完全無敵倫理的最強市民。

 「私には、味方が多かった、かつてはそうだった、だから私は完全な模範市民をなしとげる」
 ある都市の夜景が見落とせる高層ビルの屋上に手ぶらで立っている女がいる。彼女のそばを、ビル風がふきつけて通りぬけていった。もう夜だ、電燈は蛍のように都会の冷たい景色をわずかばかり彩った。彼女は欄干より外側で都市の中心から郊外までををみつめていた。女はテレビ・パーソナルコンピューターの旧型のブラウン管的な形状をしたヘルメットをかぶっていて、その顔もその表情も、だれも見抜く事はできなかった。
 「あそこに、わらっている市民を見つけた、私をみて、笑った?観測し続ける必要があるだろう」
 すぐ下だった。モニターの女性はビルの真下を見下ろし指さして、独り言をつぶやいた。彼女は何ものだろうか?彼女の胸元に、トラのエンブレムが光る、制服もどこかのバーのバーテンダーと、異国の警察官の服装を合わせたような感じだ。警備会社の人間だろうか?それとも……。
 「おい、見ろよ、例の……」
 小太りの大学生風の男が、だらだらのシャツをきて、彼女を指さした、見上げれば彼女に似た存在は、2、3上空に存在する。ビルからビルへ飛び移る事もできるし、それも許可している。時折監視型ドローンを故障させて、賠償を求められるくらいだ。
 彼女は胸誇らしげだった。なぜなら彼女は過去に与えられた正義の名のもとに動いている。生活の余裕もあるし、心の余裕もある。その努力をしたからだった。だから彼女はどこかで自分に劣るものをいつだってうまく扱えると思っているし、実際そうだった。
 「こっちみてるって!!」
 小太りの男の一味だろうか?B駅公園でたむろしていたやんちゃにみえるソリ込みを入れた坊主頭が、意外にも殊勝な心がけ、小太りの相棒に注意をしてみせた。胸を小突くと、小太りの背の低いおとこは指をさすのをやめて、仲間たちと同じ方向をむいて円陣をくんで談笑をつづけた。
 「ふん、小物か、きっと彼らは、万引きさえできないだろう、しかしいたずらに、“情報を共有”しておこう」
 彼女のモニター型のヘルメットは、その瞬間にもう一つの色をみせた。そのすべての方面にまるでレンズを絞る時のような音と、丸い筒状の何かが光る。それらがばらつき存在していたかと思うと、一瞬のうちに、その小太りの男を“補足”してみせた。
 「市民番号L3356、1、予備罪上“アダム”への反抗的態度」
 ——(アダム)
 それは、現代では全世界の都市部、街頭にそなえつけられた、都市監視型のシステム。それらは国家の警察行政と結びつき、市民の平穏を脅かす存在を監視する。ただ、ひとつ問題があった。
 「う、頭が、まだ“なじまない”か」
 彼らは選ばれた超一流の“模範的市民”の中から選ばれる。それを機械的な改造をされ、脳や脊椎を機械とつなぎ、サイボーグ化する。アダムの構成員。“監視機械員”の宿命だ。
 
 その一連の小さなさわぎをみていたサラリーマン風の男が、駅の改札からでて、ジャケットを腰あたりにかかえながら、通り掛けにすべてを察したようにひとことつぶやいた。
 「ま、仕方ないね、治安のためだ」

 “模範市民”が都市を監視する、けれど本当に模範的なふるまいをするのは、機械の動作だ。人間が倫理を人間の内部で共有し、保全して遵守しておかなかったために、こんなパラレルワールドの未来がまっていた。彼女の脳内は、ひとつエラーをはきだして、彼女はまたひとつ頭を痛めた。
 「彼は休日こそあんな格好をしているが、名門大学のそれも優等生らしかった」
 彼女の中のエラーは、彼女の過去についてだった。撃たれる恋人、彼女には婚約者がいた。彼とともに休日、ふらりとたちよった警察署で事件はおきた。
 「私は、体に支障をきたす前まで、優秀な警察官だったはずだ、私は、何をしている?……」
  悲しみの記憶が彼女を苦しめる。だれも、模範的市民だったはずだ。彼女の恋人を襲ったのは、気がおかしくなってしまった、同僚の警察官。けれど彼女は、そのことまでは思い出せない。彼女の脳は、ストレスを軽減するため、一定領域のアクセス件をうしなっていた。彼女は倫理と正義を突き詰めるめにアダムに忠誠を誓う。けれど彼女は思いだせない。倫理と正義とは、一体何だったのか、思い出す事が許されない。彼女が強く求めるほどに、それとは遠い記憶が読みだされ、彼女は考える事をやめるのだ。

完全無敵倫理的最強市民。

完全無敵倫理的最強市民。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-31

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