北風(ならい)

上松煌

 波濤をかすめる海鳥のつばさが見えていた。
垂れこめる雨雲に、冷え閉じられた岬のはずれ。
屹立する陸の尽きて終わるところ。
痩せさらばえた荒磯に石混じりの波が寄せては返す。

 霧に靄に霰に、陽の光は常に暗く。
鈍く張られた氷は溶け流れるすべなく。
ただ渺茫の原に淀みわだかまり。
吹きつのる北風(ならい)に、さらに凍てつく。
 
 古い大戦の名残りは半ば朽ち、半ば壊れて。
猛る潮(うしお)に重く濡れるのだ。

 迷彩の残る基礎を噛む波に、夕日は一時(いっとき)紅く。
茫漠たる大地に機銃の音はすでに絶えて。
鬼哭の声もなく。
 
 今はもう、誰もいない。

 打ちつける氷雨に気嵐(けあらし)が蠢く。
荒ぶ風の間に間に白く、いくつもの朦朧とした人型。
なぜか頭があり、胴体があり、腕が招くように見える不思議
よどむ海鳴りとくぐもるうねりの底から、『シキモウレイ』のように立ち上がる影。
颶風は甲高く人語に似て、潮は龍吟のままに宇久を叫ぶ。

 泡立つ千尋(ちひろ)の深みに今日も平安の祈りを投げて。
時は神の如く峻厳の高みを往く。

 おれは頭を上げ、喉いっぱいに詠うだろう。
見捨てられた命の哀しみを。
捨石となる者の崇高な決意と慟哭を。
亡き魂への追悼と哀惜を。
そしてアッツ島を。

 識れ、刻め、称えよ。
心は今も蒼茫の海を渡る。

北風(ならい)

北風(ならい)

気嵐(けあらし)ってさ、ホントに『シキモウレイ』に見えるのな。 日本人ならだれもが持つ、畏敬と悲嘆を言葉にしました。 どこの軍隊も大差なく、イギリス軍もフランスのカレーで、同じように自軍を玉砕させた経緯があります。 書けない。 春に書けなくなってから、おれはまだ回復していない。 書けていない。 おれの文はこんなものではないはずだ。 苦しい、苦しい、ちくしょう。

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