奥津城姫

森本湧水

奥津城様の代替りについて年寄り連中が談義をしている。
月の暗い夜だから灯りを惜しんでいられない。油はけちりたいものだけど、今度ばかりは明々灯った行灯の下で、私は爺どもの話に付き合っている。

「清十、お前の見立てでは奥津城様はもってあと半年と言ったな。」
と年寄りの一人が言った。するめをあてに
茶わんの酒を啜りながら。
「はい。」
と私は答えた。私は世話役として三日置きに奥津城様の御用伺いに向かっている。

「もうかなりお弱りのご様子ですので。
化体に打ち負かされるのも時間の問題かと存じます。」
私は答えた。それでは困るな。と年寄りの一人がイカの足を噛みながら言った。

「次の嫁に出す娘の目星は立っていそうかな、」
とまた別の年寄りが車座の仲間に向かって話した。
「うん。順々に競わせてはいるから、今の奥津城様が死ぬまでには次も決まるだろうて。」
「手を抜いて挑むもんはおらんか。」
この問に、年寄り衆はそれぞれ頷きながら酒の続きを煽った。

「不思議と郷の娘に奥津城様の競いに手を抜くものはおらん。
おらば、困るからな。」
と言ってまた酒を飲んでいる、
「あの、宜しいでしょうか。」
と私は疑問に感じていたことを年寄り衆に投げてみた。

「そもそも奥津城姫が居なければ化体が生まれる事もないではありませんか、
何故こういつも奥津城様を送る必要があるのです。」
「清十、お前は世話役をしながらそんなことも分かっておらんか」
「お前墓所の主の現身がなんだか聞いたことが無かったかな。」
と、年寄りが別々に、私に言った。

「昔上野の太后に罪無くして討たれた帝の兄君四月彦様でしょう。」
奥津城様は墓所の主の嫁として差し出される武家の娘の事である。

奥津城様は墓所の門。だから奥津城姫を通して墓所の主の化体が産み落とされる。
奥津城姫はその化体と戦って、打ち負かす事でこの郷を墓所の呪から守っている。

「四月彦の皇子様の怨みは深いぞ。」
と年寄りは言った。
「奥津城様は云わば風穴なのだ。」
「はあ、風穴でありますか。」
「墓所の主の怨嗟は深いからな。門を通して時折澱を抜かねばならんのだ。
その澱が化体となって現れる。
奥津城様が化体を抜くのを止めてみろ。墓所の澱が封じを破って郷を食いつくしてしまうわ。」
「この郷で止まればよい。いや止まるまい。墓所の主の怨みは深いぞ。この国全てが食いつくされるわい。」

私は今日の昼間に墓所を訪ねた時の奥津城様の様子を思い返していた。
奥津城様はやつれ果てた体を斎場の床に投げ出して、それでも右手は祓いの長刀をしっかりと握っていた。
私は慌ててかけ起こすと、気付けの酒をその口に流し込んだ。
彼女はむせながらも竹筒の酒をごくごくと飲み干し、息が整ったのちに

「私はまだ生きているのか。」
と言った。
「はい。」
と私は答えた、
「早く死にたい。」
と奥津城姫は言った。私は、
「そうでございましょうね。」
と言ったのだが彼女は否定するように強く首を横に振った。
「どうされましたか。」
「私は武門の者だ、」
そう言って長刀にすがって起き上がろうとする。
「武門に生まれたからには闘って死にたい。だが女の身に生まれたからには此処より他に闘う場所も無い。」
だから早く闘って死にたい、と彼女は言ったのだった。

私は行灯の油をけちりながらするめを噛んでいる爺どもに、言いようもない苛立ちを感じた。

奥津城姫

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