Mariaの日記 -10-

あいす

Mariaの日記 -10-

 真理子は「Mariaの日記」を開くと溜息を吐いた。
 このまま更新が止まってしまうことを願っていたのだが、更新が停止していたのは週末のみで、月曜日の夜には再開してしまった。
 「Mariaの日記」を読み終わると、真理子は息苦しさに胸元を抑えた。
 今回の更新には気になるキーワードが多いのだ。
 「車」「週末の外出」「部屋まで来たけど入れてもらえなかった」

――考えすぎよね、でも……。

 真理子は思考を巡らす。
 土曜日の、郵便入れに侵入していた指先が雨山のモノだとしたら……。
 雨山の妄想では、二人で出掛けていた=雨山が部屋近くに来ていた。
 郵便入れから指を入れた=部屋に入れてもらえなかった?
 真理子は、嫌な想像を振り払うように強く頭を左右に振った。

――「Mariaの日記」ではマー君が送ったのは日曜日。
大丈夫、曜日がズレているし、きっと考え過ぎ……

 真理子はパソコンの時計を見た。もうすぐ課長が迎えに来る時間だ。
 会社へ行けば雨山が居る。課長は、昨日は事務所に居てくれたが営業に同行して出掛ける時もある。毎日、事務所内に籠っていてくれるわけではない。

――でも雨山と二人きりになるような状況は避けていてくれてるし……。
きっと今日も大丈夫。

 真理子は自分を安心させるように「大丈夫、大丈夫」と呟いた。
 だが同じ会社に居る以上、絶対に大丈夫である補償など無いことも想像していた。
 課長は、自分が出掛ける時には何かと理由を付けて主任に事務所待機するよう指示を出してくれている。だが主任の予定次第では、二人が同時に出掛けねばならない時だってあるかもしれない。
 いつまでも、今のままでは無理だ。

――退職……。

 真理子は深い溜息を吐く。どうして被害者の自分が退職せねばならないんだろうか。だが会社での立場を考えれば、パート社員である自分が退職すべきなのだろう。
 以前、雨山から「使い捨てのパート社員の分際で!」と、罵られたことがある。その通りなのかと思うと腹立たしさからテーブルを叩いた。

――嫌だ!退職なんて負けを認めることになる!!

 それに、退職したとしても引っ越さなければ完全に逃げたことにはならない。
 部屋まで来て郵便入れに指を入れるのはストーカー行為だ。
 「Mariaの日記」が、雨山が真理子を嫌っての行動なら退職すれば問題ない。だがストーカー行為にまで及んでいる以上、退職すれば解決するような状況ではないのかもしれない。
 今の真理子に引越代を払うことなんて無理だ。退職して収入を失い、なけなしのお金をはたいて引っ越しすれば生活出来なくなってしまう。

――相談してもいいんだよね……。

 昨日の朝、課長は言っていた。異変があれば何でも相談をしてきなさいと。
 一人きりで思い詰めていては、おかしくなってしまう。

 その日の昼休み。
 真理子は、何もかも全てを課長に相談した。

「大路さんは被害者でしょう! 被害者側が退職するなんて理不尽だ! おかしい!!」

 課長が珍しく声を荒げた理由は、真理子から「退職」という相談を受けた為だ。
 最近の課長は外食を止めて弁当を持参していた。事務所内に真理子を一人きりにしないよう気遣ってのことだ。
 事務所の片隅に設けられたミーティングテーブルは真理子がランチを食べる定位置で、今では課長と二人で弁当を広げて、互いの得意料理を分け合うのが日課となっていた。
 真理子は、課長手作りの出汁巻卵を飲みこんでから言葉を続けた。

「私だって退職するなんて負けを認める様で嫌です。でも……」

 課長は否定を表すように頭を横に振る。

「目標があって転職をするなら止めません。でも今回の様な理由での退職は認められません」

「脅えながら暮らすのは嫌なんです!」

 真理子の感情は高ぶり、涙を浮かべて声を荒げた。

「また部屋まで来られたらって思うと怖いんです! 逃げるには退職して引っ越すしかないじゃないですか!!」

「落ち着いて、大路さん」

 課長は真理子を宥めた後、軽く溜息を吐く。
 その仕草は真理子の心を萎縮させた。自分の態度に、課長が辟易したのではないかと案じたのだ。
 だが、課長が続けた言葉は真理子を安心させるものであった。

「私は大路さんの味方だから。安心して私を信じて下さい。必ず守るから」

「課長……」

 課長はタッパーを差し出して微笑んだ。

「ほら、ミートボール食べて元気出して」

 真理子はフォークでミートボールを突き刺して口へと運ぶ。甘めのタレで子供向けに作られたミートボールは真理子の好物だ。
 課長が、自分の好みを知ってくれていると思うと真理子は嬉しくなった。そしてその感情は真理子の中で悲しみへと変化した。

「退職なんてしたら……課長と会えなくなってしまうんですね……」

 真理子の呟きに、課長は一瞬躊躇したのちに答えた。

「そうですね。こうして同じ職場の仲間になったのも何かの縁です。だから退職なんて駄目ですよ」



Mariaの日記 66日目

いつも快調に動くブログ主の指が、今夜は躊躇いながらキーボートを打つ。
それは結末が近いことを意味していた。
丁寧に、慎重に言葉を選びながら指を進める……あまり追い込まないように、だが恐怖心は深めていく。


皆さん、こんばんは。
いつも沢山のコメントありがとうございます。
今日は驚くことがありましたので書きます。
会社から帰ってくると玄関ドアポストに手紙が入っていました。
差し出し人はマー君……。
実は私、温泉旅行の後からマー君に冷たくしてしまってたんです。
だって宿はショボいし車はダサいしで興ざめしてしまって……少し態度に出てしまっても仕方が無いですよね。
それがマー君にはショックだったらしくて、営業の途中で私の部屋に立ち寄って手紙を置いていったようです。
これってマー君からのラブレターですよね、ちょっと嬉しいかも…。
皆さんへ幸せの御裾わけとして内容を書きます。

 *

大路真理亜様。
口頭で説明しても理解していただけないようなので手紙にしました。
なお、この手紙はコピーを取って僕側も保管をしています。
改めて此処に記しますが、僕は大路さんを恋愛対象として見ることは出来ません。
大路さんと僕は親子ほど年が離れていることを御理解下さい。
再三再四に渡り御願いしてきましたが、最寄駅や家の前で待ち伏せするような行為は止めて下さい。
妙な作り話を言いふらすことも迷惑です。
僕と二人で温泉旅行に言ったなどと吹聴して回っていたようですが止めて下さい。
この手紙を読んでも迷惑行為が止まない場合は然るべき処置を行ないます。

 *

以上です。
同じ手紙をコピーして互いに持つなんて……マー君って意外とロマンチストで可愛いですね。
恋愛対象ではなく……結婚を前提にってことでしょうか。
正直なところ、まだ私は結婚相手とまでは思ってないので悩みます。
マー君は年の差を悩んでいるようです。
私は気にしてないのに……。
私を家の前に待たせていたことも気にしているようですが、もう済んだことですし……。
こんなにもマー君が思い詰めていたなんて、やっぱり私って小悪魔ですね。
二人で温泉に行ったことは隠しておきたかったのね……二人だけの秘密にしたいのかな。
私、いろんな人に話してしまった……反省……マー君の気持ちに気付いてあげられませんでした。
明日、マー君に謝ろう。

Mariaの日記 -10-

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手料理を分け合えるのは信頼関係が気付けた証です。素晴らしい。でも本当に大丈夫?これ何のお肉?

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