、一方でとても誇らしく思っていた。
 「大丈夫よ。誰も迷惑だなんて思ってないから。それより、自分の心配をしなさい。後、学校に行った時、龍君と北川先生にお礼を言うのよ」
 「はーい」
 渚はのんきな声で返事をした。

 ほどなくして、渚は約半日ぶりの自由を手にした。この日は良く晴れた穏やかな日だった。
 「お母さん、明日から学校行ってもいい?」
 渚は笑顔で母に聞いた。
 「渚が大丈夫ならいいよ」
 「やった」
 渚は小さくガッツポーズをした。


 翌日、渚はところどころに包帯を巻きながらも、いつも通り登校をした。渚はいつも以上にクラス中から歓迎された。
 「おはよう、渚」
 「渚、怪我大丈夫?」
 「金城、お前いじめにあったんだってなー」
 渚は、声をかけてくれた全てのクラスメイトと軽く話し、一段落したタイミングで龍に話しかけた。
 「龍、昨日はありがとう。見直したよ」
 「上から言ってんじゃねーよ」
 「ま、龍にも長所はあったんだねー」
 「何だとー」
 二人が楽しげな会話をしているその陰では、ある女子児童が渚のことを静かににらみつけていた。視線に気づいた渚は、ふりむいて軽くほほえんだ。渚の笑顔を見て、彼女はこう思った。
 「殺してやる」
 
 渚が、昨日学校で何か変わった事があったか友人に聞いている途中で、始業のチャイムがなり朝の会が始まった。朝の会が滞りなく終わり、朝の会と一時間目の授業の間、担任の女性の先生が渚のことを呼んだ。渚は呼ばれるがまま、先生の机の近くに駆け足で向かった。
 「金城さん、もう怪我は大丈夫ですか?」
 「はい、井上君と北川先生のおかげでもう大丈夫です」
 渚は何事もないように答えた。先生の目線は包帯に向かっていたが、渚の言葉を信じたのか、渚の方に向き直った。
 「そうですか、良かった。それで、その日のことについてなんですけど、金城さんを襲った人のことについて先生に話してくれませんか」
 先生は言いにくそうに話した。
 「いえ、私、実は何も覚えていないんです。ごめんなさい」
 渚はうつむき、申し訳なさそうに言った。
 「本当に何も覚えてないのですか?」
 「はい」
 「そうですか。もし、思い出したら、先生に言ってください。無理しなくて大丈夫ですからね」
 「はい」
 渚は嘘をついた。別にかばうつもりはなかった。ただ、真実を言う前に嘘が先に出た。
 結局、その後も渚は先生に事件の詳細を報告することはしなかった。渚もこのことについてあまり話さず、周囲も気を遣ってかほとんど話をしなかったため、昼休みが終わる頃には、渚が怪我をしている以外はいつも通りの教室に戻っていた。今回の事件で、渚は、今までに経験したことがないほどの傷を負った。心もえぐられた。しかし、一つだけ良かったと思うことがあった。龍のことだ。渚は今まで龍に対してちゃらんぽらんのだらしない幼なじみというイメージしかなかったが、今回の出来事を通して、いざという時は頼りになるんだなと思うようになった。


 「とにかく、井上、しっかり復習しておけよ。この問題はテストに出すからな。テスト中は金城には聞けないぞ」
 「はーい」
 龍は気のない返事をした。田代先生は次に指名する児童を当てるために教室中を見回した。児童達は、絶対に当たりたくないと言わんばかりに田代先生と目線を合わせないようにした。数秒後、一人の女子児童がまっすぐ右手を伸ばし、私を当ててくださいとアピールをした。
 「よし、石浜、解いてみろ」
 石浜と呼ばれた児童は、姿勢よく歩き、黒板にたどり着くと、すらすらと問題を解いた。
 「正解だ。さすがだな、石浜」
 「ありがとうございます」
 "キーンコーンカーンコーン"
 問題を解き終わった後、丁度授業終了のチャイムがなった。クラスの張りつめた雰囲気が一気に解放された。
 「終わったー」
 「今日も長かったー」
 「よし号令」
 授業終了のあいさつをして児童達はテキパキと帰り支度を始めた。クラス中の机の上にランドセルが置かれた後、すぐに帰りの会が始まった。着々と進み、すぐに帰りの会最後の項目、先生の話になった。田代先生が日直と入れ替わりで前に立った。
 「今日も一日無事に終わったな。五年生もあと少しだ。四月からは六年生、最上級生だ。きちんと自覚を持って、生活するように。以上」
 「起立、きょうつけ、礼」
 『さようなら』

第3章 石浜千佳 1、2 (2019年6月30日掲載)

石浜千佳


 放課後、授業の呪縛から解放された児童達の顔には自然と笑みがこぼれていた。
 「一緒に帰ろうぜ」
 「今日、うちでゲームしない?」
 この後の予定を話し合う児童達の声で教室は騒がしかった。それは渚も例外ではなかった。
 「渚、一緒に帰ろう」
 「いいよ、千佳」
 千佳は、渚の唯一無二の親友だ。渚と異なり女子の中では身長が高く、龍と同じか少し高いくらいであった。髪はストレートで沖縄の潮風によくなびいていた。服装はTシャツにジーパンが多く、ボーイッシュな印象を周囲に与えていた。
一方内面は、友達付き合いが良く気のいい性格だった。また、学力が非常に高く、成績が彼女に勝る者はクラスで一人としていなかった。渚と千佳は、友達になってからいつも一緒だった。登下校、休み時間、放課後……、誰の目から見ても相性抜群の二人であった。
 しかし、千佳が現在のように明るい性格になったのはほんの一年前だった。それまでの千佳には、今の性格の欠片も見受けられなかった。


 千佳は幼い頃は内気な性格で、近所にも親戚にも同じくらいの年の子どもがいなかったのもあり、いつも一人で遊んでいた。それは幼稚園に入っても変わらず、いつも一人で積み木やブランコで遊んでいた。幼稚園の先生は見るに見かねて、何度も千佳を遊びに誘った。しかし、千佳は、うん、と返事をすることなく常に一人でいた。
 それは、家に帰っても同じであった。千佳は家に帰るとすぐに自分の部屋へと向かった。一人っ子の千佳は、幼稚園に入園した時にはもう自分の部屋があった。その部屋にはベッド、テーブル、テレビと生活に必要な日用品は全て置かれていた。千佳の毎日の行動は、精密機械のように寸分違わず同じことの繰り返しだった。
 部屋に入ると制服を脱ぎ捨てて、普段着に着替え、ベッドに飛び込む。ベッドの上に無造作に置かれたリモコンを拾い、テレビをつけ、テレビの音を聞きながら、リビングから取ってきた雑誌を読むことが日課になっていた。幼い頃から理解力が高かった千佳は、芸能面だけではなく、政治面や経済面などの難しい内容もなんとなく理解することができた。
 午後三時、おやつの時間。専業主婦である千佳の母は、千佳の気持ちを明るくさせるために、毎日手作りのおやつを作っていた。ケーキやドーナツ、チョコレート……。味だけでなく、見た目にもこだわっていた。しかし、どんなに美味なおやつを作っても、どんなに見た目がおいしそうなおやつを作っても、千佳の心を動かすことはできなかった。
 ある日、千佳の母は千佳の口から「おいしい」と言わせるために、とびっきりのおやつを用意した。
 「千佳、おやつよー」
 千佳はその時、いつものように雑誌を読んでいたが、母の声が聞こえるとすぐにリビングに向かった。リビングでは、母がニコニコしながら千佳を待っていた。千佳は母の顔を一切見ることなく席についた。
 「千佳、飲み物は何がいい?」
 「何でもいい」
 千佳はそっけなく答えた。
 「そう。オレンジジュースでいい?」
 一応確認した。
 「うん」
 千佳の了解を得ると、オレンジジュースをコップに注いで、千佳の元へ持って行った。千佳は、コップがテーブルに置かれるとすぐに、ジュースをごくごくと飲んだ。
 母は再びキッチンに行き、千佳を喜ばせるための秘策を冷蔵庫から出した。
 「千佳、今日のおやつはいつもと違うわよ」
 千佳は無言だった。表情一つ変えなかった。母はそのまま続けた。
 「今日のおやつは、この前テレビで特集された日本一おいしいケーキよ」
 千佳の視線はテーブルの木目を数えているようだった。
 「午前中、お母さんの友達が東京から里帰りしてね。おみやげに持ってきてくれたのよ。日本一おいしいケーキだよ。千佳も絶対気に入るよ」
 千佳は、つまらなさそうに足をばたつかせていた。
 「今、そっちに持っていくからね」
 母は気持ち大きくケーキを切り、千佳の元に持って行った。ケーキの乗った皿が目の前に置かれて千佳はようやく顔を上げた。
 千佳はいただきますも言わずに、ケーキにフォークを刺して一口食べた。何度か噛んで、すぐに次を口に入れた。
 「千佳、味はどう?」
 母がたまらず聞いた。
 「……別に」
 想像していた千佳の笑顔、おいしいの一言。そんな母の想いは単なる幻想だった。千佳はそれから一言も話すことなく黙々とケーキを食べて、自分の部屋へ戻った。母は、しばらく自分の分のケーキに手をつけられずにいた。自分達の育て方が間違ったのか、千佳はおかしな子なのか、自責の念に押しつぶされていた。日本一おいしいケーキなんてくそくらえという気持ちだった。
 千佳のことを気に病んでいるのは親だけではなかった。幼稚園の先生も千佳のことを心配していた。年中組に入ってすぐに何をしても決して笑わない千佳のことが気になり、両親を幼稚園に呼び、面談をしたことがあった。もしかしたら、両親が千佳のことを虐待しているかもしれないと思った。しかし、そうではなかった。千佳の母は、父は全身全霊で千佳に尽くしていた。その面談で、両親と幼稚園の先生が一生懸命千佳を笑顔にさせる案を出し合った。しかし、どれも功を奏さなかった。結局、千佳は一度も笑わず、一度も泣かず、一年間を過ごした。転機が訪れたのは、年長に上がった時だった。

第3章 石浜千佳 3 (2019年7月7日掲載)


 幼稚園の年長組になっても、千佳の性格は変わることはなかった。いつも一人でいた。いつも一人浮いていた。他の園児達も段々と千佳のことを意識し始めていた。千佳のことを奇異な目で見るようになっていた。
 「あいつなんか変じゃない?」
 「僕、千佳ちゃんが笑ったところ見たことないよ」
 「千佳ちゃんってさ、ロボットみたいだね」
 千佳にも聞こえるようなひそひそ声で様々な言葉が飛び交った。千佳は何を言われても気にしなかった。何を言われても、自分の世界に閉じこもっていた。
 機械のような千佳が変わったのは、年長になってから一ヵ月たった頃だった。
 「ちーかーちゃん」
 千佳は自分の名前が呼ばれた気がしたが無視した。気のせいだと思ったからだ。
 「ちーかーちゃん」
 また聞こえた。
 「千佳ちゃん」
 三度目、同時に肩をポンと叩かれてようやく自分が呼ばれていると気づいた。
 「私?」
 千佳は戸惑いを隠せずに聞き返した。
 「うん」
 「何?」
 「千佳ちゃん、こっちで一緒に遊ぼう」
 「え? いや、私は一人で……うわぁ」
 千佳は面倒くさがって断ろうとしたが、二人の女の子に両手を引っ張られ、抵抗できなかった。
 「え、あ」
 千佳は、突然の出来事になす術がなかった。嫌々ながらも、相手の気が済むまで一緒に遊ぶことにした。
 「千佳ちゃん、こっちで積み木しよう」
 「……うん」
 「千佳ちゃんてさ一人で遊ぶのが好きなの?」
 髪を真ん中で二つに分けた子がたずねた。
 「うん」
 千佳はそっけなく答えた。手持無沙汰に積み木を積むが、目は決して合わせないようにした。
 「ふーん、でも一人じゃつまんないでしょ」
 もう一人の髪をまっすぐに伸ばした子が言った。
 「そんなことないよ」
 千佳はきっぱりと言った。しかし、二人は食い下がることはなかった。
 「そっか。でも、みんなでいるともっと楽しいよ。私達と友達になろう。私の名前は、りこだよ。よろしくね」
 髪を真ん中で分けた子が自己紹介をした。
 「私は、かほだよ」
 もう一人の子も自己紹介をした。千佳は、この場を切り抜けるために仕方なく、よろしくねと言って話を合わせることにした。
 
 幼稚園が終わり、千佳は送迎バスで家に帰った。この日、生まれて初めて友達と遊ぶ約束をした。いや、させられた。二人の話が進んでいき、断る余地がなかったのだ。千佳は、一度した約束を破ることはできなかった。約束の破り方を知らなかったからだ。
 千佳は、家に入るとすぐに自分の部屋へ行き、普段着に着替え、特に何も持つことなく、部屋を出て玄関に向かった。自分の部屋にいるはずの千佳が、玄関にいるのを見て、千佳の母はまるで幽霊を見たかのように驚いた。
 「千佳、どうしたの?」
 「今から……、遊びに行ってきます」
 千佳は、小さな声でたどたどしく言った。
 「え? 今何て」
 母は聞き返した。聞き間違いかもしれない。でも聞き間違いであってほしくなかった。
 「友達……、今日、遊ぶ約束、した」
 千佳は途切れ途切れに答えた。しかし、今度ははっきりと聞こえた。友達と遊ぶ約束をしたと。千佳の母の目には自然と涙があふれていた。
 「友達は何ていうお名前なの?」
 「りこちゃんとかほちゃん」
 「二人も友達できたんだ。すごいね。今日はどこに行くの?」
 「近くの公園」
 「大丈夫? 一人で行ける? お母さんもついていこうか?」
 「大丈夫。近いし」
 「そう、分かった。暗くなる前に帰ってくるのよ」
 「はい」
 「いってらっしゃい」
 千佳は終始抑揚のない暗い声で答えた。それとは裏腹に、千佳の母は初めての友達と遊ぶ約束をした千佳を盛大に送り出した。

 千佳は家を出ると、大きく深呼吸した。いつもは幼稚園に行く気だるさから深呼吸をする余裕はなかった。何回か深呼吸をして、公園へ向かって歩き出した。
 そういえば、幼稚園以外で外に出るの久しぶりだな。千佳はふと思った。
 千佳は、散歩はおろか親と買い物に行ったこともほとんどなかった。物心ついた頃は、親に無理矢理連れられてアウトレットモールやデパートに行くことはあったが、そこでもほとんど椅子に座っていた。そのため、”外を歩く”こと自体が千佳にとって初体験に等しかった。
千佳は、公園まで歩いていったことはなかったが、幼稚園の送迎バスでその公園の前を通るため、道は完璧に覚えていた。いつもはバスで通る道をとことこと小さな足で歩く。最初はとても新鮮な気持ちだった。今まで外を歩いた経験がないに等しい千佳にとって、自分の足で目的地に向かうことは冒険そのものだった。その冒険に少しだけ心がざわつくのを感じた。体験したことのない気持ちだ。胸がドキドキして、楽しい感じ。しかし、その胸のドキドキはすぐに嫌な気持ちのドキドキに変わった。
 公園まだかな。こんなに遠かったっけ? 千佳はいつのまにか汗だくになっていた。思っていたよりも公園が遠い。もうそろそろ着くと思ったのに。どこかで道を間違えたかな? あそこで曲がるんだったっけ? 千佳は生まれて初めて、”どうしたらいいのか分からない”という気持ちに襲われていた。やっぱりお母さんについてきてもらった方がよかったかな? このままこっちに歩いていいのかな? 千佳は不安に負け、来た道を戻って確認をしたり、立ち止まって公園までの道のりを一生懸命思い出そうとしたりした。
 最終的に千佳が待ち合わせ場所の公園についた時には、約束の時間を大きく過ぎた後だった。公園に入って辺りを見回した。りこもかほもいなかった。
待ってないよね。千佳は深くため息をついてブランコへ向かった。ブランコに乗ると、思い切り足を伸ばしてこいだ。風を切る爽快感とは裏腹に、千佳は一生遊びの誘いは受けないことを心に誓った。
 「ちーかーちゃーん」
 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。千佳は気のせいだと思い、ブランコをこぎ続けた。
 「ちーかーちゃん」
 その声は次第に大きくなっていった。
 「ちーかーちゃん」
 三度目、千佳は声のする方へ振り向いた。
 「りこちゃん、かほちゃん」
 千佳は勢いよくブランコから飛び降り、二人の元に駆け寄った。
 「ごめん、千佳ちゃん。待った?」
 「ううん、私も今来たところ」
 「よかった」
 千佳は、今までにない感情を抱いていた。もう来ないだろうと思っていた二人が颯爽と現われた。まるで、暗い穴に落ちた自分を助けてくれたみたいだ。千佳は、二人になら自分の心を打ち明けられると思った。これが、”友達”、胸がすくような思いがした。
 「……今日は何して遊ぶ?」
 千佳は走ってきた二人が呼吸を整えるまで少し待ち、恐る恐るたずねた。二人と会うことができたのは良かったものの、千佳はどうしたら良いのか分からなかった。自分から話をすることさえもおっかなびっくりだった。その千佳の気持ちを察したのか、かほが明るく笑顔で千佳に言った。
 「千佳ちゃん、今日は公園よりもっと面白いところに行こう」
 「もっと面白いところ?」
 かほの笑顔につられ、千佳の声も少し大きくなった。
 「こっちだよ」
 二人に手を引っ張られる形で千佳達三人は公園から出た。

第3章 石浜千佳 4 (2019年7月14日掲載)


 千佳は二人に手を引っ張られながら住宅街を歩いていた。そこは、全然知らない道だった。周りの家々は、昔に建てられたためか、漆喰が所々黄ばんでいて、赤瓦も色あせていた。
 「どこに向かっているの?」
 千佳は不安になり、二人にたずねた。
 「もうすぐだから」
 二人の足取りは少しも淀まなかった。
 「ほら、あそこだよ」
 長い住宅街を抜けると、少し大きな通りに出た。その通りの端には小さい駄菓子屋があった。その駄菓子屋の看板をかほが指さした。
 千佳は駄菓子屋の看板を見るとすぐに、あ、と声を出し暗い表情になった。
 「ごめん、私、お金持ってないんだ」
 千佳は小さな声で言った。
 「大丈夫、私達も持ってないから」
 りこが笑顔で答えた。
 「え?」
 お金もないのにどうするんだろうと思った。千佳の疑問は解消されないまま、またもや二人に引っ張られる形で駄菓子屋に入った。横開きのガラス戸を開けると、中には、八十歳ぐらいのおばあさんがいた。
 「いらっしゃい。りこちゃん、かほちゃん。おや、新しいお友達かい?」
 「うん。千佳ちゃんって言うの」
 「そうかい。よろしくね千佳ちゃん」
 おばあさんは柔らかい声で千佳にあいさつをした。千佳は急にあいさつされてとっさに声が出ず、会釈をしてそれに答えた。その後すぐに店の中を見回した。千佳は店内の光景に目を奪われた。チョコレート、ガム、飴、スナック……。普段は、おやつの時間は別に楽しみでも何でもなかったが、こうして宝石のような色とりどりのお菓子を直に見ると、食べたいという気持ちが一気に湧いてきた。このお菓子食べたいな、これも食べたい、千佳はお金を持っていないことも忘れ、食べてみたいお菓子の品定めをしていた。
 「千佳ちゃん、ちょっとこっち来て」
 「え?」
 りこが千佳を店の端に引っ張り、耳元でささやいた。
 「これから、私の言う通りにして」
 「え?」
 「今からかほちゃんがおばあちゃんとおしゃべりをするから、その間に食べたいお菓子をポケットの中に入れて」
 「え? でもそれって悪いことじゃ」
 「大丈夫。私達、いつもやっているから。心配しないで」
 「え? う、うん」
 千佳がまごまごしているのに構わず、りこは手を振ってかほに合図をした。かほは軽くうなずいて、おばあさんに話しかけた。おばあさんは、しわだらけの顔をさらにしわくちゃにして、まるで孫と話すように、笑顔でかほとのおしゃべりを始めた。
 「千佳ちゃん、今のうち」
 りこの一声でハッと我に返った。千佳はどうすべきか一瞬考えた。刹那の後、千佳は駄菓子をつかんでポケットの中に入れることを決めた。ポケットは小さくてあまり駄菓子を入れることはできなかった。しかし、千佳は一生懸命近くにある駄菓子を引っ掴み、ポケットの中に入る限り詰め込んだ。
 「かほちゃん、そろそろ帰ろう」
 りこが声を張ってかほを呼んだ。これが終了の合図だった。
 「うん」
 「今日は何も買っていかないのかい?」
 「うん。今日はお金持ってきてないんだ。また今度買いに来るね」
 「そうかい。バイバイ」
 店を出て三人は顔を見合わせた。
 「大成功だね」
 最初に話し出したのはりこだった。
 「公園で食べよっか」
 「うん」
 三人は最初に集まった公園に行き、ベンチの上で盗んだ駄菓子を広げた。りこがたくさん盗んだため、二人が盗った駄菓子を合わせると小さな山になった。三人は、それぞれ好きな駄菓子を山から取って食べ始めた。
 「今日はいっぱいお菓子手に入ったね」
 かほがチョコ棒にかじりつきながら言った。
 「千佳ちゃんがいたからだよ。私一人じゃこんなに持って帰れなかったよ」
 「そんなことないよ。私のポケット、少ししか入らなかったし」
 「ううん、千佳ちゃんのおかげだよ」
 「あ、ありがとう」
 千佳は何だか不思議な気分だった。きっとこれが”嬉しい”っていうことなんだとなんとなく思った。今まで、お母さんとお父さんに何度も褒められたことがあった。その時は何も感じなかった。しかし、今は違かった。二人の言葉は自分の胸の奥に響いていた。
 「千佳ちゃん、このチョコ食べてみなよ。おいしいよ」
 「うん」
 かほは、食べていたチョコ棒と同じものを千佳に手渡した、千佳は袋を開けて一かじりした。
 「おいしい」
 「でしょ」
 そのチョコは甘くて、とてもおいしかった。
 「あ、千佳ちゃん笑ってる」
 この日、千佳は数年ぶりの笑みを浮かべた。千佳はこの二人とずっと友達でいようと心に決めた。

第3章 石浜千佳 5、6 (2019年7月21日掲載)


 この日をきっかけに、千佳は幼稚園でも、りこやかほと遊ぶようになった。常に一人でいた千佳を心配していた先生達は、彼女が友達と楽しそうに遊んでいる姿を見て、驚きつつも安堵した。千佳が友達と遊ぶようになって喜んだのは幼稚園の先生だけではない。先生以上に千佳の両親が喜んでいた。千佳が幼稚園から帰って遊びに出かける時の笑顔が、二人を笑顔にさせた。
 千佳に友達ができたことで、周りの大人から千佳への心配がきれいに消し飛んだ。
 しかし、彼女達の遊びは、”決してやってはいけない事”であった。
 千佳達三人は、千佳の家の近くの公園に集合し、何度もあの駄菓子屋からお菓子を盗んでいた。何度も繰り返しているうちに、おばあさんに話しかける人を変える、たくさん置いてある物を盗むなど、手口も段々巧妙になっていった。
 十ヵ月後、まもなく小学校に上がる千佳達は、行動範囲も広がり、様々な店で万引きをするようになった。彼女たちは決して下見を怠らず、盗んでも絶対にばれなさそうな店しか狙わなかった。何より、幼稚園児が策を巡らせて万引きをするとは誰も思わないだろう。その盲点をついていたため、千佳達は一度も捕まることはなかった。

 ほぼ毎週万引きをしていたある日のこと、千佳達三人は、ある駄菓子屋で万引きをすることに決めた。その駄菓子屋で万引きをするのは初めてだったが、下見はばっちりだった。駄菓子屋はこぢんまりとしたところにある割には大きな店で死角が多かった。それにも関わらず、店員はおじいさん一人しかおらず、おじいさんはレジでよくうたた寝をしているのだった。千佳達は大きなバッグを持ってその駄菓子屋に入った。その駄菓子屋には他の駄菓子屋にはない様々な種類のお菓子があり、それらをバッグ一杯に詰め込む算段だった。
 千佳達は、店のガラス戸を開けて中に入った。今までうたた寝をしていた白髪のおじいさんが三人に気づき、いらっしゃいとしゃがれた声で言った。三人はこんにちはと愛想良く返した。あいさつが終わると、おじいさんはまた頬杖をつき、うとうとし始めた。彼女達はおじいさんが眠っているところをしっかりと確認し、それぞれ店の中に散った。
 この日は小雨が降っていたからか、他の客は二人しかいなかった。万引きのプロである三人が他の客の目をかいくぐって商品を盗むのは朝飯前の所業だった。
 バッグがいっぱいになるまで商品を詰め込み、三人は無事に店から出た。千佳達は満面の笑みでハイタッチをした。この日の収穫は、彼女達の記録を優に更新した。


 月日が経ち、三人はつばめ小学校へ入学をした。三人は一年生の時はそれぞれ別のクラスで、顔を合わせる頻度は減っていたが、彼女達の犯罪行為はとどまることを知らず、むしろエスカレートしていた。千佳達は三日に一回は駄菓子屋に行き、万引きをしていた。質の悪いことに、彼女達の盗みの技術も向上していたので、駄菓子屋の店主たちも犯人の尻尾をつかめずにいた。
 しかし、千佳達が入学してから一か月ほどたった頃、いくつかの駄菓子屋の店主が集まり、万引きの被害を役場に訴えた。その結果、それぞれの店に監視カメラの設置が決まった。千佳達はそれを知らずにいつも通り万引きをして、そして捕まった。その駄菓子屋は、三人になって、初めて万引きに入った駄菓子屋だった。三人は店の奥に連れていかれると、店主のおばあさんから優しく諭すような声で問いかけられた。
 「どうしてこんなことしたの?」
 「お菓子、欲しかったから」
 「これがいけないことだって分かっているよね?」
 「うん」
 「今までの全部あなた達がやっていたの?」
 「うん」
 「他のお店もあなた達の仕業なの?」
 「うん」
 「はぁ」
 おばあさんは深くため息をついた。
 「じゃあ、あなた達のお母さんを呼ぶから電話番号を教えて」
 三人は素直に電話番号を教えた。反省しているわけじゃない。そうしたほうが得策だと思ったからだ。三人はおばあさんが電話をかけている後ろで示し合わせるように頷きあった。
 しばらくして、三人の親と他の被害にあった駄菓子屋の店主が集まった。商品を盗まれたことへの怒り、自分の子どもがこんな卑劣なことをした悲しみ、負のエネルギーが狭い駄菓子屋の中を支配していた。
 「お前らか、うちの商品を万引きしたのは」
 最初に口を開いたのは、初老の男の人だった。眉間に筋がよっていて、顔が赤くなっている。
 「……」
 「何とか言ったらどうなんだ」
 「申し訳ございません。ちゃんと子ども達には言い聞かせますから」
 千佳達の代わりに口を開いたのは、りこの母だった。
 「うーん、でもねぇー」
 「お金はちゃんと払います。お願いします。今回は許してあげてください」
 今度はかほの母が言った。それと同時に三人も大きな声でごめんなさいと頭を下げて謝った。三人は頭を上げてと言われるまでずっと頭を下げ続けていた。
 「まぁ、反省している様だし、いいんじゃないですか」
 「そうだな。まだ小学校一年生だし、間違いもあるか。ただこんなことは二度としちゃだめだぞ」
 「次やったら警察に突き出すからな」
 千佳達自身からの謝罪による誠意が伝わったのか、被害を受けた駄菓子屋の店主達は彼女達を許し、それぞれの店に戻った。
 店の中には三人の親と店主のおばあさんだけが残っていた。三人は今度は親の方に振り返り、ごめんなさいともう一度頭を下げた。
 「間違いは誰にでもあるわ。大事なのはこれからよ」
 親に謝っている姿を哀れんだのか、おばあさんが励ましの言葉を三人に贈った。
 「本当に申し訳ございませんでした」
 千佳達の親は改めておばあさんに謝った。
 「大丈夫よ。それよりまた来てね。千佳ちゃん、りこちゃん、かほちゃん」
 六人は店を出ると無言のまま帰路についた。
 その夜、千佳は両親から説教を受けた。生まれて初めて怒られた。しかし、千佳は何一つ反省していなかった。千佳の頭の中は、“どうやったらバレずにお菓子を大量に盗むことができるか”、というアイディアを考えることで精一杯だった。

【連載】てぃーだぬ光の下で

【連載】てぃーだぬ光の下で

沖縄県立つばめ小学校に通う金城渚は、親、友達、教師など誰からも好かれていた。渚は順風満帆な学校生活を送っていたが、ある日突然その安穏とした日常が崩れ去ってしまう。誰も頼れない、誰も助けてくれない……。今まで体験したことのない非日常でも渚は明るく生きていくことを決めた。そうするしかなかったから、いや、この生活を乗り越えれば、またいつも通りの楽しい毎日を送ることができると思ったから。これは、自己犠牲の物語。優しすぎて、優しすぎて、孤独になるお話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-06-02

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