夢か現か
よぉ、いらっしゃい。最近は暑いなぁ。
(何処からか声が聞こえたが、姿は見えない)
暑すぎて大変だから涼しくして欲しいって?
…しょうがねぇな、どれ、一つ話してやるか。
ーーある暑い夏の日だった。
女は引越しのために部屋の片付けをしていた。そこで懐かしい人形を見つけたんだ。とても大切にしていたから捨てられなくて悩んだ彼女は姉の娘、つまり彼女の姪にあげようと考えついた。姪は5歳だったからきっと人形を喜んでくれるだろうと思ったのだ。
幸いにも姉家族は明日遊びに来る予定だった。なんでも、遠くに引っ越して会いにくくなる前に彼女の飼い猫と遊びたいらしかった。
人形は大切にしていたからか、少し埃をかぶっている程度で比較的綺麗だった。
姪の喜ぶ顔を想像しながら彼女は片付けを続けた。
姉家族が遊びに来た。
姪は猫と遊ぶことができて嬉しそうだった。帰り際になって姪に人形をあげようと思っていたことを思い出した彼女は慌てて人形を渡した。彼女の想像通り姪は喜んで、ずっと大切にすると言ってくれた。
そんな楽しい時間を過ごした日の夜、疲れからかいつもより早い時間に眠りについていた彼女はリビングからのカタカタ、という音で目を覚ました。
飼い猫がいたずらしているのか、と思った彼女は寝室からリビングに向かう為、部屋の扉を開けた。
すると、扉を開けてすぐの足元に見慣れた人形が置かれていた。
なんで、あの子にあげたはずなのに、パニックになった彼女の頭には忘れていった、なんて選択肢は浮かばなかった。…まあ結論から言うと彼女の考えは当たっていた。
人形は自力で戻ってきたのだ。
彼女の元に戻ってくる為に、 彼女に会う為に、死ぬまで一緒の約束を果たす為に、あんなに大切にしていた自分を他人に譲った彼女に復讐する為に
ーーーーカノジョヲコロスタメニ
死ぬまで一緒って言ったよね?
翌日、彼女の死体が発見された。彼女は心臓を押さえて部屋の前に倒れていたらしい。もちろん彼女には持病なんてなかった。
彼女が死んだという知らせを聞いた姉家族は前日に会っていた分より悲しみが深かった。
…ただ1人を除いては。
姪は涙を流す大人たちを見ながら、こう呟いた。
「猫ちゃんが欲しかったんだもん」ーー
その少女には彼女の飼い猫の声が聞こえたんだよ。その人形を手放したらいけないって忠告してる声が。7歳までは神の子って言うからなぁ。化け猫の声も聞こえてしまったんだろう。
なのに、少女は教えなかった。信じてもらえないからじゃない、彼女の飼い猫が欲しかったから。
化け猫に魅入られたんだな。
少女のその後か?もちろん知っているとも。少女は成長し、大人になった。長生きの猫と一緒に。
今度結婚を機に引越しをするそうだ。
人形?あぁ、あれは少女が持っているよ。今も。
引越しするときに捨ててしまわないといいな。
…もうこんな時間か。俺は用事があるんだ。あんたも早く帰った方がいいぞ、帰れなくなるからな。ほらそこに扉があるだろう?そこを開けたらあんたの家だ。
くれぐれも"人形"には気をつけろよ?
(声が消えるとき聴き慣れた猫の声が聞こえた気がした。)
夢か現か