天国に一番近いシロヒメ!? なんだしっ❤

koyasumi

「まーどをあけーましょ、ぷりゅーりゅ、よーんでみましょー、シロヒメ~♪」
 今日も空に白馬の白姫(しろひめ)の歌声が――
「って歌ってる場合じゃないんだし!」
 自分で自分にツッコミが入る。
「ぷりゅ? ぷりゅりゅ? ここはどこなんだし?」
 おろおろと周りを見渡す。
 白姫がいたのは、辺り一面が白いもやに包まれた不思議な場所だった。足もともふわふわとしてなんとも頼りない。
「なんだか雲の上に乗ってるみたいな……」
 そうつぶやいて白姫ははっとなる。
「雲の……上……」
 白姫の顔からみるみる血の気が引いていく。
 そして、思い出す。
 いつの間にかこんなわけのわからないところにいた。
 しかし、その直前、自分は――
 車にひかれそうになった子どもを助けようとして……それで――
「そ、そんなわけないし! シロヒメ、死なないし! かわいいから!」
 死――
 思わず口にしてしまったその言葉が白姫を凍りつかせる。
「シ、シロヒメ……」
 声がふるえる。その目に涙が盛り上がり、
「シロヒメ……死んでしまったんだし?」
 つぶやいた瞬間、耐えられないというように白姫は走り出した。
「ヨウタロー! アリスー! ヨリコー! みんな、どこだしー! どこなんだしー!」
 必死に叫ぶ声がむなしく消えていく。白いもやに包まれた世界は、どこまで走ってもその光景が変わることはなかった。
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
 走り疲れて、白姫はその場に泣き崩れた。
「やだし……みんなと離れ離れなんていやなんだし……」
 白いもやを吹き飛ばそうするように大きないななきをあげる。
「なんでだしーっ! なんでシロヒメが死んじゃうんだしーっ! シロヒメ、何も悪いことしてないのにーっ! 神様おかしいんだしーっ!」
 神様――
 その言葉が、白姫にある記憶を呼び起こさせた。


× × ×


「馬の神様?」
「そうだし」
 ぷりゅ。白姫がうなずく。
 それは――アリスと街を散歩していたときのことだった。
 アリス・クリーヴランド。白姫の主人である騎士・花房葉太郎(はなぶさ・ようたろう)に仕える従騎士だ。
 従騎士の仕事は、仕える騎士の日々のサポートであり、それには馬の世話も当然含まれる。
 日課である散歩の途中、たまには違う道を行きたいと言った白姫。
 そして、その『神様』に出会ったのである。
「馬頭観音様ですか……」
「そうだし。馬の神様なんだし」
 そう言って、白姫は偶然見つけた小さな社の前に歩み寄った。
「馬頭観音様」
 ぷりゅ。神妙に頭を下げ、
「シロヒメ、いい子ですので、何かいいことがありますように」
「なんて自分本位なお願いなんですか……」
 あぜんとつぶやくアリスに、
「いいんだし、馬の神様だから。馬にいいことがあるようにってお願いしても」
「悪いとは言ってないですけど……」
 そう言いながら、アリスも白姫の隣で手を合わせた。


× × ×


「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 白姫の目にあらたな涙がにじむ。
「なんでなんだし、馬頭観音様? シロヒメ、ちゃんとお祈りしたのに。なのになんにもいいことがないなんて……」
 と、そこで白姫ははっとなる。
 周りを見渡す。
「いないん……だし?」
 おそるおそるつぶやく。
 それは――白姫が身体を張って助けようとした子どものことだ。
「いないならよかったけど……」
 白姫の肩からかすかに力が抜ける。
 そして、思う。
 自分は――騎士の馬だ。
 だから、小さな命を助けるために自然と身体が動いていた。その目的を果たせたのなら、神様の加護があったと言っていいのかもしれない。
「ぷりゅ……」
 それでも……。白姫は弱々しくうなだれる。
「シロヒメ、もっと生きたかったんだし。だって三歳なんだし」
 また泣きそうになってしまう。
 と、そのとき、
「ぷりゅ!?」
 白姫は前方に感じた人の気配に顔を上げた。
 白いもやを分けて現れたのは、
「――!」
 間違いない。
 その顔を見た白姫は一目散に駆け寄り、
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 いきなり蹴られた〝人影〟は悲鳴をあげて吹き飛んだ。
「なっ、何をするんですか!」
「『何をするんですか』はこっちのセリフだし!」
 白姫は目をつり上げ、
「なにシロヒメを死なせちゃってるんだし! アホにもほどがあるんだし!」
「アホじゃないです!」
 懸命に言い返してくるが白姫は収まらず、
「アホだし! アホに決まってるし! 従騎士なら身体を張ってでも騎士の馬であるシロヒメを……」
 そこで――白姫は気づいた。
「………………」
「ど、どうしたんですか、いきなり黙りこんで」
「……死んじゃったんだし?」
「えっ」
「だから……」
 白姫は目の前の〝彼女〟を見て、言った。
「アリスも……死んじゃったんだし?」
「はい?」
「ぷりゅぅー?」
 わけがわからないというようにお互いを見合う。
「だって、そうなるんだし!」
 白姫は早くもイライラを抑えられないというように、
「アリス、死んじゃったんだし! だから、ここにいるんだし!」
「いえ、その……死んではいないですが」
「じゃあ、なんでここにいるんだし!」
 彼女は言った。
「天使ですから」
「ぷりゅ!?」
「自分、天使ですから」
 白姫の瞳がこれ以上ないほど見開かれる。
「て……天使?」
「はい」
「アリスが……天使?」
「あの、自分は天使ですけど、その……」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 蹴られた彼女は、悲鳴と共に吹き飛んだ。
「な、なんてことをするんですか、さっきから!」
「わけのわかんないこと言ってるからだし、さっきから!」
 白姫は憤りをあらわに、
「アリスが天使とか意味わかんないんだし! シロヒメならわかるんだし。天使のようにかわいいから」
「いえ、あの……」
 彼女はあたふたしつつ、
「自分は、その……アリスさんじゃありませんから」
「ぷりゅー?」
 白姫は目を細め、
「なに言ってんだし。アリスだし」
「だから……」
「アリスの他にいないんだし、こんなアホそうな顔してる子」
「なんてひどいことを……」
 彼女が目をうるませる。そこへさらに、
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
「ほら、この蹴られっぷり。アリス以外の何ものでもないんだし」
「やめてください、さっきから人……じゃなくて天使を蹴るのは!」
「だから天使じゃないって言ってるし!」
「天使です!」
 自称・天使は白姫をにらみ返し、
「あんまり悪いことばかりしてると地獄行きになっちゃいますよ!」
「ならないし。いい子だから」
「いい子はこんなひどいことしません!」
 くっきり顔にヒヅメ跡をつけた天使が声を張る。
「とにかく自分は天使です!」
 白姫は面倒そうに、
「あーもー、それでいいしー」
「えっ」
「確かにアリスはそういうこと言っちゃう子なんだし。かわいそうなアリスなんだし」
「な、なんだか、非常に失礼なことを思われている気がしますけど……」
 それでも彼女はそれ以上反論しようとはしなかった。すでに精神的にも肉体的にもかなりのダメージを受けているという顔で、
「では、行きましょうか」
「ぷりゅ? 行く?」
 白姫が首をひねる。と、その顔をたちまち輝かせ、
「ヨウタローのところだし? みんなのところに帰れるんだし!?」
「いえ、そういうことではなくて……」
「だって他に行くとこなんてないんだし。アリスが迎えに来たんだし」
「だから、自分はアリスという人ではなくて……」
 疲れたような声をもらしつつ、
「神様です」
「ぷ!?」
「神様のもとへあなたを連れていきます」
「神……様……」
 がく然とつぶやく白姫。その目が力なく伏せられる。
「シロヒメ……やっぱり死んじゃったの?」
「ここにいるということは、そういうことになりますね」
 同情するまなざしで天使が言う。
「あっ」
 白姫は思い出したというように顔を上げ、
「他に来なかった?」
「えっ」
「シロヒメの他に! 小さな子が来たりしてない!?」
「いえ、あなただけと伺っていますが」
「よかったしー」
 あらためて白姫は胸をなでおろす。
「やっぱり、あの子は助かったんだし。シロヒメ、ちゃんと助けられたんだし」
「………………」
 白姫を見つめていた天使の口もとに微笑が浮かぶ。
「優しいんですね」
「そうだし。ぷりゅーか、さっきからシロヒメはいい子だって言ってんだし」
 ちょっぴり不満そうながら、白姫は天使にうながされてその場から歩き始めた。

「ぷりゅーはしんじまっただ~♪ ぷりゅーはしんじまっただ~♪ てんごーくへいっただ~♪」
「なんですか『ぷりゅは死んじまった』って……」
 隣を歩く白姫の歌に天使があぜんとなる。
「というか、よくこういうときに歌えるなと」
「だって、ずっと歩いてるけど景色変わんないんだし。退屈なんだし」
「それにしても、よくそういう歌を……」
「だって死んじゃったことは事実なんだし。いまさらどうしよーもないんだし」
「それはそうですけど」
「それに」
 白姫はかすかな笑みを見せ、
「いまはみんなと離れ離れだけど、いつか間違いなくこっちに来るんだし。シロヒメ、先輩としていろいろ教えてあげるんだし」
 前向きな白姫の言葉に、天使も笑顔を返す。
「それで、アリス」
「あの、だから、アリスさんではなくて天使だと……」
「天使みたいなアリス」
「……もうそれでいいですから」
「シロヒメ、これからどうなるんだし?」
「だから神様のところに……」
「神様のところに行ってどうなるんだし? ちゃんと聞いてなかったんだし」
「それは……」
 天使はかすかに口ごもりつつ、
「……決めることになります」
「ぷりゅ? 決める?」
「はい」
 天使は神妙な顔でうなずき、
「あなたが……どちらへ行くのかを」
「どちらって……?」
 またも首をひねる白姫だったが、すぐにはっとなる。
「そ、それってあれだし? 天国か地獄かってやつだし!?」
「はい」
「なんでだし!」
 白姫はたちまち怒りをあらわにし、
「そんなの天国行きに決まってるんだし! シロヒメ、いい子なんだから!」
「いえ、それを判断するのは神様ですから」
「判断するまでもなく決まってるし! ぷりゅーか、ここが天国なんじゃないの?」
「ここは、その〝途中〟と言いますか……」
「とちゅー?」
「天国でも地獄でもないところと言いますか」
「はっきりしないんだしー。不親切なんだし」
「ご、ごめんなさい」
「アリスがあやまっても意味ないし。どうせダメダメだから。まともに答えられるなんて期待してないから」
「うううう……」
 またもひどい言われようにうつむく天使。
 白姫はまったく気にせず、
「こんなダメダメなアリスが天使なんて、ここの神様もたいしたことないんだしー」
「かっ、神様の悪口を言うようなことは!」
「なんだし? おどすんだし?」
「おどすとか、そういうことではなくて……」
「どんな神様が出てきてもこわくないんだしー。シロヒメ、鍛えられてるんだしー」
「鍛えられてる?」
「そうだし」
 うなずくと、白姫はかすかに身体をふるわせ、
「シロヒメ、生まれたときからヨリコと一緒だったんだし。ヨリコはこわいんだし。逆らうと殺(ぷりゅ)されてしまうんだし」
「はあ……」
 ヨリコ――朱藤依子(すどう・よりこ)は、三歳の白姫が生まれる前から葉太郎の面倒を見てきて、かつ彼に苛烈な修練をほどこしてきた女性だ。元騎士である依子は誰より厳しく、一緒に暮らす者たちはみな彼女のことを恐れていた。
「だから、どんな神様が出てきてもこわくないし。ヨリコにぷりゅされるよりこわいことなんてないんだし」
「ぷりゅさ……じゃくて殺される以前に、もうすでに死んでしまっているんですけど」
「そういうデリケートなことをさらっと言うなだしーっ!」
 パカーーーン!
「きゃあっ」
 それから、しばらくして。
 歩き疲れた白姫が再び不満を言いそうになった――そのとき、
「ぷりゅ!」
 驚きのいななきがあがる。
 白姫と天使は見上げるばかりの巨大かつ荘厳な門の前にたどりついていた。
「でかいしー」
「あ、あの、くれぐれも失礼なことは言わないでくださいね」
 緊張を超えておびえに近い顔をした天使が言う。
「なんだし『失礼なこと』って?」
「だから、さっき言っていたようなことですよ……」
「なにシロヒメに命令してるし」
 白姫はぷりゅぷんと鼻を鳴らし、
「大丈夫だし。シロヒメ、かわいいから」
「いえ、あの、そういうことは問題ではなくて」
「アリスのほうこそ気をつけるし。存在自体が失礼だから」
「どういうことですか、それは……」
 何を言っても聞いてくれない白姫に天使は泣きそうになる。
 白姫はまったく気にせず、
「で、どうやって中に入るんだし?」
「それは……」
『入りなさい』
 どこからともなく響く威厳に満ちた声。
 そして、巨大な扉がゆっくりと左右に開いた。
「さあ、神様がお待ちですよ。中に……」
 天使が息を飲む。
 白姫が――ふるえていた。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 いままでの余裕が嘘のように白姫は青ざめた顔を見せていた。
 天使は驚いて、
「ど、どうしたんですか? 病気……はここでは基本ないですけど、何か他に気分が悪くなるような」
「い、いまの声……」
「えっ」
 白姫は全身をぶるぶるふるわせながら、
「い、いやな予感がするんだし……」
「あの……それはどういう」
『入りなさい』
「きゃあっ」
「ぷりゅっ」
 はっきり威圧感が増しているその声に、天使も白姫も飛びあがった。
「は、早く行きましょう! 神様、お待ちしてますから!」
「ちょっ、引っぱんじゃねーし! いやなんだしーーっ!」
 そして――
「ぷっりゅーーーーーっ!」
 白姫のいやな予感は的中した。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 門の先にあった神殿の奥。精緻かつ重厚な、まさに神の座を思わせる広い部屋で〝彼女〟は白姫を待ち受けていた。
「な、なんでなんだし……」
 目に涙をためるほどにおびえ、白姫は絶叫した。
「なんでヨリコなんだしーーーっ!」
「ちょっ……」
 白姫の隣にいた天使は目を見張り、
「何を言っているんですか!」
「だってヨリコだし!」
「違います、神様です!」
「ぷりゅりゅ!?」
 今度は白姫が目を見開き、荘厳な椅子に座っている〝彼女〟に視線を戻す。
「どう見てもヨリコなんだし……」
 彼女――神様は白姫の知る依子とまったく変わらない冷たい視線をこちらに向けた。そして何事もなかったように、
「これからあなたの行き先を決めます」
「ぷりゅっ!」
 白姫は思わず気をつけの姿勢になり、
「あの、それって……天国行きなんだし?」
「………………」
「シ、シロヒメ、いい子なんだし。天国以外ないんだし」
 白姫のその言葉には答えず、
「あなたは――」
 神様は、言った。
「ずいぶんと友だちをいじめていたようですね」
「ぷりゅっ!」
 跳び上がった白姫はあたふたと、
「友だちをいじめるわけないんだし! いじめてたのはアリスだけで……」
「アリス〝だけ〟?」
「ぷりゅっ! ユイフォンもいじめてたけど……」
「いじめていたのですね」
「それは、だから……」
「いじめていたのですね」
「!」
 氷の視線――
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 ふるえ上がった白姫は何も反論できなくなる。
 そんな彼女を前に、神様はたんたんと、
「ここへ来るまでもずいぶんと天使をいじめていたようですね」
「天使はいじめてないんだし。だからアリスを……」
 そこではっとなり、
「シロヒメを罠にかけたんだし!? アリスみたいな天使を迎えに来させてそれで……」
 パシィィン!
「ぷりゅっ!」
 神様の手の内で乗馬用の鞭が鳴らされ、白姫はまたも跳び上がる。
「なんで神様がムチ持ってんだし……やっぱりヨリコだし……」
 サッ。
 鞭が下に向けられた。
 その先端が線を描くように横にふられる。
「!」
 地響き。そして、
「ぷっりゅーーーーーーっ!?」
 白い硬質の床が真横に避けた。逃げようとする間もなく、
「ぷりゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……――」
 長い悲鳴を残して、白姫は奈落の闇へと飲みこまれていった。

 ゆさゆさ。
「ぷ……ぷりゅ……」
 誰かにゆさぶられていることに気づき、白姫はうっすらと目を開けた。
「!」
 そこにいたのは、
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 起き上がるなりのアクロバティックな後ろ蹴りをくらった天使は、大きな弧を描きながら吹き飛び、
「ぐふっ」
 地面に顔から突っこんだ。
「うぶぶぶぶぶ……」
 しばらくぷるぷるとふるえていた天使だったが、ずぼっと顔を引き抜くと怒り混じりの涙目で、
「なんてことをするんですか!」
「そっちこそ、なんてことするんだし!」
「えっ……」
「なんで、神様がヨリコだって教えないんだし! すっごいこわかったんだし!」
「いや、あの、神様は神様であって、そのヨリコという人では……」
「それと、シロヒメを罠にかけるなんて! とんでもないアリスだし!」
「かけてませんよ、罠になんて!」
「かけたし、罠に! わざと『蹴られたいオーラ』を出して、シロヒメを悪い子に仕立てあげたんだし」
「出してません、そんなオーラ!」
「とにかくアリスのせいで、シロヒメ、地獄行きに……」
 そこで白姫は我に返る。
「ぷりゅぅ……?」
 不思議そうに天使を見つめ、
「なんでいんだし?」
 と、白姫の目に希望の光がともり、
「ぷりゅ!? ぷりゅ!?」
 あたふたと周りを見渡す。しかし、
「ぷ……」
 希望の光はすぐに消えた。自分がどこにいるのかを確かめた白姫は、あらためてがく然となった。
 白いもやに包まれた世界とはまったく違う。
 真逆――見渡す限り荒野と岩壁しかない薄暗い世界。
 先ほどまでが空の上なら、いまは地の底。
「地獄ってカンジなんだし……」
「はい、地獄ですから」
「って、だからさらっと言うんじゃねーーしっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 またも蹴られて天使が吹き飛ぶ。
「そうだし、そこが問題なんだし!」
「ええっ?」
「アリスだけど天使は天使なんだし。意味わかんないけど」
「あなたの言っていることが意味がわからないですよ!」
「だから、そんな一応な天使がなんで地獄にいるんだし? 天使なのに」
「それは……」
「あっ! ひょっとして悪魔だったんだし?」
「ち、違いますよ!」
「確かに悪魔ってカンジしないんだし。悪魔ってもっと『こーかつ』なイメージあるし。こっちはぜんぜんアホなんだし」
「アホじゃないです」
「まー、アタマは『悪』魔ではあるんだけどー」
「なんてひどいことを言うんですか……」
 またも目をうるませるも、天使はぐっと唇をかみしめ、
「とにかく自分は正真正銘の天使です!」
「だったら、なんでいるんだし」
「う……」
 天使は言葉につまり――そして、
「…眼落とされてしまったんです」
「ぷりゅ?」
「神様に……地獄へ」
「あー、ダメダメだから」
「なんてことを言うんですか!」
 目をつり上げた天使はあらたな涙をにじませ、
「自分はあなたのせいで……」
「ぷりゅ?」
「いえ……あなたのせいにするのはおかしいですよね」
 激高しかけた自分を恥じるように、天使は弱々しくうつむいた。
「どーゆーことだし? ちゃんと話すし」
「………………」
 ためらいの息をもらしたあと、天使は語り出した。
 彼女は神様に――抗議をしたのだそうだ。
『そ、そんな簡単に地獄行きを決めるのは、その……あんまりだと思います。確かに自分はいじめられましたけど、でも本物の悪い子ではないところも……』
 結果、彼女はここに落とされてしまったのだ。
「だから、あなたのせいではなくて……自分のせいなんです」
「アリスみたいな天使……」
 白姫の声がふるえる。そして天使に向かって――
「なんでもっとがんばんねんだしーーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
「なに、あっさり落とされちゃってんだし。もっとねばんだし」
「ううう……」
「ちゃんとアピールできてれば、シロヒメ、天国行きだったんだし。そもそもいい子なんだから。使えない天使だしー」
 やっぱり本物の悪い子……? という目を白姫に向け、天使は涙するしかなかった。
「とにかく行くんだし」
「えっ」
 唐突に歩き始めた白姫に天使はあわてて、
「行くってどこにですか」
「決まってるし。ここから脱出するんだし」
「えええっ!?」
 天使は驚き、
「む、無理ですよ!」
「なんで無理って決めつけんだし」
「それは……だって」
「情けないし! やる前からあきらめるなんて騎士……じゃなくて天使失格だし!」
「えーーーーっ!」
 ショックの声をあげ、天使ががっくりと膝をつく。
「天使……失格……」
「そうだし」
 ぷりゅ。白姫はうなずき、
「誰かに希望を与えるのも天使の仕事なんだし」
「それは……その通りですけど」
「だったら、いまやることはあきらめることじゃないはずなんだし」
「そうですね……そう……そうです!」
 すくっ! 天使が立ち上がる。
 その目に炎を燃やし、
「自分、間違ってました! そうです! 天使があきらめてはいけないんです! 一緒にここを出ましょう! そしてもう一度神様にお願いしましょう!」
「その意気だし」
 ぷりゅぷりゅ。白姫は満足そうにうなずく。
「それで出口はどこなんだし」
「えっ」
 やる気に満ちていた目がとたんにゆれ出し、
「それは……自分、よくわからなくて」
「使えねーしー」
「だ、だって、自分、天使なんですよ!? 地獄のことがわからなくても……」
 そのとき、
「!」
 同時に横を向く白姫と天使。
 ――いた。
 明らかにいま岩と岩の間を何かが横切った。
「いまの見たし?」
「は、はい」
「なんだし? 地獄に何がいるんだし?」
「地獄にいるものといったら……」
 そこまで言った天使の表情がこわばる。白姫もそれが何かを察する。
「お……鬼なんだし?」
「いるって言いますもんね……」
「なんだし、いるって『言います』って! 他人事みたいに!」
「だ、だって、自分、地獄の人じゃないですから」
「行くし」
「えっ」
「ちょっと行って見てくるんだし、何がいるのか」
「ええっ! 自分がですか!?」
「他に誰がいるし」
「そっちが見に行ってくれてもいいんじゃ……」
「なに言ってるし。鬼がいるかもしれないんだし。食べられちゃったらどうするし」
「自分だって食べられちゃうかも……」
「それは大丈夫だし。まずそうだから。食べたらおなか壊しそうだから」
「なんでですか! どういうことですか!」
「いいから行くしーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 白姫のキックで天使は岩の向こうに吹き飛ばされた。
「どうだしー? いたしー?」
 白姫の呼びかけに――
「ぷりゅ?」
 無言。
「いたかって聞いてんだしー。なんか言うしー」
 無反応。
「これって……」
 白姫の額を冷や汗が伝う。
「や、やっぱり鬼がいたんだし? それで早くも食べられてしまったんだし?」
 自分のつぶやきに自分で戦慄した白姫は、
「ぷりゅーーーーーっ!」
 いななきと共に身をひるがえし一目散に駆け出そうと――
「ぷ!?」
 ドーーーーン!
「あうっ」
 走り出したそこにいた人影を白姫は思い切り弾き飛ばした。
「だ、大丈夫なんだし!?」
 倒れている人影にあわてて近づく。
「ぷりゅ!?」
 白姫の目が見開かれる。
「ユ……」
 絶叫。
「ユイフォンなんだし!」
「うぅ……」
 蹴られたその人物がよろよろと起き上がる。
 白姫はすかさず詰め寄り、
「なんでユイフォンがいんだし!? ユイフォンも地獄に落とされたんだし? まー、ユイフォン、悪い子だからわかるけど」
「ち、違う……」
「ぷりゅ?」
 白姫は首をひねる。
「なに言ってんだし。悪い子じゃなかったら地獄に落とされないんだし」
「違う……」
「もちろん、シロヒメは違うんだし。きっと『しょるいしょりじょー』のミスなんだし」
「違う……」
「ぷりゅ」
 カチン。白姫の額に青すじが浮かぶ。
「『違う』『違う』だけじゃ、わかんねーーーしっ!」
 パカーーーーン!
「あうっ」
 後ろ蹴りが容赦なく炸裂した。
「ぷりゅふんっ」
「い、いじめはやめて……」
「だったらちゃんと言うんだし。何が違うんだし」
「全部……」
「ぷりゅぅー?」
「ユイフォンじゃない……」
 ユイフォン――白姫の知る何玉鳳(ホー・ユイフォン)としか思えない少女は目に涙をためながら言った。
「ユイフォンじゃなくて……、地獄の……鬼」
「ぷりゅぅ!?」
「だから、落ちてない」
「そ……それはそうなんだし。地獄の鬼だったら、最初から地獄にいるんだし」
「う」
「……って」
 パカーーーーン!
「あうっ」
「嘘言ってんじゃねーし! どう見てもユイフォンなんだし! 『う』しか言えないアホなところとか!」
「アホじゃない……」
 顔にヒヅメ跡をつけた彼女が涙目で抗議する。
「ぷりゅぅー」
 白姫は考えこみ始める。
「これって……アリスみたいな天使と同じなんだし? 鬼みたいなユイフォンもいるってことなんだし?」
「う……」
 弱々しく彼女――鬼がうなずく、
「ぷりゅぅー」
 あらためて考える。そして、
「なら、こわくねーしー」
 白姫は笑顔を見せ、
「どうせ、ユイフォンなんだし。ぜんぜんこわくねーし」
「ううう……」
「ヨリコのほうがはるかにこわいんだし。ていうか、ヨリコのほうが鬼なんだし」
 そして、
「さっき向こうでちょろちょろしてたのもユイフォ……鬼なんだし?」
「う」
 こくこく。鬼がうなずく。
「あれ? じゃあ、天使は誰に食べられて……」
「食べられてませんよっ!」
 そこに天使が大声をあげて現れる。
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
 またも白姫のキックが決まる。
 吹き飛ばされた天使はよろよろと立ち上がり、
「なんでですか! なんでまた蹴るんですか!」
「シロヒメ、天使が食べられちゃったと思ったんだし。シロヒメに心配させた天使が悪いし」
「心配した相手にこんなひどいことをしないでください!」
「それより、何してたんだし? なんで、シロヒメが呼んだとき無視したんだし」
「無視したわけではなくて……」
 天使が言うには、飛ばされた岩の向こうにさらに岩があり、そこに直撃したことでなかば意識を失った状態だったらしい。
「マヌケだしー」
「う、マヌケ」
「ひどいことを言わないでください! そっちのあなたも!」
「う?」
「なんだし? 文句あんなら鬼に食べさせるし」
「どこに鬼がいるんですか!」
「ここ」
「えっ! あなた、鬼なんですか!?」
「あーもー、めんどくせーし。鬼、食べちゃうんだし」
「食べさせないでください、そんな理由で!」
「う、食べない」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「あうっ」
「なに、シロヒメに逆らってるし。いいから、食べるし」
「ううう……」
「やめてください、いじめは!」
「うるせーし!」
 パカーーーーン!
「きゃあーっ! だからやめてくださーーーい!」

「それにしてもホントにこわくない鬼だしー」
「う……」
 遠慮のない言葉に鬼が縮こまる。
 白姫と天使に鬼も加えた一行は、果てのない荒野を進んでいた。
「で、シロヒメたちはどこに行くんだし」
「う?」
 知らないでついてきたの? というように鬼が白姫を見る。
「地獄」
「ぷりゅっ!?」
「地獄につれていく。だから迎えに来た」
「ち、ちょっと待つんだし! ここが地獄じゃないの?」
「違う。その途中」
「だから〝途中〟ってなんなんだしーっ!」
 パカーーーーン!
「あうっ」
「やめてください、暴力は!」
「や、やめて……」
「あっ」
 白姫は何かに気づいたというような顔になり、
「ここはまだ地獄じゃないんだし?」
「う」
 こくこく。鬼がうなずく。
「ぷりゅり」
 にやり。白姫が笑う。
「ぷっりゅっりゅっりゅっりゅっ……」
「な、何を笑っているんですか」
 不吉な予感を覚えたというように天使が顔色を悪くする。
「チャンスなんだし」
「えっ」
 そして白姫は、
「ユイフォンみたいな鬼」
「う?」
「ぷりゅり」
 再び悪そうに笑った白姫は、
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「あうっ」
 いきなり蹴り飛ばされた鬼を見た天使はあわてて、
「な、なんでですか、突然!」
「口を封じるんだし」
「ええっ!?」
「だって、そうなんだし」
 白姫は真剣な目で、
「ここで鬼がいなくなれば時間稼ぎができるんだし」
「時間稼ぎ!?」
「そうだし。その間に出口を探すんだし」
「それは……でも……」
 白姫の提案にゆれそうになる天使だったが、はっと頭をふり、
「だめですよ、口封じなんて! そんな悪いことをしたらホントに地獄行きですよ!」
「ぷりゅー」
 不承不承ながら白姫はその通りかもという顔になる。
 そして、
「ぷりゅー」
「う……」
 白姫に見られた鬼がびくっとふるえる。
「口封じされたくないんだし?」
「う!」
 こくこくっ! 鬼がうなずく。
「だったら」
 白姫はぐいっと顔を近づけ、
「シロヒメを地獄の出口につれていくし」
「う!?」
 鬼は首を横にふり、
「だ、だめ……」
「何がだめなんだし。鬼は地獄の鬼なんだし。地獄の出口のことも知ってるはずなんだし」
「知ってるけど……」
「だったら、つれてくし」
「ううう……」
「あ、あの……」
 天使が見かねてというように、
「そんな、一方的すぎますよ。困ってるじゃないですか」
「う」
 鬼もうなずく。
「なんだし? 天使は戻りたくないんだし?」
「戻りたいですけど……」
「それに一方的じゃないんだし。ちゃんとお礼するんだし」
「お礼?」
「お礼にこの天使を食べてもいいって……」
「だからなんで自分が食べられるんですか!」
「じゃあ、シロヒメに食べられろって言うし!? とんでもない天使だし!」
「いえ、そういうことでは……」
「完全に白馬虐待なんだし! 地獄行きなんだし!」
「ええぇ~……?」
「というわけで問題ないから、この天使、食べちゃっていいし」
「なんでですか! 問題あります!」
「うー……」
 鬼は困ったように、
「食べない」
「あっ、そーいえば、さっきも食べなかったんだし。やっぱりまずそうだから……」
「う、まずそう」
「えええぇ~……?」
 鬼にも肯定されてしまい、天使は情けない顔になるしかない。
 と、白姫が険しい表情で鬼を見て、
「だからってシロヒメは食べちゃだめなんだし。かわいいからって。おいしそうだからって」
「た、食べない。天使も馬も食べない。食べたことない」
「ぷりゅ?」
「そうなんですか?」
「う」
「じゃあ、なに食べんだし?」
「野菜」
 がくっ。天使と白姫が肩を落とす。
「や、野菜なんですか……」
「情けないしー。鬼っぽくねーしー」
「ううう……」
「まー、天使らしくない天使もここにいるんだけど」
「そんなことは……」
「地獄に落とされといて?」
「ううう……」
「それにしても、草食系の鬼なんて聞いたことないし。まー、白姫も草食系といえば草食系なんだけど。馬だから」
「性格的には草食系ではない気がしますが……」
「なんだし、天使? 遠回しにディスってんだし?」
「そ、そういうわけでは……」
「まー、野菜が好きって、わからなくはないんだし。鬼のツノってニンジンみたいだから」
「そういう理由ですか……?」
「とにかく」
 白姫はあらためて鬼をにらみ、
「なんでもいいから、シロヒメたちを出口につれていくし」
「ううう……」
「つれてかないといじめるし」
「って、結局、脅迫じゃないですか!」
「ツノ切って食べちゃうし」
「うう!?」
「やめてください! たったいま自分で草食って言ったじゃないですか!」
「大丈夫だし、鬼のツノだから」
「だから、鬼のツノはニンジンじゃありません! というか、あなたのほうがずっと鬼みたいですよ!」
「うるせーし!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
「いい子なシロヒメが地獄行きになるかどうかがかかってるんだし。許されるんだし」
「許されません、いろいろ含めて!」
「や、やめて……」
「いいから、出口につれてくしーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
「あうっ」
 天使と鬼を相手に暴れ馬状態の白姫。
 と、そのとき、
「いじめはだめだ!」
 かわいいながらも凛とした声に、天使たちを蹴っていた白姫のヒヅメが止まる。
「ぷりゅ……」
 瞳をゆらしながらふり返る。そこにいたのは、
「マキオ!」
「違う」
 その小さな影は、両手を腰に当てながら言った。
「私は――この地獄の王だ!」

「やっぱり、マキオにそっくりだしー」
 手ごろな大きさの岩に座った〝王〟をまじまじと見つめる白姫。
 マキオ――鬼堂院真緒(きどういん・まきお)は、白姫が暮らしている屋敷の主である六歳の女の子だ。
「地獄の王ってことは、地獄で一番偉いんだし?」
「そうだ」
 力強く王がうなずく。
 そんな彼女の隣には鬼がぴったり寄り添うように座っていた。王は優しい手つきで鬼の頭をなで、
「鬼の帰りが遅かったのでな。迎えに来たのだ」
「うー」
 鬼がうれしそうに目を細める。
「ママなところもそっくりなんだしー」
「そうなのか?」
 不思議なこともあるものだという顔になる王。
 と、その表情がかすかにしずみ、
「……おかしいか」
「ぷりゅ?」
「私がこのように鬼をかわいがったり……そもそも地獄の王であることが」
「おかしくないし。ぜんぜんおかしくないんだし」
 それは嘘いつわりのない気持ちだった。
 事実、白姫の知る真緒と同じように、目の前の王は小さいながらもしっかりとした威厳を感じさせた。身体的に大きい鬼が慕っている光景もまったく不自然に見えなかった。
「そうか」
 本心だということが伝わったのだろう。王が笑顔を見せる。
「おまえは悪い子ではないようだな」
「そうなんだし。なのに地獄行きとかおかしいんだし」
「えーと……」
「うー……」
 天使と鬼が顔を見合わせる。これまでさんざん『悪いこと』はされたというように。
「うーむ」
 王が腕を組んで考えこみ始める。
「わかった」
「ぷりゅ?」
 王は頼もしい笑みを見せ、
「おまえを地獄の出口につれていこう」
「う!?」
「い、いいんですか!?」
 鬼だけでなく天使も驚きの声をあげる。王は笑顔のままうなずき、
「この者はいい子だ。だからいいのだ」
「ぷりゅーっ!」
 感極まってというようにいななき、白姫は小さな王に顔をすり寄せた。
「王はいい子なんだしー。マキオと一緒なんだしー」
「ふふっ、ありがとう」
「シロヒメのほうこそ、ぷりゅがとうなんだしー」
「あ、あの……」
 鬼がおずおずと、
「……いいの?」
「いいのだ」
 あらためて。王がうなずく。
 と、白姫が鬼をにらみ、
「なんだし? 文句あんだし?」
「も、文句じゃない……」
 鬼はあたふたと頭をふり、
「大丈夫か……わからない」
「ぷりゅ?」
 首をかしげる白姫。そして王を見て、
「どういうことだし」
「行けばわかることだ」
「ぷりゅ?」
「大丈夫だ。私は信じているぞ」
「ぷりゅ? ぷりゅりゅ?」
 意味深な王の言葉に、白姫は首をかしげ続けるしかなかった。


「ぷ――!?」
 それを見た白姫は絶句した。
「な……なんなんだし、これーーっ!」
 いななきがはるか高くにこだましていく。
 そこは一見、これまでずっと見てきた荒野と変わらない場所だった。
 しかし、
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 白姫の声がふるえる。
 彼女が見上げている先――
 そこは、果てしがないと思えるほどに続く筒状の空間だった。
 そのはるか先に、ぽつんと点のように光が見えた。
「ひょっとして……」
 白姫は、ここまで案内してきてくれた地獄の王を見て、
「あのずっと上のほうが……出口なんだし?」
「そうだ」
「『そうだ』って……」
 あらためて絶句してしまう。
「あそこまで行かないと地獄から出られないんだし?」
「そうだ」
「どうやって行くんだし?」
「大丈夫だ」
 王は力強く微笑み、
「おまえがいい子ならな」
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 白姫は青ざめる。
「いい子ならって……」
 再びはるかな高みを見つめ、
「いい子とか、そういうの関係ないんだし。どうやっても、あそこまで行けっこないんだし。羽でも生えてないと……」
 と、そこで白姫ははっとなる。
「天使!」
「は、はいっ」
 不意に呼ばれた天使が背すじを伸ばす。
「飛ぶんだし!」
「え?」
「シロヒメをつれて!」
「ええっ!?」
 天使はうろたえ、
「む、無理ですよ……」
「ぷりゅ!」
 白姫の表情がたちまち険しくなり、
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
「どういう意味だし。シロヒメが重いって言ってるし?」
「そうじゃなくて、あんな高いところまではとても……」
「とことん使えない天使なんだし! じゃあ、シロヒメに翼よこすし! ペガサスになって飛んでいくし!」
「もっと無理なことを言わないでください!」
「ねえ、どうすればいいんだし!?」
 白姫はすがるように王を見る。
 しかし、王は静かに首を横にふり、
「私からは何も言えない。試されるのはおまえだからな」
「なんなんだし、それ!」
 白姫の感情が爆発する。出口が見えているのに届かないといういら立ちが彼女を止まらなくさせる。
「試されるとかって意味わかんないんだし! シロヒメはここを出たいだけなんだし! 天国に……ううん、ホントはみんなのところに帰りたいんだし!」
 その目から涙がこぼれる。
「ヨウタロー! アリスー! ヨリコー! そこにいるんだしー!? シロヒメ、ここにいるんだしー! ここなんだしー!」
 はるかな高みの光に向かって懸命に呼びかける。
 当然のように返事はない。
 それでも白姫は声のかぎりにいななき続けた。
「ぷりゅーーっ! ぷりゅーーーーっ!」
 やがて、
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
 あふれる涙のまま、白姫はその場に崩れた。
「あ、あの……」
「大丈夫?」
 天使と鬼が心配そうに寄り添う。
 ぬくもりを白姫は感じる。しかし、二人はアリスでもユイフォンでもない。どんなにそっくりでも、白姫の会いたい人たちではない。そして、何よりもここには生まれたときからずっと慈しみかわいがってくれた主人――葉太郎がいない。
「会いたい……し……」
 つぶやきがこぼれる。
「シロヒメ、やっぱりヨウタローに会いたいんだし……会いたいんだし……」
 いっそう涙があふれる。止まらなくなる。
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」
 そのときだった。
「……ぷりゅ?」
 涙がきらきらと輝く。
 光に包まれていることに気づき、白姫は顔を上げた。
「ぷ……!?」
 白姫の目が見開かれる。
 頭上からふりそそぐ清らかな光。
 その光の中で白姫は――〝声〟を聞いた。
『白姫』
「!」
 瞳が驚愕にゆれる。
「ママ……」
 信じられないというように声をふるわせ、
「ママなの? ママが白姫のこと呼んでるの?」
『違います』
「じゃあ……」
 白姫の母・白椿(しろつばき)そっくりのその声の持ち主は言った。
『わたしは……馬頭観音』
「ぷ!?」
 白姫の目がさらなる驚きに見開かれる。
「馬頭観音様? 馬頭観音様がシロヒメに話しかけてんだし!?」
『そうです』
 光の中、おだやかな声が語りかける。
『白姫』
「は、はいっ」
『あなたは、とても心の優しい子です』
「……!」
 ふるえが走る。実の母に言われたかのようにその言葉は白姫の胸を熱くした。
『あなたはそこにいるべきではありません』
「馬頭観音様……」
 あらたな涙に白姫の瞳が濡れる。
 ぼやける視界の向こう、
「――!」
 はるかな高みから下りてきた――それは、
「馬のしっぽなんだし!」
 声はおだやかなまま白姫に言った。
『これにつかまりなさい』
「つかまる?」
『ええ』
 慈愛に満ちあふれた声は、
『このしっぽをたどれば、あなたは元いたところに帰れるでしょう』
「ぷりゅ!」
 白姫の目が興奮に輝き始める。
「それって、あれだし? ヨウタローのところに帰れるんだし!?」
『ええ』
「ぷっりゅーーーーっ!」
 白姫は抑えられない気持ちのまま辺りを駆け回った。
「ぷりゅがとうなんだしーっ! さすが馬の神様なんだしーっ!」
 喜びはしゃぐ白姫に、微笑んでいるとわかる波動のようなものが伝わってくる。
「ぷりゅがとうございます、馬頭観音様」
 あらためてお礼を言ったあと、
「シロヒメ、行くし」
 天使たちのほうを見て、白姫は言った。
「みんな、いろいろぷりゅがとうなんだし」
「そんな……」
 白姫の想いに影響されたのか、天使も目をうるませ、
「自分、天使なのに、天使らしいことが何もできなくて……すみませんでした」
「なに言ってるし。気にしてないんだし」
「白姫さん……」
「ダメダメな天使になんて最初から何も期待してなかったんだし。問題ないんだし」
「も、問題ないんですかね、それは……」
 ここまで来ても変わらないひどい言われように天使は肩を落とす。
「でも、ぷりゅがとうなんだし、天使」
「白姫さん……」
「鬼と王様も。本当にぷりゅがとうなんだし」
 鬼と王が笑顔で応える。
「じゃあ、行くし」
「がんばってくださいね!」
「向こうに戻っても元気でな!」
「うー!」
 三人の声援に送られ、白姫は勢いよく馬のしっぽに飛びついた。
 大きなしっぽは白姫がしがみついてもびくともしなかった。果てなく天まで続く長いしっぽを白姫は器用に上り始める。
「ぷりゅぷりゅぷりゅぷりゅ」
 いななきと共にリズムよく上っていく。
 順調に出口を目指して前進を続けていた――そのときだった。
「ぷ?」
 不意にしっぽがゆれた。
 嫌な予感を覚え、白姫は下を見る。
「ぷりゅぅ!?」
 思わずあがる悲鳴。
 白姫の眼下――そこにはどこから湧いたかと思われるほどの大勢の影がうごめいていた。彼らは先を争うように天からのしっぽに群がっていた。
「や、やめてくださーーい!」
「コラ、落ち着くのだ! そんなに大勢で上ってはだめだ!」
 群れに飲まれながらも必死に声を張り上げている天使たち。しかし、彼らは止まらず、驚くべき速さでしっぽを上り白姫に近づいてくる。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 地獄を抜け出したいという彼らの執念を感じて白姫はふるえる。
 そして、つかんでいるしっぽのきしむ音にはっとなる。
 このままでは――しっぽが切れてしまう!
(そんな……どうして……)
 せっかくもうすぐ葉太郎たちのところに帰れるのに。なのに、こんなことになってしまうなんて――
「っ!」
 動揺していられる時間は長くなかった。
「ぷ……!?」
 すぐ足元にまで。彼らは驚くべき速さで迫っていた。
「ぷりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ……」
 ゆれる心がいななきとなってこぼれる。
 そして、白姫は――
「あ……!」
 群れに翻弄されつつも上を見ていた天使が悲鳴をあげそうになる。
 すぐ足元にまで迫った影に向かって――
 白姫が……高々とヒヅメを――
「ぷっりゅーーーーーーっ!」
 跳んだ。
「!?」
 息を飲む天使たち。
 しっぽから勢いよく離れた白姫はそのまま宙を舞い、
「ぷりゅたっ!」
 かなりの高さがあったにも関わらず、それを感じさせない華麗な動きで天使たちの前に着地した。
「………………」
 あぜんとして声もない天使。やがてしぼり出すように、
「ど……どうして……」
「当然なんだし」
 白姫は欠片も悔いのない顔で、
「あのままだったら、しっぽが切れてたかもしれないんだし。だから下りたんだし」
「でも……」
 落ち着き払っている白姫と対照的に天使はおろおろして、
「これで帰れなくなってしまったら……」
「………………」
 さすがに動揺をにじませるも、それを押しこめるように白姫は笑顔を見せ、
「シロヒメはヨウタローの馬なんだし」
「え……?」
「ヨウタローだったら……」
 伏せた瞳をかすかにゆらし、
「ヨウタローだったら……絶対に自分から先に下りてたんだし」
「白姫さん……」
「だから……シロヒメも……」
 そう言いながら、白姫の目に涙がにじむ。
「ぷ……ぷっ……ぷりゅっ……」
「白姫さん!」
 天使が寄り添う。そのぬくもりにさらなる涙があふれる。
「シロヒメ……まちがってないんだし……」
「はい……!」
「でも……でも……」
 あらたな涙がこみあげ、
「シロヒメ……みんなのところに帰りたかったんだし……」
「白姫さん……」
「う……」
 天使と一緒に鬼も寄り添う。それでも白姫の涙は止まらず、
「シロヒメ……このままずっとここにいるんだし?」
「それは……」
「うぅ……」
「天使も鬼も王様も好きだけど……だけど……」
 あふれる涙が止まらない。
 止まらないまま、白姫はいななき続ける。
「ぷりゅっ……ぷりゅっ……」

「――白姫」

「!」
 それは、
「ヨウタ……ロー?」
 涙でにじむ視界の向こう――そこにいたのは確かに、
「ヨウタロー!」
 歓喜のいななきと共にその胸に飛びこんでいく。彼は限りない慈しみをこめて白姫を受け止めた。
「ヨウタローなんだし? 本当にヨウタローなんだし!?」
「うん」
「あれじゃないんだし? ヨウタローにそっくりな何かみたいな」
 相手はそれにただ笑顔で応えた。
 白姫には、それだけで目の前にいるのが本物の葉太郎だと確信できた。
「ヨウタロー……」
 あらためて主人のぬくもりに身をゆだねる。
「ぷりゅー。会いたかったんだしー」
「僕もだよ」
「やっぱり? シロヒメ、いなくてさびしかった? さびしかった?」
「うん」
「ぷりゅー」
 たわいない言葉のやりとり。それが何よりうれしくて白姫は頬をすり寄せる。
「ヨウタロー」
 つぶやく。何度口にしても足りないというように。
 このぬくもりの中で自分は大きくなった。
 このぬくもりと共に生きてきた。
「ヨウタロー」
 夢でもいい。
 だから……ずっと――
「白姫」
 葉太郎の声が聞こえる。
「白姫――」
 その声は……遠くから――

「ぷりゅ……」
 ゆっくりと目を開いた――そこに、
「白姫……」
 泣いている――
 泣きながらも微笑んでいる葉太郎の顔があった。
「ヨウ……タロー」
 何も言わず。
 葉太郎は白姫をそっと抱きしめた。
「………………」
 頭がぼんやりする。
 ゆっくりと周りを見渡す。
 そこは、見覚えのある屋敷の中庭だった。
「シロヒメ……」
 ぼんやりとした意識のまま、
「シロヒメ、どうしたんだし?」
「アリスを連れて戻ったんだよ」
「ぷりゅ? アリス?」
「! また記憶が……」
「ぷりゅりゅ?」
 それから――
 白姫は葉太郎にこれまでの出来事を聞くことになった。


× × ×


「そんなことがあったんだしー」
 自分に起こったことながら信じられないという声を白姫はもらす。
「本当にぜんぜん覚えてないの?」
「本当にぜんぜん覚えてないし。シロヒメ、天国にいたから」
「それも信じられないんだけど……」
 葉太郎は葉太郎で、白姫から聞いた話に困惑の表情を見せる。
「でも」
 優しく白姫の頭をなで、
「白姫が無事に帰ってきてくれてよかった」
「ぷりゅー」
「やっぱり白姫はいい子だね。だからこうして戻ってこれたんだね」
「そうだし。シロヒメがいい子だったからだし」
 ほめられた白姫は満足げに鼻を鳴らす。
「あとは……」
 葉太郎の表情がかすかに陰り、
「アリスが目を覚ましてくれたら」
「心配ないし。きっと天国で天使やってるし」
「それは……」
 どう答えていいかわからないという顔になる葉太郎。
 この後――目覚めた『アリス』との間で一騒動起こることになるのだが、それはまた別の話だった。

天国に一番近いシロヒメ!? なんだしっ❤

天国に一番近いシロヒメ!? なんだしっ❤

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  • 短編
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