Mariaの日記 -9-

Mariaの日記 -9-

 翌朝。
 真理子は、「Mariaの日記」の異変に脅えた。
 昨夜は更新が無かったのだ。

――なんで?

 真理子は、昨日の雨山の行動を思い出す。
 何らかの変化が起きているのかもしれないと思うと、恐怖で体が震えた。

――今日は土曜日だ……。どうしよう……。

 休日では課長に相談もし難い。脅えて外出も出来ずに震えているしかない。

――大丈夫だよね、部屋から出なければ安全だよ……。

 真理子は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。なんのことはない。部屋の中で、いつも通りの休日を過ごせばいいだけだ。
 そんな風に自分自身を言い聞かせ、一週間の溜まった家事を黙々とこなした。
 御昼ご飯には、奮発して通販した有名店のカルボナーラのレトルトパックを開封した。
 お気に入りの味に癒された真理子は、朝の恐怖を忘れて、ゆったりとした気持ちで紅茶を入れた。
 だが紅茶を飲み終えた頃、真理子の穏やかな休日を打ち壊す出来事が起きた。玄関ドアに備え付けの郵便入れがカチャカチャと音を立てたのだ。
 真理子は、郵便物が届いたのだろうと玄関に近づいた。だが郵便入れに差しこまれたのは郵便物ではなく人間の指先だった。
 おぞましい光景に真理子は悲鳴を上げた。その声に驚いたのか、指先は引き抜かれた。

――誰?まさか雨山が来たの……?

 真理子は、玄関ドアのスコープを覗いてみようかと思うのだが体が動かない。動悸と息苦しさから平常心を保つことすら難しい状況に陥った。
 とてもドアスコープを覗くことなど出来ない、ましてドアを開けることなど恐ろしくて出来なかった。

――怖い、誰か助けて……。

 助けてくれる誰か。
 現在の真理子にとって、一番の頼りになる人は課長だった。きっと課長なら心配して何らかの対策を練ってくれるだろう。
 真理子は、テーブルの上に置いてあるスマートフォンを手にした。
 しかし休日にまで迷惑を掛けてしまうのは心苦しく、電話を掛けることを躊躇ってしまう。
 真理子はスマートフォンをテーブルの上に戻した。
 やはり、立場を弁えねばならない。休日まで課長に迷惑を掛けるわけにはいかない。
 真理子は室内を見回した。

――郵便入れを塞がなきゃ。

 暇潰し用にと、スーパーで貰って来た無料タウン誌が目に留まる。
 数ページをピリピリと破き、セロハンテープを使って郵便入れを塞いだ。大した防衛策ではないが開けっ放しよりはマシだろう。
 先程の指の主が、まだ玄関近くに居るかもしれないと思うと真理子は恐怖から息苦しくなる。

――怖い……もう嫌だ。

 真理子の目から涙が零れた。


***

 月曜日。
 課長は約束通りに迎えに来てくれる。今の真理子にとって、課長と過ごす車中は最も安心出来る場所であった。
 朝の挨拶と他愛無い世間話の後、真理子は土曜日の出来事を話した。

「そんな時は直ぐに電話をしてきなさい! 危ないじゃないか!!」

「で、でも土曜日だったし……。あの、これ以上のご迷惑を掛けるわけには……」

「何かあってからじゃ遅いんだよ! 遠慮しなくていいと言ったでしょう!」

 課長の剣幕に、真理子は脅えて謝罪の言葉を呟いた。

「すみませんでした……」

「ああ、いえ……思わず声を荒げてしまいました。ごめんなさい」

 課長の車が会社駐車場に着いた。だが、真理子はドアを開けることが出来ずにいた。
 会社に行けば雨山が居る。雨山に会うことを想像するだけで、真理子は恐怖心から来る息苦しさを覚えた。
 真理子の異変に気付いた課長が声を掛けた。

「大路さん、大丈夫?」

「はい……すみません、降ります」

「私、今日は溜まっている書類整理するから事務所に居るよ」

 課長の言葉に、真理子は安堵して表情を明るくした。



Mariaの日記 65日目

 深夜。
 ブログ主はパソコンを立ち上げる。

「もう一押しかな」


こんばんは。
ブログの更新が滞ってしまって申し訳ありませんでした。
皆さん、私の日記を待っていてくれるのに御免なさい。
実は金曜日の夜から日曜日までマー君と旅行へ行っていたのです。
旅行と言っても、近場の温泉宿だったんですけど……マー君が計画した割にはショボくて驚きました。
せめて部屋風呂が付いているくらいのレベルを用意してくれればいいのに。
私が旅行に付きあってあげたのに普通の部屋だし料理も普通だし……。
だからマー君に聞いてみたんです。
「こんなレベルの部屋を予約するなんて私を馬鹿にしてるんですか?」って。
そしたら、「今回は急だったから良い部屋の予約が出来なかったんだよ」って言ってました。
確かに今回は急の計画だったし仕方ないのかな。
でも次回はこんなことのないように気を付けてもらいたいです。
あと、マー君の車も買い替えさせようと計画中です。
今回はマー君の車で出掛けたんだけど……ちょっと私が助手席に乗るには相応しくない車種なんです。
なんだか興醒め……マー君は私に相応しい人だと思っていたのに……。
マー君が私の部屋まで送ってくれたんだけど、ちょっと気分が盛り下がってしまったので部屋には入れてあげませんでした。
でも会社で見るマー君は、他の社員よりも優秀だしお洒落なスーツが似合っていてカッコいいんです。
会社と私生活のギャップ……これは私が努力してマー君を改善するべきですよね。
マー君が私に相応しい人になれるように……。

Mariaの日記 -9-

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自宅は安全な場所であってほしいと切に願います。玄関には施錠とチェーンロック。あとは?

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-05-27

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